L'art de croire             竹下節子ブログ

バロック・バレーやバロック音楽の場でも政治談議(追記あり)

日本とフランスの絶対的な違いを感じるのは、政治論議かもしれない。

バロック・バレーのクラスでフランス大統領選についてかなりの議論になった。
エリカは第一次投票でメランション(極左の位置づけ)に投票するが、決選投票でフィヨン(保守)とル・ペン(極右)になったら棄権する、と言う。
他にもメランション派がいるが、棄権には反対だ。

アメリカではメリル・ストリープがトランプを批判したスピーチが有名になったが、アートの世界はたいていインターナショナルで左派が多い。同性愛者も多いし、いわゆる「普通に結婚して子供がいて」という人は少ないから、5人の子持ちのフィヨンなどに親愛感を持つこともない。

しかし、過去に数年間メランションの「左派戦線」の手伝いをしていたというカメラマンの女性が、実はメランションはひどい、権力欲の塊だ、と、熱心に内輪話を暴露し始めた。

メランションの是非をめぐっていろんな意見が飛び交った。
国際情勢の把握についてはメランションが一番まともだという人は多い。

私は5年前にはなかなか説得力があると思ったことはあるけれど、なんだかアクの強さが鼻についてきて、信用できなくなっていた。

ル・ペンが政権につくことは間違ってもないだろう、しかし2002年のシラクとル・ペン(父)の決選投票のようにル・ペンの反対票が80%以上もシラクに集まって、シラクが「勘違い」したようなきっかけをフィヨンに与えたくないから棄権する、というのがエリカの意見だ。

フィヨンの妻の収入についての調査がはやばやと始まったらしい。
正直、清廉潔白を売り物にしているから打撃は大きそうだ。
もちろん反フィヨン派は大喜びで飛びついているが、やればやるほど、女性差別と妙な嫉妬の匂いも漂ってきた。

弁護士の資格を持ちながら、一度も働かずに5人の子の母、というイメージだったのが、数年間にわたってトータル5千万円以上(?)の収入があったというのが不当だという感覚があるらしい。

フィヨンは、妻が実際に仕事をしていて、収入も申告しているのでやましいところはない、と言い、上院議員だった時には特定の問題で弁護士である自分の息子2人に仕事としてアドヴァイスをもらい支払ったこともある、と付け加えた。このことが後から取りざたされたら困ると思ったのだろうか。
でも、そんなことを言われるとつい検索して、彼の議員時代は2005-2007、当時、息子のうち年長の2人は21-23歳くらいと分かり、学生のアルバイトじゃないか?とかえってうさん臭く感じる。(追記あり)

それに比べて、前にも書いたが、マリーヌ・ル・ペンの方は、何度連れ合いを変えても、子供がいても、女性差別的な批判は受けない。

と言ってももちろん父親との関係をはじめとして極右として突っ込みどころは多すぎてさんざんたたかれているので、一回りしてある種のクリーンさを獲得しているのは奇妙だ。

トランプがどんな暴言を吐いても、それが人柄の真摯さだとか正直さ、率直さだとかと支持者の目には映ったこととどこか似ている。

もっとも、ル・ペンは、トランプのように、演出なのか何か知らないが、「下品で頭が悪い」と揶揄されるような態度や言辞をふりまくのとは対極に冷静で堂々としている。

ル・ペンの怖さは、党首のマリーヌ・ル・ペンも、実質ナンバー2のフロリアン・フィリポも頭が切れるということかもしれない。

それをいうなら、どんな階級の人だって、フランス人には、馬鹿にはなり切れない「外面」がある。
開き直り、というのがわりと下手な人たちだ。
ポピュリストたちもそれをよく心得ているから、アメリカなどとは戦略も違ってくるのだろう。

これで4月あたりにあらたなテロがフランスで起こったら? 
ほんとうに排外主義が勢いをつけて何が起こるか分からない。

それにしても、「フィエの振付譜を見てペクールのブーレを踊る」場所の更衣室で「天下国家」が論じられるのは本当にフランス的だ。
日本のカルチャースクール、スポーツクラブ、各種のダンス教室などでは想像できない光景だと思う。

トリオの仲間とはなんでも掘り下げて語りあう。

カルテットの仲間とは、世相の話はしても政治の話は少ない。弾いている音楽に即癒されてしまうので、音楽賛美の言葉ばかり出てくる。

ペプッシュ(Pepusch)のトリオ・ソナタは美しすぎて泣けてくる。ブランデンブルグの第三楽章も弾いていて気持ちがいい。拍と強弱のバランスさえ注意して後はひたすら弾いているだけで、それなりの満足が得られる。本当はバイオリンもビオラも後もう一人とチェロも一人必要なのだけれど、とにかく音が途切れる部分がないので、バイオリンとビオラ2台だけで十分楽しめるのだ。

今日はラモーを3曲練習した。『ダルダニュス』のタンブラン。
こんなに軽やかだ単純そうに見えて、成功で知的な工芸品のような作りでしかもエレガントで独特の色や香りを持つ曲はラモー以外には絶対に書けない。

トリオのMは、大統領選は、原発即時廃炉だけを基準に投票すると言っている。
それもありかもしれない。
美しいものをいつまでも味わえて伝えていける社会が続くには、地球がバランスよく存続してくれないと困る。

(追記: トリオの練習の時に、フィヨンの子供への報酬についての検索結果を話したら、Mから、その日のル・モンド系のネット記事にもそれが取り上げられていたとリンクが来た。

私は息子2人と聞いたと思ったのだが、その記事によると、現在弁護士なのは長女と長男だそうで、もちろんふたりとも、フィヨンが議員だったころはまだ学生だったとある。それに対してフィヨンは、「今弁護士である子供たち」と言うつもりだったので、当時弁護士というのは言い間違いだった、と言っているそうだ。

妻については、議員アシスタントとして月7900ユーロ、その後、フィヨンが政権を去った後で20ヶ月間、ル・モンド誌から月5000ユーロ支払われたが、文学作品についての記事を2本出しただけ、だとかいうそうだ。
いずれも、フランスの公務員の平均サラリーの倍以上ということで、まあ、「裏切られた」という感じを持つ人がいるのは理解できる。中途半端な清廉潔白に向けられる目は厳しい。トランプの妻ならいくら稼ごうが使おうが文句を言われないだろうが。

でも、日本で言えば去年の舛添前都知事のスキャンダルもそうだったが、別に弱者を虐待したとかハラスメントだとか公金の明らかな横領というのでなければ、この主のトピックがあれよあれよという間に広まって攻撃材料となっていくのを見るのは気分が悪い。「罪なき者、石もて打て」っていう言葉が聞こえない人って多いのかなあ、と思う。)
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by mariastella | 2017-01-28 03:53 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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