L'art de croire             竹下節子ブログ

フランスとイスラム  その6

これは前の記事の続きです。

2016年夏の革命記念日の夜、花火ショーが終わったばかりの海岸沿いの遊歩道に大型トラックが突っ込んで多くの死傷者を出した。「イスラム過激派」によるテロである。

当然、ヨーロッパじゅうに衝撃が走った。しかも、無差別テロであるその被害者の三分の一はムスリム市民だった。一般のムスリムも「イスラム過激派」の蛮行に激怒する。

ところが、そのすぐ後、テロの現場のすぐ近くのニースの海岸で、警官が髪や体を覆ったまま海岸で座っているムスリム女性の服を脱がそうとするシーンが撮影されて出回った。

イスラム法原理主義的にはそもそもムスリムの女性が家族以外の男性のいる海岸でくつろぐことも許されない。ましてや肌の露出部分の多い水着を着用するなどは考えられない。

そのために泳ぐことができない女性はたくさんいた。

そこに「ブルキニ」という、体を覆うムスリム女性用の水着が登場した。これをムスリム女性の「自由」の拡大だという。
しかしフランスは公共の場で全身を覆うブルカの着用を禁止している国だ。

セキュリティの問題、フェミニズムの問題、政教分離の問題などのいろいろな試行錯誤がなされての現状だ。
このことについては今までにこの記事サイトの掲示板で書いたことがある。

で、コルシカの海岸で、ムスリムの観光客と現地の人との小競り合いがあったことを受けて、ニースは浜辺でのブルキニ着用を禁止する条例を出し、警官の取り締まりはそれに従ったものだった。

私の考えは上記の記事で読んでもらうとして、ともかく、このブルキニ事件によって、CCIFには都合よく、あっという間にニースは、

「イスラム過激派テロの犠牲」

の町から

「イスラモフォビーの執行者」の

町になった。

ニューヨーク・タイムスはこれを一面で取り上げ、フランスは「政教分離」という名のスターリニズムの国でムスリムにとってのグーラグ(矯正収容所)だと認定されんばかりだった。

フランスの一般のムスリム市民も、ISを憎んでいるにも関わらず、テロがある度に肩身の狭い思いをしなくてはならないことにうんざりしていたから、「フランスは嫌イスラムの国」という構図の方に救いを感じた。

テロの批判よりも、

「悪いのはイスラム差別をするフランス社会だ」

「自分たちは犠牲者だ」

という意識によって共同体意識を強めることになったのだ。(続く)
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by mariastella | 2017-03-01 00:51 | フランス
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