機内で観た映画 その2『ムーンライト』など
日本からの帰りの機内で観た映画。
まず『ムーンライト』。 オスカー受賞作品の発表の折の間違いなどで『ラ・ラ・ランド』と話題を分け合った『ムーンライト』だが、「ラ・ラ・ランド」はパッとしない平凡な映画だと思ったけれど、「ムーンライト」はもっとつまらなかった。 去年のオスカーで黒人映画と黒人の不在について批判の声が上がったこと、 そして排他主義、差別主義者と言われるトランプ大統領誕生への映画人による抗議、 この二つを背景にした、いかにも政治的な判断による選択だなあと思う。 何だか黒人の黒人による黒人のための映画みたいな雰囲気で、しかし、黒人のコミュニティだけで起こることという必然性はない。 シングルマザーの母親はドラッグ中毒、同性愛傾向ゆえに「弱い者いじめ」の対象になる少年時代、大人になってからのこと、すべてが黒人コミュニティの中で起こる出来事だけれど、黒人でなくとも成立するテーマだ。 人種差別そのものはテーマになっていない。 貧困や麻薬の取引などは確かに社会の弱者のところに起こってくるが、それが黒人の場合にだけ、より大きな意味を持つわけではない。 他のカテゴリーにおいても貧困のきっかけとなるものはたくさんある。 インデペンデント系黒人映画がこのように持ち上げられること自体に、アメリカの人種差別の根の深さを感じて愕然となる。 唯一興味深かったのは、月光の下で浜辺を駆ける黒人の肌が青く見えてブルーというニックネームがついたことや、黒人少年に自信を与えるために、メンターが、黒人はマイノリティではなく世界中にいること、人類のすべてはアフリカから来たので黒人が人類の祖先だからだ、という感じの話をしている場面だ。人類学の成果は社会的にも役にたっているわけだ。 『素晴らしきかな、人生』デビッド・フランケル 『ムーンライト』に比べると、多人種多民族が共生している大都会での広告会社の「成功者」の実存的鬱を扱ったこの映画の主人公が黒人のウィル・スミスだということの方がずっと意味がある。 この主人公がウィル・スミスだという必然性があるからだ。黒人だということも含めて、彼の全人間性がこの役にぴったりだということで、政治的公正などとは関係がない。 日本語タイトルは過去の名作映画から借りているものだけれど、キイワードとなるオリジナルのタイトルの「Collateral Beauty」は映画の字幕では「幸せのオマケ」と訳されている。 フランス語では「Beauté cachée」、つまり「隠れた(隠された)美」となる。 英語では、愛する者を失うという試練にもそれに付随するビューティ(美しさ)がある、という感じだが、フランス語では同じ単語が存在するにもかかわらず、「隠された」という訳をしている。 つまり、付随はしているのだけれど、表には現れていない、表裏をなした関係だという感じがする。 死は誕生と同じで、存在と非存在、実在と非実在との境界領域が一瞬可視化される現象だから、そこに人為の届かないある種の美が表出するのを感知することがある、という含意だろうか。 「美」とは人間の生死を超越した世界を反映する何かであるという感じもある。 ところが、日本語の訳は「幸せのオマケ」。 「美しさ」では通じない。 「幸せ」。 しかも「オマケ」。 これってベースにある文化の違いが翻訳不能を起こしているのだろうか。 ストーリーは、類型的なサブストーリーが並行しているもので、その中でも、意外なオチや、余韻がいろいろあって、まあ楽しめて後味がいいということではアメリカ映画らしい着地点だ。 『LION/ライオン』-25年目のただいま- (ガース・デイヴィス) はフランスでも話題になっていた実話がベースのオーストラリア映画で、主人公の少年も青年も名演だし、インドとオーストラリア本土とタスマニアのスラムや都市や自然が対照的で、今回の機内映画で一番面白かった。 ニコル・キッドマンらの演じるブルジョワ夫婦が地球の未来を考える「意識高い」系のディープな人で、それだけでは善人過ぎて押しつけがましいのだが、養子の二番目が自傷癖の自閉症らしい生涯を抱えているなどの困難にぶつかるというリアリティがある。 そしてインド、オーストラリア、とほんとうに「イギリス連邦」the Commonwealthってあるのだなあ、そしてそのアイデンティティがクリケットというのも本当なんだなあ、と再確認させられた。 Brexitの時に、ポーランドなど東欧の移民は受け入れられないが、クリケットをやるイギリス連邦の国からの移民は全く差別なくOKなのだから、いわゆる人種差別ではない、とケン・ローチが言っていたのを思い出した。
by mariastella
| 2017-04-18 00:29
| 映画
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