L'art de croire             竹下節子ブログ

大統領選の2候補どちらも嫌だという人が増えているわけ

リベラリズムについて。(大統領選とカトリックの記事の続きはこの後になります)

冷戦時代は、共産圏に対して「自由諸国がリベラル」というイメージが刷り込まれていた。

冷戦が終わってからは、保守と革新の「革新がリベラル」というイメージが出てきたので混同されることが多い。

『アメリカにNOと言える国」でその違いを説明したけれど、今、ソシアルとソシエタルも混同されてきたのでもういちどおさらい。

ソシアルとソシエタルについては前に一度書いたことがある

ソシアルは国家が自国内の弱者を支援したりアシストしたり、企業主が労働者の権利を保護したりする。共同体内でも格差をなくす方向が目指される。

冷戦時代に自国内の「親・社会主義」勢力を牽制するために、「自由諸国」でも、社会民主主義を採用するところがあった。フランスは特にそれが顕著だった。冷戦後にその必要がなくなったので、歯止めのない「新自由主義」が弱者を切り捨てるようになった。

だからこそ、その「弱者」の怒りを代弁するポピュリズムが目立つようになってきたのだ。

で、リベラリズムについても、本来、

保守のリベラリズムは経済、

左派のリベラリズムは文化、

の分野だという棲み分けがあった。

保守は、規制をどんどん撤廃してグローバリゼーションを進め、結果として格差を拡大させ、左派は表現の自由、アートのグローバリゼーションを応援する。

マクロンのリベラリズムはみんなを集める中道だ、と自称するだけあって、その両方を兼ねる。

ル・ペンの保護主義も、経済と文化の両方を兼ねている。

これが、従来の保守や革新のシンパが、

今回はどちらにも与することができない、棄権する、白紙投票する、

などと言っている理由のひとつである。
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by mariastella | 2017-04-30 18:53 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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