L'art de croire             竹下節子ブログ

テロが続くイギリスとフランス

イギリスで数か月のうちに3度もテロがあった。

もちろんその度にフランスではさかんに報道された。
それなのに、

助かった人のインタビュー、
テロリストのプロフィール、
現場に花を捧げる人たち、
黙禱、

などのどのシーンをみても、あまり心を動かされなかったことに自分でも驚いた。
もちろん、フランスでのテロの報道に食傷しているのでデジャヴュという印象もあるからだけれど、テロが起こる度に

「テロに屈しない」、
暮らし方を変えない」、
「恐れてはテロリストの思うつぼ」、

などと言われ、それを実践しているうちに、感受性が鈍ってきたのかもしれない。

運が悪ければどんな事故にだって遭遇するかもしれないし、という達観に至る部分もある。

私が日本で他国で起きた大地震の報道を試聴したらひょっとしてこんな気分になるのではないかと思う。
恐ろしいけれど、どうしようもない、というやつだ。
一応最低限の「対策」や「安全情報」を耳にしていれば、後は恐れても仕方がない。
それでも、飛行機が嫌いな私は、旅の初めに説明される酸素マスクや救命具のつけ方の説明がある度に忌避感を持ってしまう。
大丈夫、統計的に言ってこの飛行機は落ちない、という自己暗示が自動的に発動するのだ。

フランスでも数か月のうちに3度のテロがあったのだけれど、こちらは単発で、ルーブル前、シャンゼリゼ、ノートルダム前でそれぞれ警備中の兵士や警官を特定してねらったものだった。
もちろんそれも十分恐ろしいことだけれど、すべては相対的で、これまで大量の一般人や未成年が狙われたシーンを見せられてきた者にとっては、ああ、こういうご時世にああいう職業は大変だなあ、と同情するものの、集合無意識の中では「テロ」の枠の周縁部に追いやられる。

で、このところはイギリスの方がテロが多くてフランスは少しおさまっているよな、などという印象を持ってしまうのだ。

それでもロンドンのテロで、観光中やバイト中やフランス料理のシェフなど3人のフランス人が犠牲者になってその一人一人の情報が繰り返して流されると、私自身のロンドンの思い出や最近ロンドンにいたあの人この人のことを思い出すので、テロは「またか」のテロではなくなり、悲劇として胸に迫る。出来事との関係性というのはとても人間的だ。

そういえば日本の知人がもうすぐ大英博物館で公演をするはずだ。
最初はロンドンの後でルーブル美術館でも講演するという予定だったのだが、子役もいることだし、「緊急事態」発令中のフランスは危険そうだというので、去年の今頃、フランスは中止になった。
その時に私も意見を聞かれたけれど、2017年も前年と同じくラマダンの最中だし、大統領選と総選挙でテロリストのテンションが高まっているかも、と答えた。
ところがイギリスでは今年の復活祭の後にメイ首相が解散と総選挙を言い出した上、その後の立て続けのテロの影響もあって総選挙の結果も思惑が外れ波乱含みとなった。

知人の公演がともかく無事に終わって実り多いものとなることを祈ろう。


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by mariastella | 2017-06-12 00:59 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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