L'art de croire             竹下節子ブログ

フランス総選挙でマクロン新党が圧倒的多数を占めるという予測について

次の週末はフランス国民議会の総選挙の決選投票だ。
このままいけばマクロン新党の圧倒的勝利となりそうで、大統領の「君主」ぶりが想定される第五共和制自体への疑問が投げかけられている。

日本で自民= 公明の与党がどんな法案をどんな形でも通せてしまっている現状を見るにつけ、フランスの未来についても誰でも心配になってくる。

日本よりましなのは、
アメリカからの圧力には屈しないこと、
ジャーナリズムがまあまあ機能していること、
デモやストなどの直接民主制の力が健在なこと、などなどかもしれない。

今回、キリスト教信徒であることを公言しているフィヨン派(=共和党。分かりやすいように大統領選候補だったフィヨン派とこの記事では呼ぶ)の議員候補が軒並みにマクロン党の候補に追い出される現状を見て、保守ばかりでなくリベラル・カトリックもあせっている。
マクロンも、勝てば勝つほど、カルト「教祖」風の顔になってくる。

大統領選の第一回投票ではいろいろ分散していた票が、総選挙でどっとマクロン派に流れたのはいろいろな理由があると思うが、私のごく周辺の人々を観察しているといくつかの要素が見えてくる。

まず私の周りの親しい人々で観察しやすいのは大きく分けて、

1.インテリ・ブルジョワ
2.インテリ・アーティスト

の二種類がある。

このうちのインテリ・ブルジョワのグループは
大統領選の第一回投票で保守フィヨンに投票。
フィヨンに架空雇用スキャンダルがあったが気にしない。
国のためになって結果さえよければモラルは関係がない。
何度も寝返ったタレランが結局フランスを救ったではないか。
と、とってもプラグマティック。
レランについては今まであまり書いていない。このブログでこれくらいだ。

この層に多い団塊リタイア組はマクロンなど信じていなかった。


インテリ・アーティストのグループは、第一回投票でたいてい極左メランションを支持した。オランドの社会党政権が失敗して分裂していたのでインテリ左翼無神論系は自然にメランションに向かったのだ。

これがメランション躍進の理由だった。

社会党候補のアモンのカリスマ性のなさも大きく作用した。


私や少数の知人は、それでもアモンを支持していた。脱原発に一番はっきりした態度をとっていたから。私は個人的にヤニック・ジャド(アモンの支持に回った緑の党の候補者)が好みだったせいもあるけれど。


で、第二回投票は、フィヨン派もメランション派もアモン派も、ルペンを落とすためにそろってマクロンに投票した。


結果、マクロン政権誕生。


その後、今回の総選挙。


1.2のグループはどう反応したか。


1の、(私の周辺の)フィヨン派だった人の半分近くは、棄権またはマクロン派に投票したと思われる。


棄権の理由は、


フィヨン派の敗退と分裂を前にして見限った、

第五共和制ではどうせマクロン派が勝つのだから意味がない、


といったところか。


マクロン派に積極的に投票した人の理由は、


マクロン政権がフィリップ首相やル・メール経済相など旧フィヨン派を取り込むことに成功したので敷居が低くなった、


ということの他になるほどというものがある。


それは、インテリ・ブルジョワで「子供のいる人」ということだ。

これらの人は、フランスで初めて、自分たちの子弟を英語を第一外国語として学ばせた世代だ。で、子弟はたいていイギリスやアメリカやオーストラリアなどの英語圏に一度は留学して英語圏の学位を持っている。

そして、インターナショナルでグローバルな仕事について活躍している。日本で言うと団塊ジュニア世代で、マクロンももろ入っている。

で、インテリ・ブルジョワの子供たちの世代は大統領選の第一回投票からほぼマクロン派だった。親たちはマクロン政権なら自分たちの年金が減るし、社会政策風のものもあまり関係ないから、フィヨンを支持していた。

でも、決選投票ではル・ペンに対してマクロンに投票せざるを得なくなったので、そのすぐ後の総選挙では「慣れ」というか「慣性」が働く。


また、その後のマクロンのエネルギー全開ぶりを見て、自分の子供たちの姿と重なって、


「まあ世代交代も無理ないか、自分の子供たちの世代に有利な体制になれば、自分たちの年金が多少減ったとしても、子供たちに助けてもらえるし」


と意識下で考えたとしても不思議ではない。


というわけだ。インテリ・ブルジョワには子供のいる人が多いし。


それに比べて、インテリ・アーティスト系でメランションに投票した人は、総選挙でマクロン派に転向したというより、多くが棄権したと思われる。


インテリ・アーティスト系の人は子供がいない人が多いので、マクロンを「自分の子供の世代」に投影することはない。

既成の右派左派とかいう構図から逃れたいという「自由と冒険」の志向は強いから、総選挙でもメランション派に投票した人は少なくない。

でも、このカテゴリーの人にとってはメランション派は「党」としてよりもメランション個人のカリスマに反応する人が多かったので、総選挙のレベルではモチヴェーションが落ちて「棄権」が多かった、というわけだ。


以上があくまでも私の周辺にいるほぼ同世代二つのカテゴリーが大統領選に続く総選挙でどういう動きをしたかということを分析してみたものだ。


一方、大統領選の第一次投票や決選投票でルペン支持者だった人が総選挙では多くが棄権したり、フィヨン派やマクロン派に回ったりしたらしい理由については、メディアがインタビューしたり分析したりしている。

でも私の周りにはさすがにルペン支持者はまったくいないので分からない。


たった一人、楽器奏者でルペン支持を公言する女性がいたけれど、そのことで壁(私が勝手に作った壁だけど)ができたので、私はその人が総選挙でだれに投票したかとかマクロン政権をどう思っているかなどとは聞きだす気持ちにもなれなかった…。


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by mariastella | 2017-06-16 02:56 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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