L'art de croire             竹下節子ブログ

プーチンがマクロンにプレゼントしたものとは

5月末にプーチン大統領がマクロンに招かれてヴェルサイユ宮殿に出向いたとき、ピョートル大帝の記念展だったのだけれど、実はプーチン大統領はもっと古いことを持ち出した。「西欧好き」のピョートル大帝よりも前に、ロシアのアンナ(キエフ大公の娘)がアンリ一世に嫁いでフランスの二つの王朝ナヴァール(アンリ四世が出た)とブルボンのふたつを創始したという歴史だ。
で、プーチンがマクロンにプレゼントしたのは、「ランスの福音書」と言われるものの復刻版で、その第一巻がオリジナルの手稿の復刻で、第二巻はロシア語による注釈と解説からなっている。

オリジナルはランス市立図書館のカーネギー文庫にある11世紀のもので、キエフから嫁いだアンナが持ってきたものであり、歴代の王は戴冠式でこの福音書に手を当てて誓ったと言い伝えられていた。

1717年にピョートル大帝が、1901年にニコライ二世が、それぞれランスを訪れた際にこの福音書を見せられたという。
ところが、2017年にはプーチンがその復刻版をマクロンに贈ったというわけだ。

マクロンが、華麗なヴェルサイユを見せつけて、暗に、

「(ロシアの田舎の)ピョートル大帝が(文化先進国)ヨーロッパに向けて目を開いた」

ことを寿いだことに対して、

プーチンは、

「いや、それよりずっと前に、キエフのアンナこそがフランスの発展のルーツとなったのだよ」

とデモンストレーションしたわけだ。

この発言についてすぐに反応したのはウクライナの大統領府長官だ。
アンナはモスクワではなくキエフのアンナで、由緒ある福音書もアンナの父であるキエフ大公ヤロスラフ一世の有名な図書館にあったものだという。
11世紀から13世紀のキエフ大公国はボルガ河から黒海にかけての大国で今のポーランド、ウクライナ、ロシアの一部からなっていた。首都はロシア正教の揺籃の地キエフである。

実は、これが11世紀にアンナがフランスに持ってきたものだという説は歴史的にあやしい。14世紀にプラハでボヘミア王がスラブ文化を推進した時に、11世紀にキリル文字で書かれた注釈付き福音書を修道院に下賜したものらしい。

後に、愛書家であったランスの枢機卿が16世紀にこれを入手してランスのカテドラルに贈呈したと言われる。
歴代のフランス王が聖油を塗付されたランスの戴冠式でこの聖書が使われたかどうかはよく分からない。

しかし、アンナの父ヤロスラフ賢公と言えば、ウラジミール一世の息子だ。
ウラジミール一世は、キリスト教に改宗してキエフをキリスト教化した人で、正教会、カトリック、聖公会、ルーテル教会共通の「聖人」でもある。
そしてもちろん、ウラジミール・プーチンの守護聖人だ。

「ピョートル大帝がフランスにきてフランス文化にほれ込んで300年という歴史を祝いに来た」

のではなくて、

「聖ウラジミールの系譜こそがフランス王朝文化をつくったんだよ」

というメッセージをプーチンは復刻版に託したわけである。

オリジナルがキエフからランスにやってきたのが11世紀だろうと16世紀だろうと、その後に、フランス革命もロシア革命もそろってキリスト教を否定した。

でも、共通のルーツと共通のルーツをめぐる幻想はフェニックスのように舞い戻って使いまわされる。

こういうの見ていると、日本の場合は、日米首脳会談だとか日露首脳会談だとかがある度に、いくら「なかよし」風にふるまっても、こういう駆け引きができるほどの共同幻想がないのだなあ、とあらためて思わされる。

それなら、日韓首脳会談や日中首脳会談なら、文化のルーツを共有する国として豊かな共同幻想を潤滑油にしてもよさそうだけど、たかだか百年くらいの「不都合な歴史」ばかりを前面に出してぎすぎすするばかりなのは、何だか悲しい。



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by mariastella | 2017-07-09 05:47
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