L'art de croire             竹下節子ブログ

勝本華蓮『尼さんはつらいよ』新潮新書

『尼さんはつらいよ』

いやあ、面白い本だった。タイトルもそうだが、

「知られざるオンナの世界。渡る尼寺は鬼ばかり」

などの帯の文句がいかにも下世話な興味を引くようにできているが、私がこの本に出あったのは東京ウィメンズプラザの図書資料室で、その後で注文して最近読み終えたが、長年もやもやしていたものが氷解した。

思えば、私にとっての日本の仏教といえば、物心ついてから父の義祖母に当たる人の月命日のお参りに来るお坊さんとのかかわりから始まって、母との鞍馬寺参りや祖父母の真言宗、曹洞宗とのかかわりの深かった父、そして父母の他界から母の七回忌まで、いろいろなご縁があり、そのほかにもちろん、これも子供の頃からの神社仏閣巡りや仏教美術鑑賞の長いご縁がある。

尼さんと言えば、今から40数年前に、当時パリ大学で仏教の尼僧の生活について修士論文を書こうとしていた女性から東大の宗教学研究室に資料を求めてきた手紙が、当時修士課程にいた中沢新一くんの手に渡り、彼が仲介してくれたその女性と私は今もごく親しい関係にある。

彼女はその後フランス仏教者連合の会長にもなり、そのつてで、私のトリオはヴァンセンヌのパゴダで演奏会もした。このブログでも書いてきたが、ずっとフランスの仏教者と付き合いがあるので釈迦の真骨追っかけにも参加したし、数々の行事にも参加している。
チベットの高僧らとの個人的な付き合いも長い。
上座仏教でいえばミャンマーで「修行」したフランス人沙弥尼は私の親友でもある。
ベトナムの仏教者とも親しい。

その中で、フランスにおけるカトリックと仏教との関係や、チベット仏教と真言密教の関係などもいろいろ考えてきたけれど、カトリックについて持っている歴史的文化的地政学的な視座と視野が、仏教については持てていなかった。
日本仏教が特殊な形になっていて、僧侶の生活形態においてチベット仏教などとまったく違うことも、それをどうまとめるべきか分からなかった。
少女時代から臨済宗系の本(碧巌録講話など)をよく読んでいたけれど、父母の死以来真宗のお坊さんと話したり行事に参加したり本をいろいろ読んだりする機会ができた。

築地本願寺でコンサートもさせていただいた。
それでも、「全体像」はよく分からないままだった。
子供のころから、「お寺の子」の友達は何人かいて、そのおうちであるお寺に招かれたことはある。
お寺の息子が父の後を継いだのも見聞きしたし、大学教授になった人も知っている。

40数年前にはちょうど瀬戸内晴美さんが出家していたけれど、その他に比叡山での行院での生活を書いた尼僧の本は数冊あった。中沢君が神保町を回って数冊見つけてくれたのだ。
それは興味深く読み、フランスに来てからはカトリックの観想型女子修道院(禁域に暮らし外に出ない)の記録を読み漁った。
社会活動型の女子修道会や、地域の一大勢力となった大修道会(女性がトップで、敷地内に男子修道院も内包する)の記録も読んだし、今も続く関係者とも付き合いができた。

その中で、少なくともカトリック型の修道会というものについては理解が深まった。
ローマ・カトリックの首長がいるので比較的分かりやすいし、司祭団とそれ以外のステイタスや役割りの差もはっきりしているので、これも比較的わかりやすい、何が「異端」とされたのかも分かりやすい。
ミサや告解のシステムも分かりやすいしチェックしやすい。

けれども、中国経由の日本の仏教は何度も習合を繰り返したり、途中の碩学が立てた宗派が独立したりしているので分かりにくい上、近世には廃仏毀釈もあったり檀家制度が崩壊したりしてますます分かりにくい。
資格やヒエラルキーと言うのもよく分からない。

そういうもやもやしたものが、この本は、「尼さんとは何か」という、ますますもやもやとしたテーマから切り込んでいるので、逆に霧が晴れるように分かってくる。
いや、日本の仏教の各宗各派の複雑さが具体的に解説されて分かってくるという意味ではなく、その分かりにくさの正体が分かってくるのだ。

修行の本質が職業訓練であることや、僧階が上がると毎年納める宗費の金額も上がるとか、信者寺と檀那寺、肉寺、骨寺とか、日本の家元制度とかそもそもの「家」制度との関係とか、なるほどと思うことが多い。
仏教の教説についての本はたくさん読んできたけれど、この本を読んで宗教におけるインカルチュレーションの実態がよく分かるので、たとえば、カトリックにおける「諸宗教対話」の部門に関わっている人には必読書だと思う。
仏典や仏教の理論書を万巻読破しても見えてこないものが見えてくる。

この勝本さんのような求道タイプの宗教者にとっては、カトリックの修道院の方が居場所がありそうだなあ、と思う。

特に「老後」に関しては、もともと修道会は病院や救貧院や学校などとセットになっているから、老いたメンバーの世話は想定済みだし、修道女の質の年老いた親を引き取るところも多い。

そのうちフォントヴロー修道院の歴史の本を書きたいと思って準備しているのだけれど、この本のおかげで、なんだか考えに陰影が加わった。
ありがたいことだ。
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by mariastella | 2017-07-10 06:48 |
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