L'art de croire             竹下節子ブログ

クリストファー・ノーラン『ダンケルク』

ここのところ、フランス映画2本、ドイツ映画1本を観たのだけれど、うーん、なかなか末梢神経をくすぐられるところはあったけれど、真剣に映画評を書く気になれなかった。

結局、一番印象的だったのが、国籍も米仏英蘭とマルチなブロックバスター映画で、クリストファー・ノーランの『ダンケルク』だった。

そのスケールはまさにハリウッド映画だが、そのエスプリは完全にイギリス映画。

戦争映画など大嫌いな私が行こうと思ったくらいだから、まず、音や迫力はすごいけれど、いわゆる手足が吹っ飛ぶ的な残虐映像はない。

もちろん多くの戦死者が出ているのだが、殺されて死ぬときは、多分攻撃する方も、「無名」、「匿名」性が高くて、モノのようにコトが過ぎる。

けれども、救う時、救われる時は、ヒトであり、命であり、「関り」が生まれる。

この映画の死の中でただひとつ人や思いや関係性のもとに描かれるのは、軍服でなくセーターを着た17歳の少年の死だ。

敵によってはでなく父親の船の中での小競り合いで打ちどころが悪くて死んだ。

最後にこの少年の「死」が「英雄」として地元紙に掲載されるのも皮肉だ。

全部が、戦争の不条理につながっていて、よくできた戦争映画というのはすべて反戦映画になっているなあと思う。

といっても、フランス人からは、イギリスのナショナリズムに不快を感じたり、このダンケルク救出作戦「ダイナモ」で、フランス軍が果たした役割を無視しているという不満も出た。

7/17のル・モンド紙で4万人のフランス人に失礼だというコメントがあったのがイギリスでも掲載されて、イギリスの歴史学者マックス・ヘイスティングスという人が、ノーランは自分の解釈で自分の描き方をする権利がある、スピルバーグの映画がアメリカ的であるようにこの映画はイギリス的であるだけだ、と言ったそうだ。

といっても、スピルバーグ映画の方が、アメリカ的というより、インタナショナルなマーケットを意識して政治的公正が加味されているようにも思えるのに対して、このノーランの映画は、フランス市場なんて気にしていないのがよく分かるのだけれど。

「敵」であるドイツ軍は「飛行機」の姿以外ほとんど現れない。最後に英軍パイロットが多分捕虜になる時に現れるだけだ。この戦いで実際に捕虜になった英軍兵士はポーランドの強制収容所に連れていかれて働かされたという。

でも「敵」がドイツ、という単純な二元論でなく、ひとりひとりが果たしてサバイバルできるかどうかという運命と向かい合っているように描かれているところがエレガントと言えばいえる。

映画の「国籍」に入っているオランダ人もフランス人も一人ずつ登場する。でもオランダ人はドイツ人と間違われて、必死に自分はオランダ人だといい仲間に入れてもらい、フランス人の方もドイツ人のなりすましだと疑われて、イギリス人から「ギブソン(だったか?)と発音して見ろ、ドイツ人ならなまりがある」と迫られて窮し、結局はフロッグ・イーターのフランス人だと白状させられる。

でも、生きるか死ぬかの仕分けではスコットランド人でも微妙に差別されているので、同盟国同士でも差別があったのは当然なのかもしれない。

ここに出てくるイギリス人兵士はまったくアングロサクソンの若者たちという感じだ。イギリス軍は共同体社会だから、インド系はインド系の部隊というようにはっきり分かれていたようだ。

でも、実際は、フランス人かドイツ人かオランダ人かは外見では確実に判別できないわけで、話させて訛りでテストされるなど、なんだか日本でもあったような話で気分が悪くなる。こういう局面においては、「母語」がナショナリズムの判定になるのだなあ。

私は実はダンケルクにちょっとした縁があるのでそれもこの映画を観に行った理由の一つだけれど、それにしても、1940年の5/26-6/4に展開されたというこのダイナモ作戦が、イギリス側で「ダンケルクの奇跡」と呼ばれ、「英雄」物語になっているのは、政治的判断とはいえ確かに不自然な部分はある。


ドイツ軍に追い詰められたイギリス軍にはもう戦うことも勝つことも不可能だった。前が海で退却も不可能だった。けれどもチャーチルには「降伏」という文字はなかったので、「救出」しかなかったのだ。

でも軍を回す余裕はなかった。

で、民間の船に呼びかけて、市井の人々が自分たちの船で英仏海峡を渡ったのだ。奇跡的だったのはむしろ好天に恵まれたことの方だったらしい。

40万人近くが追いつめられていたのを、イギリス軍が救えるのはせいぜい3,4万人の見通しだったのだけれど、結果として、民間の何百艘という船が応えたこともあって、338226人が救出された。

イギリスについて列車に乗ると、兵士たちはブラボーと歓呼の声で迎えられ、英雄扱いされる。「おれは生きのびただけだ」と、彼らは思うのだが、この「帰還」を作戦が成功した「凱旋」のように報道するのはもちろん政府の判断だった。


確かに、すごい犠牲を払って救出することが「勝利」なのだったら、最初から戦地へ送らなければ ? などと思われるとまずいから、「英雄譚」を創ることが必要だったのだろう。

戦争映画が苦手な私でもストーリーを追えるのは、陸・海・空からの話の展開を細切れにしてつなげているサスペンスがよくできているからだ。しかも、同じ割合で挿入される陸・海・空の時間の流れが、浜で救出を待つ疲弊した兵士の大群の一週間、海を渡ってダンケルクに向かう初老の男(長男は参戦して三週間で戦死した)と二人の若者の一日、そして戦闘機で勇敢に戦うパイロットの一時間、と三通りの密度で組み合わせるというテクニックがほどこされている。

空からの映像がすばらしく、息をのむほど美しい。実際にコックピットにIMAXカメラを取りつけたそうだ。船底で溺れそうになったりする映像とのコントラストが強烈だ。

浜で列を作る軍服の大群の後で、ネクタイさえしめて自分の船を操縦する男の姿が新鮮だし、たった一人で戦うパイロットの孤独も胸を打つ。(6月末のパーティで、制服姿の空軍のパイロットと話をしたばかりだったので、あらためて、今ここにある戦争のことも考えさせられた。)

この映画を観た97歳のイギリス人元兵士は、当時20歳で、まったくこの通りだった、と語った。そしてその夜、泣いたと言った。77年経っても、地球に平和が来ていない、人が人を殺し合う愚かさから脱していないことが悲しい、という。

確かに、この映画では、爆弾や銃弾の命中率がそんなに高くない。

今の高性能ミサイルだの無人爆撃機だのの時代の戦争ならもっと容赦ない非人間的なものになっているのだろう。

そして、攻撃すること、殺すことの効率や技術は高まっても、「救う」ことの技術は今も昔も、「人間的」でしかないのだろうなあと思う。

このダイナモ作戦の「成功」は、19406月4日

映画の終わりに司令官は、自分はダンケルクに残る、まだフランス人を助けなくてはならないから、とかっこいいことをいう。

でも、6月22日に独仏休戦協定が結ばれて、ダンケルクもパリも、ドイツ占領下に置かれることになった。

連合軍のノルマンディ上陸作戦は、それから4年後のことだった。

ダンケルクはノルマンディではない。

日本人の目から見ると、やはりイギリスって島国だから、もちろんドイツ軍の絨毯爆撃を受けたにせよ、ある意味で「大陸」の戦争からは「要塞」のような位置にあるなあと思った。そして、日本が南洋などで取り残された日本軍を救出に行かなかったのか行けなかったかに比べたら、やはり、「救出」するというのは「殺す」という戦争のベクトルと逆であって推奨すべきことであり、生き延びたことは「ブラボー」に値するのだなあとすなおに思う。

そして、何よりも、この二度の大戦でぼろぼろになったヨーロッパが、EUとなって互いの間の戦争を放棄したことの貴重な意味を考える。Brexitとか言っても、もう独仏英が殺し合うことは考えられない。

この「殺し合うことがもう考えられない」ということが、つい80年前には考えられなかったのだ。


この映画を観たら、やはり日本は今のままの「憲法九条」を掲げるのが最良の道だと思えてくる。互いに顔も見えない相手と殺し合うなんて、いったいどうしてそんな事態に陥ってしまうのか、そしていったん歴史がそちらの方に傾いたら、大きな車輪が回り始めてすべてを押しつぶしていく。

兵士たちはみな、若い。

若者を戦場に送ってはいけない、

それがたとえ「聖戦」と呼ばれていても。


[PR]
by mariastella | 2017-07-27 02:58 | 映画
<< 地球のために何ができる? 3 地球のために何ができる? 2 >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧