L'art de croire             竹下節子ブログ

地球のために何ができる? 3

承前

さて、『ラ・デクロワッサンス』紙の記事。

見出しは「エリザベト・バダンテール  システムの哲学者」というものだ。

フィガロ紙のジャーナリストのウージェニー・バスティエはカトリック系エコロジー雑誌『リミット』の主幹でもあるが、自著の中でデクロワッサンス(つまり成長の反対の縮小)主義の先駆者でもあるクリストフ・ラッシュを引用して、フェミニズム運動が資本主義に汚染され、広告産業のようにスローガンを選択していると述べている。同書の中でバスティエ女史はバダンテールも称賛しているのだが、そのバダンテールは「女性をモノ化(疎外)しているのは広告ではない、私は広告が好きだ」と『パリジャン』紙で語ったことがあるという。

つまり、バスティエ女史は、成長戦略に異を唱えながら、バダンテールを称揚することでメディアの金権体質の中にある。

『ラ・デクロワッサンス』紙は消費者に無駄な欲望をかきたてる広告業界を徹底的に告発する立場に立つ。だから、広告代理店大手のピュブリシスの資本の10%を所有して10億ドル以上の資産を持つバダンテールは完全に新自由主義経済のシステムの内側の立場だというわけだ。

そして、ほとんどのメディアは広告収入で成り立っているから、バダンテールを批判することは絶対になく、メディアの調査する「フランス人の好きな知識人」の上位にはいつもバダンテール女史が来るというのだ。

「金持ちの味方」という視点でバダンテールを見れば、2011年にDSKNYのホテルで黒人メイドからセクハラ告発された当時のIMFトップ)を擁護したことも、売春や代理出産の合法化支持(女性の体の使い方を国が管理するべきではない)も、「貧しい女性」の側に立つものではなく、フェミニズムは新自由主義経済推進のツールでしかない、という。

バダンテールが女性の育児を効率化するために粉ミルクや使い捨てオムツを推進し、母乳育児の推奨は女性を20世紀初めのように家庭に閉じ込める退行だと主張するのも、エコロジーに真っ向から反している、とする。

うーん。

確かに、昔は、使い捨てといっても布のおむつカバーの中にナプキン型の紙おむつを当てるというのもあったけれど、今のフランスはすべてが前も後ろも可愛いプリント柄のついた完全な紙おむつしか見かけない。

エコロジー系や仏教系フェスティバルでは地球にやさしい布おむつのスタンドが出ているけれど。(カトリックはフランシスコ教皇がエコロジーを重要テーマとしているのだけれど、フランスのブルジョワ・カトリックでは、布おむつ系を推奨する人に会ったことがない)

私は「広告」を見て新しいものにとびつく方ではないけれど、「広告」のランガージュと現代美術の関係などには非常に興味がある。

そして「広告」が金になる社会では多くのすぐれた才能が「広告」業界に向かうので、ますます面白い「作品」が生まれる。同時に、そういうすぐれた才能も往々にして「使い捨てられる」もので、巨大な新自由主義経済の中で押しつぶされるか消費されつくすことがほとんどであることも分かっている。

でも、バダンテール女史が言っていることやこれまで言ってきたことは、そういう搾取者側に立つに自分に利益誘導するようなものではない。すでにすべてを持っている人だからこそ、正論を口にすることもできる。

彼女が紙おむつを勧める時、紙おむつの広告収入のことなど考えていないのは明らかだ。紙おむつが使い捨てられる「環境汚染」だって、そうでない場合のいろいろなメリットとデメリットを全部検討したら、総合的に最悪の選択ではないかもしれない。

でも、強者の個人情報が簡単に拡散されてしまう今の世の中、社会的強者(被害者、犠牲者ではない人)の正論は、いろいろなバイアスによって歪められてしまう。

「エリート」に対する単純で根拠のない偏見ほど自然で正しくに感じられるほどだ。

そのことを痛感しているので、私はあまり大きな声で正論を言いたくない。

「そういうお前はどうなんだ」

とつっこまれたくないからだ。

最近、例のオジャランのフェミニズムについて私が知るきっかけとなった藤永茂さんのブログでこういう記事を読んだ。


>>>ヤズディ教徒のクルド人に伝染したように、オジャバ革命の理念がイラク北部のクルド自治地域のクルド人たちの間にも広がって、現在のトルコ、シリア、イラク、イランの国境線がそのままに保たれたまま、三千万人を数える世界最大の少数民族クルド人が多数派住民である平和共存の広大な地域が中東に出現して、そのついでに、世界核戦争の危険性も次第に消えてゆく、これが私の大きな夢です。
**********
 確かに、これは大きな夢です。この夢の前に立ちはだかる高い障壁の数々が、ISの首都ラッカの陥落の後に、具体的な形をとって、我々の前にその姿を現すでしょう。とりわけ、ロジャバのクルド人たち、トルコのクルド人たちの苦難は深刻さを増すばかりでしょう。リビングルームのソファに座ったままでロジャバ革命に声援を送っている私のような人間はどうすればよいのか?<<<

藤永さんのような方が「リビングルームのソファに座ったままでロジャバ革命に声援を送っている私のような人間」とおっしゃっているのだ!

90歳の藤永先生が、ぶれることなく被抑圧者の側に立って情報を発信していてくださるから、それに反応して動く人だってきっといる。

夢を伝える、意識を変える、教育する、という使命を持っている方がいてこそだ。

では、私も「地球のために何かする」ために「リビングルーム革命」を目指せばいいのだろうか?

罪悪感を払拭してくれる答えは別のところから来た。(続く)


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by mariastella | 2017-07-28 00:13 | 雑感
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