L'art de croire             竹下節子ブログ

地球のために何ができる?  その6

承前


肩関節の拘縮という症状は、「見た目」には分からないが、日常生活に深刻な支障をきたすものだった。もともと身体能力が高いとも言えずタフでもない私だが、これまでの人生で、軽い捻挫くらいはしたことがあるものの大したけがも病気もなく、「骨折」さえ経験したことがなかった。

最初はひどい痛みもあったが、その後の「拘縮」の状態は、機能障害であり、私は「頭がクリアに働いていて、体が疲れてもいない、病気でもない」のに、「うまく生きられない」という状態をはじめて体験した。

腕を使わないですむシーンではスルーすることもできたが、たいていは四六時中「不自由」さが頭を離れなかった。何かの機能が決定的に失われたのであればそれなりにあきらめて別の生き方を工夫するということもあったかもしれないけれど、「拘縮」は「いつかは必ず自然に治る」と言われるものだった。

だから、周囲からも特に同情もされず、注意も引かず、「のど元過ぎれば熱さを忘れる体験者」との連帯感も結べず、孤独だった。


その体験が、「たかが、肩」というブログの開設につながった。

そこには、そこまで毎日不自由をしているのに「頭はクリアーで体は疲れてさえいない」という状況の不条理さの観察、心理状態の分析、回復を早める模索、それらすべてが、その時の自分、将来降りかかるかもしれない別の不自由に対する心構え、同じ状況にある他の人、などのために何らかの役に立つかもしれない、という思いがあった。

そのブログでも、互いにかばい合う右腕と左腕の対話が何度も出てきた。

無傷である「脳」は、インターネットで英語、フランス語、日本語の文献や論文や体験談を渉猟し、あれやこれやと考えることに動員された。

もし、左足の小指が痛くても同じことをしていたろう。

ひとつの体である私の中のどの一部に「不都合」が現れても、あるいは、目に見えないし自覚もなかった血糖値でさえ、内分泌機能の不都合を知れば、能力のある部分が全力で情報を収集し、体の各部がかばいあい、励まし合うのだった。

拘縮した肩に不平を言ったり、弱った機能を酷評したりしないし、無視することも切り捨てることもしなかった。

頭は肩になれないし、足も腕の代わりにはなれないが、もし足が動かなかったならどうだったろう、などと想像力は働いたし、弱いところだけではなく、体の各部分に「思いやり」を持つようになった。

どの部分も独自の機能を持っているけれど、全体に関与しているので、どんな小さな部分の不都合にでも、他のすべてが注意を向けるのだった。拘縮した肩は、「どこも痛くない右足にそんなことを言われたくない」、などと言わなかった。機能している部分は、弱い部分をカバーし支えるためにこそ機能しているのだと思えた。

すべての人はキリストの体の一部、とか、地球は一つの体、という言葉に現実感が生まれた。

地球の環境悪化は、生活習慣病のようなもので、必要な情報を取得して理性で管理するならば、全体を活性化できるかもしれない。自己免疫不全の病気は、「内戦」のようなものだ。ガン細胞も、全身の不調の一部が「過激化」して暴走したものかもしれない。


体の各部の形や役割が違っていても、どこかが不具合になっても、差別したり切り捨てたりしないで、「全体を生かす」という展望のもとに我慢したり妥協点を探ったりして助け合わなくてはならない。

リビングのソファに座って弱者に思いをはせ、全体の改善のために対策を練ることには意味がある。全身が痛いからと安楽死を望むようになってはいけない。

全体の「命」を見つめる余裕と能力のある「部分」には、弱い「部分」に思いをはせる義務がある。そこに「弱い部分」に対する「罪悪感」を持ち出すのは倒錯である。

私たちは誰でも、自分にできるいろいろな形で、「地球を救う」ことに参加できるし、しなくてはならないのだ。全体の命、つないでいく命を生かす、という視点を見失ってはならない。

私にはこれから、年と共にいろいろな「不都合」「不具合」が現れるかもしれない。

何らかの「事故」で、命がとつぜん絶たれる可能性だってある。

でも、地球の命のごく小さな部分である自分が全体の命に向ける意志がクリアである限り、私はいろいろな形で「救い」に参加し続けることができる。

そんなことがだんだん分かってきた。

罪悪感なんてケチな言い訳をしている場合では、ない。


(このテーマはこれでいったん終わりにします)


[PR]
by mariastella | 2017-08-04 04:55 | 雑感
<< ウィーンで考えたこと  その1 地球のために何ができる? その5 >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧