人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

ユヴァル・ノア・ハラリ式気楽な生き方

『サピエンス全史』で有名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ は新作『Homo deus』で未来論を繰り広げている。

結構希望を持たせてくれる楽観的なことも書いているのだけれど、なんだかなあ、とも思ってしまう。


L’OBSno2757のインタビューを読んで少し微妙な気分になった。

例えば、フランスで暮らしている私にはいつも金正恩のミサイルならぬダモクレスの剣みたいに気になるテロリズムについて、こう言い切る。

2000年に入ってから今まで、EU全域でテロの犠牲者は平均すると年50 人。

それに対して、交通事故による死者の数は平均して年8万人。

肥満と糖尿病による死者でも5千人。テロ攻撃で死ぬよりコーラを飲み過ぎて死ぬリスクの方が大きいんですよ。

テロリズムは何よりも一種のショーです。

人の恐怖を掻き立て、それを鎮めるために国家は過剰防衛をしてみせる。

象の耳にハエを入れて陶器店に入れたら暴れてすべてを破壊する。

アメリカという象の耳にテロを仕掛けると世界を破壊して回る。

過剰反応はテロより怖い。実際のリスクに見合って冷静に扱えばテロリズムはなくなる、


と。

ううーん、言うことはもっともでもある。

でも、ということは、交通事故を減らすためのキャンペーンとか標識や道路の整備とか、安全性の高い車の開発とかの方にテロ対策の千倍以上の予算を費やすというのは多分不可能だから、テロ対策の予算を今の交通事故対策予算の千分の一にしろということなのか?

テロリストの巣屈を無人機で「空爆」するとか、テロ対策の警備パトロールを増やすとか監視カメラを増やすとか持ち物検査を厳格にするなどの「ショー」的な対策をやめて、紛争地域での貧困や差別の解消に協力するなどの地道な対策に特化しろということ?

このハラリさんは絶対に肉を食べないし、テクノロジーの発展で肉が動物を殺さずに合成で作られるような形の「進歩」を夢見ている。2013年に実験室で作られた最初のハンバーガーは33万ドルの開発費がかかったのが今は11ドルでできるというから、家畜を殺すような産業は近い未来になくなるだろう。

自由とは好きなものを手に入れることだなどと信じさせたのは資本主義だ。これからは内的自由と「意識」を高めなくてはならない。

と、ある意味で引き算の思考でもあり、実際、スピリチュアル系であるそうだ。

でも、スピリチュアルな部分と、統計の数字を並べて納得させる部分との流れがなんとなく不自然だ。

テロと交通事故と糖尿病は比べられないだろ、とも思う。

こういう言説を「意識の高くない状態」で読むと、自分の保身と長生き志向に意識が傾いてしまう。

そういえば、ジェフリー・S・ローゼンタールの『運は数学にまかせなさい』(ハヤカワ文庫ノンフィクション)を思い出した。メディアのウソを見抜く回帰分析などを紹介して、確率・統計論で人生を賢く生きる方法の本だ。

人生で起こることはランダムで、まあ、情報の多くは陰謀論と同じで誰かが得をする罠なのだから、気楽に生きた方がいいよ、というポジティヴなメッセージの記憶がある。でも、今確認していないから分からないが(同じころに読んだ同じシリーズのマーク・ブキャナンの『歴史は「べき乗則」で動く』だったかもしれない)、ひとつ心にとめたことがあった。確か、数多くの保険商品は確率論から言うと無意味で不要だけれど、火災保険だけは、どんなに確率が低くても、起こる可能性はゼロではないし、起こった時の損害や責任は普通の人の全財産でも償えないほどの膨大なものだから、かけておく必要があり、義務がある、という話だった。

それを思うと、パリの街でテロに遭遇しても即死とは限らないしフランスなら国家がケアしてくれるけれど、北朝鮮が日本の米軍基地に核爆弾を打ち込んだりしたら、その確率がどんなに低くても、壊滅的被害になるのだから、「恐怖を煽る」ことを誰かが利用していても、無視することはなかなか難しい。

「賢明な技術とは何を見過ごすかを見極める技術だ」(ウィリアム・ジェームズ)という言葉をもう一度、反芻してみよう。



付録。今日のニテティスブログです。




by mariastella | 2017-09-24 05:49 | 雑感
<< ウィーンの話 その25 ガ... 真生会館のコンサート >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧