L'art de croire             竹下節子ブログ

憲法九条とニーチェとピンカーさん

時々読んでいるリテラにこういう記事があった。


ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のノーベル平和賞に対して、核兵器禁止条約に署名しなかった日本政府はばつが悪いんじゃないかというものだ。


オバマ大統領でさえトライしようとした核先制不使用宣言にさえ水を差したのだから確かにひどい。


ICANが日本の被爆者の証言から生まれたというのは注目すべきことだ。


私は、2003年のブッシュ大統領のイラク派兵に反対して外務省を追われた天木直人さんのブログも時々読んでいる。新党憲法九条というのを立ち上げて、東京21区から今回立候補されている。

彼が、憲法九条こそが日本が世界に誇れる宝、安全保障のための最大の手段と言うのは分かる。

実際、昨日の記事に挙げたリンカーンの就任演説と同じで、「人類の宝」のような演説や宣言は決して少なくない。

憲法九条がアメリカ軍に押しつけられたものだからよくない、などと言う人がいるけれど、アメリカだって、十分に立派な人類普遍の理想を自分たちでも掲げてきたのだから、ただあの時点で敗戦国にもう武力を持たせない、というだけの思惑で日本に不戦宣言を押しつけたのではないだろう。

彼らにも彼らの「理想」の文脈があった。


でも、憲法九条の


 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇叉は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

というこれだけを見て、「宝」だと持ち上げると、


「現実が見えていないお花畑だ」とか

「では敵に攻めてこられたらなすすべもなく滅びてもいいんですか」


などと必ず言われることになっている。


憲法解釈をめぐっていろいろな説が飛び交う様子は、あたかも、聖書解釈をめぐっての二千年にわたる論争のようだ。


実際、イエス・キリストなんて、二千年も前に


「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。

しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。

あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。 (マタイ5,38-40)」


などと、「現状認識」にかけ離れ、危機管理の意識がこれっぽっちもないお花畑で不都合なことを口にしている。被虐趣味ですか、と思われかねない不戦主義だ。


で、本当に、あっさりととらえられて抵抗せずに十字架にかけられてしまったのだから言行一致ではある。

その後、復活と聖霊降臨という不思議なことがあって、その途方もない生き方に続くキリスト者たちが現れ、次々と、大量の殉教者を出した。


その後、権力者に採用されたキリスト教は今度は大量に殺す側にも回っているのだから「なんだ、これは」と言いたくなる。


けれども、二千年のスパンで見れば、日本国憲法の前文にまで、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とか「政治道徳の法則は、普遍的なもの」だとかいう言葉が出てくるのだから、「お花畑の力、恐るべし」とも思う。ピンカーさんの言うとおりだ。


殉教者とは殉教証者であって、信仰について証言する人だ。

ICANが日本の被爆者たちの証言の上に立って活動したというのは大いに意味がある。

なぜなら、ただ核非保有国が集まって核兵器廃絶と唱えることに対して、「負け犬の遠吠え風」の印象を持つ人が少なからずいるからだ。銃を持たない人が銃を持っている人を非難するのも同じように見なされる。


その時思うのは、なぜだかニーチェのことだ。


ニーチェによれば人間は自然状態ならそもそも力を行使したい、他人を支配したいという欲望を持っている。迫害や破壊にも喜びを感じる。しかしそれでは「類」として生存できないからそれを抑え込むために「良心の疚しさ」というのを導入した。言い換えれば、「力を抑制する、力の発動を放棄する」というのは、もとにある権力欲が「鬱屈」したものだというのだ。

特に、自然状態での弱者は、この疚しさをカバーして自分の支配欲を内に抱え込み、外に対して非暴力という「正義」を掲げる。自ら率先して武装解除し、正義を掲げることで強者の攻撃本能やら支配欲を批判し抑え込む。

強者を平準化して弱者と同じレベルに引きずり下ろすためだ。

つまり、弱者のルサンチマンが近代社会の平和や人類愛という「正義」を生み出した。

銃がない人は、自分で銃を持とうとする代わりに、銃を持っている人にそれを捨てさせようとするし、核兵器のない国は集まって核兵器廃絶条約を唱える、というわけだ。


でも、ICANの運動は、違う。


ある時点におけるパワーバランスの不均衡を是正する目的などではない。


実際に被爆した人の犠牲の上に立って、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」と日本国憲法前文がいうのは、ルサンチマンとは違う。

リンカーンも同じだ。

南北戦争の前に(連邦を護るために)「流血や暴力はなんら必要ではありません。そしてそれは政府の権力に強いられないかぎりありえません。私に託された権力は、政府に属する財産や土地をもち、使用し、所有すること、そして税と関税を徴収することに使われることでしょう。しかしこれらの目的に必要と思われることを越えては、いかなる場所の人々に対しても、またそのあいだでも、武力が行使されたり、侵害したりすることはないでしょう。」「法的に厳密に言えば、政府にはこれらの職務の遂行にあたって、権利が存在するかもしれないが、そうする試みは非常にいらいらさせられることでもあり、その上ほとんど実行不可能で、あえてしばらくはそのようなことを控えた方がいいと私は考えています(リンカーン就任演説)」と言っていた。

それにもかかわらず戦争に突入し、その後では


「誰に対しても悪意をいだかず、慈悲の心で接し、神がわれわれに正義を目にするように与えた正義を固く信じ、われわれが取り掛かっている仕事、つまり国家の傷をいやし、戦いに耐えてきたものや未亡人、孤児をケアし、われわれ全ての国民のあいだに正しく永遠につづく平和を実現し、はぐくむ仕事を終えるべく全力を尽くそうではないですか」と呼びかけた。


ルサンチマンとは思えない。


どんなに有効に見えても、「目には目を、歯には歯を」の軍備拡張の方向に向かってはいけないし、それは決して、負け犬の遠吠えでもない、と思いたい。


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by mariastella | 2017-10-17 00:24 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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