L'art de croire             竹下節子ブログ

主の祈りと「服従」

キリスト教で一番大切な祈りとされているものにイエス・キリストが伝えた「主の祈り」というものがある(マタイによる福音書6-13など)。

その、今の日本の共同訳聖書で


「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。」


という部分は、2000年の、日本のカトリックと聖公会の共通口語訳による「主の祈り」では


「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。」


となっているようだ。


確かに「誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」と言うと、なんとなく「悪い友達」に引きこまれないように、サタンだとか蛇に出会いませんように」というイメージもあるが、「主の祈り」の「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。」ならもっと、自分の内面の誘惑や悪を連想するかもしれない。

毎日曜のミサで唱えるものだから、こっちの方がより効果があるのかも。

プロテスタントでは「我らをこころみにあわせず」だったり、正教会では「我等を誘いに導かず」というものなどと、ネットには出てきた。


参考に全文は

「天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖〔せい〕とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を
今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。


で、非キリスト教者にも懐かしい文語訳では


「天にましますわれらの父よ、
願わくは御名の尊まれんことを、
御国の来たらんことを、
御旨〔みむね〕の天に行わるる如く
地にも行われんことを。
われらの日用の糧を
今日〔こんにち〕われらに与え給え。
われらが人に赦す如く、
われらの罪を赦し給え。
われらを試みに引き給わざれ、
われらを悪より救い給え。」


ヘブライ語の修辞法では最も大事なものが中心にあって、前と後ろに挟まれることになっているという考え方からは、最初の「御名、御国、御旨」というのは「王としての属性」、最後の「罪、赦し、悪」というのが「神としての属性」、一番大切なのが真ん中の、「今日の糧をください」という「父と子の関係」だという説がある。父としての神が一番重要なのだ、という解釈になるほどと思ったことを覚えている。

で、その「神としての神」の部分に、「悪へのいざない」というか、「試み」が出てくるわけだ。


1988年版の英語訳では

Save us from the time of trial


らしくて、「遭わせないでください」というのは試み、誘惑そのものというよりそのtimeということで、よりタイミングのイメージがある。「遭う」という漢字がその意味なのか。

And lead us not into temptation, というのもあった。


そもそも誘惑があり得る環境に人を置いたのは神で、その誘惑に負ける自由意志を与えたのも神だし、いろいろな試練を与えて「試みる」のも神だ。神の子イエス・キリストですら様々な誘惑や試練を与えられた。

だから、「そんなことをしないで下さいよ、おとうさん」と、私たちが言いたくなるのも当然だ。

で、なぜこんなことを書いているかと言うと、123日、つまりクリスマス前の降誕節最初の日曜日のミサから、フランスのカトリック教会で、「主の祈り」のこの部分のフランス語だけがいっせいに変更されることになったからだ。

すでに21世紀の初めから、フランス語圏の司教会議で、典礼に使う聖書の訳の新訳について協議がなされていて、201311月にこの部分の変更が合意されていた。20173月に正式に承認された。

1966年以来これまで、ルター派の改革教会でも正教会でも使われていたフランス語訳は

« ne nous soumets pas à la tentation » だ。

このsoumettreは屈服させる、服従させる、ゆだねる、供するという意味で、いわば、「私たち」を「モノ」のように、有無を言わさず誘惑に遭わせるニュアンスがある。

「お父さん、そんなことしないで」と頼んでいる。

今回の変更(これも2016年にフランスのプロテスタント連盟でも推薦されている)は、

«ne nous laisse pas entrer en tentation »


というものだ。

「私たちが誘惑の中へと引きずられていかないようにしてください」のようなニュアンスだといえるだろうか。


つまり、「私たちが誘惑に弱くそちらに惹かれていく存在であるのはしようがないけれど、何とかそれを引き留めてください」という感じもある。

これでは、まるで「誘惑とはアクシデント」みたいだけれど、実際は、どんな誘惑も試練も、創造の全責任者である神からくるのだから、アクシデントとは言えない。「新訳」の方が、「悪」が別にあるかのような二元論の印象を与えるのではないか。

なぜこれをわざわざ取り上げたのかというと、日曜日に必ず唱えられる「主の祈り」のこの部分だけが変更されたのは実は「イスラム対策」なのだ、という人がいるからだ。


「イスラム」というのはその語源に、「服従」がある。

手っ取り早く日本語のwikipediaをコピーすると、


>>この語は、「自身の重要な所有物を他者の手に引き渡す」という意味を持つaslama(アスラマ)という動詞名詞形であり、神への絶対服従を表す。ムハンマド以前のジャーヒリーヤ時代には宗教的な意味合いのない人と人との取引関係を示す言葉として用いられていた。ムハンマドはこのイスラームという語を、唯一神であるアッラーフに対して己の全てを引き渡して絶対的に帰依し服従するという姿勢に当てはめて用い、そのように己の全てを神に委ねた状態にある人をムスリムと呼んだ。このような神とムスリムとの関係はしばしば主人と奴隷の関係として表現される。<<


別にイスラム教でなくとも、カトリックの中ですら、イエスどころか「マリアの奴隷」を自称するような一派もいたくらいだから、「自主的な服従」というのは人間の社会関係における「選択」のひとつではあるのだろう。

でも、現在、カトリックの力が弱まり、イスラム人口が増え、過激派の言葉が広く響き渡るようなフランスでは、宗教における「神の名のもとの全体主義」への警戒が高まっている。その中で、イスラムの語源として真っ先に「soumission」という訳が出てくるし、イスラム原理主義の中での「従属させられる女性 femme soumise」に対して異議が唱えられている。

そういう含意を持ってしまったsoumission とかsoumettreの動詞活用だから、神と「私たちの関係を表現するものとして「主の祈り」で毎回繰り返すのはよくない、という思惑から、表現が変更されたというのだ。


12/3はぜひルヴェリエ師のミサにでも出て彼がこの変化を何と説明するのか聞いてみたい。この前に彼に会った時の記事で、キリスト教における人と神との関係では絶対的服従でなく「合意した、決意した、引き受けた」と言うのが強調されていたことを書いたが、それもひょっとして今の情勢の中の流れなのだろうか、と今にして思った。


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by mariastella | 2017-11-22 00:05 | 宗教
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