カメル・ダウドの「未来を損なう天国」アルジェリアのジャーナリスト、カメル・ダウドが、「未来を損なう天国」というコラムを書いていた。(Le Point : no 2369) イスラム世界から見たものではあるが、こう言われてしまうと、なるほどと思って背筋が寒くなる。要約してみよう。 イスラム過激派の「天国主義」(パラダイズムという言葉はラエリアンムーブメントでも使われているので混同を避けてここでは天国としておく。)についてだ。 「天国主義」は、ナショナリズム、社会主義、共産主義、など、すべての理想主義が、「南(つまり開発途上地帯)」で失敗した結果、たどりついたものだという。 確かに、自爆テロリストが、聖戦(ジハード)で殉教したら天国で72人の処女に歓待されると信じている、みたいな話は、ここ数年、普通の人の耳にまで届いている。 「他殺を想定した自殺など大罪で地獄に堕ちる」くらいに言ってくれる方が世のためになるのだが、地獄どころか天国で、しかも、テロリストを鼓舞するとってもマッチョな幻想というのは、聞いていて侮蔑の念など抱かせるものだったが、実は深刻なものらしい。 「天国」のイメージは、今や、イスラム圏の庶民にとって、差別に抵抗している女性なども含めて、心慰める想像などではなく、真剣な話題なのだそうだ。 アラブ諸国が独立して進み始めた1970年代の夢と希望は、「建国の父」やら取り巻きの将軍たちの独裁によって潰えた。天国に託す希望は、経済的、民主的な敗北と深い病理に沈むこの世の地獄を物語っている。 天国を称揚するのは、宗教者だけではなく、エリートたちも、政治の各派も同じだ。 天国への招きについては、過激派も原理主義者も気前がいい。天国の喜びは独占すると言わないのだ。「全てのムスリムが天国へ行ける」ように、説教師もテロリストも熱弁をふるう。 体制はもはや独立後のユートピアを語りはせず、民衆に日常の糧を保障しようとするだけだが、過激派は天国の快楽を約束してくれる。 女と酒と奴隷。この世での愛は封印され天国に先送りされる。 この世で働いたり何かを築いたりすることの意欲は失われる。 死後に緑の楽園が約束されているのにこの世で環境保護にあくせくする必要もない。 天国の戦士の幻想は、もはや、アラブ社会に深く巣くう悪夢である。 これがカメル・ダウドの悲嘆だ。 私はすでにいろいろなところで書いてきたが、人生の残りをどう生きるかということについて、福音書のたとえ話を引いている。『キリスト教は「宗教」ではない』のあとがきのその部分をコピーする。 >>> 『マタイによる福音書』(25,14~30)に出てくるもので、旅に出る主人から財産を預けられる三人の僕たちの話だ。彼らはそれぞれの力に応じて、五タラントン、二タラントン、一タラントンを預けられる。五タラントン預かった者は外に出て、それで商売をして倍にした。二タラントン預かった者も倍にした。けれども、一タラントンしか預からなかった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。 主人が帰って来て、清算を始め、倍額にした僕たちを「忠実な良い僕だ」とほめたが、最後の僕が主人の厳しさを恐れてタラントンを地中に隠しておいたと聞いたとき、「怠け者の悪い僕だ」と叱責した。せめて銀行に入れて利息を得るべきだったという。 前後の文脈は別として、この話だけ取り出すと、私は自分なら絶対に「主人の金」で投資するなどというリスクを冒すタイプではないので、長い間、三人目の僕に同情していた。といっても、これはもちろん「金儲け」の話ではない。預けられたタラントンとは、私のいるこの世界と生命なのだ。仏教的な人生観になじみある文化に育った私にとっては、生老病死の苦に満ちたこの世界は仮の世であって、執着を離れて現世から「解脱」することが救いだというイメージがあった。けれども、今は、私に託されたタラントンであるこの世界もこの時代も、幻想ではなく、現実であり、それを返す時には、受け取った時よりも、もっと美しく豊かにして返すように最善を尽くさなくてはならない、と思えてきた。 それが「宗教」なのかどうかは私には分からない。分かるのは、この本を書かせたのはその思いだということだ。<<< アルスの司祭ヴィアネーが死ぬ前に、たとえあの世に神がいなくても私は後悔しない、と言ったのは有名だが、私も、別この世で大して苦労をしていないこともあるが、死んでまで楽園で快楽にふけりたいなどと思わない。とりあえず、生きているうちに、次の世代の「未来」に、少しでも、貢献したい。
by mariastella
| 2018-02-08 00:05
| 雑感
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