L'art de croire             竹下節子ブログ

地雷原

 Antoine Guggenheim の  『Les preuves de l’existence de Dieu』

 を読んでたら、なんと、

 Sylvain Gouguenheim の、『 Aristote au Mont-saint-Michel』

 に迷いこんだ。

 前者は司祭でエコール・ノートルダムの教授。
 後者はENSリヨンの教授で、ビンゲンのヒルデガルトについての研究もある中世学者。

 Gouguenheim は明らかに、Guggenheim のフランス語化じゃないだろうか。
 この二人には関係があるのではないだろうか。
 検索してもでてこない。

 でも、Guggenheimが、「マイモニデスとトマス・アクィナスの二人がアリストテレス的知性を信仰の知に応用したのに、イスラム世界ではアリストテレスが宗教や哲学には直接の影響を与えていない」と書いているのを読んだ時、「アヴィセンナやアヴェロエスのアリストテレス注解を無視した」としてこの春以来大騒ぎになった後者の著作のことが稲妻のように頭をよぎった。

 Guggenheim は Gouguenheim を踏まえて言っているんではないだろうか。

 後者の騒ぎとはこういうことだ。

 彼は、一般に言われている図式を否定した。

 その図式というのは、

 中世のヨーロッパは暗黒時代で、ラテン語しかなかったが、アラブ=イスラム世界では宗教が共存し、バクダッドには「智恵の学校」があり、スペインのアラブ世界でもギリシャ語の著作が翻訳され、科学や医学も発展し、ヨーロッパは、そのアラビア語をラテン語に翻訳することでイスラムの光に照らされ、ルネサンスと近代化の端緒につけた、みたいなことだ。

 そして、この図式は、現代の地政学上、イデオロギー化している部分がある。

 排他的で不寛容で封建的で蒙昧だったヨーロッパが、アラブ世界に啓蒙されて文化的になったくせに、帝国主義と資本主義に走っていつのまにか世界を征服し、アラブ世界を搾取したり見下したりするから、アラブ世界が反撃している、という見方が出てきたりするのだ。

 そしてこのような見方は、フランスのインテリ左翼好みでもある。

 ところが、Gouguenheim は、

 トレドからアラビア語経由でギリシャ哲学がもたらされる50年前に、すでに、モンサンミッシェルの僧院では、ビザンチンに滞在したことのあるヴェネチアのジャック(ヤコブ)という僧がアリストテレスを翻訳していた。

 大体において、ラテン世界がギリシャ古典をまったく所有していなかった時期はなく、抄本はいつも出回っていたし、オリエントの教会との人的、学問的交流はずっとあった。

 紀元千年の時点では中東の人口の半分はキリスト教徒で、シリアのキリスト教徒がギリシア古典のテキストをアラム語系統のシリア語に訳した。それをアラビア語に訳した人が、アラビア語にはなかった医学や科学の語彙を発明したのだ。

 という事実を挙げる。これらの話は、別にGouguenheimの新説でなく、中世学の研究成果らしい。

 しかし、これは、ヨーロッパの文化ルーツからイスラムを排除しようとするイデオロギーだと解されて、ENSの教授連が自分たちはこれにくみしないという署名運動までした。
 彼がアヴェロエスなどを挙げないのは、彼らがギリシア語の原点にあたっていないからだそうで、しかし、それは聖トマスも、オッカムも同じこと、という。

 私の気になったのは、まず、

 Guggenheim が、ユダヤ教とキリスト教は神学における理性主義と弁証法を取り入れたのに、イスラムは違うとしたことだ。

 キリスト教が、啓示の聖典として、途中で性格が変わったユダヤの聖典(ユダヤ人の救済預言)と新約聖書(非ユダヤ人の救済)の両方を統合したことは、それだけで弁証法的思考を要したから、神学がややこしくなったというのは分かる。

 それなら、そういう分断のないユダヤ教と、やはりコーランだけを拝するイスラム教は、いずれもキリスト教と違ってくるのではないか。アヴェロエスを無視しながらマイモニデスだけ聖トマスと並べるのはどうなんだろう、ということ。そこには、ユダヤ教とキリスト教が聖典を共有しているからという、イスラムへの排他意識がないか? 

 それから、ムアタジラ派はどうなんだ、ということ。

 神学における理性至上主義はどうしてイスラムでは立ち消えたんだろう。

 中世ヨーロッパでは、強くなるローマ教皇の権力を牽制するために、王や王の法官たちが、教権に対抗する拠り所のインスピレーションをギリシャに求めて、つまり、ギリシャ・ローマにおける政教分離をモデルにしようとして、ギリシャ古典を僧院で訳させたらしい。

 イスラム世界では、宗教権威が封建諸侯の一種であるという形での権力の拮抗がなかった。

 だから、理性至上主義は、エリートの思弁だけに終わった?

 もともと、ストア派的考えだのアリストテレスやプラトンの光に照らすと、大体は、無神論まではいかなくとも、「宗教無用論」に近づく。それは、どんな文化でも、エリートによる形而上学の行き着く先かもしれない。

 2006年9月のラティスボンでのB16の信仰と理性についての講義が大騒動になり、テロにまで発展したことも記憶に新しい。

 あれは、つまり、

 キリスト教=信仰と理性は両立=民主的平和
 イスラム=理性的でない=暴力

 という図式だと誤解されたわけである。
 しかし、これだと、信仰が暴力の源泉で、理性が平和を維持するとなる。
 本来なら、信仰こそが暴力を否定するモラルとセットになってるはずなのだが。
 暴力に走る信仰は、間違っているのだ。別に理性が足らないからではない。
 
 で、理性中心主義が神学を哲学にして政教分離と非宗教的公空間の形成に至ったキリスト教と、そういう方向に行かなかったイスラムがある。

 ギリシャ的理性中心主義が無神論を内包していることは、暗黙の了解だったのではないか。

 こんな議論は、今の時代ではすでに毒がないと思っていた。

 しかし、「ヨーロッパのルーツ」「ユニヴァーサリズムのルーツ」がイスラム世界を経由してるとかしてないと発言するだけで、インテリから叩かれ、インタネット上でイスラムフォビーに取り込まれ、大変なことになるのが実情である。無神論は今でも充分地雷原になるらしい。要注意。

 

 
 

 

 
[PR]
by mariastella | 2008-09-30 08:30 | 宗教
<< 大事なことは 三つの言葉 >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧