L'art de croire             竹下節子ブログ

2013年 06月 08日 ( 1 )

フリーメイスンとカトリックについて補足

これは前に書いた記事の補足です。

前の記事にも修正と補足をしたので確認してください。

さて、前の記事では違いがはっきり分からなかったのだが、

今回の事件でアネシィのヴザン神父の属しているのはグラン・トリアンGODFで、

司教の許可を得ていたというオ―タンのデブロス神父が属していたのはグランド・ロージュ・ナショナル・フランセーズGLNFだった。

この違いは大きい。

私が内部の人と接触したり本部を訪れたりした限りではGODFもまだ十分「宇宙の設計者」を掲げている雰囲気なのだが、そしてカトリックを容認しているのも事実だが、今は、「宇宙の設計者」に対する崇敬をメンバーの条件にしていない。いわば政教分離の「世俗」グループである。

だからこそ、逆に、ヴザン神父は、神父としてカトリックの神の信仰と、メイスンとしての活動が補完的で両立できると思っていた。

実は、その前に今も理神論で「宇宙の設計者」への礼拝を含むGLNFからも「勧誘」されたそうだ。
GLNFでは聖書を大切にするという触れ込みだった。でもその勧誘自体がカルト的で抵抗があった、スピリチュアルな団体では自分の信仰とバッティングするかもしれない、それに比べてGODF の自由な雰囲気に惹かれたという。

では、オ―タンのデブロス神父がGLNFに加入するのを司教が容認したというのは、GLNFが少なくとも無神論ではなくて神を信じている団体だから寛大に扱えたのだろうか。

実際は、GODFは「無神論」ではなくて、「宗教の種類も有無も問わない」というだけである。
自分の私的な信仰は持ち続けることができる。

だからカトリックの中にも、むしろGLNFの方が神学的な問題が深刻だという人もいる。

つまり、GLNFではユダヤ=キリスト教のレトリックをちりばめた典礼で「宇宙の設計者」を礼拝させて、メンバーはそれぞれがそこにかってに自分たちの神を重ねればいいという安易なスタンスなので、神学的エラーに陥るというのだ。

また誰でも自分たちの神(仏でも何でもいいわけだ)を思いながら「宇宙の設計者」を拝するというシンクレティズム、相対主義こそが真のキリスト教の敵だという判断もある。

一方のGODFでは絶対者に帰依する必要がないので、自分の信仰を裏切らずにすむ、とヴザン神父は考えたわけだ。

もちろんヴザン神父が侵した「神父としての違反」は軽いものではない。

まず、1983年の新教会法自体からはフリーメイスンを名指しての禁止は消えたが、同年の11/26に当時の教理省長官だったラツィンガー(後のベネディクト16世)が、教会によるメイスンへの否定的判断は変わっていない、フリーメイスンに入ることは重い罪の状態に相当すると宣言しているので、ヴザン神父はそれに違反した。

次に、それに対して司教の判断をあおぎ許可を求めることをしなかった。

さらに、2010年の春に密告されて司教から真偽を問われた時に否認した。つまり嘘をついた。

2011 年の密告には、彼がメイスンとして講演するという内部報が同封されていた。司教はこの段階で、メイスンか教会かを選択するように申し渡した。

最後の違反は、3月7日の最後通牒に従わなかったこと、つまり、神父に叙階された時にした司教への従順の誓いを破ったことだ。

ヴザン神父は2012 年の1月に、ことの是非を分別するための黙想行に入り、その結果、自分が間違っていないという結論に達したのだそうだ。

メイスンの友人たちからは脱会した方がいいと勧められた。しかしそれは自分の絶対の自由に反すると思って留まったという。

とはいっても、もともと彼がカトリックの司祭となったのも、自由意思だった。自由意思によってある役割を引き受けたからにはそれに伴う義務や拘束も受け入れるということであるから、彼の「自由」原理主義には無理がある。

実際、そもそも現在のカトリックがメイスンを認めないと言っているのは、昔のような陰謀論のような話のせいではない。

キリスト教が「神の恩寵によるすべての人の救い」を掲げるのに対して、イニシエーションの儀式により選択的に自力でステップアップを目指すエリート的なメイスンのシステムが合致してないからである。

知識を獲得していくというグノーシス的なスタイルも、「愛」を優先する教会とは相容れないとする。

私が興味深いと思うのは、そもそも近代メイソナリ―ができた18世紀は啓蒙の世紀だったわけだが、その時にはじめてメイスンを公式に弾劾したクレメンス12世が、メイソナリ―がたとえ悪行を行わなくても、「秘密に活動する」ということそのものが啓蒙の「光」への憎悪であると言ったことだ。

秘密結社というのが光に対する闇に相当するので啓蒙の精神に反する、というのはなかなか明快な判断だったという気がする。18世紀の高位聖職者たちは啓蒙の世紀の申し子だったのだ。1738年のことである。

ヴザン神父は11 歳で司祭職を志したが影響を受けた司祭から「自由であれ」と言われた、叙階されてからルーマニアで正教に興味を持った。その後ではオプス・デイにも惹かれたという。 

もともと「自分探し」系のひとだったわけだ。

司祭としても、自分には、公教要理(カテキズム)を教えるより人々に生きる意味を教えることが重要だったと言っているから、スピリチュアル・カウンセラーなどの方に適性があったのかもしれない。

長い歴史の波に現れてチェック機能や自浄機能を数々備えているカトリックのような巨大機構の中に入ったことが間違いだったのだろう。
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by mariastella | 2013-06-08 09:05 | フリーメイスン



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