L'art de croire             竹下節子ブログ

2016年 11月 28日 ( 2 )

フランス大統領予備選 その8

フランス共和党の大統領予備選は、予想通りフィヨンが大勝した。
全回のフィヨン票とサルコジ票を足した感じだ。

フィヨンの「公約」はかなり具体的なので、「後出し」に向かうル・ペン(FN)や社会党(PS)は戦略が立てやすい。
今朝のラジオではFN(国民戦線)が、フィヨンは国民皆保険の社会保障を事実上なくして、低所得者は医療が受け入れなくなる、と攻撃していた。

昨日の調査では初めて、来年の大統領選の第一回投票でもフィヨンがル・ペンを上回るという結果が出て、決選投票ではジュッペに勝ったのと同じ三分の二の得票、と出ている。
それでも2002年のシラクとFNの決選投票程の差は出ていない。
ポピュリズムが経済格差と比例して増大しているのは確実だ。

首相のヴァルスが出馬する気が満々で、ジュッペが敗れたことからバイルーら中道も出馬しそうだし、(ラマ・ヤデはすでに出馬表明)、フィヨンに対抗する陣営は票が割れそうだ。

それにしても、もう何十年も政治家をやっていて、首相も5年務めたフィヨンが、今になって反動カト(カトリック)呼ばわりをされて揶揄され続けるのを観察するのはおもしろい。
もう一世代前になりつつある「インテリ-左翼-無神論」の伝統がどっと蒸し返されて楽しいくらいだ。

レイモン・アロンは「フランス人は革命はできるが改革はできない」と言ったそうだが、実感がある。
朝のラジオで傑作だったのはフィヨンの勝利でミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』の中のヒット曲
「カテドラルの時代」が流されたことだ。

この曲のこの部分
で、「Il est venu le temps des cathédrales 」というフレーズがとても有名で、「カテドラルの時代がやってきた」とフィヨンが揶揄されているわけだ。
反動カトのフィヨンでは政教分離ももうおしまいだ、宗教行事に合わせて国家試験の受験をずらすことができるようになるかもしれない、とも批判されている。
まあ、ここ最近、イスラム原理主義を規制する度に、イスラムを名指ししないために他の宗教も同様に新たな規制を受けるようになったので、マジョリティであるカトリック側から「信仰の自由を保障せよ」という声が上がっているのは確かだ。

でも宗教の社会的スタンスはそれぞれの歴史的文脈があまりにも違うので、まとめて扱うのは恣意的に過ぎる。クリスマスの馬小屋(イエスの誕生シーン)設置は宗教だと批判されても、中国の新年の行事は文化としてもてはやされる。イスラムに対しては完全に政治的な判断だ。

まあ、今回の大統領選については、前回、DSKのスキャンダルで繰り上がった形のオランドが「反サルコジ」票を集めて当選したことに比べると、まだ冷静に議論されるだろうとは思うし、保守と革新(こういう区別の仕方はもはや成り立たないが)の政権交代があること自体は健全だとも思う。PSから距離をとったマクロンあたりが力を蓄えているようだが、まだまだ伸びしろがあるだろう。

ジュッペは最終演説で、環境やヨーロッパについてふれていたのはよかったが、人々が不満を持つ今の状況を「鎮静させるには、安心させなければならない、安心させるには強くなくてはならない。国を再武装して全雇用の経済を再建するために強くありたまえ(Pour apaiser, il faut rassurer, pour rassurer, il faut être fort. Soyez forts pour réarmer l'État et reconstruire une économie de plein emploi)」などと言った。レトリックではあるが、「武装」とか力とか強さとかいう言葉や経済再建とかいう方向性自体は、みんな同じだ。フィヨンも、幸福とは奪い取るものだとか、特別な力だとか、フランス人の誇りだということばを使っている。

選挙「戦」というだけあって戦闘的なのは分かるけれど、どちらも今の状況を嘆かわしいものというところから出発して、それから脱却するには強くなくては、という路線は同じだ。

しつこいようだが、シモーヌ・ヴェイユの言葉をいつも忘れないようにしている私にとっては、賛同できるものではない。

フランス人であることの誇り、それを子孫にも伝えて…などという言説も、どこの政治家もいうことだけれど、誇り=自尊心というのも、たいていは他者との優劣関係におけるものだ。

経済力や軍事力の優位に担保されるような「誇り」ではなく、命そのものの「尊厳」が大切だという多くの宗教が伝えるメッセージとも合致していない。

フランス人仏教者とも話したが、同じ意見だった。
その人は、第一回投票の前の7人の候補者の討論で、唯一の女性であるNKMが、司会者たちから他の候補者に比べて2倍の22回も発言を中断させられたことを指摘して、フェミニズムの観点から彼女に投票したと言っていた。

何にしろ、「戦い」を前にしてはいろいろな本音が見えてくる。

それを観察するのは勉強になる。
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by mariastella | 2016-11-28 20:31 | フランス

アスガル・ファルハーディー の『セールスマン』

今年のカンヌ映画祭で脚本賞、シャハーブ・ホセイニーが男優賞を受賞したイラン映画。

前作の『ある過去の行方』については前にここで書いている。その前の『別離』についてはここで

『セールスマン』というタイトルは、主人公のカップルが、劇団員でアーサー・ミラーの『セールスマンの死』を演じているからだが、フランス語タイトルの『顧客』という方が、意味深長だ。

最初にカジノだとかボーリングだとかいうネオンが出てきたので一瞬驚いたけれどアメリカが舞台の芝居の大道具だった。テヘランでアメリカの芝居をやるリスクにも触れられている。女優が帽子の下にちゃんとスカーフで髪を隠しているのもイランならではだ。
主人公が教師を務める学校の文学の教材も検閲されている。

脚本賞を得たのが納得できる、まるでミステリーのようなスリリングな展開で、はらはらするし、驚きの結末だ。
夫婦の関係、そこに仲間の子供が加わるときの関係、隣人関係、高校教師と男生徒たち、怒り、憎悪、復讐、憐憫、赦しなどが、アクションとリアクションとして連なっていく。

どこをとっても巧い。
しかも、決めつけがない。
人はおかれた人間関係や立場によって色々な欲望を持ち、誘惑にさらされ、自分を正当化したり、自制を完全に失ったりする。
強さも弱さも卑怯さも優しさも、みんなほんものだ。
哀しいし、痛切でもあるけれど、主人公の二人が演劇という芸術に情熱を傾けているところ、最後にそれがクラスの生徒たちの心もとらえるところなどに、救いを感じる。

こういう映画を撮ることが、宗教原理主義体制に対する何よりも有効なレジスタンスであり、自由の意味を考えさせてくれる。

いつもは映画についてコメントするときはいわゆる「ネタバレ」を気にしないのだけれど、ここではそれを書く気がしない。

その「ネタ」は思いがけない重いテーマであって、この映画もその解決を語っていないし、主人公たちのリアクションを肯定も否定もしてしない。

これについて書き始めたら映画評ではなく、哲学に足を踏み込んでしまう。

「悪の陳腐さ」はいつも哀しい。この映画で突きつけられる「悪の弱々しさ」は、もっと哀しい。
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by mariastella | 2016-11-28 04:12 | 映画



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