L'art de croire             竹下節子ブログ

2016年 12月 15日 ( 1 )

ある新任司祭に聞いてみたこと その3

(これはこの前の記事の続きです。)

---12歳の時に召命を受けたっていうけど、すぐには親に話さなかった?

親には言わず、でもバカロレアを受ける時点で、もう決心は固かったので、プレパにいく気持ちはなく、学部に行こうとしました。

(フランスではプレパというグランゼコール受験予備クラスがエリートコースで、大学に進むのは、グランゼコールのない医学部などを除いてエリートコースから外れる)

でも親に反対されたので一応プレパに行き、そこで、すばらしいマドモワゼルとの出会いがありました。

(ここで普通ならfille「女の子」という言葉が使われるところを、彼は「お嬢さん」と言っている。これは司祭だからというのではなく彼の階層の言葉遣いだ)

で、理系のグランゼコールに入りましたが、そのあと神学校に行くつもりだったのであまり勉強しませんでした。


---恋愛はどうなったの?

恋はして、召命のことを忘れて楽しんだこともありました。でも、深いところでは決意は揺らぎませんでした。

---両親はショックを受けなかった? 長男長女に続いて次男までも。

---驚きました。でも、兄のことがあるので免疫はできていたみたいです。

(兄さんはプレパからビジネススクールに行き、会計監査などの職業経験を経てから神学校へ。召命は20歳くらいで、やはり、ぎりぎりまで親には話していなかった。)

---その後、一度も迷いはなかった?

ありません。

---あなたや兄さんは教区の司祭で、兄さんはその後、家族・親戚の結婚式や洗礼やらを一手に引き受けてたりしてある意味にぎやかね。でも、お姉さんは観想型修道院で、家族の集まりにも絶対に参加しないで修道院から出られないよね。それに対する抵抗は?

両親はよく面会に行っています。
ぼくや兄も休暇ごとに行きます。
ぼくはこのクリスマスの後にも姉の修道院に行って黙想します。
ゆっくりと話し合えるし、親密で豊かな時間です。

(なるほど。ただの家族ではなくて司祭だから女子修道院の禁域の中にも入れるだろうし、ふたりきりでじっくり話すこともできるのだろうな。こうなると、親も、シスターになった娘のところに司祭である兄と弟が通うことで安心かもしれない。それに、そういう兄弟がいることで彼女が修道院内で一目置かれるという可能性はおおいにある。
でも、この会話よりも前に、彼らのおばあさまと話したことがあるのだけれど、彼女はこの孫娘をとても可愛がっていて、修道院から一歩も出られないような修道会に入ったことをとても嘆いていた。親がカリスマ刷新系の熱心な信者であることすら祝福していない。)

この新司祭は学生のころから、また神学生、助祭時代を通して、パリの路上生活者の世話を熱心にしてきたので、私が秋に釜ヶ崎を訪問した時の話をしたら目を輝かせて聞いていた。

彼のように、外見がよく、立ち居振る舞いもナチュラルな中に威厳があり、家柄もよく、高学歴の青年、いわば高スペックの若者が、自分の生育環境と縁のなさそうな貧しい人々にすごい熱意で寄り添うのを見ていると不思議な気がする。

フランスにはこういう超エリートの聖職者は少なくない。10年以上も医師として働いた後で神学校に入って司祭となり、司教になった人もいる(ナンテールのオプチ司教)。

日本のことを考えると、ある人のことが思い浮かんだ。
ハンサムでエレガントで高学歴で、でも徹底的に弱者に寄り添うタイプ。
でも、彼は「聖職者」ではない。
この違いについて考えた。(続く)
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by mariastella | 2016-12-15 00:25 | 宗教



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