L'art de croire             竹下節子ブログ

2016年 12月 16日 ( 1 )

ジェームズ・グレイ『エヴァの告白』The immigrant

年末、忙しくて、もう映画など見ている暇がないのに、12/14の夜、Arteで『エヴァの告白』を見てしまった。

パリ市長がアレップの攻撃に抗議してエッフェル党の灯を消した夜だ。

実際、毎日毎日、アレップの爆撃シーン、脱出を試みる住民らの絶望的な様子をなすすべもなく見せられて、前にアップしたシャルリー・エブド別冊でフランスにいる難民の困窮ぶりを知るにつけ、町のクリスマス気分よりも、『移民』というタイトルのこの映画にひきつけられたのだ。

フランス人のマリオン・コティヤールが主演でカンヌでも評価されたので、2013年に公開された時にフランスでも話題だったけれど、その時は、1921年のアメリカの移民の話にあまり食指が動かなかったので見ていなかった。

ポーランドの戦争で両親を失ってアメリカにいるおば夫婦を頼りに行くポーランドの姉妹。
NYは日本から考えると遠いけれど、ヨーロッパからの移民の入り口だ。
彼らを一時隔離して移民を認めるかどうかを審査するエリス島を経由してアメリカ市民となった人は膨大な人数に上る。そこから強制送還される人にとっては悪夢の場所だ。

後でヒロインのエヴァに恋するようになるマジシャン、イリュージョニストのオーランドは、彼らのための慰問舞台で、信じられないような空中浮揚を見せますよ、と言い、皆さんもこの国に来るのに未来を信じたでしょう、私も、信じます、と言って手を合わせてから「浮揚」する。

「信じる」ことが映画自体の通奏低音になっている科のようにシンボリックだ。

でも、結局、だれでもみんな移民局で、審査され、裁かれて、たどり着いた場所で生きる許可をもらえるかどうか、なんていうスタートアップって、多かれ少なかれトラウマになるような気がする。

メイフラワー号で着いたような最初の植民者たちは、先住民の「審査」も「許可」もなく好きなように「開拓」したから別だったろうけれど。

しかも初期の移民はピューリタン的な「神の国」建設の熱意があったかもしれないけれど、後からやってきたカトリック国のイタリアやポーランドからの移民には風当たりが強かった。

エヴァもそのポーランド移民で、ポーランドにいた頃は、カトリックがデフォルトで意識していなかったろうし、過酷な戦争や家族の死などを前に、「神を頼る」なんていうことは頭から吹っ飛んで、ただただ、何とかして生き延びるという本能にだけ導かれていたに違いない。

けれども結核の疑いのある妹が移民局で隔離された。
最後の肉親である妹とは自己意識がフュージョンしているので、エヴァの「生き延びる」本能は「妹と生き延びる」に上書きされてしまった。

そんな中で、女衒でもある興行師のブルーノに頼って、妹を助け出すために必要なコネと金を求めることになる。

しかし、どんな形であれ一応衣食住が保証されると、1920年のポーランドのカトリックだったら骨にしみこんでいるような「売春の罪」を犯しているわけだから、エヴァは恐ろしくなった。
また、窮地に陥る度に、口をついて出てくるのは、やはり生まれた時から身についている聖母マリアの加護を願う祈りだから、自分が「罪」びとであることと、聖母や神の慈悲を願うことの齟齬が意識される。
それを解消するためにポーランド人ご用達のカトリック教会に出かける。

必死に祈るが、告解する必要を感じる。告解して免償してもらえば安心して聖母に頼ることができるからだ。

ポーランド語で告解し始めると、司祭から

「英語で。私はポーランド系だけどアメリカ人だから」

と言われる。
ポーランド系二世なのだろう。そこですでにエヴァの中で、「故郷の聖母」が遠ざかっていく。(典礼は当時どこでもラテン語なので違和感がなかったのだ。)

エヴァは、移民船の中でも性暴力の犠牲になり、その後、道を外した男と出会って、金が必要なので、盗みもすれば、体も売っていると告解する。
自分は地獄に堕ちるような罪びとだと口にすると、あらためて、カトリック教育の成果が意識に上り、怖く悲しく恐ろしくなる。

「生き延びるために何でもするのは、罪ですか?」

と絶望するエヴァに、

司祭は、

「天国はすべての人に開かれています」

と即座に答える。

思いがけない、一瞬の、希望。

しかし、それにはもちろん、悔い改めが必要で、司祭は言う。

「その男から離れなさい」

エヴァはすぐに、

「では、私は、地獄に堕ちます」

と言ってその場を離れる。

彼女のぎりぎりの生き方は、選択の余地のないものだからだ。

地獄堕ちよりも、何とか妹を救い出して二人で逃げることに優先するものなどない。

告解室の外から、ブルーノがこれを聞いていた。

彼は実はエヴァを愛しているのだ。

酒、ギャンブル、女に溺れるタイプのオーランド(実はブルーノの従兄弟)が一見童顔で情がありそうな外観なのに対して、ブルーノは、いかにも酷薄そうで怖い顔。

ラスト近くでは警察にぼこぼこにされて鼻も顎もつぶれてさらに凄惨な顔になる。

このシーンも、今もアメリカでは警察の暴力スキャンダルが絶えないので、リアルで嫌になる。

ブルーノは屈折した男で、アメリカの底辺でのサバイバル能力は優れている。
実はエヴァに最初から目をつけていて、彼女が移民登録できないように手を回していた悪いやつであり、絶対にエヴァに愛されないことは自分で分かっているので、エヴァを残酷に扱ったりするのが自虐になるような救われない男だ。

ブルーノは、結局、ボロボロになりながら、エヴァを連れて小舟でエリス島に行き、エヴァの妹を逃がす交渉をして、カリフォルニア行の切符を渡して二人を出発させる。

つまり、エヴァは、自分を罪の状態に落とすブルーノから離れるよりもまよわず地獄行きを選んだが、それを盗み聞いていたブルーノは、耐えられず、自分から彼女を解放した。
彼女が地獄に堕ちると苦しんでいたのを救ったともいえるが、このことでブルーノは自分が救われたのだ。

実際、エヴァに自分の罪(彼女が自分の手に堕ちるように工作したこと)を「告白」した時に、エヴァに赦される。
免償されるのだ。

彼にとって天国の門よりも大切なのはエヴァからの赦しだった。
そのことでエヴァも、赦しを求めて苦しむ立場から、自分を支配していた男を赦してやるという立場に立てた。

つまり、「自分の敵と和解し、赦す」という、キリスト教的にいうと「罪」と対極の「愛」を実践できたのだ。
ブルーノを赦すことでエヴァは天国に行ける。

女性が庇護者(この場合は病気の妹)を内包する生存本能に駆られた時は、宗教の脅しなど怖くない。

けれども恋をしてしまった男は、弱くなる。
愛する女のためなら自分がぼろぼろになっても、たとえ命を奪われてもいいという一線を越えてしまう。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。 (ヨハネ15-13)」というキリスト教最大の愛に向かっていく。ブルーノのそれは屈折していて、そのカリカチュアのようだ。

「エヴァの告白」というのは「ブルーノの告白」とセットになっていて、

「強い女と、女の罪を赦さない司祭」、
「弱い男と、男の罪を赦す女」

というを逆説的な世界を描いているのだ。 

原題は「移民」でフランス語タイトルもそのままだから、もっと政治的メッセージを伝える映画かと思ったら、男と女の支配被支配の関係が男の一方的な崩壊で覆る話だった。

マリオン・コティヤールは確かに、男たちをすぐに魅了するくらいにオーラのある美しさを発している。
でも、船の中で彼女を襲った男たちのように、ただ欲望にかられた男なら暴力で支配するだけだ。
それに対して、「恋心」を抱いてしまった男たちは、弱く、情けなくなる。

恋に慣れていないブルーノのような男は、だんだんと「悪の平常心」を失っていくのだ。

ホアキン・フェニックスにぴったりの役だ。
全然共感できないし、最後は見るのも気の毒な姿になるが、なぜだか、彼を見ていると、エヴァが彼を赦した気持ちが分かるのは不思議だ。

それでも、「移民」というタイトルが表すものは、「移民というルーツ」、「移民の子孫」のかかえる記憶やアイデンティティの独特の思い入れをよく表している。

日本に暮らすマジョリティの日本人やフランスに暮らすマジョリティのフランス人が千年以上もずっと「そこにいた」みたいな感覚からは、想像しにくい。
移民や難民に対する視線も思いも、アメリカとは全く違っているのだろうな、と改めて思う。

で、アレップ。 
アレップは、15日にアサド軍の手に渡った。
避難する住民や反政府軍を乗せたバスをロシア軍が警護している。

朝のラジオで、フランスのロシア大使館のアドバイザーが、

「ロシアがアサド政権に対して持っている力を過小評価しないでもらいたい」、

などと言っていた。

「ロシアはちゃんと対話している。

アメリカとはイラン問題について話し合い、

イランとはシリア問題について話し合い、

中国とはあらゆる問題について話し合っている。」

とも言った。

この発言は、プーチンが日本に向かっていたのとちょうど同時刻のものだった。

日本と話し合っている、とは、言っていなかった。
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by mariastella | 2016-12-16 07:39 | 映画



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