L'art de croire             竹下節子ブログ

2017年 02月 17日 ( 1 )

『沈黙』をめぐって その11

映画『沈黙』をめぐっていろいろ書いてきたけれどどこまで何を書いたのか分からなくなったので、ここでいったん停止することにする。
今執筆中の本のテーマと重なっているのでよけいに頭の中でまざってしまった。

本に書いていることの一つは、殉教における自由の問題だ。

以下、それについての一節をここに要約コピーしてこのテーマは終わりにする。

迫害に耐えた「殉教者」たちの多くは「宗教としてのキリスト教」に殉じたといえるだろう。理性で納得して洗礼を決意しキリスト教を実践した人々には、時代の空気が変わってからも、「大義のために死ぬ」という美学を貫くことを余儀なくされた場合があるだろう。宣教師の多くは自分たちの「羊」である信者たちへの責任を感じ、家族や臣下にキリスト教を勧めた武士たちにも義理が生じ、先行するキリスト教のイエスの受難や殉教聖人の後に続くという決意があったかもしれない。
「確証バイアス」をもって日本にやってきた宣教師はともかくとして、「形だけの棄教」にも応じなかった信者を支えていたのは「信仰」よりも「狂信」に近い原理主義的確信であったかもしれない。それは迫害者側も同じことで、人はそれぞれの「大義」のために殺したり殺されたりしていた。 

殉教者の中には、原理主義的な偏狭の罠に捕らえられたり、「義に殉じる」「誓いに殉じる」という原則を貫いたりしたのではなく、純粋に「愛」のために死んでいった人々がいる。

殉教を覚悟で、むしろそれを大いなる恵みとして意気高らかに喜びのうちに死んでいった。日本の場合も、死を前にした宣教師らが本部に送った手紙の中には、熱烈な愛の歓びと勝利を謳ったものがある。これは、神が「受肉」して人として苦しんだイエス・キリストとの「関係」の上に立つキリスト教の特徴の一つかもしれない。彼らは、「狂信」や「原理主義」や「宗教」のためにではなく、ただ並外れた「イエスへの愛」のうちに死ぬ以外の選択肢がなくなっていたのだ。このことは、「忠義」のために命を捨てるという文化の日本社会に「愛のために命を捨てる」という新しい地平を開いた。

そのこととも関係しているのが、貧しいキリシタン村の指導者や、学のない庶民の殉教だろう。
彼らの多くが棄教しなかったのは、殉教を決意した親兄弟からの同調圧力のせいでもなく、宗教の原理主義的な教えに「洗脳」されていたからでもなく、「イエスへの盲目的な愛」のためだけでもない。多くの「庶民」に殉教の覚悟を促したものは、キリスト教の根本にある「自由」のメッセージだった。

イエスは「神の言葉」に依って立つユダヤ教の世界で生きていたが、いつしかその神の言葉が、形骸化し支配階級のツールとなり、偽善の足場となっていることを批判した。「神の言葉」や「律法」を司る階級が、それらを人々の手に届かない「聖なるもの」とすることで権威や権力や利益を獲得していたのだ。イエスはそれを批判した。神の言葉も律法も、人間のためにあるのであって、人間が神の言葉や律法のためにあるわけではない。神が人間を愛し、信頼し、何度信頼を裏切られてもまた愛したように、人も隣人を愛し、敵さえも愛さなくてはならない。

けれども、最初のキリスト者の共同体はすでに、個々の生き方よりも共通した「形」にこだわるという誘惑にさらされていた。パウロが割礼の有無についての議論の中で「わたしたちは、義とされた者の希望が実現することを、“霊”により、信仰に基づいて切に待ち望んでいるのです。キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。(ガラテヤ5)」と言っていることがその状況をよくとらえている。パウロは、キリスト教が「軛としての律法」から人々を自由にするために出発していると訴え続けたのだ。それは同時に、「律法遵守主義」の中に人質のように取り込まれている「神」をも解放することを意味していた。

日本の戦国時代から江戸時代初期までの動乱期において、農民の多くは、戦乱に巻き込まれ、土地や作物を略奪され、蹂躙されてきた。暴力の行使を裏付けとした支配構造のただなかにあった。そんな時に、人の世界の上下関係や差別構造をすべて超えた超越神が被造物であるあらゆる人々を愛していて、そのために「人が人を殺す」世界にあえて「独り子」を遣わしたという教えが入ってきた。

人は神の前に「平等」であり、神は人に各自(ペルソナ)の「自由」を与えたという。その神を信じれば、イエス・キリストによる救いにあずかれて、天国での永遠の命と安らぎが得られる。この世での差別や暴力に苦しみ続けるばかりであった農民や漁民らにとって、「キリスト教」ははじめて自分たちが個人として愛され救われるという希望をもたらせてくれるものだった。

キリスト教の信仰の中で、彼らははじめて「自由」を獲得した。彼らの共同体は共通の神を拝み、それ以外の権威を認めない、妥協しない共同体だった。拷問され、「形ばかりの踏み絵だから踏むがよい」などと言われても、踏み絵を踏んで失われるのは信仰ではなくて「自由」だった。

思えば、義のため、忠節のために命を捨てるという文化の日本においても、愛のために「心中」するというカウンター・カルチャーが存在した。
それも、社会の中で容認されない恋、恋を遂げるために必要な金銭が用意できないの末の心中である。

神に愛されていると知り、神の子キリストへの愛の中で「自由」を知った人々にとっては、「棄教」は信仰だけではなく自由を捨てることと同義だった。キリシタン大名の息子に生まれたわけではなく過酷な生を生きていた庶民たちは、はじめて人を平等に愛するという「主」、自分たちのために苦しくて屈辱的な死を受け入れたという「主」、その「主」への愛を通して主のもとでもう誰にも搾取されない永遠の生を得られることを知った。

このようにいったん自由と愛を知った庶民にとっては、棄教することは再び「奴隷の生活」に戻ることと同義だった。(・・・・・)
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by mariastella | 2017-02-17 02:37



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