L'art de croire             竹下節子ブログ

2017年 02月 24日 ( 1 )

カリスマ司祭が結婚で教区を離れる話

昨日に続いてさらにもう一つ最近気になった話題で寄り道。

リヨンの名物司祭ダヴィッド・グレアが結婚する。

先週の日曜日、彼の教区サント・ブランディーヌ教会のミサに、彼は姿を見せず、代理の司祭から彼の手紙が読み上げられた。

45歳のグレア師は、栄光という名のロックグループを率いて「ポップ賛歌」というコンサートツアーによってフランス中に知られていた。いろいろな映画にも司祭役で出演している。
2000年に29歳で叙階され、21世紀の福音宣教について大いなる情熱を燃やしていた。

毎週の教会は満員状態で、人々は歌と音楽と喜びとエクスタシーの混ざったような盛り上がりを見せていた。

彼の「説教」の一例はこんな感じ。(雰囲気だけどうぞ)(この説教の感想はというと、うーん、よくできてるし彼の思い入れが伝わってくるし、この説教に感動してからこの教会を後にする人の人生は、少なくとも入る前よりも悪くはなっていないだろう。他の人の人生をより害するということはないだろう。ここで説明されるヤコブの話についてはいつかまた書いてみたい)

これは彼のミサでの演奏の様子。主の祈りが歌われ、若者たちが恍惚となっているのが分かる。


いわゆるカリスマ司祭であり、福音派のメガチャーチではないが、こういう個性的な人のパフォーマンスがないと、今どきの若い人の心をとらえられないのかもしれない。

私は何にしろ「集団の熱狂」というものが苦手で、特にそれを外から見ていると全く共感に向かわない。むしろ警戒してしまう。

でも、グレア師のような雰囲気で、ファンに囲まれていたら、いつかしかるべき女性とめぐりあって結婚へと向かうというのは、不思議なこととは思えない。

彼はその女性と暮らすように「神から呼ばれた」という表現をした。

司祭でいることの歓びと結婚する望みを教会の中で両立できるか模索してリヨン大司教バルバラン枢機卿に相談した。枢機卿は、教皇に会うようにとアドバイスした。

実際グレア師はバチカンでフランシスコ教皇に会ったという。教皇はやさしく耳を傾けてくれ、彼の模索が理に適っていることを評価してくれた、らしい。

枢機卿は教皇と話し合い、グレア師に少し時間をおいてじっくり考えるように、識別の時間を持つようにと言った。

結局、愛する女性と暮らすことを神に促されたと感じて、結婚を決めて、教区を離れることを選んだ。復活祭前の四旬節が始まる前にと思ったのかもしれない。

上にリンクした説教の終りに彼は創世記の一節(28-15)を引用している。

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

これはヤコブの夢の中にでてきた神の言葉だが、グレア師も「神に見捨てられない」ことを知っているのだ。旧約の神というと嫉妬深く怒りっぽいイメージがあるが、この神の言葉は確かに心強い。

「司祭」であることは聖霊による聖別だから取り消されないが、「職務停止」ということになる。これからもロックグループで歌って福音宣教するのだろうか。

新司祭は9月に任命される予定でそれまではリヨンのカトリック大学付きの司祭が代行する。
3月5日には枢機卿が来て教区民に話すという。

信徒たちとあれだけ熱烈な関係にあった人だから、グレア師にとって最大の「罰」は手紙ではなく直接彼らに説明できなかったことだろう。

カトリック教会の司祭の独身制が固まったのは1139年の公会議のことだった。
中世の間は、あまり深刻な問題ではなかった。当時の司祭のほとんどは農村部にいたわけで、普通に同棲して子供も育てていたからだ。問題になったのは、プロテスタントの宗教改革の後でカトリック教会が態勢を立て直し、「神学校」を作って厳格なカリキュラムを組むようになり、独身制を守っていた都市部の宣教師らが農村地帯に送られるようになってからだ。

それでも20世紀のフランスの田舎には、身の回りの世話をする「家政婦」と公然と暮らしている司祭がいた。

20世紀には他の「妻帯司祭」もカトリック教会に流入した。ポーランドなど旧共産圏で無理やり妻帯することになった司祭たちの受け入れや、女性司祭の解禁に反対してカトリック教会に合流することを望むイギリス聖公会の妻帯司祭などだ。
また、グレア師のように、恋愛して結婚する若い司祭もいたが、若い司祭が激減するフランスでは専属司祭のいない教会がたくさんできて、需要が供給をはるかに上まっているから、なかったことにしてそのまま教区司祭を続けるケースもあった。
信者のメンタリティも変わったから、プロテスタントの「牧師夫妻」のように司祭のカップルを受け入れているところもあった。

それに、映画『沈黙』ではないが、形だけ踏み絵を踏んでも信仰が消えるわけではないように、妻帯司祭もほとんどの場合、結婚したからといって「信仰」を捨てたわけではないし、司祭を「天職」と感じ続けている人が大部分である。信仰があるからこそ、ちゃんと結婚して添い遂げようと思っているわけだし。

フランスには妻帯司祭の家族の互助会も存在する。
しかし、こういうカップルで後で離婚するケースはどのくらいいあるのだろう。
もちろん結婚に当たっての覚悟が普通とは違うだろうからかなりがんばると思うけれどゼロだとは思えない。本人や妻の浮気だとか、愛が冷めるとか、などの場合も罪悪感などが半端ではないに違いない。でも一信徒として司祭に告解を重ねて解消できているのかもしれない。

結婚に後悔することは?

うまくいっている人の証言しか読んだことがないので分からない。

リアルではもう40年近く前に、日本人の奥様と東京で暮らしているフランス人の元司祭夫妻と食事をしたことがあるが、その時はとても突っ込んだ質問なんかできなかった。

リヨンのバルバラン枢機卿は、司祭の小児性愛事件を厳しく扱わなかったことなどでさんざん叩かれたところだし、なんだか気の毒だ。

ラジオでパリ大司教ヴァントトロワ枢機卿がこの件についてインタビューされて、やはり元気のない声で、

「いや、問題は独身制でなく、約束に忠実であるかどうかなのです」

と答えていた。

今のカトリック教会では司祭になる時に独身でいることと、司教に服従することのふたつを約束することになっている。
修道会に入る人は、「清貧、貞潔、服従」の誓いを立てるが、司祭は厳密にいえば「結婚」さえしなければ「貞潔」の方は「約束」したわけではない。
それはまあ基本的に「結婚」以外の性的関係が最初から「想定外」であるからだ。

チベットのお坊さんたちの「授戒」の時に、結婚どころか、女とも男とも動物とも性的関係を持たないとされるのと比べると、カトリックって以外に「お花畑」?

いや、独身制の確立までにはいろいろな段階があって、最初はすでに結婚していたり同棲したりしている人は問題ないとされたり、禁欲すればOKとされたりの時代もあって、「人間が創りあげていくシステム」の複雑さを反映しているだけだ。(下にリンクしたディドロの記事に詳しく載っていて興味深い)

でも今や60歳以下のフランス人司祭は絶滅危惧種と言われている時代なのだから、今こそ、250年前に百科全書でディドロが述べている司祭の結婚のメリットを考え直す時代かもしれない。
司祭は平均の男よりも「いい夫」で添い遂げる確率が大きいから、幸せな妻が増える。安定した夫婦に育てられる敬虔で善良な子供が増えるし、家族がみんな信者になるのだから信者も増える。司祭の性的フラストレーションによる問題も減る。独身であることに耐えるよりも、妻や子供から来るプレッシャーに耐える方が人間が鍛えられる…etcで、想定される反論にもいちいち答えている。

あ、でも、百科全書はクレメンス13世によって1759/3/5(ディドロのこの記事は1752)に禁書目録に入れられたんだから、無理かも。(禁書目録システムは実効の意味がなくなったので1966年になくなっているけれど、これらの本は一応注意してくださいね、というニュアンスは残された。でも、考えてみると、禁書目録と言っても、いったん禁書にされたコペルニクスやガリレイの本が禁書を正式に解除されたりしているので、禁書があった時代のローマ教会もそれなりに良心的。)

なんにしても、司祭から相談されると司教は見て見ぬふりはできない。
しかも、いろいろ「不都合」なことをつい曖昧にしておいたり世間の目から隠しておいたりする体質を放置すると、小児虐待司祭のような重大なケースも出てくるわけだ。
司祭たちの恋愛や結婚も犯罪も全部まとめて監督責任を負わせられる気の毒な司教たちにも神からの「福音」がちゃんと届いていることを信じよう。
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by mariastella | 2017-02-24 00:09 | 宗教



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