L'art de croire             竹下節子ブログ

2017年 05月 01日 ( 2 )

マクロンとルペンのメーデー

これは前の記事の続きではありません。

5/3にマクロンとル・ペンのTV公開討論がある。

2002年にはシラクはル・ペン父との討論を拒否した。

今回は、すでに、第一回投票の前の候補者たちの公開討論にル・ペン女史が参加しているし、今になってマクロンが拒否ということはあり得ない。

いや、すでに前の討論でマクロンとル・ペン女史がかなり激しくやりあっているシーンがあったので、二人はやる気満々だろう。

それに比べると、アメリカナイズされて導入された同じ党内の予備選の公開討論というのは、互いに身内の欠点を指摘することになるから両刃の剣というか、その後の連帯に影を落とすし、実際、予備選で選ばれたフィヨンやアモンは、党内の敵対者を極右や極左や中道に吸収されて、今回敢え無く敗れている。

最終戦の候補者の討論というのもアメリカ発で、ニクソン対ケネディが初めだったそうだ。
フランスでは74年のジスカール=デスカンとミッテランが最初だったそうで、その時に若いジスカールがミッテランを「過去の人」と評した時にミッテランはうまく反論できず、7年後の同じ顔合わせの時に、今度はミッテランがジスカールを「過去の人」と逆襲して、初の社会党政権を勝ち取った。

昨日(4/30)の夜の公営放送で、ルペンとマクロンに別々のインタビューで同じ質問に答えさせるというのがあった。

15の質問で10分間の持ち時間。

ルペンは終始にこやか。大衆の怒りがあなたのモティヴェーションになっているかと聞かれて、「怒りではない、愛です」と、慈母路線を強調。

「ジャン=マリー・ル・ペンの娘」というレッテルから「戦う聖母路線」というのは正しい戦略だ。

マクロンは終始眉を吊りあげて戦闘的、若さとエネルギーを強調。

ルペンは、マクロンが現政権の大臣だったこと、つまり、「システム」の中枢にいたエリートであるということを忘れない。

マクロンは、ル・ペンが大衆だと自称するのはあり得ない、生まれた時から(実際は4歳)「党」があって、「城」に住んで、父親の後を継いだ、と強調。自分は地方の家に生まれ、母親に勧められた読書によって啓蒙され、私企業も公職も二度辞職して新しい使命に邁進している、という。

それを受けてか、今朝のラジオのインタビューでルペンは、マクロンのことを
「エマニュエル・オランド」、
「オランドのベビー」
「パパの後を継いでいる」と形容した。

自分が「ジャン= マリーの娘」と呼ばれることをそのまま返したわけだ。前にも書いたがマクロンはその実年齢だけでなく「見た目」も若いので、TVのギニョールではオランドとヴァルスの赤ん坊として描かれていた。それも意識しているのだろう。

過去三代の大統領を一言で形容するなら、

シラクは、「情緒的(愛情深い)」(ルペン)、「寛大」(マクロン)

サルコジは、「ブルドーザー」(ルペン)、「速い」(マクロン)

オランドは、「怠け者の王(何もしない王)」(ルペン)、「妨げられた(やりたいこと、やり始めたことをを完遂できなかった)」(マクロン)

だそうだ。

想定内の答えだが、二人とも質問内容は事前に知らせられていないようなので、一瞬沈黙があったりして、その割にはぼろを出さないのだから、「大統領の資質」は備えている。

5/3は「直接対決」だから、互いに相手がいかに「人々を欺いているか」を「証明」することにウェイトが置かれる。

それにしても、ルペンが、「エリート(プレス、起業家、組合)」をさんざん攻撃し、「私は大衆の一人、エリートではない、大衆だ」と断言した時には、

なんだか、吉本隆明が自分のことを「知識人ではない、大衆だ」と言っていたことを思い出した。

マクロンは「自分は大衆の知性に向けて語る」と言っていた。(これはむしろフランス人のメンタリティに合っている。)

さて今日は5/1で、これまでいつも連帯してデモ行進していた各種組合が分かれる。

これまでFNは組合の共通の敵だから、2002年のシラク対ルペンの決戦の前の5/1は百万人が「アンチFN」を掲げてデモをしてシラクに投票することを呼びかけた。

ところが今年は、メランション寄りの組合が「FNもマクロンもペストとコレラだ」というのでアンチFNだけでは合意できなかったのだ。

5/1はいつもFNがジャンヌ・ダルクをナショナリストのヒロインのように取り込む「祭り」でもある。

マクロンは今日、ミーティングの前に、過去の5/1にFNから「殺された」モロッコ人の追悼に出かけるという。

今日の夜には空気が変わっているのだろうか、変わっているとしたら、どう変わっているのだろう。

2002年にシラク対FNになった時のパニックに私は居合わせていなかった。
2002年の初めに実家の父が亡くなり、春休みに日本に帰っていたからだ。
決選投票の時にはフランスに戻っていたので、シラクの圧勝を見て安心していた。

今年はなんだか心配だし、その後の総選挙でどちらにしてもFNが議席を増やすと思うと怖い。
昨日、フランスの国内政治からリタイアしていたジャン=ルイ・ボルローがマクロン支持に駆けつけたことだけが、バイルーからの支援と共に、マクロンには追い風になると思うけれど。
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by mariastella | 2017-05-01 17:59 | フランス

メランションとキリスト教

これは前回の続きです。

第1回投票の1週間前が復活祭で、その前の日曜は聖週間の始まる「枝の日曜日」だった。
フランス中のカトリック教会には、ツゲの小枝を盛った人々が集まる。教会前で配布されてもいる。
イエスのエルサレム入城を記念する日だ。

マルセイユで人々の前に現れたメランションはオリーブの小枝をボタン穴に指していた。「私は平和の候補者です」と言い、小枝を手にもって振り、地中海の木であるこの小枝を我々のシンボルにしようと持ってきたことを告げた。
預言者的なこの言葉を聞いた人々が「メランション! プレジダン(大統領)!」と唱和し始めた時、彼はそれを制して「それはやめてください! 私は自分の名がスローガンになるのは嫌だ! 皆さんは、信者なんかではない!『共通の将来』という名のプログラムを担う人々なのです」「不可能な完全性を一人の人間に託するという愚かな熱狂から覚めてください」と続けた。

この日に小枝をシンボルにするという演出は明らかに、自分が救世主のように熱烈に迎えられるということを意識したものであったはずだ(本人は偶然だったという)。第一、どこでも、すべての候補者は、救世主のごとくふるまっているし、支持者たちも、カルト宗教に洗脳された人々のように、ロックスターのコンサートに駆けつけたファンのように叫んでいる。メランションもホログラムで数ヶ所同時にミーティングをするなど、ユニークな演出を工夫していた。

でも、それを誘導しながら、なお、「信者みたいになってはていけない、使命を担った主体的な存在であれ」、
と、至極まっとうなことを言ったわけだ。

世界における南北の格差、他者への無関心、同胞愛などを語る時に福音的なレトリックを駆使するのはまるでローマ法王のスピーチのようであったりする。
フランシスコ教皇のスピーチも「民衆の神学」などと言われている。
いつも弱者の側に立ったもので、これは宗教(教義と典礼を備えたシステム)としてのカトリックの立場というよりも、イエス・キリストの唱えた生きる教えのキリスト教だ。

メランションがカトリックのレトリックをフランス社会に根付いたものとして自然に使うことができるのは、実際カトリックのことを熟知しているからである。子供の頃は教会の聖歌隊で歌っていたし、今もローマ法王の回勅が出ればすべて読んでいるという。

「信仰者、聖職者と話すのは大好きで、彼らは自分自身より大きい世界に身を置いて考えている。不幸の大海の中で幸せでいることは誰にもできない。我々は他者の身の上に対して責任がある。トレーダーと話すよりクリスチャンと話す方がたやすい。トレーダーたちは道徳的、個人的、集合的責任からなっている私の世界とは対極のところにいる。金を偶像崇拝してはならない。」と言う。

サルコジの政治顧問であったパトリック・ビュイソンは「メランションはフィヨンよりもキリスト者だ」と繰り返す。

「キリスト教は商業の世界の絶対支配を拒否し、偶像崇拝を呪う。それはマルクスが商品のフェティシズムを弾劾する時にリサイクルした考え方だ。この点ではメランションは、よりマルクス主義者であるからフィヨンよりキリスト教的だ。」と。

皮肉なことにメランションは候補者の中で最も「政教分離」派である。
2012年には、政教分離を絶対とするフリーメイスンのグラントリアンのメンバーだったことを明かしているし、2016年にも「共和国の再建」という講演をしている。

カトリック系私立学校への公的援助や、アルザス・ロレーヌや海外県における政教分離の例外の撤廃も主張している。
安楽死にも賛成だ。両親が離婚した後で教会が母親に取った仕打ちも恨んでいる。
フランシスコ教皇がEUで発言することは政教分離の原則に反すると批判するが、バーニー・サンダースをバチカンに招いたことやキューバを助けたことは評価する。イスラム原理主義は宗教に特有なものではないという教皇の考えにも同意する。「教皇は少しメランション支持者だ」と笑う。

マクロンはと言えば、難民、移民に関しては、メルケル首相を称賛し、クォータ制なしの受け入れを提唱している。
その辺はローマ法王に気に入ってもらえるだろう。(続く)
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by mariastella | 2017-05-01 01:48 | フランス



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