L'art de croire             竹下節子ブログ

2017年 08月 10日 ( 1 )

『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』とエコロジー

『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』を見た。


『ダンケルク』に続いて戦争映画を観るなんてどうかしている。

このシリーズの前二作は観ていない。20世紀にあった最初のシリーズも見ていない。

これまで食指を動かされなかったのだ。猿に感情移入もできないと思った。

今回は予告編で「猿」の表情が人間より人間らしく見え、テーマも地球の未来と異種共存について考える私の心の琴線に触れるものがあったのだ。

(日本ではまだ未公開のようなのでネタバレが心配な人は読まないでください)

原作のSFがアメリカものではなくフランス人のピエール・ブールのものだということは知っていたので、前にも調べたことはあった。(ジュール・ヴェルヌといいフランスってけっこうSF先進国なのだ)


ブールが『戦場にかける橋』の原作者でもあり、アジアでの生活が長いということも知っていた。

アジアでの異文化体験と「猿」との戦いというイメージが重なるなら、なんだ気分が悪いという感じがあった。日本軍の捕虜になったという話もあるし。


でも彼はイギリス軍ではないし、フランスは1940年にはドイツと協定を結んでいたのだからベトナムなどではフランス軍と日本軍が仲良く映画を観ていた、という話を当時子供だったベトナム人から聞いたこともある。

今度の映画を観て、つくづく思ったのは、もろキリスト教文化圏のお話だなあということだ。

でもこの最終話ではそれがカタリ派的善悪二元論の残念な方向に行きそうになっている。

悪いのはもちろん人間で、でも、悪いというより「愚か」というしかないのだけれど。

ピエール・ブールはアヴィニヨン生まれで高校までアヴィニヨンで育っている。

フランスのアヴィニヨンというと旧教皇領で、法王庁もあったばりばりのカトリック文化圏で、ブールの母(弁護士だった父が演劇評を書いていた新聞のディレクターの娘)は、毎週教会に通う熱心なカトリックだったという。子供は当然母親の影響を受けるから、ブールも少なくとも子供時代はカトリック教育を吸収したに違いない。

その後パリ近郊の理系のグランゼコールに入学した。日本の訳を見たら「エンジニアの学校」などとあったけれど、これまで何度も書いたが、日本語や英語のエンジニアはフランス語ではテクニシャン(技術者)であり、フランス語のエンジニアとはエリート管理職候補者用の公式の資格である。

ブールの行ったグランゼコールは私も縁があって何度も通ったことのある全寮制のエリート校だ。

アヴィニヨンでは読書や狩りを楽しむ生活だったのが、父親の突然の死で、母親を助けるために中央に出てエリート・コースに進んだのだという。

彼の小説の中で興味深いのは、1963年の『猿の惑星』の19年後に発表された『鏡の輝き』という近未来小説だ。フランスはすでに原子力発電依存率が世界的に高い国だったが、ある研究者が、南フランスのラングドック、プロヴァンス、コルシカ島の1%の土地を鏡で覆うと、フランスに必要なエネルギーの10 %を得られると言った。ということは、10%を覆えば全フランスのエネルギーをまかなえることになる、と、緑の党の大統領ジャン・ブロンド―と大臣たちは考えた。

大統領夫人ベアトリスは太陽信仰を持っていたので、神秘熱に駆られてこの太陽光発電を宗教的使命感で成し遂げるよう夫を説得し、太陽神殿ヘリオス発電所が生まれる。その鏡の反射光は公害のないきらめくエネルギーの到来を示すかのようだった。

ところが、意図がすばらしくても、結果は思いがけないもので、巨大な反射光は次から次へと、周囲の環境をパニックに陥れることになる。

良かれと思う意図も、突き進むと不条理にまで達することがある。

「地獄」とは「よき意図」という敷石が敷き詰められてできているのではないだろうか?


…という話。

で、ピエール・ブール亡き後に作られた新『猿の惑星』ものテーマも、普遍的であるとともにすごく今日的でもある。冷戦後なので核戦争からエコロジーにシフトしている。


猿たちのリーダーであるシーザーは、「エイプ(猿)はエイプを殺さない」という掟をつくって平和な共同体を作っていた。有能で道徳的な哲学王がいれば、民主主義なんか必要ない。

異種とかかわらなければそれですむ。


ところが「造反者」はいつも現れる。

憎悪に負ける者もいる。

仲間に銃を向けるような造反者はもはや「エイプではない」としてシーザーは粛清した。

あれあれ。

さらに、異種である人間たちの窮地を救うために迎え入れれば裏切られたり、エイプの「種の存続」のためにはと最終戦争を決意したり、捕虜に温情を見せて裏切られて人間に家族を殺されて復讐を誓ったり、ある意味で「楽園」状態だったエイプたちが最初の罪なき状態から「戦い」のロジックへと転落していった。賢王だったシーザーも自分は憎しみのとりこになったと認めるのだ。(それも結局は贖われる構成になっているが)

人間のところで育てられ、後で仲間を救い出して人間の住処から隔離された「約束の地」に共同体をつくって「殺すなかれ」の掟を申し渡すシーザーの姿は、エジプト王に育てられたユダヤ人のモーセがやがて奴隷だったユダヤ人を引き連れてパレスティナへ向かう旧約聖書と完全に重なる。

しかも名前がシーザーだから、イスラエルとローマの統合というカトリック的ビジョンもある。

第三部で猿たちが強制労働を強いられたり、反抗したらX型十字架につけられたり、鞭打たれたりするのも、ホロコーストの強制収容所やキリストの受難や殉教者伝などのイメージとしっかり重ねている。十字架上で悪魔の姿を見るイメージも、復活するイメージもそうだ。

大きな使命や共同体を救うための犠牲の精神なども、キリスト教世界の騎士道などに通じる。

それでも結局は大自然の力によって壊滅したり奇跡的に助かったりするのだけれど、それも大洪水とノアの箱舟や「神の摂理」を連想させるし、「言葉」の持つシンボリックな意味も「啓示の宗教」の伝統を思わせる。(まあ、最終的には人間と猿の動物としてのスキルの差が運命を分けるのだが…)

王と王の息子の絆や地位の継承という単純なところは、キリスト教というよりライオン・キングっぽい分かりやすさだが。父系制社会のモデルは揺らがない。

前世紀のシリーズや1963年の原作で人類を破滅させるのは核戦争だったが、このシリーズでは、武器ではなく、人を救うための医療技術の追求の思い上がりによるものだというのは、むしろ、前述したブールの『鏡の輝き』の方にシフトした感じがある。

たとえ、病気を治すためでも、エコロジー技術の追求でも、人間が勝手に思い上がって暴走すると地獄に堕ちるということだ。

しかし、たとえ娯楽映画という手段を駆使してその「人間の愚かさ」をこれほどよく表現しても、世間では映画のテクニックの向上が称えられたり、興行収入の増大が第一の優先事だったりするのは自明だ。

経済「成長」を善として成り立つ社会像の内部ではなく何かもっと根本的に表現のベースを変えていかなくては、人類自滅のリスクは高まっていくばかりかもしれない。

憎しみによってはもちろん、どんな大義名分があろうと、「正当防衛」だとか「共同体の利益」のためでさえ、たったひとりの他者でも排除したり自由や命を奪ったりすることを拒否する、という方向にしか真の平和はない。

なんと難しいことだろう。


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by mariastella | 2017-08-10 00:50 | 映画



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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