L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:猫( 43 )

『沈黙』をめぐって  その10 番外: ル・ペンと猫

殉教のテーマで書くことがまだまだたくさんあり、その上、フランスとイスラムの関係、日本で読まれているエマニュエル・トッドのひどさなどについてもじっくり書きたいのだが今取り込み中で、ゆっくり書けない。

で、今日はちょっと寄り道して「猫」の話。

映画『沈黙』で、五島に戻ったロドリゴの目に移ったのはおびただしい数の猫ばかり、というシーンがあった。猫好きには印象的だ。

「フクシマの猫」のことも心をよぎる。

最近、猫についてショックなことというか、考えさせられることがあった。

サイトのフォーラムで、最近こんなことを書いた。

>>>猫飼いって、どんなに親ばかで自慢しても罪がない感じがします。猫を支配しているわけではないことが明らかだから…。
プーチンが猫を愛でている写真なんてあり得ないでしょ。クリントンもオバマもトランプも犬の「ご主人さま」だし。(007のボスが白いペルシャ猫を愛でていたのはある意味もっと怖いですが。)<<<

ところが最近、フランスの大統領選の第一次投票の一番人気である極右国民戦線のマリーヌ・ル・ぺンがとても猫好きであることを知った。

写真を検索してみると、父親のル・ペンも猫との写真はあるが犬との写真もある。いかにもという感じのものだ。

マリーヌと犬で検索しても出てこない。
猫との写真を見る限り、本気で猫好きのようだ。

犬好きの権力者のイメージを覆すための「演出」だとしたら驚きだけれど、まあそこまでする意味はないだろうと思う。
2015年のインタビューで、一番最近泣いたのは? と聞かれて、猫が犬にかまれて殺されたことを挙げ、それだけで目が潤み、私は猫かあさんだから、と言って、その後他の猫を守るために引っ越しまでした、と語っている。

前にこのブログでリシュリューの猫というシリーズを書いた。
考えてみると、リシュリューも権力の権化みたいな人だ。
そういえばカール・ラガーフェルドと猫についても書いた。こっちの方は排他的な一匹への愛なのでナルシストっぽい感じがするが…。

マリーヌ・ル・ペンって、不思議な人だ。
偏見を捨てて公平に見てもその政策はとても私には容認のできない者なのだけれど、猫かあさんって…親近感を掻き立てられすぎる。

同時に、犬好きがどうとか猫好きならどうとかなんて軽々しく口にしてはいけないんだなあ、と自戒させられた。
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by mariastella | 2017-02-14 06:25 |

フラクタルの最期

毎日、楽しみにしていたフラクタルが全滅。

犯人はこいつ。



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ごめんなさーい、と逃げた先がこれ。


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最近変えたPSのモニターの空箱。これを見たネコ飼いは絶対切り取りたくなるよね。
え、私だけ?
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by mariastella | 2017-02-06 00:02 |

猫カレンダーのコラージュ

前回 アップしたカレンダーの図柄コラージュを気にいってくれた方がいたので、同じく猫カレンダーからのコラージュを披露します。2008年のカレンダーでした。これはもっと手抜きで20分もかかっていません。丁寧に切っていたらもっとマシかも。実はもっと丁寧なコラージュもよくやっていて、そういうのはテーマごとにいろんな人にプレゼントしていました。今なら、差し上げる前に写真にとってデジタル保存していたのになあと少し残念です。
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by mariastella | 2016-12-26 00:42 |

スピノザとイズー

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イズーとスピヌーのツーショットがなぜかアップできません。
仕事の邪魔をするスピヌーです。
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by mariastella | 2016-10-09 22:12 |

ネコのアルバムより

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CATS とネコ

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マウスとネコ
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by mariastella | 2016-10-07 05:08 |

スピノザくんとイズーくんです

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悟りの本かなんかを枕にしているスピノザです。老哲学者の雰囲気です。

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イズーくんはたいていこんな感じです。

ポルトガルにいる間、アイパッドから更新していたので写真を入れることができました。明日からPCによる通常営業に戻りますが、ネコ飼いとしては自分ちの子の自慢をしたい誘惑に負けてふたりをupします。
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by mariastella | 2016-10-02 20:09 |

イズ―くんはハンス少年をやめた

これは前の「イズー君はハンス少年か」の続きです。

猫って学習能力が高い。

でもその学習能力というのは、刷り込まれたものを忠実に守るというタイプのものではない。

以前、一定の手順をふめば餌をもらえるように学習させた動物に、そのそばに何の障害もなく餌を置いた実験で、猿や犬は機械的に、相変わらず前に教えられた手順をふむけれど、猫はためらいなく近い方の餌に直行するという結果を見たことがある。

猫は不要な儀式を華麗にスルーする。

前に、洗面台の蛇口からちょろちょろ出る水を、その周りをせっせと掻いてから直接口で受けて飲むイズ―くんを見て、オランダの堤防決壊を救ったハンス少年にたとえたが、最近シナリオが変わった。

水がちょろちょろしか出ていないのに、口から洩れて流れる分量の方がどうも多い気がする。
これでは資源の無駄遣いで、エコロジー的公正に反するなあ、と思ったので、ちょろちょろ水を私が鹿威しの竹みたいに手のひらで受けてやることにしてみた。

するとイズ―くんは、なんのためらいもなく私の手のひらからちゅくちゅくと水を飲み始めた。
この方が効率はいい。

それをたった一度経験しただけで、次からは、ちょろちょろ水を流すと、もう堤防掻き掻きの儀式はなくなって私の方を見てひと声

「ほら、手」

と催促するようになった。

ものすごくクリアなメッセージだったので思わずまた手のひらを鹿おどしのように構える私。

イズーはゆっくりと飲み始める。

長い。

流水が直接当たり続ける私の手はだんだんと冷たくなる。
これって私がハンス君になってるんじゃない?

もうそれからは、私が洗面台を使っていなくても、イズ―くんは喉が渇けば、さっと洗面台に上って定位置についてから私を見て

「ハンス、出番」

とひと声かけるだけになった。

その度にPCをスリープにして立ち上がる私。(スリープにしておかないとスピノザ君がキイボードの上に座り込むリスクがあるからね)

で、慎重に水のちょろちょろ加減を調整して手に水をためるハンス君。

好きなだけ飲んだら「ご苦労様」も言わずに去るイズー。

かわいい。
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by mariastella | 2016-09-25 02:31 |

イズー君はハンス少年か

水場が好きで洗面台や流しに来る猫の話はよく見聞きしていたけれど、うちの代々の10匹ほどの猫の中で、蛇口から水を飲むのが好きなのはこの夏ちょうど3歳になったイズ―君だけだ。

何でもお兄ちゃん猫スピノザの真似をして大きくなったのに、おなかを出して寝るのと蛇口の水が好きというのだけは生来のもののようだ。

私の書斎には洗面台がある。そこで顔を洗ったり歯を磨いたりする。
で、その蛇口から水が出る音を聞きつけるだけでイズー君が現れて体を半分洗面台の中に入れてくる。

で、私が水量を調節して、「ちょろちょろ」くらいにしてやったときに蛇口に口を当ててごくごくごく、と飲み始めるのだが、その半分くらいは下に流れている。

おもしろいのは、すぐに口を当てるのではなく、両手でかわるがわるに、蛇口、レバー、洗面台の回り、蛇口の後ろのタイル部分などを必死に「ざっざっ、」と掻き出すことだ。

飲んだ後も、洗面台から降りる前に周囲を丁寧にざっざっと掻くというか、こする。

爪で掻いた後で肉球でこするという感じだから、タワシとスポンジで掃除しているようなもので、おかげで洗面台の回りはいつもピカピカで掃除いらず。(まあその後でぬれた足でPCの上に座るのでラップトップの蓋は足跡だらけだけど)

その儀式を見ながら、最初は

「えい、えい、水よ、もっと出ろ」
「さあもう飲んだから水を止めなくちゃ、えい、えい、水よ。止まれ」

とアテレコをして、もちろん実際は私が出したり止めたりしていたのだけれど、最近別のことを連想するようになった。

それはオランダの少年の話。

今、ウェブで確認してみたら、こういうのがあった。
海面より低いオランダで、堤防の決壊を防ぐために、少年がひと晩穴に手を入れて防いだというあの美談だ。

で、イズーちゃんが毎回水を飲む前に見せる律儀な必死さのパフォーマンス。アテレコを変えてみた。

「あ、大変だ、水がちょろちょろ出てる。
何とかしなくちゃ、ざっざっざっ、
埋めればいいのかなあ、ざっざっざっ、
あ、まだ出てる、
じゃあ、今度はここだ、ざっざっざっ、
あ、まだ止まらない、
それならここは? 
ざっざっざっ、
大変だ、大変だ、何とかしなくちゃ、
これはもう、こうするしかない、
口を当ててぼくが全部飲んじゃえばいいんだ、
えい、ごくごくごく、
かあさん、早く来て、ぼくがんばるから・・・」

とアテレコしてみたらぴったりなのだ。

洪水を心配しているのか節水のために頑張っているのかは知らないけれど、なんだか、健気。
真剣さにじーんとくる。

同じ場面を見ていてもアテレコを変えるだけで、おバカ猫がハンス少年になって感動物語の主人公に…。
お涙ちょうだいの物語の作り方ってこんなものなのかなあ。

ひょっとして、私は暇なのか?
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by mariastella | 2016-09-03 02:11 |

ネコを愛せると自分を愛せるかもしれない

先日、知人夫妻のうちでの昼食会で彼らの16歳になるテリアをたっぷりかまってきた。

でも、衰えがはっきり見える老齢で哀れをそそる。

うちの15歳の猫が毅然としてジャンプ力も衰えていないのとは全然違う。

私は生まれた時から犬のいる生活で、フランスで猫を飼うまで自分は「犬派」だと思っていて猫は苦手だった。というのは以前にも書いたことがある。

ウェブ上にはネコ好きのための、ネコがかわいいという動画はたくさんあって、そんな暇がないのにちょいちょい見ては後悔するのだけれど、最近、

「トコトン掘り下げ隊 だからネコが大嫌い20連発 」
というタイトルに出会ってつい見てしまった。

元「犬飼い」の元「猫苦手」派の私には笑えるほど納得のいくものばかりだった。

ほんとうに、あの犬のつぶらな瞳、飼い主に絶対忠実、呼ぶと必ずやってくるし、どこを触られても怒らない、というのは魅力なのに、いつもこちらがご機嫌伺いしなくてはならないような猫をいったいどうやって好きになれというのだろう。

それにいつ引っ掻かれたり咬まれたりするかもしれないし、触らせてくれるかどうかも分からない。

でも、「猫」派にとっては、それらすべてが「かわいい」のだ。

自分の思い通りにならない「お猫さま」に忍耐強く仕えて、少しずつ受け入れられてもらえる快感、ついに頭をすりつけてもらえたり喉を鳴らしているのを聞けたりする瞬間の嬉しさ、しかしそれも毎回続くとは限らない。

そんな猫を愛することを知ってはじめて、利己主義や自己中心主義のロジックから離れることを知る。
そしてそういう「利他」の受容と遂行を心から喜べるのがまた驚きである。

猫を飼っていて一番精神衛生にいいのは、かわいらしさやゴロゴロすりすりモミモミというしぐさなどではない。

自分の利己主義が相対的なもので、自分が見返りのない愛をそそげる、いや、たとえ痛い目に合わされても憎まずに愛し続けることができる、などという意外なキャパシティを発見できて、共生の形が広がることを実感できるところなのだ。

犬に愛してもらえると自分を愛することができるように、猫を愛することができると自分を愛することができる。
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by mariastella | 2016-07-13 18:08 |

ライシテと「原罪」

カトリーヌ・キンツレールと言えば、ラモー好きの音楽家にとっては特別の人だ。

ラモーを研究し始めた最初の頃からの一番信頼のおける著者なのだが、彼女はフランスの政教分離(ライシテ)の専門家でもある哲学者だ。

最近読んだ彼女のライシテとイスラムについての記事は、マルセル・ゴーシェなどの反対の路線で、とても分かりやすかった。全面的に賛成だ。

ライシテには二つの原理がある。

一つは、政権担当者とそれに連なる機能を行使している者(公務員など)は、いかなる宗教も特別扱いしてはならないということで、
もう一つは、それ以外の一般市民は信教の自由を「信じないこと」も含めて自由に生きることができることだ。

だから、政府との対話に特化した宗教の代表を立てることは(ナポレオンが始めた管理法だが)ライシテに反しているし、そこにおける調整で、どの宗教もみんな平等にとか、モスク建設の援助をするなどもってのほかである。

一方、各宗教者や信徒がそれぞれの実践を公的な場所で行うのは自由であり、その安全は守られなくてはならない。

ただし、過激派のイマムがテロを煽動する、ヘイト・スピーチや差別的言辞があるなど、反社会的、反共和国的な言動や実践があった時は、1905年法によって十分とりしまることができるし、対処しなければならない。

それだけの話だ。

とても明快なので、いつもながらの「猫との生活」への適用で考えてみた。

異種共生とか、ハンディキャップの問題とか、生産性とか老いとか病とかを考える時、いつも「猫たちを愛して共に生きることで救われている」日常によってインスパイアされているからだ。

自分の子供なら障碍があったり、自立できなかったりなどの問題はつらいだろうけれど、猫なら一生面倒を見なくてはならないのにそれが重荷だとは思えず、それぞれのあり方に応じて楽しく共生できることの実感は、貴重なものだ。
多頭飼いというのも重要ポイントだ。
それぞれに違うし、互いに仲の悪い猫もいる。

私は犬を飼ったこともあるので犬との関係性も容易に想像できる。

で、年齢も種類も異なる犬数匹、年齢も性格も異なる猫数匹と暮らしているのを想像する。

私は「政権担当者」だ。

だから絶対に彼らを「差別」しない。
平等に扱う。
(犬は実はフランス型の「統合政策」に向いている。こちらの価値観、習慣、要求に合わせて「飼いならす」ことができる。)
でも、そこはライシテ、犬も猫も、それぞれの特質を無理に変えることはできない。
命令に従えない猫もリスペクトする。

けれども、たとえば電気のコードを齧るなど、共同生活にとって絶対脅威になることや彼らの一員の命の脅威になるような行為は取り締まるし、予防の対策もたてる。
それ以外は基本的には最大限に自由にさせる。

政権担当者の最も大切な仕事は彼らの「快適な生活」の保証のために「奉仕」することである。

「公僕」というやつだ。

うむ、納得できる。

では難民問題は?

突然動物愛顧センターから、虐待された犬や猫を引き取ってくれと頼まれる。あるいは自宅の庭に捨てられた猫や傷ついた猫が迷い込む。

出来ることなら「我が家の子」として迎え入れてあげたい。

少なくとも、里親としてとりあえずの安全を確保して世話をしてやりたい。

でも、うちにそんな余裕があるだろうか?

先住の犬猫にストレスや伝染病や寄生虫をもたらすのではないか。
隔離して世話するキャパシティが自分や住まいにあるだろうか。

うーん、そこはやはり、情動だけで受け入れるのではなく、何が本当にできるのか冷静に考えなくてはいけない。
愛護センターに寄付するとか、里親のネットワークづくりをするとかの方法もある。

ああ、しかし、犬猫の他に、血を分けた人間の幼児とかも一緒に暮らしていたらどうなるだろうか。

やっぱり「自分の子が別格一番」、と血縁で優先順位をつけたり、見た目で動物種差別をしたりするのだろうか。差別しない自信がない。

極右の煽動に賛同してしまう人の心理もなんとなく分かる気がする。

と、ここまで、天下国家のことを「自分ち」スケールに落とし込んでシミュレーションしていたのだが‥‥。

テロ対策や侵略戦争などのことにまで仮定が広がると、「シミュレーション、無理」という壁に突き当たった。

さまざまな障碍や、見た目の違いや、老いや病気の問題や、それぞれが違っても快適に生きる権利、などというテーマなら十分に展開できるのだけれど、テロは無理だ。

犬も猫も、善良すぎる。
虐待されて人間不信になったり、互いの相性の良し悪しとかはあったりしても、「憎しみ」や「悪意」はない。

それらのもとになる「絶望」もない。

なぜ、人間だけが動物として変な方向に倒錯しているのだろう。

ひょっとしてこれが、「原罪」というやつなのだろうか。

というわけで、犬猫との共生をイメージしたマイ・「ライシテ教室」は、自分の中で早々と閉じてしまった。002.gif
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by mariastella | 2016-05-20 00:27 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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