L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:猫( 42 )

L'ailurophobie アイルロフォビア=猫恐怖症

L'ailurophobie (またはfélinophobie, élurophobie et gatophobieなど)というのをはじめて知った。

いや、なんにでも恐怖症というのはあるから猫恐怖もあるだろうが、猫恐怖症の人に人生ではじめて会った。

マダガスカル出身の中年女性。

パリ郊外の仏教センターにチベット人医師の診察を受けに来た人で、バス停で降りてからいっしょにセンターまで歩いた。
暖炉のある待合室に通されてソファに座って話している時、彼女が叫んだ。

2回の階段から降りてくる猫が見えたと言うのだ。

彼女はソファから飛び上がって部屋の隅に行き、猫は困る、猫が来ないようにと叫んだ。

「あ、大丈夫、庭に出ますから」とセンターの人は言ったけれど猫は階段の下でうろうろしていた。

猫の毛のアレルギーかとみんな思った。

でも女性は猫を凝視して、

「お、恐ろしい、なんてこわいやつ、こ、こっちに来ないで」

などと騒いでいる。

「この子はおとなしいですよ」

とセンターの人が言う。

「私は最初にこのセンターに入った時から猫の唾液が空気の中にあるのを感じていたわ。猫の唾液の中の有害成分は空気の中に広がるのよ! 科学的にも証明されてるのよ!」

と彼女は叫んだ。

私の着ていたセーターはうちの下の猫がやってきてはモミモミ、チュッチュッと吸われているので、唾液もたっぷりついているはずだから、ひょっとしたらそれは私のセーターのにおいかもしれないな、とちらりと思った。

「心理的なものじゃないですか」

と誰かが言った。

「違う、私はマダガスカルでカメレオンだって怖くない。猫は恐ろしい、この猫は怖い」

猫が部屋に入ろうとのっそり歩いてきた。

明らかに暖炉の前に敷いてある横長の絨毯が猫の定位置のようだ。

センターの人が

「では、2 階で待てるようにしますから、上がってください」

と言った。

でも女性は相変わらず恐怖に凍りついていて

「で、でも、猫が、ほら、こっちに来る!」

と大騒ぎ。

明らかな憎悪の念すら発散している。

見るとノルベジアンみたいな長毛の大型猫で、ほれぼれするほど美しい。

私は、では彼女がサロンを出て2階に上がるまで猫を抑えておいてあげよう、と最初から思ったのだけれど、
あっけにとられたのと、彼女の恐怖が伝染して一瞬動けなかった。

猫が悪魔の化身だとか、集められて焼かれたなどの中世の伝説なんかが頭をかすめる。

すごい。

あからさまに開示された恐怖と憎悪の持つ伝染力はすごい。

この猫好きの私が、何となくこの猫を怖く感じたのだから。

結局私が立って行って猫を撫でてやったら、気持ちよさそうに寝転んでされるままになっている。

その間に女性がセンターの人に「守られて」「避難」したので、みんな、ほっとした。

私は猫を撫で続け、もちろんこちらも超気持ちいい。

心なしか、周りにいる人たちから尊敬されているような気分。

それにしても、蛇恐怖症とか蜘蛛恐怖症なら、遭遇する場所は限られているけれど、猫飼い率ヨーロッパ1と言われるフランスで暮らすのに、猫恐怖症はかなりのハンディだろうと思う。普通なら「あ、私は猫アレルギーなんです」というくらいでやり過ごすはずだが、それができないから「恐怖症」なのだ。

猫に対して、というのもそうだが、互いが知り合いでもない場所で、しかも仏教センターで、口コミでチベット人医師に診察を受けに来ているような状況で、大人の女性がまるで悪魔に遭遇したかのように騒ぎ叫び出すのを見るのは初めてだった。むしろ彼女の方が「悪魔憑き」みたいで怖かった。

今まで普通に話していた人が突然自分のコントロールができなくなったのだから。

そしてたった一人のその恐怖発作が他の人をも一瞬「どうしたらいいかわからない」パニックに陥れたのはすごい。

女性が2階に上がってから、残った人々は互いに、自分は犬派だとか猫派だとか話し始めた。

犬にも猫にも詳しい(?)私は当然いろいろと薀蓄を傾けたのだが、私の手に愛撫されて腹を出して陶酔している巨大猫のオーラのおかげで、同席していた僧侶たちにもすっかり感心されてしまった。

待合室で読むつもりで持ってきていた資料なんて、開きもしなかった。
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by mariastella | 2015-02-02 03:07 |

イズー君の話

8月の半ば、イズーの一歳の誕生日を祝った。

ネットでよく言われる「中二病」と言うのが私にはよく分からなかったが、このイズー君を見ていて、分かった。

ほんとにおバカだし、一時は、寝ていない時はいつも走っていて、歩いているのを見たことがなかった。

猫はいわゆる「斜め跳び」というのをする。威嚇と恐怖のまじったような時で、背を丸め、尻尾もカーブさせて足をそろえて怖い顔で斜め後ろに跳ぶのだ。でもイズーは、その斜め跳びのスタイルのままで全力で前に走っていくことがある。信じられない。

猫ブログや猫マンガで、ネコに向かって指をピストル型に構えて「パン!」というところりと腹を見せて倒れる芸をやる猫を見かける。あれが憧れでやってみたかった。

イズーは幸い、最初からおなかを見せるのが好きでおなかも肉球も触り放題というタイプだったので、教えることにした。
食事の前に、まず「お座り」と言って座らせた後、押さえて伏せにして、「ころり!」と声をかけて一回転させることにしたのだ。

そのうち、フランス人にも分かるように、「お座り、クッシェ!(伏せ)」というのを足すことにした。
すぐに覚えたが、お座りをとばして、餌を見るとすぐに伏せをして一回転するようになった。

隣でスピノザお兄ちゃん(おじいちゃんと言っていい年だが、私は自分のことをママと言うのでイズーには「ほら、お兄ちゃんが…」などと言うことになる)は、お座りして私の指示を待っている。サリーちゃんが生きていたころに並ばせて振付けしたものだ。メロディに合わせて二匹が順番にお手をすることになっていた。

イズーも大きくなってくるとさすがに、「ころり」をするのはどうも自分だけで、お兄ちゃんには要求されていないということが分かってきた。

それで一時は、絶対にころりをせずに、ハンストと言うか、餌から背を向けて去って行ったこともある。太り気味だからこちらも気にしない。

よくよくおなかがすいたり、特別おいしいメニューの時は、言われなくても自主的にころりをする。

はじめは壁際で回転して壁につっかえて回転しきれないで失敗することもあったが、それはカウントに入れてもらえないので今はちゃんと位置を定める。

イズーが他に分かるのは「じゃらん」ということばで、お気に入りの猫じゃらしの呼び名だ。

「じゃらんをもってきて」と言うと必ずどこかから持ってくる。

はじめはお気に入りのおもちゃでいつもそばに置いておきたいのかと思ったが、はっきりと「これで遊んで」と要求しているらしく、私が起きると寝室の前でじゃらんと一緒に待っているし、私が書斎に上がるとじゃらんと一緒に上がってくる。

端を咥えるので、もう一方の端が階段に当たってカタンカタンという音がする。

階下で本を読んでいたりすると、カタンカタンという音が聞こえてくる。

それでも気が付かないふりをしながらそっと見ていると、私の足もとにじゃらんを置いて、それからその前で座り込む。

これってまったく犬みたいだ。

犬が猫みたいなふるまいをしたら(人を噛むとか引っ掻くとか)安楽死ものの大事件だが、犬みたいにふるまう猫ってすごくかわいい。得な動物だ。

イズーは何しろ12年半ぶりにうちに来た仔猫だったから、「猫かわいがり」した。

マヤ、スピヌー、サリーと性格や行動パターンが決まっていたから、新入りのイズーが当然だけれど生まれながらに全然別のタイプであることは新鮮だった。

イズーのおかげでスピヌーもすっかり若返って毛の艶もよくなった。でもスピヌーほどいい性格の猫は見たことがない。そのスピヌーがもう13歳を超えて、5年後にはもう生きていない確率が高いのが信じられない。

誰かが、愛するということは「愛することを意欲することだ」と言っていた。

それを言うなら、猫はただ無条件にかわいいから、愛することに努力や意欲を必要としない脊髄反射的「猫かわいがり」なので、「愛する」のとは違うのかもしれない。

人間の子どもなら確かにかなり努力して「愛することを意欲」しないと、ちょっとしたことで失望したり裏切られたと思ったりしかねない。

私は「子供より猫がかわいい」とか「子供がいなくても猫がいれば平気」とかいう人に共感できると思っていたこともある。老後に世話してもらうなどの見返りをつい期待してしまう子供よりも、自立を想定せずただ世話をして看取ってやる猫への愛の方が無償で純粋かもしれないと思うこともあった。

けれども、「努力の必要な愛」というのを養っていく、という点では、人の子供の方がはるかに難しい。難しいことに挑戦することは、「猫かわいがり」の癒しよりもきっとずっと意味があるのかもしれない。
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by mariastella | 2014-09-04 07:56 |

異種共存と異世代共存の効用

子猫がうちへきてからひと月半になる。

「I」の年なので「Izou」(イズー)と名付ける。「いじゅちゃん」と呼んでいる。

母親はシャルトルーなのでグレーの猫。

歩いているのを見たことがない。

寝ている、食べている、隠れている、いたずらしている、狙っている、甘えている、などで静止状態になることはあるが、動いている時はいつも走っているか跳んでいる。

あるいはスピノザに飛びかかっている。組み倒されて咬まれたりするのだが、実は全然痛くされていないことは、起き上がってすぐにまたかかっていくことからもわかる。

真正面からでない限りスピノザは取り合わないので、オンブ状態になってずり落ちてしまうこともある。

スピノザは12年近く、一度も一匹だけで過ごしたことがなかった。最初は兄弟たちがいたし、うちに来た時にはマヤがいて、その後サリーと9年もいっしょにしっぽり過ごしていた。

3年前にサリーが死に、今年のはじめにマヤが17歳で亡くなった。

それから体をよく掻くようになって、かさぶたがあちこちにできた。毛艶も今ひとつ悪い。

ノミよけの薬はもう12年半も毎月飲ませているのだからノミではない。ブラシをかけてももちろんその兆候はない。獣医はアレルギーかもしれないと言った。

直感的に、子猫を連れてきたらことは解決すると思った。

正解だった。

全ては変わった。

人と猫という異種との共存も貴重だが、世代が多様化するのも大切だと思った。

今のスピヌーとイズーでは、いっしょに育ってきたサリーとのような「しっぽり感」はもちろんないが、スピヌーは明らかに若返って、自信を取り戻して(何の自信だ?)、毛並みも艶々、イズーに対しては、長老風味、なかよし親父、こわもての体育教師(体罰付き)、ワル兄貴、の役割を全部果たしている。

スピヌーがイズーを組み伏せると一応こちらはスピヌーの方を叱るが、その中にも、「ほら、あんたはお兄ちゃんでしょ、この子がどうしようもないのは分かるけどさ、そこはまあまだ子供なんだから、私たちも我慢してるんだから、協力してよ、」というニュアンスがあってスピヌーもそれをキャッチしている。

今さら子猫を飼って、この子がマヤのように17年も生きたら、面倒みられるのかとか、掃除が大変、片付けが大変とか、マイナス面も考えたが、「猪突猛進のおバカな子供」と共存する楽しさは想像を絶するものだった。

子猫を飼うのは12年半ぶりなので忘れてたよ。

みんながなごむので、こういうのを見てたら、人間同士で、血のつながりのない養子縁組だとか、白人が黒人の子を養子にするとか、文化の違いとか、についていろいろ悩むのはほんとうに馬鹿げているなあとつくづく思う。

私とは異種で、スピヌーとの血のつながりもなくて、この先自立する可能性もなく一生食べさせてやらなくてはならないことも分かっていて、それでいて、イズーといっしょに暮らすのを決めたことには「幸せ」しかないのだから。
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by mariastella | 2013-11-30 23:55 |

ゲイのカップルについて解けた謎

西原理恵子さんの「毎日かあさん」のネットで見ることのできた分(2013/10/7)に、西原母娘がネット動画の子犬や子猫をよだれを垂らしながら見ているシーンがあった。

そばには本物の猫や犬がいて、「わたしがいるのになにごとですにゃー」とか「どうしてこっち見てくれないわん」と言う。
あわてた娘さんは「そ、それはそれ、これはこれ」と弁解し、母は、

「たとえ彼女がいてもエッチな画像を見てしまう男心とは今のこの状態を指します」

と娘に説明する。

ついでに、猫カフェについて「お店に新しい子入りました」と情報が入ると、「何、若い子か ?」と色めきたち、子猫を見ると「ちょっとさわってええかー」と相好をくずす客について、

「世間のおとうさんがキレーな女の人のいるところでお酒を飲む」

のと同じだと解説する。

笑えた。

私は毎日毎日、一度はネットで猫ブログや猫サイトを開いて、動画を見たり写真を見たりしては「かわいいー」とでれっとするのだが、その横には本物の愛猫のスピノザがちょこんと座っていたり、しっぽでキイボードをぱんぱんしたりしているのだ。
もちろん本物の猫もしょっちゅう撫でてやったりかまってやったりするが、他のかわいい猫を見るのも飽きない。

西原さんの説明はすごくよく分かる。

彼女がいるのにエッチ画像を見たりキレーな女の人に接待しにもらいに行ったりする男は、こそこそやらないと、たいていは彼女に叱られるだろう。

で、私がいつも不思議に思っていたのは、私の周囲にいるゲイのカップルの自宅に筋肉質の男のヌード写真や絵やオブジェがあれこれ飾ってあり、レズビアンのカップルの自宅には、豊満な女性ヌードの絵などが飾ってあることだった。

現実の自分たちよりもたくましい男の体だとか、セクシーな体の若い女の体などを自分の相方が見るのは嫌じゃないのだろうか。外見よりも人間性、取り換えのきかない自分だけを見てほしいと思わないのだろうか。私なら「自分の彼」がどこかの美女の写真を観賞用に飾っておくなどとても我慢できない。

しかし、どうやら、同性愛カップルの彼らや彼女らは、それらの「観賞用の図像」をいっしょに眺めては鼻の下をのばしているらしい。その心理が分からなかった。

そうか、猫か。

猫好きな人は、自分の猫はもちろん大好きだけれど、よその猫も好き、姿を見るだけでも好き、子猫の画像など見てうっとりしたり肉球の画像を見て萌えたりする。
それで自分の猫への愛が減るわけでも何でもない。

それに比べると、男女のカップルというのは良くも悪くも「飼い主と犬」との関係のように共依存的なものが多いのかもしれない。

互いに「ナンバーワン」や「オンリーワン」の忠誠を求めたくなるし、そのような「特別の関係性」の維持を前提としている。
子育てなどには安定した家庭が必要だからおのずとそうなっているのだろう。

男女の関係があまりにも「対等」で「自由」だと、簡単に別れそうだ。

いわゆる「夫唱婦随」など、微妙な「支配‐被支配」の関係が合意されている方が長続きするのかもしれない。

それは互いの「所有」意識にもつながる。まさに「自分の彼」とか「自分の彼女」だからこそ危機管理が必要となるわけだ。

で、犬は「自分の犬」になっても、猫は完全に「自分の」猫になどなってはくれない。

猫はただ、かわいい。

猫好き同士が猫写真や猫グッズを見せあってデレデレしているのが楽しいように、同性愛のカップルが魅力的な同性の写真や絵をいっしょに眺めてデレデレするのもさぞや楽しいのだろう。

そうなると一番つらいのは同性愛者なのに世間的な理由で異性と家庭を持って暮らしているような人たちだろうな。

人生の雨の日にも嵐の日にも絶対に変わることなく寄り添ってくれる犬と暮らす人はもちろん幸せだ。

猫型同居か、犬型同居か・・・

うちでは犬を飼いつつ、よそでは猫にデレデレするのは許されるのか。

人でも動物でも、苦しい時とか弱った時にどのような思いやりを自然に持てるのか、あるいは育んでいけるのかが永遠の課題なのかもしれない。
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by mariastella | 2013-10-10 00:44 |

リシュリューの猫 その8

このシリーズ最後はリシュリューの一番のお気に入りだったという

Soumise スミーズちゃん。 

ペルシャ猫だったらしい。いつも膝に乗せていたとか。

このネーミングは何か不思議だ。

Soumiseとは服従した女性、従順な女性という意味だ。

猫、特に雌猫にはあり得ないような性質である。

いや、ひとつだけあり得るかもしれない。

スミーズちゃんのことを考えるとどうしてもラグドールを連想してしまうのだ。

ラグドールは抱き上げると腕の中でぐったりと脱力するのでぬいぐるみのようだと言われていて、抱っこ好きの猫飼いなら一度は憧れる。

1960年代にアメリカでアン・ベイカーという人が、ジョセフィーヌというペルシャ猫の産んだ3匹の子猫たちがみな異常におとなしくて愛情深いことに気づき新種として改良することを思いついた。

売りだすにあたって、猫が抱っこに抵抗せずに、布の人形ラグドールのようにぐったりと身を任せることの不思議について、遺伝子の突然変異だとか、神さまのプレゼントだとか、宇宙人に拉致されて返されたからだとか、さまざまな説が広められた。

新種猫の販売にマーケティングが利用された最初のケースだと言われている。

ラグドールはあまり声を出さずひたすらおとなしく、室内にいるのが好きでおっとりしている。警戒心がなく簡単に服従する。

「服従」…。スミーズちゃんそのものだ。

といっても、猫飼いは、猫を犬のようには服従させようなどと思わない。

抱かせていただければ、愛撫させていただければそれで望外の幸せを感じる。

普通は、猫飼いの方が猫に服従しているくらいだ。

腕の中でぐったり身をまかせてくれるなんて、猫飼いなら想像しただけでも萌えるだろう。

これまで見てきたようにリシュリューの他の猫たちはけっこうにぎやかでいたずらっぽいイメージだ。

そんな中に、突然、一匹だけ、ぐったりごろにゃん猫が登場した。

20世紀のアメリカで「これは売れる」と思って商品化された最初のラグドールたちのように、ペルシャ猫の中には、何らかの変異で警戒心がない脱力系が生まれることが昔からあったのかもしれない。

だとしたらリシュリューのお気に入りになったことも分かる。

リシュリューは権勢を誇っていたが、失脚した王母や王弟をはじめとして多くの敵がいたし、陰謀、暗殺計画もたくさんあった。
それを事前に摘発するために公的なスパイ制度をはじめて作った人でもある。
心の休まる暇はなかっただろう。命を狙われ続けていた。

逆にリシュリューの怒りをかわぬよう表向きは忠誠を誓っていた人や服従していた人ももちろん多い。

そんなリシュリューには犬は必要ではなかった。三銃士のような親衛隊を何百人単位で抱えていた。

で、自由でおもねらない猫たちに安らぎを求めた。弱い猫を無償で保護し愛して、さらに自分の方が猫のご機嫌をうかがうことに倒錯的な喜びすら覚えたかもしれない。
いや、カトリックの高位聖職者の称号を持って説教などしていた人だから、猫に対する時にだけ「弱者に仕える」キリスト教的愛の実践をすることで良心に折り合いをつけていたのかもしれない。

そんな自由奔放、我儘放題の猫たちの中に、唯一、天然ラグドールの美しいペルシャ猫がいた。

スミーズちゃん。「お気に召すまま」ちゃん。

権力者に対する下心もおもねりも恐れも崇敬もなく、ただ、ぐたりと身を任せる猫。

フランス絶対王政の基礎を作り軍事にも政治にも文化事業にも超人的なパワーを発したリシュリューのさぞストレスフルだった生涯を思う時、スミーズちゃんは彼にとってこそ「神からの賜物」だったのだなあと思う。

今、多くの国でラグドールは純血種のうちトップ・テンに入る人気者である。

1960年代半ばにラグドールの母となったペルシャ猫の名が、フランス革命を経てナポレオンが皇帝になった時にナポレオンの手から冠を受け取った皇妃ジョセフィーヌの名だった。
ジョセフィーヌはナポレオンとの間には嫡子が生まれなかったが最初の結婚で生まれた娘を通して孫が後の皇帝ナポレオン三世となっている。
奔放で恋多き女性だったので従順とは正反対の人だったが、「ラグドールの母猫」の名として猫の歴史にも縁ができたわけだ。

リシュリューが今この記事を読んだら、なんというだろうか、ちょっと聞いてみたい。
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by mariastella | 2013-08-23 00:20 |

リシュリューの猫 その7

13番目の猫はGazetteガゼットちゃんだ。

ガゼットとは後に「新聞」となる定期刊行物である。

リシュリューはフランスで最初のガゼット発行を主導したことで歴史に名を残す。

発行者はテオフラスト・ルノドーだ。

ルノドーは、プロテスタント出身の医師だった。後にリシュリューが陥落させたプロテスタントの牙城モンプリエの医学校では、プロテスタントの学生でももちろん受け入れられていたから医師になれたのだ。

17世紀の初めごろ、社会の貧富の差が拡大し庶民が苦しむのを見て、社会改革を目指し、マリー・ド・メディシスの内閣に『貧者の条件について』という論文を上奏した。

それが評価されて1612年にルイ13世の侍医の一人としての称号を得るがカトリック勢力にはばまれた。

結局1625年ごろにカトリックに改宗し、リシュリューの内閣に参与した。

求人と求職の情報を載せる印刷物も発行している。社会政策を標榜することは変わらなかった。

同じ流れで、1631年5月30日に、フランスで最も古い週刊新聞となった『ガゼット』をリシュリューの肝いりで刊行したのだ。

ガゼットとは装丁なしの情報誌で、その語源はヴェネツィアのGazeta de le noviteという新聞が16世紀の貨幣gazeta硬貨一つの値段だったからだとか、宝や富をあらわすラテン語のgāzaに由来しているのだとか諸説ある。

ともかく政府主導で刊行され800部を刷るようになったこの新聞が、『ガゼット・ド・フランス』と名を変えて革命時代なども経てなんと1915年まで続いたというのだから大したものだ。

ヨーロッパ全体で見ると最も古い新聞はストラスブルクで1605年に発行された4ページの週刊紙で、« Relation aller Fürnemmen und gedenckwürdigen Historien »(すべての重要で記憶すべき話の報告) というものだった。

フランスのガゼットより後にスウェーデンのクリスティナ女王が1645年に出した新聞はなんと2006年末まで続き、その後も紙はなくなったが今も電子版が続いているというから、ヨーロッパの新聞の息は政治形態よりも安定して長いようだ。(イギリスの最初の定期刊行物は1622年の『Weekly Newes from Italy』だったそうで詮索するとそれもなかなか興味深い。)

さて、リシュリューの『ガゼット』は金曜発行の4ページ(週に寄っては12ページに上った)もので、外国のニュースとパリのニュース、宮廷のニュース、外交と政治情報が主な内容だったが、当然リシュリューの政策を支持するものである。
1634年には主だった事件を特集する別冊も発行されるなど人気を博し、17世紀末には郵便制度の発展によってかなりの部数に達したらしい。

リシュリューは1642年に、ルノドーも1653年に世を去り、ルノドーの子孫によって受け継がれたガゼットは、ルイ14世の絶対王政の時代を経て1762年、『ガゼット・ド・フランス』として政府の広報紙になった。

それ以来、政権が目まぐるしく変わっても、時の政府の広報誌としての役割を果たした。革命で国民国家の概念が生まれルイ16世が処刑された後は『ガゼット・ナショナル・ド・フランス』となり、ナポレオン時代にも慎重に中立を保ちながら1915年まで存続したのだ。

ガゼットちゃんという名の意味と語感からは、あちこち飛び回っておしゃべりな猫がなんとなく想像される。

『ガゼット』が登場した1631年に以後に生まれた猫なのだから、リシュリューの死の床の近くにそのガゼットちゃんが丸まって静かに喉をならしていたという可能性も、充分あるだろう。

「ガゼットはどこだ」と猫を探すリシュリューに新聞を持ってきたり、

「ガゼットはどこだ」と新聞を探すリシュリューのもとに猫を連れてきたりした召使もいたかもしれないな。
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by mariastella | 2013-08-22 02:23 |

リシュリューの猫 その6

雄猫のPyrameと雌猫のThisbe 。

ピラムくんとティスブちゃん。カップルだったのだろうか。

古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学の名作『変身物語』に出てくるバビロンの有名な恋人たち「ピュラモスとティスベー」にちなんだ名である。

リシュリューはこの2匹がいつも脚をからませて抱きあって眠っているのを見てこう名づけたという。

「ピュラモスとティスベー」はロメオとジュリエットの原作になったとも言われる話で、隣同士に住む美男美女が恋におちたのに父親同士に反対されて駆け落ちの約束をし、ティスベーがライオンに喰われたと勘ちがいしたピュラモスが悲観して自殺、それを見つけたティスベーも後を追い、2人の灰は同じツボに入れられたという悲劇だ。小アジアの河の名にもなった。

くわしくは日本語のwikipwdiaにも載っているので見てほしい。

でもこのリシュリューが猫を見て連想したという2人の恋人の絵だが、1619年には挿絵つきの本が出回ったというからリシュリューの見たのはそれだろうと思ったのだが、国立図書館のサイトで見られる原典の画像のはぱっとしない。


ローラン・ド・ラ・イール(1606-1656)というバロック画家でリシュリューが自分の宮殿のために絵を描かせた人がいて、その人の描いたこの悲劇のシーンはこれ


この絵がリシュリューの所有していたものかどうかは知らないが見た可能性はある。

リシュリューの死後に描かれたものではこういうものがあって

これはなかなかの迫力だ。

こういうテーマの絵は、先人の構図を継承することが普通だから、どちらにしても、この2作に近いものをリシュリューは見ていて、重なり倒れている2人の恋人の姿から2匹の猫の名をインスパイアされたわけだろう。

悲劇のシーンであるはずなのだが、猫というものは、寒い時こそ丸くなっているが、暑い時は、本当に行き倒れているのかと思うほどばたりとのびて脱力しているので、それが2匹折り重なっていたら確かにこんな感じになるだろうなあ、と思う。

リシュリューって教養がある。一応カトリックの高位聖職者なのに神話にのめり込んでいていいのかね。
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by mariastella | 2013-08-20 01:36 |

リシュリューの猫 その5

さあ、後6匹。

Rubis sur l'OngleとSerpolet

リュビー・シュル・オングルくん、つまり「爪の上のルビー」くんは大のミルク好きだったそうだ。

フランスは酪農国だから牛乳はふんだんにある。そして「猫はミルク好き」と決まっている。

昔の日本人が残り飯に味噌汁をぶっかけたものを猫飯としたように、フランス人は硬くなったフランスパンの残りをミルクに浸して猫パンにしていた。

これを猫と犬の両方に与えていたフランスの農家の人を見たことがあるが、猫は喜んでパクパク食べ、犬は悲しそうな顔をして飼い主を見上げたのを覚えている。

今は人間と同じで成猫にはミルクは消化できないのでやってはいけないなどと言われているが。

「爪の上のルビー」というのは別に爪が紅いわけではない。

Rubis sur l'Ongleとは口語の慣用句で「すっかり、きっちり」と言った意味だ。

リシュリューと同時代の17世紀が起源の言い回しで、ルビーというのは、あの紅い宝石ではなくて、赤ワインの最後の一滴のことだ。

最後の一滴は、爪の上にたらされて、舐められたと言う。

金をすぐにきっちり払うという意味でも使われるようになった。

この表現は今でも通用しているのだがその由来を知らずに、ルビーの指輪をはめているような人は金持ちで金払いがいいという意味じゃないのか、と思っている人もいる。

「爪のルビー」くんはミルクの入った皿をいつもさぞぴかぴかに舐め上げていたのだろう。

少なくなってきたらほんとうに前足ですくうようにして最後の一滴を爪にひっかけようとしていたかもしれない。

なかなかフランス的でかわいい響きの名だ。

セルポレくんの「Serpolet」は香草タイムの一種で日光を好む性質がある。

セルポレくんは猛烈に日向が好きだったそうだ。

時に連れて陽だまりが移動していくと、そこから離れないようにこまめに移動していく猫の姿はほほえましい。

たまに黒猫で強い日の光を浴びて寝てしまって温度が上がり過ぎ、自分でもあわてて熱くなった側を影の床にすりつけて冷ましている猫がいるが、それも愉快だ。

パリの緯度は高いので冬は部屋の奥まで陽がさす。

でも17世紀は寒冷期に向かった時代だから陽の差す日は少なかったかもしれない。

こたつのない国の猫たちは暖炉の前に集まって丸くなっていたのだろうか。
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by mariastella | 2013-08-19 01:47 |

リシュリューの猫 その4

猫マニアのことはfélinomaneとよぶ。

一代で王家をしのぐ資産を築いたリシュリューもフェリノマーヌだった。

リシュリューは私財を投じてソルボンヌの立派な聖堂を造らせたし、アカデミー・フランセーズの基礎も築いた。

アカデミー・フランセーズは今でもフランスで一番権威のある学者組織であり、フランス語学士院でもある。

空席ができた時にだけ新入会員が選ばれる。その挨拶は時代がかっていて厳粛なものだ。

でもその厳粛な席に猫が迷い込んだら…

リシュリューの猫の名にPerruque とRacan がある。

ペリュック(鬘という意味)ちゃんは、アカデミー・フランセーズの名士の鬘から落ちた雌猫だそうだ。

当時の王侯貴族や公人がくるくる巻き毛の長い鬘をつけていたのはよく知られている。
けれどもリシュリューはカトリックの枢機卿の称号を持っていたので赤い枢機卿の帽子をかぶっているから、大仰な鬘などつける必要はなかった。

この猫のエピソードを読んだ時、厳粛なアカデミーの席で、リシュリューの愛猫がアカデミー会員の頭に上ってその鬘を落としてしまったのかと思った。

でも、落ちたのは猫らしい。

周りにいたみなが一瞬鬘が落ちたと思ってあせったのだろうか。
その猫はどこから来たのだろう。

ともかくその猫はペリュック(カツラ)ちゃんと名付けられた。

で、雄猫のラカンくんとは、件のアカデミー会員のラカン侯爵の名をいただいたのである。

詩人のラカンさんはリシュリューより4歳年下で、リシュリューの指揮のもとにプロテスタントのラ・ロッシェルを攻めた戦争にも参加している。
成立したばかりのアカデミー・フランセーズの30番目の席(今でも定員は40名)を与えられたのは36歳の時だ。肖像画を見ると鬘も頭頂部が薄い感じで、ユーモアのセンスにあふれた顔には見えない。

でも夢見がちの人だったというエピソードも伝えられている。

鬘に猫が乗っているのに気がつかなかったのか、巻き毛の鬘になら猫は絡まってぶら下がるのではないか、そもそも猫は「落ちる」のか、飛び降りるのではないか、などという疑問が渦巻く。
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by mariastella | 2013-08-17 06:51 |

リシュリューの猫 その3

リシュリューは軍人になる教育を受けていた。海軍士官学校で、馬術、剣術、ダンスのレッスンも受けていた。バロック・バレーを踊っていたわけだ。

ところが司教になるはずだった兄が急に修道僧になると言いだしたので、家族の領地であるリュソンの司教になるべく進路を変更、ローマで4年間神学を学び、21歳で司教に任命された。

26歳が司教になれる最低年齢だったので洗礼証明書をごまかして26歳としたらしい。

さて、今回は

Mimi-Paillon とMounard le Fougueux

ミミ・パイヨンはアンゴラの雌猫

ミミは日本の「タマ」のように今でもフランスの猫のスタンダードな名前だ。フランスの猫は「ミィアウ」となくことになっているから鳴き声に由来する名前だろう。
ミミはミニヨン(mignon=かわいい)にも通じる。
今のフランス語で「mimi」と言えば「カワイー」ということ。猫一般の愛称、何でもかわいいものの愛称にもなっている。

パイヨンは鳥がピヨピヨと囀る感じだ。小柄でかわいい声でよく鳴く甘えん坊な猫を想像する。

ムナール・ル・フグー(勇みのムナール)くんはいたずら好きで喧嘩好きでおしゃべりな雄猫だったそうだ。

ムナールとは鋭い声を発する空想上の動物で、mouton(ムトン、羊)とrenard (ルナール、キツネ)または canard (アヒル)の合いの子だという説もある。
羊の鳴き声とアヒルの鳴き声を混ぜたようになく猫を見て「こりゃ、ムナールだ」と名付けたというエピソードが今のウェブにも載っているくらいだから、勇みのムナールくんも、「ギャアアー」と独特の鳴き声を発しては喧嘩に出かけていたのかもしれない。
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by mariastella | 2013-08-16 07:03 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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