L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 233 )

ジョニー・アリディとエディット・ピアフ

ジョニー・アリディとジャン・ドルメッソンの生と死の語られ方について、「たかが、かた」のブログ に投稿したら、多くのアクセスがあったのでここにその後の話を書いておく。(注:その後、正しい情報が入ったので、日付や場所などを訂正しました。12/9)


コメントでも、ドルメッソン自身が、コクトーの死がピアフの死でかすんだことを上げて、作家はスターと同時に死んではいけない、という動画を教えてもらった。

笑える。

それでもかろうじてジョニーより一日早く亡くなったドルメッソンの方は金曜日にアンバリッドでマクロンが追悼セレモニーをした。

で、ジョニーの方は、翌日にシャンゼリゼで700台のオートバイに並走される葬列がマドレーヌ寺院まで行き、そこでもマクロンが短いスピーチをするそうだ。

その後は、12日の火曜日に、パリから遠く、カリブ海にあるフランス領サン・バルテレミー(2008年から別荘を持っている)島の墓地に埋葬されるそうだ。

離婚と再婚を理由に教会での葬儀を拒否されたエデット・ピアフが10万人の群衆に囲まれて16区からペール・ラシェーズ墓地に直行し、今でも墓参の人が絶えない有名スポットとなったのは対照的だ。

ジョニーがカリフォルニアとパリ近郊の大邸宅に暮らし、死後はうんと遠くに埋葬されたかったことを思うと、莫大な財産を持つスターの本音とはどんなものだろう、と思ってしまう。

ピアフの方は莫大な借金を残して死んだ。

麻薬とアルコールでボロボロ状態で早く楽になりたい、と言っていたが、なんと、まだ47歳だった。ジョニーの74歳と30年近くの差がある。

ジョニーは、若い頃は不健康だったろうが、としを取ると共に筋トレしてマッチョな体からどんどん声量を増やしていった。

彼のファンは、そのエネルギー、迫力、力強さにしびれていた。

それに比べると一世を風靡した女性歌手は意外に若く死んでいる。

ピアフもそうだが、ダリダも54歳、日本なら越路吹雪56歳、美空ひばり52歳などだ。フランスではバルバラが67歳でエイズで没した。72歳で現役で活躍して講演活動もしているシェイラだとか、80代で啓蒙活動を続けているナナ・ムスクーリ(70歳で歌手引退を宣言している)などには、「堅実な幸せ」感がある。「力」で老若男女を惹きつけるという選択はない。

アイドルの栄枯盛衰には明らかにジェンダーの差があるような気がする。

ジョニーは多くの男たちのアイドルだ。夫婦で大ファンという人もたくさんいる。

それほどに熱狂的な女性ファンがいる女性歌手は思い当たらない。

宝塚のスターには熱狂的女性ファンがいるが、男性ファンは例外だろう。

熱狂的男性ファンがいる女性アイドルは「消費」されることが多い。特に、集団の熱狂は「消費」型だ。

熱狂的男性ファンというと、サッカーのサポーターも連想する。

男性ファンはジョニーやスター選手のカリスマ、強さ、男らしさに夢中になる。

女性のアイドルやスターに対しては、若さや美しさを愛でたり欲望の対象にしたりする。

ファンや、スターやアイドルを取り巻くポピュリズムには明らかなジェンダー差があるのだ。

そして何度も言うが、「強さを礼賛」することは、危険だ

見たくなくともいやになるほど流されるジョニーの舞台のパワーを見て、すなおにすごいなあ、と思う。

私はフランス・バロック音楽の奏者だ。音楽的には対極にある。でも、人は、「大きい音」「音量」に惹かれる。

特に、大勢が集まる場所(それは商業的に成り立つ場所ということだ)で大音量を聞きたい。百人のオーケストラとか、増幅される電子音とか、絶叫する歌手とかに夢中になり、連帯感を持ちたい。

サッカー・スタジアムで声を合わせて叫びたい。

そのことの不条理を感じる。

それこそドルメッソンはいいことを言っていた。

「深いものとつながっている軽さには美がある」

と言って、モーツアルトの音楽を挙げているのだ。

私がラモーに感じていることと同じだ。ドルメッソンならラモーの美しさを分かるだろう。

ジョニー・アリディをめぐる大騒ぎに対してこのようにいろいろ考えてしゃべる私に対して、私の周りの人間は

「興味がない、もうその話はしないでくれ」

と切り捨てる。

私は切り返す。

「ヒットラーが台頭した時に、ドイツ人の全員が熱狂したわけではない、でもその時に『興味がない』と無視した人がいたから、結局は歴史の歯車が回ってしまった。だから、全体主義的な盛り上がりがメディアを覆ってしまうような時こそ、少数の意見の存在をどうしたら届けることができるのか、残すことができるのかを考えるべきだ」

と。

私のこの意見は、かろうじて切り捨てられないで聞いてもらえているのだが…


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by mariastella | 2017-12-09 00:05 | フランス

「主の祈り」をめぐって その5

さて、ルヴェリエ師の話を聞きたくてわざわざやってきたのに彼がいなかった12/3のミサ、いよいよ、「主の祈り」が始まる。

司祭はあっさりと、

「いいですね、ne nous laisse pas entrer en tentation ですよ、

わかってますね、ne nous laisse pas entrer ententation と言うんですよ、

ne nous laisse pas entrer en tentation ですからね」

と三回くらい繰り返してから始めた。

何しろ前の週とか前々週に来ていないから分からないけれど、相当前から、12/3から変わりますからね、と言われていたのだろうな。でも、普段は教会に来ていないけれど待降節だから来てみよう、という人がいたら、「えっ、何? 何のこと? 」と思ったかもしれない。

無事に唱和が終わって、それでも別に「はい。よくできました」と言われるわけでもない。

その後が聖体拝領。

これも、歌を歌わないので他の人たちをぼーっと眺めていると、口をもぐもぐしている人が一人いるのに気がついた。

私はホメオパシーの薬の要領でホスチア(聖体パン)が舌の下に入れて溶けるのを待つ。ホメオパシー的にはこれが一番吸収が早いとか。でも、今まで、かじるとか噛むとか考えたことがなかったけれど、ひょっとして「食べ方」ってあるのだろうか。

後で、フランス人(第二バチカン公会議前のカテキズムを受けた世代)に聞いたら

「それは噛んじゃいけない」
「どうして?

「キリストの体なんだからリスペクトを欠くから」

「えーっ、そんなこというなら、キリストの体を食べること自体がリスペクトを欠くじゃない。大体これはミトラ信仰の名残のカニバリズムで云々…」と私。

さらに、「それに、これって、ただ溶けるのを待っていたら口蓋にくっついたりするでしょう。ドライマウスの人はどうするの? 喉に張り付いて窒息死する病人とか老人とかの例は絶対にないの?

考えてみれば、何十年も飲み食いしない完全断食者の神秘家がホスチアだけはするりと喉を通っていく、という記録はよく読んだことはあるけれど、その時はあまり疑問を感じなかった。

第一次大戦の従軍司祭が、傷病兵の間をまわって赦しの秘跡を与えて無理やり口をこじ開けてホスチアを入れるシーンを最近の映画で見たけれど、あれだって、誤嚥で窒息させそうだ。

ギリシャの正教では信者が自分で普通のパンを持って行ってそれを聖別してもらって食べるのだから、しっかり噛まないと無理だろう。

実際、試しに検索しても、食べ方など決まっていないようだ。フランスのカトリックのホスチアは薄くて軽くてすぐに溶けるし、一度口に入れた後では誰も口を開けないから、みなが同じようになるのだろう。でも、寝たきりで嚥下能力のない老人とか胃瘻の人はどうするのだろう。小さく砕いてからあげるなんてことはあり得るのかなあ、などといろいろ雑念が。

ホスチアを口にしただけでキリストと合体して恍惚となる古来の神秘家はすごい。

それにしても、「キリストの体」を食べるという発想はぶっとんでいる。

で、シンメトリーをなす「主の祈り」の真ん中であり、ユダヤの修辞法的には最も大切である「わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください」という部分にもう一度注目しよう。

これを、「父なる神に今日のパンをねだる」のでもなく「荒野で降ってくるマナ」でもなく、これこそが毎日のミサでいただく「キリストの聖体」なのだという解釈もある。

わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします

6. わたしたちを誘惑におちいらせず、

7. 悪からお救いください。

7 がかなえられれば 1 が成就し、

6 がかなえられれば 2 が成就し、

5 がかなえられれば 3 が成就し、

それを可能とするのが 4 で、キリストの体を自分の中に受け入れるという毎日の秘跡だというのだ。

キリストと一体になれば神の国が実現し救われる。(続く)


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by mariastella | 2017-12-07 00:05 | フランス

ジョニー・アリディとジャン・ドルメッソンの死

12月5日から6日にかけて、24時間程の間に、フランスの国民的作家でジャーナリストで映画でミッテラン役も演じた人気パーソナリティのジャン・ドルメッソンと、やはり国民的アイドルのロック歌手で映画俳優としてもいい味を出していたジョニー・アリディ(私の若い頃の日本ではシルヴィー・ヴァルタンとのカップルというイメージがあった。テレビの「ヒッチコック劇場」に挿入されるレナウンのコマーシャルにシルヴィーが歌うものがあり、そこでトレビアーン、などのフランス語を毎週聞いたのを覚えている)とが、亡くなった。

前者は元気とはいえ93歳だったし、後者は74歳だが肺癌の末期ケアだったからどのメディアも特集記事、追悼記事を「準備」していただろうけれど、24時間しかインターバルがなかったので、追悼の仕方、特集の組み方を観察するだけで、そのメディアのポジションとかが分かってなかなか興味深い。

この2人のビッグネームが没したことでいろいろ去来するものがあったので、いまや「健康ブログ」と化した「たかが、肩」に記事をアップした。興味がある方はどうぞ。





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by mariastella | 2017-12-06 22:18 | フランス

『マダムMadame』 Amanda Sthers 監督/トニ・コレット、ロッシ・デ・パルマ

フランス映画をもう一本

『マダム』


フランスのアメリカ人を描いた映画はカルチュラルスタディとしていつもおもしろいので観に行くことにした。

これはそれに階級差を配して、アメリカ人、イギリス人、フランス人の金持ちの間に東洋人、スペイン人のメイドらが加わる。フランスかぶれのアメリカ人の金持ち夫婦が、豪勢な自宅のディナーに、ロンドンの新市長のゲイ・カップルやアイルランド貴族の美術ビジネスマンなどを招待するが、13人になってしまって縁起が悪いのでメイドのマリアが友人に仕立て上げられる。マリアはできるだけしゃべるな、飲むな、と言われるのだが…。

一見、一種のシンデレラ・ストーリーとして始まるのだけれど、このシンデレラが、貧しいけれど実は美しくて若くて頭がいい、というのではなく、ブルジョワたちの美の基準(つまり、現代の商業的美の基準)に当てはまらないような個性的な容貌のロッシ・デ・パルマ。ペドロ・アルモドバルの映画での常連である50代の熟年女性だ。大柄で顔も大きくインパクトがある。

監督はまだ30代の若いフランス人女性作家で、フランス人らしくインターナショナルだ。

母親がブルターニュの弁護士、父親がチュニジアのユダヤ人精神医でマイアミの大学でも学び、パリのテロの後でロスアンゼルスに住んでいる。


夫役のハーヴェイ・ケイテルは78歳でこの役には年取り過ぎている感じだ。

で、夫婦とも、フランス語やフランス文化の個人授業を受けているという設定なのだけれど、どちらも相手と浮気する気が満々だというのは、フランスとフランス人へ向けるステレオタイプがベースで、すべて紋切り型でカリカチュラルだ。

最近の『ラ・メロディ』だとか『ル・ブリオ』でも階級差がステレオタイプに描かれていたにもかかわらずそこから引き出されるメッセージの方向性がはっきりしていたけれど、この『マダム』にはそれがない。

監督の目がどの登場人物に対しても等しくシニックなのだ。


大きなうねりもないし、結末の後味も良くないし、カルチュラル・スタディとしても人間劇としても失望した。

ロッシ・デ・パルマほどの個性的な人を使ったのに「途方もない感じ」を出せなかったのはもったいない。

私が映画に求めているのは何なんだろうと自問するという意味はあった。


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by mariastella | 2017-12-02 00:05 | フランス

パリのメトロと日本人学者。真鍋 淑郎

今年の春ごろから、パリの高速地下鉄RERB線の北駅の壁に、何やら難しそうな数式が色とりどりの背景色の中に書かれたものが並んでいる。普通は特大の広告が貼られる場所だ。

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このういうのとか

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こういうの。


一見して何の数式かよく分からないし、なんとなく不完全な気もする。

でも、いったい何なのか気になって、人々は答えを探してホームを歩くことになる。


すると、突然「Shukuro Manabe !」とだけあるものが出てくる。

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えっ、なんとなく日本人の名前らしいが、Shukuroってよく分からない。

その人が真鍋 淑郎(まなべ しゅくろう)という日本の気象学者で、今の地球の温暖化説を唱えた先駆者で有名な人だと後で確認する。

何十年もパリの地下鉄に乗っているけれど、日本人の名前だけが書かれているポスターなんてはじめてだ。

説明によると、これはれっきとしたアートで、2015年のパリの環境会議COP 21 を記念してLIAM GILLICK というアメリカ在住のイギリス人アーティストによる「連作」らしい。だから、複雑な数式にインスパイアされているとはいえ、全体としては「デザイン」、「モティーフ」だし、政治的メッセージもある御用アートといったところか。でも、かなり抽象的な数式をこうして並べて注意を引き、視線を動かすことには成功しているし、結果として印象は強烈だ。

イギリスのアーティストがパリのメトロに日本人の名前を書き、気象学の数式を並べる。なかなかシュールだ。


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by mariastella | 2017-11-26 00:05 | フランス

フランス映画とタバコ

つい最近、フランスの厚生大臣が、映画の中でタバコを吸うシーンを禁止する条例を出したいと言って話題になっている。


確かに、ひと昔前の広告や映画では、皆がタバコを吸っていたし、それが「大人のシンボル」だとか「自由のシンボル」とか、女性なら「解放された女性、自立した女性(要するに男性と同じことをする女性?)のシンボル」とか解釈される傾向はあっただろう。(前に書いたこんな記事でも昔の映画のタバコに触れた)


日本と違って未成年の喫煙禁止条例のないフランスでは、昔は小学生にでも「日曜日に一本だけ」と、特別の嗜好品みたいに与える家庭もあったようだ。


今はすごく減って、少なくとも私が自宅のパーティに招かれるようなブルジョワ・インテリ系の家庭では、もう誰も吸っていない。吸う人がたまにいても、庭に出ている。

食後酒の時間に葉巻を勧める人はたまにいる。


私が最後にホームパーティでの紫煙モウモウの現場にいたのは、2001年のサウジアラビアでのフランス人同士の社交の場だった。まあ、特殊な環境だからかもしれない。


で、先日観たドヌーヴの主演映画では、彼女も娘もひっきりなしにタバコを吸っている。これはかっこいいというより、要するに、強度のストレスに耐えかねての一時の逃避、という文脈だ。娘の方はタバコどころか麻薬中毒でもあるのだけれど。

確かにこの映画では、近頃珍しい、ヒロインの女性二人がタバコを吸うシーンの多さが記憶に残った。


で、今回の、フランス映画にタバコのシーンを映さない、という条例案が現実のものとなったなら、もちろんこの映画の中のヒロインたちのストレスの表現の半分が成り立たなくなる。


この件に関して今朝のラジオで哲学者が、「教育に悪い表現は検閲して削除すべきだ」というのはプラトンの時代からあった、と言っていた。『共和国』の中でソクラテスが、ホメロスの『オデュッセイア』の中にある、例えば、神の悲しみを描いた場所や神の怒りを描いた場所は、不適切だから削除せよ、と言うのだ。しかしそうした教育的でない不適切なシーンを削除していったら、本質的なものがほとんど何も残らない。第一、タバコのシーンが教育的でなく健康被害を招くと言うなら、暴力シーンだって、同性愛のシーンだって、差別のシーンだって「不適切」だということになる。映画からタバコのシーンを排除せよなどという政治による介入は「シャトー・ラフィット(最高級ワイン)にコーラを混ぜろと言うのに等しい」というのが。哲学者の結論だった。

私はなぜかキリスト教の聖書のことを連想した。


「不都合で教育的なことを削除せよ」という意見がキリスト教誕生よりも何世紀も前からギリシャで主張されていた意見のひとつであるというのに、同じヘレニズム世界に広まったキリスト教の中で、暴力やらインセストやら同性愛やら復讐やら裏切りやらのシーン満載の旧約聖書や、ナザレのイエスの苦悩や断罪や、弟子の裏切りやらを延々と描き、使徒たちによる女性差別的な表現も満載の新約聖書がそのまま伝わってきたことの驚きだ。


それらを根拠にしていわれなき抑圧のシステムができたことももちろんあったと思う。

けれども、あれほど執拗に「異端」をあぶりだし、異端審問にかけ、中央集権的全体主義的独裁体制さえあちらこちらで展開してきたキリスト教が、なぜか、あれほど矛盾に満ちて雑多で、不整合で、不都合で不適切であやしげなテキストがたくさんある聖書自体にはほとんど手を加えぬまま、「神の言葉」「預言者の言葉」「聖霊の言葉」として温存してきた。

もちろん、その「不適切」さを回避するために、昔のカトリック教会のように信者が直接聖書を読むことを妨げたり、ある種のプロテスタント神学者のようにテキストを近代のコンテキストで解釈しなおして読み替えたり、あるいは「新しい啓示」を受けた、「新しい聖典」を見つけた、とまで言って整合性を掲げるキリスト教系新宗教が生まれたりした。


今は、非キリスト教文化圏の普通の人でも簡単に聖書の「不都合な部分」にいくらでもネットでアクセスできる時代になった。矛盾を突いたり批判することは難しくない。


にもかかわらず、キリスト教、福音書の精神が今でも健在でそれにインスパイアされて生きている人がたくさんいるという事実があるのだ。これはもう、「神の奇跡」でなければ、「自分の占める時空を超えた何者かを求め共有したいという人間性の奇跡」のような気がする。


また、旧約時代、新約時代のあらゆる不都合さ、不適切さ、試練、迷い、などを潜り抜けて現れてくる本質、信仰の真実があったんだろうなあ、とも感嘆する。

映画の暴力シーンや喫煙シーンから目を背けて済むような問題ではないのだろうなあ。


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by mariastella | 2017-11-21 00:05 | フランス

連続テロから2年、今のパリのテロの危険性は?

最近、パリの連続テロから丸2年ということで、13日のニュースでは犠牲者の話を聞いて感極まるという表情のマクロン大統領の顔が何度もクローズアップされていた。


そういえば去年の1周年にはこんなにメディアに取り上げられなかったなあ、というのは、去年の夏のニースのテロの方がまだ生々しくて、日付も革命記念日の7/14だったから、まだ11月の段階では、14日が事件後4ヶ月という取り上げられ方をしていたので、13日の「記念日」の影が薄かったのかもしれない。


2年前のテロは、まだシリアのIS軍が司令塔になっていて、難民としてヨーロッパに入ったジハディストなども動員した「組織テロ」だったけれど、去年のニースのテロはそれ以来デフォルトのようになった「ISに触発されて勝手に過激化した一匹狼」のカテゴリーだった。


この方が、事前に見つけ出すのが難しい。


今年は、ちょうどイラクとシリアのテリトリーからISが駆逐されたタイミングなので、一見、「テロに勝利した」のように見えるが、実は、政府軍がラッカを奪還する時に、ジハディストたち数千人が堂々と車列を組んで出ていく映像が最近映されて衝撃を生んでいる。


テロとの戦いを「戦争」と呼んでいたのだから、普通の戦争ならばこの段階で相手の「戦士」はまとめて捕虜になるはずなのに、見逃しているわけだ。


ISは一般人を盾にして道連れにしようとしていて、ラッカではすでに一般人への被害が大きかったから、政府軍は、ISと取引をしたということらしい。石油の引き渡しなども関係しているだろう。結果として、一般人を残して出て行ってくれれば見逃すということになった。だから少なくともIS軍一部はトルコに入るだろうし、そこからヨーロッパの「出身国」に戻る者も少なくない、と言われている。

いや、ラッカなどが「陥落」する前から、ISで培ったノウハウや武器をもとにして「聖戦」の拠点をシリアから欧米の不信心国での個別テロに移すとして「戻ってきた」あるいは「難民として流入した」ジハディストとその家族をどうするか、というのはもうかなり前から大問題になっている。子供も8歳未満は危険がないが、それ以上は洗脳を解くプログラムが必要だ、など。


先日Arteのドキュメンタリーで、シリア系アメリカ人やら、シリアとドイツを行き来しているシリア人(ドイツ生まれのドイツ国籍だが反アサド政権に共鳴してシリアに行き反政府軍として戦っていた。その後ISの流入後にドイツに戻った人)らが、難民収容所にいる「危険人物」の一人ひとりに密着してその危険度を測っている様子を流していた。

難民と認定されてドイツに受け入れられたのは、ISの兵士ではなく、もとの「反政府軍」の兵士だった若者だ。彼はアサドの兵士として徴兵された時、同国人を殺戮する命令を拒否して拷問され、逃げ出してアサド政権に反旗を翻した人だった。最初はこの反政府軍が、非人道的なアサド政権を非難する「国際社会」の支持を得ていた。


そこにIS軍がやってきた。彼らもアサドを倒すという。反政府軍の多くがISに入らないままで彼らと共闘することになった。でも第一の理由は、ISに金があったからだ。もともと苦しい戦いを強いられている反政府軍の兵士は、安定してISからもらえる「給料」になびいた。イスラム原理主義への洗脳も同時に行われただろう。

ドイツで難民の危険度を測るシリア人も、もと反政府軍にかかわっていた人で、反政府軍の全リストを持っている。その中で、ISに追われてすぐ亡命したのではなくISと共闘してからドイツに難民として入った者を徹底してチェックしているわけだ。


同じシリア人として何度も話し合い、本音を引き出し、ドイツで個別テロをするリスクが高いかどうか、の判断を下す。

一人一人に長期間の観察でこれだけの時間をかけなければならない。

気の遠くなるような作業だ。


でも、いやしくも一人の人間が他の人間を「聖なる確信をもって殺す」ような精神状態に一度でも追い込まれたのだとしたら、その一人の人格の底に分け入っていくのは並大抵の仕事ではないのだろう。

同じいろいろな体験をしてきたシリア人同士だからこそそこに踏み込めるし、理解もできるのだ、とこの番組を見ていて思った。


同時に、例えばフランスだけでも何百人も「戻ってきている」テロリスト予備軍にどう対処するかというのは、諜報の精度、収容場所の不足、専門家の調達、予算、時間などさまざまな問題が山積みで、結局は、これから一匹狼的なテロがまた起こる可能性はこれまでよりはるかに大きいと言われている。


まずい時にまずい場所に居合わせたら、これからもだれでもテロの犠牲になり得るということらしい。


それでもたくましく生きているフランス人がほとんどなので救われる。

ミサイルからの避難訓練などをさせられるよりよっぽどましだ。


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by mariastella | 2017-11-18 01:59 | フランス

ジャンヌ・モローにミレイユ・ダルク

最近、フランスの大女優たちが相次いで亡くなった。

ジャンヌ・モローにミレイユ・ダルク。

ミレイユ・ダルクはもともと心臓に疾患があり、何度も手術したのは聞いていたが、ジャンヌ・モローより10歳も若いし、TVや雑誌で今もよく見かけるので79歳の訃報に驚いた。

この二人の映画をいろいろ日本の映画館で見ていた頃を思い出す。


ミレイユ・ダルクはボーイッシュで素敵だった。

けれども、そのころの「新作」のジャンヌ・モローは私にとってはすでにかなり年配の女性だった。彼女は私の母とほとんど同じ世代だ。

そのことに驚いたのをはっきり覚えている。

それはルイ・マルの『ビバ ! マリア』を観に行った時のことだ。ブリジット・バルドーとの共演で、ジャンヌ・モローはかなり老けて見えた。パンフレットを読むと、彼女はすでに38歳で、バルドーでさえ32歳だった。私は1415だった。30代の女性二人があのようなはじけた役柄をしていることに驚いた。私はそのパンフレットを地下鉄の中で読んでいる自分を思い出す。中学3年でひとりで映画館に通うようになって見た初期のころの映画だからだ。

ちょうど兄が高3で、いわゆる受験期だったから、母が日曜ごとに私について映画を見に行くのを控え始めたのだ。ビデオもない時代だったから、二本立てや三本立ての映画もよく見に行った。いわゆる「洋画」ばかりだった。(日本映画に目覚めたのは大学で中沢新一くんと出会ってからかもしれない。)

で、38歳のジャンヌ・モローは、今風に言うとかなりイタく見えた。

私はまだ中学生だったのに、もう「年相応の役」という日本風先入観に毒されていたらしい。

ミレイユ・ダルクの方は、テレビの番組でアラン・ドロンに直接「あなたが私をおいて出ていったことが私にとってどんなにつらかったかあなたは知らなかったの?」と質問したシーンが印象に残っている。アラン・ドロンは「知っていた。知っていただけではなくて今もそのことを自分の中に抱えている」と答えた。

ダルクもドロンも二人とも大スターで、それが放映された頃はもうかなり年配だったのに、なぜかとてもシンプルで誠実そうで、ほとんど初々しく見えた。

ミレイユ・ダルクはテレビのドキュメンタリー・ジャーナリストとして、女囚や売も春婦など、「底辺の女性」を取材して女性の権利擁護に活躍、それが彼女に似合っていた。自らもつらい少女時代を体験してきた人らしい。


ジャンヌ・モローは、一番正統派の女優らしい女優だった。奔放に見えたミレイユ・ダルクよりもずっと自由奔放な生き方をした人だ。確か、息子さんに会ったことがある。


もう一人の「ビバ ! マリア」のブリジット・バルドーはと言えば、80台で健在だが、こちらは女性の権利擁護よりも動物愛護原理主義のアイコンになって久しい。


いろんな生き方、いろんな老い方がある。


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by mariastella | 2017-08-30 00:45 | フランス

ペール・ラシェーズの吸血鬼伝説?

記事を書いている暇がないので、7月に久しぶりに行ってみたペール・ラシェーズ墓地の、夏にぴったりだった怪談付きの立派な墓所を紹介。
ロシア人のでデミドフ伯爵元夫人で、この立派な墓所に一年間寝起きした者に贈与するという莫大な遺産をパリ市に託したという伝説があり、今まで3人が挑戦したが皆すぐに気がおかしくなって撤退した。この墓は地獄と直結しているという都市伝説もある。

秘境的なシンボル満載の墓所で、吸血鬼伝説もあり、パリをめぐる超常現象の話題にも常連の場所。

こういうビデオがある。 (フランス語だけれど、いろいろ映ってます)

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いろいろなシンボルがあって、謎解きの好奇心をくすぐる。私としては、サンクトペテルブルク生まれの女性が若くしてトスカーナでロシアの外交官と結婚し、赴任先のパリでナポレオンの支持者になったのに、フランスとロシアの関係が悪くなってロシアに戻らざるを得なくなった。1812年にモスクワで次男を生んだ後、離婚して単身パリに戻ってナポレオンの失脚後1818年に死んだ。実家のストロゴノフ男爵家も資産家だったので、残した遺産というのは自分の名義だったのだろう。

この時期に国際的に動いていたロシア貴族と、パリと、秘境趣味と、ロシア正教と、革命以降のカトリック、宗教的アイデンティティの関係などが私の興味を引いている。

(書いていると長くなるので、今回はこれだけで。
また、ウィーンの中国人の話の続き、オーストリアとフリーメイスン、オーストリアとドイツの違い、とか、自分の記録のために少しずつ書いていきます。)




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by mariastella | 2017-08-22 02:19 | フランス

ド・ヴィリエ将軍の辞職

マクロンとド・ヴィリエの金曜の会談がどうなるのかと思っていたら、将軍が水曜の朝に自ら辞職した。そのせいで水曜は一日中、SNSでコメントが飛び交った。

フランスの「労働者」で唯一、デモ行進などの抗議行為を禁じられているのが軍隊だから、マクロンの強権的態度がくやしい、という匿名の兵士。

マクロン政権樹立の後バイルーやふぇろんなどの重鎮が次々辞任することになった。マクロンの任命責任はどうなる。

ド・ヴィリエは抗議のためでなく、屈従でもなく、ひたすら軍隊のために辞任した。軍人のトップである自分と文官のトップである大統領に完璧な合意がない状態というのは兵士たちを動揺させるからだ。

etc...

私は前にも書いたようにド・ヴィリエを支援する立場だけれど、感心したのは、マクロンがすぐに後任に使命したのがフランソワ・ルコワントル将軍という、これも完璧な人材だったからだ。(見た目はなんだかブリュノー・ル・メールに似ている

ド・ヴィリエ将軍と同じく、文句のつけようのない立派なキャリアと人格と知性があるという。柔軟でユーモアも備えているが何よりもカリスマ性があるようだ。

ボスニア戦争で若くして実践での「英雄」にもなった。

55歳で4人の娘の父で敬虔なカトリックだそうだ。

軍のトップの武官に知的エリートが不足していないことがすごい。
ブリス・エルブランの著作について書いたこともある。)

今回の対立に関しては、ずっと沈黙を守っていた軍事大臣であるフロランス・パルリーは水曜午後の議会で共和党に意見を求められて、通り一遍の応答をしたがヤジも飛ばされた。
パルリーは総選挙後に就任したばかりだし、マクロンの演出の一部だと思うが大臣に女性を任命することで「軍の総帥」は男の自分であることをいっそう印象付けていた。
今回も、マクロン対ド・ヴィリエという「二人の男の対決」という図になり、

「憲法で規定されている通り、軍の最高指揮権はボク」というのに支えられてマクロンが「勝った」形になる。

若いマクロンの強権発動ぶりを批判したり揶揄したりする人も多いし、マクロン新党の議員空すら異論も出てきた。
けれどもオランド大統領のカリスマ性のなさにうんざりしていた人も多いので、その反動もあって、マクロンのパフォーマンスを好意的に見る人も少なくはない。

私は時々パリのミリタリー・サークルのコンサートやパーティに出ることがある。

フランスの軍人と最も深い付き合いをしたのは2011年の東日本大震災の後にチャリティコンサートを開催した時だった。
に少し書いている。

海軍参謀総長は最初から最後まで完璧に協力してくれた。

コンサート後のパーティに私がすしの配達を手配したら、参謀総長が、自分が個人でシャンパーニュなどを提供すると言ってくれた。

日本でコンサートをしたら、いつもどこでも、楽屋もちゃんとしていて、飲み物や軽食も用意してくれ、主催者側が至れり尽くせりで対応してくれる。私たちは感激する。

けれども、フランスでコンサートをすると、楽屋の準備ができていなかったり舞台とのアクセスが悪かったり、こちらでいろいろ工夫して自衛しないと大変だというのがまず標準である。
普段は贅沢をしない私たちだけれど、コンサートの前というのはストレスがかかっているから、小さな不都合や不満が重大なマイナスになり得る。
トリオのふたりの精神的な弱点も知り尽くしている私にはかなりのプレッシャーだ。

海軍サロンでのコンサートにはトリオだけではなく、知り合いのフルート、琴、カウンターテナー、ハープ奏者、バロックダンサーなどが参加してくれたから、当日のリハーサルなどがうまくいくように私は飲み物や軽食も用意していった。ビデオの撮影も依頼していた。
ところが、サロンには、すでに、パーティの用意とは別に出演者たちのために飲み物と食べ物が置かれていた。
パーティでも、私はセルフサーヴィスのつもりだったのだが、制服姿の回軍兵士たちがすべての給仕をしてくれた。
参謀総長が手配してくれたカメラマンが撮影もしてくれて、後日、写真を送ってくれた。

まるで、日本で日本人の主催者とコンサートをした時のようだった。

当日の主催は公式には私のNPOであり、私が参謀総長らを「招待」するという形をとっていたのだけれど、実際はすべてのロジスティックをケアしてくれた。

参謀総長につなげてくれた海軍士官クラブの人たちとはあまりにも感覚が違うので招待状の発送などの段階ではひどいストレスにもなったけれど、あの日の記憶はひたすら、演奏者やダンサーたちの善意と共に、全海軍のトップである参謀総長の人間性と確固とした支援と好意の思い出となった。

軍のトップには「権力」でなく「権威」が必要で、それは豊かな人間性と知性と共感能力に支えられて築かれた信頼となって現れるのだということが理解できた。

軍の指導者や伝統宗教の指導者に、共和国のエリート中のエリートがかなりの層をなしているのは少しほっとできる。





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by mariastella | 2017-07-21 02:06 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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