L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 233 )

人間の兄弟、ジハードと十字軍

30年以上愛読しているカトリック週刊誌が普段より一日早く同時多発テロ特集で発売された。

聖職者とか修道会が作っているものではなくリベラル・カトリックのジャーナリストが出している伝統ある雑誌だ。

表紙がパリの町を闊歩する兵士たちの写真で大きく「La France en GUERRE(戦争)」と書いてある。

軽々しく戦争という言葉と画像を使うことに少し失望した。

どのメディアも同じ路線だが、少し変わった書き方をするかと思ったのだ。
巻頭の言葉にも気になるものがあった。

野蛮な無差別テロに悲憤を表明するのはいい。
イスラム過激派とムスリム、過激派と宗教、外国人とテロリスト、宗教と暴力を混同するなというのもいい。

でもその後に、

「イスラム過激派はイスラムにとって死に至る病で我々の時代の最大の禍だ、(といっても)それは我々同じ人間の兄弟であるムスリムを糾弾するものではない」

とあったのが気になった。

信教や文化の別にかかわらず人間はみな兄弟だというのは分かる。

でも言い換えると、無差別テロという非人間的な蛮行をするテロリストは我々と同じ人間ではなく、兄弟ではない、という風に聞こえる。

蛮行が非人間的だからと言ってそれをした人が「人間ではない」と思ってしまうのは危険な気がする。

もちろん正当防衛の本能というのは分かる。
だから、たとえ悪意のない人(例えば薬や精神の病で幻覚にとらわれて関係のない他者を攻撃するなど)に襲われた時に、自分や被害者の身を守るためにとっさに相手を倒してしまう、というようなことだってあるかもしれない。
ましてや悪意、害意を持ってテロを遂行する相手にその場で刃向かうというのは自然なリアクションだろう。

でもそれは、その行為に対して、攻撃に対しての抵抗であって、相手が「人間ではない」から殲滅してもいいという意識が少しでもあるとしたら怖い。

「新大陸」を発見したヨーロッパ人が、「野蛮なこと」をしている先住民を見て彼らは人間じゃないとか魂がないとか言って虐殺したのを思い出してしまう。

ポスト・ファシズムの今の時代、すでに2006年にフレデリック・グロという哲学者が21世紀の暴力状態にもう戦争という言葉を使うのをやめようと提案したことがあった

戦争という言葉は「西洋世界」が定義した

「名誉、勇気、犠牲などの倫理を前提に政治的な目的を持ち法的枠内で行使される公で正当な(!)武力闘争」

のことだったそうで、今はもうそれは通用しないというのだ。

テロリストの攻撃も、恐怖により疑心暗鬼を煽り内戦を誘導したりカオスを作り出すのが目的だ。

でも、攻撃された国が「すわ、戦争」という時は、昔の定義通り、「正当な戦争」と言いたいのだろう。

すべての「戦争」は「防衛戦争」だというのはこの定義に合っている。

そして、「征伐された側」は、正当でもなく、ひょっとして「人間の兄弟」としてさえ認めてもらっていないのかもしれない。

そういう違和感は別として、この特集には興味深い記事がいろいろあった。

ジハードと十字軍の関係もその一つだ。

11世紀に起こった十字軍などアナクロニックな話だが、9・11の後のブッシュ大統領も口にしたほど、「教養のない人」の頭に安易に浮かぶ言葉である。

今回のテロの犯行声明でISは三度も十字軍に言及した。

パリはヨーロッパで十字軍の旗を掲げる首都であり、犠牲者は十字軍兵士であり、ISは十字軍の先頭に立ったフランスを罰したのだ、というレトリックである。(続く)
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by mariastella | 2015-11-19 01:54 | フランス

黙祷はソルボンヌ

誤解をされた方がいらっしゃったかもしれませんが、日曜のノートルダムの追悼ミサは別に「国葬」扱いではなく、カトリック教会の主導です。もちろんシンボリックには大きな扱いでしたが。

今回のテロは「冒聖の自由」とは関係がなかったから、あちこちのモスクでも、シナゴグでもそれぞれ追悼をやっていましたし、月曜正午の1分間の黙祷もいろいろな場所であったようです。

私は前の時も書きましたが、決まった時間に集まっていっせいに黙祷とかいう集団行動が嫌いなので(もしい合わせてしまったらもちろん他の人へのリスペクトのためにみなと同じようにしますが)、パリ市内ですが全然関係ない場所にいたので黙祷を目撃しませんでした。

オランド大統領がソルボンヌを黙祷の場所に選んだのは悪くなかったと思います。

学生や教師の中に犠牲者がいたこともありますが、外国人も多く自由を謳歌している若者たちのいる多様性満載な場所は、宗教や国籍や性的傾向などと関係なく音楽を楽しみにやってきた場所でテロにあった若者たちを追悼するにふさわしい感じがしました。

メディアは犠牲者のプロフィールをいろいろ流していますが、犠牲者を「数字」でなく個人として紹介することで多くの人の感傷を煽っているのが実情なのでそういうのは見ないことにしています。
天災の犠牲者と違って、そういうのを流せば流すほど、「想定テロリスト」(これは実行犯が死んでいるので若いアラブ系ムスリムとか実行犯と姓や名前や出身地が同じ人たちやシリア難民など)への偏見や憎悪などが養われ、報復空爆を無条件正当化する感じがします。

変な話、私は、自分や自分の家族が巻き込まれたら、とにかく目立たないようそっとしておいてほしいタイプです。

テロの次の日に超特急TGVの試運転で脱線事故があり、試乗していた子供たちを含めかなりの死者も出ました。

テロ特集の陰でほとんど詳しい報道がなく、犠牲者の家族はそれをどう受け止めたか知りませんが、これが「平時」であったならさぞや大騒ぎして繰り返し犠牲者の個人情報が垂れ流されていたことだろう、と複雑な気持ちになりました。

活字メディアの中には読み応えのある記事も少しあり、いろいろ気づかされましたがそれはまた別の場所に反映させます。

TVでは、ある座談会の終わりに、今の情況でオプティミズムとペシミズムをどう見るかと問われた時に、シャルリー・エブドの編集長を長く務めたフィリップ・ヴァルが「卑怯者(下司野郎)には悲観的だが、ただのバカには楽観的だ」、と答え、もう一人が「理性には悲観的だが意欲(意志)には楽観的だ」と答えていたのが印象的でした。

次のテロが予告されているとのこと、フランスの他の都市やワシントンやローマのことも心配ですがやることがたくさんあるので救われます。
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by mariastella | 2015-11-18 01:16 | フランス

大司教の話と大統領の話

11/15の日曜夕方、ノートルダム大聖堂で、テロ犠牲者の追悼ミサがあった。

弔鐘は6h15だった。

聖堂内は満席だけれど、入場制限があったのだろう、立っている人はひとりもいない。

でも聖堂前の広場は一般の人たちでいっぱいになっていた。もちろん囲われていて警備はされている。

ジスカール・デスタン元大統領やフランソワ・フィヨン元首相などが参列しているだけではなくちゃんと並んで聖体拝領をしている姿がテレビで映っていた。

さて、パリ大司教のディスクールだけれど、キリスト教とかカトリックとかいう言葉でなく「共和国の価値観」を強調していた(共和国の価値観の基礎がキリスト教普遍主義にあることはフランスのカトリック教会にとっては自明である)。

そして、破壊の力に対して信念と落ち着きを持って戦うことを呼びかけた。

我々(共和国理念を共有する人)の生き方の何がいったい蛮行を挑発するのか? との自問もあった。

「自由」だろうか。「自由」がイスラム過激派を怒らせるのだろうか。しかし我々はその共和国価値観のもとで実はどのように暮らしているのだろうか ? (これは、今の自由主義国が自由放縦、弱肉強食で本来自由と並ぶべき平等や兄弟愛という部分を忘れているのではないだろうかという警告 かも?)

フランスが特に狙われるのは、イラクやシリアへの空爆もあるけれど、そもそもフランスの政教分離の徹底と個人主義がISの気に入らないのだという記事も外国のメディアに現われている。

アングロサクソン国などは一応「神の加護」を政治家も公に口にするけれど、フランスは絶対にしない。

終末の夜、みんなが楽しそうにカフェやレストランのテラスに繰り出してワインを飲み、タバコを吸い、歌ったり踊ったりするパリ。サッカースタジアムが満杯になるフランス。
イスラム過激派が音楽もサッカーも禁止するということは2014年のカンヌ映画祭で話題だったモリタリア映画『トンブクトゥー』の場面でも有名になった。

そして、フランスには「神を信じない自由」がある。これが一番のリスクだというのだ。

いや自由主義諸国(民主主義国とは言わない。選挙さえあればイスラム民主国と称するものもある)ならどこの国でも信教の自由はあるし、「日本人は無宗教」などともよく言われる。
けれども、日本人の無宗教と呼ばれるものは「無関心」がほとんどで、「神仏を信じていないから初詣にはいかない、お宮参りをしない、葬式に坊さんを呼ばない」、などという「信念」を表明する人などいるとしたら超少数で、「イデオロギー」として成立するわけではない。

フランスはイデオロギーとしての無神論が成立した国で、それも血を流して試行錯誤の末に到達した境地だったから、カリカチュアや冒聖、冒瀆も「自由のシンボル」としての歴史があるわけだ。

しかし、この「自由」の名の下での人生の謳歌の仕方が、一部の若者にとって「暴力」を「理想」に変化させてしまう何かを誘発しているのだろうか。

コンサートホールの犠牲者の国籍は19ヵ国に渡りそのほとんどは30歳以下の若者だったと言う。

そして、フランスで、イスラム過激派に洗脳された若者の3分の2は15歳から25歳なのだという。

この断絶のもとを共和国の学校教育にさかのぼって考えなくてはならない。

先ほど大統領がヴェルサイユで演説したのを中継で聞いた。

時代に合わなくなった憲法の改正のことも言っていて(フランスは時々憲法改正している)、日本のことを考えざるを得なかった。同じことを言っても誰がどこで言うかによって受け止められ方も実際も大きく変わる。

もうシリアでの報復空爆を開始して成功したとか勇ましいことを言っていた。

今度の状態を「戦争」と言い切るのはISを国として扱うことにならないかという懸念の声もあるのだけれど、緊急事態宣言を3ヵ月に設定して、すでにブラックリストには載っているけれど通常では手が出せないあちこちの強制捜査、家宅捜索、危険人物の召喚、尋問などをすごい勢いで進めている、と聞けば、チキンな一市民としてはそっちの方はがんばってくれと言いたくなる。

でもシリアからの指令を受けてヨーロッパテロを計画遂行する中枢部はベルギーにあるそうで、もともとベルギーのユダヤ施設でテロがあってフランスに逃げてきたり、1月のフランステロに続いてすぐにベルギーでも騒ぎが起こったり、8月、アムステルダムからパリに向かうTGV国際列車のテロリストはブラッセルから乗車したり、今回も実行犯がベルギーに逃亡している(というか戻っている)。

テレビでベルギー人はもともと「国家」嫌いなので緊急事態態勢がとりにくいと言っていた。はじめて耳にする表現だったけれど何となく納得する。

しかし私はこういう時に大統領だの首相だのが発するimpitoyableな報復、戦い、という形容詞が嫌いだ。

「容赦しない」という意味で、おいおい、それはテロリストが使っているのと同じ語彙だろう、と思う。

でもこれが連発されるということはこの言葉を待っているあるいは要求している多くの人々がいるからなのだろう。

大統領なら絶対に使うけれど大司教なら絶対に使わない言葉で、カトリック教会は少なくとも十字軍だの異端審問だのという負の歴史から学んだ経験資産を生かさなければならないという自覚があるということだ。

先日のミケランジェロの祈りの記事
ではないが、「主よ、容赦ない暴力の行使なしに正義と平和を実現することを望むというお恵みを私にお与えください」と祈ることが正解なのかもしれない。
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by mariastella | 2015-11-17 02:24 | フランス

パリのテロと日本

テロの話にあまり深入りする気はなかったのだけれど、ブログに訪れる人が多いので、もう少し。

リテラのサイトを見て変だなあと思った記事がある。

パリのテロは日本も標的だったとか、日本食レストランが襲われたとかいう話だ。

日本が首相のイスラエルとの関係や人質殺害でISに報復するようなコメントを出したこともあってテロの危険があるのは間違いがないと思う。
でも少なくとも今回のフランスのテロとは関係がない。

襲われたカンボジア料理レストラン(これはカンボジア人がやっている)の近くの日本食料理店(多分中華系だろうけれど)が、負傷者の応急避難所として開放され、交通がストップしてうちに帰れない人をも受け入れて世話をしたことはこちらでも報道された。

でも日本レストランが襲われた事実はない。

今回の標的となったレストランやカフェの選択は、多分テラス部分が広いということだと思う。

フランスは飲食店内部における完全な禁煙法が施行されてから、喫煙者のために外にテーブル席を用意する店が増えた。

例年より暖かいとはいっても11月のパリの夜のテラス席に人を集めるためにみないろいろな工夫をしている。

はじめの頃は、ストーブをおいたりしていたけれど、今はさまざまな趣向をこらして、「屋内」ではないけれど「屋内」風のテラスが秋以降には活躍する。

庶民的な街、おしゃれな街、若者の集まる街の夜は、喫煙者を交えたグループが少なくないから、そういう場所は少なくない。

今回の飲食店テロは車の中からの(を待たせたまま外からの)銃撃というのが基本だから、テラス席に人が多い場所をねらったのだろう。

カンボジアとかイタリア(ピザ・レストラン)とは関係がないと思う。

まして日本など頭になかっただろう。

それを言うなら、今回多くの死者が出たバタクラン・コンサートホールでは一週間前に日本のゲームの音楽リサイタルが開かれていて日本人客や日本のゲーム文化ファンも多かったのだから、日本への警告がメッセージにあるならそちらが狙われていてもおかしくない。

今回の日と時間の選択は、できるだけフランス大統領に近づきやすい場所で、フランス・ドイツ戦のあったフランス・スタジアムに大統領がいた時と場所の効果を狙ったものと思われる。

エリゼ宮近辺とかエッフェル塔近辺は警護がありすぎて不可能だからだ。

シャルリー・エブド襲撃の地点と近いということも「またか」という効果を狙ったのかもしれない。

いろいろな「識者」だの「政治家」が話しているが、大きく分けて、

シリア大統領やプーチンがフランスを攻撃したわけではない、この際だから敵の敵は仲間ということで彼らと手を組んで徹底的にISを叩け、という人と

イラクやリビアの教訓を忘れたのか、アルジェリア戦争を忘れたのか、戦闘はますますカオスをもたらすだけだ、外交、外交で、中東諸国が自力で解決するのを助けるのが最善だ、という人がいる。

「絶対平和」を説くのはもちろんカトリック教会だが、司教たちの談話を比べると興味深いものがあったので、それはまた後で紹介しよう。
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by mariastella | 2015-11-15 21:00 | フランス

パリのテロ再び

いろいろな方からメールをいただいたので、ここでまず、私や私のしっている人たちには被害者がいないことをお知らせします。お気づかいありがとうございました。

バタクランのコンサート会場では先週の土曜にファイナル・ファンタジーゲーム音楽のピアノリサイタルがあって、私に近い人間が数名聴きに行っていたばかりなので、さすがに感じるものはありました。

でも、正直言って、シャルリー・エブドの時は、襲われた出版社の週刊誌も、イラストレーターも、作品をずっと知っていた人たちなのでショックが大きかったですが、こういう無差別テロとなると、死者何名という「数」がまず現れてくるので、恐怖はあってもショックは別のものでした。

一晩の空襲で十万人死んだとか、何千人の難民船が難破して全員死んだとか、原爆で何十万人とか津波で数万人とか、恐ろしいけれど実感できない数字ばかりで、ほとんど抽象的な感じがします。

これまでターゲットになっていたのがユダヤ人学校とかカトリック教会とか軍人とか、ある程度分かりやすかったので、「普通のフランス人」はあまり気にしないで、昨日(11/13.イスラムのテロは金曜が多い)も法改正に反対する医師たちの派手なデモがあったばかりです(その医師たちがレピュブリック広場界隈に残っていたので緊急医療を手伝ったという情報もありました)。

フランスは最近シリアにおけるフランス人ジハディストの軍事訓練フィールドを爆撃し始めたし、ISからはかなり前からはっきりと宣戦布告されています。

それでも人々は結構能天気に暮らし、昨日も、今期の成長率がプラスだったと言って、今年は去年よりもクリスマスに消費する人が多いと楽観的でした。

ところがテロの緊急事態で突然デパートは締まるし、月末のCOP21の掛け声もしぼみそうです。
大統領はトルコのG20を欠席しますし、イラン大統領のヨーロッパ訪問もキャンセルになったと聞きました。
来年はサッカーのユーロ杯なのに今回スタジアムでテロがあったことにもあせっているようです。

私が思い出すのは1991年の初め、湾岸戦争の影響で爆薬テロが心配されていた時期です。

あの時以来、フランス人の昼食行動は変化しました。
ゆっくりレストランで食べる人が減って、サンドイッチやサラダをテイクアウトしたりその場で食べたりする人が増え、そういう場所があっという間に増えたのです。

パリはどこもがらがらで、私も引きこもっていました。
どこでも「持ち主の見えない荷物」への警告のアナウンスがありました。
戦後日本に育った私には、あの頃が一番陰鬱で暗くなりました。

今回の「緊急事態」がいつまで続くのかはしれませんが、今はどちらかというと引きこもりがデフォルトになった私にはあまり打撃はありません。

どうしてアラブ人街もある10区や11区ばかりが狙われるのだろう、政治決定をしているエリートの住む16区やら西郊外を狙わないんだろう、と嘆く地元の人がいます。

よく言えば(?)マリアンヌのそびえたつレピュブリック広場という共和国理念のシンボルのあたりを狙っているのでしょうし、現実的には、10区や11区ではアラブ人が多いし雑多な街だからこそ、いちいち差別的職務質問もしていられないし、うまく隠れて多発テロを遂行するには便利なのでしょう。

政治エリートの住むような町では警備が半端じゃないし、スーツを着ていない非白人が歩いているとそれだけで目立つでしょうから、テロリストの戦略的にはコスパが悪すぎるのでしょう。

思えば日本も先の人質事件の時にISから脅迫されていましたよね。
今やますます勇ましい「普通の国」になろうとしていますが、このままいけばオリンピックとか大丈夫なのかと本気で心配になります。
阿部首相は来夏の参院選後の改憲についての答弁で「緊急事態条項」の新設を重視すると明言したそうですが、それも含めて嫌だなあ、と感じています。

パリのテロについては、もう、ターゲットが予告されているものや国際会議などの警備以外、国内にいる自爆テロリストが武器を持って無差別に普通の町で無差別に銃撃するのをすべて阻止することは不可能、と言い切る人もいますし、その通りだと思います。

ISの本拠に軍を送って本格的に戦争する予算もないし後100人以上はいるという国内の「シリア帰り」テロリストを含めて、すべての危険人物を拘束してどうにかなるものでもありません。

もっと根本的な対策が必要で、よい提案をしている人もグループもあるのですが「遅きに失した」感もあります。

考えることはたくさんありますが、まずは第一報ということで。
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by mariastella | 2015-11-15 00:40 | フランス

キリスト像を壊した司祭の話

いわゆる「三面記事」なのだけど、なんだか不思議な、フランスでしか起こらないような事件だったので覚え書。

11/5、北ブルターニュの古い教会に、司教区の宗教美術委員会が目録作りに訪れた後で、司祭がキリスト像のひとつを床に落として「これで一つ減った !」と叫んだというのだ。

「余計なものが一つ厄介払いできた」というニュアンスの言葉だ。

それにショックを受けた人々が司教に手紙を書き、司祭は司教から近く事情聴取を受けるが、その前に新聞沙汰にもなってAFP(フランス通信)のインタビューに答えたものが11/10の全国紙にも掲載された。

それによると、イエスが聖心から光を放つタイプのの石膏像が壁に固定されているかどうか見るために動かしたら床に落ちて割れてしまったので、決して故意に壊したのではない、と55歳の司祭は言い、司祭不足で仕事が多く過労気味で疲れて苛立っていたことを認めて、ショックを受けたという人々にメールで謝罪したという。

うーん、現職の司祭がわざわざ人々の前でキリスト像を壊す理由はまったくないから過失というのは当然だと思う。

でももしそれなら、周りにいた目撃者がわざわざ司教に訴えることはないので、やはりその時に発した言葉が問題になったらしい。

くだんのキリスト像は19世紀のもので、いわゆるサン・シュルピス風とよばれるセンチメンタルなものらしく、司祭はもともとこのサン・シュルピス風が嫌いだったというのだ。

しかし、壊すほどに嫌いなのなら、司祭なのだから、どこかに隠して、信者には、誤って破損したので別の場所に保管してあるとでも説明すればいいことだ。

この教会は13世紀頃から少しずつ建て増しされたなかなか趣のある建物である。

10世紀の終わり(994)に地元の聖人エフラムの遺骨がもたらされた時に造られた墓所が起源だ。

19世紀初めにその遺骨を納めた壺が発見されてかなりの骨が確認されている。

エフラム自身は半ば伝説の聖人で、5世紀生まれのアイルランド王の息子で結婚を避けてブルターニュに渡り、アーサー王を助けてドラゴン退治をしたとか、彼を追ってきた妻と共に森の隠遁所で神への奉献生活をおくったとかいう。

そういう由緒ある教会だから、さまざまな絵や彫刻や聖具があるのだろう。

しかし、教区民がわざわざ司教に訴えるということはその背後に別の何かがありそうでもある。

他の証言としては2014年に結婚講座(教会で結婚式を挙げるカップルのために数回のミーティングがある)で婚約者同士の前で、この司祭が聖母像を壊したという話が、地元の宗教文化サイトに書き込まれたというのがある。

ますます不可解な話だ。
それも司祭が嫌っているサン・シュルピス風の像だったのだろうか。

司教区の対応は実際的なものだ。

まず、壊された聖像が1905年より前のものかどうかを確認する。
1905年の政教分離法によってカトリック教会とその付属品はすべて自治体の所有物となったからだ。
で、聖像が1905年以前のものであれば、類似品をカトリック教会が自治体に弁償するという。

なるほど。

ネットで検索するとなかなか感じのいい司祭
で、人類のために尽くすことを使命とし、もし超保守派の司教が任命されることになったら自分は迷わず還俗して理想を求め続ける、と「自由であること」を強調している。

使命感に満ちたエネルギッシュな司祭の感性が、センチメンタルな石膏像や1500年前に生きた聖人の遺骨の崇敬とうまくかみ合わないというのは想像できる。

教区の信者たちの感性を逆なでることを気にしない自由さをコントロールできなかったのかもしれない。

ひょっとして別の何かがあるのかもしれない。

自由、信仰、使命感、宗教や信心のシンボルや伝統の重みとしがらみ、など、とてもフランス的だ。
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by mariastella | 2015-11-14 02:05 | フランス

戦没者慰霊塔

戦没者慰霊塔というのはフランスのどこの自治体にもある。

わりと勇ましいものが多いのだが、共和国のシンボルであるマリアンヌが戦死した兵を悼む「ピエタ」型のものがある。

死者なしの女性のみのタイプも少ないけれどある。
ブルターニュの街の『痛み』というこの像も素晴らしい。

これら「母」の哀しみは、戦死者の栄光というような甘いものを吹き飛ばす。

これはどこのものか分からないけれど鮮烈だ。
従軍司祭のためのものかもしれない。

戦わずして殺された十字架のイエスにすがる姿は、神の名によって殺し合うことの倒錯をよく示している。
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by mariastella | 2015-11-13 01:11 | フランス

アンドレ・グリュックスマンの死

ヌーヴォー・フィロゾフの騎手だったアンドレ・グリュックスマンが亡くなった。

78歳という年齢が意外だった。ベルナール=アンリ・レヴィやクリスチァン・ジャンベなどのイメージからいわゆる68年世代のイメージがあったからだ。

それに、サルコジ支持のイメージが強すぎて、何となく、フランスの知識人の多くがそうだったように「一時期すっかり毛沢東にかぶれた後で夢破れて転向した人」という印象があったので最近の本などは全く読んでいなかった。

けれど、今朝、ラジオでダニエル・コーン=ベンディットの話を聞いて親愛感を持った。

コーン=ベンディットこそ68年世代でナンテールの学生闘争の発端となった人だけれど、ドイツ国籍だったために国外追放になり、フランスに入国拒否処分になっていた。
70年代半ば、時代の寵児となったグリュックスマンは、当時の大統領だったジスカール=デスタンからエリゼ宮に招待されたのだが、その時に、「友人であるコーン=ベンディットの入国拒否処置を解くことを条件にしたというのだ。

(その後ヨーロッパの進展でコーン=ベンディットの行き来は自由になり、最近はフランス国籍も獲得して仏独二重国籍者になった。70歳になったところだ。)

コーン=ベンディットによれば、グリュックスマンが一貫して求めていたのは「自由」であり、最初はそれを共産党や毛沢東に見出し、それに裏切られたと知ってからは「自由主義」社会寄りになり、その究極が新自由主義シンパに行きついたというわけだった。

「自由」の布教者としてあらゆる独裁者に歯向かうことが、イラク戦争支持になった。

しかし、サルコジの「自由」が個人の政治的野心の道具だと分かった後で、あらためてサルコジに向けた68年総括の本を出している。

シャルリー・エブド事件の前年の2014年には『ヴォルテールの反撃』という最後の本を出し、事件の後で皆が担ぎ上げたヴォルテールの「表現の自由」の大切さを先取りして熱く語った。

私は読んでいないけれど、

国とは「国家(ネーション)」を超えるものである

という信念は変わらず、

『キャンディッド』をもじって、

ヨーロッパこそが耕し続ける庭である、

と言っていたそうだ。

ヨーロッパは狭いけれどネーションとしては種々雑多で戦争も繰り返してきた国々だから、その彼らが「共通の庭」を耕すことを決意したことはやはり大したもので、今の荒れ庭状態を何とか乗り切ることで、「人類共通の地球という庭」に希望を与えてほしい。
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by mariastella | 2015-11-12 00:21 | フランス

フランス軍の志願兵増加

サイトの掲示板で、「(日本の)国全体が巨大な強制収容所もしくは刑務所になると思います。よくいっても奴隷制度。」などと今の情勢を嘆くコメントが寄せられた。

日本では「戦争法案」が通過して、戦争に行きたくない若者、子供を戦争にやりたくない母親、などの抗議は通じなかったわけだけれど、フランスでは別の意味で全く逆の気味の悪い現象が起きている。

フランスでは今世紀に入って徴兵制が廃止されて職業兵だけになった。

普通の町にも軍隊のリクルートの事務所が見られる。

で、今年初めのシャルリー・エブド襲撃ととユダヤ・スーパーの人質事件以来、この入隊志願者の数が40%も増えたというのだ。

どのポストもほとんどは年齢制限が29歳だというのに、40代、50代の志願者もいるそうで、そんなことは今まで例がなかったそうだ。

要するに、多くの人が「対テロ」の戦いに挑む気が満々なのだ。

これは具体的なある国家との戦争では見られないことで、テロリストとの戦争は、「悪を征伐する」という分かりやすい大義があるからみなが勇んでいくらしい。

そう言えば、シリアやイラクでイスラム国と戦う勢力に合流するボランティアの私兵というのもいて、時々メディアに出てくる。違法なので身元は明かされない。自費で行くのである程度経済力もある壮年が多いように見える。

よく日本では、「戦争ができる国」にすると言っても、実際に戦争に行って死ぬのは政治家や政治家の子供たちではなくて、貧しい若者が«使い捨て»にされるのだからよくない」ともいうけれど、「やる気満々」の兵士がどんどん出てくるフランスってなに? と思う。

少なくとも、その一部の人のメンタリティは、イスラム国の「聖戦」の大義に賛同してシリアに向かう人々のメンタリティと重なっているような気がする。

それにしても、若者が神のためだの民主主義のためだのに立ち上がるハードルが低い気がする。

これは、生き難い若者がうちに引きこもる日本と、外に出て暴動を起こすフランスとの違いにも通じるのかもしれない。

日本では「安保法案」以来、自衛隊からの脱退者が増えているという記事を目にした。
「災害救助隊」なら残ってくれるのだろうけれど。

フランスには大昔からIDカードや保険証の認証番号があるし今はデジタル管理されているわけだけれど、それ自体が議論の対象になることはほとんどない。

フランスと日本では怒るところとか不安になるところとか、煽る場所とか、情緒の琴線とかがかなり違うとは前から思っていたけれど…。

まあ、イスラム国に関しては、大量移民の現実も含めて、フランスと日本では危機感が違うのは当然だろうけれど。でも日本でも南シナ海とか近辺での危機を煽っている人たちもいるので他人事とは思えない。
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by mariastella | 2015-10-31 03:14 | フランス

スーパー・ヒーローはフランス生まれ

スーパーマンやバットマンや、スパイダーマンや、有名なスーパー・ヒーローはアメリカンがルーツだと思っている人が多いかもしれない。

まずアメリカンなヒーローを見た後で日本では月光仮面などが生まれたし、ウルトラマンからセーラームーンまでいろいろ派生したのだと思われるけれど、実はアメリカン・スーパー・ヒーロールーツはフランスにある。

20世紀初め以来、フランスのコミック、映画、小説などに登場してきたスーパー・ヒーローは300を超えるそうだ(Xavier Fournier « Super-Héros.Une histoire française »)。

その原型は、なんと、実際に20世紀初頭にパリやフランスの大都市で、マスクをつけたりコスチュームをつけたりして出没した「正義の味方」だったという。人々はそんな謎の人物について三面記事を読んで、想像力をたくましくした。それがスーパー・ヒーローものを生んだらしい。

その前には、産業革命で都市が発達し、地方から労働力が流入した19世紀末からの社会的カオスがあった。
ロマン派全盛の時代でもあり、人々は、神から使わされて社会正義を行うシンボルをスーパー・ヒーローに託したのだ。
つまり、スーパー・ヒーローは都会が生んだヒーローだった。

確かに、アメリカのように広大な土地があるところで牛を追うカウボーイのようなのがヒーローになれる世界では、超能力のスーパー・ヒーローなど出てくる必要は特にない。

ごちゃごちゃした都会でこそ「強きをくじき弱きを助ける」スーパー・ヒーロー(あるいはスーパー・反社会人)が待たれていたのかもしれない。ファントマやアルセーヌ・ルパンは日本でもよく知られている。

ロマン派の都会のヒーローはジャン・バルジャンであり、モンテ・クリスト伯であり、ノーティラス号のネモ艦長(彼は都会とは言えないけれど)だった。彼らはみな何らかのトラウマをかかえていた。

ところが20世紀に入ると社会正義の執行人であるスーパー・ヒーローの名は、ファンタクス、フュルギュロス、サタナックス、スーパー・ボーイ、フェリーナという非日常的なものに変わっていく。
皆アウトローで影がある。
ニクタロップは暗闇でも目が見える超能力者だ。
「星の騎士たち」というグループはテレパシーの能力があった。

1930年代にアメリカに現われた「ザ・シャドウ」は黒服に黒帽子で夜に活躍するフランスの「ジュデックス」からインスパイアされたコピーで、それがフランスに逆輸入された時にフランスの出版社はジュデックスの名に戻したほどだった。

フランスでは1910年にすでにスーパー・ヒーローもののシリーズ映画が作られていたという。

アングロ・サクソンは大体10年遅れだったが、バットマンに出てくるジョーカーがユゴーの「笑う男」のコピーだったように、今でもフランスの名残はあるらしい。

スーパー・ヒーロー映画はハリウッドの代名詞みたいになるけれど、フランスでは1950年ごろからそういうロマネスクな映画は流行らなくなる。
ヌーヴェル・ヴァーグが台頭したころは、スーパー・ヒーローのジャンルは中学生向けのB級ジャンルだと見なされるようになったからだ。

その後宇宙から来たスーパーマンがアメリカの摩天楼より高く飛んだり、日本ではゴジラや怪獣たちが都会を破壊したりするようになるのだけれど、なるほど、ジャン・バルジャンから発したフランスのヒーローはなかなかそちらの方には進化しなかったようだ。

それでも、フランスのコミックで第一次大戦時にフランス軍を鼓舞する半人半ロボットのスーパー・ヒーロー「ターユフェール」が出てくる『歩哨』が去年映画化されたところを見ると、ジュール・ヴェルヌの国の想像力は案外健在なのかもしれない。
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by mariastella | 2015-03-07 09:53 | フランス



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