L'art de croire             竹下節子ブログ

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アラブ世界で起こっていること  その8 サルコジ

さっき(3/10夜)ニュース番組を見て驚いた。

サルコジ大統領がリビアの革命側のリーダー(その一人はカダフィの政権とも関係が深かったともいう)とエリゼ宮で話し合い、フランスは正式に革命政権をリビアの正当な政権と認める、カダフィの空軍基地をピンポイント爆撃するのも辞さない、と約束したのだ。

おりしも明日、EUがリビアに対する態度を検討することになっていて、ブラッセル入りしているフィヨン首相や、EUの外務担当大臣も「寝耳に水」でショックを受けていた。スタンド・プレーとか勇み足というにはことが大きすぎる。

2/23のル・モンド紙に、フランスの元外交官ら現役外務官僚たちが匿名でサルコジ批判の記事を発表していた。サルコジが外交面ですることなすことはすべて衝動的で、素人策で、一貫性がない、というのだ。

彼らは、サルコジが、大統領就任時の演説で「地中海連合」の構想を語った時からすでにあわてていた。

「地中海連合」は、地中海に面していないドイツを仲間外れにしたいという受け狙いだった。それについて、地中海の南岸の二本の柱はベンアリとムバラクだなどと平気で言っていたのだ。

これに対して、現地にいる外交官らは、軍事独裁者についてのかなり厳しい情報をサルコジに送り続けていたらしい。彼らは、もしもウィキリークスがフランスの公電もリークしてくれていたら、自分たちがアメリカに劣らず辛辣に批判していたことが証明できたのに・・・と言っている。

今回のアラブ革命の先駆けとなったフランス語圏であるチュニジアの情勢を読むのも必要不可欠だったのに、サルコジもサルコジお抱えのMAM外相もそれをせずにぐずぐずしていた。

さすがにこれはまずかったと思ったサルコジは、今回は出遅れずにということで、目立とうとして、早々と「世界で最初にリビア革命政府を認めた国」の名乗りを挙げることにしたのかもしれない。

しかし、EUでの合議を待たず、リビアとはより関係の深いイタリアやドイツなどの体面や思惑を考えずに一方的にこんな宣言をすることに、全体として意義があるかどうかは大いに疑問だ。

同じことはメキシコのフロランス・カセ事件(フランス女性が子供誘拐と武器所持の共犯でメキシコで逮捕断罪された)の時にもあった。
60年の懲役が確定したこの女性をもし本気で救いたいと思ったなら、水面下でいろいろな策を練るべきだった。それなのに、「今年のフランスにおけるメキシコ年はフロランス・カッセに捧げる」などとテレビではしゃいだから、逆にメキシコ側からボイコットされてしまうという醜態となった。

外交には長期的な展望や広い視野が必要だ。

そのために外交のプロであるブレーンの意見を聞く、という基本的なことをせずに、目先のメディア効果ばかり狙うこの大統領が、とにかく早く任期を終えてくれないと、フランスはアラブ・アフリカはもちろんヨーロッパからも嫌われそうだ。

あの冷戦時代ですらNATOから撤退することで独自の存在感を維持していた過去のフランスの面影はない。

サルコジ路線と対照的なのはむしろヴァティカンやカトリック団体かもしれない。

イランでサキネ・モハマディ・アシュティアニという女性が姦通罪で石打ちによる死刑を言い渡された時に、息子がヴァティカンに助けてくれと訴えた。
この女性は結局助かったのだが、その時ヴァティカンは、教皇ベネディクト16世がこの問題を注視しており、外交ルートを通じて介入する可能性も排除しない姿勢だと述べたが、実際にしたことについては一切表に出さなかった。ヴァチカン広報当局は、教皇は過去にも人道問題について当事者ではない国から要請を受けた場合に外交ルートを通じて非公式に介入してきたといっている。特に死刑には完全に反対の立場であることは周知の事実だ。

教皇は世襲制でもないし、普通選挙で選ばれるわけでもなく、カトリックには領地も資源もなく、人気とりやポピュリズムを必要としない。理念に忠実に従える。水面下の外交が成功した時に、その「成果」を自慢してイメージアップを図る必要もない。

もう30年以上も前に、ソウル大学に留学中の在日韓国人のK君が北朝鮮のスパイといういいがかりで逮捕されて死刑の判決が下った時、私はパリからローマ教皇とロンドンのアムネスティ・インタナショナル(当時はまだ日本では知名度が低かった)に手紙を出したことがある。

その後、長い時を経て韓国の民主化と共にK君は釈放されたのだが、死刑が執行されぬまま来たのは、アムネスティのおかげかなあと漠然と思っていた。
しかし今考えると、韓国は日本よりはるかにカトリック人口が多いし、ヴァティカンが実際に動いていてくれたのかもしれない。

一方、アラブの軍事独裁国の実態についても、ACAT (拷問廃止キリスト教アクション)の2010年のレポートは赤裸々な報告をしている。中東と貿易しているわけでもないから、ビジネス上の配慮もせずにすむ。

つまり、カトリックは、

特定の人間を救うためには水面下で慎重に動き、それを公表せず、

多くの人を救うためには大声で告発したり正論を吐くなどしているわけだ。

これは、

ひとりの自国民を救うと称してテレビで騒いで話をこじらせ、

武器を売り石油を買うためには軍事独裁国で起こっていることは見ないふりをする、

というサルコジ路線と真逆ではないか。

まあ、自国民の救助にすら熱心でなく、外交センスもないような国もどこかにあるようだが・・・

今回のリビアで、「正義の空爆」を辞さないサルコジの挽回策を突然知らされたMarly(サルコジを批判した外務官僚たちが話し合ったパリのカフェの名で、彼らはそれをペンネームにしている)が何というか、ぜひ、聞いてみたい。

(そう言えばサルコジは、最近、イスラム牽制のためにカトリックの巡礼地を訪れて「カトリックがフランスのルーツであるのは歴史の事実だから」と、鬼の首をとったように言っていた。「歴史上の事実」なんて無数にある。そのうちのどれを取り出してどういう文脈で誰がどのように言うかが問題なんだよ。「カトリックがフランスのルーツである」ことが間違いなのではなくて、「この時期にフランスの大統領がそういうことを得意満面で言う」ことが間違っているのだ。2003年頃はブッシュの顔を見るのも嫌だったが、この頃のサルコジの表情を見るのはもっと気分が悪い。015.gif)
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by mariastella | 2011-03-11 08:43 | フランス

Instiut Jeanne d'Arc

先日のイランについての記事
http://spinou.exblog.jp/15921346/
を補足する。

シスター・クレールが20年勤めていたテヘランでのジャンヌ・ダルク学校のことだ。

Institut Jeanne d’Arc とか、 Ecole Jeanne d’Arcとか呼ばれるこの学校はシスター・クレールがバスケットボールクラブを作って未来の王妃ファラがキャプテンとして活躍したことが有名なように、上流階級のご用達だった。

19世紀を通じてイランのエリートは啓蒙思想とフランス革命が好きで、フランス文学も大好きだった。

イギリスの英語やロシア語が幅を効かせていた時代だが、それらの言葉さえもフランス系の学校内で教えられていたほどフランスびいきだった。当時国境を接していたイギリス(インドを通じて)やロシア帝国へのけん制もあったのだろう。

やはりアジアに根を広げていたアリアンス・フランセーズははっきりと商業的メリットをうたっていた。
他にフランスのユダヤ系共和国主義のフランス語学校もあった。
しかし一番上流どころはカトリック系フランス校だったのだ。

ジャンヌ・ダルク女子校ができたのは19世紀半ばで、男子校はラザリストによる「サン(聖)・ルイ」校である。

彼らはまったく宣教活動はしていなかった。ラザリストも愛徳姉妹会も、17 世紀の聖ヴァンサン・ド・ポール(ヴィンセンチオ・ア・パウロ)が創設した社会事業中心の活動修道会だ。

でも、どうして、この名前なのだろう。

シスター・クレールはこの2人がフランスを代表する名前でフランスの守護聖人であるからだと言った。
つまり、宣教活動はしない代わりに、学校の名前によってフランスのアイデンティティを強調したのだろうか。

ジャンヌ・ダルクが聖女として正式に認められたのは1920年、その前段階である福女になったのが1909年、その審査が始まったのが1894年、オルレアンの司教がジャンヌの聖性を示唆したのが1869年、ミシュレーがジャンヌを民衆の聖女だとしたのが1841年。

テヘランのジャンヌ・ダルク学校は1860年代の初めにできた。だから、聖ルイ(ルイ9世、13世紀)と違ってジャンヌ・ダルクはまだ聖女(サント)ジャンヌ・ダルクと呼ばれていない時期だ。

ジャンヌ・ダルクがオルレアン解放のために立ちあがる時に聞いた天の声の中にはこのサン・ルイの声があった。
だからこの2人の組み合わせでは、どちらかというと王党派のイメージで、イラン人の好きだったフランス革命とはニュアンスが変わってくる。でも当時のイランはガージャール王朝の支配下にあったわけだし、フランス革命的や啓蒙時代のイメージよりもそのような「曖昧ゾーン」の方が都合よかったのかもしれない。

だからかどうか知らないが、ジャンヌ・ダルクが福女になったり聖女になったりした後も、この学校の名には「サント・ジャンヌ・ダルク」と称号を付け加えられなかった。

フランス本国の内部では、その名前の女子校が公立でもたくさんできたというのに。

ジャンヌがフランスの守護聖女となったのもずいぶん後のことである。

フランスの守護聖人としてはノートルダム(聖母)もいるのだから、ノートルダム女子校としてもよかったはずだが、そうならなかった。

ノートルダムではキリスト教色が強すぎる。

当時のイランには宣教色が強いアングロサクソン系プロテスタントの学校もあって、プロテスタントはノートルダム崇敬を認めないので微妙だったからだろうか。

聖ルイもジャンヌ・ダルクも歴史上の人物。

2人とも戦場で戦った。

そういう理由で選ばれたのかなあ。

でもジャンヌ・ダルクの列聖はあまりにも同時代すぎて政治色が濃いので、「聖女」と付け加えるのはさすがにはばかられた、ということだろうか。
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by mariastella | 2011-02-16 08:40 | フランス

ユニヴァーサリスム

前に、世界人権宣言デーの記事で、Stéphane Hessel
のことを書いたこと
がある。


この人の書いた薄い小冊子で『Indignez-vous!(義憤の勧め)』というのがあって、百万部にも達して、去年のクリスマスシーズンに爆発的に売れたそうだ。

フランス人のクリスマス・プレゼントの定番は昔も今も本、香水、チョコレートであって、私もクリスマスごとに毎年いろんな人から本をプレゼントされているし、している。美術書やハードカバーのBD(コミック)というヴァリエーションもある。

この本についてや著者について、猫屋さんのブログ(2011/1/20の記事)でも少し読めるし肉声も聞ける。
 

この本がすごい売れゆきだったことは、本がクリスマス・プレゼントになるということも含めてすごくフランス的なのだが、そのせいで93歳のエッセルは突然時の人になった。

最近、サルコジ政権が改悪しようとしている年金システムや社会保障制度のすべては対独レジスタンスの中枢が編み出してきたものだということを、もはや数少ない当事者であるエッセルが強調するのは今や新鮮だ。

私の気にいったエピソードは、人権宣言にかぶせる形容詞について、

アングロ・サクソン国(英米だろう)は、internationaux を提案したのに、フランスのRené Cassin が 
universels に固執したというところである。

その形容詞は直接的には「宣言」にかかっているが、René Cassinがこだわったのは droits universels の意味である。

つまり「国際」法ではなくて「普遍」法という意味だ。この宣言での「droits」は権利であって法ではないし、宣言であって法的な拘束力もないのだが、国際間の関係に関する合意ではなくて国籍などを超えた普遍的なものを目指しているという方向性は、それによって明確になった。

日本語では「人権に関する世界宣言」のような訳なので、なんだかワールドだとかグローバルとかを連想してしまい、アングロ・サクソンの世界観とフランスの普遍主義が拮抗する感じが伝わらない。

インタナショナルでは個々の国の存在が前提になる。

この人権宣言が出た時に「連合国」の念頭にあったのは、過去の主権国ドイツの首長であったヒトラーがホロコーストを国の政策として掲げたことに関して、「他国の主権を侵害する」とか「他国の内政に干渉する」ことの是非を超えて人類に対する罪をもっと早く弾劾すべきであったという反省だった。

これはフランスのような国では、国内の共同体に関して、それが家庭であれ、伝統的な共同体であれ、その中で基本的人権を侵されている人がいれば国家が直接干渉するという基本方針に反映している。

共同体の秩序だの伝統よりも、個人の人権の方が重い。

たいていの秩序だの伝統だのは構造的弱者の犠牲の上に成っていることが多いから、これは革命的だ。

この勇気ある理念の当然の帰結として、言い出しっぺのフランスの植民地が次々と独立したりなどということにもつながったわけである。

しかし、イラク戦争など、主権国内での独裁者による人権蹂躙に対して、どの国が、あるいは国連軍が、どの程度、どのタイミングで干渉するかという判断については、政治的、経済的な利害やそれこそインタナショナルな力関係がからんで複雑極まりないものになるのも事実だ。

それでも、ユニヴァーサルを常に視野に入れていないと、インタナショナルはエゴのぶつかり合いや競争原理にのみ傾いてしまう。

義憤という人間的な正論をクリスマス・プレゼントに乗せて広くばらまくフランスにはまだまだ希望がある、と思いたい。

(エッセルが93歳の今まで、戦中も戦後も実に精力的に素晴らしい活動をしてきたことには感嘆させられるが、実は、今回の人気で彼のプライバシーも目に入り、妻の死後に72歳で30年来の愛人と再婚したなどという経歴を知り、私の中での彼の「カッコよさ」は半減した。尊敬するバダンテール夫妻にもそういう理不尽な幻滅を感じたこともある。私のような人がいるから、天下国家について立派な理想や正論を吐く人たちは、私生活もある程度マネージメントする必要があるのではなかろうか。そういう意味では独身で使命を貫くタイプの聖職者にはやはり心理的に付加価値がつくかもしれない。)
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by mariastella | 2011-01-24 08:02 | フランス

ヴェルサイユ

 この前のコンサートの解説で、フランス・バロック音楽は、中央集権の絶対王政の国で芸術好きの王様が統治した時にだけ現れるタイプの総合芸術だと話した。特にルイ14世にとっては、音楽アカデミーもダンス・アカデミーも科学アカデミーも対等の存在で、音楽や踊りはユニヴァーサルな科学の一種だと見なされていたのだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチのような人がルイ14世に仕えていたら互いにさぞ舞い上がっただろうと、半世紀に渡ったヴェルサイユの造営にまつわるさまざまなテクノロジーを見て想像してしまう。

しかし、ダ・ヴィンチがいなくても、一人のクリエイティヴな絶対権力者がいれば、最終的にはすごいことができてしまう。

今は500ヘクタールしか残っていないヴェルサイユの敷地は当時は6600ヘクタールもあり、それが43kmに渡る壁で囲まれていた。
最初から、フランス各地の森から堂々たる大木を運んで植え変えるためにさまざまな技術が開発された。

かと思うと、比較的近間のコンピェーニュの森からドングリ300万個を集めて柏の木の道を造るために植えるなど、壮大なのか可愛らしいのか分からないやり方もしている。

ローマ郊外にあるハドリアヌス帝のヴィラ・アドリアナに行ったことがあるが、あれは、自分の征服した世界の風景を再現してしまうことで所有を確認するという壮大なテーマパークだった。

先月岡山で公演した時に後楽園に連れて行ってもらったが、あそこには、領主が再現した水田や茶畑があって、ヴェルサイユの広大な菜園だのトリアノンだのにイメージとしては近い。天皇家にも稲作や養蚕などがあるが、それはシンボリックであり風景の再現が趣旨ではないし、江戸時代の有力な武家たちも基本的には儒教的な質実剛健が旨だったから大規模庭園などは大っぴらに造れないし、審美眼のある趣味人たちも、茶室や盆栽など、どちらかというとミニチュアの方向に行かざるを得なかったのかもしれない。

ルイ14世の狙ったのは総合科学芸術センターの創出に近い。

ヴェルサイユや総合芸術としてのバロック・オペラが可能になるには、

「中央集権の絶対王政の国で芸術好きの王様が統治する」

という他に、実は、もうひとつ条件がある。

一定の期間、戦争がないことだ。

ルイ14世の頃は1678年から1688年の10年がそれにあたっていた。

この10年がなければ今のヴェルサイユはなかっただろう。

早い話が、ヴェルサイユの造営に「兵力」を投入できたからである。

スイス池と呼ばれている人工池は、それを掘るためのスイスの傭兵が重労働でバタバタ倒れたためにその名がついたらしい。

現場の労働者の七割以上が兵士であり、なぜなら、兵士の給料は市民労働者の三分の一だったからだそうだ。

労働者の日給は今にして2千円以下、現場監督でその2倍、片脚を失えば5万円ほど、片目で7万円、死ねば未亡人に20万円くらいの保障が出て、日常的に怪我人や死者が出ていたらしい。

個人的にはこういう時代には生きたくない。

私は自分の生まれた場所や時代の恩恵を十分受けている。

しかし、こういうルイ14世のような並はずれた人物が、並はずれたものを造って残してくれたことには結果的には感謝している。

大権力者が、人々を酷使して、死後に自分が入る広大な墓ばかり造っていた時代や場所に比べたら、ルイ14世の残してくれたものは、貴重な贈り物だと言える。
戦争で大量の犠牲者を出すこととはもちろん比べ物にならない。

ヴェルサイユのバロック音楽研究所には私の『からくり人形の夢』(岩波書店)が置かれている。精巧なバロック・オ-トマタもまた、ヴェルサイユに象徴される総合科学芸術の産物だった。

ヴェルサイユ宮殿では今、来年2月末まで、当時の科学技術展が見られる。
http://sciences.chateauversailles.fr/

夏のバロック・バレーの招待には行けなかったので、冬のヴェルサイユに久しぶりに行ってみよう。
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by mariastella | 2010-11-15 21:47 | フランス

フランス人の人種差別

私のサイトの掲示板

http://6318.teacup.com/hiromin/bbs

で、最近、フランス人の人種差別意識の実態について質問されて答えた。

その後で考えてしまったこと。

今日は、年に一度のチベット・フェスティヴァル、正式には、チベットとヒマラヤの人々の文化フェスティヴァル。
10e Festival Culturel du Tibet et des Peuples de l’Himalaya


フランスのチベット人コミュニティは今700人ほどだそうだ。

私と彼らのつき合いは、私とフランスのつき合いと同じくらいに長い。

このヴァンセンヌの森のパゴダ周辺で行われるチベット祭にも何度も来ているが、去年からどちらかと言えばフランス仏教連合の開催するものに参加する方が多かったので、「チベット文化シンパ」のフランス人独特の雰囲気を久しぶりに味わった。

入場料は3ユーロ50。400円くらい?

でも、すぐそばに無料で散策できるヴァンセンヌの森と湖があるのだから、「普通のフランス人」が偶然通りかかって金を払ってまで入る、ということは、まず、ない。

チベット文化シンパの人たちがわざわざ来るのだ。

仏教連合の方は、フランスには旧インドシナ系の仏教コミュニティがあるので、ラオス人とかミャンマー人とかベトナム人とかがたくさん来る。アジア色豊かな感じ。ZENも人気だ。

しかし、チベット人は総数が少ないし、もとが移民じゃなく亡命者だから、こういうフェスティバルでも、歌や踊りを披露する側にはいても、参加者のほとんどはフランス人である。

パリのヴァンセンヌの近くの地域などは、移民も外国人も多いのだが、こういうところに集まっているのは、いわゆる生粋のフランス人が目立つ。

冷静に見たら、かなり、独特だ。

一昔前のフランス人のチベット文化シンパは、ブルジョワ出身のインテリ左翼が多かった。

インテリ左翼なので、反教権主義の伝統があり、伝統宗教に批判的で距離を置いたが、実は霊的なものを必要としているタイプ。
宗教や宗教指導者などに憧れを抱いているのだが、いわゆる宗教というものは蒙昧であるという刷り込みがあり、近づくのは教養が邪魔をする。

そこに「宗教じゃない、哲学である」と言われ、「超越神を立てない無神論である」と言われている仏教登場。

しかし、旧植民地国の仏教はなんとなく敷居が高い。で、大乗仏教ということもあって、日本仏教やチベット仏教に向かう。フランスの日本人コミュニティの仏教徒としての連帯は限りなく希薄だから、日本に行って仏教を学んだフランス人が帰って来て「偉く」なったりする。

チベット仏教は、ある意味でもっと魅力的だった。

戦争や植民地にまつわるやっかいな歴史がない。
ヒマラヤの神秘。
大国中国に侵略された犠牲者、悲劇の民。
ダライラマの亡命政府。
輪廻転生の思想。
仏陀の智恵を体現するラマ。

ヨーロッパには、そうやって人々をひきつけてほとんどカルト化したチベット系仏教コミュニティもところどころにある。

そういうところに、昨今のエコロジー・ブームで、「自然に還れ」という感じのやや反動的な教条主義も表れた。これはどちらかといえば保守派。カトリック信徒も少なくない。カトリックの人々は、「仏教は哲学」だと言っているので、チベット仏教にのめりこむのにさして抵抗がない。むしろ、がちがちの保守カトリックではなくて自由で開かれたカトリックだと自負している。

帝国主義時代には「西欧の進んだ文明の高みに黒人を引き上げるのが自分たちの義務」と言ったり、「新」世界の資源を無邪気に搾取奪略したりしていたフランス人たち。

チベットには略奪する見込みがなくて、犠牲者であるチベット人を助けるという、いかにも無償の行為。

住むところを失って世界中にちらばりつつ、文化と信仰心を維持しようとするチベット人の運命は、ユダヤ人のそれと似た構図もある。

ユダヤ人に対する葛藤、迫害、差別、憎悪、偽善、罪悪感などは、教養あるフランス人にとっては抑圧したい原罪にも似たトラウマでもある。歴史、経済、政治、いろいろなファクターが多すぎて、「贖罪」は難しい。

そういうもやもやの一部が、チベット人を支援することで解消されているのではないだろうか?

誰もこんなことは言わないが。

ユダヤ人だけではない。

フランス本土に住む、旧植民地出身のアラブ人や、黒人や、カライブなど海外県の黒人や、中国人らに対する、ぬぐいきれない差別意識への罪悪感が、見方によってはもっとエキゾティックなチベット人を支援することによって、軽くなるのかもしれない。

しかも、他の外国人にひそかに期待するような、「フランスにいるんだからフランス人になりきりたまえ」という、上から目線の「同化」主義じゃない。

チベット人がチベット風であるのは大歓迎。それどころか、ぼくたちフランス人もダライラマの前で五体投地するし、本気で尊敬するし、憧れるし、チベット服も着るし、チベットに同化せんばかりの勢い。

ほらね。

人種主義者じゃないでしょ。

白人優越主義でもないでしょ。

近代文明賛美者でもないでしょ。

植民地主義や帝国主義じゃないでしょ。

平和主義でしょ。

そんな人たちが、このフェスティヴァル会場の一歩外に出ると黒人に差別意識を抱いていても、全然不思議じゃない。

前述したように、一昔前は、

「インテリ左翼だが、宗教と縁を切るには繊細過ぎ、弱過ぎて、また、フランス人の個人主義的競争社会に居心地の悪さを感じていた人たち」

の魅力的な受け皿となっていた「チベット文化シンパ・サークル」に、今は、

「テクノロジーの進化を苦々しく思う保守派や、自然に還れ、的なエコロジー原理主義たち」

が加わったのだ。

黒人もいない。

アラブ人もいない。

中国人もいない。

(ユダヤ人はいる。フランスの伝統社会にもユダヤの伝統社会にも違和感を持っているインテリ左翼ユダヤ人は、こういう場所でほんとうに「フランス的自由平等友愛」の連帯を感じるのかもしれない)

ヒマラヤのヤクの背に乗ってはしゃぐ金髪の子供たち。

みんな和気あいあい。

自由、平等、友愛、平和。

チベットがシャングリラとか桃源郷っていうのは、ほんとだなあ。

30年以上も、フランスのチベット・シンパ・コミュニティの皆さんをウォッチングして来て、思う。

この中では、私は差別されてない。

フランスの他の場所では、中国人もベトナム人も日本人も区別せずに漠然とした差別意識を持っている人は少なくないと思う。

しかし、さりげない「エリート意識」が漂うチベット・シンパのフランス人は、もちろん、ベトナム人と日本人を混同したりしない。しかも私は「日本人コミュニティ」として参加しているわけではない。

どっちかというと「インテリ左翼」の仲間、と思われてきた。

しかし、東洋人だから、仏教のことなどフランス人より詳しそうだし、チベット人とも近そうだ。
ちょっと、牽制。
ちょっと、嫉妬。

そういうスタンスが多かったかも。

私が最初に知り合ったパリのチベット人コミュニティは、次世代、次々世代に移ろうとしている。

感慨深い。

それに対して、最初に知り合った「インテリ左翼」フランス人のチベット・シンパの人々は、

私と共に老いてきた。

子供がいない人、独身の人が圧倒的に多いからだ。

一方、新しいチベット・シンパのフランス人は、保守派や自然志向、エコロジー志向の人が多い。結婚して、赤ちゃんを産んで、わざわざ布オムツを使っているような人たち。

そんな人たちが、大挙してくるから、子供たちが駆け回っている。

新しいところでは、引退した68年世代が、健康問題をかかえたりして、何か心のよりどころを求め、今さら教会などに戻る気はないので、エコロジーで環境に優しそうで健康にもよさそうなチベット仏教はどうかなあ、という感じでけっこう来ている。

自由、平等、友愛。

平和。

和気あいあい。

こちらでは子供たちがはじけるように笑い、
あちらでは初老の女性がチベット健康茶を真剣な面持ちで購入している。

仮設舞台では歌手が、空気をつんざくような高い声で「ルー」という伝統歌謡を絶唱している。

連帯なのか。

これって、連帯なのか。

でも、

とても、

とても、

フランス的だ。
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by mariastella | 2010-09-13 06:07 | フランス

フランス人の働き方

 先日TVのニュースで、フランス人はアングロサクソンや北ヨーロッパといかに違うかということを解説して、「知ってますか?」という口調で、「アングロサクソン国や北ヨーロッパでは、19時を過ぎても会社に残っているのは、仕事の効率が悪いことの証明なんだよ、ところがわがフランスでは19時過ぎても働いているのは、熱心だという証明(engagement) なんだから・・・」と批判的に言っていたのを聞いた。

 そこには「デキる人間はてきぱきと仕事を終わらせる。デキないやつがぐずぐずしているんだ」というネオリベ的なコストパフォーマンスの考えがもちろん明らかなのだが・・・
 
 30年前は、企業の日本人でフランスに来た人は、フランス人がすごく働くことに驚くことが多かった。

 「いやあ、フランス人はラテン系で働かないのかと思ってたら、上の人はとにかくよく働く」

 というのだ。ナポレオン以来のフランスのエリート養成システムは、いかによく働くための心身能力があるかの選抜なので、それは実際当たっている。エリートはよりたくさん働く義務があるというか、それを期待され、また身についているということだ。それは今も変らない。

 もう一つ最近よく言われる「比較」は、アングロサクソンの企業戦士は、昼もコーラとサンドイッチだけをPCの前で働きながら一人で食べ、フランスでは、昼休みが昔の2時間から1時間が主流になった今でも、基本的には同僚とそろっておしゃべりしながら食事を楽しむ、という違いだ。これはどちらかというと、フランス人がヨーロッパで最も肥満度が少ないことも含めて、バランスよくストレスをためない食べ方をしている、というポジティヴな言われ方をする。どちらかというと自虐が好きなフランス人だが、さすがに、昼間パソコンの前で一人で食べるのが勝ち組で効率的だというほどには、メンタリティは変化していない。
 食事を楽しむのは、エリートも単純労働者も同じである。アンリ4世の時代から「美食」がトップダウンで政策になった国ならではの根強いこだわりだ。

 日本はどうなんだろう。つきあい残業というのはよくきくし、自分の仕事をもう終わらせていても、周囲が残業していると定時に帰りにくいというのは日本的にはすごく分る。
 食事はどうだろう。女子社員が連れ立っておしゃれなランチというのはイメージがわくが、エリートビジネスマンは、ビジネスランチ以外に同僚と楽しく食事するのが普通だという感じはしない。
 
 日本では儒教の影響で、上の階級はむしろ質素な食事を心がけ、食文化というのは、芝居小屋や遊郭などの「悪場所」で洗練された歴史もあるから、「楽しいランチ」は「女子供」のものというのが残ってるかもしれない。

 アングロサクソンと比べた時、日本とフランスは似てるなあと思うことがよくあるのだが、もし日本の企業人が、昼はアングロサクソンのように慌しく食べて夕方はフランス人のように自主残業するのだとしたら、かなり気の毒だ。

 サラリーマンの鬱病や自殺が増加しているんだから、この問題はきっちりと考える必要がある。
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by mariastella | 2010-03-01 20:23 | フランス

ブルカ禁止法

 フランスに亡命アフガニスタン人などが増えたせいか、いわゆるブルカという全身を隠して目のところが網目になっている服を着ている女性がたまに見られるようになった。その他に、サウジ・アラビア風の全身真っ黒のものとか、イスラム系女性が外で身にまとうものはいろいろあるのだが、フランスでは、顔を含めて全身を隠すものをブルカと総称し、これを公道で来て歩くことを制限する法律を作るかどうかでいろいろもめている。

 少し前の学校における「イスラムスカーフ禁止法」が、イスラムを特定しないように、あらゆる宗教のシンボルの目立つものは禁止と言い換えたように、宗教と結びつけた抑圧と取られるのはいかがなものかという考えもある。
 私も、どちらかといえば、もぐらたたきみたいに法律を作るよりも、ケース・バイ・ケースで、ある女性の全身ヴェールが、どういう力関係によって決められているのかをチェックして、セクト禁止法や女性差別に関する法律などで対応すればいいんじゃないかと思っていた。
 もちろん、学校に子供を迎えに行く時に、ほんとに母親なのかどうか分らないような服装でいくとか、身分証明書の写真に無帽の顔出しを拒否するとか、明らかな不都合は回避すべきだし、すでに、デモ行進などで顔を隠すことは規制されている。ヨーロッパの他の国では特定の祭り(カーニヴァルなど)をのぞいて公道での顔を隠すことを含む「変装」を禁じている地方もあるらしい。コスプレなんかはだめなわけだ。まあ、フランスにも、女性のズボンを禁止する法律がまだ残っているが、もちろん誰も罰せられない。

 しかし・・・

 ヌーヴェルオブスのジャック・ジュリアールのコラムを読んで、ブルカ禁止法もありかなあと思うようになった。
 
 女性の顔、髪、腕、脚を隠すのは、女性を性的次元に矮小化することであり、それらの部分が性的機能を持っていること=つまり、特定の男(父や夫)の私的所有物であるか「罪」であると見なすことである。
 「好きでヴェールをかぶっている」と主張する女性がいる。男に強制されたのでなく自分の選択だと。
 それには、『いやいやながら医者になり』(モリエール)のマルティーヌの「私が殴られるのが好きだとしたら?」というセリフを対応させればいい。

 それはこういうことだろう。
 世の中には殴られるのが「好き」でそれを「選択」する人もいるだろうし、それは自由だ。では、運良く「殴るのが好きな人」に頼んで、合意でプライヴェートに楽しめばいいので、公道で殴ったり殴られたりのシーンを繰り広げてはならない。ヴェールをかぶったりコスプレの好きな人は、それが合意となる空間でやればいいので、それを不快や不都合だと思う人が見ることを避けられないような場所でやってはいけない。

 ジュリアールは、1848年にラコルデール神父が労働者を守る法律を支持して言った言葉を引く。

 「強者と弱者の間、金持ちと貧乏人の間、主人と召使の間では、自由が抑圧し、法律が解放する。」

 つまり、「自由にまかす」「規制しない」というのは、平等な者たちの間では「解放」の要因になるが、すでに強弱の差異やヒエラルキーのある関係においては、弱者を守る法律が必要で、「自由」にしておくとその「自由」を享受するのは強者だけであって、支配関係はますます強まるのだ。

 ほんとだなあ、と思って、この話を友人たちとした。

 まず若い女性から異論が出た。

 全身ヴェールだけが性的含意というのはおかしい。それなら、私たちが顔を出しても、化粧したりいろいろファッションに心を砕くのも、同じ意味で、私たちが性的コードに捕らわれていてそれに呼応していることである。女性についてあらゆる化粧やファッションや体型に関するプレッシャーを取り除くのでなければ偽善である。

 というのだ。むむ・・・

 まあ、私はたとえ80代の女性でも、美容やファッションや体型やブランドが強迫観念になっていることがあることを見聞きしたし、その人たちは、確かに情報操作の犠牲者とも言えるが、「男に気に入られよう」という性的含意はなく、多くの場合は、たんに近所の人とか、たまに会う友人とかサークルとか、同年輩の親戚の女性とかの目を意識しているのだ。これは、若くない女性一般に言えることで、すごく狭い範囲の知り合いから「あの人きれいね、若いね、すてきね、違うわねえ」とか言われたいだけだったりする。
 サウジアラビアでも、外では真っ黒ヴェールだが、家の中の女たちだけの集まりでは、みんな、美しさやファッションや宝石を競い合ってたのを目撃した。異性の目がなくても競争心は健在なのだ。
普通の国でも、公道で不特定の男に見られたい、という欲望により装いに夢中になるというのは、めったにないんじゃないんだろうか。若い女性でも、せいぜい、職場で、学校で、合コンという狭い範囲で他の女性より目立ちたいだけじゃないかなあ。
 やはり、全身を隠すブルカを来て歩くのと同じくらいに、見せるファッションをすることが社会的抑圧だと言うのは、やや違うようにも思える。

 大体において、21世紀のフランスでおしゃれに金と時間を費やしているような若い女性には、19世紀における弱肉強食の中から弱者が少しずつ権利を獲得してきた歴史の重みが想像できないのだ。そして、その同じ21世紀のフランスに、構造的弱者としての女性が共存していることも。

 もう一つの証言は、ある郊外のシテ(これが移民とその子弟のゲットー化している低所得者用公営団地)のイスラム系住民を調査した人の話。

 そのシテではブルカを着用しているのはまだ若い3人の女性のみだ。マグレバン系のごく普通の「移民の2世」である。彼女らは自分で「選択して」ブルカを着用している。移民1世の親たちはせいぜいスカーフどまりだ。
 しかし、その3人というのは、「よきムスリム」ではなくて、全員が、ごく若い頃からさんざん「遊びまわって」、そのシテの多くの男たちと関係を持った女性だというのだ。

 それを皆に知られているから、彼女らはもう結婚もできない。

 で、ブルカ。

 ブルカは、改悛のシンボルであり、要するに彼女らが、過去を悔いて「尼寺に行った」「修道院に入ってしまった」のと同等らしい。つまり、もう存在しないことによって、女としての機能を担う部品(腕や顔や髪や脚)を隠すことで、「世を忍ぶ姿=もう誰でもない亡霊のような存在」になることで、シテで生き続けてるのを容認されているというのだ。ブルカとは、女性を、個性(性別も含めて)を消して、非人間的なモノとするわけである。

 この問題はやはり奥が深い。

 
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by mariastella | 2010-01-21 01:35 | フランス

『移民の子供たちの運命』


LE DESTIN DES ENFANTS D'IMMIGRÉS. de Claudine Attias-Donfut et François-Charles Wolff. Stock,

忘れないうちにメモっとこう。

 信頼できるらしいエコノミストと社会学者が書いた上記のタイトル『移民子弟の運命』の本に拠れば、フランスの6000人の移民とその子孫2万人の統計では「移民の子弟=失業、犯罪、暴動」という昨今の報道のされ方は全く事実を反映していないらしい。

 私は、フランスのユニヴァーサリスムに基づいた移民の同化政策を支持している。フランス語の習得(フランス文化の享受可能性)と、普遍的人権を掲げる共和国主義への合意ということであって、別に、みんなが同じように横並びになれというわけではない。第一、生粋のフランス人ほどそういうのが最も苦手である。
 これに対して、近年は、マイノリティ側に、コミュノタリスムに根ざした犠牲者主義というのが蔓延し、「旧植民地の子孫とか奴隷の子孫」という圧力団体が形成されがちなのを苦々しく思っている。

 しかも、2005年の「移民の子弟の暴動」報道のようなものがある度に、

 「ほーら、フランスのユニヴァーサリスムはもう賞味期限が切れている、機能していない、理想主義、偽善だ」

 といった類の、アングロサクソンのプロパガンダみたいなものが横行した(2003年のイラク派兵の際にアメリカのコミュノタリスムとフランスのユニヴァーサリスムの戦いが表面化したのを受けていた)。それを受け売りした日本の評論家の中にはそれをリピートする人がいて、ユニヴァーサリスム擁護する者を「フランスかぶれ」扱いする人さえいた。

 私は、今の世界の状況では、日本はユニヴァーサリスムを採用した方が外交戦略としては圧倒的に有利だと思うので、別にフランスかぶれでユ二ヴァーサリスムを擁護しているわけではない。

 それに、30年以上の私の生活実感としても、フランスのユニヴァーサリスムはまだ機能していると思うし、自分ははっきりその恩恵を受けている。
 でも、郊外のシテ(低家賃集合住宅)は無法地帯で移民の子孫が騒いでいてゲットー化しているという報道を見るたびに、居心地が悪かった。

 この本によると、移民の子孫の80%は普通の町に住んでいる。普通の町ではアメリカのような人種や宗教の棲み分けはもとよりない。移民の子孫は親も子も、3分の2以上が、親よりも子の生活水準が上がった、と答えている。これは「普通のフランス人」の2倍の数字である。
 その理由は、移民の第一世の親には、子供を成功させたいという上昇志向があって、それが子供のモチヴェーションになっているからで、フランスの教育社会主義が、それを可能にしている。女性が男性よりも社会的に上昇率が高く学歴も高いのは、移民家庭の「母親」が娘のジェンダーの縛りの解放をより望むからだというのだ。日常的に差別を感じる人は5,8%に過ぎず、これは、たとえば、女性や障害者が女性や障害者であることで差別を受けていると感じる数字と大差ないかもしれない。

 アフリカの旧植民地国出身の親には、citoyenneté de contestation つまり、クレーマー公民性というのがある場合があり、これが若い世代の犠牲者主義運動につながり、この場合には、社会的上昇や統合も困難になる。

 なんといっても、フランスでコミュノタリスムや犠牲者主義が広まってしまったのは、もう20年以上、政権保持者が、左派も右派も、ソシアルの問題を人種問題や宗教問題にすりかえてきたからである。
 低所得や失業やホームレスなどに結びつく社会的弱者の救済を、ソシアルの問題としてちゃんとユニヴァーサルに取り組まないで、移民などのマイノリティの問題にすりかえたからだ。

 (実はもう一つ理由があって、これは日本にいると本当に分りにくいのだが、最近亡くなったレヴィ・ストロースなんかがさんざん利用されたのだが、遠隔地のマイノリティ文化の「発見」による西洋文化の相対化とポスト・モダンの底に流れるフランス人独特の自虐趣味がこの風潮を放置したのだとも言える。この辺についてはまた書くが、日本のように、フランスから見て「周辺」文化にいる者たちは、その自虐趣味を都合のいい所取りして、問題をますます見えなくした。笹野頼子さんのような方に「西哲野朗」と呼ばれる追随の仕方で、大きな「勘違い」をした部分が多々ある。私が今「無神論の系譜」について書いている目的のひとつはその「勘違い」に光をあてることである。私もまた70年代の構造主義が抱える裏のニュアンスに当時はまったく気づかなかった一人だ。)

 今フランスでは不法移民の排除を厳しくして、国民アイデンティティの問題を政策的に話題にし、「移民の子弟の暴れそうな」郊外シテの警備をますます厳しくする(今の大統領は安全を求める人の不安を煽ってこれに迎合することでのし上がってきた)とまた言い出した。これがまた犠牲者主義に油を注ぐだろう。

 共和国理念というのが、まがりなりにも「普遍的人権」だったように、フランス人のアイデンティティとは、そのままコスモポリタンのアイデンティティであリ続けてほしい。
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by mariastella | 2009-11-29 02:07 | フランス

フランス人と日本人の自虐の本音

 日本人は、よく「外人の見た日本人」の類が好きだといわれる。日本語は特殊だとか、日本文化は特殊だとかいうのも言われるのもわりと好きで、「ちょっとおかしいよ、世界のスタンダード(アングロサクソンのスタンダードだったりするが)とずれてるよ」、と言われるのも好きみたいだ。それと、自国文化を軽視したり、卑下したり、舶来崇拝があったりするのとは裏腹をなしている。

 フランスは日本のような「周縁文化」じゃなくて「中華思想」だから自分が偉いと見なしてるのかと思いがちだが、実は、フランス人も、「外人の見たフランス人」論が好きで、アメリカ人ジャーナリストが「フランスって変だよなあ」、なんていう本を「フランス人向け」に出すとよく売れたりする。「フランスの例外」という言葉もあって、他のヨーロッパ諸国ともずれていると認めるのが好きだ。

 そのわりに、伝統的にイタリアものを崇拝したり、アメリカ好きもいるし、中国とか日本とかチベットとか、遠い感じの文化を論じるのもスノビズムの一種になっている。

 私が、自分のトリオの最初のCDを日本語の解説入りだけで出した時に、フランス音楽なのにフランスではそれがハンディにならないかと気にした時、少なからぬフランス人にこう言われた。

 「フランスではね、情けないけど、自国レーベルのCDよりも、外国のCDとかの方がかっこいいと思われるんで、このままの方がいいよ」

 なんだか、そういう舶来志向って「日本の特徴」かと思っていたので意外だった。

 実際、フランス・バロックをやるのに、日本人の私が混ざっていることは、ハンディとされたことがなく、むしろステイタスだと扱われることもある。

 で、自国人が外国人に批判されるようなテーマをわざわざ持ち出して、自虐的に話題にするのも好きだ。

 世界の31カ国のホテルが観光客の採点(金ばなれ、マナー、服装など)をした。
 総合で圧倒的1位は日本人で、最後尾はインド人中国人フランス人の3者だそうで、この話をすると、フランス人はみな喜ぶ。日本人は結構シニックになる。

 フランス人は、

 「ははは、そうだろうな、フランス人は文句ばっかりいうからな」

 と認める。

 日本人は、

 「これは見方を変えれば、日本人はおとなしくて都合のいい客だというだけのことではないのか」

 と、ちょっと、すねたりする。

 しかし、フランス人も日本人も、本当は、自虐の本音に、自信がある。自信があるからこそ、他から批判されるのも好きという余裕がある、という感じだ。

 日本人はちょっと変、みたいな話でも、「いや、実は、これこそが世界に誇る特徴なのだ」という人も出てくる。

 たとえば、

 「日本人は無宗教だって言われるけど、宗教に深入りしないで付き合う大人の国なんだよね。一神教のやつらのように、原理主義の戦争なんかしないもんね」

 という感じだ。

 フランス人も同じで、自虐ネタの中にも、本当は、その裏返しの自信があることが多い。

 決定的に違うなあ、と思うのは、

 日本人が、

 「日本人はえてして・・・と批判される、でも、本当はね・・・日本人は正しいんだ」

 と集団的自己弁護するのに対して、フランス人は、ずばり、

 「フランス人はえてして・・・と批判される、でも、僕はね・・・ちがうんだ」

 と、個人的自己弁護をするところである。

 この辺は、日本人とフランス人が似て非なる、両極端だなあ、と、思わされる。
 でも、そのニュアンスの差がつかめれば、他のアジア人やアメリカ人よりも付き合いやすいなあと思うのは私だけだろうか。

 

 
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by mariastella | 2009-05-30 02:29 | フランス

フランス・ユニヴァーサリスムの危機

 フランスのユニヴァーサリスム政策が、移民のゲットー化に現実などに上手く対応できていないからと言って、まるでその解決策の決定版のようにアメリカン・コミュノタリスムが浸透していくさまを見るのは我慢ができない。

 その決定版は、県別に、住民の人種の統計をとって、そのパーセンテージがその県の企業の労働者のパーセンテージに反映しているかどうかをチェックしようという試みである。これはアメリカ風アファーマティヴ・アクション以外の何ものでもない。

 フランスでは、住民は、誰でも個人の単位のシトワイヤン(共和国市民)だと見なされる。それが各種コミュニティより優位だと見なされる。だから、原則的には、あるコミュニティの中で(それがたとえ家族であっても)、伝統や文化や慣習やローカル・ルールによって「基本的人権」が侵されているという時は、その個人が国に訴えれば、国の介入を求めることが可能である。
 
 だから、「人種別の統計」も禁止されている。

 しかし、現実に、アフリカ系、アラブ系の名を持つ者には就職が不利だったりするという差別がある。

 昔私がサントノレにあったある日系プレタポルテのブティックの雇われ社長をしていた時、ドアに「フランス人女性販売員募集」という張り紙を日本人の出向社員が出した。次の日に、「社長」の私はj警察に呼び出された。
 この求人は2重に違法である。「フランス人」と国籍を限定したこと、「女性」と性別を限定したことである。
 「フランス語を話す人」というならば業務に必要なスキルであるからOKだ。

 実際には、黒人の男が面接にやってきても、「あなたは私たちの求めているイメージと合いません」と言って採用を断るのは自由なのだから、この法規制は、意味がないともいえる。
 それでも、「25歳から35歳までのスタイルのいいブロンド女性募集」なんていう張り紙を絶対に許さないフランスの建前を私は好ましいと思った。偽善的とかザル法といわれても、この方向性にしか私の求めるユニヴァーサリスムはないからだ。

 ところが、近く、現場での実質差別を解消するために、「白人か黒人かアラブ人の数の統計をとる」と言いだした。
 ここで、「白人」については、イタリア系かポーランド系か、ポルトガル系かと言われないのは、これらの「白人移民の子孫」は実質的に「権利の上で同化」していて差別を受けないからである。「アジア系」が話題にならないのは、アジア系はすでに強力なコミュニティーを作っていて自分たちで雇用を作っているケースが多くて社会問題になりにくいからである。私の中国人の友人はアジア食の工場や多くのレストランを経営しているが、求人がすべて「中国語コミュニティ紙上に中国語で募集」しているので、事実上フランスの警察にひっかからない。

 だからこのプランは、実質、「黒人」と「アラブ人」に、「救済」と称して、レッテルを貼る試みである。

 もっとグロテスクなことがある。

 このような「統計」の試みは、アメリカかぶれのサルコジ政権になってからあからさまになってきたが、すでに、2007年11月に、「違憲」であると、公に斥けられている。

 で、今回は、「あなたは白人ですか、黒人ですか、アラブ人ですか」というアンケートをとるのではなく、「何に属していると感じていますか?」とアイデンティティのsentiment(感情)について調査するのだそうだ。

 確かアメリカの国勢調査では、何系というのを記入する欄があって、しかし、それは強制的ではなかったと記憶している。

 「アイデンティティの感情」

 これは、ますますひどい。

 この国に住んでいる以上、私は市民として「権利と義務の同化」を享受している。
 そして、私の周りの友人たちも、「何系」であろうとその点でまったく波長が合っている。

 ハイブリッドな人たちも多い。彼らは国際人であり、それが力となる。

 フランスのユニヴァーサリスムのシンボルである「人種別統計の拒否」を守らなくてはならない。

 アメリカでは、今のところ、オバマ大統領を揶揄、諷刺することが非常に難しいそうだ。
 白人のサティリストは、人種差別者と言われることを恐れるし、黒人のサティリストも今のところ、オバマは隙を見せず「完璧」だから静観しているのだそうだ。つい最近 Jay Leno がようやく『The Tonight Show』取り上げたらしいが、どんな風だったのだろう。「ブッシュ大統領の頃が懐かしいよ」と彼は言ってたそうだ。

 ともかく、差別をなくすという立派な名目であろうとも、そのために、自由な個人を、利害が対立するグループのアイデンティティに閉じ込めたり、振り分けたり、差異性を強調するのは誤りであると私は考えている。

 フランスとは全く別の文脈だが、そして日本ではあらゆる意味でマジョリティの平均的日本人だった私が言う限りではあるが、私の育った頃の日本ではまだ「単一民族の日本」という神話が根強くて、よく見れば南方系だったり大陸系だったり、肌の色白や色黒にもかなりのヴァリエーションがあるにもかかわらず、みんな同じ日本人だと思っていた。同じ地域に何代も住んでいたような家系でもないので、ローカル性もあまり意識したことがない。だから、フランスのユニヴァーサリスムは、私には最初からとてもナチュラルなものであった。

 それでは、今、「異なるアイデンティティの戦い」の様子を呈しはじめているフランスで、ユニヴァーサリズムを立て直すのにはどうしたらいいかというと、一つは、キリスト教ユニヴァーサリスムの見直しがある。ユニヴァーサルを、「短期間に成果を出すべきプログラム」としてではなく、人間性を見据えた、決して完全には到達できないが、そこへ向かって収斂していくように絶えず回心を迫られる義務であると見ることである。これについては、最近Chantal Delsol 女史の優れた講演を聞いたので、また別のところで述べよう。

 もう一つは、ひょっとして、ソリプシスム? の精神かもしれない。
 ソリプシスムは無神論の一つの解決だと思っていたが、ユニヴァーサリズムの方法論にもなるかもしれない。
 ソリプシスムはエゴイズムの対極にある。エゴイズムでは、他者より自分の利を優先するわけで、これをコミュニティに広げればコミュニティ同士のエゴイズムが衝突しあう。

 しかし、たとえば、ソリプシストKが、ラブレターで、「君は私だ、君はすべてだ、だから君は神だ。」と宣言する時、それは愛する人を神のように崇めるというのではない。
 Kのソリプシスムというのは、全能感によるものではなく、「分解できない全体」感から来るものなのだ。

 ソリプシストのロジックでは、すべての人が神なのであり、自分なのであるから、たとえば、「俗人」を蛇蝎のように嫌う高等派などとは全く違う。ソリプシストの中では自己対他者は支配関係はもちろん、対立関係にもならないのである。

 K s'impose comme un Tout.

Kは常に、一つの全体として自分を開示する。
 こういう文学者や思想家は稀有かもしれない。むしろ、ある種の絵画作品や彫刻などに、ディティールの鑑賞と呈示を拒否して「全体」としてだけ迫ってくるものがある。

 私たちは、自分も、他者も、そのような「全体」として生きるべきではないのだろうか。
 肌の色や文化や生い立ちや健康状態などのカテゴリーで矮小化して微調整を測り、「自分の生活の質」を向上するためにアレンジメントしたり権力者の政策というお情けにすがったりするのは根本的に間違っているのではないだろうか。

 マタイによる福音書(22-36・・・)の中に、もっとも重要な掟は何かと問われたイエスが、まず、あなたの神である主を愛しなさい、と言い、続いて、それと同じように重要だとして、隣人を自分のように愛しなさい、と答えるシーンがある。

 これも、ソリプシスムの光をあてるという禁じ手を使うと、非常にロジックである。
 ソリプシストのロジックにおいては、神と、自分と隣人は、いずれも、「全体」であり、愛と尊厳においてきれいに並ぶからである。三者を切り離すことはできない。
 創造者である神の前では自分も隣人も平等であるから愛し合わなくてはいけないのではなくて、「全体」であることにおいて、自分も隣人も神であるからなのだ。

 私は、「人となった神」を説き、三位一体を説くキリスト教が、近代の原動力となった無神論を内包し、分身のように用意したと考えているが、ソリプシスムも実は、同じ分身のようだ。
 そこには、権力をふるう神とか、裁く神とか、祈願の成就を期待する神とかいう「他者性」はなく、関係性だけが残る。「inter-indépendance=相互独立」というやつである。独立と孤立は違う。

 ソリプシストKが自分のことを形容する言葉で、一つだけ、私とそっくりなのがある。

 それは「私は私の猫たちの奴隷である」という言葉だ。

 「無償でお世話させていただく立場」から決して解放されないという意味では、立派に奴隷だ。

 そして、猫こそは、一匹一匹はそれぞれ個性がまったく違うのにもかかわらず、それぞれが完全な「全体」という個体であることとは一体どういうことなのかを、実感として分らせてくれる存在である。

 分析的に理解しようとするとくらくらするKの世界だが、猫好きの一点で、分るかも、と思ってしまえる。

 
 

 
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by mariastella | 2009-03-24 23:41 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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