L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 233 )

軍の統帥権をめぐってのあれこれ

今までうかつにも考えたことがなかったけれど、マクロンとド・ヴィリエ将軍の対立でいろいろ聞えてきたことがある。

軍部は、オランドとドリアンがサハラと中東を中心に14カ国にフランス軍を展開しながら戦略がなく目的の遂行がないことを不満に思っている。
また、他国への干渉(マリだけではなく、イラクや、ミッテランの第一次湾岸戦争の参加も含めて)にあたって、いつも大統領の独自の決定であり民主的な「公論」がなされてこなかったことにも異論がある。

そして、そのような軍事における絶対の統帥権を持つフランスの大統領と違って、 ドイツのメルケル首相には、いわゆる軍事統帥権(最高指揮権)がないそうだ。(ドイツは連邦国だし大統領も別にいるが大統領にも軍の統帥権はない)
そのことが、ロシアや中国が経済問題などで、フランスとではなくメルケルと積極的に接触する理由の一つだと言うのだ。

軍事的なかけ引きがないからだ。

なるほど。

そういえばドイツ軍には集団的自衛権はあっても個別的自衛権はないという話も耳にした。二度の大戦の敗戦国だからいろいろ牽制されているのかもしれない。ヨーロッパ連合やNATOの枠内でだけ動けるのでEU内ではもう戦争はないという前提なのだろう。(詳しくは未確認)

そのドイツの軍事予算は もうすぐフランスを抜いてヨーロッパでイギリスに次いで第2位となるそうだ。

フランスはヨーロッパで今も帝国主義的な夢を捨てていない唯一の国だとも揶揄される。

フランス軍自体も、引き上げることを望んでいるわけではない。

各地に兵を出していること自体は意味があると言っている。
けれども具体的な「成果」につながらない現状にはフラストレーションがある。

だから軍事費の緊縮には強く反発しているわけだ。

就任してすぐマリを訪れ軍の総帥として印象付けておいたマクロンが予算だけ削ると言うのは話が違う。

しかも軍事パレードの前日に、公の席で マクロンは自分がトップだと言ってド・ヴィリエを諌めた形であり、それは他の将軍たちにも我慢できないことだった。

金曜日の会談でどうなるか、マクロンの真の技量が問われるだろう。

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by mariastella | 2017-07-19 00:38 | フランス

マクロン VS 仏軍総司令官

マクロンが、引き続き、陸軍参謀総長で今フランス軍のトップの地位にあるピエール・ド・ヴィリィエ将軍との対立を深めている。

シャンゼリゼをパレードした時にマクロンのそばに立っていた人だ。

トランプ大統領を招いた7月14日のパレードの後では、マクロンはパリの軍司令官とことさらに打ち解けた様子を演出していたが、ド・ヴィリィエ将軍の目はごまかせない。

防衛予算削減をめぐってあらわになった食い違いだが、マクロンは問答無用でとにかく軍のトップは大統領のこの私、反論は一切許さないというスタンス。

それに対して将軍は、軍のような命をかける場所では、命令に服するに当たって、信頼関係が築けていることが必要だという。フランスで兵役のなくなった世代の39歳の男で大統領になってから2ヶ月のマクロンが居丈高に絶対権威を振り回すことの不健全さを堂々と口にしている。
「人々を盲目的に服従させてよい人間など存在しない」とFacebookで明言した。

私の立場は、もちろん、ド・ヴィリエ支持。


マクロンに堂々と反論して譲らないこの人。
こういう人がいることが私がフランスが好きな最大の理由だ。

金曜日に2人が会談するそうで、おそらくド・ヴィリエ将軍の辞任という結末になるだろうといわれている。

全能感にあふれた大統領、知性があるならド・ヴィリエ将軍のような人の存在する意味を考えてほしい。

シビリアンコントロールの大切さと、単に一時的に首長の座に就いた文官が「ぼくちゃん一番偉いから」と首領風を吹かせることとは全く別である。

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by mariastella | 2017-07-17 03:38 | フランス

フランス外人部隊の行進

7月14日の祝日にシャンゼリゼの行進をTVで試聴して、いつもながらおもしろいと思ったのは、終わりの方にある外人部隊の行進だった。
その第一陣は、髭面で斧を肩に担いでいるコスプレ風という姿も印象的だが、歩く速度が音楽に合っていない。

それまでの行進曲はいろいろなものが組み合わさっているが、基本的にラ・マルセイエーズと同じくメトロノーム120、つまり1分間に120歩進む速度だ。1秒で2歩。

ところが、外人部隊の歩く速度は88になる。1分間に88歩。

7月王政で廃止されたスイスの傭兵などをリサイクルするため創設された外人部隊のために1840年頃にできた独自の行進曲の速度だそうだ。(参考)

行進しているのが外人部隊だけになると、音楽自体も88のテンポになるのだが、第一陣が現れる時は、その前のグループに合わせてまだ続いている120の曲で88の歩きをしなくてはならない。

だからすごく微妙なゆらぎで興味深い。(先頭を歩く人がイヤホンか何かでテンポを聞いているのだろうか)

ラストの鼓笛隊の演奏も、ニースのテロの記念式典を先取りしてNICEと人文字を描くことなどなかなか凝っていたが(マルセイユじゃなくてよかったね)、楽器に取り付けていためくり式の楽譜がおもしろかった。アメリカへのサービス、ニースへのサービスなど、曲の種類が多く、それを歩きながら、楽譜を繰りながらこなすのだからさぞ緊張しているだろうと、演奏者の立場を想像してしまう。

そういえば、フランス・バロックの時代にはバロック・バレーと音楽と乗馬と剣術とが一続きに訓練されていたこともあらためて想起した。






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by mariastella | 2017-07-16 00:05 | フランス

パリのトランプ大統領

マクロンの招待に応じたトランプ大統領が30時間パリに滞在した

まずアンヴァリッドでナポレオンの棺を見る。
75年前にヒットラーを感動させた場所だ。

それからエリゼ宮でマクロンと会談、夕食はアラン・デュカスが腕をふるうエッフェル塔。
そして翌日の革命記念日のシャンゼリゼでの軍事パレード。

前にも書いたが、世界一の軍事大国アメリカは、独立記念日にでもこういうパレードはしない。第一次湾岸戦争での凱旋パレードのようなものはあったけれど。

マクロンの演出は見事に成功した。

天気がよかった。

テレビで中継を見ただけでもある意味で感動した。
もちろん私は軍事パレードというものは大嫌いだ。
けれども、テレビのスクリーンが大型化し、ハイビジョン化し、天気がいいので、光と影のコントラストが美しい映像で、スペクタクルとして見応えがある。

勇ましいのが好きそうなトランプなら本気で感動しそうだ。
アメリカの独立記念日でもやりたいと言い出しそうだ。
中央集権ではない連邦国家だから無理だろうと思うけれど。

トランプ来仏についてはパリ協定を離脱したトランプなどにあいさつなどしたくないと、ユロー環境相などが異を唱えていた。
また、最近マクロンが軍事予算の削減を言い出して、財政の緊縮のためには軍事省も他の省庁超と同じ、と言ったことに対して、将軍たちから猛烈な反発が起きていた。
他の公務員は命の危険がない。軍で働くものは命を懸けている。実際、毎日フランス兵がどこかで危険な目に合っている。他の省庁と同じとはなにごとだ、というのだ。それをまたマクロンが公開の場で「諫めた」形になったので張り詰めた空気になっていた。

それを考慮してか、パレードの後の演説でマクロンは、フランスが自由と平等の理念を守り抜くために身を捧げている人たちに感謝した。

いわゆる軍隊だけでなく、警官や、消防員、軍隊付きの医者、獣医、法務官までパレードに加わっている。

毎年のことながら、共和国の数学エリートであるポリテクニックの学生も行進する。エリートを輩出するためのこのグランゼコールが、歴史的に士官学校でもあることが、軍隊で連想する「力」に「知力」のイメージも重ねるところがフランスの特色でもある。

まあ、それらの全体を見ると、「力の誇示」は緩和されるから、たとえば北朝鮮の軍事パレードのような気味悪さはない。
でもその「正しさ」の誇示が鼻につく。

それに比べると、「イギリス植民地」上がりのアメリカ、ラファイエットら革命前のフランス軍の援護も得て独立を果たしたアメリカという国のトランプ大統領は、ある意味くみしやすい。

国内で逆風に吹かれている最中だから、フランスに来ることは息抜きでもあっただろう。性格的にもaffectif(感動しやすい?)人だから、メイ首相やメルケル首相とうまくいっていない今、心情的にマクロンに傾くだろうなどとフランスのメディアに言われている。

しかも、表向きは、第一次大戦でアメリカ軍がフランスにやってきて戦ってくれた100周年ということである。

「トランプ大統領」を招待したのではなく、長年の因縁のある軍事的な同盟国「アメリカ」を招待し、感謝したのだ。

「緊急事態」下である今でさえアメリカ大統領を招待してこのパレードを無事に成功させるということは、2024年のオリンピックの開催についても万全のセキュリティを保証できるというパフォーマンスでもある。

イメージとしても小柄だが老獪で精悍なプーチンと違って、大柄で大味なアメリカンというトランプを前にして堂々と「先輩国」のリーダーとしてふるまうマクロンは、ますますジュピターぶりを発揮できた。

演説では、フランスのために命を落とした人々だけでなく、テロの犠牲者も等しく、その子孫を「共和国の子供」(共和国の里子たち参照)として守り続けることを強調した。(そのことは午後に行われたニースのテロの一周年式典での犠牲者への追悼でも繰り返された。)

すごくよくできている。

シャンゼリゼを行進していた兵士たちの多くは20代だ。
リスクの大きい任務についている若者たちが整然と歩いているのを見ると、いろいろな思いがよぎる。
 
お祭り好きのフランス人は、前夜祭でも花火を打ち上げ、踊りまくり、飲みまくっているが、それでも「民衆が立ち上がって革命によって近代理念を獲得した」というのを政治的にアイデンティティとして選択した教育の成果は揺るがないのだなあ、と感心する。

革命の後も恐怖政治や帝政や王政復古や第二帝政や、あれだけいろいろ試行錯誤してきたくせによく「共和国神話」を養い続けているばかりか、必要とあれば太陽王ルイ14世とかジュピターまで総動員してフランス中華思想を繰り広げる根性はなかなかのものだ。

マクロンは今のところ、それを巧妙にわがものにしている。

いつまで続くのだろうか。

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by mariastella | 2017-07-15 06:36 | フランス

マクロンがジュピターでル・メールがヘルメス?

マクロンが大統領どころか、絶対王朝の若きルイ14世のイメージをヴェルサイユ宮殿で演出しているのは有名だが、今の彼の形容はジュピター。
神々の王、オリンポス山のゼウスのローマ 神話ヴァージョンだ。

で、経済相のブリューノ・ル・メールは、先日、Brexit後の銀行誘致のために
Wall streetで会見したのだが、その時に自分のことを わざわざヘルメスだと自称した。翼のあるサンダルで移動し、メッセンジャーでもあり商売を司る神でもあるということだ。

ヘルメス神はゼウスの息子だ。ローマ風に言うならジュピター の息子マーキュリー(メルクリウス)である。

共和党の予備選に敗れたが、次代の大統領とも思われていた40代のルメール、マクロン側に「寝返った」と言われるのはいいとしても、「神の使い走りをする息子」でもいいのか?

ジュピター(ゼウス)といえば、フェニキアの王女 エウローペーに一目惚れして、白い牡牛に姿を変えて彼女を背に乗せて連れ去った。彼女と駆け回った地域がヨーロッパとよばれるようになった。

近頃のマクロンのヨーロッパ改革に向けたイニシアチブを見ていると、やはりジュピターにインスパイアされて、あわよくばヨーロッパを再び支配しようとねらっているのかもしれない。











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by mariastella | 2017-07-11 17:58 | フランス

シモーヌ・ヴェイユの死

アウシュヴィッツの生き残りで、二週間後に90歳を迎えるはずだったシモーヌ・ヴェイユが亡くなった。(Veilで、哲学者のWeilとは違う)

シモーヌ・ヴェイユと言えばフランスでは1975年に妊娠中絶を合法化した保健相として有名だ。

当時の国民議会には女性議員が9人しかいなかった。(今回の総選挙では223人、38,7%が女性議員)
彼女が中絶の選択の自由を訴えると、「アウシュヴィッツでジェノサイド(民族抹殺)を生き延びたのに胎児のジェノサイドをやるつもりか」などと男たちから揶揄されたという。

イギリス軍から解放される数日前に母親がチフスで死に、助かった妹も数年後に交通事故で死に、2005年のアウシュヴィッツ解放60周年に出席した時にもまだ、自分は死の床でもアウシュヴィッツの光景を思い浮かべることだろう、と証言していた。癒えることのないホロコーストのトラウマを社会変革のエネルギーに変え続けてきた人だった。

戦争を生き延びたユダヤ人少年だった故パリ大司教リュスティジィエ枢機卿と、とても親しかったという。

リュスティジィエ師が、ユダヤ人の「改宗カトリック」で枢機卿に上り詰めた人であることや、カトリック的には「妊娠中絶」なんて「罪」であることなどを考えると、この2人の友情の深さや質のさまを想像できる気がする。

ヴェイユ女史は欧州議会の議長にも選ばれ、「多様性の中の統一」を掲げた。

アウシュヴィッツで一度死を経験したから、「不死」の中に生きていたという。
「難しい人」だったという。絶えず「悪」へと傾く人間の社会では、「たやすくて戦わない人」でいれば「未来」はない、絶えず困難な戦いを続けなければならないと。
亡くなった後たった一晩でもう25000人が彼女の遺体の「パンテオン入り」を大統領に訴える署名をしたそうだ。一日後には20万人にもなった。

ひとまずは、マクロンも出席するアンヴァリッドでの葬儀が決まっている。

ヴェイユ女史が、苦しい過去の上に平和を建設したようにやはり少し前に亡くなったドイツのヘルムート・コール元首相も、大戦の確執を乗り越えて平和を築いた人だった。

けれども彼は家庭的には最悪だった。政治の最悪な部分にも関わった。彼の遺品(各国元首との書簡を含む貴重な歴史資料)は、現政権を恨む二度目の妻が絶対に渡さないと言っている。

それに比べるとヴェイユ女史は3人の息子に11人の孫がいる家庭にめぐまれたが、政治的に「中道」であったけれど2007年にサルコジを支援したことが記憶に残る。サルコジは忠実な友だと言っていた。同性婚にも反対していた。今回の大統領選ではバイルーがマクロン支援に回ったことを裏切りのように評していた。
ナチスの全体主義への絶対拒否を持ち続けていたから、何度かもちかけられた首相の座も断ってきたし、ジュピターと称される今のマクロンの神格化の演出にも抵抗があっただろう。

まあ、コールと同じで、亡くなった今となっては称賛の声ばかりが聞こえてくる。
コールやヴェイユをしのぶことによって、政治家たちが自分たちの正統性の印象付けに利用するのではなくて、二度の大戦で殺し合った独仏の連帯と平和を目指すヨーロッパの理念に立ち戻ってくれることを願おう

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by mariastella | 2017-07-03 00:13 | フランス

マクロンの公式写真

フランス中の市役所に飾られるマクロン新大統領の公式写真がネット上で公開された

ネットで公開というところがすでに「新しい」。
その写真は背後の窓を開けた執務机に腰掛けるようなスタイルでそれも新しい。

その机の上にいつも使っている二つのスマートフォンを重ねておいてあるのも今風。
彼が自分でそれを机の上にレイアウトしている様子のビデオも公開されている。

そのビデオには、机の上に広げたドゴール将軍の『戦争回想録』の分厚い本のどのページを広げるかをマクロンが選んでいる様子も見える。

どのページだったのか知りたい。

ドゴール将軍の本の反対側にはスタンダールの『赤と黒』、アンドレ・ジッドの『地の糧』の2札が重ねられている。うーん、このチョイスもなかなか意味深だ。

『赤と黒』のジュリアン・ソレルがナポレオンを崇拝していたことも想起される。

本棚の前での大統領肖像写真というのも定番だったころもあるけれど、多くの本ではなくてこうして選択されているとメッセージ性がある。

ジッドの『地の糧』は一つの詩の世界でもある。

サンシュエルなテーマが私の好みだけれど、マクロンのイメージと重ねると、

Ose devenir ce que tu es. Ne te tiens pas quitte à bon compte. Il y a d'admirables possibilités dans chaque être. Persuade-toi de ta force et de ta jeunesse. Sache te redire sans cesse : il ne tient qu'à moi.

という箇所などぴったりだろう。

すべての人には感嘆すべき可能性がある、君の力と若さとを信じたまえ、

みたいな感じだ。

エリゼ宮の庭の木立がなすV字型とマクロンの両腕のなす逆V字型の交わるところに青い視線がくるように計算されている。

両手の薬指に指輪がある。
ヨーロッパ旗と三色旗を配したのもマクロンらしい。








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by mariastella | 2017-07-01 06:24 | フランス

トランプ大統領、パリ祭(7月14日、フランス革命記念日)への招待に応じる

6/28にマクロン大統領がトランプ大統領と電話で15分話して、7/14の革命記念日のシャンゼリゼでの軍事パレードにトランプを招待したのをトランプが応諾したんだそうだ。

シリアのアサド大統領がまた化学兵器による攻撃を準備しているとかいう情報でマクロンは、オバマとオランドは見逃したが今回はそんなことがあったらフランスは単独でもシリア軍を攻撃する、と宣言したばかりで、トランプも「じゃあ、うちも」ということになったところだった。

マクロンが今回トランプを招待するのも、別にアメリカ大切でトランプに尾を振っているわけではなく、どちらかというと、プーチンをヴェルサイユに招待したように自分の権威を強化するためだということがある。
同時に、トランプがパリ協定から抜けると声明を出した時に

私はパリ市民に選ばれたんじゃない、ピッツバーグ市民に選ばれたんだ」

などと言ってのけたことに対して、「パリ」を見せつけ、しかも、パリ協定に背を向けたアメリカを追い出すのではなく対話を続ける用意がある、ひいては懐柔する、という意味もある。

国民の祝日で派手に軍事パレードをするのは、社会主義国家や全体主義国家、軍事政権国家以外の「先進国」ではフランスだけだ。以前には軍隊パレードを見直す、と言った大統領候補者が叩かれたこともあった。その時の記事に私の考えも少し書いている

軍隊と言えば世界最大の軍事国家はもちろん桁違いでアメリカなのだけれど、そのアメリカのトランプを敢えてパレードに招いたことは、トランプが力の誇示の好きな人だからけっこう乗り気になるだろう、という見とおしがうまくいったとも言われる。

私自身は

力を誇示したり崇めたりするところでは魂は必ずひずみを受ける」

というシモーヌ・ヴェイユの言葉の信奉者だから、軍事パレードなんてもちろん嫌いだ。

しかも、フランスがアメリカと組んで軍事的に目立ったりすると、またテロリストの標的になるだけで迷惑だという忌避感もある。

マクロンとトランプって「力の誇示好き」ってところで似た者同士なのかもしれない。やだやだ。

でもそもそも「国際政治」とは力の誇示で成り立っているのだとしたら、そういう人しか政治家にならないのかもしれない。

プーチンがインタビューで「力のバランスだけが力の行使を防ぐ」と言っていたけれど、彼の口から語られると、「抑止力」とか「必要悪」という言葉がリアリティを持って迫ってくる。

それでも平和への道は別にもあると信じながらジャン・ラプラスやアンドレ・ルーフの本を読んでいる。

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by mariastella | 2017-06-30 01:27 | フランス

披露宴のスピーチ--- 新郎の場合

週末の結婚披露パーティでの新郎の父のスピーチのことを昨日書いたが、新郎のスピーチにも少し触れると、

彼は

「今日は特に数字をひとつ挙げたいと思います。それは66です」

と言った。

666なら黙示録の悪魔の数字?かと思ったけれど、すぐに説明が続いた。

まず、フランス大統領選でマクロンが獲得した66%の数字。

そして、アメリカのトランプ大統領の不支持率。

だそうだ。

で、最後は、自分たちは3度の披露宴をやるので、2度目の今日が終わったところで、3分の2が終わるので66%だという。

66.666・・・%という気もするが。

カップルはもう数年前からロンドンで暮らしていて、去年の暮れにボストンに赴任が決まった時に、グリーンカードの取得ができるようにと、11月にロンドンで結婚式を挙げて1度目の披露宴もやったのだ。

で、今回がフランスでの披露宴、来年の夏がカナダ(モントリオール)での披露宴と決まっている。

3度とも出席する人もいるようだ。

新郎の両親は、アメリカの大学を出た母親とフランスのビジネススクールを出た父親がカナダの大学院で出会って結婚した歴史がある。両親が中東に赴任した時に息子がモントリオールの大学に留学してその後でボストンのMITで博士号をとった。

国籍もフランスとカナダとの両方を持っている。

で、息子(新郎)のスピーチの最後は、

今日は聖ヨハネの祝日です」

ということだった。

なるほど、再々従弟のイエスよりも半年前に生まれた洗礼者ヨハネの誕生日はクリスマスより半年早い6/24だ。

グレゴリオ暦でずれが生じていて、昔はこれが夏至と冬至に当たっていた。

日照時間が一番長い日と短い日が「太陽神」の儀礼の日となっていたものを、キリスト教化するために、イエスとヨハネの誕生日にあてたのだ。

で、カナダのケベック州では、17世紀の初めからフランス人がこれを広めて、1834年からはケベックの国家祝日(フェット・ナショナル)となっている。つまり、ケベックのアイデンティティと結びついた最大のお祭りなのだ。

ちなみに新郎も新婦もカトリックの洗礼を受けているが、カトリック教会での結婚式はスルーしている。

私はこの「新郎」が26年前に「コミュニオン・ソロネル」(初聖体ではなく、フランスでは11歳くらいでやる教会の行事で、まあ「元服」にやや近い通過儀礼の一種)のパーティをやった時、当時すでにルイ・ロートレックらと組んでいたアンサンブルでコンサートを担当したその時も100人くらいは集まって3日くらいかけたパーティだったけれど、もちろん両親が全面的にオーガナイズしていた。

パーティを盛り上げるコンサートだったので、バロック曲でなくほとんどがポピュラー曲やラテン・アメリカの曲だった。

今の私のトリオのMも加わった6人のアンサンブルで、食事や滞在や観光もついたいいアルバイトになっていた。

トリオのHはまだ学生だったのでその時のメンバーではなかった。

その時の少年は、翌年、父親と共にベルギーに引っ越して6年を過ごしてから単身でモントリオールで学んだのだ。

ベルギーのリセ・フランセでは最初ドイツ語を第一外国語にしていたのを途中で英語に変えていた。

その少年が、ボストンに住み、「新郎」になって故郷に戻って英語とフランス語でスピーチをしているのかと思うと、不思議だ。彼の親の世代はみな白髪となり、同世代は世界を動かしている。

私はあいかわらずアンサンブルをやっている。



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by mariastella | 2017-06-28 02:27 | フランス

泉と教会

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サルトから帰る途中で寄った教会。15世紀から建築がはじまったノートルダム ド マレ教会です。
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ORA PRO NOBIS(我らのために 祈り給え)と書いてありますね。
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教会の前に泉があります。湧き水の周りに礼拝所ができた後で、キリスト教の聖所に置き換わった典型です。

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パリに戻って来ました。観光客が歩いているのを見ると、テロの脅威とかどこの国の話かという気がしてきます。


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by mariastella | 2017-06-26 03:14 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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