L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 214 )

マクロン、メランションとガエル・ジロー

これは一応、前回の記事の続きです。

ジローとマクロンとメランションの唱える経済改革を比較した記事も読んだ。

3人はいずれも現在のフランスの経済が破綻していることは認めている。
失業者が増え、格差が増大するばかりだからだ。
共に金融のエキスパートであるジローとマクロンは金融バブルのリスクを語り、マクロンはグローバリゼーションが賃金の低下を招き、ロボット化とデジタル化が雇用を奪ったことを指摘する。自然資源の枯渇がこれまでの産業モデルの終焉を招くことも3人が指摘する。

視座の転換について最も有効に語るのがジローで、その二つの柱は、
自然をリスペクトすること、
資源と経済活動を集合的次元でとらえなおすこと、だ。

マクロンはフランスがカテゴリー別にいろいろな規制があることが社会の改革を妨げているとして、創造的活動を妨げる規制の緩和を訴える。集合的なビジョンというよりは個人のエネルギーの解放に重点が置かれている。

メランションは、自然との調和、エコロジ―優先のためにすべての生産、流通、消費のつながりを修正しなくてはならないとする。

ジローは、今まで、フランス社会は危機(1789, 1848...)を通してしか変化しなかった、と言う。
けれども、真の変革は地道な仕事によって時間をかけて熟されたものでなくてはならない。1945年にできた社会保証制度はドイツに占領されていた時代に国立研究センターが研究したプログラムによるものだった。フランス人が個々の利益を超えて、生産活動の規則を変えて富を分配するよう、為政者に求める準備ができていなくてはならない。そのプログラムは果たして十分な検討を経たものだろうか? と問うのだ。

こう見ていくと、ル・ペンは別として、メランションはかなり、カトリック的な感覚を持っていると分かる。
マクロンも中学高校と、イエズス会系の学校にいたし、妻が離婚しているから教会での結婚式は不可能だったとしても、今でも妻の孫の洗礼式に参加したりしているのだから、フランスらしいカトリック・カルチャーは十分あると言える。

でも今のマクロンの選挙運動の手法は福音派などのメガ・チャーチのやり方で煽動している。

自分がカリスマで、「マクロン! プレジダン(大統領)!」と連呼させて、「救世主」のイメージを演出している。
もちろん、大統領候補たちはみな、自分こそが「低迷するフランス、テロの脅威にさらされるフランスの救世主」だというスタンスで出ている。これは立憲君主国ではうまく通用しないイメージだろう。

では、「もしローマ法王にフランスの選挙権があったら?」誰に投票するだろうというシミュレーションをしたらどうなるだろう。(続く)
[PR]
by mariastella | 2017-04-28 05:18 | フランス

マクロン こぼれ話 3日ヒゲ

フランシスコ教皇の立場とは大分違うマクロンに投票すると明言するカトリック信者が、おもしろい理由をネットに挙げていた。

>>マクロンは僕の人生を変えてくれた。2012年に政府に参加して以来彼は「3日ヒゲ(無精ひげ)」に市民権を与えた。そのおかげで僕や僕の周りの役人が、官庁に出勤する時、二日に一度しか髭をそらないですむようになったからだ。時間の節約になるし、髭剃りクリームの節約にもなった。永遠に感謝する。<<<

そういえば、今はつるっとした印象しかないが、確かにこういう時期もあったっけ。
[PR]
by mariastella | 2017-04-27 22:59 | フランス

フランス大統領選の特殊性とガエル・ジロー

フランスにおける大統領選の意味の変遷について書いた記事を読んだ(La Vie No 3738)。

私の実感とぴったりだったので以下に要約して紹介する。

まず、大統領選はフランスにおける真の国家的典礼である。

この典礼によって大統領は世俗宗教の司祭となり、フランスのプロジェクトを告げる預言者となり、「絶対」幻想にある国家の王となる。

ところが、以前の7年任期が今世紀に入って5年に短縮されて以来、そして特にこの10年の2人の大統領、ヒステリックで多動的なサルコジとその反動のように「ノーマル」さを強調した凡庸なオランドの時代に「大統領」の権威は綻びを見せてきた。しかも、二大政党がアメリカにならった予備戦で、党候補の立候補者同士を戦わせて大騒ぎすることで、党候補はますますオーラを失った。

その結果、「共和国」普遍宗教に対して、不可知論者、懐疑論者が増加することになった。
(過去にカトリック教会や王政の権威から人々が離れていくのと似ている)

グローバリゼーションの中で、国の主権はダメージを受け、流動的社会、自己中心主義文化の中で「フランスのプロジェクト」は溶解した。第五共和国の神秘的なサイクルはただの政治問題になり、一部の活動家が必死で船をこいでいる周りで、選挙人はばらばらに浮かんでいる。

この状況を救おうと、有力候補たちはメガ宗教のようなマーケティングを駆使して、ミーティングに多くの熱狂的な支持者を集め、右派だろうと左派だろうと国家が大声で歌われ、国旗が振り回される。 

人々は、何をどうしたいかのかは分からないまま、何かをしたいことだけは分かっている。
保守と革新という今までの二分法ではなく、人々の期待が4人、5人という候補に分散したのは、人々が主権者は自分たちだということを思い出したからだろうか。

マクロンは新しい階級のオプティミズムを体現し、メランションは大衆の声を聞き取れるようにしてみせた。フィヨンは隠れたフランスを覚醒させようとする。

フランス人は、自分たちの声を聞いてフランスを運転する大統領を求めているので、自分たちの代わりに考える大統領を求めているのではない。共和国の「超越」は、個々の選挙公約ではなく未来のプロジェクトの投影を求めている。
フランスとは普遍の同義語だった。投票所では、個人の利害を超えた実存的な選択がなされる。

フランス人であることは何なのかを語ることができるのはいったい誰だろうか?

以上だ。

というわけだが、決選投票にはマリーヌ・ル・ペンとエマニュエル・マクロンが残った。

このままいくと、マクロン優位は間違いない。
けれどもマクロンのやり方はすでに、ネオリベラルの既成路線を走っている。
社会党の活動はすでに、金融機関に支えられていた。

マルチナショナルな金融機関が政治活動と癒着した新自由主義体制は限界に達しつつある。
このままいくと2008年を超える経済危機が起こると警告する経済学者は少なくない。

国際金融機関のトップにいたような人が「回心」したり「転向」したりして「反体制」に向かっている。

IMFを批判する側に回ったアメリカのスティグリッツ、
財界グループのトップであったのに、国際金融資本サイドと袂を分かつことになったイギリスの元金融庁長官アデア・ターナー、
そして、最近フランス語に訳されたターナーの『債務、さもなくば悪魔』の序文を書いたのがフランスのガエル・ジローだ。

最後のこの人は私好みのユニークな経歴を持つ。まだ47歳。
アンリ四世校から高等師範学校、ポリテクニック、などエリート校を次々と経て、経済学者、応用数学博士などとなり、ヨーロッパ銀行の顧問としてばりばり活躍していたのに、突然すべてを捨てて研究生活に入った。。
そして、2004年、34歳、受難のイエスとほぼ同じ年、イエズス会に入ったのだ。
(マクロンがロスチャイルド銀行を離れて大統領の秘書としてエリゼ宮に入ったのも同じ年齢だった。)

あるリセの生徒向けに『渇きへの道』という戯曲も書いている。
現代に生きるイグナチオ青年が、経済的な野心を棄てて魂の道を回復する物語だ。
これを書いた2013年にガエル・ジローは叙階された。そしてすぐに『金融の幻想』という金融界の内部告発本を発表している。
今は国立科学研究センターの経済部門やフランス開発局のトップの座にある。
今やドグマ化している新自由主義〈やみくもな規制緩和や国家の撤退、市場効率主義など)のエラーを認めて改革しない限り、危険なポピュリズムの拡大と戦争の悲劇は免れない、というジローの言葉は広くリスペクトされている。

日本でも有名になったトマ・ピケティともいろいろな意見の交換をしているが、アフリカなどの「現場」を知らないピケティに対して、理論だけでなく実際も知り尽くしているジローの分析は説得力がある。(続く)
[PR]
by mariastella | 2017-04-27 16:11 | フランス

大統領戦 こぼれ話

フランスの大統領選、結構日本でも関心を持たれているようなので、サービスにまた、本日二度目の更新です。

候補者が二人に絞られたので、いろいろなエピソードが流れてきた。

マクロンの経歴だが、リセの時代から、将来伴侶となるフランス語教師ブリジットとだけではなく、多くの教師とばかりディスカッションしていて同年配の生徒とはつるまなかったそうだ。なんとなく分かる。すでに脳内大人だったのだろう。
そして、バカロレアはS(理科系。数学の比重が大きい。フランスは特性や志望とは別にともかく数学の点数で上からコースが決まる)で、平均 18/20 以上の「最優秀」お墨付きで通った。だからパリの名門アンリ四世校のプレパにも入れたのだけれど、最難関の高等師範学校の受験には失敗している。その後パリの政治学院に行くのだけれど、ここは、バカロレアで「最優秀」の点数があれば基本的に無試験で入れる。国立ではない。そこから国立行政学院ENAに入るのだ。

しかし共和国の最優秀の人たちには、高等師範学校(数学物理もある)やポリテク(前も書いたがエンジニアといっても要するにエリート養成学校)を経由した後でさらに政治学院やENAに行く人もいるので、マクロンは、別に挫折なしの「超エリート」ではなかったということが分かる。日本人はもちろんフランス人だって普通の人には分からないようなランキングなのだけれど。

一方のマリーヌ・ル・ペンは、パリ大学の法学部を出て弁護士なので日本的に考えたらエリートに見えるが、ヌゥーイ―・シュル・セーヌの裕福な家庭に育ってバカロレアB(今のES、すなわち経済系)を受けたというだけで、理系バカロレアを受けるほど成績が良くなかったと分かる。
しかも、ストレスでパニックに陥って、「市民には抵抗権があるか?」というテーマの哲学の試験で4/20の点数しか得られず、全体でも10/20に届かなかったので追試験を受けて何とかパスしたという。バカロレアさえあればパリ大学の法学部に登録することは簡単だ。まあその後で多くが脱落するのだが、そこは、順調に修士に到達、刑法の学位、弁護士資格と登録にまでこぎつけた。

気の毒なのは彼女はすでに父親ジャン=マリー・ル・ペンの影響をしっかり受けていたし、その平凡ではない名前(出身地であるブルターニュのモルビアンあたりの名でpeenは異教徒という意味もあるらしいから皮肉だ。漁師であったジャン=マリーの父親は海で死んでいる)から、あの強烈なキャラの父の娘だということは誰からも知られていた。もっともそれでいじめられるというようなキャラでないのはもちろんで、父親と同じくらいに戦闘的、挑発的だった。社会党のミッテランが大統領になった翌日は「フランスの喪に服する」ための黒い腕章をつけて学校にやってきたという。その年の大統領選は、公認候補に必要な500人の市町村長の署名が得られず父親は立候補できず、党員たちに決選投票は「ジャンヌ・ダルクに投票しろ」と言っていた。1984年の両親の離婚の後、末っ子のマリーヌはますます父親の活動をサポートするようになる。

私はいつも「人間」が好きなので、どの人がどういう経歴でどういう生き方をするに至ったのかにとても興味がある。
だから、今回の2人のようにキャラのたった人たちを比べるのはおもしろい。

ただ、予想されていたとはいえ、いよいよ決選投票に2人が残ると、なんだかいやな感じが戻ってきた。

それは、2007年のサルコジ対セゴレーヌ・ロワイヤルの決戦、そしてついこの前のトランプとヒラリー・クリントンの決戦のことを思い出したからだ。

はっきり言って、このレベルで「男と女」が戦うと、ジェンダーや差別や「見た目」に対する偏見が、さすがに大っぴらではないけれど、表出してくる気がするからだ。

直接選挙ではないドイツのメルケルやイギリスのテレサ・メイなどの場合とは違う。

といっても、「トランプとクリントン」と「マクロンとルペン」は全く違う。

トランプは結婚3回のビジネスマン、子供もたくさん、
クリントンは元ファーストレディ。

マクロンは10歳上のルペンよりもさらに10歳以上も年上の妻と二人三脚で、自分の子は持たず、元経済相。
ルペンは2度離婚して今は事実婚状態で子供3人。

それなのに、たとえばトランプが女性蔑視発言をしても糾弾されず、「頼もしい」とさえ見られたり、
クリントンは余裕がなく狡猾であるかのように見られがちだった。

マクロンは、トランプのような「貫禄?」はもちろんないが教祖風、ナルシスト風。
ルペンはいわゆる「女性枠」ではなく、あくまでも「二代目」リーダーで自信満々、押しが強い。

ところが、毎日この2人の画像がメディアで繰り返し流れると、なんだか、

「オバサンよりもフレッシュな若い男がいい」

というサブリミナルなメッセージを受ける。

政治的には、「ルペンよりマクロン」というのは共和国コンセンサスに近いのだからいいのだけれど、
映像的にはすごく微妙だ。

2人の立ち場とか2人のビジュアルが逆だったら意識下ではどういう展開になるのだろう、と思ってしまう。

日本の都知事選では女性候補がジャンヌ・ダルクだとか言って見事に当選したのが記憶に新しいけれど、マッチョな日本の方が意外に意識下では「強い女」を頂く願望があるのかなあ。

(次の記事ではもっと本質的ことを書きます)
(もしローマ法王にフランスの選挙権があったなら? というテーマも続きます)
[PR]
by mariastella | 2017-04-26 19:16 | フランス

マクロンのカミングアウト?

フランス大統領選第一次投票でトップに立った夜、「ブリジットとエマニュエル」の名で関係者にSMSの招待状が送られて、貸し切りになったモンパルナスのブラスリー《ラ・ロトンド》でマクロンを囲む祝賀パーティが開かれたことについて、世間の風当たりは厳しい。

それがあまりにも、10年前に大統領選に勝利した後にサルコジがシャンゼリゼのフーケで催したパーティを彷彿とさせたからだ。サルコジはその時に財界人や有名人に囲まれて、セレブ好きのスノッブであることを「カミングアウト」したと言われた。

不思議なことに、その後も、サルコジはアメリカのセレブのヨットでバカンスに出かけたり、メルケル首相なら一発で辞任に追い込まれると言われた行状を繰り返したにかかわらず、彼のポピュリズムに与した大方の庶民の反感をあまりかわなかった。セレブの豪遊ぶりをグラビア雑誌で追い続けるのが普通になっていた庶民が、「なったつもり」で楽しむことに慣れていた時代だったからだ。

マクロンは、「移民の子」だというのを売りにしたサルコジに比べると、ある意味でフランス人らしいフランス人で、エリートコースを歩んでいるので、社会的な「サクセスストーリー」を演出するのは難しい。それでも持ち前のカリスマ性を発揮して、つい3週間前には地方で「苦しむフランス」へのスピーチをして労働者に感涙を流させた。

それなのに、まだ最終投票までに2週間あるというのに、派手なパーティをやってその模様が映されたのを見て、裏切られたという気になった人もいる。
インタビューされたスポークスマンは「いや、これはシャンペンを開けるようなお祭りではなく、第一の関門を突破したまじめで慎重な祝いだ」という趣旨の返事をしていた。
ところが、映像はシャンペンが開けられるところを映し、1.5リットルのマグナム瓶が50本開けられたと伝えられた。

ロトンドはオランド大統領の選対本部とも縁のある場所だからそれなりの理由で選ばれたのだろうけれど、こうなると、メディアは、1981年に社会党のミッテランが最初に大統領に選ばれた夜に、バスティーユ広場に集まった人々の祝いに合流することをせず、社会党本部の職員にあいさつしただけで自宅に戻ったことと比較する。

(でも私の記憶ではあの夜は雷もともなう嵐になったので、ただ濡れたくなかったのかも。保守支持の知人が、ミッテランが当選したことで神が怒って雷になった、と言ったことを覚えている)

マクロンは、選挙に出る政治家としてはゼロから出発したわけで、「前に進むすべての人々にオープン」にと叫び続けて、彼に続く人がだんだん膨れ上がっていったことで、「ナザレのイエス」にもたとえられて揶揄された。

そのグループも「En Marche!」と、「!」込みの名前で、日本でも最近「句点込み」のグループ名などが普通に使われるようになったけれど、私の世代には違和感のある命名だ。
「進め、ナントカ少年!」のようなノリだ。
サルコジにはない発想だと思う。

18歳から24歳の選挙人はメランションの支持が目立った。
マクロンの支持者は、まさに、彼の世代、アラフォーを中心とする「新世代ブルジョワ」だということだ。ネーミングも、マーケッティングの福音派風の手法も、何もかも、うさん臭いというよりはそれが普通である世代なのだろう。

私は幸いこの世代と親しいので、彼らの生きた時代を彼らの目から眺めることもできるから、理解できることがかなりある。私がフランスで生きてきた40年と重なるので同時代性もある。
ほぼ同世代であるサルコジなどの方が、私の知らないフランスで生まれ育っているから共有しないものが多い。第二次大戦の後の復興や68年五月革命などの激動の時代は私にとって伝聞である。
今と違って、日本とフランスの情報の距離は遠かった。

そんなこんなでマクロンのプラグマティックな背景はなんとなくわかる。

それに比べると、マリーヌ・ル・ペンの方は、私にとって宇宙人みたいだ(猫好きということを除いては)。ジャン=マリー・ル・ペンのような強烈なキャラクターに洗脳されて育ってきたような人だから特殊だ。

決選投票の棄権率はどうなるだろう。

第一回投票は「大統領になってほしい人」に投票する。
決選投票は、第一回投票で入れた人が残らない場合は、「大統領になってほしくない人」を排除するために投票する、と言われる。

しかし、第一回で敗退した「大統領になってほしい人」に忠実でありたい人は、決戦では棄権したり白票を投じるという。
第一回で棄権する人は「市民の義務」を怠るという側面があるが、
第二回で棄権する人は、自分の信念に忠実な「殉教者」意識があってそれは「信仰告白」なのだから、棄権することに誇りを持っているなどとも言われるのだ。

今回の場合は、メランション支持者にそういう人が目立ちそうだ。
ル・ペンとメランションはEUへの姿勢などでかなり共通しているが、だからこそいっしょくたにしてほしくない、という気持ちがある。だからと言って、全く対極にあるマクロンを支持することなど到底できない、というわけだ。大統領選はスルーして6月からの議会選挙に向けて始動ということだろう。

二週間後、マクロンの組閣の仕方、議会とのかかわり方、社会党や共和党とのかかわり方、などをじっくり見て、FNや共和党、メランション、社会党のリアクションを観察するのが楽しみだ。
[PR]
by mariastella | 2017-04-25 19:09 | フランス

フランス大統領選 アンチ・ルペンは機能するのか

仏大統領選の第一回投票が終わって、翌朝、地方別、県別、パリ郊外のイール・ド・フランス県の市やパリの区別の結果をじっくり見た。

予想を大きく覆すものはない。
地方選挙の結果と同じで、地方における国民戦線支持は確実に広がっている。

一年前まではジュッペが大統領になると言われ、半年前にはフィヨンが大統領と言われたのに、初回で消えてしまった共和党だが、ブルジョワや年金生活者に強固な支持層があるので「消滅」はしないだろう。総選挙で回復するしかない。

今回のもう一方の敗者である社会党は、内部を両側からマクロンとメランションに引き裂かれたわけだから、再建は著しく困難だろう。

2002年のルペン(父)とシラクの対決の時は、左派が一致してルペンを阻止する動きを見せたが、今回は保守が一致してルペンを阻止するかどうかは分からない。棄権すると公言する人も多い。
マクロンとルペンではペストとコレラのどちらかを選べと言われているようなものだ、と形容する人もいる。

今回、敗退してすぐにマクロンの支持を表明したアモンは潔いというか好感が持てたけれど、ルペンと同じくEU離脱を唱えるメランションはとても歯切れが悪かった。

ここにきて、EU離脱を決めたイギリスの景気がむしろ順調であることも判明して、もし今もう一度国民投票したら前よりいいスコアで離脱賛成になると言われている。

でも、前にも書いたが、イギリスはもともとEUの「特別枠」みたいな存在だった。そして反EU派からはEUがまるでドイツの傀儡のように言われているけれど、それは間違っている。

本当は、EUを一番有効利用してきたのはフランスだった。

しかし、どんな高邁な理念を掲げても、結局あらゆる国際組織が、いつしか金と軍事の論理に牛耳られてしまう。
ヨーロッパの始まりは普遍主義的理想だったが、実際に結束させたのは冷戦の危機であって、トルーマンとスターリンがEUの生みの親だという皮肉な言い方もあるくらいだ。

マクロンのヨーロッパも、市場経済と金融のヨーロッパだ。

金と力と、その複合体(武器産業と戦後復興産業)が支配する経済のベースに、普遍的な人権主義とエコロジーをどこまで組み入れてシステムを再構築できるのか、が問われていることはマクロンも分かっている。

彼の明晰さに期待できるだろうか。
[PR]
by mariastella | 2017-04-25 00:17 | フランス

マクロンこぼれ話

マクロンが仏大統領選のトップに立ったということで、日本でも彼について関心が出てきたようだ。

24歳年上の日本ではいわゆる「年の差婚」の夫人ブリジットについて、前夫は何者かとある人に聞かれた。

だから少しマクロンをめぐるゴシップを紹介しよう。

ブリジッドさんの前夫は、アミアンの銀行家で、名前も分かっているけれどすでにリタイアしているだろう。彼女が20歳の時に結婚しているからもう60代後半だと思う。
前夫との間の子供3人は長男がエンジニア、長女が循環器医、次女が弁護士でこの次女はマクロンの選挙運動に公式に関わった。

注)フランス語のエンジニアというのは前にも書いたが、フランスの最大のエリートコースであるエンジニアのグランゼコール(今は学部からも可能だし、中途入学も可能だが、内部では差別されているくらい、グランゼコール予備クラスからの入学生がエリート)の卒業でエンジニアというタイトルを持っている人ということで、日本語や英語のエンジニアとは全く違う。日本語や英語のエンジニアはフランス語ではテクニシャン(技術師)というタイトルで格下となる。エンジニアの学校は要するにあらゆる分野の管理職養成の場所だ。それに比べれば医学部はやや格下、弁護士はもっと格下と見なされてしまうのが一般的だ。つまり、長男はエリートコースの王道である数学強者だということだ。まあそのような「格付」も「エリート内部」の話だけだけれど。

話を戻すと、前にも書いたけれど、このところ、クラシックな「夫妻」として機能する大統領がいなかった。今回の大統領候補たちも予備選も含んで、みな事実婚や再婚などを繰り返している人ばかりで、だからこそ、同じ妻と5人の子をもうけたフィヨンのクラシックな安定感(と言っても、日本の感覚なら奥さんがウェールズ人だということがすでにクラシックとは言えないが)が保守の信頼感をそそったのだ。しかしそれが裏目に出て、専業主婦と称していた奥さんや子供たちの架空雇用や不正雇用のスキャンダルが命取りになってしまった。

で、マクロンは、16歳で恋に落ちた(マクロンの母親は、息子はたとえレチシア・カスタが目の前で服を脱いでもなんの関心も持たないだろう、妻とは完全に一体化している関係だ、と言っているそうだ)リセの教師と29歳で結婚して、妻の孫の世話(孫は7人いて、去年の夏には末の孫息子の洗礼式に出ている。)もしているのだから、これも、ある意味の安定感がある?
(ロックスという名の柴犬も飼っている)

まあ、まだ39歳だから、他の老練な政治家たちの女性遍歴(あるいはル・ペン女史の男性遍歴)を見る限り、これからだって破局があるかもしれない、などという下世話な考えもあるが。

フランスでは1980/12月に、18歳未満の生徒と関係をもった教師に3年までの懲役となり得る法律が成立している。教育社会主義的なフランスでは学校は共和国の聖域だからだろう。1969年に、16歳の生徒と関係した32歳の女性教師が刑務所に入れられた後自殺するという事件もあった。

マクロンは高3でパリに出て、ブリジットは離婚してやはりパリの、今度は16区の私立高校の教師になる。

それから十年以上経って、ENAを卒業し、将来のキャリアが約束されてから晴れて結婚したというわけだ。50代に入っていたブリジットは彼のキャリアを支える役にまわる。

うーん。
ブリジットさんと同世代の私としては、いろいろ考えさせられてしまうのは確かだ。

2人の結婚式のビデオがテレビで放映されてネットにも出回っているが、この時のマクロン(29 歳)のスピーチは、なかなか感動的で、ブリジットの子供たちに感謝しているのが印象的だ。(ここで見られます。CMの後です)

この時のスピーチは、ある意味、今のマクロンのスピーチと姿勢が変わっていない。
この人には人の共感を呼び支援者を作る才能があるのだろう。

16歳の彼の書いた詩があまりにも素晴らしいので毎回のフランス語の授業でブリジットが読み上げたというのだから、昔から文才もあったのだろう。
才能と野心に加えて、困難はあったとはいえ、16歳から一人の女性と相思相愛で来たということは、多くの若者のように晴れた惚れたで時間を奪われることがなく、無駄なく突っ走れたともいえる。「自分の子供を赤ん坊から育てる」という必要もなく来れたし、自分の選択を周囲に正当化するために若くして、社会的、金銭的な成功を得るモチヴェーションになったのかもしれない。

彼に比べると、サルコジなんて、女性や子供のことで多くのエネルギーを浪費してきたともいえる。

サルコジと言えば、彼の鼻とマクロンの鼻はなんとなく似ている。
ル・ペン(父)などは、大統領時代のサルコジの鼻がますます突出してきた、出自(母方がユダヤ系)を彷彿とさせるなどと、差別発言をしていたし、サルコジは横顔の撮影を嫌がっていたという話もある。マクロンも、ロスチャイルドの銀行家だったことから、共和党系のカリカチュアで、鉤鼻に帽子に葉巻という姿で描かれ(後に削除された)た。
けれども、いや、よく見ろ、マクロンの鼻は完全にブルボンの鼻だ、という言説もあったし、左派系のカリカチュアでは鼻に特徴がない。
一番印象的なのは真っ青な目だろう。これでアーリア人認定する人もいる。

北フランス系だから、コルシカ出身のナポレオンとは全く違うはずだけれど、そして時代はもちろんキャリアもまったく違うけれど、その人心掌握の仕方がナポレオンと似ているという印象は変わらない。

全体として、もしマクロンがこのまま予測通り大統領になったら、フランスっておもしろい国だなあとあらめて思う。

こういうタイプの若いヒーローはギリシャのツィプラスとかスペインのポデモスなどに見られる急進左派のポピュリズムに見られる。つまり今のフランスのメランションのような極左のトップにマクロンのような若者が躍り出るという構図だ。

フランスではそれが、中道左派のリベラルというところがおもしろい。
[PR]
by mariastella | 2017-04-24 21:49 | フランス

マクロンとル・ペン

大統領選の第一回の投票で、大方の予想通り、ル・ペン女史とマクロンが2週間後の決選投票に進出。

最近のメランションの支持率増加は、実はル・ペンに向かっていたポピュリズム票がメランションに流れる傾向の表れかもしれないから、極右と極左が引っ張り合って共倒れして、結局マクロンとフィヨンくらいの組み合わせになればといいのにと思っていたけれどそれは無理だったようだ。

久しぶりにマクロンの顔を見ると、演説の表情がなんだかヴァルスやサルコジの若い頃を彷彿とさせる。一年前に彼の顔についてこういう記事を書いたことがあるが、たった一年で、もうすっかり「大統領顔」になっているのは驚きだ。三年前までは一般には全く無名で、選挙で議員に選ばれた過去もない若者が、大統領選の第一回選挙でトップになるとは、信じられない。

スマホを駆使した効果的なミーティングの演出の裏話も流出していたし、「公約」自体も、個人的にはあまり歓迎できないものもあるし、あまり期待はしていないなかったのだけれど、それでも、数日前のテロの時に書いたように、「若者の精力善用」のいいモデルかもしれないなあと思い始めていた。

メランションは前にも書いたかもしれないが、彼の支援者だった知り合いのバロックダンサーが実態を知って離反した話を聞いていたので私の中では終わっていたし、社会党のアモンは、原発脱却を唯一言明して緑の党のヤニック・ジャドに支援されていたことを評価していたけれど大麻解禁について納得いかないこともあり、フィヨンは個人的にやや距離が近いのだけれど、公務員削減について賛成できなかった。

投票日の午後、ある集まりで、私のファンだと公言する93歳の女性オディールと久しぶりに同席した。
当然、選挙の話になる。彼女の反対側の隣に座った男性(79歳の退役軍人)が、「あなたが誰に投票したかあててみましょう」などと言い出して、かなり突っ込んだ話が展開した。

このオディールは、代々の貴族とはいえかなりリベラルな人なので、マクロンかなとも思ったら、「だいぶ前から子供たちや孫たちにマクロンに投票しろと勧められていたけれど迷惑だ、私は自分で考える」という。
ひょっとしてアモン?

で、オディールはぎりぎりまで迷っていたのだけれど、数日前にフィヨンが中東のキリスト教徒への支援を表明したのが決め手になってフィヨンに投票したのだそうだ。

なるほど。

それぞれの琴線に触れるテーマがある。

オディールは私と征服王ウィリアムの功罪について議論したいからまたうちに来てくれ、と言った。
そうなると、そのあたりの歴史をさらっておかないと。

今回は、大統領選について、9歳の子供から、93歳の女性まで、かなり具体的な話をした。
フランスらしいとも思うけれど、今回はイギリスやアメリカのポピュリズムの台頭を受けて、特に関心が高かったと言える。

そして結果として、第五共和制を政権交代しながら支えてきた保守と社会党の二大政党が予備選を経て選んだ候補が両方とも脱落した。王政だとも揶揄される大統領の権限の大きい第五共和制そのものに限界が来ている。

マクロンにバイルーが合流したことは前に書いたが、今回マクロンがトップに立ったことを受けてバイルーが自分がやりたくてできなかったことを彼がやり遂げつつあることをしみじみと喜ぶ感じにやはり好感を持てた。マクロンが大統領になったらいよいよ、首相ですか、と聞かれて今はそんなことをいう時期じゃない、と答えていたけれど、バイルーが首相、って、あり得る構図とはいえ、不思議だ。

6月に選挙があるので、今回敗れた二大政党はそちらの方にかけることを強調していた。
マクロンが大統領になったらどう組閣するのかが興味津々だ。
[PR]
by mariastella | 2017-04-24 06:51 | フランス

大統領選を前にしたテロ

大統領選3日前のシャンゼリゼでのテロ、誰もが、2004年のマドリードの列車爆破テロのことを思い出す。あれも総選挙の3日前だった。(スペインは王国だから大統領がいなくて、日本やイギリスのように総選挙の結果で政権が決まる)

テロの後すぐに当時の保守政権がそれはバスク独立派のテロだという見解を出したが、選挙当日の朝にアルカイダが声明を発表し、スペインがアメリカに従ってイラクに派兵したことを断罪された。
政府がバスクに責任転嫁しようとしたのも意図的だと見なされて、結局、選挙では左派が勝利して、スペインはイラクからも撤退した。

この展開に対して、それではイスラム過激派のテロの思うつぼになったのだと批判した人たちも多くいる。

今回のシャンゼリゼのテロの警官狙撃犯は39歳で、23歳の時にも警官殺しをしていて、釈放されてからもまた警官をねらった要注意人物だったという。昔から警察への憎悪があるわけで、大統領選に向けたISの煽りに乗った形だ。

シャンゼリゼはパリでも最も警戒が厳しい地区で、言い換えれば、その気になれば警官も憲兵も兵士もぞろぞろいるので彼らを標的にするのは簡単だ。

今の警官は対テロ仕様になっているから、すぐに射殺される率は高いけれど、もともと警官を殺すことが強迫観念になっているような人物のようだからそれは抑止力にならないのだろう。

ル・ペンはもちろん、自分が大統領であればこんなことは起こらない、とコメントした。金曜が最後のキャンペーンの日なので、各候補はこのテロに対する声明をいろいろ工夫せねばならなかった。

候補者の最年少のマクロンは39歳で今回の狙撃犯と同じ年齢だ。

狙撃犯のカリム某は、パリ郊外生まれで、家宅捜査されたうちもパリ郊外だ。詳しいことは分からないが、おそらくいわゆる「イスラム系移民の子弟」なのだろう。

39歳。

リセのフランス語教師と結婚して銀行家として成功し、大統領の顧問となり、財務大臣にもなり、そのポストを辞めて大統領選に立候補し、ナポレオン風にカリスマ性を発揮しているマクロン。

20代から警官殺しが頭から離れないカリム某。
イスラム過激派と接触したのはご多聞に漏れず刑務所内なのだろう。

何だか反動でマクロンを応援したくなった。
ブノワ・アモンが大麻を合法化すると言っていることもしっくりこない。

39歳でも、大統領になろうとする人がいる。
多くの人に多くの希望を与えて多くの期待を担おうとする人がいる。

青年には大志を抱いてほしい。
テロリストになって天国に行こうなんて自分本位のことを考えないでほしい。
国や、世界や地球のために何ができるか考えることだってできるのだ。
[PR]
by mariastella | 2017-04-22 00:10 | フランス

フランスにあってドイツにないもの

朝のラジオで、ドイツの新聞のパリ特派員というジャーナリストが、あと十日を切ったフランス大統領選についてのインタビューを受けていて、興味深いことを言っていた。

フランスにあってドイツにないのは民主主義の代替案としての共産主義なのだという。

ドイツは東西分断の後、社会主義の東ドイツ(ソ連型ではなかったが事実上ドイツ社会主義統一党の寡頭政治だった)を吸収したこともあって、「共産主義」はトラウマになっていてもう「政権交代」の選択肢にないという。

そういえば、アメリカもマッカーシズムの共産党狩りがあったし、占領下の日本でもレッドバージがあった。戦前戦中の全体主義下ではもちろん迫害されていた。
その後、戦後の復興や、冷戦終結とともに、新自由主義の独り勝ちになって日本でも社会党は社会民主党になったし、共産党はスティグマを背負ったままだ。

フランスでも、共産党は長い間独自の大統領候補を立ててきたが、21世紀に入ってから弱小化して、2007年から、「左派戦線」のもとでの大統領候補の支援をしてきたり社会党と共闘したりしている。今の極左候補は社会党を2007年に離れて独自の左派党を作ったジャン=リュック・メランションだが、ここにきて共産党からコンタクトされているそうだ。

今回ル・ペンとメランションの対決などになったら、どちらもEU離脱志向なので大変だ。
極右ポピュリズムと極左ポピュリズムの対決になるなら、ほんとうにフランスの保守と革新の政権交代システムが変化してしまう。

私は今から秋までに「神、金、革命(共産主義)」という三つの普遍主義もどき、普遍主義的偶像崇拝システムの歴史と実態の観察をまとめる予定なのだが、この三つとポピュリズムとの関係についてもじっくり考えなくてはならない。

「神」も「共産党」もなくなったら「金」の独裁になるのかなあ。

そして民主主義は金の苗床をから栄養を得ているのだろうか。

神、金、革命が、民主主義とポピュリズムとどういう関係を持っているのかをもう少し分析しなくてはならない。
[PR]
by mariastella | 2017-04-15 00:37 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧