L'art de croire             竹下節子ブログ

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フランスのトランプ効果 その5 

トランプ大統領誕生の特別番組をいくつか見た。

フランスでは仏共和党予備選が今月20日に行われる。

トランプ大統領誕生のせいで、社会党シンパの人たちも共和党の予備選に投票に行く、と言い始めている。

つまり、アメリカの民主党予備選で、本選のことを考えずに内輪の事情だけでヒラリーを選んでサンダースを落としたのが本選での敗因だとみなが感じ始めているということだ。

ほおっておいたらポピュリストのサルコジが大統領候補に選ばれるかもしれない。

そして極右のマリーヌ・ル・ペンとの決戦になったら、ル・ペンよりはましだということで皆がサルコジに投票せざるを得なくなるかもしれない、というのだ。

だから、一応現時点で優勢であるとされるアラン・ジュッペに投票してサルコジを予備選で振り落としておこうという。世論調査がどうあれ何が起こるか分からないからだ。

少なくとも私の周りには、今回のトランプ現象を反面教師にして、予備選への介入を目指す人がこうして出てきている。

サルコジも、内務大臣時代から大統領時代にかけて「暴言」を吐き続けてきた。
3番目の妻がいるところや、最初の妻との間に成人した息子が2人いるのもトランプと共通している。

今回の米大統領選に一番ぴったりの形容は「プロレスの興行」だといった人がいた。

すごい形相で殴り合っても、あとはけろりと握手しあえる。
すべては見世物だというわけだ。

フランスならはっきり言って遺恨を残すだろうし、暴言のレベルも違う。

日本なら石原慎太郎や橋下徹というキャラがいるけれど、首相レベルではやはり多少は慎みだか危機管理意識が働くような気がするし、フランスもサルコジのようなタイプはどこか蔑まれる。

エリートからだけではなく民衆からも蔑まれる部分があるのだ。アメリカとは本質的に違う。

トランプが当選した時のために用意していたのか、フランスの女性ジャーナリストがアメリカでトランプ支持の町々を訪ねて住民にインタビューするというドキュメンタリーがあって、先日放送された。

そこで、ジャーナリストはクー・クラックス・クランのメンバーのところにも招待されて、入会の儀式の形を教えてもらったしている。

トランプ支持者は、トランプはすでにすべてを持っているのだから、今回は純粋に自分たちのために立候補してくれたのだ、と確信をもって言う。

それに対してフランスのジャーナリストが、「でもそれはエゴだとか権力のためだとか思いませんか」と質問すると、「いや、私はトランプと直接会って話を聞いて誠実さに確信を持った」と答えていたのが印象的だった。

その他、アメリカに移住して国籍も獲得したフランス人の作家による分析も聞いた。

ホワイトハウス(パリの石切り場から切り出された白い石でできている)という「ホワイト」な場所にもう八年も黒人大統領の家族(オバマは白人とのハーフだがアメリカの定義的には黒人で、夫人と子供たちでさらに印象が強まる)が住んでいることがレイシストの白人の心に潜在的に耐えられなくなっているという指摘もあった。

すごいなあと思う。

それに、そう言って解説したり分析したりアメリカの田舎に潜入取材したりしているフランス人たちはみんな「白人」だ。

日本人のジャーナリストならKKKのメンバーの家に泊めてもらうなんて絶対できないだろうし、文脈が全く変わってくる。

それでも、フランスは公に人種や民族別の統計が存在しないから、ジャーナリストや識者はみな「普遍主義者」のスタンスで語っている。アメリカの貧しい白人たちの差別主義を揶揄している。

でも、私から見ると、こういうシーンでは結局白人同士だしなあ、などと感じざるを得ない。

アメリカよりもずっと中央集権的で大統領の権力も強く、副大統領もいないフランスの大統領選、

どうなるのだろう。

共和党予備選の一週間前に当たるこの日曜は、去年のパリの同時多発テロから一周年。

問題は、何ひとつ、解決していない。
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by mariastella | 2016-11-12 01:52 | フランス

パリのロシア正教カテドラル

この10/19にパリのセーヌ河畔の一等地に落成するロシア正教のカテドラルのセレモニーにプーチン大統領が来ないことになった。

来るならシリアについて会談したいとオランドが条件を出したからだ。

いわゆる欧米の対テロ連合国の中でフランスは唯一ロシアに外務大臣を送って、ロシアのアレップへの爆撃、アサド大統領への支援について抗議した。

アレップというと、義弟のところにあるアレップの石鹸の膨大なストックのことが思い出されて、石鹸のにおいや手触りまで今は胸をしめつけられる。

で、このカテドラルには12月にモスクワ総主教が来ることになっていて、主教を差しおいて大統領が先に来るなんておかしいんじゃないかと正教内部で議論されていたのだけれど、大統領が来なくなったことでそちらのテンションは回避できた。

共産党がすべてを仕切っていた社会主義政権時代から抜け出す過程でもう、「次の手」として社会不安を制御するためのロシア正教復活は画策されていた。フランス革命の後の、ナポレオンがコンコルダを準備したのとそっくりだ。

ロシア正教は国教会ではあるが「キリスト教」だから、ルーツは普遍主義にあるわけで、再出発する国家の統合の他にも、欧米キリスト教国との関係修復のために大いに役に立った。

今でも、ロシアからパリに来るアーティストらは、大使館の文化部に行くよりもロシア正教の文化センターに行く。

政教分離というより、「ロシア正教= ロシア文化」というスタンスが公式にとられたからだ。

その辺が、フランスとは違う。
フランスで政教分離というと、もとはカトリック教会への牽制で、今ではイスラムもキリスト教も「平等」だということでいっしょくたにして扱われるのだけれど、事実上は「フランス・カトリック教会=フランス文化」というルーツがある。それを必死に否定しているところがフランスらしくてかわいいと言えばかわいいのだが、どうみても今はロシアの方がプラグマティックで成功している。

ロシア正教はナショナリズムと普遍主義をうまくミックスしたロシアのソフト・パワーとして最大に利用されているのだ。

そしてロシア文化のもう一つのルーツにフランス、というより「パリ」がある。

この壮大なカテドラルの建設やキャンセルされたプーチンの訪問、エロー外相のロシア行などの背景には、すべてロシアと「パリ」との間に紡がれた歴史がある。

それはロシアがパリの「貴族文化」に抱いていた「憧れ」と関係がある。

オーストリア皇帝フランツ一世は、ナポレオンに娘を嫁がせたが、最初に声をかけられたロシア皇帝アレクサンドル一世は娘を嫁がせることを拒否した。

近刊の『ナポレオンと神』でもその機微に少しだけ触れた。

聖なるものと文化には切っても切れない関係があり、ヨーロッパではそれが「キリスト教」という共通の枠組みを持っていたわけだが、ロシアとフランスの間にはまた独特の屈折があるのだ。

プーチンとトランプが仲がいいらしい、というような事情とは全くの別物である。
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by mariastella | 2016-10-16 00:39 | フランス

フランスの金メダリストのカップル、トニー・ヨカのタトゥーの話

リオ五輪ではフランス・チームが最終日にも金メダルをとったので話題になった。

ボクシングの最重量級のトニー・ヨカで、彼の婚約者エステル・モスリーがこれは軽量級で前日に金メダルをとっていた。二人は互いの試合を声が枯れるまで応援し合ったそうで、ほほえましかった。

24歳同士で、12月に結婚するという。トニーは2メートル近い大男だけれど少年のようで、二人がどちらもかわいらしく、見た目もなんとなく似ている

トニーはコンゴ出身の父がいるハーフで、エステルの方はやはり父がマルチニック(カリブの海外県)出身(母親はウクライナ人)ということでハーフ、その雰囲気のせいかもしれない。

フランスはもともといわゆる国際結婚がヨーロッパでとびぬけて多い国だけれど、いわゆる異人種間の結婚も少なくない。
私の直接知っている人たちの場合はやはり海外県の人と本土の白人という組み合わせが多い。
海外県の人はカトリックがほとんどだし、コンゴもカトリックが多いから、結婚にあたって家族関係のハードルが低いのだろう。

本当に人種差別を撤廃するにはこんな素敵なハーフがたくさん活躍すればいいのだと思う。
遺伝的に見て、近親結婚が一番まずく、あとは離れていればいるほど生物学的に有利なことは自明だし。

女性差別の撤廃について男と女ばかり対峙させていたら、トランスジェンダーやらホモセクシュアルの人たちの差別が解消されないのと同じで、人種差別の解消には、人種の平等というだけではなく、もともと「異種」でもなんでもない異人種間のグラデーションゾーンを増やして可視化すればいいのにと思う。

リオのオリンピックで、ヴァティカンにも招かれたことがあるジャマイカのウサイン・ボルトは首に不思議のメダイをかけていた。
ブラジル・サッカーのネイマールが表彰台で例の「100%JESUS」の鉢巻きをしていたことで注意を受けた。

ボルトはカトリックでネイマールは福音派というわかりやすい話だが、フランスのボクシングのトニー君はちがう。

2012年のロンドンで負けたことから奮起するために腕に彫ったというタトゥーが

「La chute n’est pas un échec, l’échec c’est de rester là où on est tombé」
(落ちることは失敗ではない、失敗とは落ちたところにとどまっていることだ)

というソクラテスの言葉である。

ネイマールは、鉢巻きはしなくても、体や首や手首に、十字架だの聖書のメッセージや「祝福された者」「神は完全」「信仰」などいろいろなタトゥーを入れているそうだ。

それに比べてトニー君はソクラテス。

トニー君も婚約者の金メダリストであるエステルさんも、理系バカロレアに合格した後で勉強を続けている。
つまり、バカロレアの哲学で4時間も筆記試験を受けた青年たちだ。
哲学の授業でソクラテスも習っただろう。

エステルが先に金メダルを取ったことでプレッシャーはなかったかと聞かれたトニー君、

「それは…もし僕がとれなかったら(頭が上がらないから)皿洗いが…」

などと答えていた。

このカップル、フランスの私の好きな部分を体現していて気に入った。
ボクシングなんて私の一番好みでないスポーツの一つだけど。

日本のメダリストにもベイカーさんとかケンブリッジさんとか名前からしてハーフの人が活躍していたのはすごくいいことだ。

先日ノートルダム・ド・リエスに巡礼に行った時に、講演をした歴史家の奥さん(法律家)とお話したのだけれど、彼女は春に日本旅行に行って、その伝統的なものと斬新なものの織り成すエネルギーに感動した、と言っていた。

「いったいどこからあのような新しさ、エネルギーが生れるのでしょう。」

と心から不思議そうに聞かれたので、思わず、

「うーん、それは、ひょっとして国際結婚みたいなものかもしれませんね。日本は日本であり続けながら、近代の初めに西洋近代文化と結婚することを選択した。出会うまでのそれぞれの暮らし方は違っていたけれど、そのカップルから生まれた子供である「日本の現代文化」は、遺伝子が離れているカップルから生まれる子供たちのように、新しく、驚きと可能性に満ちているのかもしれません」

と答えてしまった。

「和魂洋才」から生まれた子供たちである「文化」がもう東洋や西洋などという二元論をとっくに超えているのだと思いたい。

そういう形のグローバリズムだけが、「異文化の衝突」という悲劇を回避できるのかもしれない。
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by mariastella | 2016-08-26 00:58 | フランス

ノートルダム・ド・リエス その4

(これはその3の続きです。)

ノートルダム・ド・リエスでは、1134年に、エジプトから戻った3人の騎士と黒い聖母子像と共にやって来たスルタンの王女イスメリーが、9月8日(聖母マリアの誕生日)にランの司教から洗礼を受けた。洗礼名はもちろんマリー(マリア)。

今風の感覚で想像すると、王女は騎士の一人と恋に落ちた、のだろうか。黒い聖母子像も処女母神イシスと息子ホルスの像かなんかで、騎士たちがこれこそ聖母マリアとイエス・キリストだと言ったのかもしれない。
それとも「エジプトの王女がやってきた」というところまでも、ただの「伝説」なのだろうか。

今のリエスの人のDNAを調べたらエジプト人の血統が証明されるなどであればおもしろいのだけれど。

16世紀の記録では、三人の騎士はランの修道院に寄進をした領主の息子でジャン、エクトール、アンリ。
それぞれエップ騎士団、エルサレム・ヨハネ騎士団、マルト騎士団に属していて、十字軍の使命を終えたので各自の騎士団に戻り、エジプトの王女は彼らの母親のもとで清く暮らしたけれど夭折してその地に埋葬されたという。
「16世紀の記録」というところが重要で、つまり、宗教改革が勃発したので、奇跡譚や聖母崇敬などを否定するプロテスタントに対抗して、「伝説」から「歴史記録」風に体裁が整えられたわけだ。

で、最初の奇跡が1139年で聖母像の到着からは5年あいている。これがなんとなく「事実」っぽくひびく。
どうせ「伝説」なら1134年にすぐ起こったとすればいいのに。

しかもその奇跡は、福音書の中でイエスがなしたように目が見えない人が見えるようになったとか悪魔に憑かれた人から悪魔が出ていくとかいうクラシック路線でなく、絞首刑にされた人が生き延びたというものだった。

ピエール・ド・フルシィという極貧の男が家族を養うことができずに絶望し、物乞いをする勇気もなく、隣人の家からパンや脂やワインを少しずつかすめ取るようになった。
隣人たちは彼を怪しみ、見張りをして現行犯でとらえ、殴り、牢屋へ入れて、縛り首にしようと決めた。

ピエールは聖母に祈り命乞いをした後で、首に縄をかけられて放置された。

ところが3日後に羊飼いが通りかかり、ピエールの嘆く声をきいて驚き、裁判官に通報する。

隣人たちもやってきて刃物でとどめを刺そうとするが、裁判官は彼が生きていたのは神のみ旨であるとし、釈放し、リンチした隣人たちにはピエールを介抱して、一生食料を提供するようにと命じた。

で、ピエールが生きていたのは、リエスの聖母がそばにきて彼を支えて縄が首に食い込まないようにしたからだという。

3日間も支えるなんて聖母も疲れるというか、効率が悪いというか、縄を外してやれなかったのかとかなどと考えてはいけない。

輝く光の聖母が男を支えている大きな絵が、1907年にモナコのモナコのルイ二世が後にレーニエ大公となる孫の初聖体拝領記念に寄贈されている。

今も香部屋の壁一面を占めている。

ともかくこの縛り首からの生還が最初の奇跡で、リエスは大巡礼地となった。

最初の三人の騎士が牢獄から脱したこと、ピエールが首を絞めるロープから解放されたこと、どちらも、「解放」という点では共通している。
それが聖母崇敬のきっかけとなり、それが「聖母子」にシフトして子授け祈願に特化していったのだが、冤罪、または「不当な刑罰、過剰な刑罰」をただす、という路線はそれでも一貫してあった。

もうひとつシンボリックで有名な「奇跡」のレポートがある。(続く)
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by mariastella | 2016-08-20 03:53 | フランス

フランソワ(フランス大統領)がフランソワ(ローマ教皇)に会った話

8/17、フランスのオランド大統領はヴァティカンでフランシスコ教皇に会って40分にわたって会見をした。

7/14のニースのテロに続き、7/26のノルマンディでの教会テロの後ですぐに教皇が送ってくれたメッセージに感激してその日のうちに会見を申し込んだという。

ヴァティカンに行く前にまずナショナル・サン・ルイ教会へ赴いた。

1518-89にフランスがローマに造ったバロック教会で、ローマのフランス教区教会となり、ローマに留学中のフランス語圏の神学生や司祭の共同体の拠点ともなっている。
守護の聖人はもちろん1297年に列聖された聖ルイことルイ九世だ。

この教会を管理する財団は他に四つの教会、一二ばかりの建物を持っている。

カトリック家庭に生まれカトリックの教育を受けているが「無宗教」がスタンスであるオランド大統領は、就任後、最初に教皇を表敬訪問した時にもこの教会に寄ったが、それは主としてカラヴァッジョの3点の絵を鑑賞するためだったという。

今回は昨年11月の同時多発テロ以来テロ犠牲者に捧げられたチャペルのひとつで黙とうするのが目的だ。

ニースのテロの後もローマを訪れる多くの人がこのチャペルにろうそくをともして祈った。
7/26以後は、テロの犠牲者アメル神父の写真も飾られている。

オランド大統領は、教会テロの後、

「フランスの教会の代表者たちの言葉は非常に重要なものだった。フランス人を統合することに役に立ってくれた。」

と感謝しているし、教皇へも感謝の気持ちを伝えるために来た。

フランスとヴァティカンが分かち合う「対話と団結という価値観」の重要性を、大統領と教皇は強調する。

テロを前にして、教皇はフランス人の「同胞」としてふるまってくれた、彼の言葉や行動への感謝と共感を教皇に直接伝えることはとても大切だ、と大統領は言う。

中東のキリスト教徒を支援することも含め、パリとヴァティカンは同じ世界観を共有するとも言う。

教会テロの翌日に教皇はオランド大統領に電話して、テロのあった教会がオランドの聖地であるルーアンに近いことに触れたのだそうだ。

オランドと言えば、シラクと同じく南西部のコレーズ県が選挙区というイメージが強かったので、ルーアン出身とは思わなかった。

ましてやテロのあった教会との地理的な近さなど思いつかない。

テロの後でわざわざそれを口にしたのはひょっとして教皇くらいだったのではないだろうか。

ローマのサン・ルイ教会のフランソワ・ブスケ神父は、「我々の統治者は、宗教とは分断するもの暴力的なものではなく、社会のきずなを創るものだと理解した」と言った。

この神父もフランソワ、大統領もフランソワ、教皇フランシスコもフランス読みだとフランソワだ。

教皇が崇敬してその名を選んだアッシジの聖フランシスコは、父親がフランスに行っている間に生まれてジョヴァンニという洗礼名だったのだが、フランスでの商売がうまくいって戻ってきた父親がフランシスコ(フランス人)と呼ぶようになった。  

で、ローマにフランソワが3人。

「一つの教会が攻撃され、一人の司祭が殺されるとき、それは共和国全部が冒涜されたことだ」と大統領は言う。

これが他の宗教でなくカトリック教会であることの意味は、フランスでの「マジョリティの宗教」がおそわれたところにある。

「ある地域でその帰属ゆえに迫害されているマイノリティの宗教」としては今世界で一番犠牲者を出しているのがキリスト教徒だということはよく知られている。

「オリエントのキリスト教徒を救え」というのはもう何年も言われてきた。
1996年のアルジェリアでのフランス人修道たちの「殉教」も、その地ではマイノリティの立場だった。

今回のテロが初めて、「カトリックがマジョリティの場所で司祭が(司祭であるという理由で)殺された」というショックをフランス人に与えたのだ。

でも、さすがにカトリック・マジョリティの国だから、「憎悪や怒りでなく和解と連帯、対話を」という成熟した言葉ばかりしか発せられず、その上「フランソワ」もあちこちにいるし、ローマに行けば「自分ちの教会」もちゃんとあって、なんだかうらやましい。

日本で何らかの形で宗教者に対する「宗教テロ」のようなものが起こったら、だれがだれとどんな言葉をどのように紡いで国際的な連帯や対話につなげていくことが可能なのか、想像もつかない。

オランドにとっては、社会党の政治家としても同成婚法でぎくしゃくしたカトリック有権者に対するパフォーマンスにもなった。
カトリックのネットワークのおかげで、「フランス」の平和でなく「世界」の平和に向けて何かしているような気分にもなれる。

政治的パフォーマンスだけに終わらずに、「テロとの戦い」が本当に本質なところで変わればいいのだけれど。
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by mariastella | 2016-08-19 01:01 | フランス

テディ・リネールと「県人意識」

すぐ前の記事でテディ・リネールについて触れたが、リオ五輪では柔道の最重量級の金メダルは男女ともフランスが獲得して「最強」のイメージが生まれた。

けれども、その2人のチャンピォンは日本風(またはアメリカ風)に言うと「黒人」だ。

何度も書くがフランスでは一五〇年来、公式には宗教とか人種とか何々系という形の統計が禁止されているし、メディアもほとんど使わない。

リネールはグアドループ生まれで幼くしてパリに来た。

エミリー・アンデオールはボルドー生まれだがマルチニック系で親戚はマルチニックにたくさんいる。

つまり2人ともカリブ海のフランス海外県にルーツがある。

ブラック・アフリカの旧植民地からフランスに出稼ぎに来る「移民」や「移民の子孫」や二重国籍者(フランスからの独立前に生まれた人はフランス国籍をもらえる。そしてフランス国籍を持てばその子孫も当然二重国籍が持てる。サッカーのナショナルチームにはこのタイプの黒人選手が多かった)とは違って、当然だがまったく「普通のフランス人」として扱われる。

社会的法律的差別は何もない。

むしろ見た目が「黒人」であるからエキゾチックだし遠く離れた熱帯風味で、陽気で明るく身体能力に優れている、という先入観のアドバンテージがあるくらいだ。

しかしブラック、アフリカ系の難民やら移民の子孫が事実上ゲットー化している場所やムスリム系黒人がモスクに通う姿が目立つ場所などでは偏見や差別があるのが実状だから、海外県から「本土」に来ている人たちも差別の目から逃れられない部分は当然あるだろう。

就職についても見えない「ガラスの天井」や「ガラスの壁」があるかもしれない。

でも、サッカーでもそうだけれど、スポーツの花形選手になれば、彼らを全フランスのヒーローのように熱狂的に誇る「本土のフランス人」はたくさんいる。

日本のようにたとえば、ミス・コンテストの日本代表が黒人ハーフだというだけで違和感を表明する人がいるというのとは違う。
日本でも今はハーフのスポーツ選手が活躍しているけれど、どちらにしても「半分日本人」というのに意味がある。
オバマ大統領はハーフなのに「黒人」大統領というのが画期的とされた。

それに比べてフランス海外県出身のヒーロー、ヒロインたちはいわゆる人種的にはハーフではない。

それどころか、海外県では、「本土から来る白人」が、観光客としては歓迎されるのだけれど生活者としては「差別」されるということが有名だ。「白人」不利の棲み分けができている場合もある。

私がバレエのレッスンで知り合った友人で元ミス・カリブの女性は、エール・フランスのキャビン・アテンダントとして働いていたが、「年ごろ」になるとマルチニックからお母さんとおばさんがやってきてマルチニックの男性との「お見合い」をさせられた。
家族の縛りはきつく結束は固い。

で、フランスの東洋人である私はこの「最重量級のアベック金メダル」に対するフランス人の歓喜ぶりを複雑な気分で見ていたのだけれど、クラシックなフランス人は当然ながら誰一人として人種的コメントをしない。

そんな時、グアドループのジャーナリスト( ?)のコメントをラジオで聞いて初めて気づかされることがあった。

それは、

グアドループ県人は柔道のメダルをとても誇りに思う。

しかも、チャンピォンたちは

「違いが見える」

からなおさらうれしい、というものだった。

どういうことかというと、例えば代々のブルターニュ出身の選手がチャンピォンになっても顔に「ブルターニュ出身」と書かれているわけではない。
地元ではお祭り騒ぎになって凱旋パーティをしたとしても、それが大きなニュースになることはない。

でも、海外県出身のチャンピォンは、見ただけで海外県出身と分かるから誇らしいのだ、という。

パリなどは雑多な人が集まっているから別だけれど、フランスの「地方」は日本風に言うと「県人意識」が強い。パリで働いてもリタイアしたら「故郷に帰る」人も少なくない。

でも、「故郷出身の有名人やチャンピォン」も、「見た目が変わらない」と、「どこそこ出身」というのはフランス中から意識してもらえるわけではない。
単に「フランス人」としてくくられてしまう。

それに対して、海外県出身のチャンピォンは「見た目」によってその「県人」ぶりを誇示してくれるから大満足、というのだ。

なるほど。

これでは、海外県に住む少数派の「白人」が、もし「県代表」とか世界チャンピォンになったら、微妙だろうな。

しかしこれって、「フランスの標榜する普遍主義」と「フランスの批判する共同体主義」の、表向きと実際の齟齬の独特さがうかがわれて興味深い。

アメリカでは最近亡くなったボクシングのチャンピォンのカシアス・クレイ(モハメッド・アリ)が、世界王者になってもアメリカに戻ったら差別され続けていた、というタイプの「人種差別」問題がある。

「本土の黒人奴隷」というものを必要としなかったフランスとは全く事情が違う。

フランスにいるアジア人という立場から比較的自由に観察できる「レイシズム・ウォッチング」はおもしろい。

もしフランスに、過去の仏領インドシナと呼ばれる地域に「海外県」の飛び地があったとしたら、「見た目アジア人」の県民意識というのは果たしてあり得たのだろうか・・・

などとちらりと考える。
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by mariastella | 2016-08-14 18:54 | フランス

フランスの教会テロについての記事のまとめ(追記あり)

このところフランスの教会でのテロのテーマのせいか、ブログを訪れてくれる方が多く、いくつか質問をもらっている。

サイトの掲示板でやり取りしたものもあるけれど、そこで答えられなかってものをここでまとめて書いておくことにしよう。

私のこのブログはいわゆる「ブロガー」と呼ばれる方が、意見発表または自己表現または読者へのサービスとして書いているものとは違って、プロフィールにも断っているように、考えの「断片」で、「断片」にしては長いじゃないかと言われそうだが、想定読者やページ数の制限や、テーマの制限なしに考えたことを主として自分のために記録しているものだ。

だから、フランスのニュースを扱っているとしても、それがフランスで一般的に知られていること、マジョリティの意見などではない。

フランス・ニュースを知りたい方にはいくらでも他のブログやニュースがあると思うのでまずそこのところをよろしく。

たとえば、私は今回のテロにむしろ希望を覚えたと書いたが、そう考えるのは私のように「希望」をキャッチして生かしたいと思っている人だけだ。

普通にこちらのメディアを見ていたら、

今までと同じく、ほとんどの報道は扇情的で、

善の化身のような人が悪魔のようなテロリストに殺された、

危険性が分かっていたテロリストを解放した裁判官が悪い、

野放しにしていた警察が悪い、

SNSの規制をしない大企業が悪い、

あるいはフランスのシリア爆撃が悪い、

教会の警備が足りない、

モスクの監視が足りない、

緊急事態条項の徹底が足らない、

悪の排除の覚悟が足りない、

諜報活動における連携が足らない。

情報が足らない(危険人物のリストに名前だけで顔写真がなく、写真情報を照合できなかったなど)、

など、たいていは「悪い」、「足りない」、のオンパレードである。

でもだからこそ、宗教者のディスクールがメディアを補完してくれる。

日本でも『神々と男たち』(1996)の映画で有名になったアルジェリアでテロリストに惨殺されたフランス人修道士たちの例はもちろん、1980年に病院のチャペル内でミサを挙行中に撃たれたサンサルバドル大司教のオスカル・ロメロ(2015年に列福)まで、内乱など危険な状態の国で使命を遂行して殉教した人たちが残してくれた課題や、南アフリカの人種差別の和解など、長いスパンで、限定的な政治状況を超えて「とるべき道」の蓄積は少なくない。

特にカトリック教会はたどれる歴史が長く、過ちも含めて近代の波にもまれた経験資産が大きい。耳を傾けるに値する。

で、パリの大司教がダニエル書を引いたことについて書いたことについて、ダニエル書も詩編もその日の決まった朗読箇所であり、まさに、誤解を与えないように、「適切な部分」だけをあらためて引用したのだという指摘もあったのだが、それはその日のミサに出ていた人やKTO(フランスのカトリック・ネットテレビ)ですべてを聞いていた人にはその通りだ。

でもフランスの多くの人は、今回のテーマだからこそフランスの普通のメディアにも広く知らされた彼のディスクールの部分だけを読むわけで、この日の大司教にとってはもちろん正しい選択だけれど、私のような人間が一般読者に向けて何か書くときには旧約聖書の一部引用というのは便利でも気をつけなければならないなあと自戒したわけだ。

もう一つ、カズヌーヴ内相が「フランスを警察国家にはしない」とし、たとえ緊急事態宣言の期間でも、違憲になるようなことはしないと言っていることについてだ。

この決意はもちろん貴重だ。

でも何十年もフランスに住んできて、最初は一部の人を想定して制定された法律がいつの間にかなし崩しにすべての人に及んでいた、という実態を私は実際に見ている。

たとえば、30年くらい前には脱税調査などで、はじめは麻薬取引などの犯罪によって得た金の「資金洗浄」(マネー・ロンダリング)を対象だけに限られていた調査権の拡大が、今では、財政難だからと言って、普通の人のへそくり程度のものにまで拡大されて適用されている(それなのに大富裕層の人たちがあの手この手で「節税」をしているのはもちろんだ)。

大切なのはむしろ、最初の法律制定の時にしっかりと何を対象としたものかの「線引き」を明確にすることで、時に応じて政府が解釈を変えることができるような含みを持たせてはいけなかったということだ。

国家が個人の情報に踏み入ることができるような権利や自由を制限できるような権利については、「総論」だけではなく、最初から細かく、故意の悪用やなし崩しの拡大までを想定してガードしなくてはいけない。

制限すべきなのは人権ではなくて法律の方なのだ。

「解釈」で動くようなものであれば、どんどん政治の道具にされてしまう。

フランスですらそうなのだ。

書いていくときりがないけれど、

「いつのまにかこうなっていた」

という場合、それは決して「いつのまにか」ではなく、最初から、ほうっておけば弱者を蝕むベクトルを含んでいたということだと、今にして分かることがある。

ではどうしたらいいのか?

そのためにも、常に弱者の側に立つ、力というものは他者に仕えるためにだけ使う、ということについてはぶれない今のカトリック教会の発する言葉をこれからも注意深く追っていこうと思っている。


追記: テロとは直接関係がないが、WYDについての記事の中で、参加資格には洗礼を受けているとか受けたいと思っている人などというものはないと書いたが、それでも、もちろん毎日カトリックの要理だのミサだのがあるわけで、実際問題として非カトリックの若者はいないのではないかという質問があった。

今回実例として挙がっているものに、20歳の学生のカップルの参加がある。
男性はカトリックでその恋人は「無神論者」だと自分で言っている。
でもお祭りに参加するのは合意した。男性は彼女が「回心」体験をするのではないかと期待しているらしいが彼女の方はまだ何も変わっていない、と言っている。

確かに、少なくともカトリックの友だちに同行するのでなければ冒険できにくいかもしれない。
でも45年前の私の前にこういう情報が与えられたらやはりチャンスだと思って参加するかも。

(まあ45年前は1ドル360円の時代で、パスポートも一回きり、海外旅行はいろいろ難しかったから誰も行けないというか、WYDそのものが企画不可能だったろうけれど。しかも、当時共産圏のポーランド。そんなことを思うと、テロのリスクがあろうとなかろうと、今は若者たちが簡単に世界を見聞できるいい時代になっていると思う。絶望してはいけない。)
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by mariastella | 2016-07-31 01:23 | フランス

教会テロが一つのチャンスだと思えてきたわけ その3

これはその2の続きです。

昨年から何度も、テロにみまわれているフランスだけれど、その「不運」な感じの中に、幸運だったなあと思うこともある。それは、警察を統括する内務大臣がベルナール・カズヌーヴだったことだ。

この職には大統領になる前のニコラ・サルコジが就いていたことがあって、その時に強面で、郊外のゲットーを一掃するだとか、「容赦しない」という姿勢でインパクトを与え、

「おお、こういう時代にはこういう実行力があって信念のある政治家が国を守ってくれるかも」

と思った人が多かったらしく、大統領になった。

なってからも鼻息荒くタカ派を貫いた。

で、今のテロの時代にもしサルコジがいたら大変なことになっていたと思う。

アメリカの「愛国法」みたいなのが発令されていたかもしれないし、憲法改正も非常事態中の対策もすごいものになっていたかもしれない。

で、カズヌーヴ。

この人は見た目はどちらかと言えば冴えない。

自分で「田舎の公証人」の外見だと言っているし、

「自分とサルコジの唯一の共通点は背の低いこと、彼とは目と目を合わせて対決することができる」

という趣旨のジョークを言ったこともある。
サルコジよりは1,5センチ高くてシークレットシューズなしで167cmだとも。
サルコジはそれでも筋肉を鍛えているイメージ演出をしているけれど、カズヌーヴは色白で、アウトドア派にすら見えない。

53歳の弁護士で2014年4月以来内務大臣の職にあり、オランド大統領もずんぐりむっくりしているが、2015年1月のテロ以来メディアへの露出が半端ではないので、警察を統括する内務大臣としていっそう貧弱に見える。

サルコジのように声を荒げることもない。

でも、誠実で落ち着いた態度のせいでどちらかと言えば好感を持たれていた。

去年はおとなしくしていたサルコジは、来年の大統領選での再選を視野に入れて、ニース以来、攻撃に転じた。

水を得た魚のように、政府は生ぬるい、セキュリティ怠慢、司法も無責任、自分ならシリア帰りの過激思想の持ち主は全員収監で外に出さない、などと叫んでいる。
ニースの警備についてカズヌーヴが嘘をついたと訴えたニースの市警察官も出てきた。

で、カズヌーヴさん。

教会テロの翌日だったかラジオでインタビューされて丁寧に解説していたのだが、それを聞いていて、この人が内務大臣でよかったなあ、と心から思えたのだ。

まず、サルコジとは対極にある「しゃべり方」の上品さ。

とにかくフランス語がきれいだ。

詩の朗読でもしてほしいくらい。

「田舎の公証人」というより「お公家さん」のイメージ。

で、とてもソフトなのに筋金入りの社会主義者。

どんなにサルコジに煽られようとも、

「法治国家」を守るという名目で法治国家をやめるわけにはいかない

何があってもフランスを「警察国家」にはしない。


と明言。

ばりばりの「政教分離主義者」であるが、カトリックのポントワーズ(パリに近い北部)司教であるスタニスラス・ラランヌとの交友は知られている。
「法治国家」や「政教分離」や「人権」のルーツを今のフランス・カトリックと共有しているようだ。

ラランヌ司教は、今回のテロについて、

Il n’y a pas de miséricorde sans justice.
(正義なしのいつくしみはない。)

とコメントしていた。

この二人のコンビが、何か希望を抱かせてくれる。

フランスでテロが続く時期が、ソフトだが信念に満ちたこの二人のコメントが多くの人の耳に届く時期と重なったのは、「不幸中の幸い」を超えた、「天の配剤」? いや、この困難な世の中で、人が共生に向けて成熟することを助けてくれるチャンスのような気がするのだ。

(こんなことを言いたくないが、参院選や都知事選にまつわる日本のメディアの報道を見ていると、希望とか成熟とかチャンスとかいう言葉はとても浮かんでこない・・・)
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by mariastella | 2016-07-29 00:58 | フランス

教会テロが一つのチャンスだと思えてきたわけ その2

これはその1の続き。

その2は、タイミングだ。

このテロは、ポーランドの世界青年の日(WYD)の開会日に起こった。

普通なら、フランスは、バカンス時期で、ジャーナリズムも含めて、社会のリズムが緩慢になる。
まあオリンピックが始まったらメディアはオリンピックをネタにしていくだろうが。

ニースのテロのネタは盛り上がったけれど、犯人が単独行動のチュニジア人で、ジャーナリズムが大好きな「フランス生まれの青年がISに洗脳され過激化し、帰国したのにちゃんと危険分子として拘束されずにテロを実行」というステレオタイプとは、ずれていた。

そのせいもあって、10日も経てば、来年の大統領選で社会党からの政権奪取を図る保守勢力が国家警察の警備不備などを告発したり、今のセキュリティはなっていないと非難したりする口実になり果てている。

そこへ犠牲者の数としては小規模だが、シンボリックな意味が濃い今回の事件。

しかも、フランスのカトリックがわりと近いポーランドのWYDに集まったり目を向けたりしている時期だ。
教皇が水曜に現地入りして木曜にミサを挙げる。

200万人の若者が集まっている。

フランスからISに渡ってジハードのための「軍事訓練」を受けている若者が数千人もいると恐れられているが、WYDには3万5千人も行っている。

そこで恐ろしいテロのニュースを聞いたが、たくさん集まっている司教たちから、

「報復は悪の勝利だ」とか

「命を造った神ならいかなる神でも私たちに殺しあえなどとは言わない。我々(キリスト者とムスリム)は信頼と尊重のうちに共同のプロジェクトを築いていかねばならない」

「殺すのには勇気はいらない。異なる人たちとのきょうだい愛を育てることに勇気が必要だ」

などと畳みかけられ、まあそれはいつのWYDでも繰り返されるものではあるのだけれど、今回は「リアルなコンテンツ」となった。貴重だ。

そして、若者たちを見ていると、フランス人はもとより、やはりテロのニュースをポーランドで知ってショックを受けたドイツ人たちもいるのだけれど、そこでは、「闇」よりも圧倒的に「光」が支配しているので、やがて笑顔が戻ってくる。

この世界は若者たちが笑い、集い、歌える世界でなくてはならない。

時として、一握りの悪いニュース、スキャンダル、揶揄、非難、弾劾、嫉妬などの言葉ばかりが増幅されるこの世の中で、クラクフでの数日間は愛と希望のメッセージが優先され、先行し、伝染する。

若者たちは「試練」とどのように戦うのかのメッセージを受け取り、それを私たちに伝えてくれる。

この「試練」がこのタイミングで起こったことに神慮が働いていないなどと、誰が言えるだろう。

(この後、その3の「ベルナール・カズヌーヴ」、その4の「フランスのムスリム」が続く)
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by mariastella | 2016-07-28 00:27 | フランス

教会テロが一つのチャンスだと思えてきたわけ その1

さっき、サイトの掲示板で、

「(・・・・)今回の事件によって、「信仰の炎」が心の中で燃え上がるような想いがしております。
愛と赦しといつくしみによる生き方をせよ、そして広めよ、一刻も早く、おまえの身の回りからすぐにでも始めよ、ぐずぐずするな、ぼうっと見ている場合ではない、傍観者になるな、日々の生活のすべての局面で積極的に行動せよ、福音にのっとった生き方によって、ということかな、と」

という投稿を拝見して、すごい、日本でも、カトリックの人はこういう反応をするのだなあと嬉しくなった。

私の返事は、ここにも書こうと思っていたことの一部なので貼り付けておくと、

・・・そのようにお考えになれることが、今回のテロでカトリックの司祭が犠牲になったことの大きな意味の一つだと思います。

フラ・アンジェリコの言葉に

「世界の闇は一つの影に過ぎない。その後ろに、我々の手の届くところに、喜びがある。この闇の中には、我々に見えることが出来さえすれば、素晴らしさ、言い表せない喜びがある。そしてそれが見えるためには、見ようとするだけでいいのだ」

というのがあります。

(キリスト教は)死からの復活だけではなく、今ここで呑み込まれた闇からの復活でもあります。

「死」を前にしても「光」の方を見る、ということですよね。

普段はそういうことが理屈としては分かっていても、こういう事件がそういうことをリアルな実践として教えてくれるのは「恵み」なのだと思います。

アメル神父が将来復活するかどうかよりも、今、この世での使命をより広げて新たな使命を遂行し続けているんだなあと思います。

罪のない子供や若者たちがテロの犠牲になるのももちろん不当で悲しいことですが、それだけにリアクションが「怒り」や絶望や恐怖や報復に向きがちです。

アメル神父が犠牲になってくれたからこそ見えてくるもの、言葉にされる赦し、意識される友愛の必要性、などを感じて、感謝の念すら覚えているところです。・・・


ということで、今度のテロがチャンスだと思うのは、「テロの場所と犠牲者」だ。

フランスの風土に密着している、小さな町のカトリックの司祭が犠牲者になったこと。

しかも、若い神父とか外国人神父(実際、アメル神父は2005年に定年で教区司祭をやめていて、この教区にもコンゴ人の司祭が就任した)ではなく、40年以上もムスリムとの共生活動をやっていて、相変わらず洗礼も葬儀も結婚式も司式して町の人の生活と密着して「いかにもフランス人らしい」神父であったこと。

イスラム教の人たちとも、一応カトリックでも教会に来ない人た(これが一番多い)とも親しく付き合い、皆から愛されていた。

テロリストの19歳の青年は、いわゆるムスリムではない。
「シリアに行ってアサドの兵士をできるだけ殺さなくては」という使命だけをISというカルトから洗脳された犠牲者で、「コーランの一節だって知らなかった」と町の他のムスリムが証言している。

で、そのシリア行きを阻まれて鬱屈しているところにISから

「大丈夫、君の使命は、君の手の届く範囲のところでだって遂行できるよ、近くの教会で不信心者を殺す、それだって立派な聖戦だ、大げさな武器弾薬がなくてもいい、信仰さえあればそこいらの刃物でも戦えるよ」

みたいなことを吹き込まれて実行に踏み切ったわけだ。

それについては後の記事でまた触れるが、とにかく、このアメル神父が惨殺されたことで、カトリックの論客や、宗教の論客が、問題を初めて綺麗ごとでなく「当事者」として語ってくれることになった。

「当事者」の最たる人は、アメル神父自身で、この夏休みに入る前の教区報に、夏の祈りのアドヴァイスとしてこういう文を載せていた。

「今の時期に私たちの世界で起こるだろうことに注意を向けて、

最も祈りを必要としている人たちのために、

平和のために祈りましょう」

こういうメッセージを発していた人が殺された時、残された人は、情緒や怒りに負けないで、何が本当に大切なことなのか、何をすべきなのかを考えざるを得ない。
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by mariastella | 2016-07-27 23:27 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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