L'art de croire             竹下節子ブログ

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映画『セラフィーヌの庭』他数本

 今年度のセザール賞を総なめにした感のある映画『セラフィーヌの庭』(マーティン・プロボスト監督)を見た。

 実在のプリミティヴ派の画家セラフィーヌ・ド・サンリス(1864--1942)の伝記映画だ。。

 セラフィーヌが、悲しい時は森に行って木に話しかけるといい、とか、動物にも植物にも魂がある、などと語り、サンリスやシャンティの牧歌的な風景がたっぷり展開するので、最初はなんだかエコロジー・テイストの映画だなあと思った。今のブームに媚びてるんじゃないかとも。

 しかし、掃除婦をしながら幻視的な画を描きつづけたセラフィーヌも、彼女を発見し世に出したドイツ人の画商Wilhelm Uhdeも、この時期のフランスに生きた人たちの例にもれず、2度の戦争に遭遇するという運命に翻弄されたのだから、いつの世も自然の美しさよりも人間の愚かさの方が勝っているのを思い知らされて深刻だ。自然や人生を破壊するのはいつの世も、文明ではなく人間の暴力だ。

セラフィーヌという人は、17歳からの20年間を女子修道院の掃除婦として過ごしたようで、その鈍重な体つきに似合わぬ澄んだ声で祈ったり聖歌を歌ったりできるし、修道女たちとも生涯いい関係があったようだ。その絵も聖堂の薔薇窓などにインスピレーションを受けたのだろうと言われている。ビンゲンのヒルデガルトの幻視画と同じで、オリバー・サックスなどが見たらきっと偏頭痛による眼球内映像だと言いそうだ。

 この手の眼球内幻視を再現する画家にもう何年も前に会ったことがあるが、その人にとっての「啓示」への忠誠意識と、第三者への伝達性の配慮との兼ね合いはいつも微妙である。アーティストが自分を単なる仲介者として位置づけるか、啓示する創造者と自己を重ねるかによって、目つきまで変わるので、「鑑賞させていただいている」ほうからのアクションを拒むことにもなるからだ。

セラフィーヌの時代はこのような幻視画アートが認められていなかったから、セラフィーヌには傲慢な所はない。書いているときのシャーマン状態と、普段の自己卑下ぶりは乖離している。彼女にとっては、彼女の才能を始めて見出してくれたウィルヘルムとの関係だけが自己評価を劇的に変えるのだ。

そしてウィルヘルムは彼女を単に画家としてという以前に、初めて人間として、存在していることを認めて対等に扱ってくれた人でもある。


セラフィーヌとウィルヘルムが出あった時、彼女が50歳前、彼が40歳前という感じで、第一次大戦後に再会した時には彼女が63歳、彼が53歳である。

彼女が最初に彼に才能を認められたときに画面に音楽が流れるのがすごく印象的だ。
人は人に価値を認められたときに音楽を聴くのだ。

フランスを去るウィルヘルムからずっと描き続けるようにといわれた言葉を信じて、13年後の再会の頃には、セラフィーヌの絵は、「上達した」とウィルヘルムに言われるものになっている。

その後の数年間は、彼の援助を受け、大作を次々とものにする。

 「人を愛したことはあるか」と聞かれて、好きな人がいたが失恋した、でも絵を描いていると、

「別な風に愛する」

ようになるんだ、とセラフィーヌは答える。
ウィルヘルムはホモであるが、むしろそれ故に彼はセラフィーヌの真の友になろうとしたし、セラフィーヌにとっても彼は神のような存在になった。

ウィルヘルム・ウーデはピカソやブラックを早く評価した人で、プリミティヴでは関税人ルソーも見出した。ドイツ人といっても、ユダヤ系のポーランド人で、パリに出てきた時は、クロソフスキーやバルチュスの父親である同世代のピエール・クロソフスキーを頼ったという。

アーティストの世界の国際的な連帯はこの頃も強く、ウィルヘルムも、第一次大戦の時は身一つでフランスを追われるように去ることを余儀なくされたが、第二次大戦の時は、ユダヤ系であるにもかかわらず仲間のアート評論家たちの庇護を受けてフランスに留まり、戦後の1947年にパリで死んだ。

 プリミティヴの画家の評価について、絵は魂で描くものか、知性で表現するものかなどと言う論議がいつもなされるわけだが、いわゆる「真・善・美」というくくりは、アートにはできない。その逆は「偽・悪・醜」であるが、善悪は美醜に関係ない。では「知」と「愚」はどうか、「無垢」と「穢れ」はどうか「秩序か無秩序か」というと、アートは力動の中に生まれて存在の根に触れる効果の一種なのだからこれも二元論的に分けられるものではない。

このウィルヘルムという人は、若い頃は、ギリシャ-ドイツのメランコリーがゴチック的縦方向のアートを生み、ローマ文化は満足感をベースにした水平方向のアートだと論じていたそうだ。晩年には、ゴチック・メンタリティというのはフランク族のゲルマン精神とガロ・ロマン精神の交錯から生まれたものだという見解になり、ピカソはゴチック、ブラックはロマンだと言っている。

ゲルマン民族のドイツと、ラテンのローマはもともとかなりメンタリティが違うのに、ドイツが「神聖ローマ帝国」を継承したという歴史のせいで、キリスト教文化から展開したさまざまなアートの分野では、一枚岩みたいな部分もある。たとえばイタリア・ドイツ系バロック音楽が同系なのにフランス・バロックが別物であるように、はやくからケルト・ゲルマン・ラテンの混ざったフランスとは一味違うことが多い。だから、ドイツ系の人の方がかえって、民族間メンタリティの違和感の洞察が深くなるのかもしれない。イギリス系のアングロサクソンの人は、「島国」メンタリティが別に醸成されるせいか、こういう悩み方はしないのかもしれないが、どうなんだろう。

セラフィーヌを演じるヨランド・モローはもともと芸達者で有名だが、たとえばセラフィーヌが教会の聖母マリアのチャペルで、供えてある蝋燭のロウを画材としてそっと拝借するシーンなどでは、一瞬の目の動きで、彼女の信仰と心やましさとが入り混じった心理を鮮やかに描き出したりして見事である。

セラフィーヌがウィルヘルムに「恋をしてる」と思わせるのは、彼にしきりに神様を信じるかとか聖母マリアはいくらなんでも信じるでしょう、とかしつこく知りたがるシーンでも分かる。修道院に長くいて、教会の絵も歌もみんな好きなセラフィーヌには、ユダヤ人無神論者(それは彼の同性愛とも関係しているはずだ)の存在など想像もつかないというところだ。

何かがアートとして成立するには創作者と鑑賞者の双方の意図と歩み寄りが必要だし、相手の世界に気楽に踏み込めるタイプ、自分の世界のドアを閉じるタイプ、招待はしたがるが決して相手のうちには行かない人、その逆の人、といろいろ考えられる。そのあたりの流れを引き出して調整する存在として画商だとか美術評論家だとの役割は大きい。

今日本に着いたところ。

到着便の中で『スラムドッグ$ミリオネア』『ベンジャミン・ バトン 数奇な人生』他数本の映画を見た。

後者は長くて敬遠してたので、飛行機向きだ。最後に赤ちゃんにまでかえるっていうのがなあ。最初のシーンと、図柄としては対照的だが論理的には非対称である。胎児までは戻らないみたいだし。体は大きいまま能力が赤ん坊にかえるのかと思った。おとぎ話なんだが、医者の説明とか、SF 的つじつまあわせもあると楽しいのに。フランスではこの映画をめぐって実在する「奇妙な病気」のいろいろっていう特集が結構あったので楽しめたが。それにしても老人顔の赤ちゃんが差別されずに老人ホームで生きていけるのは皮肉な話だ。
恋人のバレリーナ をやるケイト・ブランシェットは表情が時々カルラ・ブルーニに似てるなあと思う。

インドものは、インドもの特有のエネルギーとテンションの高さ、貧富の差の極端さ、構成のうまさ、非常にうまくできた映画だとは思うが、「絶対に私の人生を変えない映画」のカテゴリー入りである。

とりあえずこのへんで。
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by mariastella | 2009-04-15 18:10 | 映画

Gran Torino

 クリント・イーストウッドが名演だという『Gran Torino』を観にいった。

 もうできることなら、暴力、戦争、残酷、ホラーなどという映像は見たくないので避けているのだが、しっかりヴァイオレントな映画だった。

 私はなんだか勘違いしていたのだ。老いた人種差別男がアジア人の少年と交流するうちにいつの間にか人間味が生まれて、というしみじみ感動のヒューマン・ストーリーかと思っていて、夕べは何となくそういうものを見たい気分だったのだ。

 イーストウッドの名演がなんたらいうよりも、最初の感想は、あのアジア人たち、アメリカでなくてフランスに移住すればよかったのに、ということである。
 フランスのユニヴァーサリスム、「腐っても鯛」というか、移民の子弟には、ずっとチャンスがある。いわゆる「アメリカンドリーム」という一攫千金の上昇は難しいが、普通の教育を受けて普通の市民になるチャンスは多い。

 銃社会についてのマイケル・ムーアの告発も思い出す。

 少なくとも、フランスでは、田舎の男やもめがいつも銃器で武装していなくてはならないような状況はない。

 日本でももちろんそうだが、日本でアメリカ映画を見ると、あまりにもかけ離れているので、比べる気が起こらないのだが、フランスで若い移民に囲まれて暮らしていると、しみじみ思う。

 「何々系」による棲み分けとグループ間の対立なども、今のアメリカでもこうなんだなあ、と驚く。
 たとえばこの映画では主人公はポーランド系で、アジアの少年に職を世話してやるのだが、その友人はケネディなんたらというアイルランド人である。ここで、カトリック・プア・ホワイト系の白人コミュニティの感じがよく分かる。

 ウエストサイド・ストーリーの頃の、不良グループと変わらない。

 去年、日本の京都劇場で『ウエストサイド物語』のミュージカルを観た後で次のような記事を雑誌に書いた。
 
 少し長いがコピーしよう。


 「 ミュージカルを観る

  五月に日本に帰った時、京都劇場で、劇団「四季」によるミュージカル『ウエストサイド物語』を観た。
 なつかしい。私にとって、ウエストサイド物語といえば、一九六〇年代の初めの日本を席巻したミュージカル映画であり、赤シャツのジョージ・チャキリスが脚を高く上げて踊る姿、激しい『アメリカ』の賛歌や、ロマンティックな『トゥナイト』のメロディと共に、回りの中学生たちがみな指を鳴らしてニューヨークの不良グループを真似ていたのも思い浮かぶ。

 私の記憶の中では、この話は、ニューヨークで敵対する二つの不良グループの、一方のリーダーであるベルナルドの妹マリアともう一方のリーダーのもとの仲間で親友のトニーとの間に恋が芽生えるという、現代版ロメオとジュリエットの悲劇だった。イタリアが舞台のシェイクスピアのクラシックな純愛劇のイメージと、一九六〇年代の日本の日常から想像出来ないようなニューヨークの大都会の無法地帯のイメージのずれが新鮮で、青春エネルギーの水位が信じられないくらいに高くて圧倒された。

 今回、四〇年以上も後に、同じミュージカルの日本語版を生で観たわけだが、昔とは全然違うものが見えてきて驚いた。もちろん世代的なものもある。昔見た時はこちらはまだ少女であり、不良グループも悲恋も何も、すべて絵空事だったし、今は、完全に大人の秩序の中にあぐらをかいでいる状態だからだ。

 では、何が見えて来たかというと、アメリカという移民社会で共同体主義の社会における「宗教と社会」の関の問題の根の深さである。まず、不良グループの構成だ。映画でジョージ・チャキリスが演じていたベルナルドの率いるシャーク団がプエルトリコ系だということは知っていたけれど、その意味は昔はよく分かっていなかった。

 後に、アメリカにおける人種差別に関する本の中で、プエルトリコ人が黒人よりもさらに差別を受ける最底辺であることを知った。プエルトリコはアメリカの自治領ということになっていて、今はアメリカのパスポートを持てるようだが、ウエストサイド物語の時代には、明らかに外国人の移民として「アメリカ人」ではないと差別されている。人種的には明らかにラテンアメリカと近く、スペイン語が基本のようだ。

 物語の中で、「スペインの混血野郎」と罵倒されているところから見ても、インディオなど先住民と征服者スペイン人との混血というイメージなのだろう。

   「マリア」はなぜ美しいのか

日本のミュージカルでは、出演者全員が日本人なので、むしろ分かりやすい。プエルトリコのシャーク団は肌の色も濃くメイクされていて髪も黒い。一方の「アメリカ人」とされるジェット団の方は、大体金髪で色白という設定で明快だ。ヒロインのマリアも色黒である。 しかし、60年代のハリウッド映画の方は、マリアは当時すでにスターであったナタリー・ウッドだった。黒髪ではあったけれど、ロシア系移民の娘である。ベルナルド役のジョージ・チャキリスはギリシャ系。地中海系で当時のハリウッド・スターにしては小柄で浅黒い感じはあったが、日本人から見ると、単に「アメリカ人のスター」に見えた。ベルナルドの恋人アニタ役を好演したリタ・モレノだけが、実際のプエルトリコ人だったのだ。

 トニーが一目ぼれしたマリアに名を聞いて、分かれた後で彼女を思って歌う有名なラブソングがある。その中で、マリアという名がはじめて耳にした美しい響きだと歌うのだが、これも、今思うと、単に恋した者の思い込みではないようだ。マリアなんてむしろ平凡な名をどうしてそんなに美しいとか初めて耳にするとか言うのだろうと思ったが、それは彼女がプエルトリコ人なのでスペイン語の名前を持っているかららしい。

 それまで「アメリカ人」としかつきあっていないトニーにとっては、聖母由来の名は「メアリー」であるから、「マリア」はほんとうにエキゾティックだったのだろう。 しかし、プエルトリコ人をさげすむ「アメリカ人」であるはずのジェット団の若者達も、実は、大都会の不良グループだけあって、社会の底辺にいるプア・ホワイトの子弟である。シャーク団の若者が浴びせる罵倒が「ポーランドの豚」とか「アイルランドの屑」の類いのものであることから察するに、親たちがポーランド移民やアイルランド移民であり、アメリカで生まれた二世であるらしい。アメリカの先発植民者で「建国」者としてのエスタブリッシュメントであるアングロサクソンではない。

 しかし、だからこそ、移民して苦労した親の世代は、母国語を捨てて、名をアメリカ風に変えたり、子供にもアングロサクソン風の名をつけたと思われる。だから子供たちは、プア・ホワイトの子弟として軽蔑されながらも、「生まれながらのアメリカ人」としての意識を植え込まれているから「スペインの混血」のプエルトリコ人を差別するのだ。

   カトリックのインサイド・ストーリー

 では、このジェット団とシャーク団の共通点は何かというと、両者とも、カトリック共同体であることだ。アメリカの東海岸エスタブリッシュメントはWASPと呼ばれるアングロサクソンのプロテスタントであるのに対して、ポーランド、アイルランド、イタリアなどカトリック系の移民は、長い間プア・ホワイトを形成してきた。だからこそイタリア系マフィアなど共同体内の結束は堅かったわけだ。一九六〇年代にアイルランド系カトリックとして初めて大統領になったケネディが、選挙運動中、まさにカトリックであることを種に執拗な追求を受けたことは周知の事実だ。スペイン系プエルトリコは、もちろんカトリックであろう。

 『ウエストサイド物語』が書かれた一九五〇年のアメリカ社会は異種の共同体がまじりあわない社会だった。カトリックのプア・ホワイトの子弟の不良がプロテスタントの中流家庭の子弟と睨み合うことはない。シャーク団とジェット団が宿敵同士だったのは、まさに、底辺同士で、カトリック同士だったからなのだ。

このミュージカルの産みの親であるレナード・バーンステインとジェローム・ロビンスは、共にユダヤ系アメリカ人である。彼らの最初のアイディアは、この悲恋の物語を、ユダヤ人コミュニティとキリスト教コミュニティの間の話にしようと考えていたそうだ。

 どうしてそうならなかったのだろう。ニューヨークに生きるユダヤ人だった彼らには、異宗教間の恋にリアリティがないことが分かっていたからかもしれない。

 マリアは言う。「あなたのことをパパに話すわ。パパは聞くわ。ちゃんと教会に行っている男かねって。」そして二人は、二人だけで、教会での結婚式の誓いを述べ合うのだ。

 つまり、運命のいたずらである「一目ぼれ」とはいえ、若い二人は、自分たちが「結婚可能」な同じ宗教共同体にいることを知っていた。いや、そうでなければ、そもそも、出会うことだってなかったのだろう。

 考えたら、ロメオとジュリエットの悲恋だって、敵同士の家族とはいえカトリック同士の話ではある。日本にいたら見逃してしまう宗教問題の機微を、あらためて考えさせられた『ウエストサイド物語』との再会だった。」


 以上だ。

 そして、今のこの映画でも、主人公はポーランド野郎、みたいに呼ばれるし、アジア人コミュニティへの侮蔑感(主人公が朝鮮戦争に従事したというトラウマは別にしても)もあらわである。
 アジア人の不良グループは、メキシコ人不良グループとやりあうし、黒人の不良たちも出てくる。人種別につるんでいるし、アジア人の娘が白人のボーイフレンドと歩いていると黒人グループにからまれるのだ。

 今のフランスの移民の子弟の「暴動」に女の子が加わらないのもアメリカ化してるイメージだ。
 この映画で、アジア人の娘が、「女の子は大学へ、男の子は監獄へ行くのよ」というシーンがある。
 女の子が暴動に「加われない」状況は、女の子にとってはチャンスであり、男の子にとってはますます悪い状況である。

 この映画では、ポーランド人コミュニティにとってのカトリック教会の意味もよく分かる。
 この主人公のように、冠婚葬祭にしか教会に行かない人も多いのだろう。アメリカにおいては、そういう人は、宗教を信じていないというより、多分人間を信じていないんだろう。
 
 それでも、ごく若い神父になりたての青年が、主人公にまつわりつく。最後には、主人公は孫ほどの年の男を「ファーザー」と呼んで告解し、最初は「自分のことはミスタ・コワルスキと呼べ」と神父に言っていたのに「ウォルトと呼んでくれ」となる。

 この東南アジア人コミュニティが、アメリカ軍の去った後のベトナム人に追われてやってきた、というくだりも、なんだかかなしい。最後の悲劇が、結局、違う民族同士の不良青年の戦いではなくて、警察に訴えでないであろう同族の「まともな家庭」に向けられた暴力であることもやりきれない。

 この青年たちは、日本人の好きな言葉を使うなら、「農耕系」の穏やかアジア人である。1960年代のプア・ホワイトの子弟同士の争いとは違って、21世紀のアメリカ中西部にこういう実態があるのだとしたら、それはエコロジーやなにかより、はるかに深刻な問題だ。
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by mariastella | 2009-03-26 19:40 | 映画

イザベル・アジャーニとLa journee de la jupe 

 3月21日、Arte で、劇場公開前に新作映画の『La journee de la jupe(スカートの日)』が放映された。

 なかなか衝撃的だ。

 話は、移民3世の子供たちが大半を占める郊外のリセのフランス語クラスで展開する。
フランス語教師のソニアは毎日、生徒たちの無法ぶりの中で疲れ果てていて、屈辱感をかかえている。ある日、黒人生徒がピストルを持っているのを偶然発見して取り上げる。
 それが偶然別の生徒を怪我させ、いつの間にか、ソニアは教師生活ではじめてピストルによって、生徒たちを支配することになる。
 結局生徒たちを人質にとってリセに立てこもる形となり大騒ぎになり、彼女はジャーナリストと話すこと、全国のリセ(フランスでは基本的に公立、というか国立である)に「スカートの日」を制定し、女子生徒がスカートで登校できるようにと条件を出す。
 移民の多い郊外のリセでは、女子生徒はスカートをはけない。スカートをはけば即、娼婦であり男を誘っているとみなされるからだ。
 事件本部に駆り出された女性大臣はパンタロンをはいている。そして、女性がズボンをはく権利を獲得するのに長い戦いがあったのだから、今さらそれに逆行するようなことはできない、と言う。
 
 事件はカタストロフィに向かう。

 女性のズボン着用についての文化の認識の違いをちょっと説明しよう。

 もともとのフランス文化においては、キリスト教の文脈の中で男女異装が禁じられていた。
 創造の秩序を乱すというのは罪であるからだ。
 マリー・アントワネットが子供の頃に、「裸になったら、男か女か分んないじゃない ?」
と言ったという逸話のように、男女の服装コードが極度に発達した時代もあった。
 これは根強い。

 今でも、こういうジョークがある。

 新生児が二人産院で並んで寝かされている。
 一人がもう一人に聞く。

 「ねえ、君は男の子、それとも女の子?」

 「わかんない」

 「見てあげるよ、ちょっとシーツを下げて、
  もっと下まで、
  
ああ、君は女の子だよ、ピンクのソックスをはいてるから」

 このように、特に、男側の異装はまだタブーである。
 つまり、女の子は普通にズボンをはけるが、男の子や男のスカートには市民権がない。

 これについて普通なされる解釈は、男が上で女が下という秩序が壊れていないからで、女が男装するのは上昇志向として寛恕または奨励されるが、男が女のふりをするのは男全体の価値を危うくするからタブーだということである。一般に「男まさり」の女の子がいい意味で使われることもあるのに対して、男への侮蔑辞として「女の腐ったようなやつ」と言われるのと似たようなものだ。

 フランスは、男装したジャンヌ・ダルクが火刑にされた国である。
 男装が堕落しているとされたことの一つに、ズボンは脚の付け根が分るから、というのがあって、まあ、それは何となく分る気がしないでもない。
 だからスカートでも、超ミニというのはあり得ないんで、脚の付け根の存在を隠すロングスカートが基本で、それによって女性は馬に乗るなどの自由な動きを妨げられるハンディを背負い、ますます男に支配されるようになる、という構図だった。

 これに対して、今のフランスで問題になっている一部の若者のイスラム原理主義における女性の服装のタブーは、スカートである。
 ハーレム・ズボンなどのイメージからはアラブの女性の伝統的衣装がズボンだったとも考えられるが、それについてはよく分からない。まあ、どこの国でも、労働する女性は、動きやすいズボン形の服装、労働しない女性は装飾的な服装、という感じだったのだろう。
 とにかく、少なくとも今の原理主義的なイスラム国では、女性は長袖長ズボンが基本である。つまり肌を見せる部分が少なければ少ないほどいいわけだ。ヴェールやブルカ着用のように、髪や顔の肌だって基本的には、家族以外の異性には見せてはいけない。

 で、今、フランスのリセで起きていることがこれだ。

 フランスには旧植民地マグレブ諸国を中心とした国からの移民が大量にいる。

 移民1世は、子供たちにできるだけ可能性を与えてやろうと決意してフランスに渡った。
 彼らは移民労働者として搾取されたが、2世である子供たちは、フランス独特の同化政策の恩恵を受けて、無償の公教育を受け、さまざまなスキルを獲得した。
 才能のあるものは、世にでて、成功した。アルジェリア人の父を持つイザベル・アジャーニもその一人である。コメディー・フランセーズにだって出られる。
 しかし、彼ら2世の中にも、普通のフランス人と同様、際立った才能のない者の方が当然多い。すると、アメリカ風の逆差別の政策がない限り、同程度の平凡な能力の求職者が二人いれば、当然、別の部分が判断基準になる。移民2世より生粋のフランス人が、女性より男性が、障害のある者より健常者が、選ばれる。生粋のフランス人の方がコネがあるし、女性は妊娠出産で戦線離脱の可能性があるし、障害者をサポートするにはコストがかかるからだ。

 フランスはこういう差別是正にはまあ、努力してきた。
 男女差は目に見えるし、障害の有無も見えるので、機会均等を支援するのは比較的楽だ。

 しかし、フランスのユニヴァーサリズムとそれに基づく同化政策は、「移民の子弟」と「生粋のフランス人」の区別そのものを建前上否定する。
 ユニヴァーサリズムの国フランスでは、出自や文化の差はハンディキャップと見なされないので、差別救済処置が遅れるのである。
 
 そのせいで、移民2世の多くは、建前とは別の「ガラスの天井」のような壁にぶつかってルサンチマンを抱く。彼らはユニヴァーサリズムを叩き込まれていてる「フランス人」なので、その不当さがよく分かるのである。
 
 で、そのような、ルサンチマンをかかえた移民2世の子供である移民3世がどうなるかというと、「アイデンティティ」をイデオロギーにし始めた。そのアイデンティティというのを吹き込むのが一部イスラム原理主義者である。
 実際、彼らの世代になると、フランスにも「棲み分け」が進み、郊外の公立校は、移民の子弟ばかり、という状況になりつつある。移民の子弟が住む低所得者用大型団地は非行少年の巣屈のようになる。
 「同化政策」だったはずの公立学校は、ムスリムの子弟のために給食から豚肉を外したり、公立のプールを男女別の時間に分ける都市も出てくる。公立病院で男性医師を拒否したり食事に文句が出ることも普通である。
 
 なぜか?

 答えは簡単。移民の2世、3世は、選挙権のあるフランス人なので、彼らが多く住む地域の政治家たちは選挙のために彼らのロビー活動に屈するからである。多様性を尊重するという名目で共和国精神を売り渡すのだ。(現在社会党のトップであるオーブリー女史がリールでやっていることも同じである。)
 
 この映画の監督 Jean-Paul Lilienfeld は、これを思いついたのは、2005年の郊外の「暴動」報道の時だったという。車に火をつけたりして騒ぐ若者たちはみな、「男」だった。
 監督は、自分も若い時に町へ繰り出してさんざん悪いことをしたものだが、女の子たちといっしょだった、という。フランスの若者の示威活動の原風景である68年の学生運動も男女共同だった。

 ところが、イスラム原理主義による挑発の道具として操られている移民3世の若者たちの「暴動」には女性はいない。 女の子は外へ出られない。「ふしだら」だと見なされた若い娘は兄弟から制裁を受ける。人前で顔を見せた娘を殺す父親や、男とつきあう未亡人を殺す息子などが罪に問われない国は存在するが、フランス国内で、ゲットー化した一部の「ムスリム・コミュニティー」でもそのような治外法権がまかり通りはじめているのだ。

 この現実と、この映画で、生粋のフランスエリートである女性大臣が、「女性がズボンをはく権利を獲得したのを逆行できない」という言葉には、大きな隔たりがある。

 アジャーニの演ずる教師は、スカートをはいている。
 
 彼女はアジャーニと同様、移民2世という設定である。

 モリエールを教えている。
 彼女は、その教育によって根っからのフランス人なのだ。

 最近のフランスの移民原理主義は、移民の子弟たちのアイデンティティに合致した文化を学校で教えないのが悪い、と主張する。

 すぐれた文学はユニヴァーサルである。
 モリエールのどこが悪い ?
 私は日本人だがモリエールを読んだからアイデンティティが揺らぐなんてことはない。
 人間性に対する洞察が深まる。

 アジャーニの演ずる教師は、だから、女生徒たちがスカートをはけば男生徒に制裁されることを知っている。兄弟からも。彼女が「スカートの日」を!と叫ぶのは、ヨーロッパの女性がズボンをはく権利を勝ち取ったのとは全く別のコンテキストにあるのだ。

 私はアジャーニを『令嬢ジュリー』の舞台で見たことがある。
 シャーマニックだった。

 熱演のため途中で倒れた。
 ファニー・アルダンが続行した。

 ファニー・アルダン版の舞台はTV で観た。
 重厚だった。
 
 私はアジャーニがアルジェリア移民の娘だと知っていたが、この映画に関するインタビューではじめて、毎回、彼女の出自が話題にされるのを読んだ。

 私はパリのリセで教えたことがあるが、カトリック系の私立学校だった。
 フランス人の若い友人の多くは、厳しい試験を経て教員免状を得た後、郊外の移民の多い公立校へと赴任する。年功によって獲得する点数によって、後からは自分の希望に沿うもっと「いい地域」の学校にもいけるのだが、若い教師には選択の余地がない。
 ずっと音楽をやっていた恵まれた環境にあった後で音楽教師になった若者たちなどは、公立中学に赴任して、あまりの無法状態に絶望して鬱病でばたばた倒れる。

 課目にもよるのは事実だ。

 音楽はもちろん、フランス語でも、教室の無法状態を治めるのは難しい。
 数学のアグレガシオンを持っている友人などは、堂々と胸開きワンピースなどで公立リセの教壇に立ったりしている。

 これまで、移民の子弟の多い公立校での教育にがんばる熱血教師の物語はあった。
 2008年のカンヌ映画祭でPalme d’Orを取った『Entre les murs』などが代表だ。
 「切れてしまう」教師の話はなかった。
 
 両方が必要だ、と思う。
 
 現実を見据えて、何がどう変化したのかを冷静にとらえなければならない。

 しかし、今、すぐに、ここで、ユニヴァーサリズムが効を奏しない、という理由だけで理想に向かう努力を捨ててはならない。
 ユニヴァーサリズムというのは単なる「政策」や「戦略」ではないからだ。

 この映画の最後で、ソニアの埋葬に参加したリセの生徒たちの姿が映され、女の子たちが膝丈のスカートをはいているのが見える。

 これがメッセージで、希望なんだろう。

 私にとって、自分がスカートであれズボンであれ、自分の服装を自分で判断して決める自由というのは、「善いこと」に属する。
 そして「善いこと」はすべての人と共有すべきであるというのはユニヴァーサリスムの理念である。
 それが「善いこと」だと思えるのは、私が受け入れている西洋発ユニヴァーサリスムの基本である「自由・平等・友愛」に合致するからである。
 私が西洋型ユニヴァーサリスムを受け入れているのは、それなしでは支配されたり搾取されたりする立場であるグループ(女性とか、心身の強者でないとか、今の世界で西洋キリスト教文化圏出身でないとか)に自分が属しているという自覚があるからである。

 だから、たとえどんなに「伝統的な」「文化的な」理由付けがあったとしても、この世界に、女性を一定の服装に縛り付けて、それを守らないと制裁の対象になるような状況がある限り、それを告発してユニヴァーサルな理想に向かって戦う人々を支援したいと思う。
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by mariastella | 2009-03-22 02:27 | 映画

Les trois singes

去年のカンヌ映画祭で演出賞をとったNuri Bilge Ceylan のトルコ映画『3匹の猿』。

 見ざる聞かざる言わざるの家族の秘密の悲劇。色合いとか間合いがとてもアントニオーニ的で玄人好みでいかにも演出賞にふさわしい感じ。

 内容は、たとえば、今の私の環境や生活や性格とかと何の接点もないのだが、それでいて、普遍的な情緒に訴えてくるという意味では、ほとんどギリシャ悲劇の世界だ。ギリシャ悲劇の完成度って、すごいなあとあらためて思う。

 主演のHatice Aslanなんて、メディアのマリア・カラスみたいだ。
 
 情熱というか煩悩というか、もっとつらいのは、全編にあふれる「卑怯さ」である。

 選挙前に交通事故を起こした政治家が、罪を運転手に被ってもらって服役してもらう。給料は息子に払い続け、出所したらまとまった金を払うという約束だ。こんなことに家族ぐるみでOKしてしまうところがもう間違いで不幸の元なんだが、トルコ的にはあり得るのか。
 息子は大学受験に失敗して引きこもり気味。政治家に頼んで金を前借して車を買ってくれたらそれでバイトするとか言っている。

 母が政治家に会いに行く。しかし政治家は選挙に敗れてしまった。この辺で、私なんかは、そのせいで、もう約束の金をもらえなくなるんじゃないかという方を心配して、政治家と母親の間に情事が起こるなんてまったく想像しなかった。
 (母親役のHatice Aslanは40代半ばのグラマラスな人で、そういう目で見ればなるほどセクシーでもあるが、日本のこぎれいな奥さんが見ればどこのおばさん?という感じでもある。悲惨な貧乏話に似合いそうで、惚れたはれたの話だと思わなかった)

 しかも、金をちらつかせたセクハラですらなくて、政治家はそれなりにわりと親切で、女の方がすっかり夢中になってしまうという設定だ。

 じゃあ、合意の上ならまあいいじゃないか、と、ギリシャ悲劇的な人間の業の感覚からかけ離れた小市民的な私は、全然テンションを共有できなかったのだが・・・

 母親の情事に気付いた息子の目に入る台所の包丁がぎらっと光るのにぞくっとした。

 もう一つ、この家族にはタブーとなっている不幸がある。それは、次男が子供の頃に死んだことだ。何も語られないが、アクシデントか何かで、家族のみんなが罪悪感やら相互非難やらを抱いているらしいことが分かる。このトラウマを解決していないことが核になって、卑怯さを糊にして後ろめたさがたまっていく。

 この子が息子の前に出てきたり、出所した父の後ろから腕を回したりするシーンがとても怖い。でもなぜか、母のところには出てこない。
 なぜなら母は恋をしているからだ。

 しかし、一応親切だった政治家も、まさか付きまとわれるとは思わず、後は手のひらを返したように冷たく乱暴になる。

 結局息子が彼を殺すのだが、私は父親が今度は息子の罪をかぶって自首するつもりかと思った。

 でも結局、家族愛の発露みたいなものだの、赦しみたいなものだのは、何もない。

 抑制というより、諦念であり、「卑怯と愚かさは愛より強し」というのを突きつけられる。

 母と息子の息苦しさ、父と息子のぎこちなさ、夫と妻の欺瞞、怒りと失望と不信、こういうのが人間の存在の仕方の基本である、と見せられているようで、えらく説得力がある。文学的説得力なんだけど。
 
 線路、列車、海、空、流行歌らしいものをがなり立てる携帯電話の着信音、すべての小道具がそれを裏付けるからだ。

 一つ外したら嫌悪感をもよおしてしまいそうだけれど成功しているので、やはり名人芸なんだろう。
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by mariastella | 2009-02-13 00:40 | 映画



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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