L'art de croire             竹下節子ブログ

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バルセロナのテロ その後

カタルーニャのテロの実行犯がバルセロナからそう遠くないところで射殺された。


前日まで、フランスでは、フランスに逃げたのではないか、EUのシェンゲン条約で国境がないのが悪い、国境審査を再開しろ、などと、また、「国別」の感覚で騒ぐ人たちがいた。フランス国籍を持つ移民の子孫のテロリストがいくらでもいることを誰でも知っているのに。


スペインは「イスラム国」への爆撃ではあまり存在感がないのに、モロッコとはすごく近いからやはり危険なのかなあ、と漠然と思っていたけれど、カタルーニャの地方都市アルカナルで120発もの爆弾を調達していたテロリストグループが「過激化」したのは、その爆弾の誤爆で家ごと命を落としたイマム(ベルギーから来た?)に故郷の村で効果的に洗脳されたからだそうだ。


彼らの生まれ育ったのはピレネー山麓のリポイという小さな町で、ベネディクト会修道院の遺跡が中心にあるところだ。そこには500人くらいのモロッコ人コミュニティがあるそうで、ごく普通に暮らしていたようだ。そこにやってきた過激派のイマムが青年たちを洗脳してしまった。イマムはベルギーに本拠地があったフランスのテロの起こった2015年にフランスやベルギーに滞在していて、今回も同じ爆薬を準備していた。


どうして短期間に普通の青年がイスラム過激派に洗脳されるかというと、シリアの子供たちが爆撃で死んでいくなどの映像を見せて感情に訴えるという定番ほかに、スペインがもとはイスラムの地で、カトリックに征服された、という理屈も使われるそうだ。

なるほど。

レコンキスタというやつで、まあ「再征服」で、もともとイスラムの方が後発宗教であるわけだが、ピレネーに住む若者たちには衝撃的な分かりやすい「聖戦」へのモチヴェーションなのかもしれない。


日本のメディアには、今回も、相変わらず、日本も安全ではない、同じリスクがある、というタイプの見出しがあったけれど、少なくとも日本にいるムスリムのコミュニティでは、今回のレコンキスタ・タイプの煽動は不可能だろう。

やはり歴史的な確執があって距離も近い中韓北朝鮮との問題の方がずっと深刻そうだ。


テレビではEUFBIを作る必要があると言っていた。

2015年のパリのテロも、ベルギー、アテネと渡り歩いていたテロリストが、どこでも国境を越えたら監視から外れていたので、もし相互の情報交換がなされていたらパリのテロは防げたといいきる専門家がいた(カルト監視役として私のお気に入りのGeorges Fenech)。

いや、情報を水平方向に交換するのではだめで、やはりすべてをセンターにまとめて、各国がそこから情報を引き出せるようにすべきだと。

実際は、フランス国内ですら、監視網がパリとパリ以外に別れていて、危険人物がパリを出たら、そこで監視が終わってそれが別の監視網に申し送りされないという驚きの実情なのだそうだ。

根本的にメンタリティを変えないと、各国間の連帯などできない。


5eyes体制でアングロサクソンの連携情報網に強いイギリスが、Brexitの条件の交渉で、イギリスのメリットを残してくれないならテロリストの情報の協力をしない、などとセキュリティを交換条件に持ち出したことに対してEUもイギリス内部でも批判が起こったことは記憶に新しい。

でもロンドンだって続けてテロに見舞われたし、その共同体主義が結果的にテロリストを守る盾になっていることもよく知られている。

また、どの国でも、「普通の人」が自宅でインターネットを見て洗脳されて一匹狼で車や刃物を使ったテロに走るとしたら、これも防ぎようがない。


「イスラム過激派のテロ」でなくとも、精神的に異常をきたして銃を乱射したり車で突っ込んだり、ひどい場合は自分の操縦する飛行機を墜落させたりする人だっている。威嚇的な軍事演習をしたりミサイル実験を繰り返したりする権力者もいる。


『猿の惑星』のように、せめて「人は人を殺さない」という基本ラインが普通にリスペクトされる世の中が来るといいのに。


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by mariastella | 2017-08-23 00:58 | 雑感

リー将軍の銅像をめぐる騒ぎを見て思ったこと

ヴァージニア州のシャーロッツビルにあるリー将軍の銅像の撤去をめぐってアメリカの白人主義が話題になっている。

私にとってリー将軍というのはアメリカではどうなのか知らないけれど、フランスのクロスワードパズルでよく出てくる言葉だ。


すなわち「南北戦争の将軍」というヒントで三文字が「LEE」である。

( 日本語でよく出てくるのは「OBI」「ISE」「ASO」。「ゲイシャが喜ぶ芝居」=NO(能)」というのも定番。ここでゲイシャというのは日本の言い換えに過ぎなく、ただ「日本の演劇」で二文字のものということだ。「英語の否」のNOというヒントよりはひねっているわけだけれど、クロスワードをするフランス人なら「能」がどんなものかを知らなくても簡単に解ける。)

で、私にとって、LEE将軍ってクロスワードパズルの穴埋めだったのが、今回の事件でしっかり顔や所業と結びついた。


彼自身は個人的に奴隷制に反対していたという話も聞く。

でも、フランクリンらもそうだけれど、その時代の主流秩序の中で生まれ育った人たちが、その価値観を覆すような生き方を表明するのは、特に公人の場合難しい。それなりに周囲を説得したり、賛同する仲間を忍耐強く集めたりという準備がいる。

キリスト教は、それが生まれた世界でまったく異端で革命的ですらあった価値観を導入した(だからイエスは処刑された)。その後歴史の長い回り道と試行錯誤の末に、その「自由、平等、博愛」をベースにして、あらゆる人間は肌の色や信教や性別、社会的立場などに関係なく権利において平等であり、同じ尊厳と安全を保証されるべきだという近代の人権主義が生まれた。

私はその世界で育った。だから、それまでは生まれた時代と場所によってさまざまに変わる主流秩序の中で支配構造に組み込まれてきた人類が、どんな弱者でも個としての等しい尊厳を持ち尊重されるべきだという(少なくとも)理念に到達したのは「進歩」だと考えている。


どこでもたいていは弱者の犠牲を想定して成り立っている主流秩序の中で、弱者が強者に反旗を翻すのは難しいし、強者の側にいる人が、人権主義の実践に到達するのも難しい。


でも、近代の人権主義に至る戦いの中で、もともと前近代的な主流秩序の中にいてその主流秩序を守るべきポジションにいた人がその戦いに負けた時に、スケープゴートにされた後て、いつまでも「悪」というレッテルをはりつづけられるのはきびしい。

例えば、アズテカ文明など、神に人身御供を捧げるような文化が主流秩序をなしていたところに、少なくとも神への生贄を廃止していたたキリスト教徒が入っていく。そして、アズテカの主流秩序は野蛮であり許せないと言って、そういう風習を廃止する。そのことによって、次の年に生贄になっていたかもしれない人の命が救われたかもしれない。だから、人権思想の大きな流れの中でそこはポジティヴだ(その後でキリスト教徒が神より経済利益を重視して先住民には魂がないと言って虐殺するのはまた別の話だ)。

で、その時に、侵略者と勇敢に戦って負けた先住民のリーダーがいたとして、その銅像が建ったとしよう。そのリーダーは、歴史の文脈において主流秩序の伝統を担っていただけだ。生贄復活を唱えるためでなく、その「人物」を記念し、歴史を記憶するために銅像があったとしてもおかしくはない。それを無理やり撤去すると別のイデオロギーになる。

ドイツでは絶対に公にヒットラーの銅像が存在することはない。なぜなら、彼は自分の独裁によって都合の良い秩序を唱えただけで、その前からあるキリスト教のもとの教えやら啓蒙の世紀、近代革命から少しずつ「進歩」して合意されてきた「人権尊重」の普遍主義を「意図的に侵害した」からだ。


一方、フランスでは、革命で否定されたブルボン王朝の王侯貴族の銅像も、その後の皇帝ナポレオンの銅像もある。

ブルボン家の王たちは、たまたま王家に生まれて当時の主流秩序にのっとった生き方をしたから、その秩序が後世から否定されても、彼らの人格までは否定されない。

ナポレオンはある意味では独裁者、帝国主義者ともいえるし、他のヨーロッパ諸国から「制裁」された存在でもあるが、フランス革命を「完成した」という政治的評価を受けているので、人権を顧みない絶対王権に舞い戻ったわけではない。

その理屈で言うと、リー将軍は、独立宣言の後の時代だとはいえ、彼の時代の主流秩序の中で与えられた役割を果たしただけで、「率先して旧弊に戻った」わけではない。

「自由・平等・博愛」をベースに殺し合わずに尊重し合って共生するという価値観は、社会進化論的に無理があるのかないのかは難しいところだ。

でも、大量の死者を出した近代戦争の惨禍や核兵器の危機を認識した今の国際社会では人類サバイバルのための一応の合意となっている。

それが一応の合意となるまでの長い道のりの中で、それに反する主流秩序の中で生きたリーダーたちは、確信犯の独裁者とは違う。


ほおっておけば複雑系の事象を善悪二元論で切って捨てがちな私たちにとって、「情状酌量」というのは、、ひとつの「智慧」だと思う。


今生きている私たちは誰でも、延々と生命を伝えてくれた先祖たちの子孫だ。その先祖たちには、生存戦略として、他者、弱者の命や尊厳を奪って生きのびた人などたくさんいると思う。

そのことの「悪」(すべての人が尊厳を持ってその生をまっとうできること、を、意図的に阻害することをここでは悪と呼ぶ)について思いをはせたり反省したりするのは必要だろう。でも、本人の意思に関係なく運よく主流秩序のマジョリティに生まれたからそれを利用して生きたり生きのびたりしてきた「人」そのものを裁いたり否定したりする権利は誰にもない。

もっともこのブログにもプーチンと聖ウラジミール銅像のエピソードを書いたことがあるように、権力者が突然自分に都合のいいイコンを銅像にして持ち出すことは珍しくない。

ナポレオンの像やジャンヌ・ダルクの像の使われ方についてもこれまで述べてきた(『ナポレオンと神(青土社)』『戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活(白水社)』。


罪を憎んで人を憎まずというのは実際はなかなか難しい基本だ。

「人」を銅像化して偶像崇拝することで「罪をなかったことにする」方がずっと簡単かもしれない。だとすれば、人間が進歩した証としての自由・平等と人権思想の普遍主義をプラグマティズムの名のもとに看過することなく、そこから退行しないように常に意識していなくてはならない。

本当に弱い人は常に淘汰されてきた。今ここに生きている私たちは、歴史のどこかで強者に与して弱者を踏みにじって生きのびてきた人たちの子孫なのだろう。

その意味で私たちはみな差別者、強者、または強者への追従者を先祖に持つ。

その先祖の銅像を拝むことも辱めることもしたくないが、そうして命を受け継いできた者として、みなが、自分の代で少しでも他者を排除しない共生の道へと舵を切る努力をすることが「先祖」の供養ともなるのではないか。


アメリカ南部の話だけなどでは、ない。


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by mariastella | 2017-08-20 06:12 | 雑感

ウィーンの話 その8   神の家のコンサート

ウィーンではほぼ毎晩、コンサートに行った。

パリでは、パリジャンたちがみなバカンスで留守の夏の間、地方のバカンス地でいろいろな音楽フェスティバルがあるのに、「観光客」を意識したコンサートなどが毎日教会であるというようなことはない。

教会のコンサートはやはり復活祭とかクリスマスとか教会の行事と結びついている。

考えてみたら、ある意味では「パリ観光」に売り物の音楽というのはパリにはない。
イメージとしてはムーラン・ルージュでフレンチカンカンというくらいだろう。

観光客が団体でドビュッシーとかラヴェルとかサティとかの音楽を聴きに来るというイメージはない。

フランス人作曲のフランス語オペラの『カルメン』だってスペインが舞台だし、逆にせっかくパリが舞台の『ラ・ボエーム』や『椿姫』はバリバリのイタリア・オペラだし。

ウィーンはベニスやプラハと同じで、もうとにかく毎日どこでも観光客ご用達のコンサートをやっている。
もちろん、モーツアルトにヨハン・シュトラウスという「目玉商品」がある。

でも、驚いたのは、そういう観光客ご用達のコンサート(私ももちろんそれに行ったわけだが)の観客の多くが中国人だということだ。

はじめ、アウグスティーナ教会のオルガンと管弦楽と歌のコンサート(ファティマの聖母に捧げる曲がメイン)に行った時に驚いた。

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こういう高みで演奏されるので、聴衆は演奏者に背を向けることになる。ちょっとフラストレーション。

午後に同じ教会に入った時、蝶ネクタイの男性が座って熱心に祈りを捧げていた。
それがその夜の指揮者で作曲家でピアニストのペーター・リッツェンだった。
夜の切符を買ったが、教会はがらがらだった。

その後、コンサートの30分ほど前に来ていると、中国人の団体らが押しかけていた。しかも、先ほど祈っていた指揮者が、すぐに入場させないように、と言っているので入り口で塊になっていたのだ。
教会なんだから、入るのを拒否するなんて変だ。しかもみなもうチケットを買っているのに。

で、その後ようやく入らせてもらえたが、確かに中国人が3割くらいいるような印象だ。
私の横の中国人のふたりの少年は熱いのに白シャツに揃いの紺の上着をきっちり身に着けていた。

全体にそこにいた中国人は身なりがいい感じだった。暑さもあって、ヨーロッパ人はTシャツにバミューダにサンダルいうのが多い。別にミサに出るわけでないから注意もされない。

その後、祭壇のマイクで、主催者らしい人が出てきてドイツ語であいさつし、その夜の管弦楽団と指揮者と曲目の紹介をした。ところが、その後だ。

蝶ネクタイの指揮者がそこに来て、今度はいきなり英語で話し始めた。

「中国人のみなさんのために英語で話します」というのだ。

その後、何を言ったかというと、

「ここは神の家 house of Godです」と何度も何度も繰り返し、

「だから大声を出さないように、拍手もしないように」

というのだ。厳しい顔をして。

驚いた。

その後に申し訳程度にドイツ語で一言、「ではお楽しみください」的なことを言ってから、後ろのオーケストラのいる場所に行った。

その時、これはあまり失礼ではないか、差別主義者ではないか、と気分が悪かった。
コンサート自体は悪くなかったけれど、ホテルに帰ってからリッツェンを検索したら、フランドルの人で61歳、中国で何度も公演していて、上海フィルと共演してチャイニーズレクイエムという録音もしている。

では、ただなんとなくアジア人に偏見、差別を持っている人ではなく、むしろ、中国人は「お得意様」ではないか。

それなのになぜあんな失礼なことを?

午後ずっと祈っていた姿からすると本人はすごく敬虔なカトリックで、彼にとって演奏も神の家で神に捧げるという宗教行為なのかもしれない。

それにしてもなあ、と思った。
この中国人たちの中にもカトリックの人がいるかもしれないし、宗教の場所を自然にリスペクトする人がほとんどではないだろうか。中国は、ローマとつながる隠れカトリック信徒の数だけでも日本よりはるかに多い(人口の絶対数が多いこともあるが)。

その謎はその後なんとなく解けてきた。(続く)



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by mariastella | 2017-08-19 03:12 | 雑感

原爆と東京裁判

8/8の夜、Arteでヒロシマのドキュメンタリー番組と東京裁判のドキュメンタリー番組をやっていた。

私は東京裁判の実写フィルムを見たのははじめてだったので印象深かった。

1983年に『東京裁判』という映画が日本でできていたのも知らなかったが、Youtubeでもいろいろ見ることができるのが分かった。(その後、延々と見ている)

今回のテレビでは、大川周明がパジャマを脱ぎかけてとめられたり、東条英機の頭を後ろから叩いたり、それを見た判事たちが困惑している様子などが映っているのを見て驚いた。東条らが処刑された後で大川周明が元気で病院から出てきた写真も紹介されていた。

東条英機が疲労のせいか、天皇の言葉には誰もさからえない、とうっかり言ってしまったので衝撃が走り、天皇の戦争責任についての風向きがかわりそうになり、判事たちみながあせって、次の公判で前言を撤回するチャンスを与えたシーンも興味深かった。

傍聴席の東条の妻子の姿も映されていた。

結論部分は、当時の日本人は生きのびるのに精いっぱいで誰も実は天皇の運命にたいして関心を持っていず、天皇の存続を望む人は16%くらいしかいなかった、でも、結局天皇に責任がないということになったのだから、天皇の赤子であり天皇の臣民であった一般国民にも、軍部がした残虐行為などの責任はないから謝罪する必要もない、なかったことにしていいとなったのではないか、となっていた。

ドイツ人とヒットラーやナチスとの関係とはだいぶ違う。

そういえばイタリアではムッソリーニの生地で墓もある町が、巡礼地のようになっていて、グッズを売る店も繁盛していて、ファシズムを擁護するような活動を規制する法律がもうすぐできるので、店の主人が困ると言っている記事を最近読んだ。


ドイツのような徹底した規制は今までなかったわけだ。


ヒロシマのドキュメンタリー番組ではアメリカでの報道の変化などが興味深かった。

闇市を暴力団、やくざが仕切るようになったこと、孤児たちが食べ物を得るために簡単に暴力をふるい、モラルなどはなかった、少女たちは暴力団から保護されていたが、やがて200人ほどが姿を消したので売られたのだろう、などという証言もあった。政策にNHKの名もあったから日本でも放映されたものなのだろうか。


その後もYoutubeで日本の原爆に関するドキュメンタリー番組を視聴した。

私は「文字情報」偏重の人間だけど、やはり「生身の人」の声による証言のインパクトは大きいし貴重なものだとあらためて思う。


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by mariastella | 2017-08-11 02:22 | 雑感

広島忌、自衛権、自然法

きょう(日本時間ではもう昨日だが)は「広島忌」だったので、ブログ「広島の心を世界に」を読んだ。被爆72周年原水爆禁止世界大会の報告には胸が詰まる。

その少し前の記事に、憲法学者の石河健治教授の講演の要旨があり、興味深く読んだ。

四部からなる。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-85b4.htm

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-2c15.html

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/9-4-b38a.html

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-4d59.html

この中で「財政によるコントロール」という視点に最も注意を喚起された。

今はイデオロギーも政治も平和も「金」に裏打ちされている世界であるからだ。

執筆中の「神・金・革命」の中でも考えているところだった。


しかし、この講演の論旨の中で足りないところも大いにあると思った。

ヨーロッパ大陸での戦争の歴史と、冷戦によって歪んできた「国際法」の実情だ。


で、この前、ドイツには個別自衛権がないと書いたが、そのことについて詳しく調べてみようと思ってネットをサーフすると、非常に面白い二つの論文に行き当たった。ひとつはフランスのもので、

グルノーブル第二大学のティエリー・メニシエ「自衛権の歴史-- 国際法の《現実的残基》 ?」

というもので、もう一つは少し古いのだけれど、1970年代の西ベルリン大学国際法学、比較法学研究所教授で所長のWilhelm WENGLER という人による「戦力行使禁止の問題と傾向」というものだ。


私は日本における個別自衛権の問題と集団的自衛権の問題の議論で分からないことがいろいろあった。日本では集団的自衛権の行使、即、アメリカの戦争に自衛隊を派遣する、かのようなイメージだったからだ。それと比べると、同じ「敗戦国」ドイツが集団的自衛権しかないというのは、NATOEUや国連の枠内でしか軍を出せないことなのか、確かに、ドイツが隣接するヨーロッパ諸国から軍事攻撃をされるという可能性はゼロということだからなあ、などと思っていた。ドイツに個別自衛権を与えたら、また全体主義的領土拡大に向かうかもしれないと牽制されているのだろうか、と。

それに比べたら、日本は島国なんだから、個別自衛権だけで外に出ていきさえしなければ鎖国時代の平和が証明しているように平和なんでは? いや、すでに「鎖国」がたちいかなくなったように、今の時代はどこからミサイルが飛んでくるか分からないんだからそんなことは言っていられないんだし…。などとも。


で、歴史を紐解けば解くほど、


知的な考察は大昔からレベルが高く、

実態は、大昔から、フランス語で「校庭の喧嘩」と呼ばれるレベルの力比べと支配を拡大するエゴイスティックな欲望の繰り返しだ。


今のフランスだって、ジャン・ボダンが言ったように「ひとつの共和国の絶対で恒久的な力」を主権としているのだ。

絶対、とか恒久的、とかいう言葉が出てくる時点でもうそれはある時代のある共同体のエゴの表現でしかない。


1945/6/26の国連憲章51条の軍事力行使の原則禁止なんて、すぐにアメリカによるレバノン、ベトナム、ニカラグアへの派兵、ソ連による1969年のプラハ侵攻、1979年のアフガニスタン侵攻、などの口実となっただけで、必ずしも国連の承認など得ていない。

1967,1975,1981年にはイスラエルが予防的自衛権を唱えて、アメリカもイラク派兵にそれを使った。こんな風に勝手に使い回される「自衛権= 正当防衛」論には、それ自体の起源に「逸脱」のもとが含まれているのだろうか。

すでに、人は誰でも自分の命や財産を守る権利がある、という「自然権」思想そのものの出発点において対極的なヴァージョンが存在した。


理想主義ヴァージョンと現実主義ヴァージョンだ。


理想主義ヴァージョンは、キケロが明文化したもので、ギリシャ思想の中にすでにあった文書化されていない自然法に基づく。ローマ共和国の終焉から独裁政治のストラクチャーの移行という危機の時代の中で、キケロは、独裁を非合法であり不当なものであると見なす根拠として、目に見えない自然法の道理を持ち出した。

それに対して、現実主義はプラトンの時代からあって、神々の世界であろうと人間の社会であろうと、「強いものが命令する」という自然法がある、としている。それは太古から存在する法で、誰でもそれに従うものだ、と。

これって進化論の弱肉強食の選択淘汰に通ずる直感のようだ。


で、実際は、「自然法」や「自然権」の思想はその両極の間を揺らいできて、現実には、その時々の「力」を蓄えた覇権主義者によっていいように使われてきたわけだ。


国連憲章の平和共存や、戦争禁止の各種条約も、今や、「人類全体のサバイバル」を視野に入れない限り意味がないし、主権国家がそれぞれ、それに沿う具体的な法律や条令をつくったり行使したりしない限り、真の安全や平和に到達することなど不可能だ。


「総論」としての「平和共存」と「戦争の放棄」には何とかたどり着いているのだから、今さらそれをいじくりまわすのも不毛である気がする。


そういえば、(6/10)の『朝日新聞』朝刊「声」欄の投書というのをネットで読んだ。


>>>「教育勅語」切り売りは無意味

無職 花輪 紅一郎(東京都 67

 「殺すな」「盗むな」「うそをつくな」「淫行するな」の四つは、仏教の五戒と旧約聖書の十戒に共通する徳目であり、万古不易の人の道の基本と言っていい。

 近頃、「教育勅語」には時代を超え、世界に通用する道徳があると持ち上げる人たち がいるが、この四つが含まれていないことをご存じだろうか。逆に、勅語の1丁目1番地 である冒頭の「君への忠」をなぜ無視するのだろうか。

 教育勅語は「君への忠」から始まり、「皇運扶翼」まで一貫した徳の体系の中に他の 徳目を組み込む構造になっている。「兄弟仲良く」したり「学を修め」たりするのは何の ためか、究極の目的を抜きに個々の徳を切り売りしても意味はない。勅語の核心は、すべては「ために命をなげうつ忠誠心を持った人になることだ。そこに「殺すな」や「盗むな」は入り込む余地はなかったのだ。

 もし人命尊重や略奪禁止を掲げていたら、侵略戦争や日本兵の残虐行為はなかっただろう。人の道の基本を抜きに、天皇への忠誠心のみを求めた勅語の過ちは戦後反省したはずだ。私は高校で倫理を教えていた。道徳に「殺すな」「うそをつくな」は欠かせない。<<<


というものだ。


しかし、仏教でも旧約聖書でも、そろって「殺すな」「盗むな」「うそをつくな」「淫行するな」と言っているのは、これらがよくよく「人類普遍」の誘惑だということなのだろうなあとおかしくなる。


それでもあまりこれを野放しにすると「類」として滅亡してしまう可能性があるからこそ、社会進化論的にこのような戒律やら「やっちゃいけない」総論の自然法ができてきたんだろう。


そこに忠君とか愛国とか根性だとか、ある時代のある社会でだけ有利な各論の「うちの法律」を立てても、長い目で見るとかならず局地的な破滅につながってきた。

ヨーロッパの歴史、欧米主導の歴史もその繰り返しだった。


それが全地球的な破滅に至らないためには、国連憲章でも今回の核兵器禁止条約でも、「やっちゃいけない」総論の確認を何度でも何度でも繰り返すしかないのかもしれない。


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by mariastella | 2017-08-07 02:38 | 雑感

ウィーンの話 その2 スピノザ賛歌を作ってきた

ウィーンで考えたことをいろいろ書く前に、東京やパリと違うなあと思ったことをもう少し。

私は文房具フェチでミュージアム・ショップのボールペンの類はどこでも買い込んでしまう。

で、ウィーンで最初に買ったボールペン、試そうとしてペン先を出そうとしたら出なかった。
蓋つきでない場合は、たいていは、ペン先の反対側にあるでっぱりを押すノック式か、本体を回すとペンが出てくる。
たまに、ポケットなどに引っ掛けるための取っ手みたいな部分を押し下げると出てくるというのもある。
それを全部試したのに出てこなかった。
ペン先を出すには、ペン先の出てくる円錐部分だけを回す仕組みになっていた。
珍しいなあと思ったが、その後、私の行ったすべてのミュージアム・ショップや土産物店にあったボールペンが、先を回す方式だった。プラハなどでは気づかなかったからやはりこれはウィーン限定なんだろうか。

ピアノ型のオルゴールも買ったけれど、私の持っている他のピアノ型のオルゴールは、グランドピアノの三角型の蓋を開けると音が鳴るものだけれど、ウィーンのものは、鍵盤の蓋を開けると音が鳴るものだった。これでは鍵盤の蓋を開けて飾っておけない。

なんだか、ペン先といい、鍵盤の蓋といい、小手先というか、よく言えば繊細だが、なんだかウィーンのどこかにはりついているデカダンスな感じに呼応しているような気分にだんだんなってきた。

もう一つおかしいのは、今夏のバーゲンセールの時期なのだろうが、どこでも英語でsaleと書いてあるのは日本でもそうだから分かるとして、多くの店に「SALE %」とか、時には、大きく、ただ「%」とだけ書いてあるのだ。
もちろん中には「-50%」とか「bis -50%」と書いてあるものもある。それは50%引きなんだろうなとか、最高50%までの値引きなんだろうなと分かるけれど、ただ「%」って…。
初めは数字が抜けたエラーかと思っていたけれど、「SALE %」とか「%」だけの店がたくさんあったので、要するに「%」というのが「バーゲンセール」とイコールなんだと分かる。

日本のお店にも英語やフランス語でへんなものは時々あるけれど(そういえば、フランス語ではsaleというのは汚いという形容詞なので、英語圏や日本でsale, sale,とあちこちに貼り紙がしてあると慣れないフランス人は妙な気分になる)、それにしても、ただの「%」だけで、いいのか、オーストリア人、と思ってしまった。

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体験型で人気の「音楽ハウス」では、自分でウインナワルツを「作曲」したり、自分の名のオリジナル曲を作ってもらったりできる。
と言っても、前者は、右と左のサイコロを振って、弱起付きのヴァイオリンパートとチェロのバートを交互に6種類の中から組み合わせて、最終小節はちゃんとまとまるようにプログラムされているもので、それを楽譜にしたものをもらうこともできる。
後者は、自分の名前をアルファベット打ち込むと手書き風の楽譜が現れて、音を聴くことができて、さらにそれをハーモニゼーションしたもの、楽器演奏したものを試聴でき、プリントアウトされた楽譜をもらうことができる。

アルファベットに対応して何にでも使いまわされるようなモティーフがプログラムされているのかもしれないが、私はもちろん、先月帰天したスピヌー(スピノザ)の「賛歌」を記念に作った。

私たちのトリオの共通の友人にルイ・ロートレックがいる。
トゥールーズ=ロートレックの本家にあたる家系のギタリストだ。
彼のために私たちで彼の名を使った曲を作って演奏したことがある。

ロートレックというのはフランス語でLAUTRECと書く。
これは LA - UT - RE -C と分解できる。
LAはラ、UTはドの古い読み方(フランスではつい最近までよく使われていた)、REはレ、Cはドの音名、

で、「ラ、ド、レ、ド」をモティーフにして組み合わせた小曲を彼に捧げて弾いたのだ。

そんなことを思い出してしまった。

このウィーン風スピヌー賛歌、スピヌーの動きが目に浮かぶようで気に入っている。

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by mariastella | 2017-08-06 06:20 | 雑感

ウィーンで考えたこと  その1

ウィーンを歩いていると、東京やパリとちょっと違うなあ、というほほえましいものに出会う。

信号機の図柄もその一つ。

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青信号は女性が男性の手をひいて歩いているような感じで二人の間にハートが。

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赤信号も二人並んで待っている。

全部の信号ではないけれど中心部には多かった。

ジェンダー的な配慮??

しかもこの信号、なんだかチクタク、というかカタカタとまるでゼンマイでうごいているようなローテクな音をたてる。

言葉や表示は完全に英独の二択だ。

私は英語に次いで第二外国語がドイツ語で、昔はゲーテやシレジウスもドイツ語で読んでいたので、書かれたものはまあまあ分かるけれど、聞き取りは難しい。カフェでうっかりドイツ語で注文したりするとドイツ語が返ってくるので聞き取れなくて、慌てて英語で言い直すことになる。観光客はみな英語でしゃべっているせいか、

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こういうデザインがあって笑える。

確かに、英語ではAustraliaとAustriaは似ていて混同されるらしいが、日本語のカタカナだと一字違いでもっと問題になっているそうだ。
オーストラリアは南の国、で、ドイツ語の Österreich は 東の国(フランク王国にとって東の辺境だったからだ。それが「西」ローマ帝国を受け継ぐ神聖ローマ帝国のめいしゅになったのだからやこしくもある。

今回初めて、ドイツとのはっきりした違いを感じた。
変な話だけれど、「オーストリア生まれのドイツ人」だったヒットラーがハプスブルク家を嫌ったという理由も分かる気がした。
オーストリアの独特の退廃や倒錯の微妙な機微も。

音楽や美術や宗教を通してもそれがよく分かる。

昔はヨーロッパのどこに行っても、ただ、その地の文化を「拝見」しているだけだったし、日本人として刷り込まれているビジョンを「確認」するようなところがあった。

最近はどこに行っても感慨深い。

もし私が今女子大生だったり、あるいは、私が女子大生だった頃に今のデジタル・テクノロジーがあったなら、そういう「確認」をせっせと撮影してインスタグラムだのfacebookだのtwitterだのにアップする形で「消費」してしまっていたことだろう。

それにしても、今回はハプスブルク家とカトリックの関係をすごく考えてしまった。
フランスはもちろんイタリアやスペインやポルトガルやらのベタなカトリック国(の王様たち)と比べても、ハプスブルク家の「カトリック皇帝」みたいな矜持には独特のものがある。

私は昨年『ナポレオンと神』で、ナポレオン二世の運命とヒットラーとアンヴァリッドのことを書いた。そのせいで、大聖堂やフランシスコ会の墓所では胸が騒いだ。

近代フリーメイスン創立の300年記念ということで国立図書館の展示も興味深かった。
なるほど確かに、300年。私が講談社選書メチエから『フリーメイスン』を出したのは2015年だったが、今年になってネットメディアのインタビューを受けたし、もうすぐ発売の『サイゾー』からも取材を受けたばかりだが、300周年だったからなんだなあと今頃納得する。

私の本にももちろんモーツァルトのこと、ヨーロッパのフリーメイスンとアーティストの話が書いてあるので、その時にもいろいろな資料を読んだが、今年ウィーンで、モーツァルトがらみでフリーメイスンについて珍しい資料を実見することになるとは思わなかった。

いろいろなことを少しずつ書いていこう。


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by mariastella | 2017-08-05 06:27 | 雑感

地球のために何ができる?  その6

承前


肩関節の拘縮という症状は、「見た目」には分からないが、日常生活に深刻な支障をきたすものだった。もともと身体能力が高いとも言えずタフでもない私だが、これまでの人生で、軽い捻挫くらいはしたことがあるものの大したけがも病気もなく、「骨折」さえ経験したことがなかった。

最初はひどい痛みもあったが、その後の「拘縮」の状態は、機能障害であり、私は「頭がクリアに働いていて、体が疲れてもいない、病気でもない」のに、「うまく生きられない」という状態をはじめて体験した。

腕を使わないですむシーンではスルーすることもできたが、たいていは四六時中「不自由」さが頭を離れなかった。何かの機能が決定的に失われたのであればそれなりにあきらめて別の生き方を工夫するということもあったかもしれないけれど、「拘縮」は「いつかは必ず自然に治る」と言われるものだった。

だから、周囲からも特に同情もされず、注意も引かず、「のど元過ぎれば熱さを忘れる体験者」との連帯感も結べず、孤独だった。


その体験が、「たかが、肩」というブログの開設につながった。

そこには、そこまで毎日不自由をしているのに「頭はクリアーで体は疲れてさえいない」という状況の不条理さの観察、心理状態の分析、回復を早める模索、それらすべてが、その時の自分、将来降りかかるかもしれない別の不自由に対する心構え、同じ状況にある他の人、などのために何らかの役に立つかもしれない、という思いがあった。

そのブログでも、互いにかばい合う右腕と左腕の対話が何度も出てきた。

無傷である「脳」は、インターネットで英語、フランス語、日本語の文献や論文や体験談を渉猟し、あれやこれやと考えることに動員された。

もし、左足の小指が痛くても同じことをしていたろう。

ひとつの体である私の中のどの一部に「不都合」が現れても、あるいは、目に見えないし自覚もなかった血糖値でさえ、内分泌機能の不都合を知れば、能力のある部分が全力で情報を収集し、体の各部がかばいあい、励まし合うのだった。

拘縮した肩に不平を言ったり、弱った機能を酷評したりしないし、無視することも切り捨てることもしなかった。

頭は肩になれないし、足も腕の代わりにはなれないが、もし足が動かなかったならどうだったろう、などと想像力は働いたし、弱いところだけではなく、体の各部分に「思いやり」を持つようになった。

どの部分も独自の機能を持っているけれど、全体に関与しているので、どんな小さな部分の不都合にでも、他のすべてが注意を向けるのだった。拘縮した肩は、「どこも痛くない右足にそんなことを言われたくない」、などと言わなかった。機能している部分は、弱い部分をカバーし支えるためにこそ機能しているのだと思えた。

すべての人はキリストの体の一部、とか、地球は一つの体、という言葉に現実感が生まれた。

地球の環境悪化は、生活習慣病のようなもので、必要な情報を取得して理性で管理するならば、全体を活性化できるかもしれない。自己免疫不全の病気は、「内戦」のようなものだ。ガン細胞も、全身の不調の一部が「過激化」して暴走したものかもしれない。


体の各部の形や役割が違っていても、どこかが不具合になっても、差別したり切り捨てたりしないで、「全体を生かす」という展望のもとに我慢したり妥協点を探ったりして助け合わなくてはならない。

リビングのソファに座って弱者に思いをはせ、全体の改善のために対策を練ることには意味がある。全身が痛いからと安楽死を望むようになってはいけない。

全体の「命」を見つめる余裕と能力のある「部分」には、弱い「部分」に思いをはせる義務がある。そこに「弱い部分」に対する「罪悪感」を持ち出すのは倒錯である。

私たちは誰でも、自分にできるいろいろな形で、「地球を救う」ことに参加できるし、しなくてはならないのだ。全体の命、つないでいく命を生かす、という視点を見失ってはならない。

私にはこれから、年と共にいろいろな「不都合」「不具合」が現れるかもしれない。

何らかの「事故」で、命がとつぜん絶たれる可能性だってある。

でも、地球の命のごく小さな部分である自分が全体の命に向ける意志がクリアである限り、私はいろいろな形で「救い」に参加し続けることができる。

そんなことがだんだん分かってきた。

罪悪感なんてケチな言い訳をしている場合では、ない。


(このテーマはこれでいったん終わりにします)


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by mariastella | 2017-08-04 04:55 | 雑感

地球のために何ができる? その5

(承前)

今から2千年前のユダヤ社会では、律法遵守の形式主義が司祭階級の特権維持装置となっていたが、その欺瞞を批判して律法の本来の意義を取り戻そうとする「改革派」の運動が起こっていた。洗礼者ヨハネの率いるグループもその一つだったが、ローマ帝国支配下にあるユダヤ教のエスタブリッシュメントの中でも、民族宗教から普遍宗教への志向が生まれていた。

けれどもそれは「内包型」だった。

以下、10月に出る新書の一部を少しだけ引用する。

なぜイエスの説教が普遍宗教に発展したのに、他のユダヤ人改革者がユダヤ教自体を普遍化させるに至らなかったのかという理由についてだ。

 >>>まず、トーラー(律法とその注釈)の中にさえ見られる普遍宗教(地縁血縁を問わない救い)の方向性が「内包的」だったということだ。つまり、普遍性を志向する改革者たちも、「ある日すべての異教徒がエルサレムの神殿にやってきてユダヤの神を崇拝するだろう」という方に目を向けていた。「包括型」普遍宗教と言える。それに対してイエスの説教は、「神はもはや、ある場所、ある国、ある言語に縛り付けられることはなくなるだろう」という「拡大型」の普遍主義だった。<<<

つまり、

「うちの宗教とうちの神さまが唯一で絶対で、いつかは全世界がひれ伏して帰依するもんね」

というものが「包括型」だ。(ユダの国は結局イエスの死後40年ほどで滅びるので、包括型普遍主義の方向は断たれてしまった)

それに対して「うちの神さまは唯一絶対だから、いつかは全世界の人を救うもんね」

というのが「拡大型」。

「全世界の人を救う」から「福音」というわけだ。

「そんなこと頼んでないし」

と異教徒や無神論者が思うかもしれないが、思っていなくても神の愛はすべての人に注がれていて、全被造物は「キリストの体」なのだ。

人間が秩序や形式を与えようとする「共同体メンバー認定」や「よそ者排除」などは、神の業とは別物だ。「宗教」としてのキリスト教がせっせと異端を取り締まり、異教徒を殺してきた歴史は、ユダヤの祭司がイエス・キリストを十字架にかけたことの愚かな繰り返しである。

と、ローマ教会は20世紀も後半になってようやく学習し、謝罪までして、「地球を救う」環境保全にまで乗り出したわけだ。

これはある意味すごい。

たいていの宗教が、とっくに分裂していたり、消滅したり、堂々と私物化されたり、ビジネスとなったり、形骸化しているような時代に、

「うちの神さまを人質(神様だから人質というのもなんだけど)にして今まで好き勝手にやってきましたが、間違っていました。神さまを解放して地球上の至る所に聖霊が降り注ぐ本来の姿に戻します」

と言うのだから。

全世界を「キリストの体」に閉じ込めるのではなく、全世界を「キリストの体」と呼ぶことにしたようなものだ。

「キリストなんてうちの氏神様じゃないですけど…」

と敢えて拒否する必要もない。氏神様もみんな含めて、すべての人間の歴史や文化活動も、大きな体、大きな命、の大切な一部であって、排他的な関係ではなく、全体をなしているのだから。

すべてのものに「仏性が宿る」と言うことと、すべてのものに「神が宿る」と言うことは、同じ「普遍」の表現だ。

と、考えることが、私にとって「地球を救う」とは何かについて一つのヒントになった。もう一つは、五十代半ばから、食後高血糖の問題やら、肩関節周囲炎による腕の可動性拘縮の問題という「体の不都合」を体験することで得た気づきがある。(続く)


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by mariastella | 2017-08-03 05:28 | 雑感

地球のために何ができる? その4

私がうちに引きこもってぬくぬくと「情報収集」と分析だけして、巷の慈善事業に大した寄付もしなければ、通りのマニフェストにも参加しない「頭」だけの危機感と使命感を持っていることに対する後ろめたさを払拭してくれたのは、伝統的なキリスト教の考え方だった。
前から知っていたが、見方が変わった。

それは、「私たちはみなキリストの体の一部である」というパウロの言葉だ。

もともとパウロは「キリストの体」というのを「教会」という意味で使っている。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。(エフェソの信徒への手紙1,23) とあり、その上で、「こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、 わたしたちは、キリストの体の一部なのです。」 などと言う文脈では、教会の共同体はみな一心同体で、奉仕に励みなさいね、みたいにも聞こえる。

実際、この表現はそういう「キリスト者の共同体」の一体感を強調し、教会の聖性を語るときによく引用される。でもこれとは別に、次のような言葉もある。これも有名なものだが、少し長いけれど引用しよう。(コリントの信徒への手紙一/ 12,12-27)

>>>体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。 つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。 体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。
そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。 だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。
それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。 わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。 見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。
神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。 それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。
一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。 あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。 <<<

この後に、有名な「愛」のパッセージが来る。

で、この部分も、確かに、洗礼を受けたものならみな多様でも一つの体と言っているので「キリスト教徒」限定のようにも聞こえるかもしれないのだけれど、比喩としてはよくできている。

>>体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか」。 もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。 <<

>>すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。 だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。」<<

と言われれば、なるほどなあと思うのだ。

そして、キリスト教、特にローマ・カトリックは、1960年代の第二ヴァティカン公会議以来、「救い」について、「教会」や「イエス・キリスト」の外に救いなし、という伝統的な姿勢に新たなニュアンスを加えた。
宗教としての教義や典礼の伝えられていない時代や場所においても、聖霊が働いて義となる生き方をして天国に行ける可能性を否定しなくなったのだ。

別の見方をすれば、キリスト教やカトリック教会以外でも、「義人」は聖霊の働きを受けているのであり、「キリスト者」なのだと取り込んでいるわけだ。

これは、例えば、どんな宗教を信じている戦死者でも靖国神社が「英霊」として祀ってしまうのと一見似ているかもしれないけれど、実は、キリスト教がユダヤ選民思想の世界で生まれたのに「普遍宗教」として発展した背景の根本にある考え方だった。
(続く)

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by mariastella | 2017-08-02 05:59 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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