L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:雑感( 322 )

南禅寺と白砂村荘

つい先日、東銀座の歌舞伎座で、南禅寺山門の上で藤十郎の女五右衛門が「絶景かな」という華麗壮大な舞台を観たところだ。舞台と違ってあいにく桜はまだ蕾だったけれど、私もその山門(三門)に上がって来た。その階段の段差が半端ではなく、女五右衛門のあの豪華な着物では絶対上がれないだろうな、と思ったり。
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白砂村荘の庭にある藪羅漢の表情は味がある。
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by mariastella | 2017-03-26 00:14 | 雑感

フランスとイスラム その14  不思議の国サウジアラビア

(これは前の記事に関しての補足です。)

2001年に『不思議の国サウジアラビア』という新書(文春新書)を出した私には、このことが実感を持って分かる。本を出した時点ではまだ9・11が起こっておらず、私がサウジで取材したことを書くにあたって王室と宗教の批判はしない、というのが条件だった。

私は女性だから、全身を隠すアバやの着用はもちろん、女性が運転もできず一人で外出もできないような実態も「体験」できたが、それでも、それがコスプレでテーマパークにいるような非現実感だった。

サウジの女性はフランスの底辺の女性に比べて「不幸」に見えなかった。

「貧乏」ではなかったからだ。

彼女らはすべてを手に入れられた。

メイドもシッターも運転手もいる。
「自由」がほしければパリやロンドンに行けばいい。
シャンゼリゼのブティックで好きなものを好きなだけ買い、シャンペンだって飲める。

自国でも、たとえ何があっても、子供と同じく「責任能力」がない存在なのだから、ある種の自由がある。
「監督責任」は父親や兄や夫にあるのだから。

この自由が倒錯的なもので突っ込みどころがいくらでもあることは当然だ。

けれども、彼女らの暮らしぶりの「豪華さ」「優雅さ」と、男の目を気にしないで済む、ある意味「女子会」のような生活の楽しさなどを見ていて、原則としての怒りとかイデオロギーとしてのフェミニズムとか、自由とは何なのか、分からなくなってきたのも事実だ。

その後、私が新書の中で書いたように、若者が増えすぎて失業の問題も起こり、生活水準が維持できなくなったり、アメリカでのテロが起こったり、中東情勢が険悪になり、インターネットによるグローバル化はさらに進化し、サウジアラビアの状況は変わった。

けれども、「女性の自由と満足度と金」の関係は、今も答えのない自問として私の中に残っている。

ちょうど、サウジアラビアの王様が46年ぶりに日本に来たとかで、その桁外れの贅沢さや経済効果がネットに上がっている。
宗教とか、政治とか、テロとか何の関係もない「マネー」だけがクローズアップされる。
「マネー」しかもう見えない。

日本企業をサウジに進出させて石油依存からの脱却を援助するとか言っているけれど、そのうち日本はイスラエルにだけではなく、サウジにも武器を買ってもらおうとするのではないか。軍事産業はいつも一番おいしい。

ああ、武器とは言わないで今じゃ「防衛装備」って言うんだっけ。「戦乱」だって、「防衛装備同士がちょっと衝突した」だけだったりするみたいだし。
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by mariastella | 2017-03-14 02:33 | 雑感

カナダとアメリカの国境、オランダ極右のウィルダースの出自など

ウンベルト・エーコが余命が限られていることを知らされた時に真っ先にしたのがテレビのニュースを見るのをやめることだったとどこかで読んだことがある。

とても納得できた。公営放送の毎夕のニュースと別の報道チャンネルをザッピングしながら、なんだかんだと一時間近く貴重な時間を使ってしまう。次の日の朝の目覚ましラジオやネットの報道サイトで少しチェックすれば十分なものばかりなのに。

それも、昨日書いたように、忙しい時期はとりあえず日本とフランスの情報に絞ろうと思っているのに、ついまたニュース映像を見てしまった。

ひとつはアメリカにいる難民が、身の危険を感じて、カナダの国境に向かっているというもの。去年の初めにパキスタンから来た親子は難民申請をしていたが、トランプ政権下ではパキスタンに送り返されてしまうかもしれない、それでは命が危ない、と思って、酷寒の氷と雪と風の中をカナダにやってきた。そこで低体温や疲労で倒れれば、地中海で難民船が難破して救助してもらえるように、晴れて「救助」の対象になるという。

アメリカとカナダ間の国境は世界一長い国境だそうだ。さもありなん。

だから、壁はもちろん、いわゆる国境検問所もほとんどなく、国境警察がいても、彼らには入ってくる人をとめる機能はない。

酷寒の冬でも500人が国境を越えたそうで、春や夏になればどうなるのかと、国境に近い町の人はさすがに心配しているとかいないとか…

もう一つ、気にはしていたが、あまり首を突っ込まないようにしていたオランダの選挙。極右の自由党リーダーのウィルダースだが、トランプを尊敬していると公言するポピュリストであり、見た目もかなり奇矯でマニアックな人で、うわぁ、すごいなあ、とは思っていたが、彼のイスラム全否定と人種差別に関して、ユーラジア(ヨーロッパとアジアの混血)であることを知って、いろいろ考えさせられた。

母親がインドネシア人なんだそうだ。

インドネシアはオランダの旧植民地で、今のオランダには80万人のインドネシア人が住んでいるという。インドネシアに「謝罪」を拒否したことでも有名だ。
インドネシアと言えば、二億のムスリムを抱える世界一イスラム教徒が多い国だ。それでも、イスラムと民主主義を統合するのに成功したと言われ、イスラム、キリスト教、仏教、ヒンズー教、マイナーでもなんでもそれらの宗教の祝日をみんな国家の祝日にしているそうだ。どの宗教に属していてもみなが熱心にそれぞれの宗教の実践をしているという。

オランダ人のプロテスタント牧師が、インドネシアの信徒の熱心さを見て羨むとか。

オランダにいるムスリムはそのリベラルさに驚いて、「同性愛者が道でキスしている、麻薬が合法的に売られている」と故国の同胞に発信している。

私の知っているインドネシアはバリ島だけで、暮らしぶりはヒンズー教の人のものしか目撃していないが、確かに、毎日の供え物とか複雑だった。
オランダの方はもっと縁がある。

でも、この両者のことを、極右政党の台頭とつなげて考えたことはなかった。
モロッコ人を追放しろ、みたいなことばかり耳にしていたので。

驚いて、ウィルダースを画像もふくめていろいろ検索してしまった。

ウィルダースの家系はユダヤにもつながるらしい。
それにしても、キャラがたちすぎて、怖いというかなんというか...

オランダの総選挙は3/15。

オランダって信頼できる国だと思っていたのに、ほんとにこの人が首相になるのなら、フランスでもなんでも起こるかもしれないとおそろしい。
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by mariastella | 2017-03-13 01:24 | 雑感

韓国大統領の罷免のことで…

フランスの大統領選、日本のいろいろな疑獄やスーダンからの自衛隊撤退や、中東、ヨーロッパの状況、アメリカのこと、なんだか毎日耳に入る情報が騒然として、今一番忙しい時期なので日仏情報を除いてできるだけ考えないようにしている。

一週間後のコンサートで弾くラモーの7曲(うち3曲は今回がはじめて)、ヴィオラでバッハ2曲とベートーヴェン1曲、ピアノとギターで伴奏、など、いくら私でも毎日さらわないと責任問題なので時間を取られるうえに、ようやく脱稿した新作を添削、推敲しなくてはならない。コンサートの翌日には日本に出発だからだ。

それなのに、韓国大統領の罷免のニュースには驚かされた。
私が継続して読んでいる日本のサイトやブログのライターさんの視線に影響された目で見ると、第一印象は、「わあ、韓国(の民衆や憲法裁判所)ってかっこいい」と思っていた。政治家の権益をめぐっては司法との癒着もふくめて、あれこれあやしいことがあるのは日本でもフランスでもどこでも同じだろうけれど、韓国の憲法裁判所が、

「国民から直接民主的正当性を与えられた被請求人を罷免することにより得られる憲法守護の利益の方が、大統領罷免に従う国家的損失を圧倒するほど大きいと認められる。」

というなんて、なかなか潔いというか、覚悟のほどがうかがえるなあ、と思ったのだ。

でも、この罷免運動の後ろから糸を引いている勢力の噂のことも前から耳にしていたし、なんとなくもう少し別の視点から読んでみたくなって、ネットに淫しないように気をつけているのに、つい、ずいぶん久しぶりにシンシアリーさんのブログを除いてみたら、弾劾についての個人的見解というのがあって考えさせられた。

見ると、韓国の歯科医であるシンシアリーさんは、『韓国人による北韓論』という新刊を出したところだそうで、そこで金正男さんの暗殺事件についても書いているようだし、なんと、日本に移住することを決めたということだ。

この人が何歳くらいの人かも知らないけれど、日本のカルチャーファンで、日本でこれから第二の人生を、と言っているのを見ると、もし私が彼の母親だったらどう思うだろう、などと考えてしまった。
この人が韓国を「見限る(?)」のだとしたら、なんだかそれはこれから「朝鮮半島」に起こる大激震の前触れのような気もしてくる。どのみち、このままの状態がずっと続くとは思えない。

中国、北朝鮮、韓国、地続きなのは確かに脅威があり、ミサイルの届く圏内でも、海があるだけで日本での危機意識は全く変わるのだろうか。ユーラシア大陸で韓国の全く反対側にいる自分自身の「体感」についてもあらためて考えさせられた。
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by mariastella | 2017-03-12 01:28 | 雑感

3.11と緑の党

3・11から丸6年、朝のラジオですぐに言われたので、フランスでのインパクトの大きさをあらためて感じる。その後の政治インタビューではもちろん緑の党のヤニック・ジャド。

昨日のアモン(社会党の大統領候補)のミーティングの中継を少し見て、世間に言われる彼の不安定さや未熟な感じを共有して、やっぱ彼は大統領の器じゃないなあ、と思ったところだけれど、ジャドの話を聞くと、「器」の問題じゃないだろう、地球の未来の問題だろう、と納得する。

社会党議員が次々とマクロンを支援し始めたので、それは中道を掲げるマクロンには実際は迷惑かもしれないが、一応マクロンははじめて第一回投票予想のトップに躍り出た。

今朝、ラジオの後でいつものように日本のネットを開くと、

リテラの記事にこういうのがあってショックだった。

海岸沿いの原発の多さを思うと、地震や津波対策もそうだけれど、アメリカと北朝鮮の間をとりもって「非核」の方向に持っていく外交が一番本質的ではないのだろうか。迎撃ミサイル増強なんて、方向が違いすぎる。

私たちが歩くべき正しい方向から大きくそれないためには、フクシマの子供たちのために一番大切なことは何かをいつも考えていなくてはならない。
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by mariastella | 2017-03-11 18:06 | 雑感

フランスとイスラム その12 ---- 黒いISと白いIS

カメル・ダウドの2015/11/20の記事より

イスラム国と自称するISには二種類ある。黒いIS と白いISだ。

黒いISは、喉を搔き切り、殺し、石で打ち、手を切断し、世界遺産を破壊し、考古学と女性と非ムスリム外国人を憎悪する。

白いISは、ずっと身なりもよくて清潔だ。けれども同じことをしている。

「テロリズム」との戦いの中で、欧米は、後者と手を組んで前者を叩く。

欧米は白いISサウジアラビアの実態を見ようとしない。

サウジアラビアと「戦略的同盟関係」を結ぶが、サウジアラビアは、自国内のもう一つの同盟によって成り立っている。

それは、イスラムの超ピューリタンであるワッハーブ宗を生み、育て、黒いISをインスパイアしている宗教権威と結んでいる同盟だ。イランの王朝の二の舞を踏んではならない。(続く)
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by mariastella | 2017-03-10 00:10 | 雑感

フランスとイスラム その10

カメル・ダウドの2012/9/16の記事紹介の続き。

イスラムの進歩主義者、世俗の進歩主義者は共に、過激派と戦わなければならないとは言っていた。けれどもそのやり方は、過激派を分離して彼らのイデオロギーを解除して実態を明らかにするならば過激派は人々からの信頼を失って自然消滅するだろうという楽観的なものだった。

結果として、過激派は、消滅どころか、前進し、勢力を拡大した。

その理由は明らかだ。

教育、学校という温床の存在だ。

「アラブ」世界には、進歩主義者が過激派を堰き止めているつもりの間に、揺り籠のレベルで、学校で、テレビで、コミュニケーションで、通りで、モスクで過激派を育てるという、イデオロギーの温床があるからだ。

過激派でない人々の目には、過激派は、今世紀の世界の状況が生んだ「産物」だと見えていた。

しかしそれは逆で、過激派が今世紀の悪の根源なのだ。

学校、書物、ファトワ、「アラブ」世界は過激派を今も基礎から作り上げている。
至る所で、しかるべき資本を投じて。

過激派のモデルとなったワッハーブ宗は、国教を超えて、イスラムの伝統宗派の差を超えて浸透する。

法律をファトワに近づけ、
投票で選ばれた政治家は天に選ばれたイマムへ、
憲法はシャリーア法へ、
学校科目はコーランの暗唱へと向かう。

この「温床」を絶やさなければ、数十年後には巨大なイスラム神学帝国が現れるだろう。

イデオロギー、教育、学校というレベルで過激派に立ち向かう努力なしには、我々は、50年後もまだ「過激派をどうするか?」と問い続けているに違いない。(続く)
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by mariastella | 2017-03-08 01:13 | 雑感

フランスとイスラム その9 ----イスラム圏の「独裁者」と過激派

次に、そもそもどうして今のイスラム過激派が形成されたかについて、次にカメル・ダウド(アルジェリアのジャーナリスト)の記事を要約しよう。

2012/9/16の記事より。

ベンガジ(リビア)のアメリカ領事館で起こった大使らの殺害とその後に公開された虐殺遺体の写真を前にしたヒラリー・クリントン(国務長官)は、「私たちが平和に寄与した町が、どうしてこんな仕打ちができるのか」と叫んだ。間違った視座から投げかけられた間違った問意だ。

欧米はみな、イスラム過激派は独裁者(ここではカダフィー)によって生み出された「犠牲者」なのだという解釈をしていた。欧米がカダフィーを倒したのだから感謝してもらえるはずだと。

実際は、イスラム過激派は、独裁者が用意した時限爆弾のようなもの、独裁者の遺産だ。

何十年もかけて、アラブ諸国の「体制」はイスラム進歩主義者を弾圧して原理主義者を応援してきた。

どこでも同じで、時として国家レベルで、時として保守政権と宗教権威との間の取引としてそれが準備されていた。アルジェリアでは目に見えていた。「アフリカ最大の国プロジェクト」が「アフリカ最大のモスクプロジェクト」へと取って替えられた。

イスラム過激派の数は増え、その野心は大きくなり、アルジェリア人に、彼らの信条、服装、典礼、考え方を強要した。
アルジェリアは、忍耐する政治とヒステリックな軍隊に二極化した。

イスラム圏の独裁者たちは「イスラム過激派を追い詰めて殺すべきだ」と公言していた。
それがかえって過激派の活動を刺激し拡大させ、そのことで「独裁体制は地域の安定を保つために必要不可欠だ」という理論が強化されたのだ。

欧米は、これら「独裁者」たちを自分たちに同化させることができる、あるいはプラグマティズムのもとに再教育できると信じた。

彼らと対話し、同盟関係を結べば、いつかは(欧米的な)「人間性」に合流できるだろうと考えたのだ。(続く)
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by mariastella | 2017-03-06 00:13 | 雑感

刺青、タトゥー、ステンドグラスと聖痕

寄り道です。

フランスの10代の若者の10人に1人はタトゥーを入れていると言われる。
私の周りには皆無だから分からない。
日本の温泉は海外からの観光客にも人気だけれど、「刺青をしている人お断り」のところではタトゥーはどういう扱いなんだろう。

いままでのイメージではタトゥーと言えば、バラの花一輪とか、髑髏とか、好きな人の名前とか、ワンポイントのものを思い浮かべていた。
一方刺青と言えば、「錦絵」のような豪華なもの、昇り龍とか武者絵とか任侠映画を連想する。いわゆる「博徒彫り」で、これが公衆浴場入場禁止の理由であったことは想像に難くない。

でも、フランスで今人気のタトゥー師のミカエル・ド・ポワシィーの図柄を見て驚いた。
ステンドグラス。
そのためにちゃんと教会絵の学校 l’Académie des Peintres de l’Abbaye にも通ったそうだ。
ステンドグラスの黒い太い線はタトゥーに向いているそうだ。

私は、個人的にはなんらかの治療以外の目的で体に傷をつけることはしないので、肌をキャンバスにする人やそこにアートの表現を見出す人の世界についてはノーコメントだけれど、こういうアートの域に達するようなタトゥーと教会アートの出会いには驚かされた。

考えてみれば、倶利伽羅紋紋も不動明王の化身の竜王だったり、勇ましいものばかりでなく刺青の柄にも観音や如来などあるのだから、聖母マリア柄も、「加護を願う」という意味で人気があるのかもしれない。片肌脱いで威嚇するというやつではなくて、ジンクスにこだわるイメージ?

スポーツ選手のタトゥ―率が高そうなのもそのせいかもしれない。

それとも、日本の神や仏や経文の刺青はいわゆる「武家彫り」で、信仰行為の一種なのだろうか。

「桜吹雪柄」というのもいかにも日本的だ。
そういえば私の好きな芝居、四代目鶴屋南北の「盟三五大切(かみかけて さんご たいせつ)」も刺青が大切な要素になっている。覚悟、とか誓い、とかの含意も重要なのだろう。基本的に消せなかったこと、そして昔は多分時間もかかって痛みも大きかったことなどが真剣さや本気度を担保する。

いわゆる「聖痕」が聖痕者や周囲の人に与えるインパクトと比較すると興味深い。
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by mariastella | 2017-03-05 01:00 | 雑感

ロシア革命から一世紀経った

寄り道です。

2月最後の日の夜、Arteでロシア革命にまつわる記念番組を見た。

レーニンのドキュメンタリー。
1917/3/17の情報環境が今のようにFacebook Twitter 衛星放送が完備していると仮定してのロシア皇帝退位の特別番組というおもしろい趣向のもの。アメリカやフランスでの反応が次々と繰り出される。
プーチンに至るまでのロシアにおける独裁者の系譜みたいなもの。

三つめは深夜だったので居眠りしてしまった。ネットで視聴可能だと思うが、なんだかおなかいっぱい。

ロシア革命の2月から10月の間に何がどう変化したのかについては、『フリーメイスン』(講談社選書メチエ)の中の、ロシア革命とフリーメイスン(p127~130)で、フリーメイスンとのかかわりの中で書いた。今回のドキュメントでは全く触れられていない。

逆にイタリアやスイスにいたレーニンとフリーメイスンには接触がなかったのだろうか?と思ってしまう。

この番組で興味深かったのは、やはり日露戦争との関係で、1905年の革命が失敗したこと、レーニン憧れの兄がそれに加わって死刑になったことなどをあらためて意識した。
そして、やはり、それが第一次大戦下に起こったことの決定艇的な意味も考えさせられた。
当時のフランスとの関係の難しさも。(ドイツと独自に停戦するかどうかなど)

多くのフランス人もロシアにいた。百年前の2/24にペトログラードの通りを埋めた人々たちが高らかに歌ったのはフランス国家のラ・マルセイエーズだったのも印象的だ。

橋が封鎖されたので凍った河の上を人々が渡ったのも。

イランのホメイニ革命の前にホメイニ師を迎えたパリのメディアがはしゃいでいたことなども思い出す。

ニコライ2世が譲位すると言ったのを断った弟のミハイル(なかなかの美丈夫だが、断ったのに、結局翌年兄よりひと月早く処刑されてしまった)のヨーロッパ的感性もおもしろいし、そもそもニコライ2世の皇后アレクサンドラがドイツのヘッセン大公の娘で、そのドイツと戦争していることの難しさもあった。やはりドイツのザクセン公に由来する名を持っていたイギリスの王室がイギリス風(ウィンザー)に名を変えたのも同じ1917年のことだった。

ともかく王家の間については当時も今も姻戚関係がびっしりあるヨーロッパにおける「戦争」や「革命」というものの複雑な実態を考えさせられる。ヘッセン大公国もザクセンも伝統的にカトリックの神聖ローマ帝国に属していた。それがナポレオンによって解体され、でもナポレオンも結局オーストリア皇帝の娘を皇妃に迎えている。その前にロシア皇帝の娘との結婚を望んだのだが、時のロシア皇帝アレキサンドル一世に断られた(『ナポレオンと神』p168~171)。ロシアはもちろんロシア正教である。その辺の駆け引きもおもしろい。

ボルシェビキはその後がちがちの「無神論」共産党という一神教モデルの一党支配体制を築いたわけだが、冷戦終了にあたっては、ロシア正教のネットワークが有効に利用された。
プーチンはロマノフの皇帝よりも正教の聖人に自分を重ねた

ロシア革命の百年後にセーヌのそばにロシア正教のカテドラルがそびえていることになろうとは、いったい誰が想像しただろう。
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by mariastella | 2017-03-02 00:53 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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