L'art de croire             竹下節子ブログ

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幽霊屋敷と悪魔祓い

2010年、64歳の作曲家ジャン=マルク・マリオルと53歳の妻シャルロットは、フランスを離れて憧れのイギリス地方都市に居を構えることにした。

家賃の高いイギリスで、75000円ほどで、建物の2階、3階と屋根裏が続いたアパルトマンが見つかった。

マンチェスターの近くのFrodshamの 26 Church Streetである。

録音スタジオにする部屋に高価な機器を設置したので防犯カメラもとりつけた。

それなのに、平安な生活は、たったひと月しか続かなかった。

ある夜、寝室のドアをノックする音に起こされた。外には誰もいない。

次にシーツが浮き上がった。

肝をつぶした夫婦は近くのホテルに避難した。

その後も、階段に口笛の音、屋根裏から赤ん坊の泣き声、浴室にまで充満するパイプ煙草の匂い、と、典型的なポルターガイスト現象が続いた。

その建物は1869年にパイプ・スモーカーのアイルランド人が建てたもので、妻はその家で産褥死して、生きのびた子供も数年後に階段から転落死したらしい。

20世紀初めに地元の肉屋が買い取り、一階を店にしたが、1970年代に子孫が分割して、2階から上が貸されることになった。それ以来、歴代の店子はポルターガイスト現象を体験してきたそうだ。

しかしイギリスという国は「幽霊屋敷」と親和性があるのか、それほど話題にならなかった。

ところが、デカルトの国フランスからやってきた夫婦が騒いだことで、タブロイド新聞やテレビ局もやって来て大変なことになった。

ピアノを弾くと10個ほどの光る円盤が現れてくるくる回る様子が防犯カメラに映っている画像も報道された。

フランスはカトリックの国でもあるから、夫婦は地元のカトリック教会の司祭に相談し、緊急の悪魔払いのセレモニーもしてもらった。

その結果、司祭は、自分には何もできないこと、その家から去る方がいいことを宣告した。

時々安眠を確保するために1年で60万円以上のホテル代を費やした後で、夫妻は今年の4月末にとうとうイギリスから引き上げることになった。

この話が「本当」かどうかは別として、このような現象に悩まされたと信ずる人々の語る「現象」が驚くほど似ていることは確かだ。

カトリックの聖人たちにもこういうポルターガイスト現象に悩まされた人は少なくなく、みなそれを悪魔による試練だと捉えている。そういう人たちは「悪魔」に持ち上げられて床にたたきつけられたりさえする。煙草の匂いなどではなく腐臭悪臭がたちこめる。

しかし聖人ではない「普通の人」の身に起こる「幽霊屋敷」でのポルターガイスト現象は、迷惑であっても、気味悪くても、直接の害は与えない。「悪魔」とは別種のものであるらしい。

いわゆる幽霊なのか、トリックスターなのか、というところだ。

だから、悪魔祓いのセレモニーで駆使される聖水だとか聖霊や神の言葉にもあまり反応しない。

「逃げるが勝ち」という結果になる。

聖人を試そうとか誘惑しようという挑戦や、悪意のもの、禍々しいものには悪魔祓いが効を奏する余地があっても、場に憑いている地縛霊だの怨念や悪戯のようなものは、神に敵対するタイプの悪魔とは別のロジックで生きているらしい。

それでも、戦国時代に漂着したポルトガル人に日本人が仮の宿として空家の幽霊屋敷を提供したら十字架で結界を作って追い払ったとかいう話もあるし、場に憑く霊だの化け物だのトリックスターだのをシャットアウトする智恵は古今東西の言い伝えに出てくる。

ヨーロッパには都会にも古い建物がたくさんある。

私も築130年の建物に住んでいる。うちには何も起こらないが、ポルターガイスト現象や幽霊の姿を見た人の体験談というのは身近に聞いたことがある。

真相はどうあれ結果として悲劇につながった例もあるのだが、悪魔祓いにも引っかからないような軽めのユーモラスな霊の話は、いつの世も人々を惹きつける。
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by mariastella | 2011-06-03 23:53 | 雑感

JP2、ロイヤル・ウェディング、ビン・ラディン

昨日の記事で、先週起こった事件に関して、前ローマ教皇JP2とビン・ラディンが対照的だと書いた。

実は、もう一つの出来事、英国のロイヤル・ウエディングとJP2の列福も対照的だった。

ロイヤル・ウェディングでのイギリス人の熱狂ぶりを見て、私の感じたのはソ連時代の「宗教はアヘン」という言葉だった。

「セレブはアヘン・・・」と、そう思ったのだ。

それで、その後の、アヘンの本家であるはずのヴァティカンの列福式での人々の熱狂(というよりは感激)ぶりを見て、こっちの方はアヘンではなくなったなあ、と思った。

30年前のチャールズ皇太子とダイアナ妃の頃と比べて、英国はすっかり変わったという事実がある。
リーマン・ショックまで、アメリカと共になりふり構わず市場経済至上の新自由主義を突っ走ってきた結果、イギリスでも、貧富の格差が大幅に広がった。

落ちこぼれた人が生きのびるためにあがいている一方で、勝利者は、罪悪感なしに莫大な浪費生活を平気で誇示するようになった。

そして、ついには、そのようなリッチな人々の「浪費ぶり=セレブな生活」情報自体が、庶民の「消費」に提供されるようになったのだ。

高度資本主義社会では、宗教はすでにアヘンではなく、まさに、「セレブ」がアヘンになったわけである。

トニー・ジャットの『荒廃する世界の中で』(みすず書房)を贈っていただいて読んでいたら、なんと、18世紀のアダム・スミスがすでに

「人間の大多数を占める大衆は、富や名声の礼賛者、崇拝者であり、しかもはなはだ驚くべきことに、彼らの大部分はしばしば欲得ぬきで、礼賛し、崇敬しているのだ」(『道徳感情論』)。

と言っていたらしい。

イギリス人大衆が、素直に無邪気にロイヤル・ウェディングに熱狂しているのは、まさに「欲得ぬき」の自然な崇敬の発露に見えた。

それに比べると、カトリック世界でのさまざまな聖人「崇敬」などは、たいていは、人々の祈願や悲願とセットになっているのだから、「欲得抜き」どころではない。

では、「欲得ぬき」のセレブ崇敬のどこが悪いのかというと、これもアダム・スミスがすでに言っているように、ずばり、

それが、セレブの反対の「貧しい卑しい境遇にある人々」を大衆がこれも「自然に」、無視したり蔑んだりする傾向と表裏一体になっている

からである。

それに比べると、JP2の列福で感動した人々は、「セレブ」を崇敬したわけではない。

「ローマ教皇」という地位は巨大宗教のトップとしてのシンボリックなオーラを伴っているとしても、あるいはヴァティカンが莫大な財産を持っているとしても、そのトップたちは一代限りで子孫も残さない。

JP2も、「華やかさ」どころか、誰が見ても気のどくだと思えるほどに弱って痛々しい姿で最後まで働いていた。

列福式のヴァティカンで感激していた人々は、この教皇が「ローマ教皇」というセレブだったから礼賛したのではなく、明らかに、JP2となった一人の人間を、人格として、その生き方を通じて崇敬していた。

JP2には、レーガンやサッチャーなど、新自由主義路線を発車させた英米の首脳と力を合わせて「共産主義陣営」を倒した、というイメージがあるが、その方向性は真逆だった。

旧共産国陣営でイデオロギー支配によって個人が押しつぶされていたことに対して戦ったJP2は、「自由主義陣営」で少数の勝ち組が富を独占して貧しい多数を押しつぶすことにも、同じように戦ってきたのだ。

若くて美しくて富と名声の頂点にある英国王室の新カップルを、人々は「幸せ」の象徴として祝福した。

一方で、病を抱え、年老いて、話すことも立っていることも苦しくなった姿をさらして死んだJP2を、カトリック教会はやはり、「幸せ」な人、つまり、神に祝福された「福」者だと宣言した。

人々もそれを祝福した。

こうして見ると、後者は前者の解毒剤のようでもあり、絶妙なタイミングで発信された出来事だったという気もする。

イスラム過激派のテロリストはどうだろう。

英米が原動力となった自由競争至上主義の弱肉強食の世界で、「先進国」の勝ち組たちが「弱い立場の人々」の人格、尊厳を無視してきたことが、イスラム過激派やテロリストたちによる「反欧米」ドグマを確立する一原因となってきたことは疑いない。

「テロとの戦い」との勝利は、軍事力によってではなく、弱者の人格権への感受性を取り戻すことによってでしか、本当には、得られない。
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by mariastella | 2011-05-09 02:06 | 雑感

BHLとリビア

リビアからアメリカが手を引き始めたので、フランスとイギリスとイタリアが、軍事専門家を送って「自由リビア」陣営に武器の使い方を教えたり作戦の立て方を指導したりすると言っている。今のままではカダフィの軍隊と太刀打ちできないからだ。

NATOは陸軍を出さないことでは一致しているので、こういう変則的な形になっているわけだ。

なんだか泥沼化している。

3/16にはBHL(哲学者ベルナール・アンリ・レヴィ)の呼びかけに答えてリビアへの介入に賛成していた哲学者のクロード・ランズマンが、4/18のル・モンド紙でBHLを批判したので、BHLも激しく反論し返している。

ミッシェル・オンフレイなどもBHLを非難していて、サルトル以来アンガージュマンがお家芸のフランス哲学者たちはみなぴりぴりしているところだ。

BHLは、2003年のイラクへの介入にも、当時のフランスでは珍しく、アメリカを支持している。

「哲学とは戦争である」と言いきっている戦闘的な人なので、一貫していると言えば言える。

今や、「アラビアのロレンス」ならぬ「リビアのBHL」と言われるくらいで、本気で現地に行って反乱軍といっしょに戦略を練っているのだ。

彼の言い分は、ボスニアやルワンダの内戦で何年もぐずぐずしていて多くの死者を出してしまった過ちを繰り返してはならない、人権と人命が踏みにじられている場所にはどこであろうとすぐに駆けつけなくてはならない、と言うことに尽きる。(まあ、北朝鮮やチベットには駆けつけないが)

そのBHLの考えと、大統領選を来年に控えて支持率が大幅に下がっているサルコジが一気に「正義の味方」のヒーローを演じようとした先走りとが、ぴったり合ったということなのだが、最大の問題は別のところにある。

つまり、リビアの反政府勢力を正式に認めて軍事支援もするというような国家的決断を、一哲学者と大統領が2人だけでやってしまったことで、外務大臣も防衛大臣もましてや国会も、すべて無視したことだ。
フランスが苦労して確立した民主主義のシステムやプロセスがまったく動員されなかったということである。

そして、彼らがそれに踏み切ったのは、たとえそういう暴挙に出ても、「血に飢えたカダフィ」という「悪魔」を目にしているフランスの一般人から非難されはしないだろうという「読み」があったからで、実際、非難はされなかった。

言い換えると、民主主義の手続きをすべて無視しても、大衆の支持があれば何でもできてしまうというポピュリズム路線の強化につながるわけである。

そしてそれは、「緊急」だから、「非常時」だから、許されるということになる。

本当に、それで、いいのだろうか。カダフィ自身、同じようなレトリックを使って独裁を正当化してきたのではないのか。

武器に対していったん武器での交戦を始めると、もう水面下の交渉や外交戦や情報戦やネゴシエートの余地が限りなく少なくなる。

「緊急時」に国のトップやら、知識人やらがどのように考えてどのように行動するのが最適なのか、それはすべて「結果」を待たないと判断できないものだろうか、歴史には学べないものだろうか、問題は単純ではない。

今は、日本が原発事故で「緊急」事態にあり、どんな指導者がどのタイミングでどのような手続きをとるのが最適行動なのかということが焦眉の問題となっている時期だから、ますます考えさせられる。
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by mariastella | 2011-04-24 08:11 | 雑感

宗教建築の素材の話

Arteでフランスのゴシック・カテドラル建築についての番組を見ていたら、今まで考えたことがなかったことを言っていた。

教会建築においては本来、木材がもっとも高貴で霊的でシンボリックだと考えられていたというのだ。しかし中世のヨーロッパで木が不足したためにやむなくカテドラルには豊富に採掘できた石灰岩などを使うことにした。石は木よりも不透明で霊的にも劣る。それで、その欠陥を補足するために、建物の表面に各種聖人像などを刻んだというのだ。

カテドラルを修復しているうちに、隠れた部分を鉄材で補強していたことも分かった。

鉄材は素材として、石よりもさらに霊性が落ちて、火での錬成を必要とすることから地獄と結びつけられることさえあった。イエスを救いのシンボルである木の十字架に打ちつけた釘も鉄だし、イエスの右わき腹を刺した槍先も鉄である。

そんなわけで、鉄材は、できるだけ目立たないようにただ天井部分の補強にのみ使われたと言う。木材も少しだが使われた。

日本の寺社建築が木造ではかなく、ヨーロッパの教会は石造りで耐久性がある、という対比ばかりなんとなく刷り込まれていたが、そんなに単純ではないらしい。

ヨーロッパも木材がもっと豊富だったら巨大な木造カテドラルの建築を目指していたのだろうか。

そう言えばノアの巨大な箱舟ももちろん木製だ。

バベルの塔はレンガで、ソロモンの神殿はレバノン杉や糸杉の他に石も切り出された。内壁はすべてレバノン杉で覆われ、石はまったく見えなかった。やはり「聖なるもの」は木材と結びついているらしい。

もっとも、ソロモンの神殿の要所には金もはられているから、金は別格だったのだろう。

「永遠」ということを考えると、木材はかなりはかない素材だが、それだけに「生命」と直結しているとも考えられる。

カテドラルの中も外も、最初は色が塗られていた。それも、石という素材を隠すためだったらしい。色(couleur)という言葉の語源は塗って隠すということだそうだ。

日本人にとって、ヨーロッパの宗教建築というともう一つは、ギリシャのパルテノン神殿のようなものを連想するが、キリスト教の神と違うからシンボルや霊性が違うのだろうか。それとももともと木材が足りない場所だったのだろうか。

それにしても、日本は草食文化、農耕文化、木の文化、西洋は肉食、狩猟、石の文化というような安易な対比はできない、とあらためて思う。
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by mariastella | 2011-04-24 06:33 | 雑感

まだ公開されていない映画、など


Xavier Durringer の『La Conquête 』(征服)

フランスでは珍しい、現職大統領がモデルの映画が次のカンヌ映画祭に出品される。

検閲はなかったが、製作費の捻出はけっこう難航したそうだ。

「権力を得て妻を失った男」、というキャッチフレーズで、左派からは、来年の大統領選を前に、分裂している与党に利する御用映画だという批判も出ているのだが、まだ全貌を見ている人はいないだろうから少し好奇心がある。

私はサルコジが内務大臣やら財務大臣だった頃からものすごく嫌いだったし、近頃はそれも頂点に達しているのだが、この人の「外見」を見ると、けっこうつらくなる。

任期中ずっと小男、小人、などという形容をされてからかわれていることに対しては、ずっと気分が悪かった。

この人は子供の頃に骨結核を患ったそうで、その後遺症か、身体も少しゆがんでいて、動きがぎくしゃくしている。それを見るのもつらい。

そう言う外見のハンディと権力志向と伴侶へのこだわりはきっと切り離せないものなのだろう。

フランスはドゴールから、ジスカール=デスタン、シラクと、190センチを超す堂々とした体躯の大統領を選出してきた。社会党のミッテランは別として、同じ党派内でサルコジの宿敵であるドヴィルパンも長身痩躯のスポーツマンだ。

社会党前書記長のオランドは、非常に頭が切れそうなのに、下ぶくれで愚鈍な印象で損をしていたのが、ダイエットをして、すっかり精悍な感じになって大統領候補予備選に名乗りを挙げている。といっても、社会党シンパですら、頬のこけたオランドを貧相で老けた、と言ってこき下ろしている人がいる。

社会党で一番人気のDSKは、このところ中年太りがひどくて重苦しい感じであり、オランドに倣ってダイエットしなくては、と揶揄される。

オランドの元伴侶だったセゴレーヌ・ロワイヤルは4人の子の母であるのに相変わらず美しいということで、それはそれで、フェミニストの神経を逆なでするような形容をされる。

そのセゴレーヌのライバルとされる現書記長のマルチーヌ・オーブリは、激務のストレス太りか、完全に「おばさん」外見となり、これもセクハラめいた揶揄の対象になっている。

社会党の別候補のマニュエル・ヴァルスなどはスマートだ。

庶民的というより小汚い感じだったボルローは最近与党を離れたが、アルコールを断ったとかで、前よりすっきりと小奇麗になった。

病気や生活習慣などを別にしても、背の高さや体形、性別などは遺伝子に左右されるから、どうしようもない与件であるのに、今のようなビジュアルな時代にはそれが発現内容の印象をかなり左右する。

公職を目指す人間はその外見もまた公的なものになるわけで、外見を整えるのも公衆を尊重する意思表示のうちだろう(日本の大震災の後で民主党が一斉にロゴ入りの作業服を新調したなどというエピソードも思い出したが、実質のないコンフォルミズムはまた別の話だ)。

ピューリタン的な政治的公正の規制が比較的少ないフランスは、政治的信念やマニフェスト、個人のカリスマなどと、「見た目」のギャップが比較的軽々しく口にされる。その中で、けっこうなハンディを背負いながら、権力と金と美女を手に入れてそれを誇示するサルコジの運命の不思議は、やはり最初の現職大統領ダネ映画が製作される原動力になったのかもしれない。

そう言えば、今年のカンヌには、ウッディ・アレンの新作にサルコジ夫人がチョイ役で出演している。彼女は出席を辞退したが、サルコジは是非観に行きたいと言っていたが、この時期にまずいと言ってとめられたそうだ。

身体的な外見や社会的出自を含めた与件と、行動の選択と自由意思との関係については、いろいろな哲学者が考察してきた。

私が今一番おもしろいと思っているのは、サイトの掲示板でも触れたヴォイティラによるトーミズムの現象学的再考である。

長い間ヨーロッパの知的根幹をなしていたアリストテレス-スコラ哲学は、「西洋近代」が脱キリスト教化した時に、視野から外れてしまった。これを再統合しないと、思想と行動の間にある不確かさが見えてこない。

昨夕は、佐藤俊太郎さん指揮のチャリティコンサートに行った。

短い間にボランティアの奏者を集めて、よく自分の表現したいものを伝えられたと感心した。彼のモティヴェーションが奏者の一人一人に伝わったのだろうし、聴衆にもよく伝わった。

パリは復活祭休み中なので心配したが人もたくさん来ていてほっとした。

モーツァルトのテンポもイメージ通りだったし、アンコール曲がG線上のアリアでなじみの深いバッハの第三管弦組曲も、後に続く連帯と再出発を促すように奏でられて、このところ震災報道で過飽和していた心が癒された。

この曲ならもっと少ない構成でもやれるから、他のバロック・アンサンブルとの組み合わせが可能かもしれない。

この先の展開を調整中。
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by mariastella | 2011-04-16 20:14 | 雑感

エジプトの新憲法

国民投票で認可されたエジプトの「民主」憲法だが、コプト・キリスト教徒が大統領になることが禁じられそうだ。

昔、レバノンが、パレスティナのキリスト教国家として創られた時も、首長の宗教制限があったことを思い出す。

ムスリムが多数決でムスリムの大統領を選出すると言うならそれはそれでいいわけだが、マイノリティのコプトはダメとあらかじめ排除する時点で、「民主主義」とは言えないのでは・・・

そういう条項を発想するだけで、もう、民主主義とか自由とか人権とかの前提が共有されていないのでは、と心配だ。
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by mariastella | 2011-04-08 20:44 | 雑感

またリビアのことなど

3月18日に国連安保理がリビアへの連合軍介入を認める(これは必ずしも空爆ではなくてカダフィ軍の航空禁止区域の設定ということだが結果は見えていた)決議をする前日にリビアにいたロシア大使が解任されたという記事があった。

21日にモスクワに戻ったウラジミール・チャモフ元大使は、

「リビア人が抑圧されていたって?そんなことはまったくない、利子なしのローンはあったし、ガソリンは安いし、食料品も安価だった」

と言ったという。

彼はロシアが国連安保理決議で拒否権を発動することを主張していたそうだ(以上ル・モンド紙 2011/3/31)。

モスクワ特派員によるこの記事はさらに、ロシアが大国主義を捨ててリアルポリティクスに向かいつつあると分析するのだが、ともかくロシアは今のところカダフィ政権と国交を断絶していない。

この報告は本当なのだろうか?

ある程度は当たっているのだろう。

カダフィが反乱軍を最後の一人まで血祭りにしてやるなどと叫ぶところやこれまでの言動を見ればこの人がかなり異常な精神状態にあることは察せられるが、豊富な石油マネーを各国首脳だけではなく自国と自国民にもばらまいてきたことは確かだと思う。

今度のアラブ世界での「反乱」に怖れをなしたサウジアラビアで国民を懐柔するために初の地方選挙が行われたことも記憶に新しい。

リビアのことは知らないが、サウジアラビアについては10年前に紀行文を書いたことがある(『不思議の国サウジアラビア』文春新書)。

その時はまだ9・11の前で、お世話になった現地のフランス人やサウジ人から、検閲が厳しいので決して宗教や王室のあからさまな批判は書かないでくれ、と言われていた。だからイデオロギー的なことはまったく書かなかったのだが、一般サウジ人の安楽な生活ぶりと言論統制とが表裏をなしている実態について述べたつもりだ。

人が本当に必要としているのは安逸なのか自由なのか、消費文明と基本的人権について大いに考えさせられたのだ。

そこにはジェンダーの問題もあった。

女性が子供と同じく男の保護下にあることについて、それでも、いわゆる「労働力の搾取はされていない」という現実がどのような倒錯を生むのかについて考察したつもりだった。

ところが、ネット上で、あるフェミニズムの論文に私のこのレポートが引用され、まるで私が物質的に恵まれていて法的責任主体ではないサウジ女性を羨望しているかのように書かれているのを発見して驚いたことがある。

それはともかく、「自由や民主主義を金で封じることができるか」というのが、石油マネーで豊かになった支配者たちのテーマの一つだったのはまちがいがない。

ロシア大使のいうことが本当なら、リビアもそういう国の一つであり、ブレアにもクリントンにもサルコジにも金をばらまいて「民主主義」を買っていたのだとしても不思議ではない。

民主主義とは、ある多数派が、次の新しい多数派に安全に政権を引き渡すことができるシステムだ。多数決で選ばれた次の権力者に前の権力者が無理に抵抗したり、逆に次の権力者から弾圧されるというのでは民主主義とは言えない。

フランスでさえ、革命の後では恐怖政治、ナポレオン、王政復古、帝政復古、何度も新たにされた共和国を経て、まともな民主主義が機能するようになったのはほんの一世紀くらいでしかない。

その意味でサウジアラビアの王権はもちろん、選挙のあった国のカダフィ政権やベンアリやムバラクの政権でも民主主義だったとは言えないし、民主主義とセットになるべき言論や信教の自由が著しく制限されている(た)のは間違いない。

それでもそれらの国で、金があるところでは、人々をある程度満足させることができていたのも事実だ。

民主主義が機能している国でも、政府への不満や欲求や政権交代の論戦のテーマといえば、購買力の向上、労働時間の短縮、雇用の安定、減税、年金や医療の充実などがほとんどである。

一方、たとえば20世紀の後半の半ば頃のサウジアラビアでは、選挙もなく信教の自由もないのに、国民は最低でもみな中の上の公務員、税金はなく医療も教育も無料、生活はすべて国王丸抱えのような状態を呈していた。

それでは、一般人の政治参加のモチヴェーションが上がらないのも無理はない。

もっともその「繁栄」とは、持続可能ではないエネルギー源である石油と、時として奴隷のごとく扱われている豊富な移民労働者の犠牲のもとに拠っていた。宗教原理主義者とアメリカ化した王侯たちの力の拮抗と欺瞞、人口分布の年齢別のいびつさによって予測できる社会的危機などもはらんでいたのだ。

だからリビアがどんなに金持ちでカダフィが国と国民に投資していたとしても、それだけでは民主主義や自由を賄うことはできないし、結局はひずみが露になることも明らかだ。

それでも、

冒頭のロシア大使の言葉、

あるいは藤永茂さんの言葉、

「寿命・教育・生活水準などに基づいて国ごとの発展の度合いを示すHDI(Human Development Index,人間開発指数)という指数がありますが、2011年度試算では、リビアはアフリカ大陸で第一位を占めています。また、幼児死亡率は最低、平均 寿命は最高、食品の値段はおそらく最低です。若者たちの服装もよく、教育費や医療費はほぼキューバ並みの低さに保たれているようです。」

http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2011/03/post_7724.html

あるいは私が前に書いた記事

http://spinou.exblog.jp/15983854/

の中の不破哲三さんによるベン・アリの評価のことなどを思うと、今意気盛んなアラブ世界の「自由と民主主義の戦い」にもいろいろ疑問がわいてくる。

「独裁者」の追放や報復、処刑の流れそのものは「民主主義」とは程遠いからだ。

権力の座を降りた敵対者の「自由」をどこまでどのように保証するかによって、民主主義の中身が問われるのではなかろうか。

それが独裁者であったのならなおさら、その人を独裁者にしてしまった政治のシステムだの構造をじっくり分析して次の政権が同じ轍を踏まぬように学習しなくてはならない。

「民主主義」下で対立する二つの勢力が互いに互いを排除・殲滅すべき「敵」と位置づける限り、それは民主主義と程遠い。
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by mariastella | 2011-04-04 03:24 | 雑感

ロボットだらけ。

こういうのがネットにあった。

2011.3.31 09:51

 ドイツ政府は30日、同国のメルケル首相が同日に菅直人首相と電話会談した際に、福島第1原発事故に対応するため、原子炉の修復作業などに使う遠隔操作ロボットの提供を申し出たことを明らかにした。
 ロボットの詳細について明らかにしていないが、無線で操作できる特殊装置という。ドイツ側によると、日本政府はこの提案を受け入れるか検討するという。
 福島第1原発をめぐる協力では、米エネルギー省が、高い放射線が出ている環境でも作業ができるロボットを、日本に送る計画を明らかにしている。(共同)


ドイツも・・・

ちょっと遅いかも。

フランスのニュースが「世界でうちだけ」と言ってた原発用ロボットだが、要は遠隔操作できれば原発用でも惑星調査用でもいいわけだし、みんな、考えることは、放射能汚染環境で作業するには人間でなくてロボットが一番ということだ。

昨日書いたようにその操作の訓練をしなくちゃいけないのなら、やはりアメリカ製の方が言語的にもベストなのかなあと思う。

けれども、そもそもロボット大国の日本にそういうものがないのは不思議だ。

アメリカやフランスやドイツに提供を申し出られるような状況なのだろうか。

京大の小出裕章さんは確か、配管の修理などはロボットなどでは全然無理で全部手作業しかないとおっしゃっていたなあ。

今日は一週間ぶりにメトロに乗った。

すると、隣に座っていたの黒人のおじさんが口角泡を飛ばしてリビアの情勢を語り、世界中の先進国をめった切りにしていた。通路を隔てたシートに座っていた連れらしいおじさんも時々合いの手を入れていた。

私は最初、彼がアフリカの人だったら、今のリビア情勢のことをアフリカの人がどう思っているかに興味があったので、聞き耳を立てていた。というか、その人、隣で大声でまくしたてていたのだが。

すると、

「もし、このままなら、私はしまいにセゴレーヌに投票してしまうよ! 」

と言ったので、グアダルーペ系のフランス人だと分かった。

セゴレーヌ・ロワイヤルの4人の子の父親である元連れ合いのフランソワ・オランドは今日、来年の大統領選のための社会党の予備選に出ることを表明した。髪を黒く染め、ダイエットして精悍な感じにイメージチェンジしていた。
私はなんだかこの人が好きではない。

先週末の地方選で社会党が一応躍進してオランドも当選したのだか、不思議なほどにセゴレーヌはなりをひそめている。4年前に予備選を勝ち抜いてサルコジと対決したとは思えない影の薄さだ。

そんな状況で、このおじさんの「セゴレーヌに投票」という言葉が出たので私はつい、声を立てて笑ってしまった。

そしたらおじさんがこっちを振り向いて、私にも向けて話し始めた。

唾がとんできた。007.gif

これまで、パリのメトロが混んでいたり途中で止まったりした時に、隣にいるおばさんたちと「やーですねえ」などと言葉を交わしたことは何度もあるが、おじさんの唾がかかったのははじめて。

モンパルナスで隣の座席(四人がけ)があいたので、おじさんはそちらに移り、私にも仲間に加わるように言った。おじさんがリビアの石油とサウジやイラクの石油の質の差について話し始めたので私はそれは知っていると言って補足した。

その後、おじさんの先進国批判をまとめて、

「それは要するにarrogance(傲慢)なんですよ。」

と言った。

おじさんが我が意を得た、という顔をして喜んだので、私は日本テイストを出そうと思って、

「自然の脅威に対して人間がこんなに無力であることが分かっている時に人間同士で富や石油をめぐって殺し合いするなって思いますよね」

と言い、今度の震災で時々目にしたお気に入りの言葉を援用し

「奪い合うと、ものは足りなくなり、分け合うと、ものは余るんですよね」

と結んだ。

次の駅で、同じシートの2人が降り、その次の駅で私が降りたので、おじさんは一人になった。

じゃあ、誰もおじさんの連れではなかったわけだ。

メトロの中で知らない人同士が談論風発、唾も飛ばされたけど(しつこい)、なんとなく楽しかった。これがアラブ人がどうとかライシテがどうとかル・ペンがどうとかいう話だったら、周りにどんな人がいるか分からないので怖がりの私は絶対に口を出さなかったと思う。028.gif

その後で、タイ古式マッサージ(肩関節拘縮の治療)に行ったのだが、そこでもタイ女性の施術師が、マッサージをしながら、

「シリアやイエメンの方がずっと大変なことになっているのにリビアに集中するのは利害関係が透けて見えて気分が悪い、私はそのうちタイに帰る」

としきりに言っていた(彼女の夫はフランスの軍人だ)。

それでも、絶望しちゃいけない。

行きつ戻りつしながらも、人は、普遍的な連帯の中にこそ人間性があるということを、少しずつ、少しずつ、自覚していっていると思いたい。
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by mariastella | 2011-04-01 06:15 | 雑感

犬。

日曜の夜のニュースを見ていたら、日本について妙なものと、リビアについて嫌なものがあった。

日本の方は、はりきってフランスから犬を連れて行った救助隊が、結局日本政府の許可が下りず、まったく何もできずにもうすぐ帰仏するという話だった。

そして、フランス人はもちろん、救助隊が全然いない被災地が映されて、救助活動がまったくなされていないような印象が与えられた。そして、ようやくやってきた日本人の救助隊というか捜索隊は、救助犬や機械でなく、竹の棒を持ってごそごそやっているところが移される。

日本が外国の救助隊を拒否するのは自尊心のせいかもしれないなどというナレーションが流れていた。

確か阪神大震災の時も、外国の犬連れの捜索隊を足止めしたというような報道があったのを覚えているが実際はどうなのだろう。

フランスは原子炉周囲で弁を開閉したり遠隔操作で作業したりできるロボットを持っている唯一の国だと言って、それを福島原発に貸し出すと、昨日のニュースで得意そうに言っていたが、あれもどうなったのだろう。

なんだかしっくりこないニュースだった。

もう一つは、フランスが空爆したリビアのベンガジの様子だ。

「フランスありがとう、サルコジありがとう」と反政府派が喜ぶところを映すのは、やらせだとしてもまあ理解できる。

ところが、その外に、ゴミ袋みたいなものを首に結びつけられた犬が映され、人々の言葉にフランス語がかぶされているのだが、カダフィは今この犬のような目をしているに違いない、だとか、カダフィは動物以下だとか、人々が犬を囲んで口々に罵っている。

犬はカダフィの代わりにさらしものにされているという設定で、最後に誰かが犬を殴るのがちらと見えたところで映像が切れている(1チャンネルの20h40頃)。

ベンガジでカダフィ軍の黒人の傭兵がリンチされていたことは前に書いたが、この犬の映像もショックだった。ものすごく後味が悪い。この後、どうなったんだろうか。

日本の震災でペットと離れ離れになった人や緊急で見捨てざるを得なかった人たちの悲しみは大きい。ただの揺れだけでも、猫の中にはパニックになって、外へ飛び出すものもいる。でも犬なら飼い主にぴったりついていると思う。

自分たちがいないと生きていけないような弱い存在を守るという行動は、見るだけで、何か信頼感をそそられる。

けれども、人間の敵に対する憎しみを、生きた犬に転嫁するなんて、目の前の敵をリンチするよりもある意味でもっと救いようのない、黒々とした闇を感じてしまう。

独裁者の写真を燃やすとか銅像を引き倒すとかならまだ分かるが。

はるばる日本にまで行ったのに何もできなかったフランスの救助犬、ベンガジで「ありがとうフランス」と歓声をあげる人たちからつるし上げられる哀れな犬。

善意に燃えても憎悪に身を焦がしても、人の心など、すぐ張りつめて切れそうなくらいに、弱くて、悲しい。

追記:この記事についての訂正や事実関係を次の記事
http://spinou.exblog.jp/16084675/
に乗せています。合わせてご覧ください。
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by mariastella | 2011-03-21 07:52 | 雑感

震災のことなど その後

今回の大地震の少し前に日本を発ってパリに着いた水林章さんが、ラジオのインタビューで、「世界で唯一の被爆国である日本で原発が使われているのはなぜですか」と問われて、しばし躊躇した後、「日本人が忘れっぽいからかもしれない・・」などと答えていた。

私は、日本は被爆国だから核燃料反対のロビーはしっかり存在している、とフランス人に説明していたのに・・・

今回の震災について、「日本人の冷静さ」を称賛するような口調が最初は支配的だったが、自然災害である地震と津波の他に人災の面が大きい原発事故に関心が移ってからは、論調が変わった。

ドイツなどでは初めから、

「日本人が冷静なのは情報を開示されていないからだ」

という口調だったが、フランスもだんだんと、東京にいるフランス人の報告で、

「東京の人たちは表面的には普段と同じように暮らしているが、一歩店に入ると買い占められて食品や日用品が亡くなっているから、内心ではパニックを起こしているに違いない」

という風にシフトしてきている。

それにしても、「原発=日本人は忘れっぽいから」、というのはあんまりな気がする。

フランス軍人と結婚しているタイ人のマダム・プーは私に

「日本が原発を所有しているのは科学技術力と経済力の誇示のためだけだ」

と言いきったが、そっちの方が真実に近いのだろう。

原発利権というのが莫大なものであることは想像に難くないし、原爆の被害を受けたのにかかわらず原発をつくったのではなく、自分たちも対抗して、核を含めた再軍備の可能性を何らかの形で視野に入れたからこその政策だったのだと思う。

現に岸信介が回顧録に

「原子力技術はそれ自体平和利用も兵器としての使用もともに可能である。どちらに用いるかは政策であり国家意思の問題である。日本は国家・国民の意思として原子力を兵器として利用しないことを決めているので、平和利用一本槍であるが、平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、兵器としての可能性は自動的に高まってくる。日本は核兵器は持たないが、潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止問題などについて、国際の場における発言力を強めることが出来る」

と書いていることを最近読んだけれど、さもありなんと思う。

原子力は兵器であろうと発電であろうと、「力」のシンボルなのだ。

マダム・プーの友人の日本女性は、最近アフガニスタンから戻ったフランス人軍人の夫と共に、タイに移住するのだそうだ。タイには原発もないし、津波の危険地域でなければ地震もないという。タイというと軍事クーデターがあったり、反独裁民主戦線が活発だったり、それほど安全なイメージはなかったのだが、たとえ衝突してもすぐに話し合える平和的な国民だと彼女は言う。

フランスはリビア空爆が始まったので、TVのニュースも日本の震災や原発危機からリビア情勢へと大きく変わった。

それでも、放射能を含んだ空気が来週火曜か水曜にはフランスに達するとか、日本から来る野菜や果物には要注意などと言っていた。ヨーロッパで毎年消費される日本製の野菜や果物の量も言及されていたが、食料自給率が低い日本からヨーロッパに野菜や果物をそんなに輸出しているのか、と、その方に驚かされた。本当なんだろうか。

サルコジは、原発について、フランスご自慢のEPR(European Pressurized Reactor)はシェルターが二重構造だからボーイングが突っ込んでも壊れない、とUMPの会合で今回自慢したそうだ。

このEPRというのは、高価過ぎてなかなか売れないが、値段が高いのは安全性が高いからだ、らしい。もっとも、現在はプロジェクトだけだとか建造中のものばかりで、稼働中のものはない。それも2003年に「航空機が突っ込んできたら耐えられないでしょう」と関係者がはっきり答えている記録があるのに。

どういうわけか今回はイギリスとつるんでアメリカまで引っ張ってリビア介入を決議させたサルコジは今鼻息が荒く、エリゼ宮で緊急サミットをやっていた。

2003年のイラク侵攻では、当時のシラク大統領が、「安保理にかけられたらフランスは拒否権を行使する」とはっきり言明していたので、英米らは国連決議なしに戦争を開始した。

それに比べれば、今回は反対する国が棄権はしても拒否権は使わなかったからましだったとは言える。

近く七州の選挙を控えているドイツは、アフガニスタンにフランスよりも多くの兵士を出していて批判されているので賛成はできなかった。

アメリカもイラク、アフガニスタンを抱えているからリビアは乗り気でなかったもののまあ賛成した。

自国の反体制派が騒いだ時に他国に介入されると困るロシアや中国はもちろん分かりやすい。

しかし、インド、ブラジルという高度成長国が他国の「民主化」の動きに無関心を決め込む形なのはなんだか残念でもある。

ともかく、自然災害を前にした人類は多少なりとも連帯意識や謙遜を見せるというのに、人災に対しては、原発やら兵器をつくったり売ったりしている国はとたんに欺瞞的かつ傲慢なところを見せるわけで、より鬱々とさせられる。

日本の震災の情報がテレビから消えないうちになんとかチャリティ・コンサートを実現させなくては・・・

仙台出身の佐藤俊太郎さんから連絡があって、4月半ばに一つパリでやるそうだ。私の方は、住んでいる町で一つできる予定だ。あと、フランス海軍のコネで去年のハイチ支援コンサートと同じ場所を打診したらうまくいきそうだったのだけれど、リビア空爆が長引くならダメになる可能性は大きい。

もう一つ、火曜日にパリ8区からコンサート可能かどうかの返事が来ることになった。

4月の日本行きをキャンセルしたので、その代わりにフランスでできることをやろう。
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by mariastella | 2011-03-20 09:25 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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