L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:雑感( 359 )

V・Iはユダヤ人?

 『ダウンタウン・シスター』の後半には、

 「ガブリエラがユダヤ人だということでジャイアック夫婦から受けた昔の侮辱の数々がよみがえってきた」という文章がある。それに続いて、

 「よくも自分たちをクリスチャンだなんていえたものね。あなたなんかより、うちの母の方が千倍もクリスチャンにふさわしかったわ」

 というヴィクの言葉がある。彼女のアイデンティティ意識はどうだったんだろう。

 母方の祖母がユダヤ人の学者の家庭の出身で「一族はユダヤとの混血だった」というからには、例の、「ユダヤ人とは母親がユダヤ人であること」という「公式」にあてはまると自分を多少はユダヤ人と見なしていたのか?

 しかし母のガブリエラは、カトリック右派である大叔母に引き取られて、「ふしだら」ということで追い出されたくらいだから、叔母のところでは教会に通っていたはずだ。だからこそ罪悪感も一生引きずっていたのだから。
 しかしジャイアック夫婦がガブリエラをユダヤ人と侮辱していたのは、単に差別や憎悪の現われなのか、娘のヴィクの洗礼を「省略」したための言いがかりなのか、ガブリエラが私はユダヤの混血ですから、とでも言ったのか? ヴィク派サウス・シカゴのカトリック系の白人地区で生まれ東欧系カトリック小教区で周りが熱心に教会に通うような環境で育った。母の「秘密」を知らず、アーティスト風のリベラルさと女性の自立を教えてくれた母に感謝し、自分がいわば無党派でただ社会の差別と不正に戦いを挑む人間であることに埃を持っている。だから、別に自分はユダヤ人とかは思っていないだろうし、「うちの母の方が千倍もクリスチャンにふさわしかったわ」という言葉は、周りのクリスチャンの偽善は弾劾しても、キリスト教的慈悲の価値観は刷り込まれていたのだろう。

 ヴィクとロティの関係がもっと出てくる作品を読まないと分からないなあ。
 ウォーショースキー・シリーズは日本でもとても人気でファンクラブがあるくらいだから、こういうこともくわしく調べてる人もいるのかもしれない。アメリカ人には、別に気にならないのだろうか。

 ちなみに私の周りにもユダヤ系フランス人がたくさんいるが、母親がユダヤ人だからとユダヤ意識のある人もいるし、カトリック(洗礼は受けているが別に教会に通わない)と結婚して普通に子供も洗礼だけ受けさせている女性もいれば、カトリックのイタリア系女性と結婚したユダヤ人男性が、息子たちにしっかり割礼を受けさせて、離婚した後で、母親が慌ててカトリックの洗礼を受けさせてという例もあるし、「公式」なんてあまりない。
 ヨーロッパではもう二千年近く混血が進んでいるし、少なくとも日本人の目から見たら、誰がユダヤ人なのか全然分らないことも多い。アメリカのような棲み分けもないし。

 サラ・パレツキーの世界に興味ない人にはどうでもいいことだろうが、一応メモ。

 
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by mariastella | 2009-11-09 20:18 | 雑感

V・I はなぜ洗礼を受けていないのか

 前回の、V・I が、クリスチャンではなかったことについて

 http://spinou.exblog.jp/12753225/

 もう少事情を知りたくて、つい『ダウンタウン・シスター』を読んでしまった。

 いろんなことが分った。シカゴのカトリックといえば、何となく、イタリア系、ポーランド系、アイルランド系、を想像していたが、ボヘミア系もしっかりコミュニティを形成しているみたいだ。そして、ポーランド系とは東欧つながりでまあ、連帯感がある。そういえば、ハンガリー・レストランというのも出てくるから、カトリック系東欧がしっかり存在感があったのだろう。

 市会議員の大物にアート・ジャーシャック、その秘書はメアシック、未婚で妊娠してボヘミア地区から逃げてきたのがルイーザ・ジャイアック、みんなしっかり、ボヘミア系の名だ。未成年で妊娠したルイーズは、聖ウェンツェルの修道女の施設に入れられようとした。聖ウェンツェルは10世紀のボヘミア大公でボヘミアの守護聖人聖ヴァーツラフのことだから、分りやすい。聖ウェンツェル系のカトリックがモラルの番人だったわけだ。
 ウェンツェルに行くのを拒否して家を出たルイーザが流れてきたのがポーランド地区。一応東欧系カトリック地区だ。そこで彼女を受け入れたのガ、V・I の母、ガブリエラだった。

 V・Iは、ジャイアックの実家に行って、「イタリア女の娘」とか「混血のあばずれ」とか罵倒される。ここで、ポーランド人であるヴィクの父がイタリア人と結婚しただけで、イタリア女とか、混血とかいう偏見をもたれていたことが分る。アイルランド人なら、アッパークラスで、聖パトリック祭がシカゴで一番盛大なくらいだから事情は違ったろうが、イタリア系は東欧系カトリックから見ると決して有利な立場ではなかったことが想像できる。

 ガブリエラは、「聖ウェンツェルから来た正義のご婦人たちが」ルイーザのうちの周りを練り歩くと、怒り狂って出てきて彼女らを追い払った。そのガブリエラは自分の隣人たちからは、非常識な女として批判されていた。特に娘であるヴィクの「洗礼を省略した」ことや聖ウェンツェルのシスターたちのクラスにやることを拒否したことである。つまり公教要理のクラスにやらなかったことだろう。ポーランドでは子供が7、8歳になった時の初聖体の儀式がとても華やかなイヴェントである。ヴィクはそれをしなかったらしい。

 それもこれも、多分、ガブリエラが、叔母の夫と不倫の関係にあったこととの罪悪感と、それに関して叔母に責められ続けてきたことへの反撥との両方があって、教会や宗教に関する忌避反応ができていたからなんだろう。ヴィクはその事情を知らなかったわけだが、東欧系地区で「母がイタリア人」という特殊な環境にあることと、母が音楽家=アーチストであるという意識からリベラルなのだろうと漠然と思っていたのかもしれない。
 
 ここではその他にメソジスト系の同窓生とか、ドイツ系の大金持ちとかが出てくる。
 ヴィク自身も母校に行って、時代の差を感じたようだが、1952年あたりの生まれだと思われるヴィクの育った頃のシカゴでは人種や性別や宗教の差が、大きな意味を持っていただろうし、それは今でも影で尾をひいて暗黙の了解がいろいろあるのだろうな。 日本やフランスのような国に住んでいるとなかなかぴんと来ない。

 全く関係ないが、この小説の中で、縛られて毛布にくるまれ沼地に投げ込まれて死にかけたヴィクを愛犬のペピーが、沼の腐臭に関わらず、見つけ出し、救い出す。その後もずっとヴィクを守ろうとする。

 そのシーンを読んでると、猫たちと暮らしてる自分がちょっとあわれだ。こいつらは、私が行方不明になっても、ぜーんぜん知らん顔であろうことは目に見えている002.gif
 やっぱ、信頼できるのは犬だなあ。でも頼りになりそうな大型犬は寿命が10年くらいだから、今から飼い始めても、私が老犬介護をするはめになるかもしれない。
 
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by mariastella | 2009-11-09 06:15 | 雑感

ベルリンの壁崩壊20年

 ベルリンの壁崩壊から20年、ドイツとは時差がないので、20年前にニュースを聞いていて突然この情報が流れた時の驚きは忘れられない。今映像を見ていてるだけで涙が出そうになる。私の世代では東西冷戦とかベルリンの壁とかはそのまま子供時代や青春時代の与件であり背景だったからなあ。

 今朝のラジオで当時、EU議長だったジャック・ドロールがインタビューに答えていた。
 ベルリンの壁崩壊の知らせをきいたドロールは、翌日にすぐ「あなたがたの場所はヨーロッパにあります」とか「私は怖れていない」というフレーズを含むコメントをドイツ語で発した。

 それに対して、フランスやイギリス内から、実はかなりの批判があったらしい。
 翌年4月には当時のEU 12 ヶ国が東西ドイツの統一を支援する決議を出したのだが、それまでにはいろいろあったそうだ。一般人レベルではお祭りの印象が強かったのだが。

 70年代の終わりに東京に少し住んだ時、ジェトロ(だったと思う)が出している毎年の国際統計のフランス語訳を頼まれたことがある。その時に、各種統計はほとんどが国別だった。フランスではもうすでに、その種の統計は国別のほかにヨーロッパ(当時はEC)の数字が並び、ECを合わせると、アメリカや日本に拮抗するものが多かった。それでそのことを提案して、その年から反映してもらったことがある。当時フランスでは、「フランスは政治の巨人、(西)ドイツは政治の小人で経済の巨人」という言い方がされていた。あからさまにいうと、ドイツは、20世紀の二つの戦争責任を一身に負わされて、各種賠償金の支払いのために、他の国の何倍も働かされて稼がされていたのだ。それでも敗戦国、というより戦犯国だから、政治的にはほとんど口をはさむことが許されていなかったのだから、「政治の小人」は、それ以外にあり得なかったわけだ。ECの数字は、フランスの「虎の衣」だったわけだ。(今はEU はどこでも立派に統計単位として認められているが)

 で、ドロールが「私は怖れていない」と発言して批判された(20年後の今も、フランスとイギリスから、と言うだけで、誰からだと名を挙げるのは避けた)というのは、「東西ドイツに統一されると、名実ともに巨人が復活して怖い」という、戦勝国側の警戒があったからなのだ。逆に言うと、ドイツが2分されていたことは、戦後の復興に必死だった西ヨーロッパ諸国には都合のいいことだったとも言える。EUの始まりは、ドイツとフランスの石炭鉄鋼産業協力だったわけだが、フランスの態度は、政治的には、「口を出すな、金だけ出せ」というものだったと言える。

 それでも、20年前は、東ドイツが西のレベルに追いつくには20年かかるとか、東のせいで西ドイツの力は相対的に弱まる(つまりフランスの力は温存される)、とか言われていたのだが、統一ドイツはまたたくまに復興した。ヨーロッパの中心にあり、面積も広く、人口も多く、ロシアとの仲介にも慣れており、もとより経済的には「巨人」、こうなると、20年後の今、この60年間、ドイツの政治家や思想家が決して口にしなかったタブーの言葉である「力」という言葉が口の端に上るようになってきた。それとともに、これもはっきりとは言わないが、イギリスやフランスの側からは、20世紀に培った「アンチ・ドイツ」のニュアンスがここかしこに見られるようになっているとドロールは述べる。

 第二次大戦でドイツの同盟国だった日本なのに、戦後生まれの私の「敗戦国イメージ」は大分異なる。もちろん、日本も、例えば「航空機産業」が未だに禁止されてるとか、国連での安保常任理事国の扱いとか、「戦後」のまま、という状況もあるし、基地のある町ではもちろん、いろいろな問題を引きずっているわけだが、島国のせい(おかげ?)で、もともと「壁」の建設を必要とするような国境問題がないし、ヨーロッパのような大陸的環境での葛藤とは大分違う。お隣の朝鮮半島は2分されたままで悲劇は終わっていないが、東西ドイツのように、その2国が統一されたら脅威になるかもしれないぞ、というタイプの警戒は、歴史的にも地政的にも成立しない。

 大井玄さんはしきりに、日本は島国という閉鎖系環境なので協調精神が発達し、西洋は開放系で自己中心的のようなことを唱える。確かに、「閉鎖系」の内部ではそうかもしれないが、外に目を向けない限りでの平和の幻想が成立しても、いざ外に目を向けると、「閉鎖系」内で培ったはずの協調のスキルを全く発揮せずに、自己中心的な狭い見方をすることが多いのは、「閉鎖系」の中にいればなかなか気づかない。
 むしろ、ヨーロッパ大陸の方が、その内部で似たような国が切磋琢磨というか相互監視というか、あれこれ平和共存を模索している分、大きい意味での「閉鎖系の協調」のスキルが養われるのではないだろうか。

 今でも、世界中に悲劇の壁はいたるところにあるわけで、アメリカとメキシコの国境とか、パレスチナのイスラエルの壁とか、サハラにも壁がある。
 ただ、今は情報の超国境性が飛躍的に進んでいるから、そこに「悲劇の壁」の撤廃と共存への希望が持てるかもしれない。旧東ドイツでは、壁の崩れる直前の時期まで、公営TV ではしっかり偽のプロパガンダ・ニュースを流していた。西ドイツではストが起こり、失業者が蔓延しているといったやつである。
 しかし、もうすでに東ドイツの人はそれが「嘘」だって知っていた。
 私は知らなかったのだが、冷戦中も、東ドイツの定年退職者は、西側の家族に会いに行くことが許可されていたそうだ。それで、東側の「普通の人」たちも、おじいちゃんおばあちゃんからが仕入れてくる情報やモノと日常的に接していた。国境付近でのTVや ラジオの電波をキャッチする試みはもちろんで、ある町では15メートルのアンテナを立てた人がいて、みんな知っていたが誰も何も言わなかったそうだ。

 しかし、情報のグローバル化は、逆に、反ユダヤ主義や反ゲルマン主義のような「タブーの復活」もまた可能にするわけで、不穏な空気の盛り上がりというのも確かに感じられる。 ヨーロッパはその後27ヶ国に膨れ上がっていて、イギリスは通貨を中心にますます距離を置くようになっているし、フランスが「政治の巨人」面をするのももはや不可能だし、ただの経済上の利益共同体になりつつある。

 戦後のフランスでは、第一外国語としてドイツ語が流行った。ドイツに占領されていた時代にドイツ語ができることが有利だったという世代が子供たちに勧めたこともある。フランス語と同じ系統のイタリア語やスペイン語は習得が楽だし英語は語形変化が少ないのでこれもとっつきやすい。というわけで、中学でドイツ語クラスに入るのは、「成績のいい子」の振り分けでもあり、公立学校内での体のいい棲み分けでもあった。

 それが、圧倒的に英語が優勢になったのは、1980年代も終わり頃だろう。
 それからはすっかり、英語、あるいは米語、アメリカのMBAなんかが幅を利かせ始めたのは日本と同じである。

 ただし、去年あたりから、中学で、女子生徒に久しぶりにドイツ語ブームがやってきた。ドイツ語を第一外国語に選ぶ子供が増えたのだ。ドイツの人気ロックグループ Tokio Hotel が、フランスの女子中学生に爆発的人気で、みんながドイツ語で歌うようになったという。とにかく異常な人気なのだ。

 Tokio はもちろん東京に由来する。ファンたちにはドイツへの怖れとか警戒とか当然ない。
 
 でも、トーキョー・オテル(フランス語ではH は聞えない)と聞くたびに、うーん、なんだか複雑な気分だ。
 
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by mariastella | 2009-11-08 22:33 | 雑感

友川かずき

 知人の息子が日本人のミュージシャンのドキュメント映画を作成中だと報告してきた。
 その歌手を知ってるか?と聞かれた。

 私は、フランスの歌手のことすら知らないのに日本の歌手のことなんて無理無理、と答えた。

 一応ネットで検索すると、なんと、私と同世代の歌手だった。でも、知らない。
東北出身で、コンプレックスがたくさんあり、岡林信康に影響を受け・・・という話で、姿を何となくイメージした。自分と同世代といわれて、うらぶれたおじさんを自然に想像するのもちょっと悲しい。

 ところが、写真を見て、ちょっと驚いた。 こういうの。
 
 http://www.interq.or.jp/www-user/kurenai/info/info.html

 なんだかとてもかっこよすぎる人だ。

 知人の息子はどんな風にこの人とめぐり合ったんだろう。

 前にこの知人の息子の映画を見に行ったとき(2008・6・6)書いた感想をコピーしよう。

 「A Skin a night-The National と 6days-REM 
 パリのサン・マルタン運河の水辺にある現代アートの巣窟みたいなところLe Point Ephemereでやってる「音楽を撮る」というフェスティヴァルに行ってきた。
 知人の息子 Vincent Moonが2作品を上映するというので。

 入口の反対側は、普通の下町の通りだが、入口は、運河に面した別世界になってる。
 美術学校に紛れ込んだみたいな感じで平均年齢はすごく若そう。そんなとこでもベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い女も混じってるのがパリらしいと言えば言える。

 Vincent出品の2本の映画は、どちらもロックグループのコンサートやスタジオ録音の舞台裏を追ったドキュメントだ。

 私はロック・グループのことは全然知らない。

 最初のは、The National という若いグループで、メンバーには兄弟が二組いる。だから親密感がある。
 
 私は、ヘッドフォンをつけて、聴衆の嬌声の中でがんがん音を出すグループって、シャーマン状態とか、エクスタシー状態で演奏しているのかなあと何となく思っていた。

 そしたら、演奏の前に、ヴォーカルの男が、

 「Really scarely」

 と言っていた。

 その顔は、まだ少年のようでもあり、繊細で脆弱だった。

 このひと言のつぶやきで、なんとなく、演奏家って皆同じなんだなあ、と親近感を抱いた。
 
 その上、彼らは演奏家であるだけではなく、作詞、作曲をやるクリエーターでもある。
 インスピレーションと閉塞と、不安と爆発の間を往き来する姿は、アーティストとしての真摯さと孤独がにじみ出てる。

 次の映画は、REMという、これは有名なグループみたいで、言葉は少ない。でも映像的にも音楽的にもこっちの映画のほうが完成度が高い。

 しかし、このグループのメンバーの姿を見てちょっと驚いた。
 The National とは世代が違うのである。

 80年代にすでに活躍したというから、メンバーは皆50がらみだ。

 ロック歌手って、50になっても60になっても、若いときのままの削がれたような体型を維持してる人というイメージがあって、それが、「年とること」を否定、または、時間性のないところで燃え続けるアーティスト、ってブランドイメージかと漠然と思ってた。

 でもREMの人たちは、The Nationalの映画を見た後のせいか、あるいは、上演場所にいる若者たちのせいか、一目見て、「おっ、同世代」って、感じの年配だった。

 もちろん、メタボ体型とかではないんだけど、彼らは、明らかに、厚みがある。文字通りの意味で「充実」してる。つまってる。

 ここで、彼らは、「おじさんたち」とか、「昔の青年」とかには見えない。

 そして、そんな彼らのヴィジュアルは、凝縮力があって、大人感、本物感がある。

 不思議だ。

 よく、40過ぎの顔は人生の履歴書だとか、生き方が顔に現れるともいうが、REMのミュージシャンとしての、また、人間としての、背負ってきたものが詰まってる感じがする。

 The National のメンバーは若くて感受性が強そうで緊張感もあって美しいし、そこでいっしょに映画を見てた若者たちもみな、スタイリッシュできれいだ。

 でも、彼らとは明らかに異質なもの、年月を背負ったREMの発する力と存在感は、それだけで、映画を支えている。彼らにはもう、孤独が怖くない。慄えていない。
 孤独を血肉にしてしまっている男たちの充実。

 音楽もなかなかいい。
 アートの普遍性というより、人間の普遍性を再確認して、楽しかった。 」

 私は、The Natinal も REMも、友川かずきも知らない。友川かずきは、世代的にはREMと近いな。でも、国が違う。見た目の雰囲気も違う。画家で競輪評論家(!)でもあるそうだし、人間的にはさらに深みがあっておもしろいんだろう。Vincentはフランス人を扱わないで、アングロサクソンから日本に目を向ける。どんな作品になるのか興味津々だ。
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by mariastella | 2009-10-28 22:37 | 雑感

V・I はクリスチャンではなかった!!

 サラ・パレツキーの『センチメンタル・シカゴ』(ハヤカワ文庫)を読んで、びっくりした。

 前から、パレツキーの描くシカゴの宗教事情はすごく説得力があるなあと思っていた。

 ヴィクのポーランド人の父親が警察でアイルランド人の派閥に阻まれて出世できなかったが、明らかにカトリックつながりでアイルランド人の親友がいたこと、イタリア移民の母親と結婚したこと、ポーランド人とイタリア人のカップルというだけで、これも当然カトリックつながり、だと思っていた。
 ミュージカル『ウエストサイド・ストーリー』がはじめユダヤ人とキリスト教徒の恋に設定しようとして、それはあり得ないからカトリック同士にした、というエピソードがある。ジェット団もシャーク団も、カトリックだからこそ、仮想結婚が一応可能なのである。アイルランド移民子弟とポーランド移民子弟がカトリックのプアホワイト同士でつるんでいるのも分る。
 ヴィクが最初に結婚して別れた男はWASP、つまり、アングロサクソンのプロテスタントだった。互いの家庭から反対されたのもまあ分る。

 シカゴは、少なくとも30年前とかなら、マフィアのイメージが強く、マフィア=イタリア=カトリックというので、カトリック教会の影響が強いというのも分る。
 この小説に出てくるコルプス・クリスティというカトリック秘密組織がポーランド人教皇に忠誠を誓って暗躍するという構図も、ダン・ブラウンによって描かれたオプス・デイの陰謀のお粗末さよりもずっとリアリティがある。

 で、ポーランド人とイタリア人の両親を持つヴィクは当然カトリックだと思っていた。いや、彼女のフェミニズムとの係わり合いなどを見ても、筋金入りのインテリ左翼であり、メンタリティ的にはむしろピューリタン的自助努力派であるのは分っていた。しかし、少なくとも、カト的文化教養があって、洗礼は受けたが教会を離れたというか、まともに信じたことがないのだと思っていたが・・・・

 カトの右派がシカゴ大学を「ユダヤ人や共産党員の学校」と呼んでいた、とあることからも、ユダヤ人医師ロティとの友情も、そのような「インテリ左翼」心性+ロティの出身地オーストリア(カトリック)文化の親近感が混ざっているのかと漠然と感じていた。

 しかしヴィクは、この作品で何度も、「私はクリスチャンじゃない」「カトリックではない」と言い、洗礼を受けていない、と言明している。いや、カトリック右派のおばから「洗礼すら受けていないくせに」と言われている。
 母はフィレンツェの出で、母のおば(母の父親の妹)に当たる人ががちがちのカトリックなのだから、家族は当然カトリックだと思うのだが・・・
 母方の祖母がユダヤ人の学者の家庭の出身で「一族はユダヤとの混血だった」とヴィクは言っている。その辺もロティへの親愛感の原因の一つなんだろうか。しかし、ポーランド人移民の父親との組み合わせは、どう考えてもカトリックだと思っていたのだが。

 この組み合わせで一人娘に洗礼を受けさせなかったというのは不思議だ・・
 想像できるのは、ネタバレになるが、ヴィクの母親がひどい罪悪感に悩んでいたことで、彼女が「信心深い」としたらなおさらそれは重大だったろうし、それがヴィクの無洗礼と関係があるのかもしれない。

 パレツキー自身はどうなんだろうと思って、英語版のサイトを見てみたが、はっきりしなかった。
 ミステリーマガジンに連載されていた自伝も学生時代からデビューにかけての部分しか読んでないので、確かめようがない。サラって名前はユダヤっぽいし、パレツキーはポーランドっぽいし、見た目はスラブとラテンの混血と言われると通る感じだ。まあ、彼女のアイデンティティにとって最も重要なのは、宗教的頑迷や不寛容やマイノリティ差別と戦う部分にあるのだから、ことさら、親の宗教とか洗礼の有無とかで自分を形容したくないのだろうけれど。

 シリーズの他の本をもっと読まなくちゃ。
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by mariastella | 2009-10-27 00:55 | 雑感

無神論の系譜とジャンヌ・ダルク

 今回の日本では、「書店に行って本を眺める」というような暇がなかった。手元にある必要な情報をとりこむのも遅れているので、新しい本を読んでる暇がないので、誘惑されないですんだが。私は決して読むのが遅い方ではないので、他の人たちがいったいどうやってますます増える情報をインプットしているのか謎である。

 それでも、せっかく日本にいるのだからと移動中に読みやすい文庫本や新書を少し買ってよんだ。

 野中広務さんと辛淑玉さんの対談本『差別と日本人』角川新書

 この二人の立場の違いや世代の世代がきっちりと現れているので興味深かった。外交と人間性についての考察も大切だと思った。また、どんなに意識が高くても、差別の実態や情報を知らされていない政治家はそれに対処できない。それには被差別者自身も差別を意識してその撤廃を「運動」に結びつけなくてはならない。このへんは難しいところである。ロビーイングとか、特定の共同体への非干渉とか、ユニヴァーサリズムとか、文化相対主義とか、いろいろな要素がからむ。フランスでの差別問題の多くは肌の色など「見た目」が違う場合が多いから、ここで取り上げられている日本の被差別部落とか「在日」の被差別者は、より構造的、歴史的な「排除される他者」なのだが、だからこそ、差別する側の「暗黙の快楽(辛さんの表現)」度が大きくなるのだろうか。

 新潮新書で本郷和人さんの『天皇はなぜ生き残ったか』。これはまだよんでいる途中。
 後は、科学モノ。佐藤勝彦さんの『宇宙は我々の宇宙だけではなかった』PHP文庫とか。

 日本モノと科学モノの二つのカテゴリーは、フランス語で手に入らなかったり、フランス語では読みにくかったりするので、できるだけ日本語で読むようにしている。

 これらは駅の売店でとりあえず買ったものだが、唯一、自覚を持って購入した本が、

 大井玄さんの『環境世界と自己の系譜』(みすず書房) 。 期待通り、すごく面白そうだ。

 来春からジャンヌ・ダルクについて某雑誌に連載し、後で本にまとめる予定なのだが、今は相変わらず『無神論の系譜』をやってるので、「ジャンヌ・ダルクと無神論」をくくって考えてみたら、これはもう、フランスの近代のライシテ論争そのものだと分ってくる。

 ジャンヌ・ダルクは、左派からも右派からも、国のシンボルとして愛されたが、彼女の活動の発端にあるのは、信仰であり、「神の声」である。キリスト教的無神論の世界では、神は存在しないのだから、それはジャンヌ・ダルクと、フランスの王権神授を否定することになる。それは、必然的に、「神を否定しながらフランスを肯定できるのか」ということになるのだ。日本では、「神の国」を否定したり、「天皇」の神性を否定したり、無宗教こそ日本の宗教などといったりしても、なんだか、うやむやになって、深刻なアイデンティティの危機はそこから生まれないようになっているが、フランスでは重大問題である。西洋近代における無神論の展開におけるフランスの近代国家としてのアイデンティティの危機が、ジャンヌ・ダルクをめぐる言説に全部現れているのだ。

 で、ジャンヌ・ダルクの聞いた「お告げ=声」について調べているうちに、

 La Voix dans la culture et la littérature françaises (1713-1875)
 http://www.msh-clermont.fr/article1076.html

 という本を見つけた。

 この中には、音楽と「声」についての論考もあって、

 JAMAIN Claude – Images de la voix dans la première moitié du XVIIIe siècle.
LOUBINOUX Gérard – La voix entre âme et viscères dans les textes de la
Querelle des Bouffons.
FABIANO Andrea – Le chant italien en France à l'époque des Lumières : mythe et
réalité.
BERTHIER Patrick – Musset et la Malibran.
PEYLET Gérard – La voix et la musique dans En route : surface et intériorité de
la sensation.

 という内容もある。これはフランス・バロックにおける「歌」の身体性にも関係していそうで、楽しみだ。
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by mariastella | 2009-09-30 22:51 | 雑感

Jean-Jacques Rousseau

 Jean-Jacques Rousseau についてはどういうわけか情緒的でアンビヴァレントな反応をしてしまう。

 無神論について読み返すために『エミール』の田舎司祭のとこだけでやめておけばよかったのに、なぜか『告白』を読んでしまった。

 彼が一生ジュネーヴ人として、パリの文化人の弱点をカテゴリー外の目線で捉えていたことなど、30年以上フランスに住む私が共感を持ってもいいはずなのに。

 音楽家としての凡庸さ、勘違いぶりは憐れをそそるが、これも凡庸な音楽家である私(勘違いはしていないが)が親近感を覚えてもよさそうなのだが。

 私が大のラモー好き、ヴォルテール好きだから仕方がないとしても、彼らの目から見てルソーが「いじめられキャラ」だったことがすごくよく分かる。

 『告白』の赤裸々な正直ぶりにも嫌悪感がある。

 教育に自信がないといって5人の赤ん坊を次々と「赤ちゃんポスト」に投げ込んだのも嫌。
 排尿障害を苦にして王の謁見を辞退したのも実感がこもりすぎていて嫌。
 生まれつきの尿管閉塞かなんか(『ルソーの病気』という本も出てるし、最近の医学雑誌で診断もされている)で、生活の質がすごく下がるハンディキャップなのも分るし、同情をそそられるのだがそれ自体も嫌。
 ヴァランス夫人を「ママン」と呼ぶ度、気持ち悪い。
 闘病生活や晩年の鬱病や被害妄想もみんな嫌。

 そういうのを嫌う自分にも自己嫌悪。

 私が大学の卒論をフランス語で書く前に、どなたか失念したが、フランス語の先生が、アナトール・フランスの短編をひとつとルソーの『孤独なる散歩者の夢想』のどこか1章を丸暗記しなさい、と勧められた。ドイツ語からの転向でフランス語が下手だった私は、おお、なるほど、と思って、アナトール・フランスの短編とルソーの1章をタイピングして暗誦した。フランスのものは明快で分りやすく、ルソーのものはセンテンスも長く、でも何だかロマンチックで詩的でかっこよく感じた。今にして思うと、あの二人の組み合わせって・・・・・

 「自然状態」を秩序ある「理想」と見なすこと自体もそもそも「文化」的解釈に過ぎないのに、しかもストア派回帰の一種なのに、自分ではコペルニクス的転回みたいな熱に浮かされていることも、田舎っぽい自然神信仰も、『新エロイーズ』のお粗末さも、みな、軽侮したくなる。

 なぜだろう。

 日本で、バロックオペラの研究者が、一度私に電話を下さったことがあった。喜んで出たら、もともとルソーがご専門だったということで、なぜか、私の脳裏には「むすんでひらいて」のメロディが流れ、がっかりしてしまったことがある。

 まあ、日本の「近代化」にまで大きな影響を与えたルソーのようなビッグネーム、私がこんな失礼なことを言っても、まともに怒る人もないと思うから書いてしまったのですっきりしたが。

 ルソーはラモーやヴォルテールの攻撃を嫉妬だと言ってる。嫉妬なのか?
 ラモーにもヴォルテールにもルソーを嫉妬する理由はなかったと思う。ただ、仲間外れにしたい、切って捨てたいという感じは見える。ルソーは独学でラモーのハーモニー論を勉強したが、本当は最後まで理解できなかったので、通俗的な旋律作曲家になったのだと思う。ラモーはそれを当然理解していただろう。

 まあ、世の「天才」たちが皆『告白』を書き始めたら、凡庸な人間が業績を評価しようとしたら目がルサンチマンに曇らされて、「好き嫌い」の鏡に自分自身を映し出してしまうんだろう。だとしたら、ルソーが自分で言っている『告白』の目的は達せられたわけだ。ルソー、恐るべし。

 
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by mariastella | 2009-08-14 20:55 | 雑感

ナウル共和国の哀しみ « L’îl’e dévastée »(La Découverte) de Luc Folliet

金さえあれば一国の繁栄と幸福は実現できるのか、というテーマについて、以前『不思議の国サウジアラビア』(文春新書)に書いたことがある。その時はまだ、9・11テロの前で、イスラム原理主義についての警告的なことは書けないという事情があったこともあるが、あるローカルな地域に、突然資本主義先進国の必要とする資源が発見され、そのことで国が豊かになり、後進国の搾取にもまわり、国民は、働くことを忘れてしまうという構図の不思議である。
労働とは、人間の自然に組み込まれた活動なのか、あるいは、その必要がなくなれば、人は、無為に突入してまうのだろうか。

サウジアラビアに行った時は、ナウル共和国のことを知らなかった。
サウジアラビアにとっての石油がナウルの燐鉱石である。
ナウルは21キロ平方のインド洋の島だが、ヴァチカン市国やモナコに次いで小さな独立国だ。

1968年に独立した後で、農薬などに必要な燐鉱石の輸出国となって、70年代には国民一人当たりの年間生産では2万ドルと世界一リッチな国になったそうだ。13000人の島民が医療を受ける時などに滞在できるように国は、オーストラリアなどに土地や建物を買い漁った。もちろん税金もなし、電気代も無料、ナウル国民の家の掃除は国が雇った中国人家政婦がする。食料輸入率は120%、調理済みの食事が家々にデリバリーされた。国の建てたビルが林立し、オペラ座ができ、TV局もできた。

島の慣習や伝統行事や伝統産業はなくなり、言葉も英語が席巻し、死亡原因の第一は糖尿病合併症となった。

しかし、20世紀末には、その燐鉱石がほぼ枯渇する。生き残りのために、オーストラリアのアフガニスタン難民を受け入れたり、税金天国にして世界の400の銀行をヴァーチャルに受け入れたりするが、国は破産状態、荒廃を極めているという。最大の問題は、誰も働いたことがないということである。燐鉱石以外の産業もない。

国はあわてて、若い女性をフィジー島に研修にやって料理や家事を習わせたり、伝統織物のノウハウを再教育したり、男性には船の作り方や、漁の仕方、耕作の仕方を教えているそうだ。

Vinci Clodumar という、国営ナウル航空、ナウル燐鉱石コーポレーションの元トップで、法務、厚生、教育、財務、労働大臣を歴任して今国連大使である人による対策は、先進国の最新のテクノロジーを用いて、より深いところにある燐鉱石の採掘を可能にすることらしく、それによると後30年分は、「過去の栄光」を再現できる埋蔵量があるらしい。

そんなのでいいのか、ナウルの人。

一度、男女の分業が消滅したこと、全員が有閑階級になったこと、人は簡単に伝統を手離すこと、長期的な展望を忘れること、そしてそれらを可能にしていた「資源」がなくなると、目指されるのは「貧しくても幸せだった」遠い過去への復帰か、「あのリッチだった」近い過去の夢をもう一度かのどちらかになるのか。

人は、得たものや失ったものを通して何かを学ばないのか。
単純労働から解放されて余暇を手に入れた時に、ここぞとばかり哲学したり精神世界を深めたり芸術的な飛躍があったりとかしないのか。

サウジアラビアがまだ何とかなっているのは国の大きさ、イスラム教の求心力、石油の力、その他の地政学的な要素のおかげなんだろうか。

ちなみにナウルは、過去にオーストラリアやニュージーランドやイギリスなどの支配を受けているので、「キリスト教国」(3分の2がプロテスタントで残りがカトリックだそうだ)である。第二次大戦中は4年ほど日本に占領されていたこともある。

ナウルには軍隊もない。

小国というのは、いろんな生存戦略があるけれど、ナウルを見ていると、なにか悲しくなる。近頃、こんな風に暗い気分にさせられたのは、ハイチと中央アフリカだ。意味はそれぞれ違うのだが。

このようなカルチャーショックの後では、日本とフランスなんか、親戚みたいなものである。
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by mariastella | 2009-07-06 00:57 | 雑感

左右非対称のこと

 数日前、フランソワ・ド・サルの生前肖像画において目が左右大きさが違っていることについて書いた。

 http://spinou.exblog.jp/11831115/

 普通、人は、シンメトリーがきれいな左右対称の顔を「美しい」と感じるものだと思っていたので、美丈夫という噂の高いサレジオの目の非対称ぶりが不思議だったのだ。でも、考えてみると、イエスに最も似ているとも言われたサレジオなのだが、キリストのイコンの中でも、左右の目というか、その表情が違っているものがある。それとも、基本がそうなのだろうか。片方は優しく、慈悲=愛を、片方は厳しく、真理=正義を表現し、この世にはびこる慈悲なき正義や真理なき愛がどちらも不十分であることを示している。

 その左右の違いは決まっているのだろうか。

 フランソワ・ド・サルの肖像画における非対称はむしろ、斜視のせいか、義眼のせいのようにも見えるのだが、キリストのイコンの表現とひょっとして関係があるのだろうか。
 
 そういえば、サレジオ会の金子神父が2003年に出された『風いつも吹く日々』(ドン・ボスコ社)の表紙絵や挿画をされた池田宗弘さんも、イエスの左右の表情を変えていた。神であり人であるとか、死んだが復活したとか、逆説に満ちたイエスには左右対称ののっぺりした顔は似合わないのかもしれない。

 そういえば、能面にも、左右の表情が違うものがある。橋懸かりから出てくるときに見せる右の横顔は。まだこの世への恨みや執念で苦しんでおり、成仏して去っていく時には穏やかな左の顔を見せるしかけである。

 『左右の民俗学』という本を読んだことがあるが、左右非対称と文化の関係はさまざまである。

 次に何か見つけたときに繋げるために一応ここに覚書しておく。
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by mariastella | 2009-06-29 20:16 | 雑感

介護施設でコンサートをする

 昨日(火曜)は、日曜に続きコンサート。

 前から約束していた愛徳姉妹会の老人ホームのチャペル。

 オーガナイザーは、イランのファラ王妃の恩師として有名なシスター・クレールだ。彼女自身が91歳なので、私は、引退した年配のシスターたちのホームかと想像していた(愛徳姉妹会はフランスのソシアルの出発点ともなった由緒ある活動修道会である)。だから、私たちのトリオが、日本でも愛徳姉妹会の養護施設で弾いたりチャリティコンサートをした事などを、最初に話そうと思っていた。

 ところが・・・見かけたシスターは、シスター・クレールを入れてたった2人。

 後は、120人のお年寄りがいて、寝たきりの人や認知症の人も多い。
 つまり、シスターの経営する一般人向け施設だったのだ。

 ぎりぎりに着いたら、会場のチャペルには車椅子の人が何人かいたので、祈りに来ているのかと思った。

 ところがその後も続々、車椅子の人が、ピンクの制服を着たドイツ人介護士に押されて入ってくる。
 結局、舞台になる祭壇の前には、ずらっと車椅子が並び、無表情の人や頭が傾いたままの人もいて、ここはルルドですか、という雰囲気になった。後ろのベンチ席には、老夫婦なんかも座っているが。

 私がマイクで自己紹介を始めると、耳がよく聞えない人がいるからもっとマイクの近くで話すように言われる。
 えっ、耳、聞えないのか・・・? 
 演奏の時にはマイクの電源を切るのに。

 シスター・クレールが、45分で切り上げてくれ、その後寝に行く人がいるから、と言ってきた。

 曲目を少し削る。

 古いチャペルはいつもそうだが音響が良く、気分よく弾けた。

 そして、弾いていくにつれて、無表情だった人たちの顔が開いてくるような気がした。
 はっきりと微笑みが出たり、目が輝いてくる人もいた。何よりも、「開いてくる」というのがぴったりだ。
 さっきまでそこにいてもいなかった人が、だんだんと姿を現して来る感じだ。

 最後の方のダンス曲で、かすかにあえいでいるような息遣いがしたので驚いたが、それは、動けないお年寄りが、明らかに、リズムをとろうとして反応しているのだった。

 終わったら、お庭のバラをブーケにしてプレゼントしてくれた。どのバラも、可憐なつぼみはなくて、これ以上はないだろうというくらいに咲ききっていた。

 まっさきに私たちに話しにきたのは、車椅子だが活き活きとした女性で、昔は子供たちのコーラスを率いてヨーロッパ中をまわったという女性だった。もう一人は、クラシックは好きだがこれまでバロックは好きではなかった、今日はじめてバロックの新しい体験をした、と言ってくれた。

 シスター・クレールは、ルイ15世の宮廷にいるようだった、ピュアそのものだった、踊りたかった、と言ってくれた。彼女は、「実はすごく心配していたのだ」と言った。

 疲れると叫ぶ人がいるし、咳き込む人もいる。大体、チャペルまで来るかどうかも分からない人もたくさんいる、しかも、バロック音楽なんて、みんなじっと耐えられるだろうか。と心配でたまらなかったというのだ。

 そんな心配な状況だったなんて、知らなかった。

 シスター・クレールは、次回はスライドショーと組み合わせよう、とすっかり元気である。

 今回聴いた人たちが亡くなって次の人たちと入れ替わったらまたやれるし、って言う。入居待ちのリストは長いんだそうだ。

 シスター・クレールにはいつも驚かされる。

 年をとるのは、自分でそうと決めて、しかも暇のある人のすること、というのが彼女の信条である。
 彼女のように物質的な生活の心配がない人間は一生働き続ける特権があるのだそうだ。
 
 彼女は昨年転倒して大腿骨を折っている。90歳で骨折すると、さすがのシスター・クレールも、復活できないんじゃないかと懸念していたのに、手術し、リハビリに努めて、2ヵ月後には杖をついてパリに出てきた。昨日なんか、ほぼ飛び跳ねていた。
 ファラ王妃の伝記の中には、シスター・クレールはパリの商家の生まれで、その頃には珍しく、15歳まで洗礼も受けず、冒険ばかり夢見ていたとある。趣味は数学。遠くへ行きたい、数学を教えたい、という二つの夢を同時にかなえるために、宣教地の教師になったのだ。イランのミッション女子中学校ではじめてバスケットボール部を作り、未来のファラ王妃がその初代キャプテンだった。

 カンヌでグランプリを取ったアニメ映画『ペルセポリス』に、ジャンヌダルク校のシスターは厳しく、屋根裏に閉じ込められたという話が出てきたのを、屋根裏なんかはなかった、と閉口していたが、シスター・クレールは当時も今も、筋金入りの自由人であり、フェミニストである。

 シスター・クレールのファンである篤志家夫婦が持ってきたジュースやお菓子を摂りながら、明るいサロンで、イランのムサビ支持者たちのデモのニュースを眺める。彼女の状況分析は鋭い。

 いろんな時代や場所や文化や心身状態が交差した不思議なコンサートだった。
 
 
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by mariastella | 2009-06-17 22:55 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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