L'art de croire             竹下節子ブログ

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日本の世代論について

 後藤和智さんの『おまえが若者を語るな!』(角川oneテーマ21)というのを読んで驚いた。

 私は雑誌の記事を除いて、日本の内輪の文明論や社会論をほとんど読まないので、若者論や世代論の語られ方を知らなかったからだ。

 大筋では、この著者の言ってることがもっともだなあと思う。

 私は著者が批判してる論者たちよりも上の年代だけど、日本でバッシングされまくってきたらしい著者のような「若者」世代は身近に多くいるので、むしろ親近感を持っている。

 ヴァーチャルな世界では、これまでならどこでどんな生活をして何を考えてるのか想像もつかなかった人々のブログなどを読んでいるおかげで、これも、昔日本に住んでた時よりもいろんな人を身近に感じるくらいだ。

 それで、いつの時代もいろんな人がいて、でもパターンはある程度似かよっているなあ、と日頃感心しているくらいで、決して、若い人が理解できないとか、心性が変わったとか、思ったことがないのだ。ただ、昔なら直接知らなければ知らないままだったような事件とか出来事に今は具体的にアクセスできる分、「こんな変なやつがいる」とか「こんな変なことがある」とか、いわゆる「ネタ」にされやすいだけで、一般化して警報を鳴らしたり宿命論に持っていくなんて、著者の言うようにミスリードじゃないだろうか。

 それに、たとえば、ポストモダンのオタクたちが、特定の情報への関心に支えられているけれど、そこから離れる自由もまた留保している、というような(これは東洪紀さん)説明は、なんだか、ポストモダンというよりも、モダンの生んだ人間の普通の姿のような気がする。

 平成に育った若者がネットや携帯などで表現形式が先行世代と変わったから、心性が変わったというが、ツールが変わったのは私たちも同じだ。上の世代には使いこなすのが大変とかいう部分はもちろんあるけれど、大筋は、むしろ変化の恩恵を受けている。
 夜行列車で東海道を行ってたのが新幹線になったり、フランスもいつの間にか直行便ができたりとか、交通手段だって、ものすごく変わったけど、別に私が運転するだけじゃなくて座ってるだけだから困らない。ワープロができたり、パソコンが使えたり、メモリーが増えたり、便利になることの方が多い。そんなことで人格が変わると思えない。

 変わる人もいるかもしれないが、ちょっとした変化に影響される人だって昔からいた。人が多様だったのは昔から変わっていないと思う。

 地域社会やクラブ活動を離れてサブカルやヴァーチャルリアリティに浸っていると、「自分をデータベース化して管理する、解離的、多重人格的な人格」になると言っても、それも、結構普通に思える。だれだって、文脈によって対象との間にその都度異なる自己を形成するのが普通で、それが即「幼児的万能感を保ったまま歳をとる」というのは、また、別の話ではないだろうか。

 少なくとも、私自身は、昭和30年代が子供時代だったから、リアルの世界もたくさんあったが、それが、マンガや本で体験する世界よりも決定的だったとは別に思わない。

 昔も今も、自分は解離的で多重人格的だと思っていたが、それが社会の枠組みの崩壊と関係があると思ったことはない。

 ゲームやヴァーチャル世界に幼い頃からどっぷりつかっている若い人もけっこう知っているが、理解可能で、コミュニケーションもとれる。依存症になったりコミュニケーションがとれない少数の人もいるけれど、それは、昔の世代でリアルに暮らしていても、そういう人はいたし、でも目立たなかっただけだろう。

 もちろん、ネオリベラリズムの弊害で、個人が分断されたり、教育や福祉による機会や余剰の分配のシステムが崩れたために格差が生まれたり、落ちこぼれたりする人が出てくるなどの「今時の問題」は、大いに存在するわけだが、それは何も若者に限ったことではない。
 もっとも、既得権のある人は逃げ切ることができやすいので、弱い人が犠牲になりがちだから、若者が不利益を受けることはある。若い人が絶望するような世の中は誰のためにも絶対によくないので、政治や社会の構造的なところにまで踏み入って対策を立てなくてはならない。

 それを、日本はサブカルとヴァーチャルリアリティの「先進国」だから若者が変質したのだ、みたいな論議にすりかえるのはどうみてもおかしいと思う。
 その点ではこの本の趣旨に共感だ。

 だけど・・・

 この本で言われてる「ポストモダン」というのが、89年の冷戦崩壊を差してるみたいなのは不思議だ。著者は、まあ、それは誤解であるというのだが、

 元々フランスなどで「ポストモダン」が提唱されたのは、1970年-80年代の初頭である。さらにその元ネタは(・・・)「ポストモダン建築」であった。(p181)

 なんて言い切っている。

 で、今の状況を打開するためには、「科学」や「人権」や「経済」や「法」などの「普遍的基準」を基にして、経済政策や政府による生存権の保障などに向かうべきだと提唱してるのだが・・・


 この「普遍的基準」って、これこそが、モダン=近代=フランス型普遍主義 なんだけど。

 キリスト教無神論の系譜をやっているとはっきり見えてくるが、西洋近代主義は、ユニヴァーサリズムとしてのキリスト教の非宗教化から生まれたものだ。教義は捨てたが、超越理念は捨てていない。

 そして、無神論が生まれたときにポストモダンが生まれた。無神論は西洋近代が本格的に神を捨てた時に生まれた。スピノザとかヘーゲルとかはその意味では無神論者ではない。実存主義系も違う。ニーチェとかフロイトとかその延長の構造主義とかがポストモダン無神論の系譜である。

 著者が、「フランスのポストモダン」と言っているのは、構造主義のことなんだろう。そしてそれは、モダンの弊害を正そうとしたアメリカのコミュノタリア二ズムと呼応して、マイノリティ・リスペクト(これも個性重視という名の切り捨てにつながる微妙な展開にもなるんだが)の相対主義として花開いたので、もともと「親アメリカ」的な流れである。

 それでも冷戦中は共産主義革命への恐怖から、自由主義陣営でもせっせと社会政策がとられていたが、確かに冷戦が終焉したので歯止めがなくなって露骨な弱肉強食が始まった。

 ここで、しつこく「モダン=フランス革命の理念=ユニヴァーサリズム」にしがみつくフランスとアメリカの差がだんだん顕わになった。

 こういう観点は、日本にはほとんどない。

 だからこそ、

 この本の中に引かれている別の本の中で、

 欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければなりません。

 なんていう言葉が出てくるのだ。

 「欧」と「米」は対立してるんだってば。

 いや、対立してるのはフランスだけど。

 でも、欧州連合をフランスが牽引してきたから、他のヨーロッパ諸国もある程度はいやいやしたがっている。

 ドイツの Peter Sloterdijk なんて、そもそも、フランスがせっかく近代革命を成功させたのに、ナポレオンが侵略して「モダン=ユニヴァーサリズム」を押し付けたから、スペインやロシアやドイツやオーストリアなどみなその反動で、アンチ共和国になって「モダン」が数世代遅れた、と言っている。この人がフランスとドイツの愛憎についてぐちぐちとルサンチマンを並び立てるのは印象深い。アンチゲルマン主義が残ってるのはポーランドとイギリスだけだとか、ドイツは英雄主義から消費主義に改宗し、完璧に欲望至上主義へと構造が変質したから、歴史認識なんてオプションに過ぎないのさ、といいつつ、フランス文化だけがいまだに、自尊心とヒューマニズム魂と叙事的英雄的なディメンションを保ってるのさ、と、揶揄してるのか羨ましいのか分からない言い方をする。

 フランスはドイツに占領されてコラボしたくせに戦勝国となったから反省が足らない、と言いつつ、フランス人から、「レジスタンスの非神話化やヴィシー政権、植民地主義、過去の奴隷制からアルジェリアでの拷問まで、最近のフランスはどちらかというと自虐的だけど・・」と言われると、「外から見れば、フランス風の自己批判なんて、表層的な芝居で、底にある愛国心は一度も揺らいでないように見えるよ」と答える。

 もちろんその後で、サルコジ政権の見世物性を批判して、ポスト民主主義だといい、それはナポレオン三世の猿芝居の再来(まあ、サルコジをナポレオン三世と比較するのはフランスでもよく見られることだけど)だとか言っている。(以上はLe Pointの1892-3号のインタビュー記事より)

 戦争を卒業することでEUの基を築いた独仏だが、こんなふうに立場の違いと愛国心のぶつかり合いなどを見れば、大戦後の日本とアジアの国々との関係に思いを馳せずにはおれない。

 日本の場合は、他ならぬ冷戦とアメリカによる思考停止状態に追い込まれたからもっとまずかったけれど。

 いずれにせよ、ドイツでもフランスでも、少なくとも、情報化社会のせいで若者が変になった、みたいに特定世代をスケープゴートにする言説にはなっていかない。

 この問題って、けっこう深刻なんじゃないだろうか。

 

 
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by mariastella | 2008-12-24 10:55 | 雑感

チュイルリーのモアイ像

 メトロで配られるフリーペーパーに、2010年に、イースター島からモアイ像がやってくる、と書いてあった。今年の夏にパリを訪れていたラパヌイの族長ペドロ・エドムンド・パオアさんらが、ルーヴルそばのチュイルリーを訪れた時、突然、そこが強いエネルギーの場であると感じて、モアイ像がここに来たいと言っている、というような話になったらしい。

 彼らによると、モアイは、この場所に置かれることで、人類の意識を物質的なものから変革するスピリチュアルなエネルギーを放射するんだそうだ。

 パリには原始美術系のケー・ブランリー美術館などもあるのに、この話は、PSのパリ市長も1区のUMP系市長も知らないところで、イタリアの財団が金を出して、LVMHのルイ・ヴィトンのキャンペーンも絡んで実現するそうだ。

 ネットで調べたら、日本では、2007年9月に、日本とチリの修好150周年記念行事として、丸ビルの中でモアイ像が展示されたとある。ただし、世界遺産のやつではなく、現地での「新作」の一つだそうだ。
 1990年代に日本(官民どちらか知らないが)の援助で新しいモアイが15体作られたことも知った。その時のものが、1992年以来、「平和のモアイ」として世界を回っているとか。

 世界遺産って、勝手に動かせるのか?

 パリに来るってやつは「新作」なのか、古い980体の一つなのか?

 フランスのの記事によると、980体の一つらしく、その移動に関する手続きが大変で、それが2009年いっぱいかかるとある。

 ヴラマンクの頃から、プリミティヴ・アートはフランスのアーティストをかなりインスパイアしてきたけれど、ラパヌイの人から見ても今、世界人類に貢献できるようなエネルギーの場がパリにあって、そこにモアイを持ってきたら、わずか2週間でも、人類の意識が変わるんだ、と言ってもらえるなんて、けっこう「両想い」だなあ。

 こういう、「スピリチュアルなエネルギーが何たら」とかいう言説に、あまりニューエイジっぽくもなく、カルト的でもなく、トンでも風でもなく、嘲笑的でもなく、観光一辺倒や商業主義丸見えでもなく、半ば敬虔に、半ばアートの言説として、さりげなく居場所を与えて共有できるところが、この国の魅力だなあと思う。

 2010年には、チュイルリーに来たい、と言ったというモアイ像に会ってみよう。人類全部は無理でも私一人くらいの意識は変革できるかも?
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by mariastella | 2008-12-17 23:20 | 雑感

人権宣言のこと、再び

 サルコジ政権の外務大臣に任命されたベルナール・クシュネール「国境なき医師団の立役者で国民的人気の高い左派だった)は、若い黒人女性のラマ・ヤドを人権担当国務大臣に引き入れた。
 ところが、彼女は、サルコジがカダフィーを招待すると「フランスは足拭きではない」、と言うし、サルコジの北京オリンピック開会式出席にもそっぽを向くし、いつしか「やっかいなわがまま女」的存在になり、つい最近、クシュネールが、人権は、すべてのベースにあるべきで、特別に大臣職を設置したのは自分のエラーである、外交や政治は人権だけでは動かない、みたいなことを言って公的に「後悔」して見せた。

 外交とか政治とか、国益とかについて、人権だけで判断して動かせないのは自明である。

 でも、それを超えて、「人権」はフランスという国のブランドイメージの一つだから、広告塔としても、「人権担当大臣」の設置は、大きい意味では国益にかなっていた、とも言える。

 フランスのブランドイメージはユニヴァーサリズムであり、ユニヴァーサリズムというのはひとつの理想だから、必ずしも外交指針にはならない。

 つい先頃、60周年を迎えた国連の「世界人権宣言」だが、この日本語訳そのものが、フランスの思い入れを分かりにくくしている。

 これは、

Universal Declaration of Human Rights=Declaration universelle des droits de l"homme

である。世界っていうと、なんだか、ワールド、って感じがするけれど、「ユニヴァーサル」ってところに、これがフランス革命的ユニヴァーサリズムの直系だよ、というフランスの自己主張がある。

 実際、この決議が採択された時の国連58カ国だかで、承認したのは48カ国で、棄権したのが8カ国くらいあった。
 サウジアラビアは、「男と女の平等は、うちの文化と伝統に合わない」と言ったし、南アフリカは、「人種の平等はうちの政策に合わない」、と言ったのである。

 正直だ。

 南アフリカのアパルトヘイトは終了したが、世界中に「人権無視」は浜の真砂のように絶えない。
 それはフランスとて同じで、人権宣言の起草者で91歳のステファンヌ・エッセルは、フランス国内の不法移民の権利のために今日も戦っている。ユニヴァーサルに人権を擁護するなら、不法入国者だとか、外国人だとかは関係ない。誰にでも、よりよい生存を求めて移動する権利がある。

 これが、国の「移民政策」だの「安全対策」だの「失業対策」と両立しないのは明らかなのだが。

 共同体主義の国が、「うちの文化では」「うちの伝統では」というのも、ちょっと目には一理あり、
 
 たとえすごくマイナーな文化でもマイノリティをリスペクトしろ、とか、

 価値基準は相対的なのだから西洋先進国だけが自分たちの理念を押し付けるのはいかがなものか、

 などという理屈が必ず出てくる。

 「うちの文化」の中では、強制的な女性性器切除とか、マイノリティの虐殺や奴隷化が普通であるととしても、だ。

 ユニヴァーサリズムの中の人権とは、当然、「弱い立場」「搾取されている立場」の権利を守ることを前提にしている。弱者の権利は、特定共同体の文化や伝統や、一国の政治的経済的利益に優先するのである。

 これを、「西洋キリスト教文化による押し付け」と見る立場もある。

 確かに、普遍的人権は、キリスト教文化の庶子である。
 嫡子は十字軍とか異端審問とかやってたんで大きな声は出せないんだが、今は、そうだ、人権擁護が使命だったんだった、って積極的に取り組む人も多い。不法移民の駆け込み寺になってるカトリック教会とかも多い。

 でも、キリスト教だけでなく、世界の「普遍」宗教はみな、本来、「普遍的人権」とか、「人権の普遍的宣言」のルーツであるはずだ。

 なぜなら、「民族宗教」の多くは、共同体の利益を優先して、村を救うためなら龍神さまに若い娘を生贄にして・・・とか、敵の部族との戦争に勝つ(=敵を殺す)ために神に祈ったりとかするけれど、「普遍」宗教とは、「救済」を、地縁血縁から解き放つことによって「普遍」宗教になったのだから。

 「普遍宗教」は、人が、どこの生まれでも、どんな色や形でも、ただ信仰によってだけ、「普遍的」に救われるよ、と言ったのだ。

 まあ、その「普遍」の根無し草ぶりを利用して、自分の都合のいいように矯めて利用してきた権力者もたくさんあるし、「鎮護国家」の道具になってきたことだってかなり普通だった。でも、どの「普遍」宗教も、その始まりの理念においては、教えの前の、信仰の前の平等を革命的に掲げたのは確かだ。

 1948年の人権宣言の序文にはナチズムへの反省が込められている。

 アメリカの独立宣言、フランスの人権と市民権宣言、数々の平和条約とか、人はしょっちゅう反省しては初心に帰って決意を新たにしなくてはならないらしい。

 人権宣言の60年も、その間に起こった人権侵害や民族虐殺の歴史を眺めれば、「決意新たに」する以外にはない。

 しかし、実際は、なんだか、悪しき共同体主義のポストモダン主義、が、毒を振りまいてもいる。

 人権の中には、自殺する権利、安楽死の権利、子供を持つ権利(代理母制度を認めること)もあるというのである。人権宣言の中にそれらを加えよ、という。
 人権に、自己責任とか自己中心主義とか自己愛とか自己肥大が混ざってきている。

 これは、アメリカ型の「人」の概念が、「体は自己の所有物」とするのと、ヨーロッパ型の、「人は体と人権と人格の三位一体」とすることの違いに起因しているとも言われる。

 しかし、世界のマジョリティの地域では、とてもそんなどころでなく、

 人=体は、ひたすら奪われ、搾取されるものなのである。

 臓器として売られたり、使い捨て労働力だったり、性的オブジェだったり、ただ病気と飢餓にさらされる存在だったり。

 もっとも弱い部分を守らなければならない。
 
 「普遍」を信じることは、人間が相互につながりあった運命共同体であることを信じることだから、そのもっとも弱い部分を守らなければ、船は、必ず、沈むのである。

 

 
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by mariastella | 2008-12-15 00:54 | 雑感

シャルコーとフロイト

 19世紀終わりにヨーロッパ中で超有名だったシャルコーは、精神病理学のその後の発展やら精神分析学の登場によって、長い間かすんでいた。

 といっても、私のように多少なりとも、キリスト教の神秘家の言動を研究してきたものにとっては、シャルコーのヒステリー研究はほとんど出発点でもあり、信仰によってヴェールをかけられた神秘家の姿を、「医学」の名のもとに「たっぷり」見せてもらえる気がして、ずっと参照してきた。
 それは、なんというか、日頃私の標榜するフランス風のエレガンスとは対極にあるExuberanceの極地なんだけど、非常な魅力もあった。

 シャルコーは、医学を意識して見世物、と言って悪ければ演劇化した人物で、サルペトリエールにおける彼の毎火曜日の公開公演といえば、とにかく老若男女のすごい娯楽だったらしい。

 たくさんの写真が残っている。

 当時登場した写真術は、感光させる時間が必要で、ヒステリー患者のアクロバチックな「硬直」が、それにぴったりだったということもある。

 でも、では、シャルコーが、神秘のヴェールをはいで宗教を神経症や異常心理学に貶めたのかと単純に考えると、全く違う。

 19世紀後半というと、科学主義や進歩主義が席巻した時期と思うかもしれないが、同時に、フランスでは、ルルドでの聖母御出現に見られるような、「信仰」のルネサンスの時期でもあった。

 そして、シャルコーは、どんなに野心的で興行師のように悪趣味のやつかと思うかもしれないが、実は、「患者を癒したい」という臨床の人でもあった。

 実際、彼が『La foi qui guerit(癒す信仰)』(1893)で、18世紀におけるフランソワ・ド・パリスの墓の土によって、奇跡の治癒を得た31歳の女性の話を分析する時、そこには信仰の否定や揶揄はない。
開いていた潰瘍が瞬時に治ったことについても、そこで彼はルイーズ・ラトーやアッシジのフランチェスコの聖痕を引き合いに出しながら、よく読むと、奇跡譚を否定すると言うよりも、「癒しの可能性」について積極的に語っている。

ジル・ド・ラ・トゥーレットなどは、これをシャルコーの「哲学的遺言」と形容してるくらいだ。

 ただし、彼の言う、「癒す」信仰とは、実存的な救済とは関係なくて、「信ずること」と「期待すること」の二つにかかっていた。キリスト教の「信仰と愛と希望」という三つの徳でなく、「信頼と期待」という二つが生む「癒す力」に注目したわけだ。それを引き出すのが催眠術でも巡礼でも祈りでも、彼には同じことだった。「癒す情熱」を彼は持っていたと思う。

 それなのに、彼のこの「哲学的遺言」は、政治的宗教的にすごい反響を巻き起こした。
 第三共和制の批判者、反教権主義者、として、取り込まれ、賞賛されたり憎まれたりしたのだ。

 初期のヒステリー患者の研究が、ヒステリーという語源に現れているように「女性特有」のイメージだったので、彼の「神秘家」を病人として分析する姿勢は、なんだか「魔女狩り」のような印象を与えがちだ。しかし、彼が「男性ヒステリー」の研究を発表した時から、それは、神経「トラウマ」の研究だという道が開かれた。当時はパーキンソン病などもその分析に入っていたのだ。

 男性ヒステリーの病因は、子宮にあるわけではない。脳のどこかに損傷があるはずだ。その「どこか」とは、「無意識」の宿るところである。
 
 彼がそう考えて、トラウマの「場所」を探ろうとしていた時期に、20代終わりの1人の青年が、奨学金をもらって、サルペトリエールのシャルコーのもとにやってきた。1885年の秋である。

 シャルコーの講義をドイツ語に訳したこの若い神経病理学者ジグムント・フロイトは、やがて精神分析学の父となる。精神分析学は、ヨーロッパの「無神論の歴史」において、決定的な位置を占める。

 10年後のシャルコーとフロイトの道は、ずいぶん違うようにも思われるが、実は似ているのかもしれない。

どちらも一見、宗教から距離を置き、人間の無意識に踏み込むことで、一種の「冒聖」を侵した。

しかし、彼らはいずれも、患者に全体性を回復させることによって、「癒すこと」を望んだので、臨床家であり続けたし、患者との連帯によって、語のもとの意味での宗教(Religion=結びつけるもの)者であり続けた。

 キリスト教と精神医学が真に手を取り合うには、さらに100年もかかることになるのだけれども。

 
 

 
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by mariastella | 2008-12-14 23:44 | 雑感

Tony Judt のヨーロッパ

 フランスがEUの議長国だった半年もほとんど終わったこの頃、フランスでは急に、

 『Après-guerre. Une histoire de l'Europe depuis 1945』, Paris, Armand Colin,

 が話題になっている。「オバマのアメリカ」を前に、「世界が変わるかも」という気分があるんだろう。いかにもフランス人の好きそうな本だ。

 原作は 『A History of Europe since 』1945, Penguin Press, 2005』で、

 今ネットで検索したら、日本語訳も出てた。

 『ヨーロッパ戦後史 』 トニー・ジャット, 森本醇 みすず書房

 ここでは、21世紀はもうアメリカの時代でないばかりか、アジアの時代でもなくて、ヨーロッパの時代だと書いてある。冷戦は、共産主義と資本主義との戦いとかではなかった。ソ連邦によるヨーロッパの植民地化であり、それに対抗したのは、資本主義でなく、ヨーロッパ再構築のヨーロッパ主義だった。ソ連が瓦解した時アメリカはNATOによるヨーロッパの再分断を画策したが、失敗した。ヨーロッパの牽引力、ユニヴァーサリズムの理念が、アメリカの覇権主義に勝っていたからだ。

 冷戦とともに、NATOの太平洋ヴァージョンとして日米安保条約があったことを考えると、その後の展開には差がありすぎるなあ。

 著者は、1948年生まれ。無神論的自由主義者のユダヤ系リトアニア人を父にもつ英国人で、シオニズムにかられてイスラエルにも渡り、フランスのグランゼコールでも学び、今はNY大学にいる。
 彼のヴィジョンと、来歴は、切り離せられない。

 インタナショナルな人は「デラシネ=根無し草」になるとか、コスモポリタンは無国籍人だとか思うかもしれないが、実は、結構、ミュータントになる。
 私のことでも、フランス在住だから視点がユニークだと言われることもあるが、それはもう、視点や視座や視野が違うのでなく、視覚の解析の方法そのものが確実に変わってしまっているという方が近い。もちろん、出自がたとえばハーフでも精神はモノカルチュラルな人、や俺様キンダムの住民だっていっぱいいるんだけど。

  トニー・ジャットのような人も、単にヨーロッパびいきのアングロサクソン系ハイブリッドな人、というレッテルでは語れない、と思う。イスラエルにおける共同体主義の理想を過激に駆け抜けた後だからこそ、ユニヴァーサリズムのフランス型ヨーロッパ教の洗礼を受けて、新人格に到達したんだろうな。

 世界を変えるには、オプティミスティックな希望に裏打ちされた確信が必要なんだろう。
 
 思えば、今や、先進国の伝統宗教というのは、そういう無邪気な自信を失ったり封印したりしている。

 日本で買った『ジッポウ』(季刊・秋号ダイヤモンド社)という仏教雑誌に、島田裕己さんが、戦後日本の宗教シーンを俯瞰、分析していた。
 なかなか本質をついている。やはり、これも、彼の人生の果実なんだろうなあ。筆先のレトリックではない説得力がある。
 そして、これを見ていて、一体、戦後60年も、日本におけるこのような宗教的貧困の中で、「伝統宗教」は一体何をしていていたんだ、と愕然とする。

 まあ、この雑誌は、遅ればせながら、高齢化社会におけるちょっとエコで手軽な救済マーケットに仏教を注入しようとしているわけだけれど、日本の伝統仏教は、廃仏毀釈や国家神道によるトラウマが大きすぎたんだなあ、とつくづく思い知らされる。

 日本でマイナーなキリスト教は、16世紀末以来の切支丹狩りのトラウマは別として、明治以降は和魂洋才の名のもとに抑圧されたといっても、それなりに、「欧米」のオーラも享受したはずなんだから、戦後なら何とか、体制を立て直して進化するチャンスもあったろうに、何をしてたんだろう。

 法然は、「勝他(論争で他を屈服して得意になる)・利養(信者獲得による利益)・名聞(名声・名誉)」の邪道に陥るなと修行者を戒めたそうだ。その戒めが効を奏し過ぎて、なんだか、大手の伝統宗教はひたすら上品に自己規制して、必要以上におとなしくしてたみたいだ。

 カトリックなんか、戦後60年も経って、進学校やお嬢様学校のミッションスクールの実績作りは別として、ようやくイニシアティヴをとった宗教的自己主張が、4世紀前の殉教者の称揚だよ。
 前回のエントリーでも触れたが、新新宗教によるテロどころか、毎年の自殺が3万人という現在の日本の異常事態を見据えれば、他にやることがあるだろうが、と言いたくなる。

 キリスト教新宗教といえば、罪悪感や終末観をあおったり、若者をコミュノタリズムに閉じ込めたり、ペシミスティック、アナクロニックで後ろ向きなものばかり目立つ。

 確かに、今のカトリックは「福音宣教」は捨てていなくても、「信者獲得」は全然めざしていない。伝統仏教が多角経営や「ご縁のあった人に法を説く」だけで、積極的布教や折伏と縁がないのと同様だ。
 コミュニティ内の冠婚葬祭だけに専念するなよ。「普遍」宗教だろ。

 『ジッポウ』を見て、一部仏教が頑張ってるとはいっても、LOHASとか、エコとか、スローライフとか、中高年の心の健康とか、「体力が落ちた人のナルシシズムの要求に応える」っぽい仕様になってるのは、「?」だ。

 病や事故や老いや貧困などでナルシシズムやエゴイズムの維持に挫折した人には、「お手軽修業体験」だの、「仏教を楽しむ」だのは、もはや意味をなさない。老舗宗教の宗教者は、次の年の3万人の自死予備軍を1人でも救うことに心を砕いて欲しい。

 もし、「生きてる意味がない」とか、「苦しさに耐えられない」とか、「死んでしまいたい」とか思ってる人が偶然この文を読んだら、私のサイトに連絡してください。必ず、必ず、話をききます。
 
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by mariastella | 2008-12-12 22:44 | 雑感

世界人権宣言デー

 12月10日は世界人権宣言の60周年記念日で、パリのトロカデロでは、60年前にこの宣言文を作った共同執筆者の「生き残り」である 91歳の Stephane Hessel が姿を見せた。

 アベ・ピエールが亡くなり、シスター・エマニュエルも亡くなり、ベルナール・クシュネールが「?」な言動を見せる今のフランスにおいて、ステファン・エッセルがいてくれるだけで、「理念の力」を信じられるし、彼のように、絶対に希望を捨てることなく戦うことでこの世を少しでも確実によくしてきた人と同時代にいることを喜べる。

 この人は、もとドイツ人で、トリュフォーの『ジュールとジム』(今検索してみたら、邦題は『突然炎のごとく』だった。なんて懐かしい)のジュールのモデルとなった作家の息子だった。20歳でパリのエコール・ノルマル・シュペリユールに入って、フランス国籍を取得、その後、ナチスの政策を攻撃し、フランスのレジスタンスにも参加したし、チャーチルもスターリンも手をつけなかった「世界人権宣言」を世に出し、移民労働者の人権のために戦い、人権を侵犯されている世界中の人のために奔走し続けた。こういう人がいるから、あらゆる誘惑に負けてとても人間的な展開をしてしまったフランス革命の価値ですら信じてもいい、と思えるのだ。

 そして非力ながら、私もユニヴァーサリズムの擁護に役に立ちたいと思う。

 昨日はフランスのライシテの危機についてアルテがドキュメンタリーと議論の番組をやっていたが、ドイツのムスリム女性のフェミニスト弁護士とフランス側はエリザベト・バダンテールが、そのたどった道は違うものの、異口同音に、文化の多様性の名の下に弱者を切り捨ててはならないことを強調した。なんと、国連は、たとえばアフガニスタンの女性のブルカ着用への「先進国」による批判などを「人種・文化差別」だとしているのだそうだ。考えたら、伝統を相対化して普遍理念に向かうような余裕のある「先進国」なんて、数からいうと世界のマイノリティだしな。

 フランスでも100年経って戦闘性をなくしたライシテは、本来の意味を失いつつある。「人間的に適用すべきだ」と言ってリールで公営プールに女性専用枠を設けたマルティーヌ・オーブリーのように、「マイノリティのリスペクト」がコミュノタリズムの侵食をゆるす口実にされつつあるのだ。
 人権とライシテはセットになっている。理念であるから、決して譲れない一線がないと意味をなさないのだが。
 マイノリティのコミュニティが政治ロビーとなって票田となるところに罠があるのだ。

 ドイツはババリア地方では今も公立学校の教室に十字架があるし、幼稚園からスカーフを被ってくるムスリムの女の子もいて、小中学校でも、ラマダンの時には子供たちがふらふらだから試験もできないそうだ。

 と、ここまで書いたが、その私の大好きなエリザベト・バダンテールの夫で、これもいつ聞き返してもほれぼれする死刑廃止演説

 (日本語訳がここで読める  http://kihachin.net/tips/badinter.html  )

をして見せたロベール・バダンテールが、最近、普遍的な人権問題にとって、国際刑事法廷の持つ意義を賞賛しているのを読んで、違和感を感じた。

 独裁者や虐殺者など、国際刑事法廷が執拗に追い詰める「人道に対する罪」っていうのは、時効がない。もちろん、その時々の国際的力関係によって、詰めが甘かったりお目こぼしがあったりするのだが、それでも、だんだんよく機能してきている、進歩している、と、バダンテールは言う。
 でも、たとえば、こういうのを見ると、やはりアメリカは日本に原爆を落としたことで罪に問われるのが嫌で国際刑事法廷の憲章を批准しないのかなあ、とか思ってしまい、犠牲者主義に気持ちが傾く。

 これに対して、哲学者のポール・チボーなんかは、法と政治は本来完全には切り離せないものであり、正義や公正の理念を、加害者を断罪して罰するということに収斂しては、ルサンチマンはネガティヴでアグレッシヴな方向にのみ向かう、と警告を発している。
 政治とは、国やグループの間の線引きをその都度調整していくことでもあり、常に未知の方をむいた試行錯誤である。それに対して法による制裁とは、基本的には、過去の作った基準でその後に起こったことを裁いていく。「人道に対する罪」を罰することには、何か、全能の傲慢さがつきまとう。ポール・チボーのキリスト教的な「復讐するは神にあり」という気持ちが、「人権法廷」を本能的に警戒させているのかもしれない。

 人道に対する罪から被害者や遺族を守ったり、復権させたりして、建設的なことにつなげていくのならいいけれど、人権の名の下に「過去の権力者」をなぎ倒していくのは、死刑と同じ「復讐の論理」ではないんだろうか。
 被支配者に対する生殺与奪の権を持つ権力者は、人の命にやすやすと軽重の差をつける誘惑に駆られる。そして、その芽は、きっと、誰にでもあるような気がする。
 たいていの権力者は彼らなりの「合法」の中で、人道に対する罪を犯しているわけだし。

 時代や文化を超えて広がった「普遍」宗教などには、そういう人間の法を超えたメタ基準としての「内的良心」をたてたものもあった。

 普遍を標榜する人権宣言も、そういう伝統の末裔にあると言えば言える。
 普遍的な理念とは、人間性を広げたり深めたりつなげたりするように働くならいいが、人を加害者と被害者や善と悪に分断して裁きあったり「落とし前をつける」方向に行くのはいかがなものだろうか。理念の敵は、相対主義だけではなく、教条主義でもある。
 
 死刑反対と、国際刑事法廷称揚とは、どこかそぐわないんじゃないだろうか。

 
 
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by mariastella | 2008-12-11 02:49 | 雑感

枯山水

 重森三玲の『枯山水』(中央公論新社)を読んだ。

 ものすごく明快だ。

 それにつけても、禅家の趣向というものの特殊性にあらためて感心する。
 水墨山水画が、従来の仏画に取って代わったと言うのは、考えたらかなり異常な事態である。

 幽玄とか侘びとか言うのも、「とても日本的テイスト」だと漠然と思っていたが、これも、考えたら異様だ。象徴的、高踏的、難解なものが、一世を風靡していいんだろうか。

 竜安寺式の配石について、芸術の造形深い近衛家の人が、

 「私テイノ者ノ見テハ好悪ノ論ハ及ガタシ、一向上ノ事ニヤ」

 と言っているくらい、難解だったのだ。

 貴族階級の  「優美典麗」な「池泉庭園」が、
 武士や禅家の 「枯淡雄勁」な「枯山水」に変わっていく。
 桃山文化にはその二つが共存していた。

 叙景と叙情が入り乱れて幽玄に到達するとそうなるらしい。

 風景画というものがない文化がある。
 ヨーロッパでも長い間、風景画というジャンルが登場しなかった。
 チベット仏教、チベット文化には、今でもない。

 ヒマラヤの雄大な自然があるのに。

 山よりも海や水の方が、叙景をインスパイアするんだろうか。

 重森三玲さんは、自分でも枯山水を作庭した。フランスのアーティストたちが高く評価してくれたと書いてある。
 その感じは分かる気がする。
 デザイン性が極めて高いからだ。
 フランス庭園は、自然主義的でなくデザインだからだ。

 多くのアート作品は、大衆を相手に売らんがために低下する、と重森さんは言う。
 幸いに作庭は、依頼主一人を理解させたらよい、依頼主を向上的に指導すればいいと言う。

 依頼主を指導することのできぬ作庭家の作品はだめだと。

 「庭園は、設計する以前において、依頼主を設計しなければならない」
 「依頼主を完全に設計することができて、始めて庭園の設計ができる」

 すごいなあ。

 このメンタリティも少しフランスっぽい。
 
 でも、フランスの宮廷美術は、優美典麗を追求し続けた。
 枯淡雄勁には転換しなかった。
 でも、高いデザイン性という点で、共通点がある。

 いろいろ考えさせられる論考だ。
 
 
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by mariastella | 2008-12-05 02:36 | 雑感

黒人初の・・・

 オバマが当選して、繰り返し、「黒人初の・・」という言葉が流れる。

 私はこの言葉がすごくいやだ。

 彼がたとえばケニア国籍でケニア大統領に選ばれたら「白人初の・・・」なんて言われるだろうか。

 「白人の血をひく」とか、「白人の母親を持つ」とかじゃないだろうか。

 過去のアメリカの差別政策においては、何代さかのぼって黒人とか、黒人の血が何分の一かで黒人とかいう基準があったはずだ。プランテーションにおいて、白人の「主人」が黒人女性の奴隷に子供を生ませても、その子供は即黒人=奴隷でしかなかった、という状況を踏まえているからなんだろう。

 アメリカ第3代大統領のジェファーソンは、そうして生まれたハーフの黒人奴隷を妻の死後に伴侶として、そこに生まれたクォーターの子供たちの中には見た目はまるで白人のような子供がいたが、公式には一生奴隷だった。ジェファーソンの遺言で自由の身になったというが。

 つまり、アメリカにおける人種差別の根拠は、ずっと、「純粋白人ではない」というところにあったのだ。「純白」が少しでも「汚された」ら「不純」。

 私は、宗教上の食べ物の禁忌もすごく抵抗がある。

 その多くは、魚なのにうろこがないとか、ひずめが割れてるとか割れてないとか、要するに、カテゴライズできない中間的存在や曖昧な存在を忌避したり排除したりする考えに基づいているからだ。
 マジョリティに似ていないもの、秩序を乱しそうなものを劣等な存在とする排他思想や優生思想にも通じる。

 白人でも黒人でもないあたらしいカテゴリーがあってもいいし、そういうハイブリッドな存在が、社会の支配構造を決めるカテゴリー分類そのものを無化する牽引となってもいい。

 ユニヴァーサリズムを掲げるフランスでは、「人種別統計」は禁じられているので、アメリカのように「30代白人女性」は何パーセントオバマ支持とかいう調査は絶対に出てこない。「何系フランス人」という言い方も、公式には使わない。
 たとえそれが偽善だと言われても、そういう姿勢はフランスを居心地よくするし、カテゴリー外のハイブリッドな人間をどんどん送り出そうとしている私にはかなり重要な部分だ。

 だから、オバマにつく「黒人初の・・」という形容を聞くたび、暗くなる。
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by mariastella | 2008-11-06 00:30 | 雑感

オバマのハワイ里帰り

 オバマ大統領候補を育ててくれたハワイのおばあさんの具合が悪いというので、彼が48時間、選挙活動を中止してハワイへ帰るという記事があちこちで出ていた。

 この大事な時に、家族のために留守をするというのは、

 もう勝利は確実という自信がある、

 家族を、しかも目上の年寄りを大事にするという人間的な側面をアピール、

 などの理由があるかもしれないが、こちらで見るどの記事にもおばあさんと抱擁する彼の写真などが出ていて、そのおばあさんが典型的な白人だということが嫌でも目に入る。

 確か、アメリカでは70年代だかの知事選挙で、黒人候補にみなが投票したといっていたのに、蓋を開けたら落選したという事件があった。表向きは応援していた白人の中で、いざとなったらどうしても黒人に投票するのに抵抗があったということだろう。

 今は時代が変わったが、それでも、今のオバマ優先の空気の中で、やはり彼の肌の色への差別意識というのが消えたとは思えない。ヒラリー候補だって、女性差別主義者から明らかな嫌がらせを受けた。

 で、今回の選挙戦の最後の駄目押しに、オバマと白人のおばあさんの抱擁シーンをばらまいて、ほら、彼は白人の仲間ですよ、というサブリミナル情報を与えてるのかもしれない。

 そうだとしたらなかなかの戦略だ。

 ネット上のジョーク(?)にこんなのがあった。

 本当に差別がない社会が実現するのは、黒人女性のローマ法王が誕生した時だ


 というものだ。

 アメリカ、どうなるのかなあ。
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by mariastella | 2008-10-22 04:12 | 雑感

DSKのスキャンダル

 NYでIMFの専務理事をやってるDSK(ドミニク・ストロス=カーン)が、金融危機のこの時期に、もと同僚のハンガリー女性との浮気と彼女がやめたことについてスキャンダルを言い立てられている。

 浮気は去年のことで、彼はそれを認めた。

 アメリカでだからこうなったんだそうだ。
 フランスなら浮気の真偽を本人に問いただすという展開にはならない。

 「アメリカでは、公人が公共の場で嘘をつくのはモラル上の大罪だからだ」

 とフランスのメディアは解説している。

 アメリカはピューリタン的で性的パラノの国だから、とも言っている。

 夫人がコメントしなければならなかったのもアメリカならでは、だ。

 サルコジの女性経歴はお笑いだが、DSKはまったく反対のキャラなのに。

 夫人は、「どのカップルにも必ずあり得ることで、私たちにはもう終わったことです」

 みたいな発言をしている。ともに団塊の世代で、ジャーナリストの夫人は再婚だが、DSKは彼女とともに新たに生まれた、というくらい、強い絆だったみたいだが。

 「浮気」はひと晩だけだった、とかいうのも、何かかえって生々しくて嫌な感じだ。

 調査中で、女性の退職について、彼が退職に追い込んだとか退職の条件を有利にしたなどの事実が発覚すれば、DSKは辞任に追い込まれるそうだ。アメリカでIMFのトップで、今の時期に、フランス社会党からの大統領候補(党内選挙でセゴレーヌ・ロワイヤルにやぶれた)だった彼の手腕が期待されていただけに、彼の足を引っ張っているのは一体だれだろう、と詮索したくなる。

 しかし、そもそも、既婚の60年配の男が、要職について大事な仕事してるのに浮気なんかするなよ、とやはり思う。
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by mariastella | 2008-10-22 00:18 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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