L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:雑感( 339 )

トランプ、フェミニズム、ミスユニバース、プルエス、相撲と紅白歌合戦

私は(先進諸国の中で)「日本は遅れている」という言い方は嫌いだ。そんなことは一括してはとてもいえないし、分野にもよるし、時と場合にもよるし、感受性の差にもよる。

ひと世代前の日本人の仏文学者がフランスでの体験を書いて、ソルボンヌの教授のやることなすことに「…しておられた」などと敬語を使いまくっているのを読んでもなんだか不愉快なくらいだ。

けれども、週刊朝日(2/10号)の北原みのりさんの記事をネットで読み、澤藤統一郎さんのブログのこの記事とかを見ていると、暗然とする。

どちらもトランプ大統領がらみのテーマだ。

北原さんのはフェミニズムに引き付けてのものだけれど、もちろんすべての差別において人の「モノ化」は通底している。

この週刊朝日の記事もそうだけれど、実際、インターネットのサービスで、今まで見たこともないいろいろな週刊誌などをザッピングできるので、男性をターゲットにした若い女性のグラビアでの扱い方を目にすると胸が悪くなる。

トランプに話を戻すと、メラニア夫人がいつもなんとなく悲しそうな顔をしているのは本当だし、これについては、フランスの大統領なら少なくとも自分の連れ合いにこんな態度をとるということはあり得ないだろう。

今年のミス・ユニヴァースのコンクールでで半世紀以上ぶりにミス・フランスが勝利したということについてさえ、ただの遺伝子の比較に過ぎなく、なんのprouesseもない勝負にフランス人が誇らしい、みたいなことを言うべきではない、と批判する人がいた。
フランスの教育やフランスの環境によって学者やアスリートやアーティストが育ったり力を発揮したりして国際的に認められるなら誇ってもいいが、ミス・コンテストはその人の個人的な遺伝子の勝利であり、コンテストの中でprouesseを求められないから意味がない、という。

この「プルエス」という言葉、昔、東大のフランス科にいた時のなんの授業だったかで、すごく細かく説明されていたテキストを読んだ。
とても印象的だったので、おかげで今でも、単に辞書的な意味でなく、その背後にある価値観がよくわかる単語のひとつになっている。

今、ためしにgoogle翻訳で日本語にしたら、「業績」と出てきた。
フランス語から英語にしたらprowessと出てきた。
その英語をさらに日本語に訳したら「武勇」と出てきた。

うーん、まあ騎士道などと関係があるから、「業績」よりは「武勇」の方がまだ近いけれど、もっと、ある「決意」を、克己とか精進とかを伴って遂行した結果に得られたもの、という感じかな。
ヒロイックな含意がある。
ミス・コンテストには確かにそんなものは必要ないから、やはり「見た目」がモノとして評価されているだけだ。

大相撲で、久しぶりに「日本出身力士」が横綱になったと話題になっているのも目にした。
でもフランスにいて聞くとこ、の言葉は微妙な言葉だなあと思う。

モンゴル出身などで日本国籍を取得した横綱と区別するためらしい。
国籍とは関係なく、「日本生まれではない」というニュアンスがある。

では、日本生まれの外国籍の人は「日本出身」ではないのだろうか。
あるいは、両親が日本人で外国で生まれた人が日本で力士になったら、「日本出身」とは言わないで「日本人」というだけなのだろうか。
あるいは「日系二世」とか?

でも、文脈からいうと、「日本出身」というのはどうも、日本の「純粋な血」をひいた、という、例の「単一民族」神話を反映しているらしい。

フランスでも、差別問題で口に出される言葉に「Français de souche」のがある。soucheは木の株というか、土着のという感じで実際は「白人」という人種的な言葉を避けるためかのように使われている。

まあ、いわゆる白人でもフランスにはイタリア移民、ポルトガル移民、ポーランド移民はとても多いのだが、二、三代目ではFrançais de soucheとは呼ばれない。
Français de soucheとは、「先祖代々のフランス人」ということになる。

とはいえ、先住のケルト人だけではなく、ゲルマン人の移動と共にやってきた人、ローマ帝国の版図と共に広がったラテン系の人などがまざっているわけで、「先祖代々」と言っても見た目もいろいろだ。
フランク族のクローヴィスとかシャルルマーニュとかが今の独仏伊あたりを統合したので、そして、彼らがローマの国教だったキリスト教に改宗して共同体をオーガナイズしたので、結局は「白人のキリスト教徒」みたいな含意もある。フランスに多いイタリア、ポルトガル、ポーランド移民はみなカトリック国という共通点も見逃しがたい。

でも、柔道重量級の世界チャンピォンであるテディ・リネールなど、フランス本土ですらないカリブ出身(本人はフランス本土生まれだが)の黒人だし、サッカーで一世を風靡したジダンは北アフリカのベルベル人だし、伝説的なテニスチャンピォンのヤニック・ノアは黒人との混血だが、フランス人がそういう時に彼らを「フランス出身でない」とか「ウィンブルドン現象(よそから来たものに地元が負ける)」だなどとは言わないし、多分思ってもいない。すごく単純に、「フランス万歳」と喜んでいる。

まあ、相撲は日本の「国技」で、世界的にはローカルスポーツだから、「日本代表」対「外国代表」という国際試合がないので、よけいに出身の「差」が目立つのだろう。

日本の外から見ている限りでは、モンゴル出身の横綱も見た目には区別はつかないし、お相撲さんというのは誰でも訥々と語るイメージがあるから、インタビューなどを受けての日本語を耳にしても違和感がない。

ただ、本来閉鎖的な日本の相撲の世界にわざわざ挑戦する外国人力士の出身国と日本には、やはり「経済格差」があるようで、その「出稼ぎモチベーション」抜きには今のような状況には絶対になっていないだろうなあとは思う。
昔は日本でも、ハングリー精神で地方からやってきて横綱を目指すというような例があったのに、もう日本人にはそういう人は少なくなったともよく言われる。

個人戦のスポーツはいろいろな含意や偏見を反映しているから難しい。
チームのスポーツは、その中で多様性を発揮できるからもう少しリベラルな感じがする。
ラグビーなんか、日本でもナショナルチーム自体が国際的だ。
フランスのサッカーのナショナルチームなど、「先祖代々の白人の」フランス人なんてマイノリティだ。

愛国心とは別に選手やチームの「プルエス」を愛でるファンも多いだろう。

そういえば、日本には今も「紅白歌合戦」という、形だけにせよ、「男女対抗」の「合戦」がある。
確かに歌は筋肉のつき方や身長などと関係がないから、男女が「同じ土俵」で競い合うともいえるけれど、パロディだとしても、よくこのコンセプトが続くなあ、と思う。こんな催しって日本以外にあるんだろうか…。
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by mariastella | 2017-02-02 00:44 | 雑感

ウィリアムズ姉妹

先日ピアノの生徒の一人と話をした。どれだけ練習すればうまくなれるかという話だ。

彼女はクラシック・バレエもずっと続けている。
その弟はアイス・ホッケーの選手で、かなりの時間を練習と試合に割いているが、私とギターのレッスンも始めているのだ。スポーツ系の訓練と音楽の練習は両立するのか、という話にもなった。

ちょうど、テニスの全豪オープンの女子シングルスで、ビーナスとセリーナ・ウィリアムスの姉妹が制覇したニュースを聞いたばかりで、姉妹の父親が「白人を打ち負かせ」と言ってずっと訓練させていたという話を耳にした。

父親のリチャード・ウィリアムスは、1978年にテレビで偶然全仏オープン女子テニスを見た。ルーマニア人のバージニア・ルジッチがシングルスで優勝し、20万フランの小切手を手にしたのを見て自分も娘をテニスのチャンピォンにすると誓ったそうだ。
1965-73の最初の結婚ですでに3人息子3人娘がいたが、その後で生まれる娘に期待をかけることにする。
「エホバの証人」の信者である新しい妻との間で1980年と1981年に生まれたビーナスとセリーナを4歳でコーチにつけて、男子とだけ練習させて、「白人を打ち負かせ」と激励して週30時間の練習を課した。
テニス界は白人プレイヤーが主だった時代だ。
娘たちの母とは、彼女らが10歳くらいの時に離婚している。その後ビーナスより一つ年上だけの女性と三度目の結婚をしたという。
 
娘たちは14歳でプロになり、17、18歳で父の夢見た全仏オープンに出場してテニス界の常識を変えた。2002年の全仏オープンでは決勝戦を2人で戦い、優勝と準優勝を分け合った。「相手を叩きのめす」パワープレイで有名だそうだ。
以来、姉妹共に世界を制覇し、30代半ばの今年も、全豪オープンの決勝を姉妹で戦ったばかりなのだ。

セリーナは、スポーツも訓練も嫌いだ、と2012年の自伝で語っている。白人からの差別も受けてきたという。
昨年末白人男性とと婚約したばかりだ。

私の生徒が「週30時間練習したらチャンピォンになれるんだねえ」と言ったので、

いや、ひょっとしたら、子供を通して一攫千金をねらうそのような父親は他にもいるかもしれない。
でもまず、父の期待に応えようとして頑張っても、心身の強さがなければ、ドロップ・アウトする子供、故障する子供もたくさんいるだろう、
それに、たとえ、心身頑強で週30時間の練習に耐えても、チャンピオンになるとは限らない。
才能や運が足らずに芽を摘まれるのがほとんどだろう、と答えた。

まだ、音楽やダンスの夢を娘に託して練習を強要する親の方が、「敵を倒す」というレトリックを弄しないだけましかもしれない。
音楽やダンスはそれに対する情熱があるだろうが、リチャード・ウィリアムスは最初から「大金」にひきつけられて、「黒人女性のテニス・プレーヤー」という付加価値も巧みに心得たうえで、マネージメントしてきた。

リチャードは早く家を出て路上生活に近い暮らしもした人だそうで、姉妹もギャングの町で時として弾丸がとびかうコートで練習や試合を続けてきたという。

セリーナの生涯獲得賞金はすべての女子プロスポーツ選手を含めて史上1位で8000万ドルを超えるという。
父親はさぞや満足している…のだろうか。

姉妹は私の子供といっていい世代だ。

親の夢と子供の関係についても考えさせられる。

彼女らは、「成功者」なのかもしれないが、なんだか「犠牲者」にも見えてくる。
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by mariastella | 2017-01-30 01:11 | 雑感

アサド大統領の不思議

先日、シリア大統領のバッシャール・アル=アサドについてのドキュメンタリー番組をTVで観た。

私はこのアサド大統領というほど、「自由世界」からの罵倒の言葉とその外見が違う人はいないなあ、といつも不思議に思っていた。

彼が眼科医で、ロンドン大学に留学している時に、兄の死で故国に呼び返されたという過去や、ロンドン生まれのキャリア・ウーマン(銀行の投資部門で働いていた)の美しく聡明そうな奥さんがいることは知っていたので、こんな女性に愛されているのだから悪い男ではないのでは? とも思っていたくらいだ。

迷彩服の兵士たちの間を回るときも真っ白なワイシャツに黒ズボンだったり、モスクで床で礼拝する時もスーツにネクタイ姿だ。

イラクのサダム・フセインだとか、リビアのカダフィだとか、チュニジアのベン=アリだとか、エジプトのムバラクは、いかにも「独裁者」っぽい強面の外見だが、アサドは、内向的で穏やかで、という評判が不思議ではないほど、背は高いが華奢な印象がある。顔もよくみると、かわいいかも。父親のハーフェズの画像検索をすると、独裁者だった父親もすらりと上品な感じだ。

見た目だけなら、どうみてもアサドは理性的な穏健派で、こぶしを振り回す独裁者タイプのトランプとは大違いだ。

そしてアサドは伝統的な「西洋エリートタイプ」の外見をよく心得ていて、それをフルに使っている。

シラク大統領は、フランスにとっての保護国同然のレバノンへの脅威を軽減するために何度もアサドに会っていた。
アサドが大統領に就任する前からだ。

バシャールは自分にとって息子のようなものだ、などと公言していたのだ。

それからいろいろあった。

アサドが、一度は父の時代からの政権の腐敗を一掃しようという改革の気配を見せたにかかわらず、結局父から譲り受けた絶対権力を決して手放さない、そのためには、一般人を含む弾圧(化学兵器も含む)も辞さない、という強硬策に出たのも事実だ。
中東が石油資源を含んで地政学的に複雑なところで、米露欧トルコ、イラン、サウジ、そして数々の軍産複合体の利害と思惑がこの国の「内戦」をこじらせた。

それでも、おなじみの「正義の味方」「国際社会」が干渉して、アサドを放逐してシリアを「民主化」するという方向は動かせないと思われた。

そこに現れた「僥倖」が、誰の目にも分かりやすい「極悪」であるにISだ。

そのうちにフランスについても書くつもりだが、ISの登場によって「救われた」勢力はたくさんある。

ともかく、ISも、最初は「国際社会」から祝福されたシリアの「反アサド軍」も、だんだんと、欧米の目から見ると、「イスラム過激派」に集約されはじめた。

アサドが内戦後初めて国を出た先はプーチンのロシアだ。
ロシアはアサド(とシリア内の自国の軍事基地)を助ける。

そこでまた、イスラムスカーフもかぶらないヨーロッパ人っぽい妻を連れて、スーツとネクタイのアサドが国際メディアに登場。

欧米のジャーナリストも積極的に招いて、インタビューを受け、イメージ戦略を繰り広げ始めた。
ISに破壊されたキリスト教会でキリスト教徒にも寄り添う。

1/26には、英外相のボリス・ジョンソンが、イギリスはアサドの退陣は求めずロシアと協力すると言った。

誰でも、ISの野蛮さやテロを見ると、「アサドの方がまし」だということに異論はない。

ISは、SNSによって、中東の若者やヨーロッパに住む若者を洗脳して、無差別テロを決行させる。

少なくともアサドなら、、シリア政府軍が国境を越えてヨーロッパを攻撃してくることはあり得ない。

けれども、国境を越えてヨーロッパになだれ込んだのは何百万人という「難民」だった。
中東の内戦だと思っていたものが、国境を超えたのだ。

大量の難民の流入という現実は、人権やヒューマニズムを掲げるヨーロッパの「文明国」にとって、ミサイル弾によるよりもずっと、ずっと深いところを狙い撃ちされるものになった。
欧米軍の空爆は、ヨーロッパ人の良心に向かってうち放たれる「大量の難民」というミサイルに対する迎撃ミサイルみたいなものかもしれない。
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by mariastella | 2017-01-29 00:16 | 雑感

トランプ大統領の就任セレモニーを中継で見てしまったこと

アメリカの大統領の就任式やパレードの中継を始めてみた。
考えてみれば、日本と違って、フランスとワシントンは時差が6時間だから、夕方のちょうどいい時間帯にダイレクトにテレビを見ることができる。
昔はずっと中継を垂れ流しているニュース専門チャンネルはなかったし、今回はトランプ大統領の話題が派手だったのと、偶然知人から今やっているよ、と言われてなんとなく見てしまった。

前も思ったけれど、米仏二重国籍の学者、評論家、ジャーナリストもテレビに出ているから、コメントなども日本での解説と少し違う。

もちろん「フランスとの違い」もいろいろ言われる。

アメリカのこのパレードは、フランス大統領のシャンゼリゼのパレードとは違って、愛国主義と政治とカーニバルを一緒にしたようなのが伝統なのだ、とか、

アメリカ人はフランスと違って政府と国家を区別しないのだ、などと言う。

また、アメリカは広いし連邦制だから、大都市は別として、コミュニティが固定しているから、ヒラリーを支持するタイプの人たちがトランプを支持するタイプの人たちと顔を合わせないで何十年も生きていくことが普通にある、ともいっていた。

なるほど。

アメリカの独立を助けたフランス人のラファイエット広場やラファイエット像の美しさもちょっと誇らしそうに語られる。

確かにワシントンのこういう感じは日本とは接点がなさすぎる。

気温は7、8度だそうで、ジャーナリストはコートにマフラー姿だが、要人たちはみなスーツ姿で寒くないのかと思う。しかも小雨が降っている。トランプは前日に雨の予想を聞いて、「平気さ、これで私の髪が本物だって分かる」と言ったとか言わないとか。
オバマのヘリコプターが飛び立つときに前髪がなびいたとコメントされていた。
パレードの後半で雨が止んだ。

10年前にトランプが、自分が大統領選に立候補するなら共和党からだ、共和党支持者はバカだから私に投票するだろう、と言っていたという話も出た。

解説がなくても、フランスとはだいぶ違うのがよくわかる。

リンカーンの使っていた聖書と1955年に母親からもらったという聖書を重ねて手を置いた宣誓、最後に神の加護を願う文言、その後の諸宗教の代表からの祝辞、など、フランス視点ではとても政教分離とは思えない。

フランスの大統領は選ばれてから間もなくエリゼ宮に入ってあっさりと交代するけれど、アメリカでは選出されてから2ヶ月以上も準備期間がある。
オランドのパレードは大雨で、オープンカーでびしょ濡れだったけれど、トランプのリムジンは完全防備で外から見えないし、中には輸血用の血まで用意されているのだそうだ。

舞踏会があって、クリントンは14回、オバマは10回やったがトランプは3回だけだと言っていた。
これは何を意味しているんだろう。ブッシュの回数は言わなかったから民主党の方が多いということなのか? それともトランプのイメージ戦略の一つ?

就任演説が大統領選の時と変わらなかったことも繰り返しコメントされていた。
普通はいったん大統領になったら、前任者も称えて、対立する党の支持者にも手を差し伸べて団結を呼びかけるのに、そうしないで自分の立場に固執したというのだ。前任者を批判するような就任演説をしたのはルーズベルト以来だとも言う。これは一種の革命だ、と興奮するトランプ支持者もいた。

ある意味でアメリカのこの仰々しさは、合衆国だからかなあとも思う。大統領は封建領主の上に立つ王みたいなものだ。力を誇示する必要がある。

それに比べてフランスは、実は「中央集権の絶対王政」気質のまま来ている。それなのにフランス革命がアイデンティティで、宗教や聖なるものは介在させたくない、愛国主義より普遍主義、という建前があるからかえってシンプルだと言える。「大統領、即、王様」のコンセンサスが無意識にあるのだ。

考えてみたら、アメリカは大して変わっていない。
トランプとの比較でオバマがえらく立派な画期的な大統領だったように言われるけれど、私はなにしろ藤永茂さんの愛読者だから、オバマに幻想など露ほども抱いていなかった。

今回のトランプの就任式を前にしての公聴会に何度も「反共」かどうか確認されたりしているのを見ても、アメリカって冷戦から抜けていない。ロシアもそうで、冷戦後にイデオロギーの時代が終わったなんてとても思えない。

アメリカで二大政党が時々政権交代しようが、ソ連がロシアになろうが、基本は変わらず、それでも地政学的戦略がほとんど全部グローバル経済原理のみに立った戦略へとシフトしているので、その間に中国が帝国主義化し、EUが理念なしのテクノクラシーになった。

「まつりごと」としての政治も文化も霊性も凍結されて、経済に奉仕する国家の中途半端な科学主義、消費主義、テクノ資本主義はもはや「意味」を創出しない。

それなのにアメリカでは「民主主義」が、フランスでは「共和国主義」が、その「意味の不在」をメッキするだけの妙なものに変質している。

日曜はフランス社会党の大統領候補予備選の第一回投票だ。

分かっていたとはいえ、このアメリカのお祭り騒ぎのすぐ後で、なんだかすべてむなしく無気力に過ぎていくような気がする。
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by mariastella | 2017-01-21 08:29 | 雑感

慰安婦少女像の話

韓国の慰安婦少女像の設置について日韓合意を踏みにじると日本側が抗議していることについてどう思うかという質問をある知人から受けたところです。

日韓問題は多分普通の日本人と同じくらいにはウォッチングしていますが、とても一言では言えません。

ただ、いつも思うのは、日韓とか、慰安婦とかいうくくりにすると、人間のもっと根本的な自由とか尊厳が損なわれる問題が起きるように思います。

要するに、戦争においては、

男が兵士として「命を差し出す」ように求められているのだから、
女が「性を差し出す」のは当然。

という含意があるのだと思っています。

その両方に異を唱えない限りは根本的な解決はないと思っています。

命を差し出すように求められた兵士たちが「犠牲者」ではなくて「英雄」とみなされている限り、
性を差し出すよう求められた慰安婦も「犠牲者」とは本気では認められないのではないでしょうか。
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by mariastella | 2017-01-19 02:07 | 雑感

dマガジンと、遊川和彦さんのおかあさまの話

インターネットのdマガジンというので日本の雑誌を拾い読みしている。このおかげで、日本に帰った時ももうほとんど週刊誌などは買わない。

そして日本にいても今まで立ち読みすらしたことのないような雑誌まで時々読む。
たとえば「男性ファッション誌」のカテゴリーに入っているGQ JAPAN では鈴木正文さんのEDITOR’S LETTERを今は毎月読んでいる。

全体としては消費文化の爛熟、煽情、健康カルト風記事の蔓延にショックを受けるし、たまに、「欧米では何々…」「キリスト教は何々…」とかいう記事の中の明らかなエラーや偏見や混同を読むと驚いてクリップしておくが、いちいち訂正する暇もない。

いろいろな人のインタビュー記事などは楽しく読むが、昨日読んだ記事の中に素敵な言葉があった。
週刊現代(1/28日号)にあった遊川和彦さんという脚本家(私とほぼ同じ世代)の回想にあるおかあさまの言葉だ。
広島県で母子家庭を支えて苦労していたおかあさまに、東京の映像系の専門学校に行きたいから「学費だけ出してくれ、後はバイトして迷惑かけないから」と息子が頼んだ。

するとおかあさまは笑って了承し、

「私に与えられるのは自由だけだから、あなたの好きにしなさい」

と答えたという。

いいなあ。人間に自由意志を与えて見守った神さまみたいだ。

母子の絆、と言っても、一方が一方を縛る絆であってはいけない。
きっとこのお母様は自分の息子をよく見ていて、信頼が二人の絆だったのだろうなあ。

親の「束縛」から自分を解放して「自由」を奪って自立する人も多いだろうけれど、親に自覚的に「自由」を与えてもらって自立できる人は、「親を否定する」という「原罪」からも自由だ。

愛と祝福は似ている。
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by mariastella | 2017-01-17 02:59 | 雑感

分からない日本語など その4

(これは前の記事の続きです)

Exil(亡命)に引かれているのはフィンランド語Kaihoとウェールズ語hiraethとドイツ語heimweh。

フィンランド語は、行きつくことのない遠い場所を求める嘆き、孤独と激しい欲求と実現不可能の感覚。

ウェールズ語は、亡命の傷。二度と戻れない故郷へのノスタルジー(その故郷は実は訪れたことなどない場所かもしれない)。

ドイツ語は望郷。しかしこの他に対照的なFernwehという言葉があって、それは自分の地平をどんどん広げていくという意味で、これについての解説があった。

私は「Fukushima」など思い浮かべてしまった。

最後の La Fuite 「逃避」。

中央アメリカのスペイン語のAchaplinarseは逃げるかどうかためらった後、チャップリンのように慌てて逃げるという意味だそうだ。
ブラジルのポルトガル語のQuilomboは、逃亡奴隷が奥地で作った共同体のことで、その他にバスク語と日本語があって、この日本語がこの日本語にこの号の最後を飾る長い解説(毎日新聞のTakashi Ishizuka氏の記事)がついている。

この日本語も私は分からなかった。

ひら仮名で検索したら出てきた。

Tendenko 「てんでんこ」である。

津波が来たらてんでんばらばらに逃げろ、ということだ。
他人の指示を待ったり、他の人と一緒に行動しようとする傾向の強い日本人だからこそ、津波の被害を体験した地域ではこのサヴァイヴァルの言葉を言い伝えて来たという風に読み取れる。

フランス語にも同じ意味のsauve-qui-peutという逃げることのできるものはともかく逃げろ、という表現がある。
連帯とか協調とか言っていられないタイプの危機があるということであり、また、そういう風にとりあえず自分の安全のみ確保するという反射によって救われる危機があるということだ。

それにしても、この年末年始特別号のクーリエ・インターナショナルに取り上げられた日本語、

Nensu、
壁ドン、
心中、
鼻血、
おかま
鶏姦、
のぞき、
ちらりズム
うなじ、
腹芸、
阿吽、
過労死、
居眠り、
OGU、
ネトウヨ、
飲みニケーション、
てんでんこ、

って...。 

得意になってこれらの言葉を選んだジャーナリストの目に映っている日本ってどんな国だろう ?
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by mariastella | 2017-01-14 01:56 | 雑感

分からない日本語など その3

(これは昨日の続きです。)

まず昨日の答え。

Corruption(腐敗、汚職)の項には日本語は引かれていません。 
ほっ。安心していいのか・・・・

Mots dangereux (危険な言葉)。

ペルシャ語とヒンディ語に堂々並んで引用されている日本語一つは、

Neto-uyo、ネトウヨでした。

これにはかなり突っ込んだ解説があって、東京新聞が「安倍首相が自分のFacebookにネトウヨのサイトの記事をシェアしたことがある(後に削除)」だとか、左派の時事解説者があってである北原みのりが安倍政権を「ネトウヨ内閣」と呼んだことがある、などと書いてある。

次のparadis(楽園、天国)では日本語は引かれていず、アラビア語が四つと英語一つだ。

英語はLubberlandで、怠け者専用の神話の楽園とある。知らなかった。

次のキイワードは IVRESSE(酩酊)だ。

ロシア語二つ、ドイツ語、デンマーク語一つずつ、ここでも日本語が一つ登場。
日本語の頻度が高い。

その日本語とは、

Nominication だって。

そこにもかなり長い解説があって、日経の統計では60%の日本人が、勤務後の飲み会に行く義務感を感じているとして、東洋経済のサイトのブログに「自腹を切る残業みたいなもの(パトロンが一緒の時は別)」、とあったと引用、日経からは、飲みニケーションについてのセクハラ注意の記事など紹介している。

他の国の言葉は泥酔、二日酔い、迎え酒に当たる言葉で、ロシア語のものにだけ、深刻な社会問題が提起されている。

次に、Bonheur(幸福)。

中国語はQING(遠い山の緑、または青)。ハンガリー語が「他者のつらさを見て得られる幸福)、ロシア語は「払うつもりでいたのに突然無償になる幸福」という意味の言葉。

ナバホ・インディアンの「生命、自然の美しさを見て喜びを得る生き方」、タイ語の「人生のすべてに喜びを求める」、スウェーデン語の「人生を深く愛しぎりぎりまでそれを生きようとする人」、ノルウェー語の「自然との完全な調和の状態」などと、なかなか哲学的なものもある。こにsekasekaという言葉があったので、また変なチョイスの日本語かと思ったら、コンゴやザンビアの言葉で、「理由なく笑う」という意味だった。 ほっとする。でも、幸福の項で取り上げられないのも寂しい。

次のHiver (冬)には圧倒的にロシア語が多い。エスキモーのイヌイット語もある。チョイスには地球温暖化のエコロジー的視点が感じられる。日本語はない。

最後は Exil(亡命)とLa Fuite(逃避)という難民問題を抱えたヨーロッパならではのキイワード。

さて、この二つに日本語は引かれているでしょうか? 引かれているとしたら、何でしょう?

(続く)
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by mariastella | 2017-01-13 07:10 | 雑感

分からない日本語など その2

(これは昨日の続きです。)

まず昨日の答え。

Travail(仕事、労働)を表す「よその言葉」として引かれているのが英語ふたつと日本語ふたつ。

まず英語がto cram で、日本語がkaroshi だ。to cram は過労死の前の状態かも。

「働きすぎによる死、日本では法律で認められた言葉」、と解説にあった。
これは確かによく知られていてフランス語として通用している場合もあるくらいだ。

二つ目は英語がTo moonlightで、夜に二つ目の仕事をすること。非合法なものが多い、とある。

日本語はinemuri。

丁寧に解説されている。居眠りはほとんど国民的スポーツで、ケンブリッジの人類学者が電車の吊革につかまったまま寝るサラリーマンの存在を報告していると。
日本はOECDの中で韓国に次いで睡眠時間が少ない、公共の場のセキュリティがしっかりしているのが要因かもしれない、週刊文春は居眠りがマイクロ・シエスタの役割を果たして健康の役に立つと書いている、オムロンは議員が60%以上居眠りしたら自動的にSMSを送って起こすというアプリを開発した、などといろいろ。

Créativité(創造性)の項で引かれている日本語は ogu 。

私には意味が不明。

解説には「使用不能な実用品を発明する業。例えば、パスタを冷ますためにフォークにつける携帯用の扇風機」とある。何? (検索しても出てこない。どなたか教えてください)

さて次はCorruption(腐敗、汚職)。

メキシカンが圧倒的に多い。果たして日本語は引かれているでしょうか? いるとしたらなんだと思いますか?

次が Nouveaux riches(新興富裕層)。ニューリッチ。ここは中国語のオンパレード。「成金」という日本語はまっとうすぎるのか出てきません。

その次は Mots dangereux (危険な言葉)。

引かれているのはペルシャ語とヒンディ語に堂々並んで日本語一つ。何だと思いますか?

次がparadis(楽園、天国)。

日本語は引かれているでしょうか? いるとしたら何?

(続く)
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by mariastella | 2017-01-12 03:19 | 雑感

分からない日本語など その1

日本でもクーリエ・ジャポンという関連誌があるフランスの『Courrier international』の1363号は12/15-1/4 でいわば年末年始の特別号だった。

「よその言葉」(他者の言葉)というテーマで、フランス語のいくつかのキーワードの外国語を紹介してフランスにはないコンセプトを開設するという比較文化的なものだ。

まあ、面白おかしくできているので、恣意的な選択であるのは当然なのだけれど、日本語が引かれている率がかなり多くて、しかもその中には私の分からない言葉がいくつもあった。

いくらサブカル的選択としてもなんだか抵抗のあるものもある。

最初の言葉がPouvoir(権力)。

これには日本語が紹介されていない。ジャワ語、中国語、ヘブライ語、ハンガリー、ウクライナ語などが挙がる。

次のVoyous(不良)は ロシア俗語、ブラジルのポルトガル語みっつ、ローマ俗語ふたつなど。

次がAmour(アムール、愛)。
ここにはメインページに日本語がふたつも。その後のサブページにはアラビア語が目立つ。たとえばAlkhoullaは愛と友情の混ざったもの、というようにさまざまなニュアンスだ。ここにも日本語がなんと7つも。

私が思いつくとしたら愛、恋、大切、いつくしみ、とかだけれど、ここに引かれているのは、

メインの2つが

nensu
kabédon

壁ドンは私にもわかった。解説には、男の子が女の子を壁に押し付けて右手を壁につけ、目を見つめる、とあり、日本では女の子はこれが大好きだとある。・・・・・・

nensu は胸を高鳴らせて同性の人にやさしく思いをはせる、とある。 ???

サブのリストに出てくる日本語は、
Shinju、
Hanaji (性的興奮。日本では鼻の大きさが男性器の大きさを表す、とある)、
Okama(通常受け身の男娼)、
Keikan(解説を読むまで何のことか分からなかった)、
Nozoki、
Chirarism、
Unaji

の七つ。

話を面白くするためだとしても「愛」で出てくる日本語がこれってあんまりじゃ…。
これを担当したのが日本にいるフランス人ジャーナリストだとしたら、サブカルオタクみたいな人で他の日本語ができるフランス人に対して自分のディープな知識を披露したいのだろうか。

その次がNON-DITS
つまり、言われないこと。(ディスクールの最中の「えー」とか「うー」とかいうためらいは、言葉と同じくらいに理解にとって不可欠なものである、とある)

ここには、ペルシャ語、韓国語が一つずつ、日本語は二つ。

Haragei(内臓的、間接的、非言語的コミュニケーション)
AH-UN(モノの最初と最後。とても親しい友人間の無言のコミュニケーション)

だって。

腹芸には「腹にいちもつある」みたいな言葉とリンクしている感がもっと強い気がする。
阿吽はいいとしても、どうせなら仏教的な意味も書いてほしい。

次の「怒り」には米語三つと英語一つ。

このチョイスを見ているとまあ、時事問題を解説したいという気持ちは分かる。

Redneck,  white trash,  hillbilly,  underdog

日本語はない。日本語のネット語の「死ね!」とかは出てこないようだ。

次はTravail(仕事、労働)。

ここには、ドイツ語、メキシカン、セネガル語とともに英語ふたつと日本語ふたつ。

何だと思いますか?  (続く)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
次はCréativité(創造性)。英語、アラブ語、ドイツ語、メキシカン、ヒンディ語、ボーランド語、エスペラント語とにぎやかで、日本語も一つ入っています。何でしょう ? ちなみに私はこの日本語も解説もよく分からなかった。

(続く)
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by mariastella | 2017-01-11 00:38 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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