L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:宗教( 300 )

500周年を迎えるルターの宗教改革のゲルマン性

ルターの95ヶ条から500年、今年に入ってからルター派についていろいろと読んで、今までいかにbkbsi ちゃんと向かいあっていなかったが分かった。

確かに、考えてみたら、フランソワ一世がいた頃のフランスになぜこうもルターの改革派教会が根付かなかったのかということは、日本にキリスト教が根付かなかったということと同じくらい興味深いテーマをはらんでいる。

私は今まで、それはフランスのガリア教会主義が認められていたから(1516年8/18にレオ10世が前年に戴冠したフランソワ一世にフランスの司教を指名する権利を与えるなどのコンコルダを締結している)だと表現してきたし、それは間違いではないのだけれど、もっと根深いものがある。

ひとことでいうと、ルターの改革派教会とは、「キリスト教のラテン・インカルチュレーション」であったローマ・カトリックから分派した、「キリスト教のゲルマン・インカルチュレーション」だったのだなあ、と思う。

当時のカトリック教会についてルターの批判したようなことはカトリック教会の内部でもいろいろな人が声を上げていた。免罪符や聖職売買や司祭の要請についての多くの点の改革すべきところは自明だった。フランスでもギョーム・ブリソネなどが批判していた。けれども、「救い」の場から聖母や聖人を締め出すことはしなかった。「聖母と聖人と煉獄に関しては批判しない」というコンセンサスができた時にカトリックを去った人(ギヨーム・ファレムなど)などもいる。

ルターが死んだとき、多くのプロテスタント教会にルターの実物大の肖像画が描かれたり、デスマスクと手足の型がとられて服を着せられて保存されたりしたのも、カトリックの「聖人崇敬」が実は広く人々の必要に応えたものだったことを反映している。

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(ルターのデスマスク)

ルターもかなりのものをラテン語で書いていたし、ラテン語の著作はフランスでもそのまますぐに読まれた。ストラスブルク、バーゼル、パリ、リヨンなどの印刷業者を通してラテン語からやドイツ語からの仏訳もかなり出回った。1534年までに15作と、エラスムスの著作のフランス語訳よりも多い。

それでもルターは「ドイツのヒーロー」だった。
今から200年前の1817年の10月には、ルターが身を隠したワルトブルク城で500人の学生が改革300周年と、プロイセン王国がライプツィヒでナポレオン軍を破った4周年とを同時に祝った。
第一次大戦のときのドイツのプロパガンダではルターとビスマルクがドイツの根幹を形成してい(た。イタリア人のローマ教皇やフランス人のカルヴァンに反対したということが、ドイツのアイデンティティを称揚したのだ。

ローマカトリック教会のラテン性もルター教会のゲルマン性も(さらにいえば聖公会のようなアングロサクソン性も)、みなそれぞれの地域でインカルチュレーション(文化変容)したキリスト教なのだが、日本のような国からは、みなまとめて「欧米の宗教」だと見なされきた。プロテスタントの民族性を分けて考えることは少ないだろう。

なぜフランスにルーテル教会が根を下ろさなかったのかを引き続き考えていくことで気づかされることは少なくない。
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by mariastella | 2017-04-23 06:01 | 宗教

復活祭の聖週間の始まりのカテドラルと桜

復活祭の聖週間の始まりは枝の主日だ。

エルサレムではシュロの葉だろうが、北のヨーロッパではもっぱら柘植の小枝で、一昔前のフランドルではどこのうちにも前の年に祝福してもらった枯れた小枝がおいてあった。

それは次の年に燃やされて灰の水曜日に額に塗ってもらう灰になるというリサイクル。

この写真で手前の人々が持っているのが柘植。

今では都会ならそれらしい大ぶりの葉を調達できるが、昔の田舎は本当に柘植一種だった。

基本なんでもよくて、自分のうちの庭の木の小枝を持って行ってOK。

教会はどこも歩いて行ける距離だからという事情もある。

何も持ってこなかった人に柘植の小枝を配って、小銭の献金を入れる場合もあるし、小枝を折って分け合うこともある。どんな枝でも聖水をふりかけてもらえば満足。

先日、生まれてはじめて日本の教会の枝の主日に参加したら、立派な葉っぱを、大きめのと小さめのとを選べるようにして全員に配っていた。

東京カテドラルの前は、人でいっぱいで、「ここだけ聖週間」という不思議なテーマパークみたいだった。

カテドラルには聖遺物が増えていて、フランス人の女性が、こういうのはルネサンス時代の巡礼者相手の金儲けだったから私は大嫌い、と、年配の日本女性にフランス語でまくし立てていた。

ミサの間に平和の儀とか平和の挨拶と呼ばれるものがあって、日本ではただ会釈するだけみたいな感じで席から離れないのだけれど、フランスでは、結構、席から移動して握手し合う。
抱き合う人もいればキスするカップルもいる。

東京のカテドラルでは隣がアメリカ人らしい女性2人(英語の式次第を読んでいた)だったので、つい握手の手を出すと、向こうもにっこりして握手したので、アメリカでもそれが普通なのかなあ、と思った。

目白の駅前の学習院大学の構内の桜が満開で「日本の復活祭」という趣があったので、インカルチュレーションってことで「桜の小枝の日曜日」にしたら奇麗なのに、お昼から聖水ならぬ雨が降ってきた。

一週間後にはもう花は散っているだろうけれど、復活祭には若葉も、よく似合う。
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by mariastella | 2017-04-13 03:21 | 宗教

フランスとイスラム その13---- 黒いISと白いIS (続き)

カメル・ダウドの2015/11/20の記事の続き

ワッハーブ宗は、18世紀に生まれたメシア的過激派だ。
コーランとメディナとメッカと砂漠へのファンタズムに基づいてイスラムのカリファを再建しようとして生まれた一種のピューリタリニスムである。

多くの血を流した。女性差別を徹底したほか、聖地に異教徒を入れないとなどと決めた。

宗教的に謹厳で、特に図像についての統制を厳しくした。
あらゆる画像表現、肉体、裸、自由が排除される。

サウジアラビアとは「成功したIS」なのだ。

欧米諸国がそれを見ようとしないのは驚くべきことだ。

彼らはこの神権政治に同盟国として敬意を表し、イスラム過激派のイデオロギーの主要メセナであることに目をつぶる。

いわゆるアラブ世界の過激派の新世代は、ジハディストとして生まれてきたのではない、
イスラムのヴァティカンとでもいうべき、ファトワ・ヴァレーによって哺育されたのだ。

神学者、宗教法、書物、アグレッシヴなメディア政策を生む膨大な産業がそれを支えていた。

(続く)
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by mariastella | 2017-03-11 00:54 | 宗教

カリスマ司祭が結婚で教区を離れる話

昨日に続いてさらにもう一つ最近気になった話題で寄り道。

リヨンの名物司祭ダヴィッド・グレアが結婚する。

先週の日曜日、彼の教区サント・ブランディーヌ教会のミサに、彼は姿を見せず、代理の司祭から彼の手紙が読み上げられた。

45歳のグレア師は、栄光という名のロックグループを率いて「ポップ賛歌」というコンサートツアーによってフランス中に知られていた。いろいろな映画にも司祭役で出演している。
2000年に29歳で叙階され、21世紀の福音宣教について大いなる情熱を燃やしていた。

毎週の教会は満員状態で、人々は歌と音楽と喜びとエクスタシーの混ざったような盛り上がりを見せていた。

彼の「説教」の一例はこんな感じ。(雰囲気だけどうぞ)(この説教の感想はというと、うーん、よくできてるし彼の思い入れが伝わってくるし、この説教に感動してからこの教会を後にする人の人生は、少なくとも入る前よりも悪くはなっていないだろう。他の人の人生をより害するということはないだろう。ここで説明されるヤコブの話についてはいつかまた書いてみたい)

これは彼のミサでの演奏の様子。主の祈りが歌われ、若者たちが恍惚となっているのが分かる。


いわゆるカリスマ司祭であり、福音派のメガチャーチではないが、こういう個性的な人のパフォーマンスがないと、今どきの若い人の心をとらえられないのかもしれない。

私は何にしろ「集団の熱狂」というものが苦手で、特にそれを外から見ていると全く共感に向かわない。むしろ警戒してしまう。

でも、グレア師のような雰囲気で、ファンに囲まれていたら、いつかしかるべき女性とめぐりあって結婚へと向かうというのは、不思議なこととは思えない。

彼はその女性と暮らすように「神から呼ばれた」という表現をした。

司祭でいることの歓びと結婚する望みを教会の中で両立できるか模索してリヨン大司教バルバラン枢機卿に相談した。枢機卿は、教皇に会うようにとアドバイスした。

実際グレア師はバチカンでフランシスコ教皇に会ったという。教皇はやさしく耳を傾けてくれ、彼の模索が理に適っていることを評価してくれた、らしい。

枢機卿は教皇と話し合い、グレア師に少し時間をおいてじっくり考えるように、識別の時間を持つようにと言った。

結局、愛する女性と暮らすことを神に促されたと感じて、結婚を決めて、教区を離れることを選んだ。復活祭前の四旬節が始まる前にと思ったのかもしれない。

上にリンクした説教の終りに彼は創世記の一節(28-15)を引用している。

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

これはヤコブの夢の中にでてきた神の言葉だが、グレア師も「神に見捨てられない」ことを知っているのだ。旧約の神というと嫉妬深く怒りっぽいイメージがあるが、この神の言葉は確かに心強い。

「司祭」であることは聖霊による聖別だから取り消されないが、「職務停止」ということになる。これからもロックグループで歌って福音宣教するのだろうか。

新司祭は9月に任命される予定でそれまではリヨンのカトリック大学付きの司祭が代行する。
3月5日には枢機卿が来て教区民に話すという。

信徒たちとあれだけ熱烈な関係にあった人だから、グレア師にとって最大の「罰」は手紙ではなく直接彼らに説明できなかったことだろう。

カトリック教会の司祭の独身制が固まったのは1139年の公会議のことだった。
中世の間は、あまり深刻な問題ではなかった。当時の司祭のほとんどは農村部にいたわけで、普通に同棲して子供も育てていたからだ。問題になったのは、プロテスタントの宗教改革の後でカトリック教会が態勢を立て直し、「神学校」を作って厳格なカリキュラムを組むようになり、独身制を守っていた都市部の宣教師らが農村地帯に送られるようになってからだ。

それでも20世紀のフランスの田舎には、身の回りの世話をする「家政婦」と公然と暮らしている司祭がいた。

20世紀には他の「妻帯司祭」もカトリック教会に流入した。ポーランドなど旧共産圏で無理やり妻帯することになった司祭たちの受け入れや、女性司祭の解禁に反対してカトリック教会に合流することを望むイギリス聖公会の妻帯司祭などだ。
また、グレア師のように、恋愛して結婚する若い司祭もいたが、若い司祭が激減するフランスでは専属司祭のいない教会がたくさんできて、需要が供給をはるかに上まっているから、なかったことにしてそのまま教区司祭を続けるケースもあった。
信者のメンタリティも変わったから、プロテスタントの「牧師夫妻」のように司祭のカップルを受け入れているところもあった。

それに、映画『沈黙』ではないが、形だけ踏み絵を踏んでも信仰が消えるわけではないように、妻帯司祭もほとんどの場合、結婚したからといって「信仰」を捨てたわけではないし、司祭を「天職」と感じ続けている人が大部分である。信仰があるからこそ、ちゃんと結婚して添い遂げようと思っているわけだし。

フランスには妻帯司祭の家族の互助会も存在する。
しかし、こういうカップルで後で離婚するケースはどのくらいいあるのだろう。
もちろん結婚に当たっての覚悟が普通とは違うだろうからかなりがんばると思うけれどゼロだとは思えない。本人や妻の浮気だとか、愛が冷めるとか、などの場合も罪悪感などが半端ではないに違いない。でも一信徒として司祭に告解を重ねて解消できているのかもしれない。

結婚に後悔することは?

うまくいっている人の証言しか読んだことがないので分からない。

リアルではもう40年近く前に、日本人の奥様と東京で暮らしているフランス人の元司祭夫妻と食事をしたことがあるが、その時はとても突っ込んだ質問なんかできなかった。

リヨンのバルバラン枢機卿は、司祭の小児性愛事件を厳しく扱わなかったことなどでさんざん叩かれたところだし、なんだか気の毒だ。

ラジオでパリ大司教ヴァントトロワ枢機卿がこの件についてインタビューされて、やはり元気のない声で、

「いや、問題は独身制でなく、約束に忠実であるかどうかなのです」

と答えていた。

今のカトリック教会では司祭になる時に独身でいることと、司教に服従することのふたつを約束することになっている。
修道会に入る人は、「清貧、貞潔、服従」の誓いを立てるが、司祭は厳密にいえば「結婚」さえしなければ「貞潔」の方は「約束」したわけではない。
それはまあ基本的に「結婚」以外の性的関係が最初から「想定外」であるからだ。

チベットのお坊さんたちの「授戒」の時に、結婚どころか、女とも男とも動物とも性的関係を持たないとされるのと比べると、カトリックって以外に「お花畑」?

いや、独身制の確立までにはいろいろな段階があって、最初はすでに結婚していたり同棲したりしている人は問題ないとされたり、禁欲すればOKとされたりの時代もあって、「人間が創りあげていくシステム」の複雑さを反映しているだけだ。(下にリンクしたディドロの記事に詳しく載っていて興味深い)

でも今や60歳以下のフランス人司祭は絶滅危惧種と言われている時代なのだから、今こそ、250年前に百科全書でディドロが述べている司祭の結婚のメリットを考え直す時代かもしれない。
司祭は平均の男よりも「いい夫」で添い遂げる確率が大きいから、幸せな妻が増える。安定した夫婦に育てられる敬虔で善良な子供が増えるし、家族がみんな信者になるのだから信者も増える。司祭の性的フラストレーションによる問題も減る。独身であることに耐えるよりも、妻や子供から来るプレッシャーに耐える方が人間が鍛えられる…etcで、想定される反論にもいちいち答えている。

あ、でも、百科全書はクレメンス13世によって1759/3/5(ディドロのこの記事は1752)に禁書目録に入れられたんだから、無理かも。(禁書目録システムは実効の意味がなくなったので1966年になくなっているけれど、これらの本は一応注意してくださいね、というニュアンスは残された。でも、考えてみると、禁書目録と言っても、いったん禁書にされたコペルニクスやガリレイの本が禁書を正式に解除されたりしているので、禁書があった時代のローマ教会もそれなりに良心的。)

なんにしても、司祭から相談されると司教は見て見ぬふりはできない。
しかも、いろいろ「不都合」なことをつい曖昧にしておいたり世間の目から隠しておいたりする体質を放置すると、小児虐待司祭のような重大なケースも出てくるわけだ。
司祭たちの恋愛や結婚も犯罪も全部まとめて監督責任を負わせられる気の毒な司教たちにも神からの「福音」がちゃんと届いていることを信じよう。
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by mariastella | 2017-02-24 00:09 | 宗教

『沈黙』をめぐって  その8

中断していたスコセッシのインタビューから。(カトリック雑誌より)

---『クンドゥン』との関係。仏教への傾倒について。

仏教の静謐さ、瞑想が好き。宇宙と対立するのではなくその中に居場所を見つけること。台湾でも日本でも自然と一体化するするやり方を見た。それも神性の一種の受容かもしれない。けれどもキリスト教の要求の高さ、他者をのことを考えるように仕向けるところが私の気に入っている。私は映画人としてはエゴイストだが、子供の時からキリスト教的考え方に影響を受けている。

(これはなかなか突っ込みどころが多い。仏教にもキリスト教にも静謐や沈黙の修行や伝統もあればやかましいものもある。他者に施しをせよという戒は仏教にもある。自然と一体化とか宇宙の中に居場所を、というのは確かにキリスト教にはない見方とだと思われそうだが、キリスト教は自然や宇宙も人間と同じ「創造物」としているのだから、人はすでに自然と同じ側にあるのだ。神は宇宙や自然の外に、超越した存在だ。ギリシャやオリエントの多神教世界では自然や宇宙の側に「人間を超えた」もの(神?)を見ているのだから、一体化は時として「諦念」だったりもする。でも、そもそも、エジプトもギリシャもパレスティナも日本も、大きく見れば「ローラシア神話文化圏 ⁽『キリスト教の謎ー奇蹟を数字から読み解く(中央公論新社)』第六章p83参照)」なのだから、太陽を崇める神のヒエラルキーや、「国づくり」神話のような「神による人間世界の創造」というテーマも実は共通している。初期にデウスを大日と訳した誤解などは別としても、根本のところで親和性があったという気がする)

---ロドリゴとキチジロー、司祭とユダのどちらに近いですか?

初めはロドリゴに近いと思っていたが、結局はキチジローだ。善いことをしようと思うのにいつもぼろぼろになる。力がなく、自分にも他人にも誤ったことをする。でもある意味でキチジローはロドリゴの師(メンター)だとも言える。そして最後まで彼のそばに残った。


( キチジローはユダというよりパウロだなあと思う。パウロは「ローマの信徒への手紙」の7 章でこういうことを言っている。

わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。
わたしは、自分のしていることが分かりません。
自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。
そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。
わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。
善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。

これってキチジローそのものだ。そして多分、誰でもそうだろう。自分の中で天使と悪魔が戦っている、という感じよりも、デフォルトが悪で、善は「望むもの」としてしか存在しない。

だからこそ、望まない悪を犯したことを後悔し、告解すれば免償してもらえるカトリックのシステムはキチジローにとって「希望」そのものだった。性懲りもなくあんなに何度も赦してもらいにくるなよ、と思ってしまうが、悪業のカルマを積むばかりで来生は畜生道に落ちるしかない、と絶望したり良心の呵責に苦しめられたりするのはつらい。司祭に告解して、重荷を下ろしてもらえて、さあ、行きなさい、と懲りずに信頼してもらえるカトリックの方がセラピーとしてすっきりする。キチジローがロドリゴのメンターだというのもこれに通じるだろう。ロドリゴが踏んだ踏み絵のイエスは、自分自身の自尊感情だったのだ。)
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by mariastella | 2017-02-12 06:38 | 宗教

『沈黙』をめぐって その6

『沈黙』のテーマに関しての考察を当分続ける。
 
この映画の中で、日本には「キリスト教が根付かない」とい有名なくだりがある。
植え付けても根枯れする、というのだ。

日本語で文化と訳されるカルチャーという言葉はもともと植物の栽培に関した言葉だ。

で、この映画では、キリスト教、あるいは「普遍協会」の「アカルチュレーション」は不可能だと言っている。aculturation は、栽培で言うと「移植」だ。臓器移植で拒否反応が出て失敗するという言葉も連想する。
で、今のカトリック教会(第二バチカン以降)というのは、もうaculturationはやめて、インカルチュレーション inculturation (栽培で言うと埋め込み)の時代だよね、ということになっている。
つまり、帝国主義の侵略と親和性のあるようなアカルチュレーションはやめて、種だけ持って行って現地のやり方で育てよう、という感じか。

詳しく知りたい人には 2013年のコンゴで出たこの文を読むと感動的によくわかる。

人間の宗教的な「召命」と文化とにはオーガニック(有機的)なリンクがある。「普遍教会」であろうとなかろうと、その宗教的な表現はすべて「文化」に結びついたものだ、とある。
つまり、ローマ教会が「普遍」の教えだと思っていたものは、「普遍」をヨーロッパ文化の文脈で表現した教えだったという当たり前のことだ。

木を移植するのにはそれに適した気候、風土の研究が必要だ。ヨーロッパ産のものがすぐに日本に根付くとは限らない。
ローマ教会は、パレスティナから広がったキリスト者たちが広めた考え方を「体制宗教」としていく中でしっかり自分ちでインカルチュレーションしていた。種が埋め込まれて、風土に適した新種が育ったのだ。そういう形でなければ新しい宗教が習俗や伝統としては根付くことはない。

で、一六、七世紀のフランシスコ会やイエズス会は別として(中国のマテオ・リッチなどかなりインカルチャーした人もいたけれど)、遠藤周作が影響を受けた近代以降のフランスのパリ外国宣教会はアジア専門だったこともあって、よーし、今度こそ失敗しないぞ、とがんばった。
彼らが建てた日本人向けの教会には畳敷きのところが多かったのもその意気込みを表している。
長崎で「隠れキリシタン」を「発見」したのがパリ外宣の神父で、フランスのカトリックは沸きに沸いた。原種に近く戻す必要はあったけれど、「インカルチュレーション」の奇蹟だと思った。
でも、隠れキリシタンではなく、宣教師らの作ったミッションスクールなどを通してキリスト教を「欧風文化」の一環とみなしていた日本人の感覚とはかえってずれていたかもしれない。

要するにこういうことだ。

ローマ教会が、自分たちの「普遍」も文化の一形態であり、それを超えたところに真のルーツである「普遍価値」があり、それを異文化世界で広め認めてもらうことは不可能ではないのだ、とようやく理解するためには、

プロテスタントに離反され、
宗教戦争で血を流し、
近代革命に追放され、
政治の道具にされ、
自分たちの内部でしっかり根腐れを起こしているのも何度も土を入れ替えたり品種改良したり、
そうこうしているうちに人々の心が離反していった、

そういう経験のすべてを必要としたということだ。

こうなるといいかげん、宗教としては「終わりのコンテンツ」となっても不思議ではなかったのだけれど、そうならなかったのにはわけがある。

それは『沈黙』とは別の話なので別のところで。

ともかく、『沈黙』でフェレイラが「この国って絶対無理なんだ」って言っているのは、

アカルチュレーションのやり方で「真理の花」を咲かせるっていう方法論が間違っているんだよ、

と気づいたと言っているのだ。

けれども前の記事でも書いたように、一七世紀前後のヨーロッパのキリスト教世界というのは、一応同じ文化の中だったのに、地質が変わり、栽培法も変わり、「真理」も「花」も、その有用性はおろか存在すら疑われた時代だった。
イエズス会士たちはそれを十分知っている。

「拷問に負けて棄教はしたけれど心の底では信仰を捨てずにずっと神を信じて生きていきましたとさ」というようなお花畑な話とは無縁だった。

「社会の秩序維持のため、キリストへの愛のため司祭職を全うするけれど、心の底では無神論の誘惑にさらされて疑いと迷いの中で生きていきました」というケースの方が縁がある。

通辞と井上様がロドリゴのことを「よし、あいつは傲慢だから絶対転ぶぞ、」という感じで予測した人間観察は正しかった。(続く)
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by mariastella | 2017-02-10 01:13 | 宗教

高山右近の列福式と『沈黙』の関係など

高山右近の列福式のビデオをネットで試聴した。

へー、大阪城ホールってこんなに大きいんだというのが第一印象。
メガ・チャーチみたいだなあ。

長崎での列福式とか列聖式などでは、周り一帯がテーマパーク風になる感じなので不思議ではないけれど、大阪って、南蛮文化館を観に行ったことがあるくらいで、カトリックの教会など見たことがない。

それなのにこの大盛況って、やっぱり、元大名っていうインパクトだろうか。小説やドラマで戦国ものは日本人の好きなテーマだし、去年の大河ドラマもキリシタン弾圧とか細川ガラシャとか、右近と同時代のものだったようだから、タイムリーだったのかもしれない。

以前の殉教者セレモニーの時にも書いたけれど、時の主権者の政令に背いた犯罪者を称えることに躊躇する中国なんかと違って、判官びいきというか、つらい最期を遂げた人に共感を持つ日本って悪くない。

忠臣蔵だって、言ってみれば、殿中で刃傷沙汰を起こして罰せられた主君の仇という名目で、たった一人の相手を討つのに武装した47人が攻め込むなんて、しかも、ただ警備の任務に就いているだけの武士たちを殺したのだろうから、なんだかひどい話にも思えるが、日本人好みのストーリーだ。

高山右近の方は、殺されたわけでもないし、拷問も受けなかった。

その後のキリシタン迫害では、ひどい拷問のために宣教師さえ棄教したということは、映画『沈黙』で描かれているとおりだ。

右近はマニラに追放されてすぐに客死して、殉教と認められたわけだが、彼がこういう撤退の仕方をしてくれたことの意味は実は大きい。

その後のひどい迫害の後でも、そのことがカトリック教会に知られていたにもかかわらず、いわゆる「十字軍」的な日本への侵攻が試みられなかったからだ。戦国大名という立場の右近が「叛旗を翻す」ような行動をとらなかったことはすばらしいメッセージだ。

当時の迫害には三種類ある。

最初は長崎の26殉教聖人のように、天を称えて十字架に架けられた人々。
これは、迫害する側にとってはまずい結果だった。
まさに、「殉教聖者」を誕生させたわけだから。

十字架上で殉教するなど、同じように磔刑死したイエス・キリストをいただくキリシタンにとっては「光栄」でしかない。信仰の強さが信仰の正しさを証明するようになっては藪蛇である。

次に追放。

追放するなら、特に、キリシタン大名の追放なら、領地や財産を没収できるからまだ実利がある。

しかしそれではもうやっていけなかった。

で、拷問をエスカレートさせる。
コストパフォーマンスの関係からいうと、拷問して棄教させるのが一番有効である。
特に「指導者」たちを。

それが『沈黙』の世界だ。

で、それでも、なんというか、この世界は一応全体としては「野蛮」から「文明」の方に向かっている。

今のISのような「野蛮な宗教過激派」が中東のキリスト教コミュニティ(中東は世界で一番古いキリスト教コミュニティのある場所だ)を支配した時も、キリスト者に選択肢を与えた。

まずキリスト教を捨てさせてイスラムに改宗を迫る。

改宗しない者にはいくつか選択がある。

金を払う(だからといって自由に信心行がで切るわけではない)。
家財産を捨てて出ていく。
逃げ遅れた者、金を払わない者、は首を切られて殺される。

多くの人がイラクやシリアから出て行った。
それが今のヨーロッパの難民問題の始まりだ。

そして、中東のキリスト教徒を迫害するISはけしからん、ということで、同盟軍が、空爆という名の「十字軍」侵攻を始めた。

もちろんいろいろ状況も時代も違うけれど、基本的にはこういうシナリオがある。

そう、高山右近と彼と共にマニラに追放された300人の日本キリシタンは、「宗教難民」なのだ。

『沈黙』のタイプの拷問と棄教は、もう古いタイプの迫害である。

高山右近型の「難民」をどう受け入れてどう評価し、迫害者をどう扱ってどう評価するかが、今問われている。

このことについては別の場所でも書くことにしているけれど、そういう意味で右近が2017年の今列福されるということは意義深い。

列福式では右近が追放されたにかかわらず、神に従い光へと向かう喜びと希望の中にいたというようなことがコメントされていたので、スコセッシの言葉を思い出した。

スコセッシも、悲惨で残酷に見える『沈黙』の一番のテーマは、実は、ミゼリコルド(神の慈しみ)とそれに対する「喜び」なのだ、と言う。

痛めつけられて殺されるので自衛のために脳からドーパミンが放出されて歓びになるんじゃないのか、というわけではないようだ。(その喜びの正体は今なんとなく分かるが、別の機会に書く)

でもとりあえず生き延びようと逃れるシリアの難民たちは、ヨーロッパの国々が「与えてくれる」ミゼリコルドにはたして希望を持っているのだろうか。

難民を宗旨に関係なく受け入れよという今のローマ教皇の呼びかけは、「慈しみ」の特別聖年を設けた人だけあって、筋が通っている。

一応キリスト教のトランプ大統領は、南米出身のフランシスコ教皇が選出された背景にはオバマ大統領とヒラリー国務長官の陰謀があった、として、調査を命じたそうだ。
笑える。

そして、

いつか列福される可能性もなく、立派なミサを捧げてもらえることもなく、ただ、家も故郷も捨てて、命がけで徒歩や危険な船で「政教分離の文明国?」にやってきて鉄条網に阻まれる人々のことを考える。

「政教分離の文明国」に生まれ育ちながら、その底辺で、住むところも持たず、寒空で飢えたり凍えたり、孤独に苦しんだりする人々のことを考える。
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by mariastella | 2017-02-08 01:24 | 宗教

マーティン・スコセッシの『沈黙』 をめぐって(その4)

スコセッシはニューヨークのリトル・イタリーという地区で育った。
一方にギャングや不良グループがいてもう一方にカトリックの司祭たちがいる、という環境だ。

彼に外の世界への目を開いてくれたのは11歳から17歳まで指導された司祭だった。
司祭は、スコセッシにイギリスの小説家グレアム・グリーンの『権力と栄光』(1940)を読むように勧めた。

グレアム・グリーンは、イギリス国教会からカトリックに転向した人だ。
この小説は20世紀前半のメキシコ革命下のカトリック迫害をテーマにしたものだ。ウィスキーを飲んでアル中気味の神父がカトリック摘発の警察当局から逃亡して村に隠れるが、当局は村人を人実にとって神父を誘い出そうとする。同僚には当局の弾圧に負けて結婚した神父もいる。

遠藤周作は『沈黙』を書くのにこの本の影響を受けたと明言している。

司祭に勧められてスコセッシが読んだものではこの本だけはない。
もう一冊は、Dwight MacDonaldの『ある革命家の回想』(1960)で、トロツキストからソ連を憎む平和主義者に転向したNY生まれのジャーナリストの作品だった。

スコセッシはぜん息でアパルトマンに閉じこもる少年時代だったから、司祭との出会いや読書が大きな影響を与えたことは確かだろう。

『最後の誘惑』の後でポール・ムーアから「本気で信仰について語りたいのならぜひこれを」と『沈黙』を渡され、ロドリゴの棄教のシーンにはまった。
キリスト教の基礎となるメッセージ隣人愛や汝の敵を愛せよ、に立ち返って信仰を考えようとした。革命的だと思った。ユートピアかもしれないが、非暴力に価値を与えたことで人類はサバイバルに成功したのだ。

とスコセッシは語る。

なるほど。

1920年代、チェスタートンらと同じ時期にカトリックに転向したグレアム・グリーンは、1930年代には共産党に入党した。どちらも当時の知識人にとって一種のブームだったという。晩年にも、確信を持ったカトリック信者と共産主義者には共感があると言っている。「解放の神学」などの影響も想像できる。

『栄光と権力』の直接の舞台となったのは、メキシコ革命に続くクリステロス戦争という白色テロ、宗教迫害の残滓で、1924年のカリェス大統領による迫害から内戦となり、犠牲者たちのうち22人の司祭と3人の信者が殉教者として2000年に列聖されている。カトリックの反乱軍はグアダルーペの聖母の旗を掲げて、司令官の名もイエズス何某だ。

殉教の司祭クリストバルは信徒の武力蜂起を戒めていた。
逮捕されてもすぐに敵を赦し、自分の流す血がメキシコの平和の礎となるようにとの言葉を残して処刑されたという。

内戦はおさまったが、そ1940年にカトリックの大統領が就任するまではカトリックの司祭への追求は続いたという。

『権力と栄光』はジョン・フォードの『逃亡者』として映画化され、ヘンリー・フォンダが追われる神父役だった。
検索するとネタバレ付きのストーリーが日本語でも出てくる。

何かが決定的に『沈黙』と違っている。
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by mariastella | 2017-02-07 03:12 | 宗教

高山右近の列福、映画『沈黙』のキリシタン迫害で殉教について考える

大阪城での高山右近の列福式が近づき、スコセッシの『沈黙』が公開され、日本ではキリシタン殉教についての関心が高まっている。(フランスでは来週上映開始)

高山右近は迫害によって殺されたわけではないが、一国の城主だったのに権力や財産をすべて捨てて追放されることを受け入れ、国外で客死した。
それを「殉教」がとして認められたので、「右近の執り成しによる奇蹟」の認定がなくても福者に列せられることになったのだ。

殉教について私はサイトで見られる記事とかブログのこの記事などで何度か日本のキリシタンの殉教のことについて書いてきた。

基本にある違和感は変わらないのだけれど、周辺部ではいろいろ感じ方が変わってきた。

まず、キアラ神父(映画のロドリゴ)などは、やはり、宣教師だったのだから、きっちり殺されるべきだったと今は思う。
他のすべての人についてはそれぞれの状況や性格や情緒に従っていろいろな選択があって当然だと思う。
迷いや恐れや保身自体は、キリスト教の上の「罪」ではないし、近代法風に言っても、迫害されているのだから、「信仰を(いったん)失うこと」「棄教したと形式的に宣言すること(踏み絵を踏むことも含む)」「隠れること」などは明らかに「緊急避難」や「正当防衛」に該当して、「罪」とは思えない。

でも、仮にも、聖霊の恵みと使命を受けたはずの神父で、その中でも危険を承知で別世界の「宣教」に志願したような「宣教師」は、当然想定されるような「迫害」を前にして「緊急避難」や「正当防衛」の余地はない。

内心がどんなに動揺していても、パードレと信頼してくれる信徒たちのの信頼を裏切らない、という責任がある。

つまり、心では決して信仰を捨てていず、人々への拷問をやめさせるというプラグマティックな判断で、

「ここはひとまず人助けのために踏み絵を踏んでおこうか、イエスさまがこんなことで罰を下すと思えないしな。ここは長い目で、この国で地道に信仰の種をまく方が有益かも」

なんて思うのは、合理的には正しいが、やっぱり

「宣教師がそれをやっちゃダメでしょ、たとえ他のすべての人が転んでも、宣教師だけは死を恐れないところを見せるべきでしょ」

と思う。

イエスの一番弟子だったペトロは確かに鶏が鳴くまでにイエスとの関係を3度も否認した。

でも、それは、イエスがまだ殺されていず、したがって復活もしていなかったからだ。
忠実な「弟子」ペトロはイエスを逮捕に来たローマ兵の耳に切りつけたくらいに「師イエスお大切」の情熱はあった。でも当のイエスからそれを戒められて、情熱はしぼみ、後は逃げに回り、自己嫌悪に陥った。

でも、その後にイエスの復活によって「忠実な弟子」が「信仰者」になり、「使徒」となった。
イエスの復活によってキリスト者が「誕生」したのだ。
それからの彼らには怖いものがなくなった。
特に「死」はもう「怖いもの」ではなくなった。「死」は「復活」の信仰の証しだからだ。

キリスト教はそういう宗教だ。
だから、「宣教師」は、宣教師だけは、「イエスに何と言われても、踏み絵を踏むべきではない」。

もちろんイエスは彼らの弱さを赦してくれるだろう。
でも、彼らは、彼らの「証し」を聞いて信仰に入った信徒たちを裏切るべきではない。

私が宣教師だったとしても、もう諦める。殺される以外の道はない。
イエスのためではない。
私の話を聞いてくれた人のためだ。

もっとも私は絶対宣教師にはならない。
石橋を叩いても、下に急流が見える限りは渡りたくないヘタレだからだ。

などと思いながら、最近久しぶりにある本を読み返したら、日本での殉教者の心情が突然理解できた。

いや、理解を超えるものだと理解できたのだ。
こうなったら違和感もへったくれもなく、ただ、感嘆の思いしかない。

それはいったい何かというと…  (続く)
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by mariastella | 2017-02-03 00:12 | 宗教

ポスト・トゥルースと宗教

ブレクジットとトランプ、英語圏のこの事件で急に脚光を浴びたのが「post-truth」という言葉だ。

ポスト真実とか訳されていて、要するに、一部の人や団体が自分への利益誘導するために都合のいい「真実」をでっちあげる、ような意味で使われている。

言い換えると、今はもう、あることが「真実」であるかどうかよりも、「真実」に見せかけることが重要であり、かつそれがメディア・バイアスやSNSのおかげで可能になる時代だということらしい。

思えばポスト・モダンだって、「モダン」、つまり近代において真実とされていた理念を相対化してたった一つの真実などないのだ、と言った面ではポスト・トゥルースだった。
そして、その後、ポスト・ポストモダンに振り戻ったのではなかっただろうか。
いや、振り戻ったというより、願わくば、螺旋状に回って回帰した?

人は「真実」を必要とする動物だから、相対化が進むと、「真実もどき」の産業によって分断されて食い尽くされる。

それよりはまだ、「老舗宗教」で宗教性を満足させておく方がリスクは少ないし、事実、戦後の日本人の多くは、「無宗教という名の宗教」で、「なんちゃって真実」を上手に使いまわしてきたともいえる。

でも、このポスト・トゥルースのトゥルースは、真実というより「事実」とか「現実」に近い。

宗教の文脈におけるトゥルースは、真実というより真理だろう。

イエスが「真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ8,32)

という時の真理は、まさに、ポスト・トゥルースなどで加工されるような現実や事実ではなくて、人間の手の届かないところにあるものだ。

私はこれまで、「何かが真実であるためには現実である必要はない」ということをいろいろなところで書いてきた。
その場合の真実とは、「真理に至る道」みたいなもので、それはたとえば、「事実」ではないとみなが認識しているフィクションを通しても表現できるものだ。

よくできた「映画」や「小説」を「体験」することで垣間見える「真実」があるのはみな知っている。

逆に、フィクションでなくてリアルであっても、簡単な手品の前でさえ「わー、すごい」と感心する自分の知覚など何の役にも立たない。

見かけの「不都合な事実」に対する人の態度にはいろいろある。

誰かが挙げていた次の四つの例。

車に乗って急いでいる時に運悪く赤信号に変わった場合。

 1. しょうがないから停止。
 2. ひょっとして青信号じゃないか?
3. 急いでいるんだから命がけでそのまま進む。
 4. 赤信号は他人への停止信号で私には進めという信号だ。

これを宗教風にアレンジすると、

「太陽は地球の周りをまわっている。見れば分かるだろう」

 1. その反対の可能性もあると思うけれど、実際回っているように見えるのだから、受け入れる。
 2.そんな説は間違っている。回っているのは地球。
 3. その説に反対してたとえ火炙りになっても地球は回る、と自説を曲げない。
 4. お説の通り、地球は太陽の周りをまわっている。(いつの間にかすり替わっている)

「われこそは神だ。帰依せよ」

 1, そう言われるのだから帰依する。
 2.そんな神は偽物に違いないから信じない。
 3. たとえ神罰があたっても「私の神」を信仰し続ける。
 4. 「神は私だって? その通り。」

余命宣告みたいなものを前にしたらどうだろう。

信じない、とか怒って抵抗するとか、の段階を経て最後は受容する、みたいなシェーマがよく紹介されているけれど、うーん、「死を信じない」というのもありそうだ。

「死じゃありません、死後の世界への再生です」「次の生まれ変わりの準備です」とか。

現実としての「死」がトゥルースとしたら、死後の世界ってまさにポスト・トゥルースかもしれない。

実は、キリスト教が宗教として成立した時の核には、この問題への回答があった。

それはよく言われているように、「キリストを信じたら永遠に生きるのです、主のもとに行けるのだから幸せです」みたいな単純なものではない。真理と現実をどう見るかという明確な提案がある。

仏教風の「この世は夢幻、執着を捨てて悟りの世界へ」とか、祖先信仰風の「死んだら先だった親や友達に会える楽しみがある」みたいなものとは違う。この説明を今書いているところだ。

「永遠に生きます」とか「復活します」とか「生まれ変われます」という言説だけではとても「受容」の境地に至れないタイプの私には、感情的にも合理的にも「おお、なかなかいいかも」という考え方だった。

結局、大切なのは死後でなくて、生きている間の「生き方」で、それを支えるのは何かということなのだ。
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by mariastella | 2017-01-27 00:12 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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