L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:宗教( 298 )

プーチンとロシア正教

(これは昨日の続きです)

プーチンがヨーロッパにすり寄るには「キリスト教を」使う。前にも何度か書いたけれど、ロシア正教の使い方が、ヨーロッパ的には前近代的だ。

プーチンはよき正教徒であることをを自認していて、ことあるごとに、自分はソビエト政権下で母親自らの手で洗礼を受けたのだ、と証言している。

ソ連が崩壊する過程で、正教がナショナリズムの形成に役立ったのは理解できる。

もともと、ロシアの共産主義自体が、宗教のようなものだった。
スターリンは「ローマ法王は装甲部隊をいくつ持っているのか」と尋ねたと言われるし、
プーチンは、セーヌ河畔のロシア正教カテドラルの建設についてフランスと交渉した時に、
「カテドラル一つ造るのにエアバスを何機買えばいいのか」と聞いたと言われる。(当時の文化相の回想)

シリアの反政府軍への空爆を非難されたせいで10/19のカテドラル落成にプーチンは出席をキャンセルしたが、12/4には1億5千万人のロシア正教徒の頂点に立つキリル大主教が初めてフランスでのカテドラルの献堂式を行った。
パリ市長が出席した。

キリル大主教は、ロシアとヨーロッパの屋根の上でどんなに風が吹きすさんでいても、屋根の下ではみなが仲良くやっている、カテドラルの建設を祝うのは、ロシアとヨーロッパの人民と文化の親愛のシンボルだ、という感じのスピーチをした。

ロシア正教は必ずしもプーチンと同じ政見を持っているわけではないが、互いに互いを必要として一種の紳士協定を結んでいる。
シリアの反政府軍への攻撃も、ロシア正教から正式に支持されていた。
「中東のキリスト教徒を救うための正当防衛」という名目が使われた。

「キリスト教」を切り札にすれば、いろいろなことができる。

実は、今のほとんどのロシア人にとって、正教徒であることは宗教行為とほとんど関係のない愛国主義アイデンティティで、「キリストなしの正教」などと言われている。

で、プーチンのレトリックにおけるキリスト教というのは、なんと「ヨーロッパの白人のキリスト教」であり、だからこそロシアはヨーロッパと共にイスラム教を「征伐」する、という差別的含意が透けて見える。

けれども、ヨーロッパのほとんどの国は、EUの起源にあるキリスト教文化という言葉をあらゆる憲章から周到に消去したように、「世俗性」と「多様性」を建前にしている。

特にフランスのような無神論イデオロギーで近代革命を経た国では、「キリスト教仲間だから友好関係」というレトリックなどタブーに等しい。

だからプーチンが、セーヌ河畔に金ぴかドームのカテドラルを建てて「ロシアとヨーロッパの共通のルーツ」みたいなものを刷り込もうとするのは、どこかアナクロニックに響くのだ。

30日、プーチンはアメリカのロシア外交官35人国外退去処分に対して同じ形での報復処置はしないと表明した。冷静なプーチンの方が、なんだか怖い。

ともあれ、プーチンやメルケルのように長く政権に留まる人たちは、いろいろな意味で奥が深い。
同時代に彼らを観察できるのは興味が尽きない。
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by mariastella | 2016-12-31 05:35 | 宗教

メリークリスマス!

この2つのコラージュは、10年くらい前にもらったイタリア製の聖母子カレンダーの画像で、1年が終わった後で、画像を切り取って2つ作ったものです。両方で30分くらいで雑に作ったものですが、並べて飾ってみたらなかなか素敵なので、みんなに褒められます。私が作ったと言ったらなんだかがっかりされるのはどうして....

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by mariastella | 2016-12-25 07:59 | 宗教

アレッポのカトリック司教の証言

アレッポの惨状を見るのはつらい。

反政府軍に300人ばかりのイスラム過激派がいようとも、ためらいなく病院を空爆していくような政府軍(ロシアやイランも加わっている)のやり方は正当化できない。

シリアではこの5年で30万人の戦死者、うち9万人が子供も含む非戦闘員という犠牲者を出し、故郷を捨てた難民は何百万人に上る。

クリスマス気分になれない。

そんな時、アレッポのマロン典礼カトリック教会の司教の証言記事を目にした。 

1971年生まれ、40代なのに髪が真っ白で、それでもにこやかな笑顔が印象的だ。

2015年4月26日、アレッポの聖エリアスカテドラルの屋根が2発の爆弾によって破壊された。

アレップ生まれで25歳に司祭叙階されたヨゼフ・トブジ司教はその年のクリスマスに司教として着座した。

シリア内戦とキリスト教の関係は複雑だ。

これまでもこんな記事、

こんな記事

こんな記事

こんな記事を書いてきた。

イスラムがマジョリティだが「国教」を定めないシリアは、キリスト教コミュニティも守ってきた。
キリスト教会がアサドの共犯者だと言われるのもそのためだ。

実際、今回アレッポが政府軍の手に渡ったことを、「キリスト教徒の解放」などと形容する人すらある。

イラクのサダム・フセインが政教分離でキリスト教徒もリスペクトしていたのが、英米軍の侵攻によって体制が崩壊した途端に、イスラム過激派やISに占領されてキリスト教徒が激減したのと基本的には似ている。

まずはトブジ司教の話を聞いてみよう。(La Vie No.3720より)

----戦争は死です。私たちはこの死を生きています。アレッポの住民は毎日、自分は爆弾に当たるか銃弾に当たるか、死ぬのか生きるのかと不安を抱いています。安全な場所はどこにもなく、家の中にいても、窓から砲弾が飛び込んで家族全員が死ぬこともあるし、建物が崩壊して下敷きになることもあります。

(このインタビューは今回の政府軍侵攻以前のもので、東側が反政府軍やイスラミストの統治下にあり、西側が政府軍で、キリスト教徒の大部分は西側にいた。)

数か月前私の住居の前で砲弾が炸裂し、私は3日間、地下室で寝ました。洗礼式の12倍の数の葬儀を司式します。私の眼前で死んだ人も3人います。

私はアレッポで生まれ、毎日曜日、教会の鐘の音と共に父に起こされ、用意されていた朝食を食べて5人の兄弟姉妹と共に車でミサに向かいました。イエスは友のような存在になりました。
ボーイスカウトに14歳まで、その後キリスト教学生グループに入りました。

19歳の時、助祭だった兄と一緒に教会にいる時に、30秒間、心臓が高鳴り、大きな愛を感じました。
半年間迷いましたが、ある司祭から「跳べ、後は主が答えてくれる」と言われて、跳びました。

当時のアレッポの生活はスペインのリズムでした。
遅く起きて遅く寝る。
シリア第一の産業都市で、世界中に輸出している企業がいくつもありました。
職を求める人々がシリア中からやってきました。-----

うーん、こう聞くと、あらためて、いろいろなことを考えさせられる。

私も「観光都市」だったアレッポを間接的に知っている。有名な「石鹸」にもお世話になった。

この司教の話をここまで聞く限りでは、フランスに住むフランス人の司祭のライフ・ストーリーと変わらない。

「独裁者」が君臨する軍事政権で虐げられていた人、という部分はひとつもない。

けれども、藤永茂さんのブログを読むまでもなく、中東情勢におけるアメリカやトルコの思惑も見え見えだ。

その中で、ロマン典礼のカトリック教会って、どういう立場で何を考えているのだろう。
そして、つい数年前まで、少なくとも司教にとっては「平和に繫栄」していたはずの町が、このように完膚なきまでに崩壊させられてしまうなど、なんという悪夢だろう。

こんなことが実際に起きたのだから、世界の他の地域の「平和で繁栄」している都市が実はどういう地雷を抱えているのか、どういう欺瞞の上に見かけの繁栄がなりたっているのか、などと考えると、おそろしくなる。

2011年に反政府軍の台頭が始まりアサド政権が過酷な弾圧に踏み切ったときも、アレッポの住民には、まだ、それが遠い場所の出来事のように映っていた。(続く)
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by mariastella | 2016-12-19 04:23 | 宗教

ある新司祭と話してから考えたこと その4

これは前の記事の続きです。

私の質問にいろいろ答えてくれたフランス人のエリート新司祭のように、社会的にも姿かたちも高スペックなのに、あえて「勝ち組」の道に進まず、弱者支援にやさしく情熱を燃やす若者のことを考えていたら、日本の湯浅誠さんのことを思い出した。

湯浅さんは路上生活者が生活保護を受けて住まいを見つけることができるように保証人になるシステムを作ることからスタートした社会福祉問題のリーダーのような人だ。
今は大学の福祉科でも教えているが、女子学生にすごい人気だというのも納得できる素敵な人で話し方も魅力的だ。

彼について、「視点は低く優しく、だが、理論的である。宗教的いかがわしさとも左翼思想の押し付けがましさとも無縁であることの新鮮さと安心感が、人びとの耳目を彼に向けさせる。」という評を目にした。

なるほど。日本で宗教者が弱者支援をしたら、「いかがわしい」と思われるのか。

確かに、キリスト教福音派などもハイチの地震などの災害地に入り込んで援助と布教をセットにしていた。

カトリックはさすがにそんなことはしないし、ましてフランスのカトリックは、そもそも「公共の福祉」などという概念のない時代に社会福祉活動を始めたグループだから、その活動に専念したいと思う人にぴったりかもしれない。
伝統があり、ノウハウがあり、インフラもネットワークも充実しているから。

同じくネットで検索したら出てきた湯浅誠さんの対談記事で、プロテスタントの佐藤優さんが弱者を助けるのは人としての当たり前のことだと言ったことについてそれがキリスト教と関係があるのかもしれないと湯浅さんが述べていた。

その流れで、対談相手の香山リカさんが、

「でも、弱者を救う理由を、『神が見ているから』とか、『最後に審判が下るから』と説明するのは、キリスト教の内部でしか通用しないロジックですよね。」

などと言っている。

これって、キリスト教でなくとも、

「お天道様が見ている」
「ご先祖様が見ている」
「来生は畜生に生まれ変わる」
「地獄に堕ちる」

などという「教育的ロジック」なんていくらでもあるわけで、そういうレベルの「善行を施す」という促しは幸いなことにかなり普遍的だと思う。

それよりも、キリスト教の根幹には、救われるためにはあらゆる弱者に寄り添うことが大切だというだけではなく、その弱者の中にイエス・キリストを見る、という姿勢がある。

旧約の神がそれまで「預言者」を送ったり、預言者に直接語りかけたりしていたのが、突然、その「ことば」を受肉させて、か弱い赤ん坊の姿になった。人間の親に庇護されてやっと成長したその「神の子」は、スーパーヒーローになる代わりに、あっさり殺されてしまった。

弱肉強食の論理どころか、強者と弱者が覆って逆説をなしている。

「貧しきものは幸いなり」というだけではなく、

「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。(2コリント8,9)」

というのがキリスト教のキリスト(救世主)なのだ。

ともかくこういうベース、つまり上からの慈悲でなく最も低いところにへりくだって弱者に仕えるという前提のある社会でエリートが宗教者になって弱者救済に向かうことは、ある意味、伝統の一環をなしている。

キリスト教社会主義の伝統もある。

そうではない日本で、宗教家や左翼活動家の弱者救済がいかがわしい、押しつけがましいと取られるのだとしたら、エリートが弱者支援の道を選択するハードルは高いのかもしれない。

特に男性には。

女性はどうだろう? (続く)
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by mariastella | 2016-12-17 00:16 | 宗教

ある新任司祭に聞いてみたこと その3

(これはこの前の記事の続きです。)

---12歳の時に召命を受けたっていうけど、すぐには親に話さなかった?

親には言わず、でもバカロレアを受ける時点で、もう決心は固かったので、プレパにいく気持ちはなく、学部に行こうとしました。

(フランスではプレパというグランゼコール受験予備クラスがエリートコースで、大学に進むのは、グランゼコールのない医学部などを除いてエリートコースから外れる)

でも親に反対されたので一応プレパに行き、そこで、すばらしいマドモワゼルとの出会いがありました。

(ここで普通ならfille「女の子」という言葉が使われるところを、彼は「お嬢さん」と言っている。これは司祭だからというのではなく彼の階層の言葉遣いだ)

で、理系のグランゼコールに入りましたが、そのあと神学校に行くつもりだったのであまり勉強しませんでした。


---恋愛はどうなったの?

恋はして、召命のことを忘れて楽しんだこともありました。でも、深いところでは決意は揺らぎませんでした。

---両親はショックを受けなかった? 長男長女に続いて次男までも。

---驚きました。でも、兄のことがあるので免疫はできていたみたいです。

(兄さんはプレパからビジネススクールに行き、会計監査などの職業経験を経てから神学校へ。召命は20歳くらいで、やはり、ぎりぎりまで親には話していなかった。)

---その後、一度も迷いはなかった?

ありません。

---あなたや兄さんは教区の司祭で、兄さんはその後、家族・親戚の結婚式や洗礼やらを一手に引き受けてたりしてある意味にぎやかね。でも、お姉さんは観想型修道院で、家族の集まりにも絶対に参加しないで修道院から出られないよね。それに対する抵抗は?

両親はよく面会に行っています。
ぼくや兄も休暇ごとに行きます。
ぼくはこのクリスマスの後にも姉の修道院に行って黙想します。
ゆっくりと話し合えるし、親密で豊かな時間です。

(なるほど。ただの家族ではなくて司祭だから女子修道院の禁域の中にも入れるだろうし、ふたりきりでじっくり話すこともできるのだろうな。こうなると、親も、シスターになった娘のところに司祭である兄と弟が通うことで安心かもしれない。それに、そういう兄弟がいることで彼女が修道院内で一目置かれるという可能性はおおいにある。
でも、この会話よりも前に、彼らのおばあさまと話したことがあるのだけれど、彼女はこの孫娘をとても可愛がっていて、修道院から一歩も出られないような修道会に入ったことをとても嘆いていた。親がカリスマ刷新系の熱心な信者であることすら祝福していない。)

この新司祭は学生のころから、また神学生、助祭時代を通して、パリの路上生活者の世話を熱心にしてきたので、私が秋に釜ヶ崎を訪問した時の話をしたら目を輝かせて聞いていた。

彼のように、外見がよく、立ち居振る舞いもナチュラルな中に威厳があり、家柄もよく、高学歴の青年、いわば高スペックの若者が、自分の生育環境と縁のなさそうな貧しい人々にすごい熱意で寄り添うのを見ていると不思議な気がする。

フランスにはこういう超エリートの聖職者は少なくない。10年以上も医師として働いた後で神学校に入って司祭となり、司教になった人もいる(ナンテールのオプチ司教)。

日本のことを考えると、ある人のことが思い浮かんだ。
ハンサムでエレガントで高学歴で、でも徹底的に弱者に寄り添うタイプ。
でも、彼は「聖職者」ではない。
この違いについて考えた。(続く)
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by mariastella | 2016-12-15 00:25 | 宗教

ある新任司祭に聞いてみたこと その2

これは前の記事の続き。

---説教するのは慣れた?  準備はどうやるの?

ミサは一日5回あるものを5人の司祭で分担します。
朝は年配者、夕方は学生や若いビジネスパーソン中心が中心なので、参加者によって話し方を変えます。
若い人には話せる「指輪物語」(トールキンのファンタジー小説。キリスト教の寓話になっている)などを年配者にしても分かってもらえませんから。
後はもちろんその日の聖書朗読の箇所がテーマになることが多く、自分の解釈を披露しますが、香部屋係は同じ人が5回のすべての説教を聞くので、同じテーマでも司祭によって味方の違いなどを聞いて面白いというので、話し合うこともあります。
司祭になる前は説教を聞くたびに、自分ならこうは話さないと思うことがたくさんあったんですが、実際にやってみるとけっこう同じことを言っていたという場合がありますね。

---告解は? もし犯罪者が現れたら免償を与える?

本当に後悔しているかどうかによりますし、警察に自首することを勧めます。それが確かでない場合は免償を与えないこともある。でも、話し合いが大切です。

---これからテロに行くと言われたら?

もちろん免償は与えないし、考え直すように言います。

---でも受け入れないでこれからテロを実行すると言われたら通報する? 告解の秘匿義務は?

あなたが出て行ったら僕は警察に通報するけれどいいですか? と聞きます。

---そしたらそこで襲われるかもしれないよね。

確かに…。 でも、嘘は言えないので、では、何も言わないで見送ります。

---それで通報するの?

それはそこで「識別」というのが重要になります。
テロのリスクが高いと判断して、通報が自分の義務だと理解できれば通報します。(続く)
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by mariastella | 2016-12-14 00:33 | 宗教

キリスト教ルーツの温度差

日曜の投票結果は一勝一敗という感じだった。

オーストリアで緑の党が極右を退けたことで、難民問題が切迫していても世界は必ず利己的なポピュリズムに流れるわけではない、とほっとさせられた。
一方、イタリアの国民投票の結果レンツィ首相の退陣が決まり、ローマ市長の選挙のような極右の流れが見えてきた。EUはまた危機に面する。ギリシャ危機を乗り越えたからノウハウはあるというのだけれど…。

さて、パリのセーヌ河畔で、12/4、新築の巨大なロシア正教のカテドラルの記念行事が行われ、キリル総主教と共に政府を代表して出席したのがウラジーミル・ヤクーニン(元外交官でプーチンの側近、元KGBことも言われ、2005-2015までロシア鉄道総裁だった)という人だった。

10月にプーチンの訪問がキャンセルされたことは前に書いた

ヤクーニンは、ロシアの「文明間対話研究機関」の代表で、フランス共和党のティエリー・マリアーニと共に「仏露対話」を主宰する。

今回、カテドラルを前に彼が強調したのは、

「ロシアとヨーロッパの国々は互いのキリスト教ルーツによって結ばれている」

ということだ。

つっこみどころがたくさんある。

ヨーロッパ連合が必死になって強調するのを避けてきたのがこの「キリスト教ルーツ」という言葉なのに。

それにロシアのキリスト教ルーツとなった東方正教と、西ヨーロッパのルーツとなったローマ・カトリックとは、伝わり方も違うし、確執が長かったしまだ解消されていない。

それに、こんな風に表現すると、

例えばトルコがセーヌ河畔に巨大なモスクを建設するのならまずいが、

「同じキリスト教の教会ならいいもんね、問題なし」

とでも言いたいのか、含意があるようなないような・・・。

そういえば、今話題の日露関係にも「キリスト教ルーツ」という言葉は使えないしね。

ヤクーニンの言葉、空気が読めないのか確信犯なのかよく分からない。

でも10月以来、多少状況が変わったと思っているのかもしれない。

あの後、プーチンはフランス共和党予備選の決選投票前にフィヨンにエールを送ったからだ。

フィヨンはそのことでジュッペに皮肉られていた。

フィヨンとプーチンは仲がいいと言われている。

誰か別のものを排除する形でなければ、ぜひみんな仲良くしてほしいものだけど。
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by mariastella | 2016-12-06 00:55 | 宗教

ある新任司祭に聞いてみたこと その1

Bくんは6月末にノートルダム大聖堂で司祭叙階され、パリのある教区に9月1日付で赴任した31歳になったばかりの青年だ。
チャンスがあったので、近頃の政治状況も含めて好奇心全開でいろいろなことを聞き倒すことにした。

--フィヨンのことどう思う? 投票した? みんなで政治のこと話し合う?

ぼくらは共和党の主催の選挙には参加できないんです。大統領選は行きます。
政治のことはほとんど話しません。政治は教会に関与してはいけないけれど教会が政治に対して意見をいうのは大切です。

--でもフランシスコ教皇の難民とか移民支援などに批判的なカトリックもいるよね。どう思う?

教皇のことや司教会議の決定についてはよく話し合います。
でも、反対だとか賛同できないという言葉は使いません。
そういう時は「理解できない」って保留するんです。

--7月にノルマンディでアメル神父が殺されたよね、怖くなかった?

アメル師が殺された時はWYDに参加していたんです。驚きました。何しろミサを挙げてた時の犯行ですから。

--あなたの教会は荷物検査とかするの? 怖くない?

検査はありません。時々兵士が付近を見回ってます。
それに…あのテロがあったのは地方の村で、しかも平日のミサで出席者4人、パリとは全然状況が違います。
あり得ません。

--でも、襲われたらどうする? 護身術って必要だと思わない?

教区の建物の下で週2回クラヴマガ(イスラエル軍の護身術)の教室があります。でもぼくはやってません。
ぼくがやったスポーツはフェンシングくらい。

--ふーん、フェンシングじゃテロ対策は無理ね。まあ、あなたの教区ってムスリム自体が少ないかも。

そんなことないです。近くに大きな社会福祉住宅の建物があって、そこはほとんどムスリムです。
でもアメル師の事件の後、ムスリムの人がミサに参加する機会が何度かあり、むしろ結びつきができました。
ある日、子供をベビーカーに載せたムスリムの女性が訪ねてきて、「私たちを赦してください」と言ったので感動しました。
うちの教会ではは、毎月「野次馬参加OK」っていうミサもあります。信徒1人が5人まで見学の人を連れてきていいというものです。いいシステムです。子供の時以来教会を離れてしまった人も来ます。

--教会のそばに住んでるの? 自分のアパルトマンとかあるの?

あります。教会のそばの赤煉瓦の建物。教区の事務所とかいろいろなものが入っていて、上に住む司祭は現在6人です。9月からの新顔はぼくと、神学研究に留学に来ているルワンダの神父の2人です。

主任司祭は50代で、助任司祭が37歳の神父と、僕の2人。あとはベルナルダンで神学講座を受け持つ教授、他の福祉活動をしている司祭が1人です。

******

ふむふむ。

給料は1000ユーロ前後。

続いて、ミサのこと、説教のこと、告解のこと、召命のこと、将来のこと、など遠慮なく聞いてしまった。
少しずつ紹介しよう。彼はフランスで私の知り合った最も若い神父だ。新しい世代だから興味津々でもある。

一応「神父さま」でローマンカラーをつけて現れたので、まず話し方を決めた。私は彼をファーストネームで読んで親称でOK、彼は私に敬称を使う。年齢的に違和感がないのでOK。

彼の召命については、パリ大司教区のネットニュースでインタビューに答えたのを見ていたので、それももう少しくわしく聞くことにした。

彼のプロフィールは、両親ともいわゆる貴族の名家の出。
父親は5人きょうだいの末っ子。母親も5人きょうだいだ。
で、彼のところも当然のように5人きょうだい。

両親は早くからの熱心なエマヌエル会のメンバー。
(このブログのパリの奇蹟の治癒シリーズにでてくるカリスマ刷新派)

6歳上の兄は別の修道会に属する司祭だけれど、やはりパリの小教区を担当している。
姉は、ベネディクト会修道女。すぐ上の兄と下の妹は結婚している。

兄さんはビジネススクールを出て会計監査の仕事もした。
Bくんもフランスで王道ともいえる理科系プレパからグランゼコールへ進学し卒業している。

背が高くハンサムで学歴もあってパリに住んで、何が悲しくて司祭になるのかなあ…
それともこういう人たちって生まれ育った時からそういう感性の方向性があるのかなあ。

移民の子弟として生まれたり、同じインテリ家庭でも68年の学生活動家あがりの無神論家庭に生まれたりする青年とは最初から見えている世界、見えていない世界が違うのかなあ。

Bくんは、早くからカトリック系のボーイスカウトに入り、今も世話している。路上生活者の支援などボランティア体験も数限りない。

世の中には「神の名」のもとに人の命を奪う若者もいれば、Bくんのように

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」
(ヨハネ15-13。彼が引用するフランス語では「友」は「愛するもののために」となる)

を叙階の言葉に選ぶ若者もいる…。

外的な条件だけ比べると、カリカチュラルだ。

でも、人間性の深淵では、何の力が、どのように働いているのだろう。
本当は、若いジハディストにもいろいろ質問してみたい。

で、とりあえずはB君のことをもっと知ろうと質問続行。
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by mariastella | 2016-12-05 01:31 | 宗教

イエズス会のジョーク

イエズス会士とフランシスコ会士とドミニコ会士を比較するジョークは面白い。
いろいろ考えさせられる。

****

ある人がフランシスコ会士に、懸賞でレクサスが当たるようにノベナをお願いしたいと頼んだ。

(ノベナというのは、「9日間の祈り」という意味で、イエスが昇天してから弟子たちが9日間ひたすら祈り続けたら10日目に聖霊が降臨したという話に由来するとも言われる信心行で、聖母や聖人に神への執り成しを頼むものだ。個人でもできるけれど、修道会に頼んで祈ってもらうとより「効験」あらたかそうなのか、いろいろな折に修道会に寄進してノベナを頼む人がいた。それをふまえたジョークだ。)

フランシスコ会士は「レクサスって何ですか?」と答えた。

「高級車ですよ」

「おやおや、聖フランチェスコさまは、それは清貧の誓いに反するとおっしゃるでしょうよ。
残念ですが、私にはその種のことのために祈ることはできません」

その人は次にドミニコ会士を見つけた。

「レクサスが手に入るようにノベナをお願いしたいのですが…」

「レクサスって何ですか?」

「高級車です」

「おやおや、聖トマス・アクィナスさまはこの世の財への愛から身を守るようにおっしゃっています。
残念ですが、私にはその種のことのために祈ることはできません」

がっかりしたその人は、最後にイエズス会士に頼むことにした。

「神父さま、お願いです。レクサスが手に入るように私のためにノベナをお願いできるでしょうか…」

「ノベナって何ですか?」

*******

このジョークについてのイエズス会士の解説はこうだ。

イエズス会士の活動範囲は広くて、天文学者、数学者など科学者もいれば、エコロジーの専門家、経済倫理学、ロックミュージックから国際政治、インターネット、映画、ダンスなどいたるところで活動している。

いたるところで神の働きがあることを明らかにしたり問いかけたりすることが使命だからだ。
世間の垢にまみれることなく世間の中で活動する、という姿勢だという。

イエズス会出身の現教皇が聖フランチェスコを崇敬していて教皇として初めてフランチェスコ(フランシスコ)を名乗ったことなど考えると楽しい。

イエズス会を創始したイグナチオ・ロヨラには峻厳なイメージがあるけれど、
同時代人のLuis Gonçalvès da Câmaraの証言によると

「小柄で、少し足を引きずっていて、いつも楽しそうな眼をしていた」

そうだから、ジョークだってOKだったかもしれない。
それにしても、18世紀後半にローマ教会から一度禁止されてしまった修道会から250年後に教皇が出たというのも考えてみるとすごいことだ。

フランシスコ教皇も、いつも楽しそうな眼をしている。
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by mariastella | 2016-12-02 03:53 | 宗教

聖ウラジーミル・プーチン

共産主義体制が崩壊していく経過においてロシアがそれまで人民の阿片などと蔑んでいた宗教にすり寄ってロシア正教を利用したのは理解できる。

でも、今(11/4)になって、クレムリンの前に17メートルのウラジーミル一世が右手に十字架、左手に剣を持っている彫像をプーチンが建てるとはね。

ウラジーミル一世は10世紀にロシア、ウクライナ、ベルラーシの揺籃の地であるキエフをキリスト教(東方正教)に改宗させた人物だ。
この像の建立に反対する人は多く、当初予定されていたの30メートルの高さを17メートルに縮小させた。

それまで最大のウラジミール一像はキエフにあった。
モスクワ市民はこの像を歓迎しなかったようだ。

ウラジーミル一世は、ウラジーミル大王、赤い太陽、聖ウラジーミルとも呼ばれる。

ビザンティン皇帝の妹と結婚する条件(他にもクリミア半島の征服や、眼病治癒もあり)で988年に正教の洗礼を受けて、正教を国教に制定した。
実質的に人々に帰属を強制した。

イスラム教も、ローマ・カトリックも、ユダヤ教も当時のキエフに「勧誘」に来たという話が伝わる。

イスラムは天国であてがわれる70人の処女のことを聞いて心を動かされたけれど、酒が飲めないのは問題外なのでやめた。

カトリックの使節団は断食の典礼のせいで追い返された。

ユダヤ教は、ユダヤ人が神のみ旨によってエルサレムを捨てて世界中にばらまかれたのだから説得力がないと言った。

正教は典礼が華麗なところが気に入られた。

プーチン大統領の名はウラジーミルだ。ウラジーミル一世は彼の守護聖人のようなものだ。
剣と十字架を持つ聖ウラジーミルの像は、聖プーチンの自意識を反映しているのかもしれない。

先ごろ青土社から出した『ナポレオンと神』には、ナポレオンが自分の権威を聖なるものにまで高めるためにどのような彫像を創らせたかについても書いた。

フランスでは『ウラジーミル・ボナパルト・プーチン』などという本が出ているし、今のEU会議がプーチンを批判する様子を、2世紀前にウィーン会議がナポレオンを扱った様子に例える人もいる。

そういえば、プーチンは、昨年だったか、ナポレオン戦争でのロシアの勝利の記念式典を行った。

無神論的共産主義から一転して政治と宗教がずぶずぶになったロシアのシンボルとして、聖ウラジーミルの巨大像が、人々を威圧する。
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by mariastella | 2016-11-24 03:02 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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