L'art de croire             竹下節子ブログ

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VESAK2009 その1 仏舎利到着

 今日は待ちに待った(?)仏舎利到着セレモニー。

 バンコクから朝6時半に到着した仏舎利は、駐仏タイ国大使の車で直接 Vitry sur Seine に運ばれた。
 私がついた時には、ちょうど、仏教センターに向けて行列が始まっていて、通りは通行止めになっていた。
 50人くらいの焦げ茶の僧衣の尼僧中心のグループが歌うように先導し、色とりどりのアオザイを着た腰の細い若い4人の美女が、花びらを撒き、盛装した浄行師に続いて、金ぴかの輿に鎮座する舎利容器が運ばれ、その後には、タイ、ラオス、チベットなど、各派の僧が経を唱えながら、その後に又50人近くの黄色の僧衣の尼僧が続く。香が焚かれ、蘭の花が掲げられ、華やかだし、また、どの宗教の行列にも似ているような、デジャビュの世界でもある。

 センター入口では、結局招待状のチェックもなく、セキュリティは大丈夫なのか、とこちらが心配したくなる。
 セレモニーのあるホールに入るには靴を脱がなくてはならない。タイル張りの床の中央にモケットが引いてあってその上に座布団代わりのクッションが並べてある。

 舎利容器は4mくらいの天蓋付台の上に置かれた。金ぴかの仏像授与も行われた。

 これはプレス用の資料にもあったが、インドからタイに仏舎利が分けられたのが仏教暦の2442年で、フランスに来た今年が2552年、どちらも、逆から読んでも同じ数字ということで、因縁が深い、とされている。

 セレモニーのくわしいことについては又別のところで書く機会があると期待して、今は要約だけする。

 マジョリティはアジア人、それも旧仏領インドシナ系、ならびにタイ人という感じだが、いわゆるフランス人の僧も少なくない。スリランカ僧は精悍な感じで、インド人の釈迦もこんな感じだったかなあ、と思ってしまった。

 で、フランス人の仏教連合代表のコメントに、この出来事は、ヨーロッパに仏教が根付いた現実の反映だとあった。

 佛舎利については、「我々すべての師である仏陀の身体的臨在」という言葉が使われたのが印象的だった。
 フランスはライシテの国だから、明日の市役所での展示の時はどうか目立たないようにしてください、という注意も忘れなかった。まあ、仏教は「無神論」だとか哲学とかと言われているから、ライシテの谷間をすり抜けられるのだろう。オバマの就任演説でもオミットされてたぐらいだし、ね。
 
 釈迦の遺物の実在は、決して、過去の遺物ではない。星の光はたとえ何億年昔に放たれたものであっても今の我々を照らすのである、とコメントは続く。聖遺物の力とか、人々を一堂に集める力なのである、と。

 そして、タイ、ベトナム、ミャンマー、スリランカの合同のお経、ベトナムのパゴダのグループのお経、韓国仏教、曹洞宗、チベット仏教、と続く。仏教のインカルチャレーションの仕方って、正教に似ているなあ。国別の色が濃い。座ったままのグループが多い中でチベット仏教のグループはたって五体投地から始めた。
 曹洞宗はこの国での歴史の長さもあって、フランス人の方が多く、フランス語のお経もあった。

 確かに、仏陀の舎利を前にするとエキュメニカルになるというか、各国仏教の宗派がまとまる感じで、こういうのが聖遺物の力だと言われると、なんだか、来年に公開が決まったトリノの聖骸布を見に行こうかという気になった。

 全体としては、なんだか、私は、仰々しいセレモニーを見ていくだけで、これは偶像崇拝だよな、とか、呪術だよな、と思えてきて、しらけてくるタイプなので、終わった時はすっかりアグノスチックになって出てきた。
 感動とか、やっぱり本物はすごい、とか、名古屋の日泰寺では見られなかったものをたっぷり見られて好奇心を満足させられて嬉しいとかいう感じもしない。

 仏舎利はタイの黄金寺で10バーツで拝めるのと同じようなプレゼンテーションで、クリスタルの容器の底をよく見ると、古い歯みたいなのが数個入っているかなという感じだ。うーん。

 カトリックの聖人の聖遺骨の方が、誰の骨やらは知らないが、いかにも骨、明らかに骨、というのが多い。
 それを見慣れてる目には、この仏舎利は、まあ有機物の感じはするが、火葬された後の骨というよりやはり歯っぽいかなあ。それもあやしいものだ。タイの「本物」だって、本物の本物は、塔頂に封印してあって、舎利容器の中で開帳しているのはコピーというか、分身じゃないのかなあ。もう、「本物」という概念自体が曖昧である。カトリックのミサで、無酵母パンが、儀式の後では「キリストの体」に化体するというのと似たような感じだ。

 私の好きなのは、やはり、宗教でなく人間だ。

 リジューのテレーズもこんな感じだったかも、と思うような若くてかわいい、一途な感じのアジア人の尼僧がいて、ちょっと見には委員長タイプで額に青筋が浮かびそうなんだが、お経を聴いているうちにどんどん目がうるうるしてきて、終いには滂沱の涙を流しているのを見ると「萌え」という感じになる。また、真剣に、静かに五体投地を続ける老婦人を見ていると、これがほんとの old woman's faith なんだなあと思って、敬虔で安らかで温かい気持ちにさせられる。

 昼はおいしいビュッフェがふるまわれて、いろんな人と話せた。

 午後はメディテーションがあった。女性が「集中の中にこそ心の平穏があります」的な案内をフランス語で語り、それが不自然な気がした。こういう時には、背筋まっすぐ、座禅慣れしてるようなニューエイジ的エコロジー的な仏教シンパのフランス人が生き生きとして見える。

 一番おもしろかったのは昼休みに路士棟という中国語の先生とした話だ。

 この先生によると、中国共産党の指導者には結構「隠れ仏教徒」が多いそうで、仏舎利信仰も内部供覧として極秘になされているそうなのである。

 一番人気は、なんといっても1987年に1000年ぶりに発掘された陝西省西安市の西120kmにある法門寺の釈迦の指骨である。これがわざわざ共産党本部にも運ばれたこともあるらしい。

 史記にも記述があるなかなか由緒ある舎利なのだが、私は、釈迦火葬御の最初の8基のストゥーパはともかく、アショカ王によって再び細分された8万4千基(そのうちの19塔が法門寺をはじめとする中国にあるものらしいが、少ないといえば少なすぎないか)となると、なんだかすでに、「信じられない」と思ってしまうので、「南京の頭骨(玄奘のじゃないのか?日本にも分骨されたはず・・)」も含めて、好奇心が充分に沸いてこない。

 でも、路士棟先生によると、法門寺の「指骨」は、4つ見つかったものを鑑定して一つが本物で3つがコピーだったという。本物は100%本物だ、と強調する。台湾からも巡礼が来ると。

 で、関連のyoutubeアドレスを送ってくれた。

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#0057d73c-6d4f-4eca-9191-f1c41b787234

 とか、 

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#6e36f815-79ec-45d9-b64d-83e2d716d28d

 こういうの。

 その辺にいっぱいあるので、興味のある人はどうぞ。
 「多少奇異的故事」とか、「世界第九大奇跡」とかあって楽しそうだ。
 真骨は「真身舎利」と言うらしい。

 で、見てみると、確かに髄の溶けた後の中空の骨様のものなんだが、わざとらしい筒状で、内側に北斗七星のマークがあったり、やっぱあやしそうである。

 youtube で発掘の様子や鑑定の様子を見ていると、カトリックの聖遺物鑑定みたいで、けっこう即物的であり、日本の「聖なるもの」封印文化とはだいぶ違うぞ、これならDNAを採取しかねないな、わくわく、と期待したのだが、日本人の書いた紀行ブログを見てると、指の骨にしては大きすぎるということで今では「指状」舎利と言われているとか、他の3つも本物と一緒にあったから本物と同等なんですと言われたとか、やはり、はっきりしなくて、あやしい感じは拭えない。

 路士棟先生は、仏教の深さに比べると他の宗教は表面的だ、としきりに言っていたが、誰でも自分の極めたものが深く思えるので、表面的にしか知らないものは表面的に見えるんではないだろうか。

 彼は、普通の人間の体は殺生をして生きているので朽ちるが、完全解脱した釈迦の体は、罪を免れているから微生物からの復讐を受けずにこうやって残っているのだ、それが智恵の証明だ、と言い出したので、私はヒマラヤやアルプスの永久凍土で発掘された遺体はどうなるんだとか、エジプトのミイラはとかどうなんだ、とか、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる聖人の遺体が匂ってくる話まで繰り出した。
 彼は釈迦の慈悲を強調したが、私はもし梵天勧請がなかったら、釈迦だって自分で成仏して終わりだったんじゃないか、と言ってしまった。彼は「それも方便、これも方便」と言う。

 仏教徒にとっての懐疑主義はどういう形態をとるのかという話もした。

 キリスト教において、神の実在に懐疑を抱く「逆啓示」現象があるように、仏教において、「解脱はないとか、輪廻転生はないのではないか」という懐疑主義の伝統はないのだろうか。このことについては前に義妹と話し合い、結局、仏教には超越というものがないから、その主の懐疑論は内在しないという話になったのだが・・・

 先生には、もともと仏教は実存的苦を逃れるための智恵だから、と言われたのだが、それではやはりストア哲学と大して変わらないという気もする。キリスト教がストア哲学を凌駕してしまった理由の一つにはまさに「肉体」の問題があるのだけれど。

 そもそも、生老病死は、本当に苦なんだろうか。生老病死を「苦」とするコンセンサスによって社会のシンボル体系ができていて、それを崩されるのが最高の危機であるから、自殺者はどこでも恐れられ忌避されるのではないだろうか。「特権の放棄」は秩序にとっての罪なのである。

 フランス人は仏陀のことを、我らの父、みたいにコメントしていた。
 キリスト教的なバイアスがかかってないか?

 結論は、釈迦の偉大な教え、智恵を継承して我々も解脱を目指そうという、オーソドックスな話なのだ。
 でも、私は、釈迦の死後2500年とか、イエスの死後2000年とか、そんな何千年も、教えが星の光のように届いている存在が偉大だというよりは、何千年もそういう教えに希望を託して試行錯誤しながら生きてきた多くの人々の集合的な努力の方がすごいと思うし、いとおしくも思う。

 目の前のケースに入った粒が骨であろうと、何であろうと、とにかくそういうものに託する人々の思いの方に興味がある。
 人とつながる人はみんな神の子、という言葉を適用すれば、私もまた神の子である自信はあるんだけど。

 
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by mariastella | 2009-05-16 06:53 | 宗教

仏舎利シリーズ (続き)

 16日の、市役所のパーティのパリ市長からの招待状は余っていないのだが、15日のl'INSTITUT hUYEN VI(86Rue Pasteur 94400 Vitry sur seine)での9h30からのセレモニーと、17日のヴァンセンヌのパゴダでの11時からのセレモニー(その前の行列は一般の人ももちろん見学できる)の招待状の方は、後一人か二人くらいなら私と一緒に入ることができる。

 パリ市役所(タピスリーの間)でも、16日の9h-18hまでは一般公開しているので、基本的には誰でも見ることができる。

 仏教連合の代表によるセレモニー自体をすごく見てみたいたい人は、mayatosally@gmail.com に連絡してみてください。(基本的に仏教徒優先なので、外見がすごくイスラム的とか十字架をいっぱい身につけてる人とかは遠慮してください)

 タイでの仏舎利信仰も、神通力が手に入れられるという権力的、呪術的なものみたいだ。
 ゴールデン・マウント(黄金の丘)という、人工的に造成された丘の上の300階段を上った頂上の仏塔内で中央に鎮座しているのを10バーツの拝観料で見られるそうだが、その塔の頂に封印されていてバンコクのどこからでも拝めるのだ、とフランスでは聞いた。日本語のインタネットで「バンコク+仏舎利」などで検索すると、写真入りのいろいろなブログが出てきたが、舎利容器に封印されていて「真骨」自体は見えないような気もする。
 また、めったに見られない御開帳のような写真でも、米粒のようなのが数粒で、これは日本の寺院でも見られるような、石英とか珊瑚とかの珠によるコピーじゃないのかと思える。でもとにかくタイの人は真剣に拝んでいるそうだ。

 タイでは仏舎利を女性に拝ませないケースがあって、人権侵害で訴えた女性もいるというのは興味深かった。
 
 私の興味の対象は、マチエールとしての聖遺物で、偽物か本物かをめぐっての心理や信仰のメカニズムなので、やはり、フランスでの公開の仕方や受容のされ方が興味がある。
 
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by mariastella | 2009-05-06 17:25 | 宗教

仏舎利シリーズ

 フランスに帰ったら、パリ市長からの招待状(5月16日)と、フランス仏教連盟からの招待状(15日と17日)とが届いていた。

 ついでに、今世紀に入ってから、タイから世界中をぐるぐる回った後、NYの国連本部にも釈迦の真骨が贈られたエピソードについてもはじめて知った。

 今回の経緯、そして、政教分離のはずのフランスでパリ市役所がなぜ関わることになったのかの詳しい話も。

 驚きの連続である。

 ムハンマドの聖遺物ならこうはいくまい。イエスの聖遺物でももちろんだ。

 実際、パリ市役所は、「聖遺物」という名を伏せたポスターを用意している。同じイヴェントに仏教連盟のポスターと2種類用意されているわけだ。

 この辺の経緯については内部供覧のものでしか知ることができないので、すぐにこのブログに書くわけにはいかない。

 問題の3日間が終わったら、また報告しよう。
 
 
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by mariastella | 2009-05-04 16:46 | 宗教

日泰寺に行ってきた。- 仏舎利シリーズ

 この記事は、以下の二つのブログの続きである。仏舎利シリーズだ。

 http://spinou.exblog.jp/10166766/

 http://spinou.exblog.jp/11195243/

 さて、1898年に英国人によって発掘された釈迦の真骨(釈迦族が保存していた分)、舎利容器はインドの博物館に納められたが、中身の「骨」の方は、インド政庁が仏教国であったタイ、ビルマ、セイロン(ここから阿含宗が真骨を持ち帰ったということなのだろう)の3カ国に分けることになった。それを聞いて羨ましがったのが日本のタイ公使稲垣満次郎、日本の仏教徒にも分与を懇願した。廃仏毀釈の後遺症はあったとはいえ、当時の仏教13宗56派は外相青木周蔵の音頭によって受け入れ決定、1900年6月15日に東本願寺法主らがタイにわたって御真骨を拝受、京都妙法院に仮安置し、超宗派の奉安寺院の場所を協議するも、難渋。 
 やがて、名古屋の官民一致の誘致運動が最終的に効を奏し、10万坪の覚王山敷地が用意された。

 この辺の事情もいろいろおもしろい。現在19宗派の官長が輪番で住職を勤める日本で唯一の単立寺院だ。

 ところが、今はガンダーラ様式の花崗岩の舎利塔の方は、道路に区切られ、拝観もできないし、観光客など集めているのは、本堂だけだ。

 しかも、ここが人気なのは、毎月21日の弘法大師の縁日である。弘法大師入定の3月21日はもちろん、毎月21日には参道が午後3時まで通行止めになり、屋台などが立ち並び、お年よりも多く、巣鴨みたいな賑わいになる。境内にはミニ八十八箇所巡礼用の建物もある。

 なんで弘法大師かというと、途中に「歳弘法」というお参りどころがあるからで、日本でも珍しいといわれる弘法大師1歳から62歳までの姿の像が並び、中央に本尊の身口意の三弘法があるからだ。その他にも千地蔵という拝所があり、そこは地元の地蔵講の人が管理していた。

 その二つのほうがひょっとして、舎利殿より古い巡礼地なのかと思って聞いても、どちらでも、「古いです、もう100年くらい前からあります。100年前は山の中だったんです」と答えられた。100年前というと、まさに大覚山が開かれたときだから、やはり連動しているのだろう。

 歳弘法の方にはさすがに多分真言宗の僧侶が詰めていて、舎利のことも聞いてみたが、釈迦の生きていたころのインドは呪術があった世界だから・・・と言われてしまった。こっちがキリスト教の話などしてないのに、「キリスト教は神と人間の関係で救われるんですが、仏教は慈悲ですから」と何度も繰り返し、「自分が中心で、どう修行して苦しみを乗り越えるかということが重要なんです」と言う。それと「お大師さまにすがる」という関係は説明してくれなかったが、まあ、やはり聖人信仰と同じで仏の慈悲の仲介者なんだろう。

 しかし、真言宗は宇宙原理のような大日如来を中心にしたコスモロジーだから、釈迦如来は、まあそのヴァリエーションの一つで、人間だった釈迦の「真骨」なんて、真言宗的には「呪術」のカテゴリーなんだろうか。もっとも、弘法大師空海が唐より「仏舎利」を大量に持って帰り、それが室生寺あたりでまた増えたように、分魂、分身できるシンボルで、権威を保証するレガリアだと割り切っていたのかもしれない。

 千地蔵の横で、永平寺の旅僧と会ったので、その人の話も聞いてみた。その人によると、ここに仏舎利があることさえ知らない人は多いらしい。釈迦の「真骨」そのものが巡礼の対象になったことはないし、ご利益があるというような話も存在しないと言う。

 本堂の社務所には、各宗派から出向している若いお坊さんが詰めているわけだが、そこでも、舎利は舎利容器に封印してあり、それをまた舎利殿に封印してあるのだから、舎利容器すらもう誰も見たことがないと言われた。舎利に関する法要もすべてはこの本堂(舎利殿から何百メートルも離れていて見えない)で行われるので、基本的には、物質としての舎利は、本殿の本尊どころか、弘法大師ほどにも直接の崇拝の対象にはなっていないのである。

 「当時の写真とか閲覧できないんですか?」
 「見たくありませんか? 好奇心はないですか?」

 と私は聞いてみた。

 すると若い僧は笑って、

 「私らも見たことないです、日本人って、宗教心ないですからねー」

 と答えるのだった。

 まあ、宗教心と言うより、「三種の神器」と同様、分身(コピー)も可能で、中は絶対に開けず、確認もされないような、「聖なるものの封印文化」が日本にあるせいだろう。ヨーロッパにも神話レベルでは、見るなと言われたものを見たせいですべてを失うとか、キリスト教でも、旧約の神がモーセに姿を見せない、というようなものはあるわけだが、それだけに、物質的なよすがが残っている場合は、聖人の遺骨だとか遺品だの、執拗に真偽を問われたりして、いったん本物だとされると、人々は見たり触れたり接吻したりしたがるわけである。

 では、一般人は外からすら全容を見ることができないこの15メートルの舎利塔が、日本とタイ友好の他に何の役に立っているかというと、墓地である。舎利殿の拝殿の方に向かうと右の山すそに広大な墓地が広がり、左手に駐車場がある。
 事務所には、「新区画増設しました」などと書いてある。実際、セールスポイントは、「お釈迦様の隣で永遠の安らぎを」ということだ。浄土真宗の信徒が、京都の大谷廟で、「親鸞の墓の隣に」、ということで納骨(喉仏だけの分骨というのもある)したがるのと同じ心理だ。大谷廟でも、では親鸞の骨を拝みたい、と言う人はもちろんいない。

納骨料は一霊5万円、永代経料は50年間25万円、100年間で位牌付で50万円。墓地購入となったらもっと桁が違うのだろうが、2万5千坪の丘陵に、豊田一門、松坂屋伊藤家などの地元セレブの霊が眠っているそうだ。
 永代経は毎日12時半に本堂で永代経法要が行われる。すべての行事の中心は本堂なのだ。

 舎利殿前には、古い碑には「釈尊御遺形寶前」とあり、新しい方は、「釈尊御真骨奉安塔」と彫ってある。では、大正7年に完成した時は、御真骨と言うより、「御遺形」と呼ばれていたのだろうか。そのニュアンスの違いはまだ調べていないので分からない。

 ちなみに現在の大本堂は昭和59年落成のもので、当時の江崎真澄国務大臣がバンコク王宮に伺候したというから、日本の「政教分離」というのもなんだかユルイ感じだ。同じ頃の社会党政権のフランスで、ヴァチカンからもらったイエスの聖遺物に関して大臣が何かをするなんて考えられない。

 来る5月16日の釈迦真骨受け入れセレモニーでパリ市長(社会党)がどういうニュアンスで語るのか聞いてみたい。(私はパーティに同席するので運がよければ直接質問できるかも)

 兄に聞くと、イスラムでは遺骸の展示は禁じられているので、骨などは無理だが、ムハンマドの歯や髭や髪など、自然に抜け落ちたものは聖遺物として崇敬されるが、偶像崇拝は禁止だから、やはり、三種の神器のようにレガリアとして権威の継承に使われるのだそうだ。

 教えを説いた「人」亡き後、その人の体やモノが、どのように教えや信仰と関わって伝わっていくのか、それに関わるメンタリティや文化の差は興味のつきないテーマである。
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by mariastella | 2009-04-30 15:43 | 宗教

接吻の距離

 復活祭の聖金曜日のヴァチカンのミサをウェブTVで見た。はじめてだ。

 http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00044173&vl=video_par_emission

 聖金曜日のミサがローマで始まったのは7世紀頃で、夜のミサになったのは1955年の改革からだそうだ。

 台座付でメートルくらいの十字架に真っ白で割合リアルなイエスが釘付けられている。イエスは70cmくらいか。最初はそれに赤い布がかぶさっていて、祈りながらそれを少しずつ教皇がはずしていく。

 こういう風にPCの画面で見てるととてもフォークロリックで、おいおいなんだ、この裸で釘付けにされている男は・・・やせこけているし30代前半にしてはほんとうに悲惨だ。

 数日前にTV でアメリカにあるキリスト教のテーマパークの様子を見た。みんな、ミッキーマウスでなくイエスのそっくりさんと記念写真をとっている。毎日、受難劇の野外ショーがあって、イエス役の男は鞭打たれて、十字架に付けられる。観客はみんな真剣に見ている。

 「今まで映画では何度も見たけど、本物を見たのははじめてよ、感動したわ」

 と客が涙をためて言っている。ほんもの、って・・・・

 フィリピンの某所では今年も、今頃有志が実際に釘で十字架に付けられたのだろうか。
 『聖骸布の仔』のクライマックスシーンを思い出す。

 ヴァチカンの十字架は「ほんもの」じゃないし、実物大でもないからずっとましだけど、苦しそうに口を開けたこの小さな白い裸の男の前に、荘重に並ぶ人々を見てると、異様な気もする。

 2千年前に辺境の地でこのユダヤ人を処刑したローマ兵たちが、2千年後のローマでこういうすごい再現儀礼が繰り返されているのを知ったらさぞ驚くだろう。

 それから、装飾品を外し靴まで脱いだ教皇がこの十字架像の前に跪き、脚の辺りに接吻する。その後で、司教から一般人まで、ぞろぞろと並んで順番にキリストの体に接吻するのだ。

 足を重ねて釘打たれたところに接吻する人、胸に接吻する人、そのあたりは「聖痕』の場所だから何となく分る。脚をかき抱いて痩せた股に接吻する人、脛やふくらはぎに接吻する人もいる。普通に立てば顔が腰布の辺りにくるのでそこに顔を埋めてる人もいる。

 TVでは、一人一人の接吻の仕方がすごくよく分かるので興味深い。

 フランスの教会で「聖遺物」ケースに接吻するのは普通だ。ギリシャの教会でも皆接吻していた。
 「触る」というのももちろんあって、ヴァチカンの聖ペトロの足などは巡礼者にさわりまくられてぴかぴかになっている。

 私は聖遺物ケースにしっかり口をつけるというのは抵抗がある。
 昔ノートルダムで、茨の冠をおさめたクリスタルのケースを近くで見たくて並んで接吻したが、一人が接吻するたびに、係りの人がさっと布で拭いていた。まあ、同じ布をずっと使っているのだからそう清潔ではない。それもなんだか興醒めだ。

 日本では、自分の体の痛いところと同じ場所を、お地蔵様の体に触って治してもらう、などというシーンがよくある。あれは手で触るのであって、接吻してる人はないと思う。後は、線香の煙を悪いところにあてるとか、接触は淡白である。

 ヴァチカンの十字架のイエスは誰も拭いたりしないので、みんなが接吻するままである。
 唇を突き出す人もいれば、口をしっかり閉じて粘膜の接触を避けている風な人もいる。本格的に思いを入れてキスしてる感じの人もいる。イエスの体に額をぴたりと押し当てて、キスはしても唇は触れない、という人もいた。この人はキスしないだろう、という感じの人がいたが、案の定、5センチくらい離れて接吻の形だけしていた。TVに映った分では、明らかに接触を避けた聖職者はこの他にもう一人いて、後、黒のヴェールを被った年配の女性は、情熱的にキスするかと思ったら、安全距離をおいていた。
 後になるほど非衛生な感じは否めないし。

 それになんと言っても、この磔刑像はただの彫刻であって、「聖遺物」ではないから、呪術的効果も期待できない。接吻して他人の菌に感染するのはつまらない。

 口をつけて挨拶する、とかコミュニケーションをとるというのは、もとはどこら辺の文化なんだろう。

 イエスが逮捕された時の目印の「ユダの接吻」という有名なものがあって、各種の絵を見る限りはかなり濃縮だったり、ほとんど口に接吻してたりする。その時だけ突然接吻したわけではないだろうから、イエスは弟子たちと日常的に接吻していたわけだ。

 ミサの葡萄酒の杯は回し飲みをする時にきゅっきゅっと拭かれる。これが切支丹大名に伝わって、茶道で懐紙で椀を拭く形に残ったなどとも言われている。

 まあルルドの浴槽でもそうだが、衛生状態がどうあれ、こういう「聖なる場所」とか「聖なる時」においては、みんな興奮して免疫機構とかも特殊な状態になっているせいか、あまり伝染病が蔓延したなどという話は聞かない。そんな場合もいまいち醒めた感じで、あの人とあの人の後ではとても同じところに口をつけたくないなあ、などと思うような人は、5cmの距離をおくわけだ。

 シエナの聖女カタリナとか、アヴィラの聖テレサとか、フランスのパレイ・ル・モニアルの聖女マルグリット=マリー・アラコックとかなどは、いかにもエクスタシー状態でイエス像の脇腹に濃縮に接吻しそうである。
 
 磔刑像への思い入れというのはある時期以降のローマ・カトリックの特徴でもあるのだが、まあ、イエスがこの様子を見ていたら、軽く驚くかもしれない。

 しかしTVでは、真剣な人の敬虔な思い入れも伝わってくるので、それはそれで感動もさせられる。
 接吻の距離や形はどうあれ、こういう儀礼の後で、信仰がどうチャージされて、どのようないい形で外に還元されるのかが重要なことなのだろう。
 
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by mariastella | 2009-04-11 07:47 | 宗教

フランス人と仏舎利

 2008年11月19日付けで、宗教における贋物と本物の話を書いた。

 http://spinou.exblog.jp/10166766/

 フランス人なら仏舎利から釈迦のDNAを採りたがるかもしれない、などと思っていたが、5月、タイから、釈迦の「真骨」がフランスの仏教コミュニティに贈与されることになった。

 発掘されて1100年というから、1898年にイギリス人が発掘したやつだろう。名古屋の覚王山日泰寺に奉安されている明治33年にシャム国皇帝から贈られた遺骨と同じだ。

 贈与のセレモニーは5月15日。私の義妹がこの一連の行事の事務局長なので、招待してもらえる。
 10時が遺骨のお迎え、14時が各宗派によるセレモニー、15時から遺骨の公開(わくわく)。これはパリ郊外の仏教センター。
 翌16日はパリ市役所のタペストリーの間にて、遺骨を中心にして仏教文化の展示会。9時30から18時までは一般公開もされる。18時からは招待制で、パリ市長などまじえて仏教の歌や踊りもあるパーティ、これにも出席予定。

 よく17日にはヴァンセンヌのパゴダまでヴァンセンヌの森を遺骨を掲げた僧侶たちによる行列がある。

 ま、釈迦だのイエスだの聖人だのの物質的記念品が崇められるのは、いかにそれがシンボリックであり、その奥にある精神や真実や智恵を崇敬するのであるといわれても、偶像崇拝やフェティシズムの香りがぷんぷんするのは否めない。

 「真骨」だというからには物質性に対するこだわりがある。水晶製の舎利や、無酵母パンが「化体」したキリストの体、とはひと味違う呪術的心性を。セレモニーがどう囲っていくのか、フランス人仏教徒の反応や、フランス人の無神論者の反応や、フランス人カトリックの反応を観察するのが楽しみだ。
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by mariastella | 2009-03-27 20:15 | 宗教

人体標本展その後

 前に書いた( http://spinou.exblog.jp/9765172/ ) 人体標本展がリヨンに続いてパリで開催されている。

 「アート」ではやはり無理だったらしくパリの科学技術館や人類博物館に売り込んだらしいが、いずれも、倫理的な理由で断ったらしい。それでも私的なスポンサーはついて宣伝はしているが、その後どうなったのかと思ったら、やはりその「人体」が中国人のものであるということで、毎年6000人から7000人と言われている死刑囚の者ではないかと疑問を呈する人が出てきた。

 私も日本で見た時、最初のドイツ由来の展覧会と違って、アジア人の標本には、嫌な感じがして、チベット人じゃないのか、と思った。

 フランスでの議論に、中国人は先祖を敬う伝統が根強いから、医学の献体も少ないので、このような標本(「万全の信頼を寄せての献体」ということになっているらしい)の出所はあやしい、というのがあった。

 ドイツのプラスティネーションは今でも健在で、人体サーカスとして演出を加えている。それもグロテスクではあるが、一応「アート」とか「表現」の線を貫いているのだ。最近、自分の身体を永遠に残したいと遺言して、名前を公表してプラスティネーションの処置をしてもらったドイツ人の写真記事を見た。だから、ばらばらにされるのではなく、本人の肖像みたいなのが同定可能になっている。
 まあ、埋葬が主流の文化において、自分の身体が腐るのがいやだ、という気持ちはあっても不思議はないので、無料できれいに処理してもらえれば、と思う人も出てくるのかもしれない。

 キリスト教といえば、プラトン風の「肉体は魂の牢獄」、という身体蔑視を思い浮かべる人もいるだろうが、そして中世ヨーロッパなどでは実際そういう部分もあったのだが、実際は、その根幹が「肉体」と結びついている。神が人に受肉したというのと、死の後にキリストは肉体ごと復活したという根幹である。

 だからキリスト教では、肉体蔑視と言っても、サクス(肉)とソーマ(体)を分けて、肉の方は、人間の条件である原罪、つまり欲望に屈して神から離れるので律するべきものであり、それに対して体の方は、聖霊の働く場所であり、聖性へ、つまり神との一致へ向かう。そこでは体は魂の牢獄どころか、神を宿す「神殿」ですらある。

 プラトンのギリシャには同時に肉体賛歌の文化もあったわけだし、ヨーロッパでもルネサンス以降の社会におけるキリスト教の非宗教化の過程では、やはり、人間=肉体の称揚=神格化があったわけだ。だから、その名残がある今のフランスでも、「神を冒涜」するようなアート表現はかなり過激でも別に問題にならないのだが、人間の体の展示には倫理的問題を感じるらしい。

 これがいわゆる「聖人の体(腐らないパードレ・ピオの遺体とか)」の公開などであれば、それはまさに神格化しているのだから、崇敬であって冒涜にはならない、という論理が通るのだが、単に「教育的見世物」として人体を公開するのは非常に抵抗があるわけである。
 ヨーロッパでもたとえばムッソリーニのような独裁者を殺してその死体を「さらしもの」にするというような野蛮なシーンはついこの前まであったわけだが、そういうトラウマも含めて、「人体の不思議展」に強い嫌悪を表明する人が後を断たないのである。

 文化的文脈というのは不思議なもので、好奇心にかられて日本ではプラスティネーションも人体の不思議展も見てしまった私は、パリでは忌避感がある。

 生命活動を失った後の人間の体に向ける視線には、いつも、世界観が現れる。それは「種」としての人間観であり、自己をどう認識しているかということでもあるのだろう。

 
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by mariastella | 2009-03-26 18:42 | 宗教

méditation cosmographique はキリスト教の曼荼羅なのか

 méditation cosmographique という言葉はGérard Mercator という16世紀の地理学者(というか地図学者)が作った言葉だ。

 大航海時代を経て、世界地図の作成が盛んになり、天体観測の技術もだんだん進んで、プトレマイオス天文学も浸透していたので、天球儀や天体観測儀が非常な権威を持っていた。

 中世キリスト教というと、天動説で古い、地動説を異端扱いにした非科学的なものだというイメージがあるかもしれないが、観測技術が進むに連れて、地球中心で宇宙を説明するために、後のすっきりした地動説とは比べものにならないくらいの複雑な理屈付けと天球図と惑星運行図ができていた。

 その天球図や世界地図を眺めてメディテーションするというのが、当時流行って、学校の教育プログラムにも入っていたらしい。

 神の啓示には2種類あり、一つが言葉による聖書での啓示、もう一つが、万物=被造物である。万物=宇宙に現れる神の永遠の力と神性は、宇宙の観察を通して知ることができる。

 ストア哲学などでは宇宙は人間を超越した秩序であったが、キリスト教においては宇宙も人間と同じ被造物であるから、人間によって秩序付け得るものであるし、そうすることで神の業を読み解く書物の一種である。

 15世紀くらいから現れた当時の典型的なコスモグラフィー(=宇宙図)には、黄道12宮の帯のシンボルはもちろん動植物も配されている。地球を中心とした天球の下には3人の人物が描かれている。
 真ん中に座っているのが「アストロノミア」という女性で、両手にそれぞれ、天文観測儀と天球儀を持っている。向かって右のとんがり帽子に髭の男が彼女の智の父であるプトレマイオスで、自著を開いている。向かって左に裸の女が立っている。これが「ウラニア」であり、時には「テオロギア」とも同一視され、彼女は、目が眩まないように手をかざして空を眺めている。

 当時のリベラル・アーツの象徴であるわけだが、裸の女が「神学」と結びついているところが意外だ。

 ここには、神だのキリストだの天使だのというキリスト教的なものは出てこない。
 あくまで、「被造物」の図であるからだ。世界地図の周りに配されているのもギリシャ神話の神々だったりする。

 そこに、ある仕掛けが施されている、と言ってもいい。

 この世界地図や宇宙図を眺めて神の業について瞑想することは、神を讃えることでもあるが、同時に、それは、神の視点で被造物を見ることでもある。

 世界地図というのは、天高くから見下ろした形になっている。後の航空写真のようなものだ。
 天球図、宇宙図というのは、さらに、宇宙を外から俯瞰する。
 それらを眺めることは、創造神が、自分の作品を鑑賞するのと同じである。

 だから、そこに神だの天使の姿がないのは理屈に合う。
 神は、外からの視線、超越した視線だからだ。

 「コスモグラフィーのメディテーション」というのは、それ故に、神を崇めながら、同時に人間を神格化する方法なのである。キリスト教では超越的なはずの創造神がキリストとなって受肉したことになっているので、神と人との相互のダイナミクスが可能になっている。だから、このようなメディテーションが存在し得るらしい。

 こういう経緯を考えると、私たちが小さい頃から見慣れている「世界地図」などというもの自体が、非常にキリスト教文化圏の産物であるように思われてくる。限られた地域の地図ではない「世界地図」という概念は、単に「西洋帝国主義の副産物」などではないのだ。

 世界の「読み解き」の伝統は、プトレマイオスもそうだが、ギリシャ的知の系譜の文脈上にある。

 これに対して、東洋の曼荼羅を「発見」したユングなどは、それをすぐれた「心理地図」と見たふしがある。
 
 しかし、西洋風の心理学とか精神分析学などは、実はキリスト教無神論の展開の一つである。

 それは、神や宗教感情を「意識の現象」であると捉えた。
 ユングは心理学的視点から東洋思想をとらえた。
 キリスト教世界では、何かというと「仏教は無神論だ」と決めつけられているのも無理はない。

 西洋的自我とか自己意識というのは、確かにキリスト教的なペルソナと結びついている。
 だから、自己意識を否定する流れはキリスト教を否定する流れと重なった。

 「私は存在する」という自己意識の優越というものは、「無意識」の存在を認めた瞬間に破綻する、とユングらは考えた。自由意志を持つ主体=自己という幻想は崩壊したと思ったのである。

 そこだけ見ると、なかなかコペルニクス的転回であるが、それははたして妥当なのか?

 たとえば、自己=主体が固定した実体であるというのは幻想だとしても、自己とは、常に特定の対象との関係において現れる文脈的な存在である、と解釈すれば、「ペルソナ」を維持したまま「自己幻想の崩壊」を回避することも可能なのではないだろうか。

 ユングは、せっかく幻想を打ち消したのに、結局は、意識の拡大を試みて、根源的意識とつながった本来の自己だとか自己実現だとか言い出した。しかも、道教の太乙(たいいつ)の概念を応用して、無意識を形成する根源的自己は、個人の生活史に関わる意識に立脚した自我よりも「上」であるかのような上下関係を導入した。無意識の自己は、「天子」であり、自我はその天子をないがしろにして権力を振るう「将軍」のようなものであるといったようなレトリックである。
 
 このへんが、ユング的な言説がニューエイジやカルトに利用されて、盲目的な「輝く本当の自分」探しと「自己実現」の勧めの言説へと展開していった理由のひとつだろう。

 「無意識」もまた、思考上のモデルであって、それが、たとえば精神医療上のツールとして有効に働くならばいいが、「自己実現」マーケットの商品となれば、自我と同様の幻想に過ぎない。

 私はキリスト教の三位一体論の方が、ずっとよくできているとこの頃思うようになって来た。

 神を三つのペルソナ化して関係性の神とすることで、人間もそれぞれの個性を維持したままでその関係性に参入することができるからだ。

 そこには神が上であるとか、父が上であるとかいうような固定的なものはないし、権力的なものもなくなる。
 自己とは常に複雑化していく自分史をかかえたままで、他の全ての被造物=世界=他者との関係性の中でのみその都度現れるものである。

 ユングが三位一体に聖母の女性原理を加えたとかいうのは意味がなくなる。
 三位一体は構造ではなく力学であるからだ。

 仏教の三身論とは本質的に違う。
 ユングが東洋思想と出合った道教の『太乙金華宗旨』の基礎を成す古代の三神(=泰一、天一、地一)の方は、仏教の三身論と明らかに通ずるのだろうが。

 ユングは『太乙金華宗旨』の翻訳の解説の中でパウロの回心体験などと、「意識の解放」体験を関連づけて、自己の拡大を語るが、そこにも、「より高い精神的存在」などという上下関係が導入される。

 無神論も「高貴な宗教」などと言われるが、そういう、「より上等なレベル」への「解脱」の幻想というのも、実存的「苦」の回避の方法論としてどこまで有効であるか、非常に疑問に思う。
 そういう世界では、そのような「高い境地」に到達した先達が崇められがちで、神格化されることもあるし、「最終解脱者」などと自称する「教祖」にだまされることすらあるからだ。

 ジュリアン・バーンズは、「自分は自由意志を行使している」という「西洋キリスト教文化」的な仮説を採用して生きていくことにした、という。その理由は、たとえ、「人間が自由意志だと思っているものは実は遺伝的、環境的、文化的な諸条件、あるいはそれこそ無意識によって規定されているまやかしである」と自覚したところで、実存的恐怖(病・老・死など)は消えないし、自分の人生はもっと生きにくく、惨めなものになるだけだから、というものである。

 私も今となれば、せいぜい「自由意志」を行使して、「被造物仲間」である他者や世界と「主体的」に関わって、何か柔軟で調和的な関係を築いていきたいという気分だ。
 
 曼荼羅を眺めて瞑想して意識を拡大したり、「より高次なレベル」で生きられるようにならなくても、せいぜい世界地図を眺めて、光に目がくらまないように手をかざしながら、関係性のネットワークと出会いを大切にしていければ、充分すぎるくらいだろう。
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by mariastella | 2009-03-22 09:21 | 宗教

ソリプシスムはフランス仏教徒の感性に合う

 友人エリカがのめりこむチェコのソリプシストについて。

 彼の名はまだここに書かない。
 今はネットの時代だから、彼の名をここに書けば、ありとあらゆる人が検索するだろう。

 その感じがむずむずするからだ。

 エリカが、彼女の翻訳作業にスポンサーを見つけたいと言った時(すでにここ10年ほどで10冊以上がエリカの訳で出版されている)、私は、彼の名で英語のサイトを立ち上げて紹介すればいい、そしたら日本の出版社だって読めるし、と提案してみた。すると彼女は(アメリカ人であるにも関わらず)、英語のような粗雑な言葉で彼のことはひと言も書きたくない、と激しく拒否したのである。

 だから、私も、軽々しく、自分のお粗末な日本語で簡単に書いてしまうのはちょっと気が引ける。

 明日エリカに会うので、ひと言ことわっておこう。

 チェコという国が、そういう「無神論の極北(これは私の解釈で彼女の形容ではないが)」を生むような宗教的背景について、先日エリカに聞いてみた。

 こういうことらしい。

 チェコはヤン・フスを生んだ国である。16世紀にプロテスタントの宗教改革が起こる1世紀以上も前に彼は、腐敗したカトリック教会を批判して、火刑に処されている。彼の影響は大きく、武力で弾圧されたものの、チェコの民衆は、フスの激越な思想を心に深く刻んだ。

 その後、ハプスブルグ家に征服されたりしたことで、チェコはカトリックに戻る。

 しかし、エリカによると、そのカトリシテは表面のことに過ぎず、実は、フス以後、チェコの民衆は、もう誰も「カトリック教会の神」を信じていなかったというのだ。

 民衆レベルの信仰の核が、支配者の押しつける宗教と一見習合したり隠れたりしつつも、実は根強く何世紀も残るという現象は他処でも時折見られることであるから、そういうこともあるのかもしれない。

 そのベースがあったから、カトリックと拮抗して生まれた西洋近代からちょっとずれて、チェコの人にとっては、ニーチェの思想に共鳴してしまうということがたやすかった、というのである。

 なるほど。

 ところが、この哲学者が、34歳のある日、「自分が絶対者=神である」という覚醒を得た時の言葉を極めて「自然に」共感、共鳴してしまうグループがフランスにもいた。西洋近代のユマニズムの本家であり牙城であるようなこの国に。

 それはフランス人仏教徒と仏教シンパの人々である。

 意外だった。

 30年以上フランスに暮らしていると、日本やアジアの慣習や文化で相対的に見えてくるものも多いし、すっかり「フランス人の視点」で見えてしまうものもある。その中で、いつまでたってもなかなか客観的には見れないものも、もちろんある。

 「和服」とか「日本仏教」がその仲間だ。

 たとえば「和服」をパリの真ん中で突然見かけても、異形の民族衣装には見えないで、生まれてからこの方、自分も含めてあの人やこの人が来ていた和服の集合記憶が必ず喚起されるので、それが「他のフランス人の目にどう映っているのか」という想像がしにくいのである。

 「仏教」もそうである。

 私はパリ郊外のチベット仏教センターと関係が深く、多くのラマやフランス人仏教徒や僧侶らとも何十年来の親交がある。いろんなことも学んだが、どうしても、何かを見たり聞いたりした時に、他のフランス人が感じるであろう感覚がつかめない。
 実際、私が日本人であるせいで、彼らからも、「特別」に一目おいて見られていて、というか警戒されていて、全く同じ仲間には入れてもらえないし、逆にラマたちからは、根拠なく親近感や尊敬を得ている。

 そして、フランス人の仏教研究者が回りにたくさんいるにもかかわらず、私は彼らと、研究過程の深まりや心情をほとんど共有しなかった。

 理由はいろいろある。

 夥しい仏教用語のフランス語訳がしっくりこないし、何が何に当たるのか詳しく考えるのが面倒。私の仏教の教養は主に「漢語」の世界であるからだ。フランス語で語ると何となく違和感がある。

 また、フランス人なら感心する、仏教の中の「おお、そういう考え方もあったのか!」的な部分の多くが私には「常識」の部分だったり、感心するツボが全然ずれたりしているからである。

 日本では、「禅の悟りとキリスト教神秘主義」とか、「親鸞とルター」とか、いろいろな「キリスト教と仏教」の比較研究に接する機会が学生時代に多くあったが、その二つは同等ではなく、「日本人の原風景である仏教」がベースとなって比較が試みられるイメージだった。

 フランスでは、フランス語で、山のように、キリスト教と仏教を比較研究する本があったのだが、「仏教のことは分ってるから」と思っていたので、つい最近まで、その類の本は全く読まなかった。キリスト教の知識を自分の中の「日本仏教」の教養とすりあわせていけばことが足りると思っていたのである。仏教に関する日本語の研究書はそれなりに読み続けているので安心感があった。

 ところが、ソリプシストの「神体験=自分は神であった」というような、キリスト教的には、曲がりくねった先の先にある孤絶体験が、「仏教の覚醒=解脱」に憧れてのめりこんでいるフランス人仏教徒的には、非常に共感できて参考になるらしいのである。
 これは思いつかなかった。ソリプシストを前にした私の反応は、「普通のカトリック的教養を持つフランス人」の反応と同じだったからだ。

 しかし、仏教シンパのフランス人の反応は違うらしい。

 彼らのとらえ方はこうである。

 ソリプシストが、「自らは絶対者である」と悟る時、この世は実体を失い、肉体も実体を失う。
 これは西洋的な物質主義からの解放である。
 仏教的な、この世は空である、という覚醒と似ている。

 ソリプシストが自分は神だという時、絶対者を他には立てないわけだし、自分以外の超越神の存在を否定するわけであるから、この世は仮の姿であり、真の実在ではないという仏教的悟りに非常に近い。

 という感じだ。

 正直言って、思いがけなかった。
 私にとっては、仏教的「梵我一如」と「一神教的文脈のソリプシスム」の差こそが見えていたからだ。

 ヨーロッパでは、特にキリスト教の側から、「仏教は宗教じゃない」とか「仏教は無神論」だとかよく言われることであるのだが、ソリプシストに対する反応を見ると、その根の深さがようやく分る。

 意外なのは、「精神」の扱いである。

 彼らに言わせると、西洋は物質主義に堕し、精神の実在を封印する。仏教は、すべて物質的なものは夢幻だととるのである。仏教は西洋物質主義へのアンチテーゼである。

 しかし、デカルト心身論(二元論ではない)の応用としてのフランス・バロック音楽をやっている私にとっては、「西洋近代」の人間主義は、それまでの精神主義から肉体を回復する過程でもあった。

 つまり、パレスティナの終末論とストア哲学に影響されて禁欲的に構築されてしまったキリスト教文化においては、肉体を罪のシンボルのように否定する文化が生まれて、頭でっかちの思想世界が生まれた。それに対して「非キリスト教」文化圏では肉体はちゃんと実体を持って尊重され、思想に組み込まれていた。

 と、そんな感じがしていたのである。

 実際、フランスのバロックバレー系のクラスでは、肉体の意識化ということが強調され、たとえば「私たちの西洋文化では骨盤を動かすということが封印されてきたけれど、本当はすべての部位を覚醒しなくてはならない」というような言説がスタンダードにあるのである。

 まあ、こういう言説は、日本でもあるので、それは、西洋「文化」というよりは西洋「文明」の結果としての機械文明によって「現代人が肉体を忘れてしまった」という危機感から来ているのだろうが、フランスのインテリ仏教徒の間では、それがまた逆転している。
 つまり、肉体にこだわる(延命治療だとか、健康産業だとか)悪しき「西洋文明」の縛りから逃れて、我々は、見かけの物質世界ではない真の実在に向かわなければならない、という精神主義に向かうのだ。

 まあ、この「西洋機械文明が諸悪の根源」で、それらをまとめて侮蔑する、という姿勢は、19世紀後半から20世紀はじめにかけて、高踏派のような少数の「精神貴族」にも流行ったものである。
 ソリプシストも明らかに、その系譜にある。

 ヴォルテールは「無神論は貴族的である」と言った。

 確かにキリスト教無神論は強者の宗教だという面がある。
 ロベスピエールはつまづきにつまづいたが。

 それで言えば、フランスのインテリ仏教徒たちは、日本仏教の親鸞の絶対他力とか、阿弥陀信仰にはがっかりするだろうなあ。

 フランスのインテリ仏教徒と仏教シンパの人たちとは、「無神論者がソリプシストの方向には進めないで、別の方向に進化した人たち」なのである。
 ストア派的無神論をアジア趣味で韜晦してみせた進化形だとも言える。

 (私のこのブログを翻訳ソフトで読もうとしているフランス人がいるので、あまり断言するのはやめよう。)

 余談だが、エリカがのめりこんでいるチェコのソリプシストについて検索して出あったこの仏教的な「覚醒」ブログは、「非人格的覚醒」を標榜している。キリスト教の神やあの世や最後の審判や復活は「人格=ペルソナ的」であることが特徴だ。「私は唯一絶対神である」というソリプシストの世界では、三位一体のような「関係性」がもちろん失われるのだから、非人格的になるのである。それが仏教的解脱に近いと見られる。おもしろい。

 (私がある日、自分が神だと気づいてしまうなら、女神の一人だとか、三位一体の神とかの方が好みだが。)

 後、余談をもう一つ。

 ソリプシストは、当然だが、死は怖くない。この世とあの世の区別はない。そういう意味でも仏教の解脱者と通ずる。

 問題は、病気である。

 死は困らないが、病気は困るのである。

 ソリプシストの論理から言えば、「病気」は存在しないはずだからだ。

 チェコのソリプシストは、結核で、壮絶な病を経てから死んだそうだ。 
 
 生身の肉体からの復讐を回避するための修行体系までもきっちり編み出した仏教の方が上手なのだろう。

 しかし、彼は、多分、苦しんだからこそ、魂の光の痙攣と言われる言葉を紡ぎだせたわけだ。

 この人が死ぬまで元気いっぱいでピンピンコロリ状態だとしたら、エリカが出会うこともなかったに違いない。

 

 

 

 

 
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by mariastella | 2009-03-09 03:11 | 宗教

ダーウィニズム、ピオ12世

 そのうち書こうと思っていたのだが、まともに取り上げると膨大なものになりそうなので、当分触れることができないと思うので、予告だけしておきたい主題が二つある。
 ブログではない別の形で書くかもしれないけれど。

 一つは今年が『種の起源』150周年で注目されるダーウィン主義とエコロジーとカトリック教会の関係。

 もう一つは、ピオ12世とナチスの戦争犯罪の関係についてである。


 最初の方、ダーウィン主義は、時としてイデオロギーと結びついて、優生主義や新自由主義経済(適者生存、弱肉強食)を担保してきた。
 かと思うと、アメリカの福音派的キリスト教原理主義者がダーウィンを目の敵にして天地創造を教科書に入れよう、と言っているような話題がある。そこでは、「信仰=蒙昧」に対する「理性=科学」という単純二項対立の図式があったりする。
 これに、イデオロギーとしてのエコロジーが絡む時がある。
 ディープ・エコロジーといわれるように、地球を守るためなら人類は絶滅した方がいい、みたいな極端なものから、単に政治資金をたたき出すロビー活動のものもあるし、古い時代にかえれという保守反動みたいなもの、いろいろである。

 カトリック教会は、JP2(前教皇) もB16(現教皇)もはっきりとエコロジー的路線を打ち出している。

 これに、日本のような非キリスト教国では、単純に、環境破壊はキリスト教的人間中心主義と進歩主義から導き出された悪である、、日本は元から自然と共存して環境にやさしい社会だった、実際に江戸時代は云々・・・というナショナリズムっぽい方向に流れる言説がよくなされる。

 これに対して、キリスト教文化圏のエコロジストの間では、別の単純図式が最近までまかり通ってきた。

 いわく、聖書は人間にこの地球の環境に責任を持てと言っているので、好きなように搾取せよといったわけではない、生物の多様性と生物倫理というのは聖書の中にある。
 むしろ、17,8世紀の産業革命の頃に、その聖書的世界観をヨーロッパが捨てて、地球を機会と見なした時に環境破壊が始まった。それまで、神に想像されたものとしての尊厳と意味を有していた自然は、それ自体意味がなくなり、人間がそこから引き出す有用性(=生産性)によってのみ価値を測られるようになった。だから、環境破壊を止めるには、聖書に戻らなくてはならない。

 これに、マルサスの人口論とか、マルサスにインスパイアされたとも言われるダーウィンの生存競争のアイディアが加わり、それらが自由主義経済を極端にまで推し進めたので、今の環境危機と経済危機にまで至る。

 そんなわけで、「反ダーウィン主義者=反マルサス主義者=避妊中絶反対のキリスト教右派=ディープ・エコロジスト」が渾然一体に混同されたりしている。

 火曜のベルナルダンでのセミナーでは、真のエコロジーはイデオロギーではなく科学であり生き方であるのだから、文化や宗教も含んだ人間の全ての活動の相互作用としての新しい「art de vivre」が模索されるべきだと提議されていた。

 これについて、いろいろ考察を加えたい。

 キリスト教における人間中心主義とその後の無神論的展開は、一つの根を持つこと。

 1990年の冷戦以降の新自由主義の暴走は、「先進国」全てに共同責任があるのであり、「欧米キリスト教国のせい」に帰すべきのみではないこと。

 消費主義からの覚醒とエコロジーとの関係。

 ナショナリズムや人間中心主義というエゴイズムのヴァリエーションから方向転換して、新しい「生き方」を共同(他者、他国、他文化、他宗教、人間以外の自然)で考えることの意味。

 以上についてのカトリック教会の立場

 などなどである。


 次に、ピオ12世の戦争責任について。

 この言説には少々辟易している。
 エコロジーと宗教についての考察の方が大事だと思う。

 しかし最近、ピオ12世がヒットラーの手先だったかどうかというニュアンスの伝記本の翻訳について訊ねられた。
 それこそ「欧米」では、この話は、日本人があまり想像できないほど、「古くて新しい」活きのいいテーマなのである。
 フリーメースンの陰謀、ユダヤ人の陰謀、何とかの秘密組織の陰謀・・論と同じで、歴史家がどんなに「反証」を挙げても、それまで「根拠」とされていた資料が偽書だと分かっても、新しい資料が出てきても、もう、一人歩きした陰謀論は停まらない。それを覆したり否定する動き自体が「陰謀」の一部であるとされる。

 また、単に、同じ一つの事実を前にしても、バイアスをかけて見てしまえば、どのように解釈もできるという面も実際にある。

 幸い、カトリック教会と第二次大戦の関係については、非常に綿密な歴史的研究も結構出そろっている。これを駆使して、流言蜚語を一度一掃してリセットして、一般の人に冷静に判断する材料を与えよう、という書物がちゃんと出てもいいのだが、すごく努力して膨大なものを書いたとしても、

 すでにバイアスのかかっている人はそんなものを必要としない、読んでも曲解する。
 非常にアカデミックな立場の人にはそのような啓蒙的な総合書はすでに必要ない。
 一定のロビーや利害関係のためにある方向付けの情報を流している「確信犯」的な人には言っても無駄。

 というわけで、先行きは暗い。

 だから、私も今のところはそんなことはしないが、

 Wladimir d'Ormesson や Leon Berard というヴァチカンのフランス大使による報告書とか(信頼性は高いと思う。これに比べれば、ドイツのヴァチカン大使の報告書がいかに捻じ曲げられているかは想像がつく)、 Matteo Sanfilippo の研究とか、スイスのLucerne大学の
 Victor Conzemius が Louvain大学から出した 『Eglises chretiennes et totoalitarisme national-socialiste 』などを見て、今の私が確かだと思っているのはこういうことである。

 ピオ12世は、ピオ11世と同じくナチズムをその拠って立つ「民族差別」ゆえにカトリック(=普遍)と相容れない、と考えていた。(cf1937年の回勅)
 それは、共産主義が無神論と物質主義に拠って立つゆえにキリスト教の敵だと見なしたのと同列である。

 しかし、ピオ12世は、「スターリンよりもヒットラーのほうを憎む」とはっきり言った。
 ヒットラーは伝統的に世俗政権と抵触しにくいルター教会に比べて中央集権的なカトリックを目の敵にして、一度カトリックの自由を認めた親和条約を破った。

 ピオ12世とその側近のMaglione 、Montini、Tardini(後のパウロ6世)らは、親イギリスで、連合国のレジスタンスに期待し、アメリカにも期待していた。

 ドイツがソ連に対する「十字軍」を唱えた時も、決してそれに便乗しなかった。

 終戦後にナチスを南米に逃がしたオーストリアのHudalは、司教であり亡命者を世話していた立場を利用して、赤十字のパスポートを融通した。彼がヴァチカンのために動いたのでその後でスケープ・ゴーととなったという説は否定されている。

 もちろん、では、ヴァチカンに何の責任もないかと言えばそれも間違いだろう。

 神学上の反ユダヤ主義の伝統と、民族差別イデオロギーとしての反ユダヤ人主義とを混同してはならないが、カトリック教会に根強い反ユダヤ的な神学とそれに基づく偏見と先入観が存在していたのは事実である。しかし、ナチスが具体的にユダヤ人を迫害し始めた時、ピオ11世は「キリスト教徒が反ユダヤ主義に与するのは不可能である。(・・・)反ユダヤ主義はは許されない。我われは霊的にユダヤ人である、とはっきり言った(1938年9月)。

 ピオ12世はペシミストであった。

 戦争をとめる力はないと思った。

 1937年の回勅で立場の表明は充分だと思った。

 ある意味で、カトリックの頂点に立つ人がペシミストであることは、罪かもしれない。
 JP2などは、絶対にあきらめずに執拗に戦い続けた。

 ドイツ国内で迫害されたカトリックは苦しんだ。エディット・シュタインは回勅を嘆願した。収容所処刑された司祭も少なくない。

 ピオ12世は、イギリス女王にエールを送り、ルーズベルトの使者に会い、アメリカ、イギリスに期待すると言い、ドイツが支配すればカトリックは潰されると考えていた。でも、ヒットラーを弾劾する回勅を出さなかった。

 ヴァチカンには反ユダヤ主義で親ナチスの聖職者ももちろんいた。

 一人一人を政治的な信条で弾劾することは不可能である。

 戦争が終わったときすぐに、戦争犯罪人は処罰されるべきである、とピオ12世は言った。
 Hudal の行為は、ヴァチカンの関与されないところで行われた。
 監督責任は?

 また、第二次大戦下の異常な事態で、ナチスやペタン政権のユダヤ人狩に見て見ぬふりをした人は多かった。フランスの聖職者の多くもそうだったし、沈黙することによる加担が罪になるということは、フランスでは今や刑法にも明記されている。当時のヨーロッパは大半がキリスト教徒だったわけだから、彼らの罪の意識は大きい。

 そこに、同じように沈黙していたピオ12世に責任転嫁する気持ちも当然起こるだろう。

 近親憎悪でもある。

 教皇は、多分、ヴァチカンでたった一人でも、ヒットラーを弾劾する声を世界に発するべきだったのかもしれない。

 JP2 が、自分自身がソ連の戦車とポーランド人の間に立ちはだかる用意がある、と言ったように。

 ピオ12世は、ヴァチカンに閉じ込められた状態で、ヒトラーを憎み、ペシミズムに蝕まれていた。ペシミズムは、キリスト教の徳ではない。

 2007年の5月8日、ピオ12世の「英雄的な徳」(列福の条件の一つ)が認められた。
 前年、ハイファの大ラビは、遺憾の意を表明している。

 こういうこと全てが、現在のウィリアムソン司教の歴史修正主義をめぐる騒ぎにつながっている。一筋縄ではいかない。

 

 



 
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by mariastella | 2009-02-13 03:18 | 宗教



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