L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:宗教( 316 )

ソリプシスムはフランス仏教徒の感性に合う

 友人エリカがのめりこむチェコのソリプシストについて。

 彼の名はまだここに書かない。
 今はネットの時代だから、彼の名をここに書けば、ありとあらゆる人が検索するだろう。

 その感じがむずむずするからだ。

 エリカが、彼女の翻訳作業にスポンサーを見つけたいと言った時(すでにここ10年ほどで10冊以上がエリカの訳で出版されている)、私は、彼の名で英語のサイトを立ち上げて紹介すればいい、そしたら日本の出版社だって読めるし、と提案してみた。すると彼女は(アメリカ人であるにも関わらず)、英語のような粗雑な言葉で彼のことはひと言も書きたくない、と激しく拒否したのである。

 だから、私も、軽々しく、自分のお粗末な日本語で簡単に書いてしまうのはちょっと気が引ける。

 明日エリカに会うので、ひと言ことわっておこう。

 チェコという国が、そういう「無神論の極北(これは私の解釈で彼女の形容ではないが)」を生むような宗教的背景について、先日エリカに聞いてみた。

 こういうことらしい。

 チェコはヤン・フスを生んだ国である。16世紀にプロテスタントの宗教改革が起こる1世紀以上も前に彼は、腐敗したカトリック教会を批判して、火刑に処されている。彼の影響は大きく、武力で弾圧されたものの、チェコの民衆は、フスの激越な思想を心に深く刻んだ。

 その後、ハプスブルグ家に征服されたりしたことで、チェコはカトリックに戻る。

 しかし、エリカによると、そのカトリシテは表面のことに過ぎず、実は、フス以後、チェコの民衆は、もう誰も「カトリック教会の神」を信じていなかったというのだ。

 民衆レベルの信仰の核が、支配者の押しつける宗教と一見習合したり隠れたりしつつも、実は根強く何世紀も残るという現象は他処でも時折見られることであるから、そういうこともあるのかもしれない。

 そのベースがあったから、カトリックと拮抗して生まれた西洋近代からちょっとずれて、チェコの人にとっては、ニーチェの思想に共鳴してしまうということがたやすかった、というのである。

 なるほど。

 ところが、この哲学者が、34歳のある日、「自分が絶対者=神である」という覚醒を得た時の言葉を極めて「自然に」共感、共鳴してしまうグループがフランスにもいた。西洋近代のユマニズムの本家であり牙城であるようなこの国に。

 それはフランス人仏教徒と仏教シンパの人々である。

 意外だった。

 30年以上フランスに暮らしていると、日本やアジアの慣習や文化で相対的に見えてくるものも多いし、すっかり「フランス人の視点」で見えてしまうものもある。その中で、いつまでたってもなかなか客観的には見れないものも、もちろんある。

 「和服」とか「日本仏教」がその仲間だ。

 たとえば「和服」をパリの真ん中で突然見かけても、異形の民族衣装には見えないで、生まれてからこの方、自分も含めてあの人やこの人が来ていた和服の集合記憶が必ず喚起されるので、それが「他のフランス人の目にどう映っているのか」という想像がしにくいのである。

 「仏教」もそうである。

 私はパリ郊外のチベット仏教センターと関係が深く、多くのラマやフランス人仏教徒や僧侶らとも何十年来の親交がある。いろんなことも学んだが、どうしても、何かを見たり聞いたりした時に、他のフランス人が感じるであろう感覚がつかめない。
 実際、私が日本人であるせいで、彼らからも、「特別」に一目おいて見られていて、というか警戒されていて、全く同じ仲間には入れてもらえないし、逆にラマたちからは、根拠なく親近感や尊敬を得ている。

 そして、フランス人の仏教研究者が回りにたくさんいるにもかかわらず、私は彼らと、研究過程の深まりや心情をほとんど共有しなかった。

 理由はいろいろある。

 夥しい仏教用語のフランス語訳がしっくりこないし、何が何に当たるのか詳しく考えるのが面倒。私の仏教の教養は主に「漢語」の世界であるからだ。フランス語で語ると何となく違和感がある。

 また、フランス人なら感心する、仏教の中の「おお、そういう考え方もあったのか!」的な部分の多くが私には「常識」の部分だったり、感心するツボが全然ずれたりしているからである。

 日本では、「禅の悟りとキリスト教神秘主義」とか、「親鸞とルター」とか、いろいろな「キリスト教と仏教」の比較研究に接する機会が学生時代に多くあったが、その二つは同等ではなく、「日本人の原風景である仏教」がベースとなって比較が試みられるイメージだった。

 フランスでは、フランス語で、山のように、キリスト教と仏教を比較研究する本があったのだが、「仏教のことは分ってるから」と思っていたので、つい最近まで、その類の本は全く読まなかった。キリスト教の知識を自分の中の「日本仏教」の教養とすりあわせていけばことが足りると思っていたのである。仏教に関する日本語の研究書はそれなりに読み続けているので安心感があった。

 ところが、ソリプシストの「神体験=自分は神であった」というような、キリスト教的には、曲がりくねった先の先にある孤絶体験が、「仏教の覚醒=解脱」に憧れてのめりこんでいるフランス人仏教徒的には、非常に共感できて参考になるらしいのである。
 これは思いつかなかった。ソリプシストを前にした私の反応は、「普通のカトリック的教養を持つフランス人」の反応と同じだったからだ。

 しかし、仏教シンパのフランス人の反応は違うらしい。

 彼らのとらえ方はこうである。

 ソリプシストが、「自らは絶対者である」と悟る時、この世は実体を失い、肉体も実体を失う。
 これは西洋的な物質主義からの解放である。
 仏教的な、この世は空である、という覚醒と似ている。

 ソリプシストが自分は神だという時、絶対者を他には立てないわけだし、自分以外の超越神の存在を否定するわけであるから、この世は仮の姿であり、真の実在ではないという仏教的悟りに非常に近い。

 という感じだ。

 正直言って、思いがけなかった。
 私にとっては、仏教的「梵我一如」と「一神教的文脈のソリプシスム」の差こそが見えていたからだ。

 ヨーロッパでは、特にキリスト教の側から、「仏教は宗教じゃない」とか「仏教は無神論」だとかよく言われることであるのだが、ソリプシストに対する反応を見ると、その根の深さがようやく分る。

 意外なのは、「精神」の扱いである。

 彼らに言わせると、西洋は物質主義に堕し、精神の実在を封印する。仏教は、すべて物質的なものは夢幻だととるのである。仏教は西洋物質主義へのアンチテーゼである。

 しかし、デカルト心身論(二元論ではない)の応用としてのフランス・バロック音楽をやっている私にとっては、「西洋近代」の人間主義は、それまでの精神主義から肉体を回復する過程でもあった。

 つまり、パレスティナの終末論とストア哲学に影響されて禁欲的に構築されてしまったキリスト教文化においては、肉体を罪のシンボルのように否定する文化が生まれて、頭でっかちの思想世界が生まれた。それに対して「非キリスト教」文化圏では肉体はちゃんと実体を持って尊重され、思想に組み込まれていた。

 と、そんな感じがしていたのである。

 実際、フランスのバロックバレー系のクラスでは、肉体の意識化ということが強調され、たとえば「私たちの西洋文化では骨盤を動かすということが封印されてきたけれど、本当はすべての部位を覚醒しなくてはならない」というような言説がスタンダードにあるのである。

 まあ、こういう言説は、日本でもあるので、それは、西洋「文化」というよりは西洋「文明」の結果としての機械文明によって「現代人が肉体を忘れてしまった」という危機感から来ているのだろうが、フランスのインテリ仏教徒の間では、それがまた逆転している。
 つまり、肉体にこだわる(延命治療だとか、健康産業だとか)悪しき「西洋文明」の縛りから逃れて、我々は、見かけの物質世界ではない真の実在に向かわなければならない、という精神主義に向かうのだ。

 まあ、この「西洋機械文明が諸悪の根源」で、それらをまとめて侮蔑する、という姿勢は、19世紀後半から20世紀はじめにかけて、高踏派のような少数の「精神貴族」にも流行ったものである。
 ソリプシストも明らかに、その系譜にある。

 ヴォルテールは「無神論は貴族的である」と言った。

 確かにキリスト教無神論は強者の宗教だという面がある。
 ロベスピエールはつまづきにつまづいたが。

 それで言えば、フランスのインテリ仏教徒たちは、日本仏教の親鸞の絶対他力とか、阿弥陀信仰にはがっかりするだろうなあ。

 フランスのインテリ仏教徒と仏教シンパの人たちとは、「無神論者がソリプシストの方向には進めないで、別の方向に進化した人たち」なのである。
 ストア派的無神論をアジア趣味で韜晦してみせた進化形だとも言える。

 (私のこのブログを翻訳ソフトで読もうとしているフランス人がいるので、あまり断言するのはやめよう。)

 余談だが、エリカがのめりこんでいるチェコのソリプシストについて検索して出あったこの仏教的な「覚醒」ブログは、「非人格的覚醒」を標榜している。キリスト教の神やあの世や最後の審判や復活は「人格=ペルソナ的」であることが特徴だ。「私は唯一絶対神である」というソリプシストの世界では、三位一体のような「関係性」がもちろん失われるのだから、非人格的になるのである。それが仏教的解脱に近いと見られる。おもしろい。

 (私がある日、自分が神だと気づいてしまうなら、女神の一人だとか、三位一体の神とかの方が好みだが。)

 後、余談をもう一つ。

 ソリプシストは、当然だが、死は怖くない。この世とあの世の区別はない。そういう意味でも仏教の解脱者と通ずる。

 問題は、病気である。

 死は困らないが、病気は困るのである。

 ソリプシストの論理から言えば、「病気」は存在しないはずだからだ。

 チェコのソリプシストは、結核で、壮絶な病を経てから死んだそうだ。 
 
 生身の肉体からの復讐を回避するための修行体系までもきっちり編み出した仏教の方が上手なのだろう。

 しかし、彼は、多分、苦しんだからこそ、魂の光の痙攣と言われる言葉を紡ぎだせたわけだ。

 この人が死ぬまで元気いっぱいでピンピンコロリ状態だとしたら、エリカが出会うこともなかったに違いない。

 

 

 

 

 
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by mariastella | 2009-03-09 03:11 | 宗教

ダーウィニズム、ピオ12世

 そのうち書こうと思っていたのだが、まともに取り上げると膨大なものになりそうなので、当分触れることができないと思うので、予告だけしておきたい主題が二つある。
 ブログではない別の形で書くかもしれないけれど。

 一つは今年が『種の起源』150周年で注目されるダーウィン主義とエコロジーとカトリック教会の関係。

 もう一つは、ピオ12世とナチスの戦争犯罪の関係についてである。


 最初の方、ダーウィン主義は、時としてイデオロギーと結びついて、優生主義や新自由主義経済(適者生存、弱肉強食)を担保してきた。
 かと思うと、アメリカの福音派的キリスト教原理主義者がダーウィンを目の敵にして天地創造を教科書に入れよう、と言っているような話題がある。そこでは、「信仰=蒙昧」に対する「理性=科学」という単純二項対立の図式があったりする。
 これに、イデオロギーとしてのエコロジーが絡む時がある。
 ディープ・エコロジーといわれるように、地球を守るためなら人類は絶滅した方がいい、みたいな極端なものから、単に政治資金をたたき出すロビー活動のものもあるし、古い時代にかえれという保守反動みたいなもの、いろいろである。

 カトリック教会は、JP2(前教皇) もB16(現教皇)もはっきりとエコロジー的路線を打ち出している。

 これに、日本のような非キリスト教国では、単純に、環境破壊はキリスト教的人間中心主義と進歩主義から導き出された悪である、、日本は元から自然と共存して環境にやさしい社会だった、実際に江戸時代は云々・・・というナショナリズムっぽい方向に流れる言説がよくなされる。

 これに対して、キリスト教文化圏のエコロジストの間では、別の単純図式が最近までまかり通ってきた。

 いわく、聖書は人間にこの地球の環境に責任を持てと言っているので、好きなように搾取せよといったわけではない、生物の多様性と生物倫理というのは聖書の中にある。
 むしろ、17,8世紀の産業革命の頃に、その聖書的世界観をヨーロッパが捨てて、地球を機会と見なした時に環境破壊が始まった。それまで、神に想像されたものとしての尊厳と意味を有していた自然は、それ自体意味がなくなり、人間がそこから引き出す有用性(=生産性)によってのみ価値を測られるようになった。だから、環境破壊を止めるには、聖書に戻らなくてはならない。

 これに、マルサスの人口論とか、マルサスにインスパイアされたとも言われるダーウィンの生存競争のアイディアが加わり、それらが自由主義経済を極端にまで推し進めたので、今の環境危機と経済危機にまで至る。

 そんなわけで、「反ダーウィン主義者=反マルサス主義者=避妊中絶反対のキリスト教右派=ディープ・エコロジスト」が渾然一体に混同されたりしている。

 火曜のベルナルダンでのセミナーでは、真のエコロジーはイデオロギーではなく科学であり生き方であるのだから、文化や宗教も含んだ人間の全ての活動の相互作用としての新しい「art de vivre」が模索されるべきだと提議されていた。

 これについて、いろいろ考察を加えたい。

 キリスト教における人間中心主義とその後の無神論的展開は、一つの根を持つこと。

 1990年の冷戦以降の新自由主義の暴走は、「先進国」全てに共同責任があるのであり、「欧米キリスト教国のせい」に帰すべきのみではないこと。

 消費主義からの覚醒とエコロジーとの関係。

 ナショナリズムや人間中心主義というエゴイズムのヴァリエーションから方向転換して、新しい「生き方」を共同(他者、他国、他文化、他宗教、人間以外の自然)で考えることの意味。

 以上についてのカトリック教会の立場

 などなどである。


 次に、ピオ12世の戦争責任について。

 この言説には少々辟易している。
 エコロジーと宗教についての考察の方が大事だと思う。

 しかし最近、ピオ12世がヒットラーの手先だったかどうかというニュアンスの伝記本の翻訳について訊ねられた。
 それこそ「欧米」では、この話は、日本人があまり想像できないほど、「古くて新しい」活きのいいテーマなのである。
 フリーメースンの陰謀、ユダヤ人の陰謀、何とかの秘密組織の陰謀・・論と同じで、歴史家がどんなに「反証」を挙げても、それまで「根拠」とされていた資料が偽書だと分かっても、新しい資料が出てきても、もう、一人歩きした陰謀論は停まらない。それを覆したり否定する動き自体が「陰謀」の一部であるとされる。

 また、単に、同じ一つの事実を前にしても、バイアスをかけて見てしまえば、どのように解釈もできるという面も実際にある。

 幸い、カトリック教会と第二次大戦の関係については、非常に綿密な歴史的研究も結構出そろっている。これを駆使して、流言蜚語を一度一掃してリセットして、一般の人に冷静に判断する材料を与えよう、という書物がちゃんと出てもいいのだが、すごく努力して膨大なものを書いたとしても、

 すでにバイアスのかかっている人はそんなものを必要としない、読んでも曲解する。
 非常にアカデミックな立場の人にはそのような啓蒙的な総合書はすでに必要ない。
 一定のロビーや利害関係のためにある方向付けの情報を流している「確信犯」的な人には言っても無駄。

 というわけで、先行きは暗い。

 だから、私も今のところはそんなことはしないが、

 Wladimir d'Ormesson や Leon Berard というヴァチカンのフランス大使による報告書とか(信頼性は高いと思う。これに比べれば、ドイツのヴァチカン大使の報告書がいかに捻じ曲げられているかは想像がつく)、 Matteo Sanfilippo の研究とか、スイスのLucerne大学の
 Victor Conzemius が Louvain大学から出した 『Eglises chretiennes et totoalitarisme national-socialiste 』などを見て、今の私が確かだと思っているのはこういうことである。

 ピオ12世は、ピオ11世と同じくナチズムをその拠って立つ「民族差別」ゆえにカトリック(=普遍)と相容れない、と考えていた。(cf1937年の回勅)
 それは、共産主義が無神論と物質主義に拠って立つゆえにキリスト教の敵だと見なしたのと同列である。

 しかし、ピオ12世は、「スターリンよりもヒットラーのほうを憎む」とはっきり言った。
 ヒットラーは伝統的に世俗政権と抵触しにくいルター教会に比べて中央集権的なカトリックを目の敵にして、一度カトリックの自由を認めた親和条約を破った。

 ピオ12世とその側近のMaglione 、Montini、Tardini(後のパウロ6世)らは、親イギリスで、連合国のレジスタンスに期待し、アメリカにも期待していた。

 ドイツがソ連に対する「十字軍」を唱えた時も、決してそれに便乗しなかった。

 終戦後にナチスを南米に逃がしたオーストリアのHudalは、司教であり亡命者を世話していた立場を利用して、赤十字のパスポートを融通した。彼がヴァチカンのために動いたのでその後でスケープ・ゴーととなったという説は否定されている。

 もちろん、では、ヴァチカンに何の責任もないかと言えばそれも間違いだろう。

 神学上の反ユダヤ主義の伝統と、民族差別イデオロギーとしての反ユダヤ人主義とを混同してはならないが、カトリック教会に根強い反ユダヤ的な神学とそれに基づく偏見と先入観が存在していたのは事実である。しかし、ナチスが具体的にユダヤ人を迫害し始めた時、ピオ11世は「キリスト教徒が反ユダヤ主義に与するのは不可能である。(・・・)反ユダヤ主義はは許されない。我われは霊的にユダヤ人である、とはっきり言った(1938年9月)。

 ピオ12世はペシミストであった。

 戦争をとめる力はないと思った。

 1937年の回勅で立場の表明は充分だと思った。

 ある意味で、カトリックの頂点に立つ人がペシミストであることは、罪かもしれない。
 JP2などは、絶対にあきらめずに執拗に戦い続けた。

 ドイツ国内で迫害されたカトリックは苦しんだ。エディット・シュタインは回勅を嘆願した。収容所処刑された司祭も少なくない。

 ピオ12世は、イギリス女王にエールを送り、ルーズベルトの使者に会い、アメリカ、イギリスに期待すると言い、ドイツが支配すればカトリックは潰されると考えていた。でも、ヒットラーを弾劾する回勅を出さなかった。

 ヴァチカンには反ユダヤ主義で親ナチスの聖職者ももちろんいた。

 一人一人を政治的な信条で弾劾することは不可能である。

 戦争が終わったときすぐに、戦争犯罪人は処罰されるべきである、とピオ12世は言った。
 Hudal の行為は、ヴァチカンの関与されないところで行われた。
 監督責任は?

 また、第二次大戦下の異常な事態で、ナチスやペタン政権のユダヤ人狩に見て見ぬふりをした人は多かった。フランスの聖職者の多くもそうだったし、沈黙することによる加担が罪になるということは、フランスでは今や刑法にも明記されている。当時のヨーロッパは大半がキリスト教徒だったわけだから、彼らの罪の意識は大きい。

 そこに、同じように沈黙していたピオ12世に責任転嫁する気持ちも当然起こるだろう。

 近親憎悪でもある。

 教皇は、多分、ヴァチカンでたった一人でも、ヒットラーを弾劾する声を世界に発するべきだったのかもしれない。

 JP2 が、自分自身がソ連の戦車とポーランド人の間に立ちはだかる用意がある、と言ったように。

 ピオ12世は、ヴァチカンに閉じ込められた状態で、ヒトラーを憎み、ペシミズムに蝕まれていた。ペシミズムは、キリスト教の徳ではない。

 2007年の5月8日、ピオ12世の「英雄的な徳」(列福の条件の一つ)が認められた。
 前年、ハイファの大ラビは、遺憾の意を表明している。

 こういうこと全てが、現在のウィリアムソン司教の歴史修正主義をめぐる騒ぎにつながっている。一筋縄ではいかない。

 

 



 
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by mariastella | 2009-02-13 03:18 | 宗教

カトリック教会と聖霊の風通し

 この前の記事の続き。

 フランスのカトリック知識人たちは、ウィリアムソン事件でなんだかますます意気軒昂で、連帯感が盛り上がっている。

 私は、破門を解かれた4人の司教って言うのが、破門されてたんだから、司教というタイトルは無効じゃないのかなあ、と漠然と思っていた。

 このピオ10世会の聖職者たちによって結婚とか洗礼とかの「秘跡」を受けた信者に対して、それが有効かどうかということについて、それらの秘跡は「nul」ではないが「illicite」と書いてあったんで、それは一体どういうことかなあと思っていた。

 無効ではないが、不法というのは?

 ピオ10世会の聖職者の下の「信者」たちは、当然、全員ローマ教会から「破門」の状態にあるのだが、名指しで破門を宣言されていないから、「懲罰」の意味合いはないと言う。また、今のカトリック教会では、再婚者は聖体拝領できないことになっているのだが、それもまた別のカテゴリーらしい。4人の司教も、懲罰は解かれても、実際にローマ教会の聖餐に参加できるには、誤りを認めて、新たに誓わなければならない。

 こういうのって、はじめは、なんだか机上の空論とか、ご都合主義とか、さすがにわけがわかんないなあ、とか思っていたのだが、要するに、教会が拠って立つと言うか、その息吹によって成り立っている「聖霊」というものだけは、教会法やら人間の思惑では囲えないということらしい。

 ローマ教会の歴史というのは、ローマ帝国の推移に始まり、野蛮な戦いに明け暮れた中世における聖俗渾然一体の権力争いの中で、迷走しながら、聖霊(三位一体ということで、神と言い換えて読んでくれてもかまわない)を管理しようとしたり、時には全然聞く耳を持たない状態になったりして、それでも、奇跡的に、キリスト教的なユニヴァーサリズムの片鱗はどこかに保存したまま、その帰結としての政教分離のヨーロッパを支持する地点にたどりついた形になっている。

 それを支えてきたのは、「聖霊」は人間が作る制度の枠外にあるというコンセンサスを何とか保っているからかもしれない。

 たとえば、ヴァチカンは、カトリックの妻帯司祭を「破門」したり、ミサを挙げることなどをいくら禁止しても、そのいわば「神降ろし」の能力、聖霊と交信する能力を無効にしたり奪うことはできない、ということは聞いていた。いったん、教会の正規の手続きにより、司祭を叙階すれば、それは、「聖霊の働き」に属することで、それを人間が奪うことはできないのだ。できるのは職務執行の停止命令や、仲間はずれの処置だけだ。そのような司祭が「聖霊」を断つとしたら、それは自分の意志に拠るしかない。
 神というのはいつも呼びかけているもので、その神からの呼びかけに自由に応えるかどうかは、個人にかかっているのである。
 その意味で、信仰を捨てるのは自由だが、奪うことはできないのだ。

 で、今回スキャンダルを巻き起こしているこの4人の司教たちは、ルフェーヴル師という、正規の手続きを経て司教となっていた人物によって、叙階された。

 もちろん、JP2は、叙階をするな、と何度も警告したので、ルフェーヴル師は、そういう教皇に意図的に不服従した、ということで、懲罰的破門を宣言されたわけだ。

 が、すでに、カトリック教会の「お墨付き」で、「聖霊」のいわば「霊能者」であったルフェーヴル師から、聖霊の力を取り去ることはできない。
 だから、彼によって、それを与えられた司教は司教であり、またその彼らによって聖霊を分け与えられた信者たちの秘蹟も無効とはならないわけである。

 聖霊は減るものではないし、管理されるものでもないし、誰かの所有物でもないからだ。

 では、件の4人が、カトリック教会の司教かといえば、もちろん違う。

 カトリック教会の司教というのは、たとえ、中央で働いて司教区で働く者ではなくとも、必ず「どこそこの司教」という、名目上の司教区を付与される。

 この、どこそこの司教という、司教区を与えることができるのは、聖霊じゃなく、ヴァチカンの権利で管轄なのである。そして、カトリック教会的には、「どこそこの」がつかない司教は、教会法的にはもちろん司教ではない。

 ただの屁理屈なのかレトリックなのかとも思えそうだが、理性や感情やヒエラルキーや秩序感覚をも超える「聖霊のロジック=この世の論理でない」をぎりぎり認める苦しい感じは誠実かなあと思う。そういう部分がない宗教は信頼できない。

 それについて思い出されるのは、フランスの元エヴルー司教であったJacques Gaillotのエピソードだ。この人は、彼の聖霊に導かれて、不法移民、同性愛者、再婚者、女性の司祭召命などの権利をおおっぴらに擁護し、政治的な活動も堂々として、何度も何度も「教会」から、叱責されたり警告された。

 彼の信念と活動は変わらず、ガイヨー司教はミサを挙げることを禁止された。しかしその活動には、あまりにも、福音書的な弱者救済の力があったし、人々の共感も得ていたので、不服従にもかかわらず、彼は破門とはされなかった。

 ではどうなったか?

 ガイヨー司教は、エヴルーの司教を外されて、「Partenia」司教に任命=左遷されたのだ。
 パルトニアというのは確かどこかの砂漠かなんかで、教会どころか住民もいないところだ。
 もちろんヴァチカンに直属の任務を与えられたわけではない。実質的な謹慎処分である。
 つまり、窓際どころか、窓の外に放り出されたのだが、それでも

 「どこそこの司教」

 というタイトルはもらえたのである。

 つまり、ローマ・カトリック教会の合法的一員であり続けた。

 1995年、今のB16 がラツィンガー教理省長官だったときの話だ。

 ガイヨー司教は、司教区を離れなくてはならなかったが、パルトニア司教区というヴァーチャル司教区をインタネット上に立ち上げて、活動を続けた。

 彼はラツィンガーは「第二ヴァチカン公会議が開いた扉を閉めた」と言って批判した。

 その10年後、そのラツィンガーが教皇に選出されてB16となった時、ガイヨー司教は、「失望した」と語った。

 ところが、

 2008年、B16 がフランスのルルドに巡礼にやってきた時、ミサに同席したガイヨー司教は、自分は教皇と完全なコミュニオンの状態にある、と感想を述べた。
 この「コミュニオン」というのが、聖霊のうちにある一致だ。(いわゆる破門というのは、このコミュニオンから締め出される状態を指す。)

 パルトニアでもどこでも、「どこそこの司教」でい続けられたから彼とB16 は同じ聖霊の中にいた。というよりも、彼らの中で「聖霊の働き」があって、和解が成立したらしい。

 そういう意味では、今回の4人の司教たちは、いまだ「どこそこの司教」にしてもらえるための道は遠いが、コミュニオンの可能性は開かれたわけである。

 つまり、ヴァチカンとしては、彼らの上に聖霊の働きがあって、回心や改悛や歩み寄りに至るんじゃないかと期待していると言える。

 彼らを非合法ではあるが司教だと言うことは、すでに、一度分かち合った「聖霊」というもの自体を、囲い込んだり奪ったりは誰もできないのだという認識があるのは、最終的には神の「み心」のままにという謙虚が感じられて、ある意味、とても人間的だ。

 昨年秋に99歳で亡くなったシスター・エマニュエルは、カイロのスラムで、女たちに避妊具などを配給してきた。女たちが「産児制限」できることなしには、貧困と悲惨から抜け出ることができないと確信したからだ。

 彼女は当時の教皇(JP2)に手紙を書いて、了承を求めた。

 教皇からの返事はなかった。

 教皇が「産児制限」を許可したり了承するわけがない。

 しかし、シスター・エマニュエルに、それを禁じるとも言わず、やめなければ破門するぞと警告もしなかった。

 だからシスター・エマニュエルは、「不服従の罪」に問われることはなかった。

 もし、禁止されていたとしたら・・・

 彼女は、やはり、産児制限を勧め続けていたと思う。それが彼女への聖霊の働きで、応えだったからだ。

 教皇は多分それを知っていただろうし、彼女に返事しないことも、多分、「聖霊の働き」だったんだろう。

 別の文化ではこういう感じの「聖霊の働き」が「人情」と呼ばれたりする。

 一応10億人のもメンバーを抱える共同体が人情の発露の場を確保しておくのは大変だ。

 それこそ「聖霊の働き」を恃むしかないかも。

 いや、60億人の地球だって、聖霊の中で結ばれるなら、すべての「人」がすべての「人」に寄り添える、「人情」は成立する、と、信じるのが、ユニヴァーサルな宗教としてのカトリック教会の使命なのかもしれない。


 
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by mariastella | 2009-02-06 21:08 | 宗教

ピオ10世会の破門解除騒ぎについて 

ピオ10世会の破門解除騒ぎについて   


 フランスのカトリック界はここ2週間ほど大騒ぎだ。

 1988年に破門された故ルフェーヴル師がヴァチカンの同意なく任命した4人の司教が破門を解除されたニュースのすぐ後で、その1人がスウェーデンのTVで「ユダヤ人はガス室では死んでいない」という、ヨーロッパではタブーの歴史修正主義的発言をしたからである。

 もともとフランスのカトリック言論界は結構リベラルで、第2ヴァチカン公会議を全否定するピオ10世会と現教皇のベネディクト16世(以下B16)の歩み寄りには警報を鳴らしていた。

 今度の騒ぎでも、戦後のカトリックが苦労して築いてきたユダヤ教との対話路線を一方的に危機に陥れるものだとして、件の発言をしたウィリアムソン(ケンブリッジ卒のイギリス人でカトリックに改宗した人だから、もともとカトリックの「伝統的」な典礼だのに親和性があったのだろう)を厳しく弾劾、彼を受け入れるというヴァチカンに強く抗議している。

 私は、この話については、実はあまり、触れたくなかった。

 もし自分を在フランスのカトリック言論人として位置づけて意見を述べるなら、彼らと全く同じ意見ではある。

 でも、個人的には、いろいろ複雑な思いがある。

 私は、昨年末からのイスラエルによるガザ攻撃に心を痛めていた。

 堂々と弱いものいじめをした後で、オバマ大統領の就任式の直前に撤退するなど、あからさまな政治的思惑にもすでに嫌な感じがしていたし、今度のこともそれと続いて、あまりにもいいタイミングで、反ユダヤ主義をたたく結果になっているので、メディア操作の気味悪さが抜けない。
 実際、ウィリアムソンがこのような反ユダヤ的発言をしたのは、今回が初めてではなく、数年前にカナダでも言ってるそうだし、今回のTV も、収録は2008年の11月である。

 つまりこの人は言ってみれば確信犯で、別に、バチカンを巻き込んでやれとか、カトリックを困らせてやれとか特に思っているわけではない。

 こういうタイミングの問題のあやしさが、一つ。

 もう一つは、私は、どんな歴史にしろ、特定の「正史」に反する言動を即刑法で罰するというシステムには反対だ。
 今のドイツでは、反ユダヤ主義やShoahについての歴史修正主義は、そのような対象として罰せられる。第二次大戦のヨーロッパ的文脈からして避けられないことだったのだろう。

 しかし、私はどんな正しいと見なされる歴史にも、「疑う権利」は保証されるべきだと考える。そして、社会的、公序良俗に「不適切」な修正主義は、個別に裁かれるべきである。

 これは、私が、たとえば、フランスで、「同性愛者に対する差別的言動」を特定化して刑法上のより重い罪とするのに反対するのと同じ理由である。
 人は、だれでも、その帰属や、人種、民族、性別、身体的特徴、年齢、障害、性的傾向などを理由に差別されたり、侮辱されてはならない。
 それを「同性愛者」を分けて特化することは、得てしてコミュノタリスムの表現であり、ユニヴァーサリズムの後退であるからだ。
 もっと言えば、選挙の集票につながる特定ロビーの優遇であり、それを野放しにしていては、ロビーを形成できないマイノリティの権利がおろそかにされる恐れがあるからだ。

 歴史修正主義の規制についても同じである。特定の政治的ロビーとつながるものだけを特化して優遇することには反対である。
 逆に、どんな修正主義的発言でも、ケース・バイ・ケースで、人種差別や人権侵害や名誉毀損などを構成するかどうかが問われなくてはならないし、その社会的影響や文脈もその都度考慮しなくてはならない。

 概して、ヨーロッパキリスト教世界におけるナチスのホロコーストに対する反応は、ユニヴァーサリズムを超えた「特例」をなしている。

 いろいろな理由があるだろう。

 ヨーロッパは2度の大戦で荒廃しきったので、ともかく経済復興することが優先問題だった。そこに冷戦構造が加わった。
 ナチス・ドイツをスケープ・ゴートにするだけでは納まらず、フランスのような国では、罪悪感も大きい。フランスはドイツに占領されて親ナチヴィシー政権でユダヤ人迫害政策をとったからだ。
 長年「西欧」に同化していたリッチなユダヤ人たちのアンビバレントな行動もある。それらが一体となって、イスラエルという国を戦後、強引に作った。

 第二次大戦における、原爆とホロコースト、これは戦後西欧知識人の2大トラウマでもあった。
 このトラウマのすごさは、戦後日本に生まれた私には想像もつかなかった。
 
 私のような普通の日本人ならたいていそうだろうが、日本人は、ホロコーストだのナチスのガス室が怖ろしいとは言っても、人類としての「罪悪感」など持ちにくい。もちろん、ホロコースト=繰り返してはならない悪という刷り込みは、『アンネの日記』からシモーヌ・ヴェイユ、エディット・シュタイン、エティ・ヒレスムなどの読書を通じて、しっかり定着している。映画にもこと欠かない。
 日本人の感覚では「ユダヤ人=優秀な民族だが歴史の犠牲者」というのが普通で、第一、大方の日本人にとって「西欧系ユダヤ人」は顔も姿も普通の欧米人と区別がつかないことが多いから、「反ユダヤ主義」などは育つ土壌がない。だから、深刻な罪悪感もない。

 しかも、もう一つの「意図的皆殺し」であるトラウマの「原爆」だって、相手のアメリカが戦勝国になったこと、日本も戦後の復興に一生懸命でモラルの問題を追及する余裕がなかったこと、冷戦により、当のアメリカの「核の傘」というものに入って守られるという状況になったものだから、「原爆=悪」の責任追及というのは、ナチス狩りのような展開にはなりようもなかった。
ノーモア・ヒロシマと言えば、「もうこの過ちを繰り返しません」という誓いとなった。それはそれで、本当に自覚的な平和宣言と武力放棄に支えられていたなら、「こいつが悪い」式の糾弾やスケープゴートを立てるやり方よりはずっとユニヴァーサリズムにつながり、「人類の進歩と平和」の道にかなっていたと思うが、実際は、冷戦構造の名の下に、ダブル・スタンダードの立てまくりで、いまや収集がつかなくなっている。

 このように、ことは複雑なのだが、それを踏まえても、私は、『日本書紀』を否定するのが即、罪になる、式の、ホロコースト否定が即罪になるという形で特化する法制化には反対の立場であるわけである。

 だから、ウィリアムソンが、そんなことを発言したからと言って、それだけで即糾弾と言うのでなく、それが誰にどんな迷惑をかけ誰の権利を侵害したか、などという分析が必要だと思う。

 もちろん、カトリックが大騒ぎをするのは納得する。

 先に書いたような、カトリックが戦後苦労して進めたユダヤ教との対話路線を無に帰するような発言、しかも、B16の信用を危うくさせるようなタイミング。

 先代JP2はポーランド出身で、アウシュヴィッツで祈ったり、エルサレムの嘆きの壁で祈ったり、特にユダヤ人との和解に心を砕いた。今のB16 と言えば、なんとドイツ出身であるから、ナチス・トラウマはいっそうべったりはりついている。
 フランスで言えば、先のパリ大司教の故リュスティジェはポーランド系ユダヤ人の改宗者であり、困難を乗り越えて、パリの大ラビとも友情を築いてきた。

 フランスの司教団は、1997年9月30日に、公に、ヴィシィ時代のカトリック教会の態度について謝罪した。

 ヴィシィ政権の反ユダヤ的政策について、フランスの教会の取った一般的態度は「沈黙」であった。犠牲者を擁護する言葉は例外的なものであった。この犯罪の酷さを前にして、多くの聖職者は、その沈黙によって、教会とその使命を損なった。この沈黙は誤りであった。

 とはっきり言っている。

 まあ無理に情状酌量してみれば、中世にずっと「世界の良心」として、他の国の世俗権力に介入してきて、近代でその勢力争いに敗れ、フランスでは特に迫害されたり厳格な政教分離を課せられてきたりしたカトリック教会は、「君たちは政治のことには口を出さないでおとなしく祈ってなさい」と言われ続けてたんで、萎縮していて声を出せなかったというのもあるだろう。
 キリスト者の当然の義務としてナチスに抵抗して、収容所で処刑されたドイツ人カトリック司祭の日記を最近読んだが、彼も、ヴァチカンからの援護射撃がないことを苦しんでいた。

 しかし、ともかく、ピオ10世会のメンバーは、そういう反省を全然していないのは明らかである。

 ヴィシィ政権が伝統的信仰と労働と家族愛とを称揚したのは大変よろしいと、ルフェーヴル師は発言している。

 世界については、
 
 「B16は、教会は世界と調和するべきだと言う。なぜ彼は真実を言わないのか ?
世界は我われを憎んでいる。世界のエスプリは地獄へとつながる。世界が教会に拍手するようならば恐れおののくべきだ。世界と和解できると想像するのはむようである」(Bernard Fellay 2007/6/7)

 と言っている。

 「あなたがたは、よりよい世界、より連帯した世界を打ち立てるために寄与できるはずだ。たった1人の回心と現実参加がすべての人の救いの芽生えの一部となる。」(2002・4・17)


 と、JP2 が大学生たちに話したのとは全く違う。

 第二ヴァチカン公会議は、他宗教についてがんばってこういうことを言った。

 「カトリック教会は、これら(他)の宗教のうちにある真実や聖なるもののどれも忌避するものではない。」(Nostrae aetate 1965)

 ピオ10世会のフランスのリーダーはこう言う。

 「第二ヴァチカン公会議は、(信者たちの)魂にとって、この社会に向けた限りなく遺憾でスキャンダラスな親切さとなっている。(この社会とは)悪徳と過ちを護り、地獄を準備するもので、全く不当に『他宗教』と呼ばれている」(2009年念頭挨拶)

要するに、ピオ10世会というのは、1人のウィリアムソンがガス室がなかったと言うとか言わない以前に、また、古式の典礼を守りたいとかいう問題以前に、今のカトリック教会の基盤となっている第二ヴァチカン公会議を公然と全否定しているんで、いや、全世界に背を向けて、自分たちの殻に閉じこもるセクトなのである。

 では、なぜ、B16 が「出入り禁止」を解いたのかというと・・・

 それは、今のトップであるBernard Fellay が、もう大分前からB16に頼んだからだ。「ドアを開けてください」と。

 彼らが出て行った根本のところが全然変わっていないのだから、ドア開けるほうがおかしい、と多くの人は思う。

 でも、キリスト教的な赦しの概念を考えると、
 B 16 の判断の誤りも、まあ、無理もないかなあと思える部分がある。

 キリスト教的な「和解」や「赦し」は、まず「無条件」であることが本来のものである。

 「破門を解くから、あなたたちも公に謝罪して今までのエラーを認めなさい 」

 とは事前交渉しなかった。

 B16は、Bernard Fellayが「ドアを開けてください」と言ってきたこと自体に、聖霊の働きを見たんだろう。

 ただし、件のウィリアムソンなんかは、Bernard Fellay のこの歩み寄りにすでに反対している。彼らも一枚岩ではないらしい。

 で、ドアを開けたらすぐに、むこうが歩み寄るかというと、それは、「神のみぞ知る」である。

 今のところ、B16 は、ほら、見たことか、どうせあんなネオナチのカルトなやつらが反省するわけはないだろう、B16 に状況を説明してちゃんとアドヴァイスしなかった側近が悪い、という、批判や嘆きの渦にいるというわけだ。

 しかし、違反分子をどうするか、という問題は、「ユニヴァーサリズム=多様性の中の統一」を目指すグループにとっては、永遠の難問である。
 合意と秩序を守るために、排除するのか、管理するのか、原則を犠牲にしても緩やかに取り込むのか、理屈だけでは割り切れない。

 実際に、人間の心の動きには、理屈では割り切れない回心のような展開がある。
 秩序と整合性の追及だけでは得られない思いがけない結果と言うものもある。

 カトリック教会の首長くらい、そういう冒険をしても罰が当たらないかもしれない。それを猛然と批判するカトリック内の動きがあることもそれはそれで結構だ。

 後悔や迷いや批判をすり合わせて、学習するかもしれないし、進化するかもしれないし、何かいい方に変容するかもしれない。

 ことは、信仰の世界で起こっているのだから、必ずしも、即効に、論理的な結論がでるものではないのだろう。

 少なくとも、「ガス室がなかったという歴史修正主義を口にする司教の破門を解いたからB16 も責任がある」というような単純な問題ではない。

 まあ、上記のように、このピオ10世会の考えはあらゆる点で近代ユニヴァーサリズムの方向と反しているので、私にはとても容認できないのだが、「ガス室がなかった」なんて発言だけをピンポイントに取ると、情けないと共に憐憫の気も起こる。

 日本でいつぞや、こういう記事を載せて廃刊になった雑誌があったせいで、今でもネットで読めるので、読んだ人は分かるだろうが、これはこれで、巧妙にできている。つまり、決して反ユダヤ主義で言っているのではなく、歴史の真実への使命感からの論議であるという設定になっているのだ。結果的なホロコーストは認めたり憎んだりしたままで、でも、ほら、共産圏による情報操作ってあるんだよ、何しろ、冷戦があったから・・・と言われると、おお、なるほど、そういうこともあるかも・・・と思う人も出てくる。実際、共産国や独裁者のいる国が、歴史を修正したり捏造することはあるだろうし、戦争がからむと、嘘やでっち上げやデマゴーグが普通にとぶことも衆知の事実である。

 私も、自分の比較的よく知ってる分野のことなら、フリーメイスンの陰謀論とか、安易な終末論とか、世間に飛び交う「トンでも説」は、すぐにひどいと分かるのだが、そして、そういうことをいい大人が真剣に信じて広めていたりするとがっかりするのだが、知らない分野では、「ほうら、実はこんなことが・・・驚愕の真実」とか言われると、あやしいと思いつつも、つい話のタネにしたり、ものの見方に微妙にバイアスがかかったりすることがあるので、他人のことは気軽に批判できない。

 まあ、トンでも説やら陰謀説やらは、いつの時代にもいくらでも出てくるし、どんなに否定されても、ひどい時はたとえ最初の嘘つきが「あれは私のでっち上げでした」とカミングアウトしてすら、一人歩きして、もう消すことができないサブカルチャーになっていたりするので、一つ一つ検証するのは不可能だし無意味である。

 だから、結局、この稿の最初に言ったことと同じく、文脈と影響と結果を見て、それが特定の個人や民族やグループの差別や名誉毀損や権利侵害に至る場合にのみ警鐘を鳴らすのを怠るな、ということになるだろう。

 たとえば、私は、イエス・キリストが青森県出身だったとか、ノアの箱舟が宇宙船だったとか、そういうトンでも話は、わりと好きだったりする。

 でも、どんなトンでも説でも、いや、れっきとした歴史の真実ですら、一部の人や国の都合で歪められたり矯められたり、演出されたりすることで、利用されたり取り込まれたり、他者の抑圧の道具とされてしまう危険は常にあるわけで、そういうことを肝に銘じて、分別と洞察力を磨いていくことこそが、何よりも大切だ。 つくづく思う。
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by mariastella | 2009-02-04 23:08 | 宗教

L'apocalypse

Arteで12回連続の初期キリスト教史のドキュメンタリー番組の最後を見た。

 フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、アメリカ、イスラエルなどの歴史学者や文献学者や宗教学者らが次々に意見を述べるのがモザイク様に繰り出されて、非常に印象的だった。

 充分知っている内容が多いのだけど、こういう風に、いろんな立場の人がそれぞれ語るのを聞くと感慨が深い。カトリックとかプロテスタントとかユダヤ人とかいう立場も分かるので、知的誠実さのほかに感情がまじって、これは「心理的霊的仮説ですから・・」と断る人もいた。

 最後の回での、キリスト教による反ユダヤ主義の理由についての意見の時だ。

 ユダヤ人によるユダヤ人の宗教が、非ユダヤ人の間で爆発的に広まって、結局、最後まで改宗しなかったのはユダヤ人だけ、ということで、それがキリスト教のトラウマであり、パラドクスであり、アイデンティティの不安であると言うのだが、そうだなあ、と思うと同時に、私は日本人だから、インド人によるインド人の改革宗教だった釈迦の仏教も結局インドでは生き延びなかったけど、日本人らの仏教徒は別に「インド人に認めて欲しい」と密かに願ってるってことはないよなあ、と思ってしまう。民族の枠を超えてしまうのは普遍宗教の宿命だろうし。

 また、ローマ帝国の中で迫害されていた時は、堂々と「信教の自由」を主張していたキリスト教徒が、国教になってからはどうして手のひらを返したように信教の自由を認めなくなったのか、とか、質問の仕方が、ある意味素朴で、それゆえ、それぞれの専門家が「自分の言葉」で答えざるを得なくなっているのもよくできている。
 6世紀はじめに、「全員洗礼」の通達が出た時点で、アテネの学校も閉鎖され、思想が終焉した、それは同時に本当の意味でのキリスト教の終焉だったとする人もいる。

 一体、なんで、一介のローカル宗教がここまで巨大になったんだ、という素朴な疑問も出た。
 ローマ帝国が地方分権で中央官僚というものがなかったので、キリスト教の組織がローカルに根付いたのだという意見があった。4世紀末のガザ何かでは「異教徒」の方が多かったので、テオドシアヌスの通達が出ても、税金を払ってるだろう、と言って、神殿を壊したりせずに、逆に、ヘラクレス像を壊したキリスト教徒に市が弁償を求めたらしい。
 
 キリスト教徒は異教の神殿の建築的価値などは認めていたので、決して組織的に破壊しようなどとは思っていなかった、ただ、彼らに耐えられなかったのは、異教の祭壇の上に残る血を流す獣の姿だったのだという人もいる。それは、ジョゼ・ボヴェがマクドナルドを襲撃したのと基本的に同じで、「形而上的エコロジー」の感情だというのだ。

 こういう「形而上的エコロジー」とか「心理的霊的仮説」とか、あまりアカデミックでない言葉が飛び出してくる部分がおもしろい。

 後は、結局、イデオロギーの補強となるのは宗教の機能のひとつだ、ということで、それによってまた宗教の方も変質していくという宿命論も感じた。

フランスの番組っぽいと思ったのは、Alfred Loisy(1857-1940)の有名な言葉「イエスが神の国(の到来)を告げたのに、やってきたのは教会だった」というのを引いて、識者の感想を聞いたところだ。このフレーズのせいでロワズィは破門されてしまったくらいに当時は大騒ぎだったのだが、これに対する反応も微妙だ。
 
 イエスの予告したのはイスラエル王国の復活だったので、政治的だった、イエスはユダヤ教の改革者であり、司教団のことなど考えてもいなかった、という人もあれば、教会がとりあえず時間稼ぎをしているので、教会も神の国の到来を待っているのだ、という人、いろんなニュアンスがある。

 なぜコンスタンチヌス帝が改宗したかについての回も興味深かった。

 この番組はDVDになって販売されるのだろうが、ほとんどが識者コメントなので、本になって訳されれば、日本人にも非常に役に立つ参考書になると思う。多少なりとも「西洋」関係の研究とかしてる人には、「ユダヤ生まれのキリスト教がどうしてそこまでヨーロッパを形成したのか」というのが西洋人にとっても永遠の謎であることを知るのは無意味でない、と思う。

 
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by mariastella | 2008-12-21 08:06 | 宗教

クリスマスの絵

 何度見ても不思議なイエス生誕の馬小屋の絵の一つは、Hugo Van der Goes
の祭壇画だ。ぴんと来ない人のためにネット上で今一つ見つけた。


http://www.abbaye-de-leffe.be/SITES/abbaye-de-leffe.be/IMG/jpg/retable_central_compresse.jpg


 日本語ページで検索を書けたらやはり一つ出てきた。

 カタカナでは、ヒューホ・ヴァン・デル・フースと書くことが分かった。

 http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/goes_portinari.html


 このサイトで、祭壇画の拡大表示をクリックするとよく見える。こっちの方が画質がいいかも。

 左にいる聖ヨセフの手が、あまりにも写実的で年寄りくさくて、でも、この手でシナゴーグとか建ててきたんだろうなあ、という感じ、天使たちが画一的に金髪の長髪なところ、みんなあまり嬉しそうじゃないところ(これを評して、微笑とは人間の弱さの補償だから、聖人や天使には必要ないという人もいるが・・・)、高校生シングルマザーが親に隠れて産み落としちゃったのか、と言いたくなるほど、地べたにぽとんと置かれた幼子(せめてマグサ桶に入れろよ。)、とか、気になるところはいくらでも出てくる。人物のプロポーションの違いや衣装の色分けなんかは言わずもがなだけど。

 放置されてる幼子をすごく嬉しそうに見てるのは、左手のロバさんと、右手の羊飼いのおじさん。

 聖ヨセフ、この状況にあせってるのは分かるが、せめてこの羊飼いのおじさんくらいに暖かさを表わしてほしかったよ。まあ、この情けない感じも聖ヨセフの持ち味の一つだけど、ひざまずいてる髭のおじさんの方が、はるかにかっこよく見える。ま、おたおたするのも人間的なことで、聖ヨセフの祈りの手の無骨なことで、救われる。それに比べたら、天使たちの手って、どう見ても労働者の手じゃないな。

 キリスト教で神が受肉するってのは、地面に投げ出された裸の新生児という、サヴァイヴァル能力ゼロの存在としてスタートしたってことで、小さい者、弱い者を世話しなさい、って言ったイエスは、その辺のことを踏まえてたんで、ただのレトリックじゃなかったんだなあ、としんみりしてしまう。

 今日は近くの教会に寄って、ルルド型聖母像の下にしつらえられた馬小屋のセットを眺めた。小さな藁の寝床が空になってる(クリスマスイヴの深夜ミサに赤ちゃん像が置かれる)のを見たら、このヒューホ・ヴァン・デル・フースの絵で寝床も用意されてないイエスのことがすぐに思い出されてしまった、というわけだ。
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by mariastella | 2008-12-19 00:44 | 宗教

神秘体験と無神論体験は似ている

 もう30年以上も、神秘家と言われる人々の書いたものを読んできた。
 どんな文化や宗教にもある、神や絶対者や宇宙とかとの合一体験みたいなものである。
 忘我とか恍惚とかいう側面もあるし、「あっちの世界にいってしまった」ような部分もある。

 その文章が残っているような神秘家は、その体験の後から「こっちの世界」に戻ってきたり、あるいは、天と交信しっぱなしの吹き抜け状態で生きたりするが、まあ、普通の人々の救済に役立ったり属する宗教を刷新したりするものだ。

 ここ3年は、モダンやポストモダンの言説を無神論的な文脈の中で読み直す作業をしてきた。
 「眼からうろこ」状態だった。無神論、特にモダンやポストモダンを形成したキリスト教無神論は、すべて、かれらの神への強いこだわりが原動力になっていることがはっきり見えたからだ。

 今回の本(無神論についての本)では、神秘家と無神論者の比較には踏み込まないけれど、この両者は「似ている」。

 誰もそんなこと言ってないが、無神論をずっとやった後で、最近、また神秘家のテキストを読み返して、忽然と悟った。衝撃的だ。

 まだうまく言えないが、神秘家の神秘体験では、ちょうどヴァーチャル・リアリティによる神経症の治療のように、脳内の現実解析のプロセスが変わってしまう。

 多くの神秘家は、それまで自己であると思っていたものが実は幻想に過ぎないと悟り、代わりに、無限の何かに呑みこまれる。そうすれば、それまでの自己は、なんだか黒色矮星みたいになってしまうのだ。

 逆に、無神論者は、それまでの自己を外から担保していると思っていた神とか絶対とかをと突如として失う。で、残るのは、梯子を奪われた自己だったり、あるいは、神の座(神はいないのだから神の座だってほんとはないはずなのに)にちゃっかり座る自己だったりする。

 一見、後者の方が孤独で強いと思うかもしれないが、神秘家の方も実は孤独である。自己を外から担保していた神を失うという意味では神秘体験も同じようなものだからだ。

 言い換えると、神秘体験や無神論体験で、神秘家や無神論者は、世界の構造を失うのである。自己を成り立たせている対象との関係性を失う。それを成り立たせていたツールやルールや、共同体構造も、全部、まとめて、失う。

 宗教の体制が、神秘家を隠したり、抑圧したり、必死に管理したり、嫌ったり、悪魔つきにしてしまうのは、まさにそのせいだ。人間の実存的不安を手当てする救済のためのツールやルールや共同体を神秘家にスルーされたら宗教はその基盤を失うからだ。

 ここで、無神論者というのは、特に西洋近代とポストモダンの中で現れてきたまさに、「神なき神秘家」たちのことで、単に科学主義に支えられた懐疑主義や教育やイデオロギーに基づく無神論者ではない。

 日本人にはぴんとこないかもしれない。

 卑近なたとえだが、たとえば、小学校にあがるまではサンタクロースの存在を固く信じていた子供たちが、ある日、サンタクロースって両親だったんだとか、全部「子供だまし」だったんだとか、分かった衝撃を想像してほしい。クリスマスのイルミネーションも、デコレーションも、音楽も、社会全体が、共謀して自分をだましていた、と感じたとしたら。(実際そういうトラウマを語る人もいる)

 それに比べて、毎年、正月に初詣にいって、今年もいいことがありますように、と何の疑問も抱かずに賽銭を投げて手を合わせる人のことを考えてみよう。彼らは、一度として、この拝殿の後ろには実は何もない、などと考えないし、そこにいっしょにいて拝む人の中には、テロや通り魔によって死ぬ人もいれば、大事な人やものを不当に失くす人もいるかもしれない、初詣なんて気休めさ、なんてこともわざわざ考えないだろう。
 神がいるかいないかの証拠を挙げろ、なんて野暮なことで悩まないし、まあ、強い人でも、自分は「神仏に恃まず」、と言って、拝むのを控える程度だろう。それも宮本武蔵くらい強くないとなかなかできない。

 まあ、子供がサンタクロースの「子供だまし」に気づいて愕然とするのに比べて、賽銭と招福のコストパフォーマンスなんて野暮なことは言わない、初詣にいくのは風物詩だからね、という方が「大人」の態度だと考えるかもしれない。

 そしてそういうプラグマティックな「大人の態度」が、「普通」の信仰者だったり、「普通」の無神論者なのである。

 「神がいた」とか「神はいなかった」とか気づいて、自己の属する世界のストラクチュアを失うのが、神秘家だったり、無神論者だったりする。

 こんな人たちが必死に、新しい世界観を構築して、生き続けようとすることで、人類の霊的世界も、思想や哲学も豊かになった。

 私たちは、神秘家たちや無神論者たちの恩恵を受けながら、ヌルイ世界に生きている。
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by mariastella | 2008-12-18 23:53 | 宗教

キリスト教と精神分析

 フランソワーズ・ドルトー(Francoise Dolto)の生誕百年だそうだ。

 1977年に彼女が『Les Evangiles et la foi au risque de la psychanalyse』を出版した時、私はすでにフランスに住んでいた。当時、聖書を精神分析の立場で読むなどと言う本は結構流行っていたという記憶があり、数冊読んだ。わりと普通のことだと思っていた。
 カナの結婚のエピソードでイエスが母親を無視したのは、母の庇護を断ち切って社会的存在になるために必要な通過儀礼だったというような話だ。

 今になって、精神分析学者として高名だった彼女が、70歳にしてはじめてキリスト者であることを「カミングアウト」したことの当時の衝撃の大きさを認識した。

 精神分析学の世界は、ヨーロッパにおける戦闘的「無神論」の臥城であり、聖域だったからだ。

 当然、カトリックの側でも、精神分析界は悪魔の巣屈で、1952年にマルク・オレゾン神父が発表したキリスト教的生活におけるセクシュアリティの神学は禁書扱いになり、1960年には、聖職者が精神分析医にかかることを禁止した。

 第二ヴァチカン公会議で、ようやく心理学や社会学の有用性が認められ、つい最近、今年の10月30日には、ヴァチカンが、司祭の教育における心理学の必要性について文書を出したと言う。

 今や、神父で精神分析学者や心理学者などは普通だし、PSY (プシ=心理学や精神分析学)と SPI(スピ=スピリチュアル、霊性)はすっかりなかよし、カトリックの結婚の無効の条件に「愛情の未熟」などが加わったのは、その成果の一つだそうだ。

 どうしてこの二つがなかよしになり、互いをリスペクトするようになったかというと、互いに、自分たちはすべてを説明できない、と認めたからだ。

 自分が全能だと思うと、人は、神だの科学だのを私物化して支配の道具、裁きの道具にする。

 人の心の襞、複合性、神秘、それを謙虚に認めると、PSYとSPIは、和解し、互いにインスパイアし合い、他人を支配したり裁いたりする誘惑から身を守ることができる。

 無神論の系譜の中で、フロイトの占める位置は大きいのだが、ここでもまた、無神論というのが、結局のところきわめて霊的な探求だったのだということが明らかになってくる。

 無神論であろうがなかろうが、「他者」に向かう人はみな神の子だと、シスター・エマニュエルも言っていたなあ。

 
 
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by mariastella | 2008-12-05 03:12 | 宗教

宗教の世界における本物と贋物

 日本に帰国中、NHKの番組で、世界遺産のスリランカの聖地キャンディの仏歯寺の番組を見た。お釈迦さまの左の糸切り歯が納められた黄金の塔が信仰を集めている。入り口が男女別で、聖域ではまだ外なのに裸足にならなくてはならない。
 この仏歯堂は、直訳すると仏歯宮殿で、400年前にシンハラ王朝が築いた。シンハラ族は人口2千万のスリランカの70%を占める仏教徒だ。独立を目指すタミール人との内戦が20年も続き、10年前にはこの仏歯寺もテロにあい、巡礼者に死者が出た。

 1日3回、太鼓の音とともに、儀式の最後に扉が開き、強化ガラスの向こうに仏歯の入った容器が見える。7重で、ルビーやサファイアを配した豪華なもので、

 この所有者が歴代の正当な王、という王権の保証、
 仏歯によって国はさまざまな災害から守られてきた、という鎮護国家の道具、
 釈迦の生前の8万4千回の説教に直接触れた歯だから、教えがしみこんでいる、という、釈迦の教えへのリスペクトの対象、という仏法のシンボル、

 などの複合的価値を持つ。

 現在は在家総代が管理していて、仏陀が食事、歯磨き、水浴をしているかのように供養されるという。高野山の奥の院の空海の世話みたいなものだ。

 でも、これって、偶像崇拝? 執着を捨てろという釈迦の教えに合っていないのでは・・

 実際そういう議論も古来からあり、しかし、偶像を作らないからこそ、釈迦の遺骨や歯や遺灰(棺の灰も含む)にこだわったという面もある。後に、他の宗教と習合して、仏像も作られ、ものとしての仏像を崇めるのでなく、仏像を通して仏法を拝むのだとか、キリスト教のイコンのような理屈がつくので、即物的な遺骨の必要は、切実ではなくなったのかもしれない。

 しかし、亡くなった人のゆかりのものをいわば拠り代にしてパワーをもらうという類推呪術のような風習はどこにでもあるもので、仏像にも、額の白亳のところに、仏舎利をはめ込んでおく、というような例が多い。

 キリスト教の聖遺物も、それぞれの時代の意匠と造詣の粋を凝らした豪華絢爛な容器がたくさんあるが、メインは、きっちり「見せること」だ。

 キリストは昇天したので骨はないが、各種聖人の骨には事欠かないので、それをしっかり見せる。

 舎利を収めるストゥーパが、塔の形をしたものの発展系が仏教寺院の塔であり、中心線に納めたり、塔基の地下に埋めたりヴァリエーションがあるが、キリスト教会の聖堂も、祭壇の地下に聖遺骨を埋めたのが基本である。

 宗教の場というのは、みな「死」を要においているのかもしれない。

 中世ヨーロッパにも、そういう聖遺物商人がいて、多くの「贋物」が生まれた。
 それは本物らしく見せた贋物だ。

 つまり、本物であることが珍重されたからこそ、贋物マーケットも生まれたわけである。

 「本物か贋物か」という「鑑定」は、いつも重要だった。

 聖性の「シンボル」などではなく、本物性にこだわったのである。
 だから、骨っぽいのを見せる。
 古そうであればありがたそうだ。
 髑髏やなんかをビーズで覆って、見せながら飾ったりする。それが透明容器に入れられる。

 カトリックなんかでは、もうひとつ、「ご聖体」という、無酵母パンに一種の神降ろしの儀式をして、それが主の体になる、という礼拝の対象がある。これは、礼拝しつつ、拝領して食べてしまえるという、見方によればなかなか官能的な対象なのだが、「豪華絢爛な器」というのは、この聖体容器と、聖なる血になるワインを入れる聖杯とに、集中した。

 この二つは、見た目は、ただの丸く薄いせんべいとワインだと分かっているので、別に透明にして中を見せる必要はない。心の目で見るのである。それに毎回消費されて更新されるものだから、容器は容器として、独立した宝となる。権力や富の象徴にもなる。

 つまり、化学式を持った物質としては明らかにパンとワインであるものを「ご聖体」と見立てるのだから、そこには贋物とか本物とかいう議論はない。
 とはいえ、そういう見立て呪術をめぐって、懐疑で悩む人も古来いて、奇跡だのが起こったり、いや、いっそ、あれは単なるシンボルだからと解釈する宗派が分かれたり、いろいろあるわけだ。

 でも、伝統的な教会では、聖餐におけるイエスの「血と肉」の物質としての真偽は問わず、そのかわり、各種聖人の聖遺物、特に聖遺骨は、目いっぱい、物質的に、解剖学的に、こだわりを見せてきた。

 こういうと必ず、ヨーロッパは肉食文化だから動物を解体するメンタリティがあるとかいう日本人が必ず出てくる。

  私も最初はそう思った時期がある。
 
 日本で生まれ育った日本人なので、小さいときから、お寺などで「仏舎利」の展示を目にしてきた。子供だから好奇心や怖いもの見たさがあるから、「仏舎利=お釈迦様の骨」と言われたら、「ええっ」と思って目を凝らす。ま、たいていは、あきらかに貝殻でできたきれいな粒だったりする。だから、仏舎利とは本物でなく見立てなんだなあ、となんとなく了解していた。

 その頭で、ヨーロッパの教会にいくと、各種チャペルの中に、聖何たらの遺骨がしっかり飾ってあり、誇りにまみれた立派な腕の骨に刺繍のされた朽ちたようなリボンが結んであったりするのを見て驚いた。

 日本でも有名なザビエルの右腕みたいに、ミイラみたいなのも、しっかり出回っている。

 比較的最近亡くなった聖人候補でも、遺骨を切り分けたりするのも普通だ。
 
 肉食文化だからというより、埋葬文化だから、という方が当たってるかもしれない。

 火葬は日本に仏教とともに入ったが、日本の聖性の観念とはわりと相性がよかった。この編のところは『聖女の条件』(中央公論新社)に書いたことがあるので。ここでは繰り返さない。

 で、日本の密教系新興宗教が、スリランカから釈迦の真骨を日本に持ってきたということを読んだときに、「おお、本物は真骨というのか」、と感心した。新宗教の権威付け、効験あらたかそうである。
 
 ところが、少し調べると、鎌倉の円覚寺舎利堂には釈迦の奥歯があるというではないか。
 これも、全然公開する意思も要望もないみたいだ。

 真偽はどうでもいいのか。

 舎利信仰は、最初に八つに分けられたがその確実なものは発掘されていない。
 仏陀の舎利は硬くて打っても砕けず、弟子の舎利なら砕ける、と『法苑珠林』にあるそうなので、10大弟子などの遺骨もまあ祀られていたのだろうし、釈迦のそれが、フェティッシュなパワー信仰の対象になっていたのは想像できる。

 それなのに、それなのに・・・

 アショカ王が、最初の8分骨の塔を発掘して、細かく砕いて、仏舎利塔を新たに8万4千も作らせた、という。
釈迦の骨なのにそんなに簡単に砕けちゃったの?とがっかりもするし、そもそも、8万4千って、細かくなりすぎないか。

 三蔵法師は、一寸四方の如来の頂骨(黄白色で髪孔分明)を見たと言ってるし、毎月15日の夜に光を発する仏舎利1升余の話だとか、玄照法師も頂骨を見たし、150粒中国へ請来したとも記録がある。

 このへんは、まだなんとなく、「この目で見た!」的な「本物」志向が感じられるのだが、この後、舎利信仰はリアル路線からどんどん外れる。第二次舎利信仰である。

 高僧の至誠によって、舎利は「感得」されて、出現する。
 霊験譚が広がり、舎利は増えたり減ったりする。

 こうなると、さすがに「真骨」は足りなくなるし、すでに「真偽」なんかどうでもよくなって、中国の僧が、石英、真珠、水晶など持って、「真骨」とされるものの前で供養すると、あら不思議、それらが舎利の代替品になる。

 つまり、神降ろしによって無酵母パンがそのまま主の体になるのと同じシステムができたのである。そうやって今全世界に2トンと言われる仏舎利が拡大再生産された。

 これって、なんとなく、「コピーでもいいんじゃない、それが何か?」っていう中国っぽいメンタリティと関係がありそうに思えるのは私の偏見だろうか。

 キリスト教の殉教者や聖人は今も生まれるので新しい本物の聖遺骨は登場できるが、釈迦の骨は、なんだか水増しされてしまった。

 そうやって中国に大事にされてたのを、たとえば鑑真が754年に日本に三千粒持ってきたり、806年に空海が80粒持ってきたりした。

 その80粒の「根本舎利」というのがあら不思議、12世紀には真言寺院全体で4102粒になっている。大師信仰の拡大とともに日本製のものも加えた信仰マジックであるらしい。

 そして、奈良の室生寺には、その空海が、これは絶対に効く、と言った、8万4千粒の仏舎利があって、それが元寇の危機の際に、北条氏に分けられた。

 4粒。

 8万4千粒もあるのに4粒かい。

 しかし、さすが室生寺の仏舎利、4粒でも神風が吹いて蒙古を防いだね。

 その室生寺と東寺の仏舎利4粒ずつをおさめた弥勒菩薩坐像が2007年に、称名寺で発見された。
 それが今、一般公開されているのが、称名寺境内にある金沢文庫である。

 今回、私が日本に来て訪ねるのを楽しみにしていた『釈迦追慕』展がそれだ。

 石英かなにからしいが、肉眼では芥子粒ほどでよく見えない。

 見てる人たちも、これが、釈迦の遺骨かどうかなんていう発想はゼロである。

 「お釈迦様の舎利なんだから、ありがたいですよ、拝まなきゃ」

 と言ってた人は一人いたが。

 「本物だと思いますか」

 って聞いてみたら、ふっと、笑われた。

 展示を見た後、金沢文庫の図書室で、

 景山春樹『舎利信仰』その研究と史料 1986 東京美術

  『仏舎利の荘厳』奈良国立博物館編 昭和58年 同朋社出版 

 の2冊を読んでコピーもとった。

 しかし、うちに帰ってネットで検索すると、名古屋に、覚王山日泰寺というのがあり、. 明治33年にシャム国皇帝から贈られた釈迦の遺骨を奉安するために明治37年に創建されたとあるではないか。

 超党派で管理されていて、有名だそうだ。

 といっても、別にその遺骨を見ることができるわけではなさそうだ。
 ぜひ見たい、とかいう人もいなさそうだ。

 この舎利は、1898年にイギリス人が発掘したもので、今のところ、最初の8塔の可能性が大とされているものである。
 そうなると、私なんかは、じゃ、釈迦のDNAとか取れるんじゃないかとわくわくする。あるいは、少なくとも、カーボン14かなんかでそれが何世紀頃の人骨だとかいう実験調査はしないのかと思ってしまう。だが、なんだか、日本人って淡白なのか、イエスの聖骸布とかをめぐってキリスト教世界が喧々諤々するような騒ぎは全然ないらしい。

 信仰の問題にも科学的決着をつけたい、とか、神の存在証明をしたいとか、原理主義と科学が対立するとか、そういうこと自体が、ギリシャ的主知主義世界で発展したキリスト教の「癖」というか宿命というか、メンタリティなんだろうなあ。アニミズム的呪術世界を切り捨てるようにしてキリスト教が生まれたというのは、こういう時につくづく納得がいく。

 でも、私は、すごく知りたい。

 何千年も前のエジプトのミイラはしっかり時代考証だの医学的考証がされている。

 エジプトの王様たちに比べれば、釈迦もイエスも、けっこう近い時代である。
知りたさ、は、信仰とは別に成立すると思うんだけど、タブーがあるのか。
 あるいは、あやしい霊験譚を駆使して民衆を煙に巻いてきた宗教側体制側に「不都合な事情」があるのか。

 私たちは、充分成熟した相対主義もそろそろ身につけていると思うんだけど。


 (お知らせ)今発売中の『新潮45』に裁判員制度についての記事を書いている。興味ある人はどうぞ。
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by mariastella | 2008-11-19 20:11 | 宗教

アメリカ大統領選の宗教ボキャブラリー

 夕べ、TVで、アメリカ大統領選と宗教についてのドキュメンタリー番組を見た。ベルギー制作でヨーロッパ目線なのだが、1人のイスラエル人がアメリカを旅して取材するロード・ムーヴィー風になっている。

 後で、ドイツ人、フランス人、アメリカ人などをまじえた討論があった。これを見てる平均的フランス人の視線がすごく分かる。アメリカのキリスト教はヨーロッパの16世紀以前のキリスト教じゃないか、とかいっている。驚きは日本人でも同じだろう。

 それは、

 なんだ、アメリカって全然「政教分離」してないじゃないか、


 などというレベルのものではない。

 
 こいつら、ほんとに、本気で、こんなこと信じてるのか?

 という感じである。

 「オバマは神が遣わせてくれた人」

 「神に選ばれた」

 なんて熱狂している。

 実際、候補者の演説もすごく宗教的含意に満ちている。

 フランスでは絶対あり得ない。
 その点では日本と同じだ。

 これまで、何となく考えてたのは、

 アメリカは神の国として建国したので政教分離がもともと無理、

 1960年代や70年代のリベラルの反動で宗教右派が台頭した、

 などというファクターだった。

 でも、昨日の番組を見て、はっきり分かったのは、

 ケネディからニクソンまでは、大統領選のディスクールのパラダイムが今とははっきり別だった。
 アイルランド系でカトリックのケネディは、当選するために、「政教分離」のパラダイムを創始せざるを得なかった。それは1960年から1976年まで機能していた。

 それがウォーターゲイト・スキャンダルで壊された。

 そこに登場したのが、政治の言説にモラルを導入したカーター(民主党!)である。
 「モラル」を担保したのが「信仰」だったのだ。

 後のブッシュ・ジュニアと同じ「ボーン・アゲイン」もそうだが、要するに、「神を信じているから自分は絶対に嘘をつかない」、と言ったわけである。(中絶だの同性愛者の結婚だのは、1976年にはテーマにはなっていない。それは当時マイノリティの意見で政治的でなかった。)

 それから、パラダイムが劇的に変わり、それ以来の候補者はみな多かれ少なかれ聖書の「預言者」として自己演出するようになった。宗教右派の原理主義的テーマは、後になってそれに利用されただけだったのだ。(今はそれが踏み絵のような肥大したファクターになった。)

 オバマの場合はキング牧師のイメージも使っているからすごく預言者的だ。
 黒人のブラック・チャーチは、もともと、教会が彼らの学校で病院で公民館の役割を果たしていたので、政教が切り離せない。オバマは意識してそれを利用している。

 で、実際、彼がどれだけ宗教的言辞を弄しても、中味は、かなりプラグマチックな人だろう。
 でも、大統領選の演説では預言者としてふるまう、これがもうお約束のレトリックになっているわけだ。とはいえ、よくもこれだけ聖書的せりふを振り回せるなあ。
 モスクでの取材もあったが、大統領選の「神」や「預言者」はみなユダヤ=キリスト教の神だから自分たちは居場所がない、と言っていた。

 熱狂してる人たちは、果たして、どの程度「演じて」いるんだろう。
 内心の虚実の具合を知りたい。

 経済恐慌のせいで、神懸り言辞よりももう少しリアリティのある言葉も最近は出てきたが、そもそも権力志向の政治家なんてほんとに神なんて信じているんだろうか。

 
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by mariastella | 2008-10-16 02:59 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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