L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:宗教( 333 )

イタリアの無神論

 アメリカの無神論のことを書いたが、逆説的だが、欧米キリスト教の原発地点であるローマ教会のあるイタリアでも、時折、フランス的にはもう一世紀前?というような感じの無神論運動が展開される。

 火曜日にEUの人権法廷が、イタリアの公立学校から十字架を外せ、と判決を出した。自分たちの信念に添って子供を教育する親の権利を侵害するというのである。

 フランスの公立学校から十字架がなくなってから、一世紀以上経ち、アメリカでは1960年代前半に取り払われた。イタリアにはまだあったのか・・・

 ことの起こりは、1990年代の終わり、Massimo Albertin という医者と、その妻でフィンランド出身のSoile Lautsi が、二人の子供の学校から十字架を外してくれと頼んだら断られ、政教分離に反するとして訴訟を起こしたことだ。このカップルは、合理主義無神論不可知論者連合のメンバーである。活動家なのだ。
 2006年に、「キリスト教の表象の高度に教育的なシンボリックな機能」を認めた参事院判決が学校に味方した。カップルは、これを不服としてEU 人権法廷に提訴、3年後の今、イタリアは敗訴、カップルに5000ユーロの慰謝料の支払いを命じた。政教分離から70年、イタリアは十字架を政治やスポーツの影で温存して他の宗教や無神論者を傷つけてきたというのだ。

 まあ、これには当然、賛否両論があり、ただ十字架がカルチャーの名残としてそこにあったのか、生徒が十字を切ることを強制されていたのか、にもよると思う。アメリカでは確か公立校でも1960年代初めまでは祈りが強制されていた。

 こういう議論になると何でも形ばかりが問題にされるのは残念なことだ。

 これを突き詰めると、マジョリティであろうとマイノリティであろうと、誰かが自分の宗教を表に出すだけで、即、別の宗教の信者や無神論者を傷つけるという論理になり、宗教的シンボルは一切禁止という、フランスの公立学校のようなことになる。

 両親が自分たちの信念を子供に押し付ける、というのも、ドグマ的なレベルなら、それも、問題ありだと私は思う。
 
 私の母は、「家内安全」とかを祈り願う対象がはっきり必要だった人で、うちには神棚みたいなのがあり、母が祈ってたのは見てきた。でも祈るように強制されたこともないし、「罰があたる」的な脅しをかけられたこともない。では、そんな母を迷信的だとか思ったかというとそうでもない。感謝していた。

 なぜなら、母が祈っているのは家族や子供たちの安全や幸福だと知っていたからだ。

 どんな親でも、もちろん子供の幸福を祈るだろうが、もし、母が、心の中でだけ祈っていたとしたら、私にはその心が見えなかったろうし、もし「私はいつもあなたのために祈っている」と口に出していわれれば、「頼んでるわけじゃないのに」とうっとおしかったと思う。

 でも、誰かが、誰に頼まれたわけでもないのに、自分のために祈ってくれているのを日常的に見ているのは、子供の精神の安定にポジティヴで、信頼感を育てたと思う。

 母は、もし子供が襲われれば、相手が武器を持つ強盗であろうが狂犬であろうが手負いの虎であろうが、決してひるまずに戦う気満々の人だった。実際は、幸い戦争もなく天災にもあわず、そういうシーンはなかったが、私は、それを「知っていた」。母が祈る姿は、家族に向ける母の愛の形で、それが、母の命よりも大切なものだと私は「知っていた」。そのような母を知っていたから、私は、彼女を決して裏切ることはしない、と思っていた。彼女の祈っていた「神さま」が何であるのかとか、その「神さま」に私も帰依するとかいう次元では、ない。

 小学校の教室に、何か宗教シンボルがあったとして、毎朝、先生が、授業を始める前に、神の栄光とか国の栄光とかではなく、生徒たち一人一人の進歩、成長、幸福のためにひっそり、やむにやまれず一人で祈るとしよう。その姿を子供たちが見て、「何、あれ? 変なの」と思ったとしても、そこに「心」が感じられれば、生徒たちは、誰かが頼まれもしないのに自分たちのことを、その人が頼みとしている「神」に祈ってくれている、ということを、嫌だとは思わないかもしれない。

 十字架の上の「キリスト教の神さま」が、頼みもしないのに「自分のために命を捧げてくれた」のだとしたら、その神さまを裏切りたくない、と思う人もいるだろう。

 特定の祈りや讃歌を子供に「強制」するのは論外だし、宗教における(それが無神論という名の宗教でも)独善主義や排他主義も、絶対によくない。しかし、子供にとってもっと重大なのは、「無関心」かもしれない。

 神棚に向っていようが十字架を見上げようが、ある人が、「その子のために祈ってくれている」ことをその子が知ることは、心をもらっていることであり、それが子供に信頼感を与えて、生かしてくれるのだ。

 ちなみに私は自分の周りに宗教シンボルを置くのは嫌いじゃないが、ある「霊能者」が、種類の違うお札や御護り類を向かい合わせにおくとパワーが衝突してよろしくない、と言うので、「もしものこと」を考えて、棲み分けられるように「飾って」ある。
もちろん、ここはフランスなのでたまに、家族代々の筋金入りの「無神論者」が来て聖遺物や十字架を見てアレルギー反応というかヴァイオレントな反応をされたこともあるので、家の中で、不特定の他人を招くレセプション部分にはキリスト教っぽいものは置かないように一応配慮している。母の形見の西国33ヶ所巡礼の掛け軸だけが観音菩薩を中心に目立っているのだが、それは誰も気にしない。

 他所の国の宗教は文化・教養であり、自分の国の伝統宗教は固陋・反動に見えるということはどこでもよくあることだ。

 政教分離や無神論やそれにまつわる反応も、歴史や文化や社会やその人の個人史と切り離しては考えられない。どんな神(または主義)の名でもいいから、神の名において他者に心を寄せ、他者の幸福を祈るのは歓迎だが、どんな神(または主義)の名にしろ、神の名において他者を弾劾したり排除したり差別したりするのは絶対に避けたいものである。 (これがなかなか、難しいのだけれど・・。)

 フランスでも、今、公立学校で年に一回は国歌を生徒に歌わせろとかいう議論が生まれつつある。
 これは、「共和国教」の一種だ。

 フランスでも『ラ・マルセイエーズ』がサッカーの国際試合の歌だと思っている子供がいるのは、日本で『君が代』が相撲の千秋楽の歌だと思っている子供がいるのと同じだ。

 私は、いわゆる儀式的な場での「斉唱」がむしろ好きだった。

 儀式的な場というのは少数の「偉い人」がしゃべるのを身動きしないで傾聴しなくてはならないという状況が多いから、それが苦痛で、そういう時に突如、堂々と大声を張り上げることができるのは、ストレス解消でもあるし、何だか厳粛なものを侵犯するような爽快感があるからだ。斉唱だから、大声で歌っても目立たないし。

 だから、私にとっては、子供の頃の「無理やり斉唱」というのは、国歌(のおかげで日本音階のテトラコルドを体感できたが)だろうが蛍の光だろうが、嫌な思い出はない。

 でも、歌いたくない人にとっては、儀式の間じっと黙ってる苦痛の上に、しかるべき時に無理やり声を出さねばならない苦痛の二重苦だから気の毒である。

 結局、何でも、「心」に自信が持てないから形にこだわるようになるのかなあ。

 サウジアラビアで出会った隠れ「無神論者」は、自分の子供のために自分も祈りに参加してイマムの説教を聴くようになった、と言う。子供たちと話し合って、原理主義に洗脳されないように注意するのは親の義務だからだと言っていた。

世界には、無神論者が国相手に訴訟でごり押しして勝てるヨーロッパのような国だけがあるわけではないし、またヨーロッパの「人権原理主義」が最善であるとも、いったい誰が断言できるだろう。


 
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by mariastella | 2009-11-05 23:41 | 宗教

無神論原理主義

 今の世の中、無神論原理主義が元気なのはアメリカだろうな。

 キリスト教的信仰と無神論が光と影のようにセットになっていることを今書いているわけだけど、その先鋭的な場所では、切り立った稜線の片側に一神教原理主義と偶像崇拝がびっしり並び、もう片側に戦闘的無神論が負けじと支えている。どっちかに崖崩れがおきそうだ。

 ネット資料をカバーしていたらきりがないのでできるだけ見ないようにしているのだが、デリダのインタビューのYoutubeを見ていたら、つい、彼の無神論に行き当たり、続いて、無神論プロパガンダの森に迷い込んだ。

 なんだか、気の毒だ。

 たとえば、無神論は悪くない、っていう主張がある。
 
 アメリカのキリスト教徒は75%で、刑務所に入っている人の75%もキリスト教徒。
 無神論者は10%で、しかし、刑務所には0.2%しかいない、とか、
 離婚率も無神論者の方が有意に少ない、とか。

 こだわりの元は、『詩編』14-1で、

 「神などない」と言う人は、

 「腐敗している。忌むべき行いをする。善を行うものはいない」

 というところで、これに反論してるのだ。

 そして、エディソンとか、スピルバーグとか、マリー・キュリーとか、ジャック・ニコルソンとかブルース・リーとか、いろんな人を、その反証となる無神論者として挙げている。

 かなり普通の日本人で、普通のフランス人の感覚でもある私から見たら、こういう発想そのものが、強迫的としか思えない。挙げられている人の中には、いわゆる不可知論者も入っていて、もっというと、定期的に教会だの宗教施設に通ってない、というだけの感じの人もいる。

 こういう「運動」が成り立つのは、「無神論者=信用できないやつ」という偏見があるからなんだろう。
 古代のギリシャ・ローマと変わらない。初期のキリスト教徒もそんな世界で無神論者として迫害されてきたのだ。

 フランスなんかは、こういう原理主義的無神論のフルコースを経て、かなりヌルイ社会になっているわけだが、こういうのをただ黙って見ているわけにはいかない。原理主義との戦い方そのものを忘れている。キリスト教原理主義とキリスト教無神論の戦いに疲れて、そこで得た智恵というものを風化させて、別の形の原理主義や不寛容や偶像崇拝とどう向き合うかを真剣に考えなくなった。

 Youtubeのデリダだが、愛について訊ねられて、「え?愛?それとも死?」なんて聞き返すところとか、この人って、なんかコンプレックスがあるのかなあと思った。隣にフーコーのインタビューがあって、こっちはとても分りやすい。こういうのは著作だけでは分らないおもしろさである。

 
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by mariastella | 2009-10-31 03:40 | 宗教

floccinaucinihilipilification

 無神論的言辞に注目して「西洋思想史」を見ていくと、結局すべてを見ることになる。
 無神論のにおいのしない思想も哲学も宗教もないと言っていいくらいだ。

 それは、無神論を考えることは神について考えることだからだ。
 普通に、伝統や習慣通りに宗教っぽい儀礼をこなして、忙しくサヴァイヴァルしている人たちは神のことなんかあまり考えない。考えるとしたら、「神さま、どうぞ何々してください」という、取引の対象だか殿様としてくらいである。
 神がいるかどうかなどと考え始める人たちは、不可知について考えているのである。

 「死」について考えていると言ってもいい。

 無神論のにおいというのは死のにおいなのである。
 
 人間が多少なりとも実存的な問いを抱き始めたら、「死」が出てくる。

 神を考えるのと死を考えるのは、同根なのだ。

 死だけが、人間が想像できる「永遠」だからだ。他の人間の死を見て、少なくとも自分の生きているうちにはその人と会えないことを認め、「死=人間の永遠の消滅」という認識が生まれる。

 死者は語らないし、目にも見えない。死は永遠とか無限に属するらしい。
 誰でも死ぬのは確実らしい。しかし、生きている時(有限の世界にいる時)はそれを体験できない。

 神の姿も見えない。神も永遠や無限に属するらしい。
 死ねば神の姿が見えるらしい。生きている間は、神を体験できない。

 こういうパラレルな状況がキリスト教的死生観にあって、「この世の死=神の国での永遠の命」というところに落ち着いた。

 ところが、近代の合理主義とか、科学主義は、アレゴリーを認めない。
 この世の生は、意味が無く、単なる偶然の積み重なりである。
 永遠とまで欲張らなくとも、生物の種も惑星にも太陽系にも宇宙にも寿命があって、そのスパンの中で考えるだけでも、個人の生などは、絶対の無意味でしかない。floccinaucinihilipilification。
 
 これがポストモダンのニヒリズムであり、「神の死」である。
 
 問題は、

 「神」が死んでも、「死」は死なないことだ。

 神の存在証明や非存在証明に、神学者や哲学者や数学者まで躍起になったことがあるが、それも下火になった。「死」の存在証明とか非存在証明はなされなく、いまや永遠の命だとか神とセットにできなくなった分、タブー化したり、余計に不気味な物となっている。「死」が解決できないのだから、「神」にあっさり退場してもらっても困る。まあ、昔ながらに、宇宙とか自然とか、代替物も遠慮がちに復活しているのだけれど。

 自己正当化や他者を裁くための口実として持ち出される「神」たちはまた別物である。
 しかし、無神論者たちは、こういう「神=偶像」を暴くうちに、「死」を孤児にしてしまったのだ。
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by mariastella | 2009-08-07 07:41 | 宗教

聖遺物追っかけ、今度は仏舎利じゃない。

 今日は Notre Dame des Victoires で、リジューの聖女テレーズの両親の列福(昨年10月)以後初の公式典礼と聖遺物公開+崇敬というのに行ってきた。

 『ふらんす』(白水社)7月号に、知られざるフランスの自然文化遺産という連載で、リモージュの七年に一度という珍しい聖骨披露の記事が載っていた。頭蓋骨に直接接吻できるというのはなるほど珍しいと思ったが、聖遺骨そのものは、どこの教会にでもよくあるし、見えるものもあるし、半世紀前までは、どこの家庭にでもちょっとした聖遺骨が額なんかに入っていたものだ。

 「聖とグロテスクが一体になった、類まれなる儀式だった」と、ジャーナリストの羽生さんという方がコメントなさっているのだが、聖遺物好きで何十年も追っかけをやっていて、最近はネット動画でのなまなましさにかえって毒気を抜かれてしまった私には、このように「類まれなる」と形容されること自体が、何か新鮮だった。

 で、ここら辺で、どこの馬の骨?だか分らない「中世」の聖骨ではなくて、新しいだけに由緒正しい聖骨披露に行ってみよう、と思い立つ。今回の列福を可能にした奇跡の認定は、2002年に重篤の呼吸障害で生まれた新生児の奇跡の治癒に関するものだった。これからは列聖に向けて、次の奇跡が待たれているから、効験とかご利益の点では一番勢いのある(気がする)時期の旬の聖遺物なのである。

 透明ケースの中で、厨子みたいなのが開かれていて、そこに、娘である聖女テレーズのデザインによる聖遺物入れ。といっても、聖女が自分より百年遅れて両親の骨が崇敬されるなどと思ったわけではなくて、彼女の残した刺繍などからモチーフをとったもので、白百合、白薔薇、などが連なった、テレーズ好みの少女趣味である。
 その上の透明の部分にまた、二つの小さなガラスケースみたいなのが並んで、二人の骨のかけらが収まっているが、茶色っぽくて、あまり新鮮な感じではないが、全国で見られるテレーズの遺骨もこんな感じである。

 だから、聖骨に直接接吻というのは不可能で、ケースの上からでも私の見る限りさすがに誰もしていず、ケースに指をじっと当てて黙祷しているというのが基本形のようだった。

 パリの副司教によるミサは、オルガンとトランペットのソロとで、なかなか感動的なものだった。Vitryの仏教センターでの木魚と銅鑼もそれなりによかったが、幼いテレーズの信仰心の対象となり、ローマに巡礼に行く前に訪れて祈ったというこのパリのバジリカ聖堂の持つ「地」のオーラと呼応して、ユイスマンスの気分が分るくらいに審美的な満足を得た。

 驚いたのは私のすぐ前に、ベトナム人らしい母親と7,8歳の男女の子供がいたのだが、その眼鏡の男の子が、Nintendo DS を手にしていて、最初から最後まで、ずっと、画面に見入ったまま、それこそ渾身の、といった感じでゲームに熱中していたことだ。ミサでは、式次第によって、着席したり立ったり(跪く人もいるが)という姿勢の変化があるのだが、この男の子は終始、座りっぱなしである。

 これを見て、

 「なに、このおかあさん、あまりにもリスペクトというものを教えなさ過ぎじゃないか」
 「それとも、ゲームしてていいからという条件で無理に連れて来たのか」

 とか思って驚いたわけではない。(多少は思ったが)

 この子が、あまりにも、自分の世界に入っていたことに驚いたのである。

 周りには、荘重なオルガンの音、トランペットの音、香の匂い、ぎっしりと埋まった人々、なぜか分らないが泣き崩れている人までいる。ゼリー・マルタンは乳ガンで亡くなったので、ガンの人にも特別の祈りがある。それでなくともここは「不思議のメダイ」のチャペルと並んだパリの聖母御出現の巡礼スポットだから、普段から、濃密な敬虔さが垂れ込めている場所だ。特別の場所での特別の典礼で、特別な思い入れをしている人もたくさんいるだろう。

 もし、サイコ・エネルギーをキャッチする霊能者なんかがいたら、「おお」っと金縛りにあいそうな何かが漲っている。

 子供なんて特に、感受性が強そうだしな・・・・

 それが、この子は、微動だにしないで(いや、時々、ゲームの進行が上手くいったらしい時は「やったー!」みたいなガッツポーズが出ている)、ヴァーチャル世界に没入だ。
 それとも、いつもこういう場所にばかり連れられてきてもう好奇心なんか使い果たしたのか?

 感性とか感動の世界って、奥が深い。テレーズのような子供もいれば、完全に自分ワールドの子もいる。それとも、幼いテレーズがたえず対話していた聖母だの幼いイエスだのとの世界だって、ヴァーチャル世界に入り込んでで身じろぎもしない子供の世界と、通じるところがあるのだろうか。

 さて、話を戻すと、こういう普通の夫婦が「カップル」として、一組で聖化されるというのは、実は非常に珍しい。
 ルイとゼリー・マルタン夫妻の前には、2001年に列福されたイタリア人夫妻がいるだけで、その列福式には、4人の子供のうちの生存者(当時85、82、77歳)が出席したという異例のものだったが、4人とも、修道士とか司祭とか修道女とか在俗修道女とかである。だから当然孫はいない。

 マルタン夫妻はといえば、9人の子をなし、4人が早く亡くなり、残った5人の娘が全員修道女。特にカルメル会には4人がそろうなど、そこだけ見ていると、母親が早く亡くなった後で、なんだか正常な家族関係が築けないで、みんな思春期神秘熱に伝染したんじゃないかと思ってしまうが、まあ、実際はもう少し複雑である。
 そして、では、聖なるカップルというのは、「子供を神に捧げたカップル」ですか、それを模範にしていたら人類は滅びるのでは、とも考えたくなるが、この辺も、実は、いろいろおもしろい。

 ルルドのベルナデットもそうだが、若くして「聖母を見る」などという「恵み」を得た者を、聖女として認めるかどうかというのは、なかなか難しい政治的教育的判断を迫られるものである。これは「奇跡の治癒を得た者」も同様で、せっかく「神の恩寵」を得たのに、長生きして詐欺犯として捕まるとか、結婚離婚を繰り返すとか、あまりにもひどい展開があると、「恩寵」は希望でなく不条理のシンボルになりかねない。
 教育的でない、とか言う以上に、「意味の期待」としての信仰の根本を揺るがしかねないのである。

 それは子々孫々についても言えることで、せっかくの「大聖人」の五代後の子孫が大量無差別殺人犯になったというのではまずいだろう。まあ、たいていの場合は、法外な「恩寵」を得た人の多くは生涯を神に奉献する気持ちに駆られるようなので丸くおさまる。 長じて、「聖母を見たといったのは嘘でした」とカミングアウトするようなケースは非常に少ない。どんな奇跡や恩寵だって、個々の人生の文脈の中で進化していくものだから、無難におさまるところにおさまることがほとんどなのである。

 これに対して、孔子廟などでは、孔子の両親や先祖はちゃんと祀られている。さすがに親を敬う儒教の精神で、孔子を世に出したすべての祖先はそれだけで敬われるべき存在だ。だから儒教的な文脈では、聖人の「子孫」の方はどうなろうと原則的には聖人の聖性のハンディにはならない。

 キリスト教では、聖人の親といえども、別に聖性のDNAを子供に伝えたわけではなく、あらゆる命はすべて、「神からの賜物」なのである。だから、聖人の聖性を讃えるのは神を讃えることであり、特にその親に感謝して敬うということにはならない。

 そんなキリスト教が、はじめて、聖女の両親をまとめて聖人の列に加えようという試みとして、マルタン夫妻のケースはここ15年(つまり徳を認められた尊者となった後、福者となるために奇跡を待っていた間)非常に私の興味をひいていたのである。

 しかも、聖女テレーズと言えば、生前目立たずに夭折したのに関わらず、今や教会博士の称号さえ獲得した異様に評価の高いビッグ聖女で、近代カトリック界のアイドル的聖女だ。
 そしてその名は、ノルマンディはリジューのカルメル会と切っても切れず、リジューの聖テレーズと通称されるほどだ。リジューはもちろん大巡礼地として栄えている。
 父のルイ・マルタンはめでたくリジューで死んでいるので、リジューの司教区が列福手続きなどを扱ったが、問題は妻のゼリーである。彼女はアランソンで死んだし、フランシスコ会の第3会に属していて、アッシジの聖フランチェスコに特別の崇敬の念を寄せていた人だ。で、ゼリーがカルメル会の聖女に取り込まれるのはフランシスコ会が快く思わなかったとかいう噂も流れた。

 そういうカトリック教会内のいろいろな事情もあったのだが、とにかく、二人のカップルとしての(つまり、神の愛を結婚の秘蹟の愛のうちに証したものとして)列福はようやく実現した。

 二人の亡くなったのは、1877年と1894年だ。

 一方、一足先にカトリック教会初の「カップル」列福を果たしたイタリアのQuattrocchi 夫妻が亡くなったのは、1951年と1965年で、夫は社会派弁護士、妻もビジネススクールを出ながら赤十字活動をするなど、具体的ではっきりした活動記録がある。この二人が、子供たちが現役のうちに早々と列福されたことから考えても、マルタン夫妻の列福が必ずしも楽な道でなかったことは推測できる。

 まあ、子供が現役の教会関係者というのと、子供が聖人だというのは、いろいろな意味で違うが、それにしても、カップルをカップルとしてまとめて聖化しようという最近の動きは、一体、教会はそれに何を託そうとしているのか、人はそれに何を求めるのかという問いを引き出さざるを得ない。

 教会の言いたいことは比較的よく分る。

 結婚というのは、夫と妻という二人だけの愛したり愛されたりというだけの関係性だけではなくて、神の愛を地上で示すという使命を帯びたものであるべきだということだ。

 要するに、昔は、ほっておいても、結婚は「本人同士」だけのものでなく、社会的家族的経済的などのいろいろな縛りやしがらみがあったので簡単には解消できなかったが、今はそういう絆が弱くなったので、「本人同士」だけに任せておくと、あっという間に解体していく。人と人の「はれたほれた」などというものは所詮はかないものであり、簡単にエゴイズムのぶつかり合いになる。で、そこに、双方が絶対にリスペクトできる「神」のような超越価値を立てて、愛を常に更新しなくてはならない、という話である。
 
 この日の説教では、

 「我々の唯一の富というのは、地位でも金でも典礼でもありません。それは我々の生命です。そしてその生命というのは私たちに属するものではありません」

 と言う言葉があって、一見逆説的だがよくできているなあ、と思った。

 そして、

 こうしてめでたく福者の列に加えられた聖人候補たちは、

 聖遺骨ケースに並ぶのである。

 墓から掘り起こされ、

 骨を分けられ、

 茶色く、はかなく。
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by mariastella | 2009-07-13 02:43 | 宗教

シモーヌ・ヴェイユのトンでも説

 シモーヌ・ヴェイユは、キリスト教の初期に一種の陰謀仮説を立てていた。ギリシャやオリエントの宗教とのシンクレティックな混交の試みの痕跡を、ローマ教会がシステマティックに消し去ったというのである。

 一軍を率いる将のようなユダヤの民族神の征服欲は、ローマ帝国の征服欲に都合がよかった。
 
 エジプトやギリシャの神は、死の論理に加担しない「愛」の神の先駆で、キリスト教は、そういうオリエントの土壌で育まれた。しかし、その初期に、原罪とでも言える二つの汚染があった。

 一つは、ユダヤ人キリスト教徒によるユダヤ経典の聖書取り込みである。
 もう一つは、それ故に、ローマ帝国が、キリスト教のそういう「ユダヤ」の神の好戦的ナショナリズムを採用してキリスト教を国教としたことである。

 古代オリエント社会の中で、帝国主義的、民族主義的、選民思想があったのは、ユダヤとローマだけで、キリスト教の形成と採用でこの二つが結びつき、西洋の歴史を罪にまみれたものにした。それはイエス・キリストの目指した平和主義や愛の思想とは似ても似つかないものだ。

 とまあ、こんな感じだ。ネオプラトニズムやグノーシスムを引き合いに出して、またニコラウス・クザーヌスが異端でなかったことを引き合いに出し、よりギリシャ的な正統キリスト教があったはずだという仮説を立てる。

 普通は、イエスの頃のユダヤがローマの統治下にあったということで、支配者と被支配者の立場の差が考察の対象にされるのだが、ユダヤもローマもエゴイスティックなナショナリズムで、オリエント世界やケルトやゲルマンとも異質だと言ってのけるところがおもしろい。ユダヤ人の無信仰家庭出身の彼女ならではの着眼だ。

 実際は、キリスト教がローマ世界にどのように広がり定着したかについては、未だに謎の部分もあるし、当時の社会状況や思想状況についての新しい研究も今はいろいろ出ているので、このヴェイユの「陰謀説」は、彼女が該博な知識を駆使しているにも関わらず「トンでも説」に限りなく近い。

 いわゆる神学的にもつっこみどころはいろいろあるのだが、何というか、あのシモーヌ・ヴェイユがこんなこと考えていたんだなあと思うと、感慨深いものがある。思想には、色や香りがあるものだ。
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by mariastella | 2009-06-08 06:37 | 宗教

ヨブとシモーヌ・ヴェイユ

 旧約の『ヨブ記』というのは、旧約の神の全体的なイメージであり、人間が神に託す普遍的なイメージでもある、「報復による秩序維持」からずれている。普通は「勧善懲悪」とか「因果応報」というのが、人間の「公平感」に見合うのだが、現実には、ヨブのように完璧な「義人」が、なぜか、この世の不幸を一身に受けてしまうというような状況がたくさんある。『ヨブ記』はそういうこの世に「悪がはびこる」実情の説明としてよく引き合いに出される。

 正しい人、その正しさに見合った模範的な幸せな生活を送っていた人が、突然、これでもかこれでもかという不幸に襲われる。子供たちがみな死んだり、財産を失ったり、自分も病で最悪の状態になったり、「どうしてこの私が?」と神を呪いたくなったり、その理由を忖度したり、正義が信じられなくなったり、とっても人間的なテーマなので、宗教者や信仰者だけでなくいろいろな人をひきつけた。

 私が最初にヨブ記について考えたのは、高校生の頃に浅野純一さんの『ヨブ記の研究』(創文社)を読んだときである。
 私のような、平和な時代に生き実際の苦しみをかかえていない高校生が、「苦しみの中でも生きる希望を捨てるなというメッセージ」を切実に求めるわけはなかったので、ヨブ記をたどるのは、むしろ、怖いもの見たさというか、「正しい人がどんどん不幸になっていく」のを見ることのサディズムとマゾヒズムが混ざったような倒錯的な快楽があったのかもしれない。

 シモーヌ・ヴェイユのような立場の若い女性には、全く違ったものが見えてくる。

 シモーヌ・ヴェイユはユダヤ人なので、第二次大戦の文脈では理不尽に差別される側にいたが、家庭はユダヤ教を実践していなかったし、フランスに生まれて住むエリート女性としてむしろ、カトリック的な文化に親和性を持っていた。
 哲学者の中には、今の私から見ると若くして死んだという人もいるが、その哲学が完成しているというか、完結しているという感じの人も多い。でもシモーヌ・ヴェイユは、長く生きてたらどんな風に変わったろうと想像してしまう。彼女が第二ヴァチカン公会議を体験していたら・・・

 彼女はユダヤ人なのに、ユダヤ教にはひどく手厳しい。
 まあ、近代以降のキリスト教文化圏のインテリたちが、『旧約聖書』を前にして、あれやこれやと悩んだのはよく分かる。キリスト教神学が千年以上もかけて辻褄を合わせてきたいろいろなことが、裸の王様みたいに、批判されまくった時期があった。

 キリスト教文化圏生まれでもなく、ユダヤ人でもない私がこれまであまり考えなかったことで、シモーヌ・ヴェイユの 『Lettre à un religieux』 を読んでいて、軽く驚いたことが一つある。

 それは、彼女が、『ヨブ記』のヨブが「ユダヤ人ではない」ことに注意を向けているところだ。
 確かに、ヨブはウツ(死海の東南の地方)の生まれで、友人たちもユダヤ人ではなく、イスラエルがどうとか、選ばれた民がどうとか、神との契約がどうとかいう話はいっさい出てこない。

 ヨブはエゼキエル書(14、14-20)の中でノア、ダニエルと並んで、神の怒りに滅ぼされないですむ義人の代表として挙げられているが(それでも子供までは救われず、自分の命だけ救われる程度だが)、シモーヌ・ヴェイユに指摘されると、なんだか、「旧約の神って、ユダヤ=非ユダヤのダブル・スタンダード?」って言われてるみたいだ。
 ヨーロッパ人は平気でイエスを金髪碧眼の姿で描いてきたりしたし、日本人にとっては、ゲルマン人もラテン人もパレスチナ人もみんな「外国人」だからその辺の機微がぴんと来ないが、フランス文化に根を下ろすユダヤ人であるヴェイユにとっては少なからぬ意味があることなんだろう。

 ヴェイユはギリシア哲学に造詣が深かったから、比較文化的思考を駆使して、キリスト教の神を時間軸から超越した普遍的なものだと納得しようとした。その辺も、彼女が長生きして、ニューエイジだとか「文明の衝突」論を前にしていたら、どんなリアクションだったのか、知りたくなってくる。
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by mariastella | 2009-06-05 19:56 | 宗教

信仰の言葉と科学の言葉-仏舎利の追っかけを終えて

 この仏舎利シリーズを興味を持って読んでいてくれた方(いるのか?)に、最終日のヴァンセンヌの森のパゴダへの行列風景のヴィデオを紹介する。

 http://www.youtube.com/watch?v=qepfo6pXhNw
 http://www.youtube.com/watch?v=r46Aj4lEohM


 何となく日本のネットを検索してたら、今年の2月に新宿文化センターで「仏舎利新宿展」というのが開催されていたことが分った。

 こういうの。

 http://www.fpmt-japan.org/japanese/relic/index_relics.htm

 日本にいたら見に行ってただろう。

 でも、解説を読んでちょっと脱力した。

 「高い精神的境地にあった方が亡くなられて荼毘に付された時に現われる、真珠のような宝石、それが仏舎利です。それはその方が智慧と慈悲を円満し、その心がこれ以上求めるもののない悟りを得た状態にあることを示しています。」

 とあり、そのような舎利は超常現象で増えるとか、見ただけで非常な幸福感に包まれるとかある。

 まあ、私が3日間も仏舎利の追っかけをしたにも関わらず、非常な好奇心を上回るほどの幸福感を得られなかったのは、信仰が足らないせいだろうから、それはいい。
 でも、見たところ、さすがに、明らかに骨ではない仏舎利を説明するのに、荼毘の後で現れる宝石、と言っちゃうだけでいいのか。聖体パンがキリストの体だと言うためのレトリックほどの努力の跡も見られない気がするのは、これも私の信仰心の欠如なんだろう。で、この新宿展では、あなたはどうしたら幸せになれるか、みたいなのがテーマのようだった。週刊誌の裏とかでよく見かける開運グッズ、や霊力を封じ込めたストーンだのとあまり変わらない。

 宝石状の仏舎利の由来については、私はすでに

 http://spinou.exblog.jp/10166766/  

 の中で触れ、そこでも引いた
 
  景山春樹『舎利信仰』その研究と史料 1986 東京美術

  『仏舎利の荘厳』奈良国立博物館編 昭和58年 同朋社出版 

 の2冊の本によって、好奇心を満足させている。

 つまりこの種の仏舎利の増え方については、解決がついているのである。
 超常的なことはない。

 それなのに、2009年の展示会の、説明には全然反映されていない。

 信仰の言葉と科学の言葉と、業界の言葉、布教の言葉、いろいろな言葉があるのだろう。
 狂信というのもあるから、あまり分け入ってはいけない危険ゾーンもあるかもしれない。

 こうなると、サレジオ会のC神父みたいに、「科学的」に執拗にこだわって、トリノの聖骸布の真偽を追って半世紀以上、という人のディスクールの厳密さと凄さにあらためて感心する。究極の信仰グッズを、聖職者が、信仰から距離を置いて実証的に追いかける、それが不可能じゃないというのがすでに奇跡的だ。

 http://www2.ocn.ne.jp/~g-compri/mpage1.html

 http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=213957X

 やっぱ、来年はトリノだなあ。

 夕べ、ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の『天使と悪魔』の映画を観にいった。
 ヴァチカンやローマの教会(大掛かりなセットだそうだけど、ヴァーチャルで見たら同じだ)を大画面で見る迫力はあるし、観光映画として刺激的だ。

 こういう浅薄な内容でこれだけ忙しくて複雑なものをよく作ってるな。

 ここでも科学と信仰が二元論的に語られていて、つまり弾圧と陰謀と復讐みたいな単純図式になっていて、ルネサンスに本当に何が起こっていたのかなんて一顧だにされない。

 地球が丸いなんて古代からずっと言われていた、というか、観察されていたことなんだけど。
 錬金術なんかでも太陽中心主義はずっと根底にあったから、地動説によって全然ぐらつかなかった。

 「異教」的なるもののとり扱いも、あいかわらずのアメリカン・テイストで、科学者や学者が神を信じるのかどうか、なんて迫られるのもアメリカンだなあと思う。

 映画でたっぷり見られるヴァチカンのアナクロニックなコスプレ・ワールドも、この3日間、仏舎利の追っかけで見たきらびやかなアジアのコスプレ・ワールドの後なんで、それなりの感慨は覚える。

 人は、きらきらと着飾り、権威を大きく見せようとし、さまざまなプロトコルの網を張り巡らせるが、その信仰の対象になっているものは、智恵とか覚醒とか愛とか希望とかいう眼に見えないものだ。その一方で、創始者のよすがとなるものも崇敬する。しかし、それはただの骨片だったり、無酵母パンに託した「肉」だったり、遺体を包んだ布に残った影のような曖昧な形だったりする。その落差のどこかに智恵が宿っていると思いたい。
 その落差が、力動を生むわけでもあるのだから、「聖遺物」は、超常的な宝石なんかじゃなくて、黒ずんだ骨とか、古い布についた血のしみだとか、宝飾を拒否する即物的なものの方がインパクトがあると思うのだが。
 その意味で、「聖体」が小麦と水だけのせんべいとか、「聖血」がワインだとか、物理的成分がはっきりしてるものも、いっそ好感が持てる。

 信仰のエッセンスって、言葉にする時と、形にする時と、どちらによく残るんだろう。いや、そもそも、言葉や形の中に残存するものなんて、すでに信仰の力が散逸した影やエコーみたいなものなのかなあ。

 


 

 
  
 
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by mariastella | 2009-05-20 19:13 | 宗教

VESAK2009 その3 雨のヴァンセンヌ

 VESAK 3日目。仏舎利の追っかけも3日目だ。

 今日は雨もよいの薄寒い日、ポルト・ドレからヴァンセンヌの森のパゴダまで、仏舎利行列。東南アジアやスリランカ系のコスチュームの人、寒そう。

 VESAKは入場フリーだが、一般の人は、正午までパゴダにはアクセスできない。途中で出会ったカンボジア人の夫婦(昨日の人とは別)はインタネットで見てきたのだが招待状を持っていなかったので、いっしょに入れてあげた。欄の花をお供えに持ってきていた。花やお香を持ってきている人がたくさんいた。パゴダはいっぱいの人で、仏舎利はほとんど見えないのに、お経をきくだけで感極まって泣いているいる人がいた。皆アジア人である。

 昨日なかよしになったカンボジア人の月寶さんと又出会った。中国人の先生とも。

 法門寺の指骨が「第九大奇跡」というのは、万里の長城を含む世界の七不思議というのは分るけど、第八はなんですか、と聞くと、「西安の兵馬抗」だと言う。

 それで、九番目が、「法門寺の指骨」か・・・

 中国の広さと歴史を考えたら、ちょっと発掘したら「不思議」はいくらでも出てきそうだな。

 でも、法門寺の指骨がバンコクのワット・サケット(パゴダ前で記念ピンスを買った)にある仏舎利よりも「不思議」度が高い理由は本当にあるのか。
 
 あの指、指にしては大きいから、今は「指状」の骨って言われてると日本のサイトで見ましたよ、というと、先生に、「釈迦の体ではなくて教えが大事なのだ、あなたは科学的過ぎる」と言われてしまった。

 私は、いや、あの中国のヴィデオの疑似科学的なもったいぶったところが私はすごく好きで、それはカトリックの聖人の遺体確認における妙な疑似科学の倒錯と似てて、日本の封印文化と違うところが興味深いんです、と答えておいた。

 セレモニーが終わって、仏舎利は一般公開されたが、押すな押すなの大盛況で、セキュリティの人が輪を作り、入場制限もあって、とても近づけない。

 日に日に遠くなる仏舎利。

 うちに帰ったら、近くの音楽院で、acousmate の実演というのをやっていた。
 音響考古学というか、音の化石というか、分子の中に刻まれた波動のキャッチというか、非常にあやしい、これも疑似科学のパロディみたいなのを観客参加型パフォーマンスにしている。

 イヤホン付ヘルメットをかぶったり、聴診器をつけたりして、音楽院の地下を調べたりする。

 革命前にはここに聖女セシル(チェチェーリア、音楽の守護聖女である)のチャペルがあったんだとか言うと、壁からかすかに歌が聴こえてきたりする。
 I pod で周囲から孤絶するのではなく、世界と交信するんです、とガイドはいう。

 ある部屋では、レコードが回っていて、それに針を当てると、音が聞こえてくるのが、一番不思議に見えた。

 ついこの前までは普通の光景だったのに、回転する円盤が音を記憶してるなんて、すごく印象的だ。
 古いレコードなんて知らないような世代の子供たちにとってはなおさらマジックのような光景だ。

 最後には、未来の「音響考古学者」に残しておく手がかりとしてみんなで手を叩いて拍手に変わる趣向だ。

 潜水艦の中で、レーダーにキャッチされた船を識別するための耳の訓練を受けたという「黄金の耳」と呼ばれるガイドもいる。

 擬似科学と「不思議」と信仰のパフォーマンス、一種のコスプレ(それが僧衣であれ、アンテナ付ヘルメットであれ)、隠れた音の記憶、焼かれた骨の記憶、「思い」だけは、時空を軽々と越えていく。

 感動して泣く信者、困惑して笑う観客、何が真実で何がパロディなのか、誰にも分らない。
 
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by mariastella | 2009-05-18 05:57 | 宗教

VESAK2009 その2 ライシテの困惑

 VESAK の2日目。

 パリ市役所は、プチ・ニコラの展示などの宣伝が大々的で、1日だけのVESAKの案内は、できるだけ目立たない様に配慮されていた。確かにポスターに聖遺物の文字はない。

 仏教2500年の文化の展示、というわけで、ギメ美術館など、パリの既存の東洋美術館、大使館が仏像などを貸し出し、仏教テーマのニューエイジっぽいフランス人アーティストの作品などとあわせて、一部屋にかき集めているが、「葉」を隠すには「森」が一番、という言葉を連想する。その部屋の中央に、タイから来た仏舎利が鎮座し、本当はそのために、そのためにだけ、この展示があるのだ。それは、この仏舎利贈与プランの発起人となったラオス僧とタイ仏教の間で、パリ市役所での公開が条件になったからだと思われる。

 公空間の非宗教性=ライシテの原則に抵触するようなこのような事態が可能になったのにはいくつかの口実もある。

 フランスがヨーロッパで最初の仏舎利所有国として選ばれたのは、フランスが「基本的人権」の祖国であるからというレトリックがあること。

 仏教は伝統的に無神論とされており、宗教でなく哲学だという見方も一般的だ。それにいわゆるフランス人の仏教徒や仏教シンパは、カトリックに失望や反発した無神論インテリ層が中心で、社会党のパリと親和性がないでもない。

 しかし、VESAKをオーガナイズするUBF(フランス仏教連合)は、いまや、宗教ロビーとして、キリスト教、イスラム、ユダヤ教などと同じように政府の諮問機関にも名を連ねている公式団体である。

 パリ市役所が明らかに「宗教行事」であるVRSAKと仏舎利展示を開催するのは無理がある。

 それを回避するために、つまり、葉を森に隠すため多くのごまかしが弄された。(これはすべて私の個人的解釈であることは言うまでもない)

 まず、文化の展覧会と銘打ったこと。

 夜は、仏陀の生涯というテーマだが、多国籍のアジアの文化(歌と踊りと音楽)をフランス人演出家がまとめるという構成のパーティを開いたこと。

 それに2000人近くを招待したこと。多すぎて、アジア人や僧衣の人々の姿は、昼間から市役所広場でパフォーマンスをやっていたインドネシアやカンボジアのダンサーらと同じような文化的コスプレのようで目立たない。(実際、階段の両側にこれらの民族衣装を来た人たちがずらっと並んで合掌して招待客を迎える趣向など、まるで、アジアのリゾート・ホテルの歓迎の演出みたいだ。)

 ヨーロッパ議会の選挙を控えた政治的に微妙なこの時期、ドラノエ市長は、目立たないように姿を消して、「残念ながら」出席できなかったこと。

 市長名代のスピーチでは視点の驚くべき転回もあった。

 このスピーチではさすがに「仏舎利」に触れないわけにはいかない。

 で、どうしたか。

 今回、はじめて仏教文化の展覧会をパリ市役所が受け入れることになって、それを記念するために、仏舎利の授与がなされたと言うのである。
 つまり、仏舎利は、フランスの自由と寛容に敬意を表するために、仏教界が展覧会に添えた花、という理屈だ。実際は、仏舎利の展示を目立たなくするために、宗教を文化にすり返る展示会が組織されたのに。

 市長代理のスピーチでは、パリは多様性のシンボル都市であり、フランス人であろうとなかろうと、パリ市民は自由と平等と友愛を等しく享受する、実際、ますます多くのアジア人が住み、日本人や中国人や、ヴェトナム人や・・・がいて、17区には初の仏中共同の保育園ができることになった・・・・ということが語られた。

 ここで日本人や中国人が言及されたのもおもしろい。
 これは、経済的、政治的には、日本人や中国人がもっともインパクトがあるからだろう。

 しかし、仏教的には、ほぼ、ゼロである。

 在パリの日本人は、仏教コミュニティを作っていない。仏教系新興宗教のコミュニティはいくつかあるが、いわゆる伝統仏教の大きなコミュニティはない。むしろ日本ではマイノリティのキリスト教徒のコミュニティの方がちゃんと活動している。
 ヨーロッパに比較的早く根付いた禅グループはあるが、いわゆる日本人の駐在員みたいな人で、実家の檀那寺が禅宗だから、お参りする、というような人はいたとしても例外だろう。禅はフランス人インテリ僧が力を持っていて、UDFの会長もしかりである。(韓国の禅宗も存在感がある。)

 日本の都会の平均的日本人が、冠婚葬祭以外には家の宗旨を気にしないのと全く同じことである。

 そして、在パリの中国人にもこれといった仏教コミュニティはない。
 在パリの中国人は商売人が多いし、儒教と道教の習合したようなものが主流であるからだ。

 仏教コミュニティが強固なのは、やはり、ヴェトナム、タイ、カンボジア、ラオス、スリランカ、チベットである。
 
 だから、VESAKの中心をなすのも彼らであり、市役所でのパーティの文化祭で演じたのも、彼らであり、中国人や日本人は不在である。
 韓国のグループは太鼓の演奏を披露し、インドネシアは、ガムランの演奏とともに、二人の女性が伝統舞踊を舞った。これは、どう見ても、バリ・テイストの、仏教とヒンズー教の習合であり、『仏陀の生涯』のプロローグがこれで始まったのは、宗教色を文化色で希釈するのには有効だった。

 ラストは、直立して胸の前で合掌した一人のブータンの僧による仏陀の賛歌であり、これは、どう見ても、それまでのエキゾチックな踊りや何かと違って、明らかに、宗教儀礼に近かった。

 パリ市役所の豪華なホールで、カトリックの聖職者やイスラムのイマームやユダヤのラビが宗教テキストを朗唱するのは考えられない。(東京都庁でも考えられないと思うが)

 しかし、市役所に仏舎利を飾り、この経を唱えるというのが、この急造成の森に隠した葉っぱなのだとしたら、理解できる。

 ところが、
 
 (多くの人にとっての)ハプニングは、その後に起こった。

 華やかな音楽や踊りの後でのブータンの僧の朗唱で、みなが目いっぱい厳粛な気分になった後で、

 フランス人のカウンターテナーのセバスチャン・フルニエが、ギタリストと共に登場、フィナーレと称して、

 Jeff Buckley (元歌はLeonad Cohen)の Hallelujahを歌い始めたのだ。

 しかも、最初に、「ハレルヤ」を皆さんも唱和してください(それをなぜか英語で言った)、と誘いながら。

 私でさえ、なんだかジョークみたいだと思った。KYとはまさにこの時のための言葉みたいだ。

 しかし、ハレルヤ、のリフレインの唱和は盛り上がらなかった。

 参加者全員が舞台に出てきた。

 ハレルヤは空しく響く。

 私は歌ったけど。(声を出すのが好きだから)

 Vitry でのセレモニーの最後の「南無仏陀」みたいなのも唱和したし。

 で、演し物が終わり、カクテル・パーティ会場に移る前に、市役所前でなかよしになったカンボジア人夫婦が顔色を変えて寄ってきた。

 ハレルヤに大ショックを受けた、フランス人は私たちをキリスト教に改宗させようとしている、というのである。

 夫人は、バニューにあるカンボジア人のパゴダの役員をしている。彼らはカンボジア僧を二人連れて来ていたので、私は、通訳してもらって、カンボジアにおける仏舎利信仰についての意見を聞いたのである。

 その後、会場に入った後、もう後ろの方の席しか空いてなかったので、夫人は、二人の僧に前方の席を譲ってもらえないかと言い出した。それで、オーガナイザーの一人である義妹に頼んでしかるべき席を用意してもらった。だから、夫人は、私たちを通して、主催者に、このハレルヤへの不満を伝えて欲しいと思ったらしい。

 彼女によると、新年の祝いなどで、ヴァンセンヌのパゴダ(仏教超宗派)に集まったりすると必ず「エホバのXX」などキリスト教セクトが待ち受けていて宣教のビラを配ったりするのだそうだ。それにすごく忌避反応があり、この「ハレルヤ」もその種の宣教だと思ったらしい。

 私は、「葉」を森に隠す演出を徹底して、その前のあまりにも仏教的な「讃」を中和するために、多様性ですよ、という感じでゴスペルっぽいのを配したのかなあと思った。

 後から聞くと、セバスチャン・フルニエは、うちの甥の空手道場の友人で、去年のトロカデロでの平和の祭典(チベット人支援のために義妹たちが主催したもの)でも歌ってくれた流れで、今回もボランティアで出演してくれたのだそうだ。別に仏教徒ではないがシンパである。
 バロックの歌手なので、教会でヘンデルとかをたくさん歌っているから、「ハレルヤ」の方に近いのは当然だが。そういえば彼の奥さんも去年トロカデロでアヴェ・マリアを歌っていた。

 市役所ホールにはフランス人の招待客も多く、その大半はいわゆる仏教徒ではなく仏教シンパである。メディテーション好き、というエコロジー派も多い。
 そんな客たちとも話し合ったが、「山に登るのにはいくつもルートがあるはずだ、仏教だろうとカトリックだろうと気にしない」という立場の彼らには、最後の「ハレルヤ」はむしろ感動的だったと言う。
 彼らに、仏教の無神論的側面や輪廻の問題などと、神の讃歌と、どう折り合いをつけるのかとか質問してみたが、そういう人たちにとっては、すでに、「神」とは、キリスト教的人格神ではなく、「教え」とか「智恵」とか「愛」なんかと同義なので、ノープロブレムらしい。

 UBFの会長の方は、スピーチで、寛容や自由や平等や非暴力のような、フランスにとっての大切な価値観は、仏教の価値観と同じで、価値観を共有する人は、共存できる、みたいなことを言っていた。

 フランスの共和国理念に「非暴力」なんて入っていないが。

 後、仏教徒はこのような倫理を日々の生活の中で実践しているのだ、というディスクールがあって、これは去年の仏教フェスティヴァルでの講演でも聞いたが、理想化しているなあと思った。

 まあ、日本で、キリスト教徒はピュアで愛を実践しているというような幻想がたまにあるのと同じで、マイナーな宗教はピュアに見えるのだろう。

 仏舎利の方は、囲いがしてあるので、2メートル以内には近づけない。それでも、アジア人はちゃんと合掌して感動してるふうだった。Vitry では、僧も尼僧も、舐めるようにして近づいて凝視していたから、機会さえ与えられればやはり好奇心というものは信心と両立するんだなあと思ったが、市役所では、立派な舎利容器をバックにして記念写真をとる、という人が主流だった。

 仏舎利は、囲われて遠くなると、私にとっては、博物館での発掘品の展示みたいに見えた。これならライシテOKだなあ。

 11時過ぎに市役所を後にすると、警備の人たちが今日はふらふらになった、とぼやいていた。
 
 
 

 
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by mariastella | 2009-05-18 04:17 | 宗教

VESAK2009 その1 仏舎利到着

 今日は待ちに待った(?)仏舎利到着セレモニー。

 バンコクから朝6時半に到着した仏舎利は、駐仏タイ国大使の車で直接 Vitry sur Seine に運ばれた。
 私がついた時には、ちょうど、仏教センターに向けて行列が始まっていて、通りは通行止めになっていた。
 50人くらいの焦げ茶の僧衣の尼僧中心のグループが歌うように先導し、色とりどりのアオザイを着た腰の細い若い4人の美女が、花びらを撒き、盛装した浄行師に続いて、金ぴかの輿に鎮座する舎利容器が運ばれ、その後には、タイ、ラオス、チベットなど、各派の僧が経を唱えながら、その後に又50人近くの黄色の僧衣の尼僧が続く。香が焚かれ、蘭の花が掲げられ、華やかだし、また、どの宗教の行列にも似ているような、デジャビュの世界でもある。

 センター入口では、結局招待状のチェックもなく、セキュリティは大丈夫なのか、とこちらが心配したくなる。
 セレモニーのあるホールに入るには靴を脱がなくてはならない。タイル張りの床の中央にモケットが引いてあってその上に座布団代わりのクッションが並べてある。

 舎利容器は4mくらいの天蓋付台の上に置かれた。金ぴかの仏像授与も行われた。

 これはプレス用の資料にもあったが、インドからタイに仏舎利が分けられたのが仏教暦の2442年で、フランスに来た今年が2552年、どちらも、逆から読んでも同じ数字ということで、因縁が深い、とされている。

 セレモニーのくわしいことについては又別のところで書く機会があると期待して、今は要約だけする。

 マジョリティはアジア人、それも旧仏領インドシナ系、ならびにタイ人という感じだが、いわゆるフランス人の僧も少なくない。スリランカ僧は精悍な感じで、インド人の釈迦もこんな感じだったかなあ、と思ってしまった。

 で、フランス人の仏教連合代表のコメントに、この出来事は、ヨーロッパに仏教が根付いた現実の反映だとあった。

 佛舎利については、「我々すべての師である仏陀の身体的臨在」という言葉が使われたのが印象的だった。
 フランスはライシテの国だから、明日の市役所での展示の時はどうか目立たないようにしてください、という注意も忘れなかった。まあ、仏教は「無神論」だとか哲学とかと言われているから、ライシテの谷間をすり抜けられるのだろう。オバマの就任演説でもオミットされてたぐらいだし、ね。
 
 釈迦の遺物の実在は、決して、過去の遺物ではない。星の光はたとえ何億年昔に放たれたものであっても今の我々を照らすのである、とコメントは続く。聖遺物の力とか、人々を一堂に集める力なのである、と。

 そして、タイ、ベトナム、ミャンマー、スリランカの合同のお経、ベトナムのパゴダのグループのお経、韓国仏教、曹洞宗、チベット仏教、と続く。仏教のインカルチャレーションの仕方って、正教に似ているなあ。国別の色が濃い。座ったままのグループが多い中でチベット仏教のグループはたって五体投地から始めた。
 曹洞宗はこの国での歴史の長さもあって、フランス人の方が多く、フランス語のお経もあった。

 確かに、仏陀の舎利を前にするとエキュメニカルになるというか、各国仏教の宗派がまとまる感じで、こういうのが聖遺物の力だと言われると、なんだか、来年に公開が決まったトリノの聖骸布を見に行こうかという気になった。

 全体としては、なんだか、私は、仰々しいセレモニーを見ていくだけで、これは偶像崇拝だよな、とか、呪術だよな、と思えてきて、しらけてくるタイプなので、終わった時はすっかりアグノスチックになって出てきた。
 感動とか、やっぱり本物はすごい、とか、名古屋の日泰寺では見られなかったものをたっぷり見られて好奇心を満足させられて嬉しいとかいう感じもしない。

 仏舎利はタイの黄金寺で10バーツで拝めるのと同じようなプレゼンテーションで、クリスタルの容器の底をよく見ると、古い歯みたいなのが数個入っているかなという感じだ。うーん。

 カトリックの聖人の聖遺骨の方が、誰の骨やらは知らないが、いかにも骨、明らかに骨、というのが多い。
 それを見慣れてる目には、この仏舎利は、まあ有機物の感じはするが、火葬された後の骨というよりやはり歯っぽいかなあ。それもあやしいものだ。タイの「本物」だって、本物の本物は、塔頂に封印してあって、舎利容器の中で開帳しているのはコピーというか、分身じゃないのかなあ。もう、「本物」という概念自体が曖昧である。カトリックのミサで、無酵母パンが、儀式の後では「キリストの体」に化体するというのと似たような感じだ。

 私の好きなのは、やはり、宗教でなく人間だ。

 リジューのテレーズもこんな感じだったかも、と思うような若くてかわいい、一途な感じのアジア人の尼僧がいて、ちょっと見には委員長タイプで額に青筋が浮かびそうなんだが、お経を聴いているうちにどんどん目がうるうるしてきて、終いには滂沱の涙を流しているのを見ると「萌え」という感じになる。また、真剣に、静かに五体投地を続ける老婦人を見ていると、これがほんとの old woman's faith なんだなあと思って、敬虔で安らかで温かい気持ちにさせられる。

 昼はおいしいビュッフェがふるまわれて、いろんな人と話せた。

 午後はメディテーションがあった。女性が「集中の中にこそ心の平穏があります」的な案内をフランス語で語り、それが不自然な気がした。こういう時には、背筋まっすぐ、座禅慣れしてるようなニューエイジ的エコロジー的な仏教シンパのフランス人が生き生きとして見える。

 一番おもしろかったのは昼休みに路士棟という中国語の先生とした話だ。

 この先生によると、中国共産党の指導者には結構「隠れ仏教徒」が多いそうで、仏舎利信仰も内部供覧として極秘になされているそうなのである。

 一番人気は、なんといっても1987年に1000年ぶりに発掘された陝西省西安市の西120kmにある法門寺の釈迦の指骨である。これがわざわざ共産党本部にも運ばれたこともあるらしい。

 史記にも記述があるなかなか由緒ある舎利なのだが、私は、釈迦火葬御の最初の8基のストゥーパはともかく、アショカ王によって再び細分された8万4千基(そのうちの19塔が法門寺をはじめとする中国にあるものらしいが、少ないといえば少なすぎないか)となると、なんだかすでに、「信じられない」と思ってしまうので、「南京の頭骨(玄奘のじゃないのか?日本にも分骨されたはず・・)」も含めて、好奇心が充分に沸いてこない。

 でも、路士棟先生によると、法門寺の「指骨」は、4つ見つかったものを鑑定して一つが本物で3つがコピーだったという。本物は100%本物だ、と強調する。台湾からも巡礼が来ると。

 で、関連のyoutubeアドレスを送ってくれた。

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#0057d73c-6d4f-4eca-9191-f1c41b787234

 とか、 

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#6e36f815-79ec-45d9-b64d-83e2d716d28d

 こういうの。

 その辺にいっぱいあるので、興味のある人はどうぞ。
 「多少奇異的故事」とか、「世界第九大奇跡」とかあって楽しそうだ。
 真骨は「真身舎利」と言うらしい。

 で、見てみると、確かに髄の溶けた後の中空の骨様のものなんだが、わざとらしい筒状で、内側に北斗七星のマークがあったり、やっぱあやしそうである。

 youtube で発掘の様子や鑑定の様子を見ていると、カトリックの聖遺物鑑定みたいで、けっこう即物的であり、日本の「聖なるもの」封印文化とはだいぶ違うぞ、これならDNAを採取しかねないな、わくわく、と期待したのだが、日本人の書いた紀行ブログを見てると、指の骨にしては大きすぎるということで今では「指状」舎利と言われているとか、他の3つも本物と一緒にあったから本物と同等なんですと言われたとか、やはり、はっきりしなくて、あやしい感じは拭えない。

 路士棟先生は、仏教の深さに比べると他の宗教は表面的だ、としきりに言っていたが、誰でも自分の極めたものが深く思えるので、表面的にしか知らないものは表面的に見えるんではないだろうか。

 彼は、普通の人間の体は殺生をして生きているので朽ちるが、完全解脱した釈迦の体は、罪を免れているから微生物からの復讐を受けずにこうやって残っているのだ、それが智恵の証明だ、と言い出したので、私はヒマラヤやアルプスの永久凍土で発掘された遺体はどうなるんだとか、エジプトのミイラはとかどうなんだ、とか、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる聖人の遺体が匂ってくる話まで繰り出した。
 彼は釈迦の慈悲を強調したが、私はもし梵天勧請がなかったら、釈迦だって自分で成仏して終わりだったんじゃないか、と言ってしまった。彼は「それも方便、これも方便」と言う。

 仏教徒にとっての懐疑主義はどういう形態をとるのかという話もした。

 キリスト教において、神の実在に懐疑を抱く「逆啓示」現象があるように、仏教において、「解脱はないとか、輪廻転生はないのではないか」という懐疑主義の伝統はないのだろうか。このことについては前に義妹と話し合い、結局、仏教には超越というものがないから、その主の懐疑論は内在しないという話になったのだが・・・

 先生には、もともと仏教は実存的苦を逃れるための智恵だから、と言われたのだが、それではやはりストア哲学と大して変わらないという気もする。キリスト教がストア哲学を凌駕してしまった理由の一つにはまさに「肉体」の問題があるのだけれど。

 そもそも、生老病死は、本当に苦なんだろうか。生老病死を「苦」とするコンセンサスによって社会のシンボル体系ができていて、それを崩されるのが最高の危機であるから、自殺者はどこでも恐れられ忌避されるのではないだろうか。「特権の放棄」は秩序にとっての罪なのである。

 フランス人は仏陀のことを、我らの父、みたいにコメントしていた。
 キリスト教的なバイアスがかかってないか?

 結論は、釈迦の偉大な教え、智恵を継承して我々も解脱を目指そうという、オーソドックスな話なのだ。
 でも、私は、釈迦の死後2500年とか、イエスの死後2000年とか、そんな何千年も、教えが星の光のように届いている存在が偉大だというよりは、何千年もそういう教えに希望を託して試行錯誤しながら生きてきた多くの人々の集合的な努力の方がすごいと思うし、いとおしくも思う。

 目の前のケースに入った粒が骨であろうと、何であろうと、とにかくそういうものに託する人々の思いの方に興味がある。
 人とつながる人はみんな神の子、という言葉を適用すれば、私もまた神の子である自信はあるんだけど。

 
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by mariastella | 2009-05-16 06:53 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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