L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:宗教( 298 )

リスボンのサンタマリア教会の磔刑像

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髪の毛がひとすじ垂れ落ちているのが印象的でした。
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by mariastella | 2016-10-01 05:21 | 宗教

ファティマで見た珍しい磔刑像

14世紀のものです。外れてるんじゃなくてこういう作り。
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はじめて見ました。
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by mariastella | 2016-09-30 07:01 | 宗教

ファティマの聖母を見た子供たちがしあわせそうではない理由

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聖母の御出現に立ち会った人はカトリーヌ・ラブレーやベルナデットなど幸せそうだったり恍惚としていたりですが、ファティマの子供たちはみんなこういう顔でした。のちに、実は地獄の光景を見せられていたことを一人が告白しています。小さい子供にそんなトラウマになりそうなヴィジョンを見せたり、秘密を守らせたり、あまり教育的でないというか、一体何だったんだろうと思うこともいろいろあるファティマです。2人はすぐに死に、残ったルチアだけが98歳まで生きました。来年が御出現100周年でもう色々記念品が売られていました。
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by mariastella | 2016-09-29 06:15 | 宗教

アルコバサ修道院

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どういうわけかこの人の見ようとしているものが痛いようにわかります。
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by mariastella | 2016-09-28 02:54 | 宗教

戦士の墓のキリスト

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膝から下の欠けたキリストが戦死者を見守ります。
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by mariastella | 2016-09-27 20:58 | 宗教

ファティマに来ています。

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ファティマに来ています。みんな並んでロウソクを火に投げ込むのが壮観。同い歳のファティマ生まれの女性と仲良しになり、いろいろ話を聞いて驚くことばかり。ポルトガルのカトリックって…

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自分の治して欲しいところのかたちのロウを選べます。腸とかもあってリアル。
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by mariastella | 2016-09-26 04:05 | 宗教

「インドの聖女」マザー・テレサ その5

(これは昨日の続きです)

Q. マザーがヒンズー教徒をキリスト教に改宗させようとしたと非難する声もあります。マザーの他宗教との関係はどうだったのですか?

A. マザーは他のすべての宗教に対して非常に敬意を示していました。
捨てられた赤ん坊が死ぬ前に、洗礼を施していたとしても。(死の直前の緊急洗礼は司祭でなくても有効)

マザーがすべての神殿やモスクの前を通るときに深く礼をしている様子からもその敬意がわかり、その姿にショックを受けたシスターもいるほどです。

マザーは、ある種のヒンズー教徒が最下位のカーストに向ける視線を変えることに寄与したと私は思います。

付録: ジャン・ヴァニエの証言

「マザー・テレサは愛の宣教者会に入会したいという複数のヒンズー教徒の女性と出会いました。それで、ヒンズー教徒による修道会を創設しようと計画していました。それはヴァティカンからも許可されました。
結局これは実現しませんでしたが、マザー・テレサのパーソナリティの普遍性をよく表していると思います。」

ということだ。

マザーの人気のことを、「白人の修道女が異教の地インドで貧しい人を救う」という植民地の宗主国イメージの満足だとして非難する人もいるが、
「異文化との接触が戦いや排除ではなく愛と奉仕にも結実し得る」、というメッセージは貴重だ。

「人は人を愛することができる」というメッセージは、その「人」と「人」が異質であればあるほど深さを持つ。
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by mariastella | 2016-09-08 01:30 | 宗教

「インドの聖女」マザー・テレサ その4

(これは昨日の続きです)

Q. マザー・テレサは、ヒンズー教徒にショックを与えませんでしたか? 彼らから不可触賤眠とみなされている人たちのそばでずっと過ごしたのですから。

A. それこそ、多くの人が衝撃を受けたパラドクスです。
マザー・テレサは神の顕現であり、同時に日常的に「不浄な人たち」と生きていたのですから。

「死に行く人の家」の門の上にはI thirst(私は渇く)という言葉とともにイエスの磔刑像が掲げられていました。

それは、十字架に「不名誉な死」を見る一定の人々にとってはいつも何かの間違いのようにとられていました。
もしキリストがそんな死に方をしたのなら、彼は前世で悪人であったに違いないからと思えたからです。

そのスキャンダルに加えて、「死に行く人の家」の場所が、カルカッタのカーリー女神の神殿の巡礼者の受付だったところに作られていた事実があります。
マザーは同じ場所に神殿のブラーマンも死に行く賤民も配したわけです。

神殿では供物の山羊が喉を掻き切られ、隣では断末魔の賤民が死んでいく…それなのにこの不可解さが、マザー・テレサへの崇敬を妨げるということはありませんでした。
みんながマザーという生き神を崇めていました。

確かに、復活の栄光のキリスト像ではなくて十字架に釘打たれて苦しむ不吉この上ない磔刑像を掲げるカトリックは輪廻転生の文化圏にとってショッキングだろう。

マザー・テレサは、路上で死にかけている「賤民」よりも、もっと悲惨な姿の「神」を前面に出してみせた。

マタイ伝の有名な箇所(25, 34-40)を想起させる。

『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。 いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』
そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

マザーにとって、「渇き」死んでいく人たちの世話をするのはキリストの世話をすることだったのだ。

(続く)
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by mariastella | 2016-09-07 00:41 | 宗教

「インドの聖女」マザー・テレサ その3

(これはその2の続きです)

Q. マザー・テレサは最初に愛の宣教者会を作ったカルカッタに特別の人物ですか?

A. マザー・テレサはインドの国民的パーソナリティです。でもカルカッタとは特権的関係があります。
インドにおいてカルカッタは母神の町なのです。
カルカッタにはドゥルガー、カーリーなどの母神の神殿があります。
しかしこの二大母神は慈愛の様相をしていません。

カーリーは人間のエゴとの戦いの象徴です。体を踏みつけ、生首を連ねた首飾りをつけています。
ドゥルガーの方は、権力のシンボルで、槍を構えて虎の上に乗っています。

カルカッタでは母神としてのマザー・テレサは母性愛と結びつけられました。
彼女はインドの母神のイメージにやさしさという新しい面をもたらしたのです。

この点においてはカルカッタが最も影響を受けています。

      ・・・

なるほど、さっそく、wikiで検索。

カーリーは、

インド神話の女神。その名は「黒き者」の意。血と殺戮を好む 戦いの女神。シヴァの妻の一柱であり、カーリー・マー(黒い母)とも呼ばれ、シヴァの神 妃パールヴァティーの憤怒相とされる。

とある。
「黒」「憤怒」「血と殺戮」とは穏やかではない。
白いサリーを来た白人で小柄でニコニコのマザー・テレサは確かにその対極だ。

ドゥルガ―は、

外見は優美で美しいが、実際は恐るべき戦いの女神である。10本あるいは18本の腕にそれぞれ神授の武器を持つ。デーヴァ神族の要請によってアスラ神族と戦った。シヴァ神の神妃・・・ 

とこれも超勇ましい。アマゾネスだ。

一二神将のひとつにさえなっているそうだ。
また「黒闇天」とも同一視される、という。

「黒闇天」も検索。

仏教における天部の一尊。吉祥天の妹。また閻魔王の三后(妃)の1柱ともされる。中夜・闇と不吉・災いをも司る女神で、信じる者には夜間の安らぎや、危険除去などを授ける。

だって。

これはなかなか意味深長だ。

マザー・テレサは「もし私が聖女になるならば暗闇の聖女になるでしょう」と言っていた。

これは普通、「闇の中を照らす光明のような聖女」と考えられているが、マザーが半世紀も試練を受けた「信仰の闇」のことを考えると、マザーはインドの黒闇天のことも知っていたのかなあ、などと想像してしまう。

「白くて優しい慈愛の母神」としてヒンズー教徒から崇敬されたというマザーだけれど、もしほんとうに「白くて優しい慈愛の母神」だけだったならそこまで崇敬されることはなかったかもしれない。

慈愛の母親として弱い者を抱き取ってくれるだけではなく、マザーの抱えていた闇が、「信じる者には夜間の安らぎ」を授けてくれる力となって感じらとられていたのかもしれない。

(続く)
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by mariastella | 2016-09-06 00:33 | 宗教

「インドの聖女」マザー・テレサ その2

(これは昨日の続きです)

朝から、マザー・テレサの列福の実況に続き特別番組が組まれていた。

教皇が説教の中で「マザー・テレサ」と言ったことが、今後も、「聖女テレサ」とか「聖マザー・テレサ」と言わなくても、今まで通り「マザー・テレサ」と呼び続けてもいい、というお墨付きとなった、と解説されていた。

マザー・テレサが聖女になったのは何よりもその「マザー」の側面であってキリスト教の「母の愛」の側面をインド社会が発見したことの意味は重要である、云々。

他の病気は薬で治るが、自分が愛されていない、誰にとっても意味がない、という絶望の病を治すのは、愛しかない。で、マザー・テレサはそれを実践した。

そして「愛」の根源にあるのが「母の愛」というわけだ。

パステルナークの「ドクトルジバゴ」にあるという言葉

「どうして神は(イエス・キリストに)受肉したのか? それは神もおかあさんというものを知りたかったからだ」

も引用されていた。

私は前にも書いたけれど「おかあさん神話」が特定の女性の姿に重ねられてバイアスがかかっていくのを、ちょっと違うんじゃない?と思っているので、微妙に思ったが。

で、昨日の続き。

Q.マザー・テレサは生前も同じようにインド人から崇敬されていたのか?

A.ヒンズー教徒からすでにダルシャン(神の顕現)とみなされていました。インドでは一派にダルシャンはグル(尊師)でした。彼らは神殿に住み、やってきた人々に平和と智慧と愛を伝えます。
マザー・テレサはそのサリーの簡素な姿という外見によってダルシャンに新たな力を付与しました。
日常的に彼女が外を歩くとき、多くの人が彼女の後をついていき、服に触れようとしました。
インド人でもなくヒンズー教徒でもないダルシャンというのは唯一の存在でした。

あまりにも崇敬が浸透したので彼女のインド国籍取得を問題する人はいません。
宗教に関しても、多くのヒンズー教徒にとって、彼女がカトリックだということは重要ではありません。彼らは彼女の中に、ヒンズー教の最高峰に達するための道の一つを見るからです。

(マザー・テレサの国籍については、wikipediaを見ると、

オスマン・トルコ (1910-1912)
セルビア(1912-1915)
ブルガリア (1915-1918)
ユーゴスラビア(1918-1948)
インド (1948-1997)
アルバニア(1991-1997)

となっている。東欧系の人って大変な時代を生きたなあ、とあらためて思う。)

(続く)
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by mariastella | 2016-09-05 00:08 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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