L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:アート( 67 )

こんの げん さんの作品を見て考えたこと その2

これは前回の記事の続きです。

こんの げん さんのfacebookを拝見したら、イントロに「保存修復技術 à 東京芸術大学大学院」と書いてあった。

正確にどんなことをする技術なのかは分からないけれど、今回の展示を見た時に、最初に、どこの遺跡の発掘物の展示だろう、などと思ったことを思い出した。

今回の作品は、火災のダメージを受けたものを「修復」するどころか、自然の力によって加作されたもの、メタフォルモーゼしたものとして提示されている。

作者のクリエイトの上に別のクリエイトが上書きされた。

では、制作における作者の驚くべき緻密な技術を支える「保存修復」技術と、この被災の力を取り入れることはどう両立するのだろう。

こんのさんの経歴を見る前に、引き続き以下のような趣旨のメールをお送りした。

*****
こんのさんの「宇宙は異質な物質が満たされている」という言い方に触発されて、電子の話を想起したのだが、ほんとうは、彫刻作品が現出するにあたっての「有」と「非有」の関係を考えていること。

ウパニシャドで、宇宙の初めは「非有」しかなかった、という時、それは「無」とか「空」のような単純な存在否定の意味ではなく、すべてのものが混有する存在混迷で、何物も他から区別されていない渾沌だということだ。「有」は存在秩序が「名と形」に従って分節された事象のシステムで、すべてのクリエーションは存在形成力ということになる。

これはむしろ井筒俊彦さんの受け売りの考え方なのだが、私にとって、彫刻作品とはすべて何かのマチエールから存在を生む行為だと思っていた。

けれども、今回こんのさんの作品の展示を見た時、そこに働いていたのは、コスモスからカオスに戻す、クリエイトとは逆の「非有」の力だったわけだ。

それが、「有」と「非有」の境界領域を可視化してくれたから魅力的だったのか、あるいは、クリエイトを破壊する「暴力」に抵抗する何かが露出したから魅力的だったのかどちらだろう。

作品が完成するのは鑑賞者と作品の間だ。
でも、これまではその出会いは、作品に凝縮し、周りにも漂っている作者の意図、作者が見ていたものとの出会いのような気がしていた。

ルミネでの展示では、それが損なわれた現場と遭遇したわけで、そのインパクトが、創造よりも破壊から来るのだとしたら、アートとはいったい何なんだろう、と衝撃を受けたわけだ。

****

以上。

こう書いた後で、(多分文化財の)「保存修復」にも精通したこんのさんが、自分の作品を「被災」から修復しなかったばかりか、そこに新しい力を認めたのはなぜだろうと、あらためて考えた。

ルミネの展示会で、ショップの人にお話をうかがった時に、「アトリエの火災があったのは、東日本大震災のすぐ前のことで、その後に震災が起こったので、それどころではなくなった」というような話を聞いた。

あの東日本大震災の津波などの圧倒的な暴力的な映像や、破壊、自然の風景や人間による構築物の姿が一変した様子は、多くのアーティストにとってトラウマになったと思う。

それに加えて、一見自然の風景も町の様子も変わらないのに、放射能という目に見えない毒のために見捨てられて廃墟化していく町を見る不条理。

外的な力が加わる破壊と、見捨てられることによる崩壊の両方を私たちは見せつけられた。

最近、自らも炭鉱で働いたことがあるという柿田清英さんによる軍艦島の写真集を見た。

一瞬核戦争後のどこの廃墟かと思うような荒涼とした風景なのに、たった数十年前に人々が「そこから去った」というだけで、町が、生活の匂いが、荒廃し果てている。

フランスには何百年も前に建てられた教会などがたくさんある。

パリのノートルダム大聖堂は850年以上建っている。
もとは外壁が彩色されていた。今はステンドグラスを除いては中も色の名残がない。
宗教戦争の時、フランス革命の時、何度も外も内も破壊の対象になった。

でも、何度も何度も「保存修復」が重ねられてきた。
しかしそれは、決して、彩色された「元の姿」を再現しようというこだわりではない。

「保存修復」しようとされてきたのは、「建物」ではない。

「建物と人間の関係性」である。

ノートルダム大聖堂は、軍艦島や放射能汚染地域のように「見捨てられた」のではなかった。いつも、セーヌ河のシテ島で人々の真ん中にあり、ゴシック聖堂の誕生を何世代にもわたって祈念してきた人々や石工たちの技術の跡を内包していた。

軍艦島の写真が怖いのは、そこに移っているのが時間や災害による崩壊ではなく、忘却と絶望だからだ。

日本でも、奈良時代平安時代からあるような寺院や神社の古びた感じは、いつも人々と共にあり、霊性を内包した枯れた味わいがあると受け入れられてきた。

最近になってきらびやかな色彩の当時の形に再現されたものもある。
その中には、「建物と人間との関係性」を考慮しないものもある。

こんのさんが火災後の作品を展示しているのは、それが受けたものが忘却や絶望ではなく、火災による傷跡と対面したこんのさんが、自分の作品との新しい関係性を発見し、その創造性をあらたに人々の前に提示したのだろう。
こんのさんが、自分と作品との関係のラディカルな変化を私たちと共有したいという「意志」そのものがクリエイトなのだろうと思うと、納得がいく。

忘却や絶望や負のエネルギーのベクトルなど、所詮、人間の価値判断で決まるものではないと改めて考えさせられた。

いのちとは、関係性の中にだけ宿る。
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by mariastella | 2017-04-21 02:37 | アート

こんの げん さんの作品を見て考えたこと

新宿のルミネ・エストでこんの げんさんの作品が展示されていたのに遭遇した。

すごい迫力の動物の面などで、どこの古い廃墟の彫刻の展示なのだろうと思ったら、現代の作品で、それが2011年に火災にあったものだと聞いて驚いた。

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とても魅力的で強烈だ。

火災以前の状態での展示の写真もあったので、それを見るといろいろと考えさせられた。
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ただの歳月による風化などではなく 一種の不可逆の暴力性というものがここまで、クリエートに跡を残すとは...
置かれていたノートに感想を残そうと思ったのだけれど、どうしても、作家自身がこの衝撃(暴力と創造)をどう受け止めてこれを新たな作品として発表したのかをまず知りたく思った。

たとえば、これにヒントを得て、別の作品をわざと燃やそうというやり方は絶対にしないような気がする。
暴力にさらされた後に残った、というより、それに対抗するように作品の中から噴き上げて来た生命力、外の炎に誘発された中の炎の一回性、というものを感じる。

このことによって、アーティストのそれからの制作に何か変化があったのか、ということにも興味がある。

で、このことをこんのさんに質問してみたら、次のようなお返事をいただいた。
転載してもよいとのことなので紹介する。

>>>問に答える前に、私の仕事上での基本的な考え方を説明させていただきます。
2001年より「同質な異質」というタイトルで活動を続けてきました。ちょっと大きな話になるのですが舞台は宇宙です。
無限の「異質」な物質で満たされていると思われる宇宙は、その構成する組成は100あまりの原子なのだそうです。更につきつめれば粒子に.......というように細かくすればするほど「同質」に近ずくように思われるのです。「異質」なものは「同質」であり「同質」は「異質」を作るというイメージを持つようになりました。
また、「今」という静止した瞬間はなく、存在すべての生成や消滅は生物も無生物も区別なく、「生まれる」や「死ぬ」を含めて、それは始まりでも終わりでもなく、一瞬も同じ形でとどまることのない重層的な変化や循環の過程だと思います。
このようなイメージを作品にしようと思い、誰にでもわかりやすい「たとえ話」の彫刻を作り続ずけているのです。「異質」の存在を表すモチーフは何でもよかったのですが、無限にある対象の中から主に選んだのは人間です。作る自分が人間だからというだけの理由です。「同質同形」の木のユニットを積み上げて接着したものを削り、「異質異形」の人間等を作り出し、普く全体へのたとえにしようと思ったのです。
「同質」から「異質」への生成の場面ばかり制作してきたのですが、なぜか違和感をかんじていました。「でもまあ作ったものよりも作るにあったっての考え方自体が作品なのだから、まあいいか!」と思っていました。
図らずも人為を超えた消滅してゆく作品が手に入ったので活用させていただいたわけです。但しこの作品群は私の作品ではありません。宇宙が作った宇宙の作品です。
自分の作品でないもので個展をやる。なにか後ろめたいような気もしますが、愉快でもあります。
私は作品は作り手の意図よりも見て頂いたときに意味を持つ(完成する)と思っていますので「魅力的」「迫力がある」という評価をいただきとても嬉しいです。
「この衝撃(暴力と創造)をどう受け止めてこれを新たな作品として発表したか」についてはすでに答えさせていただいてしっまたようにも思いますが、私の制作態度は、「宇宙の神秘」とか「驚異」というような感性に根差すものではなく、エネルギー保存の法則的なイメージに根差すものです。ですからきわめて淡々と受け止めて,また発表もさせて頂いております。
人間の側から事象を見るのではなく宇宙の側から事象を見るということなのでしょうか、
これからも基本的なことに変化はありません。工夫をしながら制作を続けていこうと思います。<<<

以上がこんのさんからのご丁寧なお返事だ。

以下に、それについての私の感想(こんのさんへの返事をまとめたもの)を入れておく。

***

同質同型の木のユニットから、というのは見ていたので、なんとなく理解できる。

前に山田廣成さんという方の「量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味」という本を読んだ時のことを思い出した。

彼は「電子」にまで遡り、電子には自由意志があること、
そして意志とは「個体を統合する力を有する実体である」と定義する。
そして意志とは「他者から己を区別する力を有する実体」でもあり、
「他者と対話し干渉を起こす実体である」でもある。干渉を起こさなければ意志を有する意味はない。
個体同士は干渉し、認識しあい、自分を置くべき位相空間を決定する、
意志の振る舞いは確率統計原理にふるまう、確率現象は個体に意志と個性があるから発生する。
同じ電子は一つもなく、少なくともエネルギーが異なり、異なる位相空間に存在している。それが電子が意志を持つことと同義だ。人間だけではなくいかなる個体も何らかの意志決定をして存続している。個体にも意志にも階層性があり、位相空間での位置を決めるのは決定するプロセスの複雑さである。

こう考えると、こんのさんの「同質が異質を作る」というのはやはり偶然ではなく、関係性と意志の問題であり、最初の作品に働いたこんのさんの意志の上に、火災という熱と酸化作用が働き、すべての関係性が変化した、位相が変わった、のだと思える。

その変化が可視化されたところが、火災後の作品のインパクトを作っているのではないだろうか。
つまり、火災前の形の上に加えられた暴力によって、こんのさんの追求してきた「同質と異質」の関係が可視化したということだ。

人間の創造行為にとってほんとうに刺激的な問題だと思う。(続く)
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by mariastella | 2017-04-16 04:41 | アート

雪村(せっそん)展について

先日、藝大美術館でやっている雪村展に招待していただいた。

非常に興味深い。

近頃流行りの「奇想の」という形容がなされているのだが、肝はそれではない。

動物の動作や表情に個性があるとか、木の枝ぶりにも表情があるとか、岩の輪郭が独特だとかいう指摘の方が注目のしどころであり、思わず、ディテールに目を凝らして感嘆するというのはその通りだ。

これも先日、太田記念美術館に「浮世絵動物園」展を観に行ったのだが、人間の体形や仕草に動物の顔が配されているものが多いし、あるいは魚に役者の顔をつけた人面魚みたいなのがあるが、雪村の鳥や魚のように、一つ一つの個体が個性的なものは見当たらなかった。

雪村画を構成する各部分は実に生き生きしている。
けれど、雪村の特徴は、実は、全体を別の視点から見ると、別の絵が見えてくるというところだ。
だまし絵とか隠し絵とかいうものを見るつもりで見ると、龍だとか、雌伏する虎だとか、冬の枯れ木に座る老白猿だとかが見えてくる。その図も流れがあって生き生きしている。

これは私のこじつけではなく、風景の中の「見立て」というのは造園において顕著なように日本の伝統的なもので、禅文化に普通に見られるものだ。

雪村の風景画や花鳥画を画像検索して試して見てもわかると思う。

雪村は瀟湘八景など、中国の画の模写もしているのだが、雪村らしさは、その中に別の有機的な画像が現れてくるのですぐわかる。逆に、雪村の画が他の画家に模写された作品は、ディテールは書き込まれているのだが、見立てのダイナミズムは全く看過されている。だから画面が息づいていない。

雪村の画を 忠実に模写しようとしたら、有機的な二重構造に流れる勢いをキャッチしなくてはならないのだ。

このことは誰からも言及されていないのだけれど、私の目には明らかすぎるほどの発見だった。
何よりも雪村自身が画論の説門弟資云でこう言っている。

画は仙術である、と。

古人の図画を参照しても 自己の筆意とは関係がない、

形は万象に倣い、
筆跡の省略は師に習い、
筆力は自己の心意に止める。

すなわち、ディテールでは筆跡が見えるが、筆力は 心意、筆意から生まれるもので、細部の筆跡に宿るものではないということだ。
岩も、枝も、落雁の群も、合わさって別の大きな生きた形象を生み出している。まさに仙術だ。

六義園に行ったときも、池の中に「臥竜石」などがあったので、雪村のことを思い出した。

木々の枝ぶりも有機的で、いろいろな見立てを隠している。
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アフォーダンス理論のことも考える。
知覚の九割以上は脳が再構成したイリュージョンだという説も想起される。

植物は自力で移動しない生き方を選択した生命体で、コミュニケーションもとれば 苦しんだり喜んだりもする。そういうことを自然にキャッチする人もいる。

雪村の二重構造は筆跡からは見えてこないから、その気配だけをマニエリズムのように感じ取る人がいる。
筆意がわからないままで、細部の筆跡にだけ感心したり、奇想を愛でたりすることになる。

瀟湘八景を凝縮した作品についてフランドル絵画が引き合いに出されての解説があったが、フランドル絵画にも隠し絵があるので興味深い指摘だと思った。
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by mariastella | 2017-04-09 00:05 | アート

アートと知識の関係 -- 放送大学から

雑誌はビッグイシュー TVは放送大学ということで、先日観た番組が「西洋芸術の歴史と理論」第一回で、芸術とは何か、見方・味わい方 by 青山昌文、というものだ。

芸術作品は最近、先入観なしに、感性に合うかどうかで見ればいい、自分の好みに正直に、などと言われているが、それは間違いで、その歴史的社会的文脈の知識がなければ本質には迫れない、
知的に理解することでしかアクセスできない美というものがある、そしてそれは素晴らしい体験だというようなイントロだった。

すごく嬉しかった。

そのことは、私たちのトリオがラモーを弾くたびに感じていることだからだ。
何年も研究し、試行錯誤を繰り返し、バレエのステップや踊りの種類も考え、考え尽くしても、まだ先があって そこには慄えるくらいの美しさと別世界が開けるのだ。

誰かから単純に、バッハはユニヴァーサルだがラモーはフランスを超えなかった、などと言われると、私たちはどう説明していいかわからない。

また、バロック・オーケストラを手軽に3台のギターに編曲しているのだと思われる時もある。
実は、本当にこれをラモーに聴いてもらって、私たちとラモーと4人で天国に行きたいと思えるほどの知的な必然で弾いているのだ。

私は、楽器としては擦弦楽器の方が弾き手としては好きで 、他のメンバーも、チェンバロ 、オルガン、テオルブ、バロックギターなども弾く。

でも、ミオンやラモーのある種の曲を弾く時、私たちの楽器の選択ほど美を引き出せる組み合わせはない。その良さを最大限に分かち合いたいのだけれど、解説には限界がある。

歌舞伎や美術館の音声ガイドみたいなものは解説、見どころなどによって鑑賞を豊かにしてくれるのがよく分かる。でも音楽の演奏に同時に音声ガイドは入れられないし…

などと共感できた番組だった。
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by mariastella | 2017-04-03 00:55 | アート

大野初子さんの人形

白沙村荘の橋本関雪記念館ではじめて見た大野初子さんの人形。
これは未完の遺作。
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すごく絵画的な造形なのだと驚いた。

お婆さんと孫。
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これは「女形」。なんだか本物よりリアル。
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by mariastella | 2017-03-29 00:41 | アート

橋本関雪のキリスト

先日の河鍋暁斎のキリストに続いて、橋本関雪のキリストとユダ。

なにかオリジナルがあっての模写なのかどうか分からないけれど、これはまったく違和感がない。

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どちらにしても、暁斎といい関雪といい、明治時代以降にキリスト教美術の倒錯的?なテーマ(教祖?が裏切られたり処刑されたりする)に遭遇した日本の画家たちの驚きが想像できて興味深い。
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by mariastella | 2017-03-28 00:24 | アート

河鍋暁斎のキリスト

これは 今回 はじめて実物を見た河鍋暁斎のキリストの絵の部分。

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『五聖奏楽図』と言って、十字架の下で仏陀やら孔子やらが楽器を弾いていて、キリストも十字架に釘打たれた手で錫杖みたいなものと扇を持っている。

全ての聖人は衆生済度のハーモニーを奏でるような意図で、キリスト教の禁令が解かれた時の、まあ好意的な理解だと思うが、突っ込みどころはたくさんある。暁斎のような天才にして、異国の宗教文化の図像的理解は簡単でなかったのだろうなあ。

キリストが苦しんでいないで、なにか憮然としているのが何というか、外れまくっている。

暁斎のような天才が本気で磔刑図を描いてたらさぞや迫力があっただろうなあと思うから、見てみたかった。
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by mariastella | 2017-03-24 00:19 | アート

こうの史代さんと河鍋暁斎

これは前の記事の続きです。

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それは、今回日本に来てから真っ先に観に行った河鍋暁斎展で見た暁斎絵日記だ。巻紙に、毎日40センチくらいの長さに、1日の出来事のいくつかの場面をレイアウトして描いている。

絵日記というのはこういうものなんだとはじめて納得した。 昔小学校の課題の絵日記なんて、挿絵付きの日記だった。「絵」で全てを語らずにはいられない人っているんだなあ。

時代も立場も全く違うけれど、暁斎の絵日記を見てすぐに連想したのが日記仕立ての『この世界の片隅に』だったのだ。

暁斎の画集は、以前太田記念美術館で見つけて買い、すごく気に入っていた。実物を見るのは今回がはじめてだ。
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by mariastella | 2017-03-23 00:54 | アート

コンテンポラリー・アートのナルシシズム

最近夢中になって読んでいる本。

Du narcissisme de l'art comtemporain Alain Troyas et Valérie Arnault (ed. l'Echapée)

『コンテンポラリー・アートのナルシシズム』です。

すばらしい。

パリやベルサイユに突如として現れる度肝を抜かれるさまざまなインスタレーションを含むコンテンポラリー・アートについて、いろいろ考えていたのだけれど言葉にならなかったものが的確に言葉になっている。

政治と経済とアートの関係の歴史もよくわかる。

政治と経済(これは誰がなんのためにアーティストに制作の場や費用や発表の場を与えるのか、ホワイト・キューブを提供しているのは誰か、という話で最も重要となる)とが激しく動いていく中で、調和の心地よさや超越的な美を感じる人間の感性は古来変わらない。そのずれや乖離はどう生きられているのか、何が求められるのか、などの問題だ。もちろん復古主義などではない。

この本は、環境破壊が悪い、グローバルな世界が悪いから、昔(戦前、江戸時代、中世…)に戻れと言うような反動の言辞が普通に聞かれるようになっている今現在においての考えるヒントになる貴重な視点を提供してくれる。

美術系評論の中で今までこのように目を開かせてくれたのは若林直樹さんの『退屈な美術史をやめるための長い長い人類の歴史』(河出書房新社)以来だ。

これをもとにゆっくり考えて行って、少しずつ書いていきたい。
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by mariastella | 2017-03-21 00:02 | アート

ヴァン・ゴッホの耳と宗教

先週の土曜日、Arteでゴッホの耳切り事件の秘密解明のようなドキュメンタリー番組を見た。

耳を剃刀で切り落とした事件は、実は切ったのは耳たぶだけだったというのが通説だったのだが、実際に治療した医師のデッサンが出てきて、ほぼ完全にそがれていたことが証明されたという話だ。

ゴッホが耳切り事件の後でアルルの住民80人の署名で危険人物だとされて精神病院に監禁されたが、実は30名で、ゴッホが入院して二日目にもう彼の家を別の人に賃貸契約してしまったのを、ゴッホも契約中だから抗議したので困った家主がバーに集まった人などに署名を頼んだものだったという話もある。事実は、癲癇の発作はあったものの、何ら「危険人物」ではなかったという。

それら20世紀を通じて語り継がれてきたいろいろなことが、アルルに30 年住むイギリス人女性が7年かけて調べ上げて真実に迫ったというドキュメンタリーなのだけれど、私の驚いたのは別のことだった。

私も、私の世代の日本人にはよくあると思うけれど、ごく子供のころからゴッホの絵と耳切り事件などの話に親しんできた。「ゴッホの手紙」も読んだし、ある意味「伝説の人」の一人だった。
私が小学六年生の時に読んだ画集と伝記は今でも手元にある。
ゴッホの過激さと悲劇と、孤独、貧困、そして迫力のある絵柄には強烈な印象を受けたのを覚えている。

で、改めて確認すると、確かに、正気を失って耳を切った、血まみれの耳をもって娼館に行き、娼婦に渡して気絶された、などとある。

でもこの番組で初めて知ったのは、27歳でハーグで知り合ったシーンという娼婦をモデルにしたという話の真相と、パリを発ってアルルに発った動機だった。

シーンは、子供を抱えて妊娠中の路上生活者でゴッホが連れて帰って1年半同棲し、生まれた子も入れて二人の子供もいっしょに、シーンに守られているという安心感で落ち着いた生活を送ったというのだ。

もうひとつ、パリよりも南フランスに行きたいと思っていたのは事実だったろうが、突然それが排他的な地方都市アルルに特定されたのにはわけがあるらしい。
出発のひと月前に、アルルで狂犬病に罹った犬に腕をかまれて一昼夜かけてアルルからパリのパスツール研究所に連れてこられた16歳の少女がいた。ラッシェルというこの少女はパスツール自らの治療を受けて一命をとりとめたが、かなりの傷跡が残ったという。
ゴッホはこの少女とパリで遭遇した。で、彼女にインスパイアされたか、彼女を追う形でアルルに行ったらしい。

当時のアルルでは、21歳の成年に達していれば売春は公認の職業だったが、16歳のラッシェルは娼家で下働きをしていた。
ゴッホは二週間に一度はこの娼家に客として通っていたが、その度にラッシェルにも会っていたのだろう。切り落とした耳をもってラッシェルを呼んでくれと頼み、「これをぼくの記念に」と渡して気絶されているが、単に正気を失って理解不可能の行動をしたというより、ラッシェルに特別な思いがあったという方が納得できる。

そう思ってみていくと、ゴッホがプロテスタントの牧師の息子で、自分も牧師になりたくて神学も学び、労働者の運動も支援し、画家になってもオランダでは不幸な人、貧しい人、虐げられる人のようないわば「社会派」の暗い絵ばかり描いていたことも、シーンへの寄り添いも、ラッシェルヘの思いも、いや、ゴーギャンを呼びよせたように、画家の共同体を作ってみんなの収入を分け合う「共産主義」を夢見たのも、すべてひとつながりのことであったように思う。

アルルで住んだ場所が、1840年代にできた鉄道で働く労働者の住む界隈でプロテスタントが多かったということも分かっている。
1952年に80歳で死んだというラッシェルの曽孫はまだアルル近くに住んでいるらしいが、ひよっとして彼女の家庭もプロテスタントだったのかもしれない。

狂犬に咬まれて死の危険があったのだから、病院付きのカトリック司祭が終油の秘跡のためにやってきて、彼女がプロテスタントだということでプロテスタント教会になんらかの問い合わせがあったのかもしれない。ゴッホはカルヴィニストだから、少女もひょっとしてカルヴァン派で、そのつながりでラッシェルと知り合ったということもあり得る。これは全くの想像に過ぎないけれど。

このドキュメンタリーではそういう面は注目されていないけれど、今思うと、たった37歳で自殺したこの画家の不幸や悲しみへの共感や「共同体」への熱い理想と信仰の関係が分かってきて痛ましい。
ゴーギャンがいさかいの後で出て行った時の怒りや絶望の深さもその理想の高さ故だったかもしれない。

ゴッホの画集をつくづくと眺め返しながら、いろいろなことを思う。
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by mariastella | 2017-01-16 08:42 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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