L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:アート( 72 )

河鍋暁斎のキリスト

これは 今回 はじめて実物を見た河鍋暁斎のキリストの絵の部分。

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『五聖奏楽図』と言って、十字架の下で仏陀やら孔子やらが楽器を弾いていて、キリストも十字架に釘打たれた手で錫杖みたいなものと扇を持っている。

全ての聖人は衆生済度のハーモニーを奏でるような意図で、キリスト教の禁令が解かれた時の、まあ好意的な理解だと思うが、突っ込みどころはたくさんある。暁斎のような天才にして、異国の宗教文化の図像的理解は簡単でなかったのだろうなあ。

キリストが苦しんでいないで、なにか憮然としているのが何というか、外れまくっている。

暁斎のような天才が本気で磔刑図を描いてたらさぞや迫力があっただろうなあと思うから、見てみたかった。
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by mariastella | 2017-03-24 00:19 | アート

こうの史代さんと河鍋暁斎

これは前の記事の続きです。

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それは、今回日本に来てから真っ先に観に行った河鍋暁斎展で見た暁斎絵日記だ。巻紙に、毎日40センチくらいの長さに、1日の出来事のいくつかの場面をレイアウトして描いている。

絵日記というのはこういうものなんだとはじめて納得した。 昔小学校の課題の絵日記なんて、挿絵付きの日記だった。「絵」で全てを語らずにはいられない人っているんだなあ。

時代も立場も全く違うけれど、暁斎の絵日記を見てすぐに連想したのが日記仕立ての『この世界の片隅に』だったのだ。

暁斎の画集は、以前太田記念美術館で見つけて買い、すごく気に入っていた。実物を見るのは今回がはじめてだ。
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by mariastella | 2017-03-23 00:54 | アート

コンテンポラリー・アートのナルシシズム

最近夢中になって読んでいる本。

Du narcissisme de l'art comtemporain Alain Troyas et Valérie Arnault (ed. l'Echapée)

『コンテンポラリー・アートのナルシシズム』です。

すばらしい。

パリやベルサイユに突如として現れる度肝を抜かれるさまざまなインスタレーションを含むコンテンポラリー・アートについて、いろいろ考えていたのだけれど言葉にならなかったものが的確に言葉になっている。

政治と経済とアートの関係の歴史もよくわかる。

政治と経済(これは誰がなんのためにアーティストに制作の場や費用や発表の場を与えるのか、ホワイト・キューブを提供しているのは誰か、という話で最も重要となる)とが激しく動いていく中で、調和の心地よさや超越的な美を感じる人間の感性は古来変わらない。そのずれや乖離はどう生きられているのか、何が求められるのか、などの問題だ。もちろん復古主義などではない。

この本は、環境破壊が悪い、グローバルな世界が悪いから、昔(戦前、江戸時代、中世…)に戻れと言うような反動の言辞が普通に聞かれるようになっている今現在においての考えるヒントになる貴重な視点を提供してくれる。

美術系評論の中で今までこのように目を開かせてくれたのは若林直樹さんの『退屈な美術史をやめるための長い長い人類の歴史』(河出書房新社)以来だ。

これをもとにゆっくり考えて行って、少しずつ書いていきたい。
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by mariastella | 2017-03-21 00:02 | アート

ヴァン・ゴッホの耳と宗教

先週の土曜日、Arteでゴッホの耳切り事件の秘密解明のようなドキュメンタリー番組を見た。

耳を剃刀で切り落とした事件は、実は切ったのは耳たぶだけだったというのが通説だったのだが、実際に治療した医師のデッサンが出てきて、ほぼ完全にそがれていたことが証明されたという話だ。

ゴッホが耳切り事件の後でアルルの住民80人の署名で危険人物だとされて精神病院に監禁されたが、実は30名で、ゴッホが入院して二日目にもう彼の家を別の人に賃貸契約してしまったのを、ゴッホも契約中だから抗議したので困った家主がバーに集まった人などに署名を頼んだものだったという話もある。事実は、癲癇の発作はあったものの、何ら「危険人物」ではなかったという。

それら20世紀を通じて語り継がれてきたいろいろなことが、アルルに30 年住むイギリス人女性が7年かけて調べ上げて真実に迫ったというドキュメンタリーなのだけれど、私の驚いたのは別のことだった。

私も、私の世代の日本人にはよくあると思うけれど、ごく子供のころからゴッホの絵と耳切り事件などの話に親しんできた。「ゴッホの手紙」も読んだし、ある意味「伝説の人」の一人だった。
私が小学六年生の時に読んだ画集と伝記は今でも手元にある。
ゴッホの過激さと悲劇と、孤独、貧困、そして迫力のある絵柄には強烈な印象を受けたのを覚えている。

で、改めて確認すると、確かに、正気を失って耳を切った、血まみれの耳をもって娼館に行き、娼婦に渡して気絶された、などとある。

でもこの番組で初めて知ったのは、27歳でハーグで知り合ったシーンという娼婦をモデルにしたという話の真相と、パリを発ってアルルに発った動機だった。

シーンは、子供を抱えて妊娠中の路上生活者でゴッホが連れて帰って1年半同棲し、生まれた子も入れて二人の子供もいっしょに、シーンに守られているという安心感で落ち着いた生活を送ったというのだ。

もうひとつ、パリよりも南フランスに行きたいと思っていたのは事実だったろうが、突然それが排他的な地方都市アルルに特定されたのにはわけがあるらしい。
出発のひと月前に、アルルで狂犬病に罹った犬に腕をかまれて一昼夜かけてアルルからパリのパスツール研究所に連れてこられた16歳の少女がいた。ラッシェルというこの少女はパスツール自らの治療を受けて一命をとりとめたが、かなりの傷跡が残ったという。
ゴッホはこの少女とパリで遭遇した。で、彼女にインスパイアされたか、彼女を追う形でアルルに行ったらしい。

当時のアルルでは、21歳の成年に達していれば売春は公認の職業だったが、16歳のラッシェルは娼家で下働きをしていた。
ゴッホは二週間に一度はこの娼家に客として通っていたが、その度にラッシェルにも会っていたのだろう。切り落とした耳をもってラッシェルを呼んでくれと頼み、「これをぼくの記念に」と渡して気絶されているが、単に正気を失って理解不可能の行動をしたというより、ラッシェルに特別な思いがあったという方が納得できる。

そう思ってみていくと、ゴッホがプロテスタントの牧師の息子で、自分も牧師になりたくて神学も学び、労働者の運動も支援し、画家になってもオランダでは不幸な人、貧しい人、虐げられる人のようないわば「社会派」の暗い絵ばかり描いていたことも、シーンへの寄り添いも、ラッシェルヘの思いも、いや、ゴーギャンを呼びよせたように、画家の共同体を作ってみんなの収入を分け合う「共産主義」を夢見たのも、すべてひとつながりのことであったように思う。

アルルで住んだ場所が、1840年代にできた鉄道で働く労働者の住む界隈でプロテスタントが多かったということも分かっている。
1952年に80歳で死んだというラッシェルの曽孫はまだアルル近くに住んでいるらしいが、ひよっとして彼女の家庭もプロテスタントだったのかもしれない。

狂犬に咬まれて死の危険があったのだから、病院付きのカトリック司祭が終油の秘跡のためにやってきて、彼女がプロテスタントだということでプロテスタント教会になんらかの問い合わせがあったのかもしれない。ゴッホはカルヴィニストだから、少女もひょっとしてカルヴァン派で、そのつながりでラッシェルと知り合ったということもあり得る。これは全くの想像に過ぎないけれど。

このドキュメンタリーではそういう面は注目されていないけれど、今思うと、たった37歳で自殺したこの画家の不幸や悲しみへの共感や「共同体」への熱い理想と信仰の関係が分かってきて痛ましい。
ゴーギャンがいさかいの後で出て行った時の怒りや絶望の深さもその理想の高さ故だったかもしれない。

ゴッホの画集をつくづくと眺め返しながら、いろいろなことを思う。
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by mariastella | 2017-01-16 08:42 | アート

羊飼いの礼拝

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数年前、ドレスデンのクリスマスマーケットで買ったクリスマスの馬小屋。羊飼いたちが幼子イエスのもとに来ます。名もない庶民の代表です。
羊飼いの礼拝と言えばこの絵を思い出します。

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こんなふうに手を伸ばすのはどう見ても3ヵ月以降の赤ちゃんなので、生まれたてとは言えませんが、こんなに子羊との距離が近くて、後ろから羊飼いがリスクを回避するために羊を抑えている仕草が、赤ちゃんが触ろうとする猫を抑えるのと似ていて微笑ましいなぁといつも思ってしまいます。
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by mariastella | 2016-12-24 00:13 | アート

ルオーの画と能面

出光美術館に「大仙厓展」に行った時、久しぶりにルオーのイエス像などを見て、あらためて、彼の正面向きの人物像の表情は能面と同じだなあと思った。

日本で 金子賢之介神父の『風、いつも吹く日々』のカバー絵のイエスや私の訳書『自由人イエス』のカバー絵のイエスの顔が右半分と左半分では表情が違うというのが、直接能面からインスパイアされたものか、ルオーからインスパイアされたものか、あるいはルオーの発想がどこから来たのかなど私にはよくわからない。

能のシテは怒ったり迷ったり、絶望したり、成仏出来ていない状態で橋掛りを渡って舞台に出る時、顔の右半分の苦悩や煩悩を見せる。

でも旅の僧などによって慰霊してもらえると、最後は左半分の安らぎの顔を見せて退場する。
この世とあの世の境界領域はいつも両義的だ。

ルオーのこのピエロの顔なんて明らかで 、ピエロそのものの両義的な存在様式が分かる。

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受難のイエスとなると、さらに人間と神の狭間にいるわけだから、能面的な諦念が顔の右側にあって、左に永遠の命の安らぎがあってもいいのに、左はむしろ固い決意、覚悟、希望を思わせるものがある。

ただしルオーの宗教画には、その左右の描き方が逆になっているものもあるから、 能面と橋掛りの関係は把握していなかったのかなとも思う。

出光さんはルオーの画の太い黒い輪郭線が禅画の墨絵と似ているという 認識があったそうだが、そこに能面の影響関係はあるのだろうか。

仙厓の世界とは対極にあるように思える。
もっと調べてみよう。とりあえず覚書。
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by mariastella | 2016-10-25 00:41 | アート

黒田清輝展

国立博物館で開催中の黒田清輝展の鑑賞券をいただいたので先日ゴールデンウィークの上野公園に出かけた。

動物園を目指す親子連れがいっぱいで、そのいかにも行楽という賑わいは、やはり日本は、地震はともかくテロのリスクは低いし実感もされていない平和な国なんだなあと思う。

黒田清輝は日本の洋画の父という教科書的なイメージしかなかったけれど、今回いろいろな事情を知って、日本とフランスの関係について多くの示唆を得た。

私はもうずっと前に上田市に住む彫刻家の友人経由の依頼で、山本鼎のパリ時代について調べたことがある。版画職人から1901年に東京美術学校に入り、1912年から16年までパリに滞在した。リアリズムを経て、自由画運動を提唱、晩年になって「絵が下手」状態になっていく過程は興味深いものだった。

それとは別に、明治の挿絵画家(漱石の挿絵などでも有名)である岡本月村の子孫の方から、彼が南画の習得法である徹底的な形態模写によって驚異的な速さの正確なデッサン力を獲得していったのがわかる貴重な資料をいただいたことがある。
月村は、日本画の後、浅井忠に洋画を学び、新聞社で働き、日露戦争の従軍画家となった。パリ万博の詳細なデッサンもある。この人についても、上村松園の弟子であったその娘さんの証言も含めて調べたことがあり、デッサン力というものの日本画と洋画の違いを考えたことがある。

で、黒田清輝(1866生)は、この二人に先行する。月村は10年後の76年生まれ、山本鼎は82年生まれだ。また黒田は月村の前、フランスの新聞の特派員として日清戦争の従軍画家となっているのだ。この対比が非常におもしろい。

黒田清輝の特色は、

もともと法学を学ぶために留学した貴族の嗣子で、「お国のため」という意識と責任感はずっとあったこと(そのために、画家としてのキャリアを犠牲にしても日本の洋画教育の基礎を造った)、

だからいわゆる苦学生ではなかったが、自分の進路変更を含めて、実家の養父母に多くの手紙を残していること、だから公文書とともに私文書もたくさん残していること、

洋画を志した日本人がフランスに憧れたというのではなく、フランスで本当の意味で西洋画に出会い、日本人画家としてフランスでも名を成さなければ意味がないという意識があったこと、

法学の勉強が目的なのでフランス滞在最初の頃に徹底的にフランス語を学んだこと、

などいろいろある。

特に、最初にフランス語とラテン語を徹底的に学んだことの意味は大きい。
その後16区にある名門のリセにも行っている。

今も昔も、何年、何十年とフランスに滞在してもフランス語を使いこなせない「芸術家」は少なくない。

しかし、文化とは、特にフランス文化とは、フランス語を抜きにしては考えられない。18歳から27歳、9年余のフランス生活の中で、彼はフランス語を日常的に「読んだ」。
フランス文学も愛読した。フランスのエリートとしての教養があった。

彼の作品にはラテン語で年代表記したものがあり、自分の名もヘボン式ではなくフランス人にきっちり発音してもらえるように 「Seyki Kouroda」などと書いたりという工夫の跡がある。

彼の過ごしたパリやフォンテーヌブローの南の川やブルターニュが私のよく知っている場所だということも親近感を覚える。

フランスに滞在する時、「フランス語が自由に読める」ということの意味は本当に大きい。
いわゆる日常生活に不便がないとか、フランス人の友人と不便なくしゃべれるといったこととは別の次元の「文化」は、しかるべきものを「読む」(訳すのではない)ことによってのみ養われる。
それがある人とない人とには国籍を問わない断絶があるし、「読める」人には国籍どころか時代も超えて共有するものがある。

その意味で、黒田清輝は、他の「画学生」と一線を画しているし、フランスにおける芸術家としての「戦略」も全く違う。

しかし、同時に、彼が日本に伝えようとした「西洋画」のアカデミズムがなかなか理解してもらえなかったように、「言語」を介さない美術、絵画においてさえ東西の文化がこれほど隔絶しているという現実を見ると、言語を使う文学や哲学を翻訳という手続きを経て理解したり受容したりすることの難しさを考えずにはおられない。

黒田清輝の女性の好みもおもしろい。フランスでの恋人マリア・ビヨーのタイプは、のちの夫人の照子さんと似ている。
照子さんも、『智・感・情』のモデルになった女性も、雰囲気が似ていて、しかも、いわゆるハーフの女性にみられるタイプの一つだ。マリアは日本風で、照子夫人はハーフ風だ。

面白いのは展覧会の図録の解説の中で、日本人女性の理想のプロポーションを提示した『智・感・情』の絵について、宮沢りえさんの写真集『サンタフェ』を見てついに理想のプロポーションそのままの女性が日本で生まれた、とあったのだけれど、彼女もハーフであり、マリアや輝子さん型の雰囲気のハーフ女性だということだ。

『智・感・情』の感については、Impression、智がideal、情がrealだと黒田清輝は言っていたそうだけれど、多分フランス語で考えていたという気がするので、それならば、インプット、理想、そして現実、というイメージかもしれない。そう考えるとこの絵がなんとなくわかる気がする。

黒田は最初にフランスに渡ってから40年ほど後で亡くなっている。

異文化との出会いから40年、自国も異国も変化するという長いスパンを私自身も振り返ることで見えてくるものが多いのでいろいろなことを考えさせられた。

日本でバロック音楽を始めてからフランスに渡ったというのではなくフランスでフランス・バロックに出会って根を降ろしたという自分のたどった道が日本の音楽家と違うことでも、黒田の気持ちに共通するものがある。
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by mariastella | 2016-05-03 21:21 | アート

宮川香山展

「日本陶器王」と呼ばれた「宮川香山」展をサントリー美術館に観に行った。

横浜の外国人居留地に住んで外国人の嗜好を探るなど輸出のために戦略的であったわりに強烈な個性で、独創的な高浮彫作品を残した。

外国人は金を多量に使う薩摩焼を好んだが、それでは高額になり、金が国外に流出するので、立体的な造形で造形の妙を極めたというのだ。

しかも、確かに、金箔、象嵌、螺鈿など光物が少ないかないせいか、キッチュすれすれなのに品がある。

枯れ葉や枯れ木、朽ち花も好んで取り上げるので倒錯した侘び寂びの味わいさえもあるのだ。

絵柄には季節ばかりでなくストーリーもある。

西洋風の神話や宗教モチーフを使わない代わりに、「あの世」が百鬼夜行の姿で現れるのも興味深い。日本の「神々」をテーマにしないのも、キリスト教国での受容を考慮したかららしい。

動植物の生態までリアルにかつ過剰なまでに埋め込んだ作品の展示を見ているとまさに、Cabinet de curiosités (キャビネ・ ド・キュリオジテ)に迷い込んだような印象だ。

キャビネ・ ド・キュリオジテは、ヨーロッパの貴族や学者、文人が15世紀以来の大航海で「異国」で収集したものを集めた博物趣味の珍品陳列室で玉石混交の宝箱だった。動植物の標本や剥製も中心にある。

いわゆる「近代」にそれはすたれたが、宮川香山が提供した壺や花瓶は、彼らの博物展示趣味をどこか刺激した面もあるのではないだろうか。

欧米で人気を博していた中国陶磁器に対抗して出発したとはいえ高浮彫作品は、もう「陶磁器」という範疇を超えている。

巨大な作品が精緻なモチーフで埋め尽くされているのは圧巻で、香山は天才というより巨人のようだ。

有名な「猫」は耳の中の血管まで浮き出ているし、ハチの巣の中でうごめく幼虫なんていうものまである。単眼鏡を持参して見つめる人もいた。

香山の最大のコレクターで研究者という田邉哲人という人も驚きの人物だ。国際警備会社を経営し、スポーツチャンバラの創始者だそうだ。

絵や書や陶芸作家でもあるようで、こんな桁外れの人がやはり桁外れの香山と出会ったことに感謝したい。
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by mariastella | 2016-04-16 01:36 | アート

ヘンリー・オサワ・タナーのイエスとニコデーモス

この前の続きだが、ある「効果」を実現するために工芸的で抽象的な構成をしていくタイプの画家と正反対に、写実的な絵が、単純化していって、その上で、別の世界に突き抜けるというようなタイプのものがある。

絵が信仰告白だと明言していたヘンリー・オサワ・タナー(はじめて有名になったアフロ・アメリカンの画家で、20世紀になってから人種差別を嫌ってフランスに住み、フランスで埋葬されている)の『イエスに会いに来たニコデーモス(ニコデモ、ヨハネ3章)』のいくつかの絵(同じ年に描かれた)を見ていてそう思う。

これが写実的なやつ。


 これが抽象化する過程

これが宗教画に昇華したもの


疑いも持っていたニコデーモスがイエスにあって何を体験したかがよく分かる。

この人の写実的な画で、イエスに読み方を教えるマリアというのがある。

大工仕事を教える父ヨセフを補完するように「読み書き」を教えるのは母マリア(マリアも母のアンナから読み書きを習った)担当だったのだけれど、これは写実的でディティールがすごくいい。

文化や伝統としての宗教画(教会や修道院や貴族から注文された)もあればそれに自分の美意識を託した画家もいる。
近代以降には、本気で信仰を画で表現した人たちがいて、それがアフロ・アメリカンでもあり得たということは不思議ではないのに、何となくアメリカの黒人の信仰表現というと黒人霊歌のイメージがあるので、オサワ・タナーの絵を見ているとあらためてアートの普遍性を感じさせられる。
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by mariastella | 2016-04-15 18:37 | アート

彫空の本

1月始めに大阪で吉井秀文さんにお会いした。

「彫空の本」をいただいた。

透明ケースに洗剤と水が入っていて振ると泡でいっぱいになる。

吉井さんはその中から面白いかたちを取り出してデッサンしたり立体にしたりしている。

その意外さを去年パリで見せていただいた。

どうしてこのような特別のご厚意にあずかれるのかと不思議に思っていたのだけれど、彼がパリ滞在中の作品について過去に私が書いたコメントを気に入ってくれて、何度も読み返してはこれでパリに行った意味があった、と思ってくれたそうなのだ。

ものを書く人間として、アーティストにそのように喜んでもらえたのは光栄で嬉しい。

書斎の本棚において、取り出してケースから出して振って泡を眺めるとおもしろい。

一つの泡が他の泡たちと多くの接触面を持っているのだけれど、それぞれ凸面であったり凹面であったり平らであったりする。
ある人が生きている時の対人関係もこういうものだろうなと思う。
ありとあらゆる方向から「境界」を押し付けられてアィデンティティが形作られ、しかも平等な関係なんて一つもなく、相手に侵入され気味だったりこちらが相手を侵食していたり、ぎりぎりのバランスを保っていたりする。
しかもそのすべての「面」が絶えず微妙に動き、その相手が別の面でつながっている他の無数の泡たちの形や圧力や弾力と連鎖、連動している。
吉井さんがその中の一つに注目して「個」を抽出しても、その形にはその「個」を形成している世界のすべてがひしめきあっているのだ。
そして、その「個」の中身は「空」なのであり、「個」は「境界」とのせめぎ合い、拮抗の力関係が作る緊張の内側にしかない。

そのような、他者とのあり方だけで特別な形になった一つの泡を吉井さんが取り出して境界をなぞるとき、中の空とそれを規定していた外が反転する。

それが彫空。

透明の本をゆっくりふっていると宇宙を手にした気分と、泡に埋没する気分の両方が同時にわき起こる。

創造した後、その「跡」を作品として提示するのではなくて、いつも創造の躍動そのものを提示しようとする吉井さんの冒険は続いている。
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by mariastella | 2016-01-28 08:04 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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