L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:アート( 72 )

シャガールの『ノアの箱舟』

ニースの美術館にあるシャガールの『ノアの箱舟』はほんとうに幻視者の描いたものという気がする。

その上、見ている者がそのまま、いつのまにか画面の世界の一部になっている。

私たちはシャガールの幻視の世界の住人なのだ。

それはここでは、ノアの箱舟に乗っているという意味である。

創世記によると、動物たちは全種類がつがいで乗せられたけれど、人間はノアの家族だけだった。

「ノアは妻子や嫁たちと共に洪水を免れようと箱舟に入った(創世記7-7)」とある通りだ。

ノアには三人の息子がいたから全部で四組のカップルということだ。

でもシャガールの幻視の世界では、人が大勢いる。

ノアの箱舟を描いた多くの絵の中で唯一、船や水が描かれておらず、船の内側の光景だ。

だから絵を見るものとノアたちの間に境界がない。

動物たちも整然とブースに区分けされていず、人と同居している。

人の多くは裸体のようでもあり、人間と動物が同じ地平にいるようだ。

窓から白鳩をとばそうとしているノアはもう一方の手で動物の頭を撫でている。

その動物はノアと目を合わせている唯一の乗員である。母と子の組み合わせが多い。右下の母は必至で子供を守っているように見える。

右上の「マドンナ」は十字架のイエスを思わせる子供を抱いている。

同じシャガールの「人間の創造」の絵で、天使に抱かれたアダムの他に、上方に十字架のキリストが見えるのと呼応しているかのようだ。

シャガールはユダヤ人だが、キリストを最初のユダヤ人殉教者だと感じていたという。

私はシャガールの天を舞うような明るい色の絵よりも、この「箱舟」の中に潜り込む視点が好きだ。

あの窓の向こうにどんな世界が待っているのか知りたいし、左上に見えるヤコブの梯子の先にも心がとんでいく。
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by mariastella | 2015-11-24 22:05 | アート

吉井秀文さんの個展

パリのギャラリーで久しぶりに吉井秀文さんの個展をやっている

Galerie Arichi
26 rue Keller 75011 Paris
tél: 09-5146-5114

吉井さんの作品については以前パリにお住まいだった時に書いたことがある。


今回案内をいただいた後に、写真で、黒光りする彫刻作品とドローイングを見て驚いた。

10年以上前のあのカンバスから抜け出た「筆勢」だけでできた透明感や自由な感じとは対極の鉱物的な重いものに見えたからだ。タイトルは「彫空」というのだけれど、無機質で地から発生する結晶みたいに見える。

でも、彼の作品は生身の「出会い」を必要とするものだと分かっていたので、楽しみにして出かけた。

鉛筆の光沢による無機質さの奥に有機的な生成の力が閉じ込められている。

この形はいったい何かというと、鉱物どころか、「泡」なのだ。

シャボン玉は一つだと丸い。

自由で、舞い上がり、でもはかなくはじけて消える。

空気を閉じ込めきれない。

シャボン玉の自由は空気の自由に負ける。

そのシャボン玉が2つくっつくと、くっついた部分はもう丸くはない「面」になる。
「角」が発生する。

吉井さんはアクリルのケースの中の水に洗剤を入れて空気を吹き込み無数の泡を発生させ互いにくっつかせる。

それらにはもう「丸」や「球」の面影はなく、さまざまな「角」を持った不思議な形になる。

それは空気と水のせめぎあいであり、絶えず居場所を確保しようとする張力同士の「共存」の形態だ。

吉井さんはそれを観察し、その中から一つの形、あるいはくっついたいくつかを選んでデッサンし、その角に折り目をつけて浮き立たせ、光と影の立体感をつける。

やがてその向こう側も表現したくなって、ウレタンを材料にして三次元に取り出してプラスティックで表面加工し、ドローイングと同じように鉛筆で塗り上げるのだ。

それが「たった一つ」の場合でも、地から生成した結晶とは正反対で、その形は、それぞれの面を形成する「外からの力」とのバランス関係によっており合った地点の集合体なのである。

中は空気に過ぎない。

それ自体空気を閉じ込めたひとつの気泡が、球になる自由を拒否されて他の気泡との併存を強いられ、それが形になったもの、が取り出されたのだ。

彫空というのは、彫刻における「マスを刻む」ということがなくて、この作品が泡同士の内なる空間の力が、外からのあらゆる方向からの「同類の力」を受けて形作られた姿を写し取ったからなのだ。

ひしめく泡たちが周りの力によって一つとして同じ形のない独特の形に造られて、それらすべてが連動していて、ナンバーワンもなければオンリーワンでもない世界。

何かを表現したいというのではなく、何かが「ある」ということを切り取ってそこに置かれた不思議な作品だ。

ギャラリーにいたある年配のフランス人は、その形が大小二つ、三つと組み合わさったものに、より生成の秘密を感じると言っていた。

それは大きいものから小さいものが生まれるというのではない。

実は大小の互いが互いを成り立たせていること、
そしてその周りには、描かれていないけれどその大小の形をそうあらしめている無数の「力」があり、
見ている私たちも含めて「ある」ということは常にそういう「あり方」なのだという秘密なのだ。
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by mariastella | 2015-09-30 20:09 | アート

ヴィジェ・ル・ブランの回顧展と回想

若桑みどりさんが生きていたら絶対喜ぶだろうな、と思うヴィジェ・ル・ブランの初の大回顧展が来年1/11までグラン・パレで始まった。その後はNYとオタワに行くらしい。

私がこの人のことを「女性画家」として意識したのは若桑みどりさんの『女性画家列伝』(岩波新書)を読んでからだ。

懐かしくてもう一度読んでみた。

相変わらず面白いが、彼女の肖像画のことを、自画像をのぞいて皆モデルがこう見られたいという欲求にそって、感じよく、観る者にアピールするようにまとめている、というのは必ずしもそうじゃないと思う。

マリー・アントワネットの肖像画をその御用画家ぶりの代表みたいに挙げているのだけれど、ヴィジェ・ル・ブランは、後の回想でマリー・アントワネットのことを

「背が高く、感嘆するほど良い体格で、ちょうどいい具合の肉付き。腕はすばらしく、手は小さくて完璧な形。足は魅力的」

などと「画家の眼」できっちり描写している。

若い時と母になった時の自画像、自分の娘の描き方を見ていると、他の肖像画もかなりリアルだったのだと想像できる。

まあ注文主のために多少の修正は施したろうけれど、素材を生かしたまま魅力的に仕上げるすべがあった。

3人の子に囲まれた母親としてのマリー・アントワネット像の構成など、死産した最後の子供が寝かされるはずだったベビーベッドを持ち上げる息子、その暗闇の配し方などなかなかぞっとする。

回想と言えば、彼女はフランス革命から逃れて一時イタリアに亡命したのだがその時のことをこう書いてい
る。

(トリノで)見たのは、神さま、なんという光景でしょう。街路も広場もフランスの町々から逃げて避難場所を求めてやってきたあらゆる世代の男や女たちでいっぱいでした。
何千人という単位でやってきて繰り広げるその様子を見ると胸が張り裂けそうでした。
彼らのほとんどは荷物も金も、パン一つも持ってきていませんでした。
命以外のものを助け出す時間がなかったからです。(…)
子供たちはおなかをすかせて哀れに泣き叫び、それまで荷馬車に乗ったことなどなかった妊婦たちはでこぼこ道の振動に耐え切れず多くが流産しました。
これ以上ひどいものは見たことがありません。
サルデーニャの王がこれらの不幸な人々を泊めて食べ物を与えるようにという命令を出しましたが、とてもすべての人に行きわたるものではありませんでした。

中東の難民ではない。
うーん、これを今のEUの難民対策委員たちが読めばなんと思うだろう。
わずか2世紀ほど前のことだ。

ヴィジェ・ル・ブランは亡命先のローマで1791年に、知り合いの歌手の妻マダム・カイヨーからの手紙を受け取った。

「私たちはみなが平等になるのです、黄金時代が到来するのです」と言って彼女にも帰国を促したものだ。

ヴィジェ・ル・ブランは信じなかった。

その少しあとにマダム・カイヨーは絶望の果てに窓から身投げして死んだという。

黄金時代の代わりに恐怖時代がやってきたのだ。

政治家がどんなプロパガンダを広めようと、苦しむのはいつも女子供などを含めた多数の弱者であり、憐れみを求めて別の場所に逃れようとするのは変わらない。

歴史を見ること、視点を変えることの必要性がよく分かる。
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by mariastella | 2015-09-27 00:20 | アート

ドン・ロベールのタペストリー

まずはGoogleのDom Robert画像検索で出てくるものを見てほしい。

神を信じる者にとっては、祈りであり、信じない者にとっては幸福と生命への讃歌であると言われているタペストリーの画像だ。1907年生まれで90歳で亡くなったドン・ロベールはトゥールーズの近くのベネディクト会修道院で60年を過ごした修道僧で神父だ。

この人はもともと絵が好きで、パリの装飾美術学院で学んでいたが、召命を得て修道院に入り、水彩で聖典の装飾細密画などを描いていた。1941年にタペストリー製作者に見込まれてタペストリーの下絵を描くように依頼される。もとになるデッサンを下絵に拡大したのもドン・ロベール自身だ。動植物のデッサンはすべてまず精密な観察に基づいて描かれたものだという。

自然を目にして描くことはすべて神の創造を追いかけることだと意識していたそうだ。

もしも自分が修道僧でなかったらアーティストでもなかった、と言っていたように彼のアートと信仰は切っても切り離せないがそれはライフ・スタイルの話でもあった。修道院での規則的な暮らしが精神を自由に解きはなってくれるのだそうだ。

クリュニー美術館の「一角獣と貴婦人」のタペストリーにちりばめられた動植物も有名だけれど、ドン・のそれは、シンプルで喜びに満ちていて、ある意味とてもバロックだ。直線や左右対称や安定がなくて曲線的で常に動いている。けれども強迫的なところもないし内向的なところもなく、自意識もなければもちろん商業的な思惑もない。あらゆる種類の美術批評の射程外にあった。

最晩年の写真を見ても戸外で楽しそうだ。

今年から、ドン・ロベールの作品の美術館が由緒あるソレーズの修道院(学問教育センターにもなっている)で公開されている。

アート作品を見て「癒される」という言葉を使うのはあまり好きではないのだけれど、ドン・ロベールのタペストリーを見ていると、とりあえずありがとうと言いたくなる。
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by mariastella | 2015-08-26 01:09 | アート

ジャクマール・アンドレ美術館『ジオットからカラヴァッジョまで』

この展覧会で、カラヴァッジョのこの有名な絵のオリジナルを今回はじめて見たような気がするが、

それを、これも有名なクールベの絶望の自画像と同時に見ると、これまでその二つを結びつけて考えたことがなかったのに、記憶の同じ場所にしまわれていることに気がついて、なるほどそうだったのかと何かが腑に落ちた。

もう一つ新鮮だったのは『荊冠のキリスト』のテーマだ。

イエスの受難と言えば、鞭打ち、十字架の道、釘打ち、十字架上の苦しさと渇き、十字架からの降下からピエタや埋葬まであらゆるものが描かれてきたけれど、茨の冠を無理やりにかぶせられているシーンはあまり「残虐」という印象はなかった。

でも茨の冠はかなり刺々しいもので、かぶせる方も二人がかりで、手を痛めないように棒でねじ込んでいくのだから実は恐ろしい。それでもカラヴァッジョのこの絵などは刑吏が無表情で構図や明暗の見事さ以外には「痛み」は感じられない。

ところが今回カラヴァッジョ派のバルトロメオ・マンフレディのものが展示してあって、迫力に驚くとともに、そのもととなったカラヴァッジョの別の「茨冠のキリスト」との比較にはっとした。

カラヴァッジョの原画のキリストの「顔」にショックを受けたのだ。

マンフレディのものは諦念があり、イエスがある種の悟りの中でこれから十字架の上で息絶えるまで続く受難やその後の復活のことまで思いをはせているような気もするのだが、カラヴァッジョの方のイエスの顔はそのまま「神性」が顕現している、もう人としての彼はそこにはいないのでは、と思わせる何かがある。

首から肩、胸にかけての流れも陰影も美しく、同じ形を踏襲したマンフレディのそれとは格が違う。

カラヴァッジョはいったい何にインスパイアされたというのだろうか。
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by mariastella | 2015-06-12 06:18 | アート

子供の貧困とル・ナン三兄弟

最近、子供の貧困について雑誌に記事を書いた。

「貧困」が話題になる時、目に浮かぶのはルーヴル美術館に飾られているル・ナン兄弟の『農民の食事』だ。

単に「農民の食事」といっても、この解説の絵を見ると分かると思うが  ここには三種類の階層が描き分けられている。

中央がおそらく農場主で、襟が開いていないのは「労働」をしない人だからだ。

ワインとパンはカトリックの聖餐を思わせる。

分厚いパンは皮が厚いことで中の柔らかさが保てるタイプのもので「金持ち用」と言える。

向かって左の家族は雇いの農業従事者とその妻子だろう。ズボンのひざは破れているがまあ状態のいい服を着て靴も履いている。

右には物乞いと思われる父子がいる。
二人とも裸足だ。

招かれて共に食卓に着いているのだろうが、三グループの社会的立場の差は歴然としている。

まず、左の男にグラスが渡されたらしくもう飲み始めている。

主人のグラスの持ち方から見ても、このグラスをこの後で右の物乞いに差し出そうとしているのが分かる。

左の男はひょっとして、物乞いと同じテーブルにつくのを快く思っていないのかもしれない。

他のグラスがない所を見ると、食事を共にするというより、農場主が一方的に施している「お恵み」のようにも思える。

それにしてはホスト役のまるで貧しさを恐れるようなおびえた目つきが気になる。

物乞いの父の方は、グラスに手を差し出そうともせず帽子を膝に、うつろな目をしている。

後ろに立つ息子の方は挑戦的な視線をこちらに向けている。

そして、後ろから眺める形の、左の家族の子供の目、大きく開いた彼の眼も、絵の前に立つ人々をじっと見ている。

農場主の後ろでヴァイオリンを手に父の指示を待っているかのような少年は彼の息子なのだろうか。この「招待客」の食事のバックで演奏するように言われて待機しているのだろうか。

各自の思惑がものすごくちぐはぐで、居心地が悪く、それでいて、強烈だ。

都市の貧困が目立つようになり多くの修道会が貧者や病者に施しをしてまわった17世紀半ばにパリの真ん中で暮らしてバロックの宗教画だけでなく社会的なテーマを扱ったル・ナン兄弟は、パリの通りであえぐ貧者を敢えて描かずに、「農民」の姿にそれを託したのだろうか。

明暗や小道具のディティール、表情や視線の描き分けが見事すぎて、「格差」を前にした時に人はどうふるまうべきなのかについていろいろと考えてしまう。
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by mariastella | 2015-04-30 01:52 | アート

ベルタイナの絵を嫌いだという人などいるのだろうか

アレックス・ベルタイナという画家がいる。

トリノの出身でヴェニスの絵などを描いている。なぜかカタカナで検索しても出てこなかったのだけれど、

Alex Bertaina と入れて画像検索すればたくさんの作品を見ることができる。

こういうのとかこういうのとか本当に美しい。

水彩画のような透明感があってまるで感性にまかせてさらさら書いているようだけれど実はばりばりの油絵で、計算尽くしていて、すごく工芸的で、どうやって仕上げていくのかを紹介した動画まである。

この人にまつわるエピソードや心地よい作品群を見ていると、実はなぜだかすごく複雑な気分になる。

ムード・ミュージックを好む人に、なぜフランス・バロック音楽の方がすばらしいのかと自分の考えを語ることはできるのだけれど、ベルタイナの絵を好きだという人には多分何も言えない。

実物を観たことがないので分からないのだけれど、写真だけを見ていても彼が多分「万人受け」することが容易に想像できる。今年は台北のアート展に招かれているそうだが、日本でも受けるような気がする。

インテリアとしてもぴったりの一枚だ。
私には言葉が見つからないのだけれど、大野左紀子さんあたりが言語化したものを読んでみたいなあと思う。

そういえば全然別の話だけれど、さっき知り合いがメールで9歳の天才少女歌手アミラちゃんの動画のリンクを送ってきた。

開いてみたのだけれど、会場を埋め尽くした大人たちが涙を流しているのがしつこく映されているのを見て強烈な違和感を感じた。
確かにあの子供の体、肺活量や声帯などであの声量はすごいし、表現力もあるのだけれど、なぜか感動できなかったのはどうしてだろう。

「わー、すごいね」という返信ができない。
「…」という感じ。

人々が見たい絵を描き、聴きたい歌を歌い、それに制作の秘密とか天才少女とかいう付加価値が加わって立派な商品が生まれるのだろうか。
アイドルを消費し続けるよりはましかもしれないけれど。
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by mariastella | 2015-03-14 03:08 | アート

バルチュス展

バルチュスの遺作『少女とマンドリン』を見ようとパリのギャラリーに行った。

世界一の規模のギャラリーと言われるGagosian Gallery(名前からしてアルメニア系?)のパリ支店というか、さすがに立派で、展示が充実していて解説も親切で、それでもギャラリーだから鑑賞は無料だし満足できるはずなのになんだか落ち着かない空間だった。

落ち着かないと言えばバルチュスの作品を前にしても、いつもながら居心地が悪い。


眠り込んだ少女のポラロイドカメラの連作
まである。

私は1994年のユリイカの「クロソスキーの世界」で「聖女幻想」という記事を書いたことがある。クロソフスキーはバルチュスの実兄だ。クロソフスキーの描く倒錯的な女性に聖女幻想を重ねることは自然だった。

それなのになぜバルチュスの少女像が居心地悪く感じるのだろうか。

今となっては、彼がユダヤ系であることを否認していたこと、バイロン卿と繋がりがあるとして貴族の称号を名につけてこだわっていたことという話などまで、なんだか気になる。
彼の母親がリルケの最後の愛人だったことは有名だが、バルチュスもリルケの友人になった。

母親の父はプロシャのシナゴーグでラビを助ける助祭をしていた。バルチュスはパリ生まれでカトリックの影響は受けているが、無神論者のグループにもいた。彼の子供時代の宗教帰属は何だったのだろう、とそんなことも今は気になる(少なくとも兄のクロソフスキーはカトリック神学を学んでいるし、ベネディクト会やドミニコ会の修道院でも過ごして修道士を目指したことさえある)。

バルチュスは30歳以上も若い日本女性と結婚していつも和服を着せていたという日常が何度もドキュメンタリーになっているので、そういうこともすっきりしない。

ただ、今回見たモンテカルヴェロの風景画の連作は気に入った。岩肌の重なりがまるで地下から押し出てきた骨ばった指のようだ。ウェブで画像が見つからないけれどその中で一点、画面自体が岩肌みたいになっているのがあって、ずっと見ていたいと思った。

おもえば、1994年にクロソフスキーについて書いた時は、クロソフスキーもバルチュスも存命だった。二人とも同じ年、2001年に亡くなっている。今は新しい資料も出ているのでいつかこの2人について「汎ヨーロッパ性と表現の自由」というテーマで書いてみる日がくるかもしれない。
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by mariastella | 2015-02-27 06:35 | アート

カルティエ財団で見るアルタヴァスト・ペレシャン

アルタヴァスト・ペレシャンの短編映画『住民(1970)』をカルティエ財団30年記念展で観た。

モノクロの本源的な力と強靭さと危うさをこれほど味わわせてくれる作品はない。

個体のアップと激しく動く群像が交互に畳みかけられ、光と闇や音と沈黙も含めたモンタージュの完璧な技巧が全面に出ているにも関わらず、情動を揺すぶられる。目に見えている世界の解体や脱構築がこれほど抒情的なのもめずらしい。

8分58秒で「生命」を何度もパターンにまで落とし込んでまた爆発させる手腕は化学実験みたいだ。音も一体となっていて、「プレローマ」の中に引き込まれる。寝椅子に座って鑑賞できるので、視座も変わるし体重の感じ方も変わる。

この映画のオマージュとして構成されたインスタレーションが周りにあり、フランシス・ベーコンなどいかにも、という作品も配されているが、なんといっても、デヴィット・リンチとパティ・スミスの存在感が濃い。

世の中にはこういう強烈な個性とエネルギーを持つ人たちがいて絵も映画も演劇も文学も音楽も何でもこなしてしまうんだなあと感心するが疲れもする。両者とももう60代終わりなのに、ずっと最前線でとんがった活躍をしているというのがすごい。

ペレシャンのオマージュが地下部分で、一階部分は建物全体を素材にした光のインスタレーションとなっていて時々落ちてくる水滴をセンサー付き移動バケツ・ロボットがまわって受けるなど遊びの要素が大きいし、鑑賞者が作品の内側に包まれる形で作品の一部をなしていることの規模が大きいので楽しい。

もともとこの建物は透明性、外と中の境界を取り外すみたいなコンセプトでできていて、通りから前庭を区切る巨大な透明の壁が、ゴシック大聖堂のように建物本体から伸びている梁で支えられているし、あちこちが「丸見え」状態なのだ。今回はその建物の一階の半分の透明の壁に特殊フィルムを貼り付けて「半透明性」の強度が少しずつ移り変わるようになっている。

カルティエ財団現代美術館は、パリの大通りに面したところにあるのに、「庭」を散策することができるので、規模も性格も趣向も文化も文脈も全く違うのだけれど私にとっては東京の根津美術館と同じ感じの、時々その「場所」に行きたい小美術館だ。
根津美術館の庭はよくできた日本庭園で、あちこちから集められた仏像や灯篭などが配されている。カルティエの庭は、建物の周りを囲んで20年前に設計された小さなものだけれど、いわゆる幾何学的なフランス庭園のコンセプトではなく、生物学的多様性を意識して造られているので、いろいろな珍しい鳥や虫も集まるようになったミクロコスモスになっている。

そこに、シャトーブリアンが1823年に自邸に植えた大きな杉が移植してあったり、言葉遊びの植樹(6本のイチイでdes six ifs= décisif「決定的」)や、現代彫刻がそこかしこにある。

私のお気に入りは、その6本のイチイのそばにあるブロンズ製の大きな倒木で、あまりにもリアルに溶け込んでいる。でもよく見ると、折れた部分に緑色の手の平が刻まれていてそこで雨水を受けて下に流すようになっている(建物に向かって右側。ここを訪れる時はだから日中で雨が降っていない時、でも雨が上って薄日が差してきた頃が一番いいかとも思う)。

ここでは日本のアーティストもよく登場してその中では北野武展に行ったことがあるが、建物自体のコンセプトを生かしたという点では今回のものが一番効果的だったと思う。

ショップには、これまでの展覧会のアーティストを記念する横尾忠則による肖像画作品とともに、『シャルリーエブド』テロで犠牲になったヴォランスキーのデッサン原画16点も展示されていた。アーティストがテロの標的となって殺されたことの意味をあらためて思う。
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by mariastella | 2015-02-25 05:55 | アート

国宝展とウフィツィ美術館展

今年は春に久しぶりに上野の国博に行ったので、秋にも行くことにした。

先の滞在のコンサートの合間には仲間を連れて山種美術館の「輝ける金と銀 ―琳派から加山又造まで―」の展示に行き、行く途中でパパスのダビデ像を見せて驚かせてやった。太田記念美術館で歌川国定展もいっしょに観た。

1人で日本に戻ってから、上野では、評判の高い「日本国宝展」と東京都美術館のウフィツィ美術館展の二つを続けて観た。
国宝展には「祈り、信じる力」という副題があるように、国宝に指定されるような伝統文化美術品は時代の深い所に流れる信仰心と分けては考えられないのだろう。
美術は信仰のひとつの形なのだ。
国宝展の多くのものはその「信仰」が仏教美術の形をとっている。

一方、フィレンツェのウフィツィ美術館の方はもちろんキリスト教、特にローマ・カトリック教会の宗教が色濃いので、両者の差は宗教文化の差としても分かりやすい。

でも、国宝展の方は、私にとって、ベースにある信仰心や文化よりも、モノとして、作品としてのインパクトの方が強かった。
もちろん教科書でしか見たことのない「玉虫厨子」のようなものを身近に見る好奇心の満足もある。
写真で見ても感動したことのない土偶なども、現存2万点のうち選りすぐられた5点が眼前で発するオーラは半端なものではない。それなのに、では記念に写真やグッズを…と思っても、そういう複製の姿になった土偶たちは、再びただの記号に戻ってしまっていて、本物との対面体験がよみがえってこない。写真を通した接触体験の過去の方が深く刻まれ過ぎているからかもしれない。教科書的記号を抜きにしてこれらの土偶の「本物」と今回はじめて出会った人なら、その後で複製を手にしても複製を「依代」にして本物体験を想起できるのかもしれない。

仏像類に関しては、教科書的知識もあるにしろ、もともと子供のころから京都や奈良の神社仏閣めぐりや仏教美術品鑑賞が好きであちこちで「本物」をその「環境」と共に見ることに慣れている。学校で習ったり本で読んだりしたものを訪ねてまわるというのも比較的簡単だった。だからその多くを私は「空気」と共に記憶している。

ところがこの「国宝展」では、それらが本来の場所からもぎ離されて、白日の下に、いや、明るい照明のもとでディティールを間近で見ることができるのだから、「鑑賞」というより「観察」の目になってしまう。
宇治の平等院は何度か訪れていても、長押にかけられている菩薩などを自分の目線で観たことなどもちろんないし、唐招提寺も何度も行ったけれど、脇侍菩薩がこうやって間近に鎮座しているのを見ると、「空気」と隔絶されているせいで、工芸としての凄さに圧倒される。

いつもなら暗い所にいて埃をかぶっているイメージの四天王が一人だけ全身をさらしていることなども新鮮で、「無時制」的な力が生で伝わる。

祈りに置き換えても、「場」のかもしだす祈りではなく、仏像を彫った人々の祈りが伝わるという感じだ。

薬師寺の僧形八幡神座像のうちのひとつも「素晴らしい」の一語に尽きる。
阿弥陀仏来迎の絵の中をびっしりと埋める「奏楽の菩薩」たちにも感銘を受けた。聖母を囲む「奏楽の天使」たちの構図と何か間接的な影響関係があるのだろうか。

フランスのパリの博物館で「国宝展」開催などというものは考えられない。

フランスでは昔からパリが首都で宗教や文化の中心地だったからで、例えばノートルダム大聖堂の「宝物室」の中のものをパリの中でわざわざ外に出して見せる必要はない。もちろん聖堂建築物そのものが中世から続く信仰心やら祈りの波動を刻んでいる。一方、日本の場合は、そういう場所が昔の都である奈良や京都に集中しているわけで、伝統的に脈打つ祈りが美術品としてそのまま残った、とようなものは江戸や東京にはない。だから、祈りの形としての「国宝」は、古都から抽出、運び出して、建物や空気から切り離して展示するしかないのだ。
しかし、わざわざ朝に行ったのに「2時間待ち」には驚いた。パリでは時間枠指定のある前売り券をいつも買っているのでこんなに並ぶなんてはじめてかもしれない。でも子供たちもお年よりもみんな我慢強く並んでいる。
ウフィツィ美術館展でもこんなに並ぶのならあきらめようと思って行ったら、余裕で入れた。
フィレンツェにはなかなか行けないけれど京都や奈良には簡単に行けるのだからウフィツィの方が混んでいるのでは、という私の見立ては日本人的ではなかったらしい。

私にとってはフィレンツェの方がはるかに行きやすいのに、ここ2年ほど行こうと思って計画してはキャンセルしたのでフラストレーションがたまっていた。
で、東京でこの展覧会を見たら少しはガス抜きができるかなあと思ったのだ。

結果は…余計にフィレンツェに行きたくなった。

ここの展示物は完全にフィレンツェという町やルネサンスの空気やメディチ家のエネルギーやキリスト教信仰などと結びついているので、こんな風に切り離されて飾られているのを見ると、もとの「空気」に触れたくてうずうずしてくる。

で、国宝展で格調高い仏像の姿をたっぷり拝観した後で、ここのキリスト教絵画、とくに「聖母子像」の羅列を見ると、厭離穢土で成仏を目指す宗教と、神が人間の女の体を通して受肉したという人間臭い宗教の表現の差にあらためて驚く。

しかも、聖母マリアは14歳で受胎告知されたのだから、聖母子像と言っても、母親であるマリアは10代半ばの少女である。赤ん坊も、普通の赤ん坊の姿だ。ルネサンスのイタリアの女性はやはり若くしてとついで母になるケースが多かっただろうから、モデルもたくさんいたに違いない。「祈り」とか「信仰」とか言っても、目に映るのは少女のような幼い母と赤ん坊の姿だ。

16世紀の日本で最初に宣教師が大名に聖母子像を見せた時に皆がおおいに感動したという意味が何となく分かる。
もともと日本は今に至るまで子供のような少女アイドルが成立するのを見てもそうだが、「幼型成熟」というか「女子供文化」の系譜も根強いので、その視線で見ると、力強い四天王や高貴だが中世的な仏像ではなくて、突然、かわいらしい聖母子像が現れるとそちらの方に夢中になることは十分想像できる。

しかも15世紀の聖母子像はいい保存状態で、明るく、かわいらしく、ほんとは仏像よりこっちの方が日本人の好みのツボにはまるのではないかと思ってしまった。もっとも展示された絵だけではなくそれこそ「フィレンツェ」という付加価値を強調しながら紹介されている上に、神話のテーマの絵もあるからエキゾティシズムがバイアスをかけるかもしれないけれど。

もう一つ面白かったのは、聖母子にプラスしてイエスのはとこに当たる洗礼者ヨハネ(の幼年の姿。彼はイエスより半年ほど年上)がともにいる「マリアと幼児2人」の画像がかなりあったことだ。
今までこういう構図は、ただ、ヨハネが幼いイエスの神性をすでにキャッチして拝んでいるという感じで見ていた。でも、この展覧会で見た彼らの姿があまり人間くさかったので、ついヨハネの母であるエリザベトはどうしたのだろう、と気になった。マリアとは逆でエリザベトは老女とされていて、子供は産めないはずなのに神の恩寵で子供を授かったことになっている。
マリアの夫でイエスの養父のヨセフも年寄りだったということにされているからイエスは若くして父を亡くしたと思われる。ヨハネの老母であるエリザベトも早く亡くなったのかもしれない。

そのせいか、あるいはたんにマリアの方が若くて元気だからヨハネは年の近い再々従弟(はとこ)イエスとよく過ごすことになったのだろうか。どちらの場合でも、イエスはマリアの子供だけれど、ヨハネは年老いた自分の母親よりもずっと若いマリアがまぶしくて、こんなお母さんに守られるイエスを羨ましく思ったかもしれないなあ、ヨハネが聖母子の近くにいるのはイエスを拝むためではなくてマリアに憧れなついたからかもしれないなと、そう思わせるような聖母子とヨハネのスリーショットなのだ。

この子供たち二人共が、後に荒野に出て説教者になったり、30代前半で首を切られたり十字架に釘打たれて殺されたりするとは考えるだけでおそろしいけれど、聖母子プラス幼いヨハネくんの穏やかな姿からはそれを予感させるものがない。

もうすぐクリスマスがやってくる。ひとまずは、子供が無事に生まれてほっとしただろう若い母親の歓びに心を寄せることにしよう。
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by mariastella | 2014-12-08 06:22 | アート



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