L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:アート( 78 )

黒いロマン派

オルセー美術館でやっている「黒いロマン派――ゴヤからマックス・エルンストまで」という展覧会がもうすぐ終わるのでついに行ってみることにした。

予想を裏切らない、というか予想そのまんまの内容だったので、カタログを買っただけでOKだったような気がしている。

フランクフルトでやった展覧会がパリに来たもので、ドイツ側の集めたものも充実しているし、ビクトリア朝のイギリス的なもの、ドイツの小ロマン派的なもの、フランスのエゾテリックなものやシンボリズムなど、いろいろな流れがたっぷり見られる。

個々の作品はすでにあちこちで見たことのあるものが少なくなかったし、構成・演出としてもあまりインパクトがなかった。

黒いロマン派というのは要するに、蝶よ花よのロマンティックなロマン派でなく、幻想的でも悪魔や背徳や頽廃や倒錯や異教趣味に傾いたものだ。

でも、今の時代に「暗いロマン派」にぞくぞくする人なんているのだろうか。

シンクレティックでオカルティックな流れと19世紀末の文明技術革命への抵抗とペシミズムと貴族趣味が絡み合っているところも、今となっては、ゲームの世界みたいだ。

ゲームがなかった時代には、若者はゴシック・ロマンにも夢幻的な小説も神秘主義にも高踏派にも審美主義にもわくわくさせられてきた。

そんな若者だった過去を持つ自分も、今は、この手の表象を前にして末梢神経的な意味では何も感じない。

18世紀末のサド侯爵の世界からボードレールなどを経て19世紀末のユイスマンスやらリラダンやらバルベイ・ドールヴィリまでの100年間、その間にヨーロッパと植民地に起こったことを20世紀に位置づけて、さらにそれからまた次の100年が経った20世紀の世紀末を自分で体験したことではじめて見えてきた流れというものがある。

カタログの中にあったCôme Fabroという人の「 Le romantsme noir à l’heure symboliste 」という論文に1841年のハイネの『Atta Troll』という詩が引用されていて、そこに、「ピレネー山脈を越えたら1000年遅れている蛮人の世界だ」という意味のことばある。ゴヤのスペインって、そのように見られていたのだ。ナポレオンがイタリアに配慮し、エジプトにも配慮したのにスペインには配慮しなかったのはそういうペースがあったからなのだろうか。

西洋ロマン派というとオリエント趣味などを連想するが、ヨーロッパの内部でも充分にカルチャーショックがあったわけだ。

当時の芸術家にとってはギリシャ神話の女神と、北欧神話の女神と、旧約聖書のヘロデ王の妻と、三人並べればもう、くらくらするようなシンクレティスムである。

ゲーム世界を渉猟してきた今の若者たちの異文化受容キャパシティには及びもつかない。

でもまあ、情報が少なくてタブーの多いほど密度や思い入れは濃くなるものだ。

特にルネサンス以来はアートのテーマというと愛とか美とか徳が追求されていたのに19世紀にはそれががらりと変わった。

愛や美は理性と計算によって生み出す付加価値で、手を加えない自然(や生の人間性)とは残酷なものである。

で、たとえばサディズムも男が女を痛めつけるものから、100年経てば、ゴルゴーン(メドゥーサ)、スフィンクス、エヴァ(アダムとイヴのイヴである)などの「自然=女」が蛇を従えながら男たちの生き血をすすりはじめるものへと変わっていった。

今や、どちらの形も、やれやれ、ミソジニーの両面だなあと思う。

わずかな情報を脳内錬金術ですごいものに変換していた時代と、エゾテリックなものもダークなものもオカルトなものもすべてウェブでテイクアウトできてしまう時代では脳の報酬系の反応が全然違ってくるのも不思議ではない。昔ロマン派が夜の闇の中だけで夢みたものは、今はPCのモニターの中でサーフできるので、むしろ昼間の道端で見かける猫の姿だとか、聞こえてくる鳥の声などの方に新鮮な驚きを誘われる。
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by mariastella | 2013-05-27 01:35 | アート

ポンピドーセンターのダリ回顧展に行く

2011年の10月から3ヶ月もポンピドーセンターでやっていた草間彌生展に結局行かなかったことがいつも気になっていた。

去年の秋、表参道のルイ・ヴィトンのショーウィンドーの前を通る度に、等身大の彼女の姿に何かを語りかけられている気がした。

今回のダリ展にも同じような逡巡があったのだが、結局、会期も終りに近づいてから観に行くことにした。

結論は、うーん、行って後悔はしないけれど、決定的な発見のようなものはなかった。

この人は、挑発的なこともいろいろやったけれど、基本的にはハンサムで生涯一人のミューズ(エリュアールから奪った8歳年上の女性)を愛し続けて金にも困らなかったのだから、さほど痛々しい気はしない。

『アンダルシアの犬』を見たシュールレアリストたちからコンタクトされて、ブルトンらに、リアルから逸脱するために自分たちのように自動書記をしたり薬を使ったりして変性意識状態でやってみたら、と誘われた時に、ああ、自分はそういうことしなくてもすでに現実を何重にも見ているんです、と言ったとか。

そして、すでに現実を何重にも見ているという出発点から、ロジックを見つけて新しいものを構築しようとするところは、パラノイア的批判的方法というダリの持論に一致していて、やけに知的でポジティヴである。

解体ではない。

例えばルネ・マグリットなどとは反対の方向だと言えば分かるかもしれない。

その神秘主義好き、疑似科学好き、好奇心の旺盛さも、なんだか他人とは思えない親近感がわいてくる。

マドンナ像や磔刑像もみなテクニックもすばらしいが、独特の魅せる力を持っている。

とてもバロック的だ。

たとえば、「爆発するラファエル風頭部」


で爆発する頭部の先に見えるのは、ダリの好きだったボロミーニの天井(これとか、これ、吹き抜けになっている)である気がする。

若いダリが『ミノトール』誌に載せたパラノイア理論はやはり若かったジャック・ラカンの興味を引いた。

ラカンはダリのアトリエを訪れた。

ダリは鼻の上に大きな絆創膏を貼って待っていた。

ラカンはそれについて何も言わなかった。
それが挑発ならのりたくはないし、狂気の一部なのなら観察したいだけだったからだ。

ラカンはダリの方法論についての論文を書いた。

この二人が再会したのは40年以上経った1975年のNYで、待ち合わせたレストランにダリが妻のガラと入っていった時にラカンはナプキンの上に懸命にボロメオの輪を描こうとしていた。

ダリは描き順を教えてやった。

ボロメオの墓に行って紋章を見たら分かるよ、と言いながら。

ラカンは1972年からトポロジーに凝っていて、現実界、象徴界、想像界の関係はボロメオの輪のようだと考えていたのだ。ダリも数学や科学が好きだった。

ラカンの数式などは、後にポストモダンの思想家たちの疑似科学として弾劾されてしまう(ソーカル事件)のだが、この時代の自由人たちはみなこういう専門分野の境界のない世界に生きていた。

でも、思想家ならそれを弾劾されることがあっても、ダリのようなアーティストはすべてが許されたのだから、悲劇的なところがない。ダリとラカンを比べたら、どう考えてもラカンの狂気の方が深刻そうで、ラカンの方が不幸そうだ。

ダリは自分のことを天才だとか狂人だとか自称していた。

ロンドンにいた82歳のフロイトにも会いに行った。

仲介したのはステファン・ツヴァイクだった。ダリが帰った後、フロイトはツヴァイクにダリのことを完全な狂人、いや、アルコールと同じ95% の狂人だと報告した。

確かに行動はエキセントリックで挑発的で、「普通ではない」のは確実だけれど、その芯にあるのは、いろんな点で幸運に恵まれた思索家で優れた表現社で巧緻な職人だったと思う。

いつもちょっとうらやましいと思うのは、オセロットをペットにしていたことだ。


大型猫族がごろにゃんとしているそばにいたいのはすべての猫好きの夢だ。

その意味でもダリってつくづくラッキーな男だなあと思う。

そうそう、40年以上を経てNYでラカンと再会した時に、ダリは、

「最初に会った時、鼻に絆創膏を貼っていたのに何も言わなかったのはなぜだ」

と問い、ラカンは

「何もないってわかってたからさ」

と答えたそうだ。

絆創膏は40年も彼らの中で生きていたのだ。

Face à Lacan et à Freud :Entretien avec Elisabeth Roudinesco
(Le nouvel Observatoire Beau Arts hors-série no2)より
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by mariastella | 2013-03-18 00:18 | アート

フランドル派の風景

リールの美術館でやっている二つの展覧会について。書くのが遅くなったが、1月14日までやっているので、観に行ける人はぜひどうぞ。

パリ北駅からTGVで一時間足らずだし駅からも徒歩で行けるので日帰りで十分見られる。

それにパリの美術館の特別展より安い。6ユーロ50で

Fables du paysage flamand /Bosch Bles Brueghel Bri
l(フランドル風景の寓話)

Babel (バベルの塔をメージした作品展)


の二つが見れて、聞き取りができない人のために文字のヴァージョンもある最新式のイヤホンガイドが1ユーロで借りられる。
市長のオーブリ―女史が社会党の大統領候補プレ選挙の時に大型文化予算をとると公約していたのもまんざら嘘じゃないんだなあ、と思う。

このくらい興味深い展覧会なら、日本的な感覚なら東京でもやるんじゃないかと思ってしまうが、これはリール独自の企画で、パリではやらないという話だった。

私が最も知りたかったのは、たとえばボッシュのあのシュールで幻想的な絵が、当時の人の目には一体どのように映っていたのだろうか、ということだった。

ボッシュの絵に出てくる不思議な動物やら不思議な植物やら、人や動物の顔を連想させるやたらオーガニックな風景などは私の子供の頃の日本でもすでによく知られていた。

悪魔的で倒錯的で怪物的なテイストはインパクトがあり独特な印象を残していたが、ボッシュがレオナルド・ダ・ヴィンチと生没が重なるルネサンスのほぼ同時代人だという意識はなかった。

ダ・ヴィンチの画はさらに有名だったが、いかにも西洋ルネサンスの典型的名作という感じで刷りこまれていたので、ボッシュの自由で怪しい造形が、まさかダヴィンチと同時代の同文化(キリスト教文化圏という意味)だということは実感したことがなかったのだ。

今思っても、ボッシュの絵に出てくるさまざまな造形は、昨今のゲームの世界のキャラと親和性があるくらいに現代性がある。

実際、リールの美術館ショップにも不思議な動物のフィギュアが販売されていたけれど、まったく古さを感じさせない。このセンスは一体ボッシュ独特のものなのか、そして、当時の人たちはこれをどのように見ていたのだろうか。

いろいろな答えがある。

まず、キリスト教世界ではカーニヴァルなどの特別なガス抜きの時期を除いて、天地創造をした神の秩序を乱すような表現はタブーだったことだ。半獣半人などという姿や、神の創ったさまざまな動物の部分を合体させたような動物を人間がかってに合成するのも冒涜だ。

また、人間は神の「似姿」として創られたのだから、美しい均斉が求められる。

もちろん「原罪」によって「似姿」状態から一度は失脚したのだから、不均衡はすべて罪や悪や誘惑を連想させる。

奇形の体(teratomorphe)というのも、だから、地獄の含意と共に表現されるのだ。

これは、たとえばインドの神々だとか、マヤの神殿などで、そもそも「超自然」でこの世で実際に目にしない形や組み合わせを畏怖の対象である神像として堂々と視覚化するのとはかなり違う。

タブーであるからこその、あやしいが生き生きした感じがあるのだ。

次に、これらの絵が、広く民衆の教化のために描かれた聖像ではなくて、ブルジョワや貴族たちの個人の注文によって描かれたもので、基本的に個人の所蔵だったことだ。

つまり、これらのタブーの絵柄や怪物の姿に魅惑されたマニアがいて、気に入ったモチーフを何度も執拗に描かせたらしい状況がある。

模写もたくさんあり、さまざまなヴァージョンがあるのだ。

強迫的になほど細部の書き込みがあるが、みな「個人が時間をかけて何度もじっくり眺める楽しみ」を想定しているのだとしたら納得がいく。

実際、この展覧会のポスターにもなっているボッシュ(の作品を摸したものらしい)の『楽園』という作品などは、3メートルくらいにまで拡大されているものもあるのだが、実際のものはたった24.5x19.5という小ささだ。

小さいと言えばブリューゲルの作品もたいていは小さく、日本の学校の教科書にもよく載っている冬の風景(息子)など、すごく情景が細かいのに33x57センチくらいしかない。

ブリューゲル(父)は、実際、細密画の名人として知られていたので、有名な四代元素の絵の『火』
の左端にある装飾品の描き方などはまさに職人技だ。

こういうのを見ていると、日本ならサイズ的にも「絵巻物」のイメージなのだが、板の上の油彩だというのに驚く。

風景の独特さや描き込み方の異常な緻密さと豊饒さのもう一つの理由は、この時代が大航海によって「新世界」のさまざまな新しい動植物を発見した時期で、いわば博物誌、百科事典のようなものを一つの画面に網羅することが求められたことだ。

そしてそれらの動植物が満載されている風景も、いわゆるWeltlandschaft(世界風景)というやつで、空あり山あり岩あり海(川、湖)あり、森あり村あり畑あり、建築なら世俗のシンボルの城もあれば聖なる教会もあるといった具合に「万物」が所狭しと描きこまれる。

点在する人間の活動も狩りやら農耕やらいろいろだ。

その風景の中にもまた人間の顔の形が隠れているなど、ルネサンスのミクロコスモスとマクロコスモスの対応の思想がよく現れている。

古典的なイコノグラフィのコードに従うのではなく、いろんなところにいろんな仕掛けがしてあって、まるで複雑なほどいい、という饒舌ぶりで、「絵解き」の趣向がはっきり見て取れる。

もちろん表向きは、被造物である自然という、「神によって書かれた書物」の解読が目的である。

だから、画のテーマが何であろうと、舞台装置はすべて「宇宙」なのだ。

実際は、そのような細密な名人芸によってびっしりぎっしり描き込まれた情報を「所有」することが有産階級によって欲望され、発注され、彼らの期待にこたえたからこそ作品群が生まれたのだろうが。

19世紀以降には、それらの風景があまりにも意味ありげなので、絵のテーマや人物像は単に風景を担保するだけのものなのではないかと解釈されてきた時代もあった。

しかし、神話や聖書や聖人伝のシーンは、作品の口実などではなくて、風景と共に、すべてを包含する有機的な全体を構成している。

エラスムスの影響が大きいHenri Bles(ヘッリ・メット・デ・ブレス)の Montée au Calvaireは十字架を背負ったイエス・キリストのゴルゴダへの道行だが、やはり小さい画面に驚異的な密度で風景や情景が描かれているのだが、中心人物であるはずの、十字架の重さに膝をついて倒れたイエスの姿は、とても小さく、しかも後ろ向きでお尻を向けている。

市に買い出しに行く風情のフランドルの人々はその様子を遠くから画面の前景でながめているだけで、画面の主役は、エラスムスも言及する海の怪物セイレーンを思わせるカルバリオ山の岩の形だ。

ともあれ、見渡す限り平野の広がるフランドルの風景を見慣れている人々にとっては、山、海、森、村、畑が隣接するこのような風景は、さぞや強烈な、非現実的なインパクトがあったに違いない。

この点については、日本人が見ると、海岸に山が迫っていたり村や畑もすぐそばにあるというような風景はむしろ見慣れたものだから、普通にリアルに見えてしまうのがおもしろい。

だからそこで起こっている出来事のディティールによけいに目が行ってしまう。

すべてが演劇的である。

個人的に好きなのはSimom de Meyleの『アララト山のノアの方舟』で描かれる方舟から出てきた動物たちの様子だ。

40日ぶりに陸に上がった動物たちはそれぞれの生態を繰り広げている。どの動物も種族保存のためにつがいで方舟に乗ったはずだが、ライオンなんて上陸するとさっそく馬を襲っている。

それでは馬が繁殖できなくなるかと心配だが、方舟からまだひとつがいの馬が下りてきているから、ライオンに襲われたやつはもともと食料要員だったのかもしれない。

そんな中で右下のネコだけがちゃっかりと魚をくわえているのも楽しい。

なるほど大洪水で陸の獣は絶滅の危機にあったが、魚たちは別に困らなかったので、水が引いた後にたくさん打ち上げられていてネコちゃんも満足なのだろう。

エキゾチックな動物たちも、多分想像で描いているだけなのに、えらくリアルなタッチでたくさん登場している。

このような風景の描き方を説明するもう一つのヒントは、フランドル派の画家たちもイタリアで修行してきたので、イタリア演劇の芝居の舞台背景の影響を受けているということだろう。

風景のパースペクティブの色使いや、切り取り方が、芝居的なのはそのせいだ。

これは即、その後の時代にフランスのバロック・オペラで花開いたからくり仕掛けやら大道具らを思い出させる。

私は『バロック音楽はなぜ癒すのか』でパリ郊外にあるコンデ城のことをレポートしたことがあるが、まさにあの世界でもある。

だまし絵の伝統も欠かせない。

最近、バロックつながりで知り合いのセシル・クータンが早稲田大学の演劇博物館でカムフラージュと舞台美術についての講演をするために日本に行った。彼女は、フランスが第一次大戦の時に、軍隊の迷彩服や、兵や大砲を隠すためのさまざまなカムフラージュのために当時のアーティストを徴用したことについての興味深い本を出したところだ。

ある効果を狙って人工的に精緻に自然を再構成するというフランス・バロックのお家芸が「だまし絵」の伝統と結びついた例である。

フランドル風景画における内的ビジョンとリアルとの葛藤、ミクロコスモスとマクロコスモスの並列、現実と非現実の融合、ポエジーとアレゴリーの共存、ディティールと全体の拮抗などは、まさに、フランス・バロック・オペラにおける演劇的世界観と共通しているのだ。

しかし、いくら背景が宇宙的であり、ディティールが練り込まれているといっても、そこで展開されている活動が総花式ではなく一つのテーマに絞られていながら、細部の量だけで迫ってくる場合には、演劇的というより、細部に宿る執念の発する臭気のようなものにあてられてくらくらする。

たとえばブリューゲルの『イッソスの戦い』のような作品は「群像」などというレベルを超えている。

これを見てるとなんとなく会田誠さんの『灰色の山』を思い出した。

こっちは細密画どころか3mx7mの大作だそうで、実物を見たことがないので、積み重なってボタ山のように山の稜線をなす背広姿のサラリーマンの死体のサイズはわからないけれど、量と質の転換点とか、ディティールと全体の拮抗という意味でつい連想してしまった。

この会田さんは毎日細かい絵を描いているとストレスがたまると言っているのだが、こういう精密作業を楽々、延々と続けることができる人だっているのだろう。

リール美術館のもう一つの展示「バベル」でも、そういう偏執的な細かいこだわりがあふれる作品がたくさんある。

バベルの塔は天まで届くようにと建設が続けられたのだから、壮大で、そこに働く人間の姿は相対的に微小だ。

しかも、神罰とか崩壊とかいう終末論的ビジョンが当然ともなう。

そのような飽くなき欲望と挫折やカタストロフィにこだわるイメージは、デジタル写真やCGアートでは自在に合成したりリピートしたりして展開可能だから、野心的な作品がたくさんある。

しかし、そんな中に、ぎょっとするほど生の「ディティールだけ」という作品があった。

ミニチュア・フィギュアの兵士や骸骨やらがグロテスクに折り重なってぎっしり詰まっている。全体はかなり大きい。(215x127.5x127.5)

(次のようなブログをスクロールしていくと出てきます。)
http://www.les-lectures-de-cachou.com/categorie/les-expos-et-visites/
http://www.artabsolument.com/fr/default/exhibition/detail/1447//Babel.html
http://dandylan.canalblog.com/tag/Lille (7/17のところ)

部分の情景はあまりにも細かいので近くに寄らないと何があるのか分からない。

そしてディティールのそれぞれに繰り返しがなく、すべてに丹念な「演出」と「構成」があるのに驚き、それでいて、不思議と、有機的な「全体」のイメージは生まれない。

背景がないわけではないし、個々の部分を支える大道具も小道具もそえられているのだが、「全体」はなぜか、常に部分のおぞましさへと還元される。

リアルな細部で起こっていることがいつか全体のイマジネールに結晶していくという感覚は持てない。

ナチスのホロコーストをイメージしたというが、人間の悪意とか、残酷さとか、サディックな倒錯ぶりをこれでもかこれでもかという感じであれこれ工夫しながらグロテスクな光景を繰り広げては並べ、積み重ねる。

あまり驚かされるので、じっくり眺めてしまうことへの罪悪感とか怖いもの見たさへのうしろめたさなどすら感じる余裕がない。

こんな気持ちの悪いものを見たのははじめてだ。

こんなものを制作する人の正体を知りたい。

Jake & Dinos Chapman というイギリス人の兄弟だった。

作品タイトルはNo Woman No Cry という。

もともとエログロで挑発的な作品を出している人たちのようだが、ここまで細かくて数が多いと、アイデアやコンセプトとは別の何かが彼らを突き動かしているのではないかと思ってしまう。

同じことをデジタル処理画像などでやるのならどうということはないが、一体一体のグロテスクなミニチュアを情熱をこめて制作していくというのは、ほんとうに「全体」への志向に支えられてできることなのだろうか。

実は、この作者が誰だろうと考えた時に、なんとなくイギリス人かなあと思った。

なぜだかダミアン・ハーストのホルマリン漬けアートのことを連想したからかもしれない。

調べると、チャップマン兄弟もハーストと同世代だ。

人間がバベルの塔を建てようとしては壊したり壊されたりしてきた歴史の中で、ルネサンスから21世紀までのアーティストの心の風景がどのように変容してきたのかに想いを馳せるのはとても興味深いことだ。

でも、目をそむけたくなるような「普遍」も、確かに、ある。
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by mariastella | 2012-12-10 05:52 | アート

南蛮文化館 (続き)

毎年5月と11月だけ所蔵作品を展示する大阪の南蛮文化館では、安土桃山の南蛮文化時代の工芸品が日本の七宝螺鈿蒔絵細工の黄金期と重なっているのを見ることができる。

偶然この黄金期が南蛮文化到来の時代と重なったので、キリスト教用品や家具もどんどん発注されて輸出された。今はそれを逆輸入したものを見ることができるのだ。

しかし、螺鈿細工とキリシタン工芸があまりにもシンクロしたので、キリシタンが禁じられてからは、螺鈿はキリシタンを連想させて危険だということで、この華やかな装飾は急激に姿を消したのだそうだ(南蛮文化館の方が解説してくれた)。

その後で東京の根津美術館で柴田是真展を見て、是真が江戸末期から明治に西洋美術と接して新しいスタイルを確立していく過程をながめると、蒔絵細工が、キリシタン文化が廃絶された反動もあって、どのように侘び寂び系に変わっていったのか、それがまたどのように西洋化していくのかが分かっておもしろい。

しかし、ある意味で、十六世紀後半の日本の美術や工芸に南蛮文化が刻んだ影響は強烈だったので、政治的理由でその後、形は変わったとしても、日本文化はそれ以来、深いところで決定的に変容したと言ってもいい。

もちろん、シルクロード以来、西からやってくる文化が東の果ての島国に入って新しい文化を形作ってきた連鎖が「日本文化」なのだから、「純粋の大和文化がキリシタンによって汚染された」などという話ではまったくない。

ただ、日本は島国でその先が太平洋で行き止まりだったから、西から多様な文化が入ってくるとそれがじっくりと練り上げられて、それまであったものを応用、援用しながら錬金術が展開されていったのは事実だろう。

それは、南蛮から伝わった銃砲の技術がまたたくまに美的にも実用的にも洗練されていったことからも分かる。

螺鈿の技術にも、西洋家具やキリシタン用具による要請によって、新しい養分を補給されてわっと爛熟したような面がうかがえる。

南蛮文化との接触は、職人たちにとってさぞや刺激的なものだっただろう。

キリシタンはセミナリオにおいて西洋楽器や西洋絵画も学んだ。

日本人によるはじめての油絵が描かれたのもこの頃だ。

麻布油彩の聖ペテロ画像は、南米から伝わったと思われていたようだが、実は17世紀初頭に日本人によって描かれたものであるらしく、まるでルネサンス聖画のようだが、キリシタン禁制後はなんと「出山釈迦図」として伝わったことで保存されてきたらしい。

とはいっても、日本は中国と同様、文字も絵画も軟筆を使用する文化だから、知識階級と画師は重なることが多い。

つまり、西洋のように硬筆のペンで文字を書く階級が、軟筆で面を描く絵師に絵画を発注する、という形の分業が確立しない。

中国文化圏では一枚の紙に一人の人が書と画を組み合わせることが普通にあったからで、その代わり、画は必然的に描線中心になる。

もちろん襖絵や屏風絵のように広い面積の装飾画を制作する職人はいたけれど、書と同じ筆勢で描線や輪郭線が重視される伝統は、その後のコミック文化にまで連なっている。

おもしろいのは、宣教師たちが持ち込んだ聖画の数が限られていたので日本の信者たちがそれを模写して祭壇画にする場合に、木版油彩であっても単色の線描画になっていることだ。

南蛮文化館に行ったちょうど前の日に、奈良の大和文華館で「清雅なる仏画-白描図像が生みだす美の世界」という特別展を観た。

画も文字も毛筆で、時には同じ紙に神仏の姿と名や属性が描かれる。

宗教上の崇敬対象になるものについてこれほどまでに白描図像の伝統がある国なのだから、突然、面や陰影重視の西洋聖画が入って来ても、またその技法を教えられても、必要に迫られた聖画の模写が自然と線描になったのは不思議ではない。

それでも、南蛮美術の到来によって、日本の美術のDNAはどこかで確実に変異した。

その変異の流れは、表向き宗教と分離し、カトリックのように聖画が蔓延しないプロテスタントのオランダとの交易によって、ひそかに種火に空気を送られながら、幕末や明治になって息を吹き返して新しく進化したのだ。

その過渡期に生きた是真の作品をみるとその一つの流れが分かるし、今回原宿の太田記念美術館で前半展示と後半展示の両方を観ることができた月岡芳年の浮世絵の画風の変化を見ても別の流れが分かる。

逆に、19世紀の末、日本の浮世絵の線描のインパクトはヨーロッパ絵画に衝撃を与えた。

是真の作品はウィーンやフィラデルフィアやパリの万博で絶賛された。

欧米におけるジャポニズムの衝撃があれほど大きかったのは、それが実は、すでに16世紀後半に起こっていた白描図像と南蛮文化とのハイブリッドであったからなのかもしれない。
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by mariastella | 2012-12-09 04:41 | アート

日本の聖母子像 - 浴室の聖母と西王母

この秋に日本で二つの印象的な聖母子像を見た。

一つは橋本明治の『浴室』。

国立劇場の2階には日本画の大家の作品がずらりと並んでいて、至近距離でもじっくり見ることができる。

その中のひとつで昭和27年の作。どの作品にも作者のコメントが付いているのはとても興味深い。
で、この作品には

「 浴室の母子像はかねてから一度、聖母を何らかの形で描いてみたいと思っていたことで、この作品ができたわけであります。母親の子供への愛情をポーズの上で強調しながら情緒的にならないよう苦心したつもりです。」

とあるのだ。

だから、明らかに聖母子像と言える。

橋本明治さんがキリスト教徒、カトリック信者だったのかどうかは知らない。

浴室の母子はもちろん裸で、床には赤と白のひし形のタイルの模様が奥から前に並び、後ろの壁には四角の白いタイルに八角の模様が入っていて真ん中に緑のひし形が離れて並んでいるかのようなモチーフの繰り返し。母子の肌色には同じ緑の影があり、その緑の影は赤と白の床にもおちている。
とてもきれいな色だ。
母子は茶色の髪で西洋風。聖母は片膝を立てて、床に立つ幼子をいつくしむように支えている。

もう一つは、大阪の南蛮文化館にあった『西王母』という聖母子像。

この聖母は観音菩薩風の装飾をつけていて、両脚は半跏思惟像のポーズなのだが、「浴室の聖母」と同じ立て膝に見えなくもない。

右手は親指と中指で印契を結びながら右脚に添えられ、左手で子供を支えている。

キリスト教文化の伝統があろうとなかろうと、最初に宣教師たちと接した日本人たちが聖母像に惹かれたように、聖母子(幼子とセットになった時、すぐに「母」と分かる)の姿は、日本人の感性にすんなり受け入れられてきたようだ。

日本に最初に入ってきたのが聖母子像なしのプロテスタントだったら、日本のキリシタンの歴史も変わっただろう。

南蛮文化館ではいろいろ考えさせられたので続きは次回に。
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by mariastella | 2012-12-05 23:46 | アート

トロンプ・ルイユ展

装飾美術館で、前から行こうと思っていた「Trompe l’oeil」 展をようやく観た。

Trompe l’oeil (トロンプ・ルイユ)というと、日本でもところどころで見る「トリックアート美術館」だとか、筒状の鏡に映して絵を見るアナモルフォーズなどをすぐ連想するが、この展示会は、摸作だとか偽作だとか錯視だとかイリュージョンだとか多様なテーマを包括している。

リノリウムという素材がlin 麻と oleum油の合成語で実際に亜麻仁油を使っている発明品だったとはじめて知った。リノリウムにタイル模様が描かれていたり、フローリング柄だったり、大理石柄だったりというのは日常的に見かけるので、普通のように思っていたのだが、なるほどあれも「だまし絵」の一種だ。

素材感やら凹凸やら、遠近感やら、いろんなものを工夫して、人はいつも「偽物」を創ってきた。

創造の模倣、パロディ、いや、創造そのものかもしれない。あらゆるポートレートや銅像だって、実物の模倣、固定、似せたものなのだから、だまし絵の一種かもしれない。

また、CGやデジタルプリント技術の発展によって、誰でも手軽にかなり高度な模倣やだまし絵の制作ができるようになったし、安価に手に入れられるようにもなった。考えたら、コート柄のTシャツとか、サングラスが胸にひっかかっている柄のTシャツなどは私も持っている。本物そっくりの家具や食べ物や食器のミニチュアなども持っている。かなり好きだ。

錯覚を狙うというより、何かを手がかりにして想像をふくらませるのが楽しい。

こちらの庭にはよくキノコやコウノトリや小人さんの置物がある。妖精や小人などはリアルには存在しない(少なくとも目に見えない)キャラクターだけれど、その「偽物」、コピーを創ることで、逆に、どこかにあるかもしれないリアルを想像できる。

バロック様式の教会の天使たちや、植物をモティーフにした凝った装飾などにもみな同じ効果がある。

いや、カトリック世界では教会の中にも道端にも、家庭にも、個人の首にかかるペンダントにも至るところに見られる「キリストの磔刑像」なんていうものも、その大量のコピーの力でそのもととなった「オリジナル」を現出させる勢いだ。

パリのバック通りとか、ルルドとか、ファティマとかメジュゴリエとか、有名な聖母の「ご出現地」でも、実際に聖母の姿を見たりお告げを聞いたりするのは少数の幻視者とか神秘家だけだけれど、彼らの描写した聖母の姿がすごい勢いで大量に生産され、コピーされ、拡散され続けるので、「ご出現」とは実はこのことなのか、とも思ってしまう。

「だまされる目」とは「期待する視線」のことなのだろう。
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by mariastella | 2012-08-07 01:43 | アート

Cima da Conegliano

行ってきた。

リュクサンブール美術館でやっている今週末で終わりのチーマ・ダ・コネリアーノ展だ。

その帰りにはRue Ferouを抜けてサン・シュルピス広場に出る。

この狭い通りの左側、昔は修道会で今は財務省の役所になっている建物の壁が延々と続くのだが、ここに6月14日から、のランボーの『酔いどれ船』の詩がぎっしりとペイントされている。

1871年、17歳のランボーはサン・シュルピス広場のカフェで初めてこの詩を読み上げたのだという。
その時には、この通りへと風が吹いていたに違いない、と、壁に書いてあった。
なかなかしゃれた試みだ。

私は5月の末にもこの広場にきて、1833年4月に若きフレデリック・オザナムが友人らとSociété de St Vincent de Paulを立ち上げた場所を訪れた。

この広場は若者に聖霊が降るところなんだろうか。

そういえば、そのランボーの17歳の有名な写真の表情は、チーマ・ダ・コネリアーノの有名な聖セバスチャンの絵の表情と似ている。


実は、このセバスチャンの視線に代表されるチーマの描く聖なる人物たちの「目つき」は、私をずっと離
れないものだ。

もとはといえば、チーマより少し前のメロッツォ・ダ・フォルリの有名な奏楽の天使というフレスコ画の中でリュートを弾く一人の天使の目つきが、ながいこと私から離れなかった。



この天使のポスターを20年くらいうちの音楽室に貼ってあったのだが、猫に破られて捨ててしまった。それからボヘミアバロックの天使の像のポスター(これは額でプロテクトした)に替えてからもうずいぶんになるのだが、メロッツォの天使の目はずっと私を見ていた。

正確にいえば、メロッツォの天使もチーマのセバスチャンも、多分「あっちの世界」を見ているので、私と目が合うのではないのだけれど、私には彼らの視線の向こうのものが射るように突きささっててくるような感じがするのだ。たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザと目を合わせてもそんな感じはしない。

チーマの絵では、裸の赤ん坊のイエスの目つきですら私を共振させる。

とくにこれ

 
なんでだろう。

チーマの聖母子像はたくさんあって、中には薄青のシャツの上から腹巻をした幼子イエスもあってかわいい。マリアのヴェールの下、頭に直接触れている布は、刺繍のしてあるものとか透けているものなどいろいろなヴァリアントがあって、透けているものはイエスの聖骸布を暗示しているという説もある。

そんな母子を、成人した洗礼者ヨハネだの天使だの、使徒や殉教者や後の司教など、いろんな人が取り囲む構図の「聖なる会話」といわれるテーマは、キリスト教世界における聖人のコミュニオンというものがいかに時代も場所も時系列もみなシャッフルしていつも「そこに生きている」ものだったというのがよく分かる。

しかもその中心人物であるイエスが赤ちゃんの姿でもOKというのが楽しい。

近くで見ると、とにかく絵が上手な人だ。

でも、チーマの絵は、繰り返されるその視線のせいで、いつも窓の外を見せられている気になるから、オブジェとしての絵のディティールとはまったく別のものと出会える。音楽と似ているかもしれない。風通しがいい。

サン・シュルピス広場の角で久しぶりにProcure書店にいった。

ここは誘惑が多いのでずっと避けていて、近頃は読みたい本は近所の本屋に取り寄せてもらったり通販で買っていたのだが、ここのキリスト教関係のコーナーに行くと、あらためて幸せな気分になった。面白い本が多すぎて、どれだけ読めるだろうという気持ちと、どれだけ紹介できるだろうという気持ちがわく。

人ごみの中にいても、私はあまり他の人の情報をキャッチしない。無意識にバリアをはりめぐらせているからだろう。でも、墓地に行くと、生きて死んで埋葬されている人々の渦巻く思いみたいなのがぎっしりみっちり濃密に感じられる。Procureの宗教書のコーナーに行くと、それに似た感じがする。聖人や神秘家の著作も多いせいか、やはり並々ならぬ思い入れがびっしりと重なってはりついているのだ。

興味深い本を8冊ほど買った。一応夏休みなので心ゆくまで読める。

追記) リンク先が開かないという指摘をいただいたので、教えていただいたものに変えます。私は基本的にフランス語の検索サイトで画像としてピックアップするんですが、コピペするとうまくいかないようです。すみません。画像のはりつけもいつもうまくいかないので、みなさん適当に検索してください。

で、画像の「目つき」を見ても情感が伝わらない、分からん、というご意見もあったのですが、私は、これに関しては、別に美術批評を言ってるのではなくて、なんだか分からないけれど、この目つきが私に何かを見せるような気になる体質というか、前世の因縁(!)というか、があるようです。はっきりいって、私はチーマの絵がすごく好きだとか、お気に入りの画家だとかいうのですらないんです。ただ、彼らの見ている何かに吸い込まれそうになるのです。

この展覧会では茨の冠をかぶったイエスの顔もあり、そのイエスもすごい視線なんですが、そして目がストレスで充血して血の涙まで流している壮絶なものなのですけれど、その目つきの方には私は反応しないんです。絵としてはすごいなあと思うんですが。このイエスが見てるのは多分、人間なんでしょう。

ああ、この画像もリンクしておきたい。


どうでしょうか。
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by mariastella | 2012-07-10 01:53 | アート

Troels Wörsel

Troels Wörselというデンマークのアーティストがいる。カタカナでなんと書くんだろう。

ポンピドーセンターにこの人の大きな馬の絵があって、すごく迫力がある。

http://www.cbx41.com/article-26338775.html

実はこの作品もいろいろな連作、習作になっていて、Troels Wörselの画像で検索したら写実的なものや、さまざまなトーンのものを見ることができる。

左向きの一頭の馬を真ん中で分けて背景によって味付けを変えたものだ。

「味付け」というのはこの画家が意識して使っている「料理する」という言葉にぴったりだ。

この馬のヴァリエーションは、調味料や盛り付けや付け合わせや食器をいろいろ変えてみたものだというのがよく分かる。

マチスにおけるアフォーダンスが「視覚」優先だったのに対して、Wörselは味覚に引き寄せているわけだが、右側の後半身がモノクロの「食材」状態で、左側に侵入した前半身が芳醇な味覚の至福に変身しているという感じが、オリジナルの前に立つとすごくよく伝わってきて、いつまでも眺めていたくなる。

おもしろい。
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by mariastella | 2012-06-13 01:23 | アート

Matisse : Paires et séries マチス展

ポンピドーセンターのマチス展が終わりに近づいたのであわてて行ってきた。この間から、忙しさにまぎれてたくさんの展覧会を見逃していたのだけれど、このマチス展と、リュクサンブールでやっているチーマ・ダ・コネリアーノ展だけは絶対に見たかったのだ。

Paires et séries、つまり、「ペアと連作もの」、マチスに特有の、同じテーマで同じ大きさの絵を何度も描き直す、というか、ヴァリエーションを研究したものを合わせて展示するという面白い趣向だ。

ラフな軽いものがじっくり描き込まれるものに変化するというのは分かるのだが、じっくり描いたものが、単純化していく作業の緻密さの方がおもしろい。

今回彼の室内画を並べてみて、フランス・バロック音楽との共通点を発見した。それは、mise en scène 演出、へのこだわりということだ。何をどう並べて再構成するか、「単純さ」さえ、実は考え尽くされたものなのだ。

こんなやり方を見ていたら、この人がもし、絵をデジタル処理できる時代に生きていたらそっちに走ったのかも…とまで思ってしまった。クリック一つで、色を変えたり、いろんな試行錯誤ができる。

実は同じ階でゲルハルト・リヒターの回顧展をやっていて、この人がまた、写真に特殊効果を与えて描くというデジタル処理の先駆みたいな人で、最近は実際にレーザープリントを使った作品をコンピューターで創っているのだ。

もっとも、マチスの「連作」も、リヒターの作品も、デジタルどころかずっしりとこだわりの手触りがアナログに伝わり、画家の気配というのが濃縮なので、たとえばウォーホールの連作だとか、他の画家のパロディ風の連作などとは全く違う。

また、下の階の近代美術館の常設展の方に、マチスの彫刻の裸の背中の連作が展示されているので、それも絶対に合わせて見るべきだ。何年も間をおいてレリーフが単純化していくのを見ると、色がなく、形とうねりだけが手触りと共に伝わってくるだけに、彼が絵に求めていたものがもっとはっきりと分かってくる。

連作で今回のマチスと同じような印象を受けたのは、バルセロナのピカソ美術館で観たベラスケスの模写のシリーズである。

その印象とは、ずばり、「アフォーダンス」だった。

これについてはまた改めて書こう。
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by mariastella | 2012-06-12 08:23 | アート

日本覚書 その1 美術館

日本でいろんなところに行ったので、忘れそうなので、後でまとめるために覚書。

建築的に面白いと思ったので、乃木坂の国立新美術館と水戸の芸術館に行った。

国立新美術館は、素材や形、外側と内側のマルチ空間の明るい構成、どれをとっても魅力的。黒川紀章最後の作品。ミュージアムショップも素敵なものがいっぱい。

15世紀フランドル絵画の博士論文執筆中のスタッフに大エルミタージュ美術館展を案内してもらった。

バロック・トリオのHと一緒だったので、18世紀ニコラ・ランクレの有名な踊るカマルゴ嬢を見つけて、二人でなめるようにゆっくり楽しめた。

日本に来た最初の週にHと彼の彼氏であるスコットランド人のLと一緒に二見浦に泊まって伊勢神宮にお参りしてきた。Lは浮世絵の収集をしていて、最初の1枚が夫婦岩だったので、どうしても見たかったそうだ。思ったより小さくて意外だったようだ。私は去年津波の映像を見すぎて、もう海辺の宿に泊まるのはいやだと思っていたのだが、彼らのおかげで、半世紀ぶりに二見浦に泊まった。

20世紀のマティスの前で皆であれこれ話していたら、フランス語でマティスについての論文を書いたという女性がいろいろ解説してくれた。「少女とチューリップ」は癒し、快復がテーマと言うのだが、私は少女のまなざしに、もう絶対に「回復」はできない失われた何かを見て気になった。それは、病によって失われたと彼女自身が思い込んだ彼女の幻想の「若い日々」かもしれない。

その後彼らと根津美術館に行く。春の陽光の下でのここの庭は初めてだ。

水戸の芸術館は写真ですごく気に入ったのだが、行ってみたら、前の広場に屋台みたいなショップがいっぱい出ていて、仮設舞台でにぎやかな演奏があって町内祭りのようなノリだったので、少しがっかりした。

現代美術ギャラリーでのゲルダ・シュタイナーとヨルク・レンツリンガーによるインスタレーション「力が生まれるところ」は私好みで楽しかった。横たわって鑑賞する「リンパ系」というインスタレーションが楽しいが、なんだか、やはり、こうしているときに地震が起きたら・・という一抹の不安が。水戸納豆も震災の後一時出荷停止になったと初めて聞いた。

付属のフレンチレストランはおいしかった。

ショップで、ここが出しているWalkという雑誌の2001年6月号の特集「『ダンスはすんだ』のか?』を買って読んだ。日本の現代舞踊協会についても言及されている。

今日の夕方は、「ティアラこうとう」に舞踊作家協会の公演を観にいく。70年代にかぶりつきで鑑賞したアキコ・カンダは、昨年亡くなった。今日は、彼女と同じ歳のヨネヤマママコさんも追悼のマイムをなさる。
93年にベルギーで企画して演じてもらった十牛の最後のシーンだ。彼女には、2003年に私たちトリオが公演したとき、プライヴェートコンサートで競演してミオンを踊ってもらった。もう一度一緒に演ってみたい。

芸術館の後、偕楽園にも40年ぶりで行った。地方都市って、流しのタクシーがほとんどなく、芸術館から歩いた。

被災して閉まっていた好文亭が修復されて今年再開したそうでちょうどよかった。昔行ったのは梅の頃だが、今はつつじが咲き始めていた。
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by mariastella | 2012-05-01 12:59 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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