L'art de croire             竹下節子ブログ

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地雷原

 Antoine Guggenheim の  『Les preuves de l’existence de Dieu』

 を読んでたら、なんと、

 Sylvain Gouguenheim の、『 Aristote au Mont-saint-Michel』

 に迷いこんだ。

 前者は司祭でエコール・ノートルダムの教授。
 後者はENSリヨンの教授で、ビンゲンのヒルデガルトについての研究もある中世学者。

 Gouguenheim は明らかに、Guggenheim のフランス語化じゃないだろうか。
 この二人には関係があるのではないだろうか。
 検索してもでてこない。

 でも、Guggenheimが、「マイモニデスとトマス・アクィナスの二人がアリストテレス的知性を信仰の知に応用したのに、イスラム世界ではアリストテレスが宗教や哲学には直接の影響を与えていない」と書いているのを読んだ時、「アヴィセンナやアヴェロエスのアリストテレス注解を無視した」としてこの春以来大騒ぎになった後者の著作のことが稲妻のように頭をよぎった。

 Guggenheim は Gouguenheim を踏まえて言っているんではないだろうか。

 後者の騒ぎとはこういうことだ。

 彼は、一般に言われている図式を否定した。

 その図式というのは、

 中世のヨーロッパは暗黒時代で、ラテン語しかなかったが、アラブ=イスラム世界では宗教が共存し、バクダッドには「智恵の学校」があり、スペインのアラブ世界でもギリシャ語の著作が翻訳され、科学や医学も発展し、ヨーロッパは、そのアラビア語をラテン語に翻訳することでイスラムの光に照らされ、ルネサンスと近代化の端緒につけた、みたいなことだ。

 そして、この図式は、現代の地政学上、イデオロギー化している部分がある。

 排他的で不寛容で封建的で蒙昧だったヨーロッパが、アラブ世界に啓蒙されて文化的になったくせに、帝国主義と資本主義に走っていつのまにか世界を征服し、アラブ世界を搾取したり見下したりするから、アラブ世界が反撃している、という見方が出てきたりするのだ。

 そしてこのような見方は、フランスのインテリ左翼好みでもある。

 ところが、Gouguenheim は、

 トレドからアラビア語経由でギリシャ哲学がもたらされる50年前に、すでに、モンサンミッシェルの僧院では、ビザンチンに滞在したことのあるヴェネチアのジャック(ヤコブ)という僧がアリストテレスを翻訳していた。

 大体において、ラテン世界がギリシャ古典をまったく所有していなかった時期はなく、抄本はいつも出回っていたし、オリエントの教会との人的、学問的交流はずっとあった。

 紀元千年の時点では中東の人口の半分はキリスト教徒で、シリアのキリスト教徒がギリシア古典のテキストをアラム語系統のシリア語に訳した。それをアラビア語に訳した人が、アラビア語にはなかった医学や科学の語彙を発明したのだ。

 という事実を挙げる。これらの話は、別にGouguenheimの新説でなく、中世学の研究成果らしい。

 しかし、これは、ヨーロッパの文化ルーツからイスラムを排除しようとするイデオロギーだと解されて、ENSの教授連が自分たちはこれにくみしないという署名運動までした。
 彼がアヴェロエスなどを挙げないのは、彼らがギリシア語の原点にあたっていないからだそうで、しかし、それは聖トマスも、オッカムも同じこと、という。

 私の気になったのは、まず、

 Guggenheim が、ユダヤ教とキリスト教は神学における理性主義と弁証法を取り入れたのに、イスラムは違うとしたことだ。

 キリスト教が、啓示の聖典として、途中で性格が変わったユダヤの聖典(ユダヤ人の救済預言)と新約聖書(非ユダヤ人の救済)の両方を統合したことは、それだけで弁証法的思考を要したから、神学がややこしくなったというのは分かる。

 それなら、そういう分断のないユダヤ教と、やはりコーランだけを拝するイスラム教は、いずれもキリスト教と違ってくるのではないか。アヴェロエスを無視しながらマイモニデスだけ聖トマスと並べるのはどうなんだろう、ということ。そこには、ユダヤ教とキリスト教が聖典を共有しているからという、イスラムへの排他意識がないか? 

 それから、ムアタジラ派はどうなんだ、ということ。

 神学における理性至上主義はどうしてイスラムでは立ち消えたんだろう。

 中世ヨーロッパでは、強くなるローマ教皇の権力を牽制するために、王や王の法官たちが、教権に対抗する拠り所のインスピレーションをギリシャに求めて、つまり、ギリシャ・ローマにおける政教分離をモデルにしようとして、ギリシャ古典を僧院で訳させたらしい。

 イスラム世界では、宗教権威が封建諸侯の一種であるという形での権力の拮抗がなかった。

 だから、理性至上主義は、エリートの思弁だけに終わった?

 もともと、ストア派的考えだのアリストテレスやプラトンの光に照らすと、大体は、無神論まではいかなくとも、「宗教無用論」に近づく。それは、どんな文化でも、エリートによる形而上学の行き着く先かもしれない。

 2006年9月のラティスボンでのB16の信仰と理性についての講義が大騒動になり、テロにまで発展したことも記憶に新しい。

 あれは、つまり、

 キリスト教=信仰と理性は両立=民主的平和
 イスラム=理性的でない=暴力

 という図式だと誤解されたわけである。
 しかし、これだと、信仰が暴力の源泉で、理性が平和を維持するとなる。
 本来なら、信仰こそが暴力を否定するモラルとセットになってるはずなのだが。
 暴力に走る信仰は、間違っているのだ。別に理性が足らないからではない。
 
 で、理性中心主義が神学を哲学にして政教分離と非宗教的公空間の形成に至ったキリスト教と、そういう方向に行かなかったイスラムがある。

 ギリシャ的理性中心主義が無神論を内包していることは、暗黙の了解だったのではないか。

 こんな議論は、今の時代ではすでに毒がないと思っていた。

 しかし、「ヨーロッパのルーツ」「ユニヴァーサリズムのルーツ」がイスラム世界を経由してるとかしてないと発言するだけで、インテリから叩かれ、インタネット上でイスラムフォビーに取り込まれ、大変なことになるのが実情である。無神論は今でも充分地雷原になるらしい。要注意。

 

 
 

 

 
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by mariastella | 2008-09-30 08:30 | 宗教

三つの言葉

 今の世界のネオリベや市場原理にのみ支配される際限のない「開発」に意義を唱えたり、歯止めをかけようという傾向や運動の言葉で代表的なのが三つある。

1 Developpement durable

2 Decroissance soutenable

3 Sobriete heureuse

日本語でどういう訳が定訳なのか分からない。

 1は、持続可能な発展で、これは1987年の国際合意というから手垢がつき、まあ、「地球に優しい開発」みたいなスローガンが金権主義の隠れ蓑や免罪符になっていたりする。

 2は、もっと積極的に、エコな生き方を提唱するので、低成長というより、マイナス成長、というか、生活の仕方を変えようという感じだ。しかし、いたずらに「昔にかえろう」、「原始時代がいい」とか「江戸時代が理想」というのではなく、余剰を削ろうという感じである。リヨンに発行元がある 『La decroissance-le journal de la joie de vivre』という月刊新聞は個性的でおもしろい。でも過激で理想主義的過ぎると思われている。広告やブランドの攻勢を洗脳として戦う姿勢はもっともだと思う。エコ原理主義に傾くリスクは確かにある。

 3は、フランスではすごくインパクトがあるNicolat Hulot が2005年に唱えたもので、必要を自制しながら、ものよりも人とのつながりを楽しもうというちょっと楽隠居みたいなニュアンスの言葉だ。これが1と3の間で、現実的でよろしいんじゃないか、という話だ。

 何かをする時のネーミングはフランス人にとって特に大事な気がする。

 スローフードという運動があるが、あれを唱えだしたイタリア人は、1986年にフランスの農業従事者の運動を見てインスピレーションを得たそうだ。でも、今は国際的に広がっているのに、フランスではあまり流行っていない。というか、言葉の知名度がない。スローフードが英語ってこともあるが、文化的にアルプスの向こうの国にコンプレックスやらライヴァル意識があるので、イタリア発のものは、なんとなく抵抗があるらしい。

 自分ちで、自分たちの考えた言葉を掲げて行こうという姿勢は共感がもてるが・・・

 今から、Andre Paul の『クムランとエッセネ派-あるドグマの崩壊』Cerfという本を買いに行く。1947年の死海文書発見以来、エッセネ派の僧院跡だとされてきたクムランだが、実は全然確かじゃないのだそうだ。この説はあまりにも常識化してたので、私も『知の教科書 キリスト教』(講談社選書メチエ)にトピックとして書いているから、責任を感じてしまう。

 イデオロギーから自由で、とても良心的でかつ刺激的な本だそうだ。楽しみ。

 
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by mariastella | 2008-09-26 21:29 | フランス語

イギリス王室とカトリック

 Patrice de Plunkett のブログによると、イギリスのゴードン・ブラウンは、近く、カトリック信者がイギリスの王座につくことの禁令を解くつもりらしい。

 これは、1688年の名誉革命以来の変革だそうだ。

 名誉革命でカトリック王が禁止されたのは、カトリックであったスチュアート家の王位奪還を阻止するためだった。今はスチュアート家は絶滅したそうだから、当初の目的はもう意味をなさない。日本人の目から見ると、17世紀の法律が今も生きているということ自体が驚きで、宗教〈というよりキリスト教党派争い?)の確執の根深さに今さら感心する。19世紀までは、カトリックは公職にもつけなかった。
  
 ブラウンはスコットランドの長老派の牧師の息子だし、今のイギリス王室にはカトリックがだれもいないから、この突然の変革は、王室の誰かの「隠れカトリック」をかばってるのかもしれない。ブレア元首相が、首相を辞めたらさっさと、奥さんの宗旨であるカトリックに改宗したことは記憶に新しい。禁令が解けたらだれがカミングアウトするのか楽しみだ。

 この名誉革命でカトリック国フランスに亡命したのがジェームズ2世である。そして、その前のチャールズ2世は、カトリック・シンパだったが、新教徒に屈して、アイルランドのオリヴァー・プランケット大司教の逮捕を許してしまった。彼は、証拠なしの陰謀でっちあげによって吊るされ、解体され焼かれたそうだ。今は殉教聖人になっている。

 ん? プランケット大司教? 

 では、パトリス・ド・プランケットも、ひょっとしてアイルランドから亡命したカトリックのプランケット家の子孫なんだろうか。だとしたら、彼が若い頃に左翼王党派だったり、今もローマ教皇ファンであることも納得がいく。

 ヨーロッパの宗教や歴史は込み入っている。宗派は姻戚の指針であり、権力の継承とセットになっている。アングロ・サクソン国ではアメリカも含めていまだにそれがはっきり見えている。いや、はっきり見せないといけない。だから、隠すことも必要になる。
 今のデンマーク女王と結婚したフランス貴族は、王室がルター派と決まっているので結婚前に改宗した。外交官だった。アンリという名はヘンリクとなり、国も名も宗教も仕事も変えたのは一大決心だったと語っている。(この夫婦は、でも今でもすごく仲がいい)

 フランスは共和国の原則上、関心も薄いし何の障害もないが、サルコジもカルラもカトリック系だから、離婚してようが不倫してようが、ローマ教皇が来てもなあなあで大丈夫である。建前は別として、教義とかの問題じゃないのだな。でも「隠れ」信仰者というのは逆に、教義にもこだわっていそうだ。奥が深い。

 
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by mariastella | 2008-09-26 20:41 | 雑感

聖フランチェスコと奇跡と裸

たった今、St.Jose Manyanet y vives に関係する問い合わせに答えたところだ。問い合わせと直接関係ないので書かなかったが、この聖人の聖痕のことを思い出してしまった。このスペイン人(1833-1901)は、確か、16年間も、脇腹に聖痕を受けてどんどん弱って死んだような記憶がある(違ってたら失礼)。記憶に残っているのは、聖痕というのは、傷なので「痛い」ということはあるが、一応超常現象の一種だから、それが死因になるというのは変じゃないかと思ったからだ。20世紀の聖痕のチャンピオンであるパードレ・ピオなんか、開いた傷口から出血し続けたのに貧血にもならず、長生きしたし、亡くなった後に全ての傷が消滅したと言う。

しかし、カトリック世界の奇跡の「聖痕」者の嚆矢となったアッシジのフランチェスコだって、聖痕を受けてからどんどん体が弱ったという話だし、生存中は包帯などで隠していたが、仲間の修道士ルフィーノが、脇の傷から血が出ているのを見てわざと指を突っ込んだのでフランチェスコが痛みに飛び上がった。

じゃあ、聖ホセ・Manyanetの方が、由緒正しいフランチェスコ型聖痕なのか。

フランチェスコの聖痕は死んだ後も消えず、彼を慕う人たちの接吻の嵐、みたいになった。足の傷にはご丁寧に釘状のものが見えていたともいう。
これは骨のキストじゃないかと思うし、脇の傷も、触れられて痛く、出血で衰弱するなら、なんかの病名がつきそうだけどなあ。指を突っ込まれたのはもちろん、イエスの復活を疑った聖トマスに、疑うなら脇の傷に指を入れてもいいよ、みたいな展開になったことからの連想だ。

フランチェスコは、その兄弟たちからイエスの再来のように思われていた。それで、彼の言行録ができた時に、そういうエピソードが入ったのだろうか。それを読んだ人々が、そこからインスピレーションを受けて、実際の聖痕の系譜が生まれたのだろうか。

フランチェスコが聖痕を隠していたというのは謙遜の心からだというのだが、「聖痕者」第一号なのだから、それを見せるべきか、隠すべきか、手当てするべきか、逡巡はなかったんだろうか。

あ、別に、フランチェスコを茶化しているわけではない。理解できないだけ。
復活のイエスの脇腹の傷口が開いていた、ってことですら、私には理解できない。
トリノの聖骸布やオヴィエドの聖外布に滲みた夥しい血を見ていると、これだけの血が失われて、しかも満身創痍の人が、傷口あけたまま復活したというのが、すごく怖いシーンだと思わずにいられないからだ。

フランチェスコは、福音書の言葉に従って世を捨てようとして、着ている服も全部脱いでしまった、というシーンも有名だ。「小さな花」のエピソードには裸のエピソードがこの他にもある。

フランチェスコがある宿で、美しい女性から言い寄られた。彼は、「その提案、OK」と答え、彼女は、「じゃあ、床を用意しましょう」と言う。するとフランチェスコは「来なさい、最も美しい床を見せてあげましょう」と言って、大きな暖炉に行き、そこで裸になって熱した火床に横になるのだ。まるで花の上に横たわるように。もちろん火傷なんかしない。女性は恐れおののき、改心して回心する。

フランチェスコの脇腹の聖痕に指を入れた修道士ルフィーノも裸つながりだ。

ルフィーノは、敬虔だが、話すのが苦手で、ある日、フランチェスコからアッシジに行って説教しろと命じられるのに、私にはとてもできません、と辞退する。
するとフランチェスコは、ルフィーノがすぐに従わないのに気を悪くして、それなら裸になって(下穿きはつけててもいい)アッシジに行き、教会の中で裸で説教しろ、と命じるのだ。

これって、たちの悪い罰ゲーム?的な、パワーハラスメントじゃないかと思ってしまうが、実際、ルフィノが裸で出発した後、フランチェスコも反省して、自分も裸になって後を追い、聖堂で裸で説教し始めているルフィーノに合流して、裸で、清貧についてのすばらしい説教をしたという。

まあ、裸というのは清貧のたとえというかシンボルなんだろうが、服とか装飾品がなくなったら、付き合いはもっと、濃密になる気もするし、こういう経緯だから、フランチェスコが聖痕を隠すのを、ルフィーノは「みずくさい」と思って、指を入れたのかもしれない。

フランチェスコの奇跡譚をどう読むかはいろいろな立場があるだろう。
でも、精神性と肉体性が微妙にからみあって、後にカトリック特有の「聖痕」者の伝統が本当に出現したんだから、そのフィジカルなインパクトは大きい。
 
私の好みの空中浮揚もフランチェスコはどんどん高く上ったみたいで、足を掻き抱いて接吻した修道士もいる。これもその後の神秘家たちの超常現象に影響を与えたろう。

『小さな花』Fioretti があまりにも有名なんで、元が一体どうなっているのか知りたいと思った人もいた。
聖フランチェスコこそキリスト教改革派の先駆者だと考えたフランスのプロテスタントのポール・サバチエ牧師が20世紀初めに、Fioretti の種本であるラテン語の「フランチェスコとその仲間たちの行電」の写本を発見した。Fioretti は、このテキストのダイジェストのイタリア語訳だったらしい。

フランチェスコは1226年に死んだが、その後まもなく、フランチェスコ会は、財産も持ち始めた体制派と清貧の急進派とに分裂した。時の教皇が何度か調停に入り、結局、1317年に、ヨハネ22世が、急進派が上長の命令に従わないのは傲慢の罪であるとして切り捨てる。
彼らは追われて、山に籠り、ますます禁欲的に、ますます急進的になり、イエスと使徒になぞらえて、『行伝=言行録』を書き記したのである。

で、この人たちは、禁欲的だから絶滅した。でも、やがて、本体の会の方にも改革派が生まれて、今はそっちの方がマジョリティだから、言行録も、Fioretti として陽の目を見たわけである。

そこには、宗教的理想が社会的な力関係によって変質してくのかという問題もあるし、いや、そもそも、人は若き日の理想をどのように保持して伝えられるのか、それを飼いならすのか、偶像化して牙を抜くのか、という問題もあるだろう。
言行録のラテン語からのフランス語新訳がもうすぐ出るというニュースをカトリック雑誌で読んだところなので、感慨を覚えた。

どんな「啓示」宗教でも、たいていは、神も啓示も、人間にいいように作り変えられたり偶像に取り替えられたりする。時々、それらを吹き飛ばして、偶像をなぎたおして、最初の啓示の意味を問おうとする改革者が現れる。その改革者の放つ強烈なオーラは人々を回心に招くが、また、それが偶像化して・・・そんな繰り返しである。

しかし、人間の歴史と欲望の文脈はどんどん変わるので、今や、偶像化ばかりではなく「改革者」のオーラの読み取り方にも気をつけなくてはならない。それには、精神の「自由」とは何か、をいつも問う必要がある、と、つくづく思う。
 


 
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by mariastella | 2008-09-26 01:43 | 宗教

ユニヴァーサリズムのマクロバランス

 昨夜、一神教と宇宙人についてのエッセイを書いた。
 ついこの前、キリスト教とUFOの親和性についてのコメントを求められて書いたものの補完と言ってもいい。

 超越というものと、地球外というものの関係がその中心にある。

 これは、キリスト教の非宗教化として抽出された西洋近代型ユニヴァーサリズムの話でもあるのだがそれには触れなかった。

 共同体の外、階級の外、国の外、などに仮想敵を外化して、内部の秩序を維持するとか、結束を固めるとか、あるいは支配者への依存状態を作るとかいうのはまあ古典的な手法だが、ユニヴァーサリズムを敷衍していくと、仮想敵の場所がなくなる。
 西洋近代型ユニヴァーサリズムは平等思想と人権思想も生んだから、内部に異端を作って罪をかぶせてしまうという形の共同体結束も難しくなる。

 冷戦の頃のアメリカ映画には、「ソ連のスパイ」だの「核戦争」だののテーマが多かった。「ソ連」が消滅してからは、それが「火星人襲来」とか「巨大隕石の衝突」とか「異常気象によるカタストロフィ」とかにシフトした。その後、21世紀には、「テロリスト」という敵へまたシフトした。

 異常気象ものには、アメリカだけが寒冷化したり大洪水で住めなくなり、途上国に移民をさせてもらって「どうもありがとうございました」、とこれまでの傲慢を反省するというタイプのものもたまにあるけれど、宇宙人襲来ものは、地球人が結束して地球を守るという効用があった。

 人類の危機の前では地球人同士の肌の色とか文化の違いなんて、どうってことないよ、という形での、ユニヴァーサリズムの成就だ。

 そういうことでも起こらなければ、人類みな兄弟という感覚は「自然に」生まれるものではない。人権宣言だって最初はカトリックとプロテスタントの男の納税者が喧嘩せずに仲良くやろう、ぐらいの実質しかなかったし、まあ、それでも革命的だったわけだが、普遍選挙と言っても、女性が「普遍」に含まれたのは、歴史上のほんの最近の話に過ぎない。

 で、ユニヴァーサリズムを標榜する人のなかには、宇宙人やら地球外生物やらが我々の視界に入ってくることを、ユニヴァーサリズム成就の最後のチャンスと見る人がある。
 人間が殺し合いをやめるには、地球外生物との戦争が一番効果的だという発想だ。

 しかし、一方で、現代のカトリックなどは、1992年のガリレオの復権以来、科学的パラダイムの変換を公式に認めたので、人類と同じ、「被造物」仲間の地球外生物の存在を、「科学的」に検証しようとしている。

 「神の存在証明」について、その超越性や無限性ゆえに不可能だとしても、ルネサンス以来の科学主義のおかげで、教会はいろいろあがいてきたが、その科学主義もポストモダンに突入した。神学者たちも夢から醒めたように、神の存在証明に興味を失った。
 そこに、テクニックさえあれば「科学」的に可能なはずの「宇宙人の存在証明」がツボにはまったのかもしれない。

 宇宙人が原罪を免れてるという可能性は大いにある、と語る天文学者の神父さんもいる。

 よく、古代文明は地球外から来たとか、イエス・キリストは宇宙人だったとか、宗教のルーツ=宇宙人説とかがあるが、ユニヴァーサリズムの擁護者はそういう話を当然嫌う。

 ユニヴァーサリズムは文字通り、その概念の中に「ユニヴァース=宇宙」を持っているので、人類と宇宙人を差別しないし、互いを仮想的と見なす共同体主義も避けようとするのが筋だ。
 だとしたら、安易な「宇宙人襲来」によって、たかが地球規模の平和と団結の成就だけを望むわけにもいかないのだ。

 UFOや宇宙人をめぐる言説の変化を観察するのは、ユニヴァーサリズムがどこまでユニヴァーサルなのかというマクロなバランスを知るための有効な方法の一つである。
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by mariastella | 2008-09-23 22:55 | 雑感

ミュージアム

 今朝のラジオで一つ驚いたことがある。

 リヨンでプラスティネーションの展覧会があり、人を集めている、という話だ。

 これはドイツの誰かのテクニックで、人間の体に樹脂を注入して常態で保存した標本で、それを輪切りにしたりして、展示する。

 私は10数年前に、横浜のみなとみらいの中でこの「人体の不思議展」を見た。
 怖いもの見たさ、ののぞき趣味もあったが、何かシュールで、あまり怖くなかった。

 その後数年前に、東京で、中国で製作したという同種の展覧会を見たが、これはアジア人なので何かリアルで、どこかの強制収用所で本人や家族の許可なしに剥製にしたんじゃないかとか思えて気分が悪かった。

 で、この展覧会、アメリカのどこかでやったときに、倫理的なクレームがついたそうで、まあ、問題ないとなったらしい。ヨーロッパでもどこの国だかで、開催中止を呼びかける運動があったそうだ。

 私が驚いたのは、それについての解説が、アートはどこまで許されるかとか、アートと倫理というの問題だったからだ。プラスティネーションについても「アーティストは」なんたらとか、作品がなんたらとか言っていた。それで引き合いに出されたのが、先日も書いたが、サザビーズで飛びきり高価な値がついたDamien Hirst の作品だった。確かに、彼のも動物のホルマリン漬けなのだが・・・

 日本で、プラスティネーションの紹介やら解説の記事を読んだ時、それはアートだなんて語られていなかった。科学見世物、というか、科学展示会、で、見本市会場というか、よくても博物館展示という感じで、「美術展」とか、美術館とか、芸術とかの枠では議論されてなかったと思う。

 まあ、人間の臓器だの死体だのを展示して見る、ということ自体が際ものというか、冒涜的な感じなので、それを正当化して罪悪感を消すためか、啓蒙的、科学教育的なテイストと、新しいテクノロジーの価値とか、ことさら散文的なバイアスがかけられていた。アートであるかないかなんて切り口は私は知らなかった。

 これは、ミュージアムという言葉が日本語では美術館と博物館の2種類の訳があることとも関係する。博物館なら「科学的(歴史的も含む)」な価値のあるもの、めずらしいもの、がOKで、美術館には芸術的価値のあるもの、という合意がある気がする。

 ルネサンスのヨーロッパでは、新大陸からの文物はもちろん、キリンでもインディアンでも黒人でも肉体的ないわゆる「奇形」者でも、みんな「珍しいもの=価値あるもの」として、展示されたり、貴族やブルジョワが「Cabinet de curiosites」というコレクションにおさめたりした。

 こういうコレクションは、後の分類学とかの基礎ともなったので、好奇心といってもただの悪趣味ではなく、科学精神もあったわけだが、これが、キリスト教的な秩序や世界観におさまりきれない部分を収容していたのだろう。

 ミュージアムもほとんどは、個人のコレクションの発展したものだ。

 昨年はじめに上野の国立博物館でエジプトのミイラ展を見て、その時も、ミイラをCTスキャンして、中まで見せよう、というので、最新のテクノロジーが強調されていた。まあ、エジプトのミイラは考古学的価値や歴史価値もあって、人類遺産って感じはするから、それでOKだけど、どこの誰か分からない現代の中国人のおじさん、なんかが樹脂を注入されて縦割りされているなんて展示会は、考えてみると、どういう理屈をつけて「見せる」んだろう。

 確かに冒涜的な感じがするこんな途方もないものは、「科学」でなくて、「アート」とした方が、欧米では通りがよいようだ。
 「倫理に反する」というクレームも、ある意味で西洋的であり、それに対抗するには、「いや、科学的展示ですから」というよりは「いや、コンテンポラリー・アートですから」と言った方が通りやすいんだろう。

 では、あれは、アートだったのか?

 この意外な発想の違いはけっこう本質的な何かを秘めている気がする。

 聖人の聖遺骨の展示やコレクションの伝統が、ルネサンス以降も、偉人(学者・アーティスト・哲学者・政治家など)の遺骨だの体の一部の保存に変わって残っているヨーロッパというコンテキストとも切り離せないと思う。
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by mariastella | 2008-09-22 01:06 | アート

無神論いろいろ

 無神論者ほど神にとり憑かれてる人はないというのは本当かもしれない。

 無神論について調べてるだけでも、すっかり「神」と縁が深くなった。

 19世紀から20世紀にかけての西洋人文科学系の無神論は、マルキシズム型、精神分析型とかいろいろあるが、

 「神って、実は人間の発明したものだったんだ」

 というタイプが多い。

 神が創造主だと思っていたら、実は人間が神を創造してたんだ、というわけである。

 それまでにすでに、何世紀にもわたって、とても精緻な懐疑主義やエレガントな偽善があったわけだが、「人間が神を創った」って説を思いついた時は、逆に、革命的だと思ってよほど嬉しかったのか、その後の無神論が単純になった感じがする。
 
 でもその手の無神論って、それほど、神の否定になっているだろうか。

 鶏が先か卵が先か、の議論みたいだとまでは言わないが、主語と目的語が変わっても、あまり意味が変わらない気もしてきた。

 たとえば、親が子を「創った」といえば言えるが、親もまた、子によって日々親になっていくのもまた事実で、そういう関係性の中でしか対象は生まれない。

 一神教系の神は、明らかに人を「救済」したがっている。

 信仰とは無神論の海で無神論の波を掻き分けて神に向かって泳ぐようなものだと言う人もいる。無神論と信仰がセットになっているなら、神と人もセットになっているのかもしれない。

 私のサイトの宗教質問箱の中で、

 「欧米で反宗教、反キリストを掲げる人って実のところキリスト教にくわしかったり、人一倍影響を受けている場合が多いような・・。」

 という感想を述べていた方がいるが、まさにその通りだ。

 ところが、その、キリスト教的教養の高い無神論者って、1968年世代で終わってるみたいな部分もある。それ以降の無神論者は、キリスト教についてただの無知というのがたくさんいる。

 だから、今回教皇がパリで講演した時に、結構感心して、

 「キリスト教のことをもっと知りたくなりましたよ」

 みたいなことをいう精神科医だの心理学者だの政治学者だのがいたりする。

 そのほうがびっくりだ。

 未知の世界だ、と恥ずかしげもなく言う。

 こんなだから、若いエリートが、ちょっと挫折してカルト宗教にはまったりするのかもしれない。

 まあ今回、フランスでは若い人にB16ファンがけっこういたみたいだから、カルト教祖に夢中になるのりだとしても、害は少ないからいい。

 今回の教皇のフランス滞在は共産党恒例のユマニテ祭りと重なった。

 パリ・マッチ誌のマンガで、68年世代のおじいさんがチェ・ゲバラの顔がプリントされたTシャツを着て、ユマニテ祭りに行ってきたよ、と言うと、孫娘が、「I LOVE JESUS」とプリントされたTシャツで、私はB16のミサに行ってきたわ、と言うのがあって、でも今の世の中はもう希望がないから、「愛すること」を信じることが一番いいよね、って感じで二人が合意する。

 多分、この2人にはさまれた世代は、ゲバラにもイエスにも興味がなかったり、どちらの知識もなかったりするんだろう。

 私のトリオの仲間でユダヤ系無神論者の友人はユマニテ祭りで買ったというフリースを練習の時にわざわざ着てきた。もう1人は、終末論的原理主義的なプロテスタント家庭で育ってそこから抜け出した人だが、神なしには生きられない。30代と40代で、政治的には2人ともインテリ左翼である。違った形ではあるが、ゲバラとイエスとに少しずつ引き裂かれてるのかもしれない。


 
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by mariastella | 2008-09-21 07:55 | 宗教

超越について その3

 一昨日、College des Bernardins に行った時、今年からEcole Cathedrale の一部がここに移ると聞いたので、毎木曜日のディスカッションに登録しようかと思った。特に最初はAntoine Guggenheim 師の「神は存在するか?」がテーマだったので、興味を持っていた。
 でも、そこの本売り場で、彼の『Les preuves de l’existence de Dieu』を見つけたので他の本とともに買った。

 他に買った2冊は、

 Rene Remond  『Le nouvel antichristianisme』
 
 Henri Bremond 『 Hisatoire litteraire du sentiment religiex en France
              Les mystiques francais du grand siecle』

 だ。

 今、無神論の系譜で頭が飽和状態で、神の存在証明はそのネガみたいなものであり、これももう充分なんだが、Guggenheim師の本はよくできている。

 焔が継続するには空気が必要なように、神も存続するためには無神論を絶えず食っているみたいなものである。

 で、この本の最初のぺージに、ヘブライ人への手紙の11-1が引用されていた。

 La foi est la garantie des realites que l’on espere,  
          la preuve des realites qu’on ne voit pas.

 というところである。

 すごく胸に響いた。

 私が近いのはヨーロッパ・ベースのローマ・カトリックだから、ラテン語的発想や構造と、それを訳したフランス語が琴線に触れる。思考のタイプも、西洋弁証法的だからかもしれない。

 直訳すると、

 「信仰とは、期待するリアリティの保証であり、
  見えないリアリティの証拠である」

 ここのところは、パウロの神学上の3つの徳のふたつである「信仰と希望」の文脈で読むべきなのだが、とにかくこのふたつは「神的リアリティ」を通してセットになっているのである。

 前に書いたことがあるが、この「希望」は、フランス語では「期待」に近い。
 ちょっとコピーしてみよう。

 「次に、もうひとつの徳である希望についてです。
 この訳も、すごく微妙なものだと私は思っています。
 ギリシア語には触れませんが、ラテン語のsperare(期待する、待つ) という言葉が12世紀頃にフランス語でesperer、esperance、espoir などという語になりました。
しかし、esperance と espoir はニュアンス が違います。日本語の辞書では両方とも期待と希望が挙げられていますが、前者は期待、後者は希望と言うのが近いでしょう。
 
 それで、信仰、希望、愛という3つの徳は、foi、esperance、charite なんです。
foi、espoir、amour ではないんですね。似て非なるもの。

 希望とは、希望的観測という言葉があるように、あまり根拠がなくても こうなってほしいという主観、文字通り望みなんですが、期待値という のは、それなりの根拠があってのものです。
 これだけやったんだから期待できる、みたいな。

 平均寿命のことはフランス語で esperance de vie といいます。統計的な期待値ですね。espoir というのは、ある人は大病をしたけど、まだ回復が望めるかもしれない、Espoir を捨ててはいけない、となります。
 その気力がなくなればdesespoir で絶望となりますが、検査結果がすべて悪化していれば、もう回復を期待することはできないdesesperanceとな ります。希望を断たれるというより期待が不可能になるのです。

  さて、信仰におけるesperanceというのは、単に、今は悪くてもいつかはよくなるかもしれない、希望を捨てちゃだめだ、と言うことではありません。この世が終わった時点で、神において救われるのを確信して「待つ」ということなのです。根拠は、イエスの誕生と復活により、我々が愛を通して超越と交わることができるという「信」です。
つまり信仰がないと期待できない、とセットになっているのです。

信仰があって心は安らか、希望があってポジティヴに前向き、愛があって地球に優しい、なんて3つではないのです。

それまでのストア派のコスモス哲学の理知的世界観を捨てて、「信仰を根拠にして、救いを待つ」と謳ったのがキリスト教でした。それに生命を与えているのが神との愛であり、自分が神から愛されているのと同じように神から愛されている隣人(=他者)を愛さなければならないというchariteだったわけです。

 (・・・)

 希望は人生のビタミン、
 期待は信仰を通して神様の約束の実現を待つことにだけとっておかなければならない。
 これがパウロのいう3つの徳におけるesperanceの意味なのです。」

 これは去年の夏に書いたものだが、今思うと、間をとって、「待望」というのがいいかもしれない。

 で、ヘブライ人の手紙の新共同訳聖書を見てみると、

 「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、
        見えない事実を確認することである」


 とある。

 もう一度フランス語の直訳を挙げる。

 「信仰とは、待望するリアリティの保証であり、
        見えないリアリティの証拠である」

 大分ニュアンスが違うな。

 パスカルは、単語はその配列が異なると異なる意味を生じ、意味は、その配列が異なると、異なる効果を生じる、とか言っていた。だからフランス語の直訳もちょっと違う。

 ここだけ読んだら、日本語の方は、

 「信仰とは、神や救いや天国があるといいな、と望んでることを、疑いを持たずに信じちゃうことで、そうしたら見えないものも見えて来るんだよ」

 ととられそうだ。フランス語の方は、

 「神や救いや天国があるってことは、信仰によって事実になるよ、
  信仰があるってこと自体が、見えないものがあるってことの証拠だね」

 ととられそうだ。

 じゃあ、原文はどうかというと、

 ここではギリシャ語の解釈とか議論するつもりはないので、私が学生時代に買って日本から大事に持ってきた岩隈直訳注の『希和対訳分冊版新約聖書』山本書店の『へブライ人への手紙』の訳を見てみよう。

 「信仰は希望されていることの保証であり、
      見えない事物の確信である」


 とある。フランス語では「リアリティ」と同じ言葉が2度使われているが、実は違うということが分かる。

 手元のフランス語聖書を見てみると、

 Or la foi est la garantie des biens que l’on espere,
            la preuve des realites qu’on ne voit pas.

 とある。

 直訳すると、

 「信仰とは、待望する事物の保証であり、
        見えない事実の証拠である」

 という感じかな。

 保証と証拠は同じだけど、事物と事実が違う。

 日本語聖書の1955年訳版もみてみよう。

 「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、 
            まだ見ていない事実を確認することである」


 「まだ見ていない」というところが、死後の魂の運命を想像させる。新共同訳はそういう「解釈」を廃して、原文に忠実にしたようだ。

 で、まとめると、日本語は

 「事がらの確信、事実の確認」

 フランス語は

 「現実の保証、現実の証拠」

 または、

 「事物の保証、事実の証拠」


 だ。


 ところが、希和対訳の岩隈さんの訳注によると、 この最初の「希望する(原文では希望されるという受動態現在分詞中性複数属格である)」 という言葉は、「確信」と解されることもあるそうだ。
 Bauerは、「実現」と解し、

 「(信仰の中に)希望されているものが実現される(あるいは、現実となる)」

 と解するそうだ。 

 ここでは全て日本語で比較してるわけで、それは漢字であり、みな似ていて錯綜していてわけが分からなくなる。「信」とか、「事」とか、「実」とか、「望」とか「証」とかが、いろいろ組み合わされて渾然一体になっているという印象を持ちそうになるほどだ。

 しかし、実は、「意味の配列」の問題でもあり、まさに、パウロにおいては、信とか実と事とか望とか証とかが、切り離されない一つのものであるということが、まあ、パウロを読んでいると分かってくる。

 こうなると、神だって、超越だって、「信」や「望」と切り離しては存在しないということになる。
 パスカル風にいうと、人はそういう「不可解」の認識を内にもっているからこそ、超越の意識なしには、自分自身について考えることもできない。

 「人間は無限に人間を超えている」、というやつだ。

 そして、キリスト教は人格神によって人間の中に超越をとりこんだ。
 アダムとイヴが、僕らも神さまと同じになるもんね、と智恵の実を食べて、最初の無神論者になったのが原罪で、原罪とは、人の内なる超越を否定したことになる。

 パウロやパスカルがせっかくここまで考えたというのに、

 19世紀的無神論や人文科学が、神とは人間が自分の最善の部分を外化してでっちあげたものだという逆方向に行ったことは、思えば不思議なことだ。当時の科学信仰進歩主義の全能感がそう勢いつけたのかもしれない。

 ま、昔から、どこの世界でも、「神」とは呪術的なオペレーションの対象となるあの「神々」の意味がほとんどだった。理性がその神から脱出しようとするのは当然だ。古代にはストア派的な脱出の仕方や、仏教的な脱出の仕方があった。そういう無神論的な脱出と違って、キリスト教は「神の受肉」という考え方によって、超越を取り込んだ。

 その「受肉の神」を追い出すと、人間の存在の「不可解なリアリティ」も見失うんだろう。

 パスカルが、

 「自己の悲惨を知らずに神を知ることは傲慢を生む、
 神を知らずに自己の悲惨を知ることは、絶望を生む」

 としつこく言っているのは、なんか、人間の歴史そのものだ。

 自己の栄光と悲惨という逆説に引き裂かれてない人には、超越はいい感じで、外と内に、自分の生まれる前と死んだ後に、広がっているんだろうなあ。

 頭が痛くないのに「頭が痛いんですか」と聞かれても、人は怒らない。
 頭が痛いかどうかを自分で知っているからだ。
 でも、「頭が悪い」といわれれば怒る。
 自分が頭が悪いかどうか確信を持てないからだ(これも by パスカル)。

 確信を持ちたいっていうのも西洋的弁証法という枠組みの副産物なんだろう。
 
 でも、私たちが、同じ西洋的思考法の産物であるテクノロジー社会とか人権社会とかに日々生きているのは紛れもない事実だから、その中で、「人類の栄光と悲惨」という逆説的テーマと折り合いをつけないと、QOLが落ちるだろうな。

 私は私みたいなタイプの人間がいかにも陥りそうな絶望を引き受ける力はないんで、内なる超越の片鱗でも愛することにしよう。超越は片鱗でも超越で、片鱗でも無限だから、ね。

 

 





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by mariastella | 2008-09-19 22:23 | フランス語

Fondation Cartier

 夏の終り(フランスでは秋分の日までが夏だ)の気持ちのいい日、Fondation Cartier と 先週教皇が講義をしたCollege des Bernardins に行った。両方ともカルチエ・ラタンから遠くなく、カルチエの美術館には中世の修道院をイメージした中庭(Theatrum Botanicum)がついているのもおもしろい。

 Cesarの展覧会だ。

 この美術館は環境展示の一種で、現代のアーチストが内部とぐるりの庭を自由にデザインできるようになっている。 Installation アートにも向いている。

 セザールは10年前に死んでいるので、この美術館の設計者でもある建築家 Jean Nouvel が、作品を選んで展示した。つまり、容れものの作者がセザールの作品で中をデザインした形になっているので、アーティストが場所を見てから考えるというのと逆になる。インスタレーションをするのは、建築家なのだ。

 たとえば、スイスで1996年にセザールが、地元の新聞720トンを6m四方くらいの型にはめて押し込んで五つ並べたインスタレーションを、今回のジャン・ヌーヴェルは、パリの新聞を押し固めたのを三つ並べて庭に置いた。

 それでも、それは、「セザールの作品」である。

 コンセプチュアル・アートとはこんなものかなあ。「仕様書」だけが作品なのか。

 セザールのコンセプトというかアイディアには三つの大きなシリーズがある。

 親指や手や乳房など体の器官を拡大したもの。
 どろっとしたジェル状の液体が垂れて広がるところを固めたもの。(Expansion)
 それから最も有名な compressions シリーズで、自動車なんかを潰したものだ。

 どれも、着色や大きさの変化と素材(親指をクリスタルやブロンズや大理石などでつくる)の変化で無限のヴァリエーションができる。

 親指は、手の彫刻の展覧会に自分の指のかたどりを出そうとしたらそれは彫刻とは認められないと言われて、pantographie を使って拡大したのがきっかけだという。
 コンピューターによる拡大とかできない時代だから、すごいテクニックを要したと思う。

 便器をおいて「泉」と題するのは、コンセプチュアル・アートといっても、コンセプトしかない。詩みたいなものである。

 しかし、「親指を拡大したものをいろんな素材で作る」というアイディアは、完璧なテクニックがあってこそ成立する。「下手」では、アイディアの強靭さが失われる。

 で、吉井秀文のボンド・アートと同じで、そのコンセプトそのものにアーチストの署名があるわけで、後は、他人がもっとうまく作成しても、その人は、エピゴーネンであるか、ただの技術者である。コンセプトに署名したものの作品なのだ。

 親指や乳房のコピーだと、セザールの作品であり(親指は彼自身の親指で指紋もはっきりしてるしなあ)、そこから抜け出るには、ロン・ミュエックみたいに全身を拡大しなくてはならない。全身拡大のリアリズムは、ハイパー・リアリズムでもあり、表情や姿勢つきの全身となると、コンセプトだけでなくデザインや演出もあるから、それはオリジナル性を獲得する。でも、他の人が違う全身像を拡大制作しても、それはロン・ミュエックのエピゴーネンになるだろう。

 そして、セザール作のたくさんの親指をどこにどうやって配するかは、ジャン・ヌーヴェルの「作品」である。この出会いは一期一会であって、今パリにいる人には一見の価値がある。

 自動車のスクラップを見ていたら、それが Desacralisation だというのがよく分かる。
 つまり、聖なるものの否定であり冒聖なのだ。
 自動車は普通スクラップになったところを見せない。
 それを見せるから、冒聖になる。
 美女の死体を野ざらしにして腐敗していくのを観察するような倒錯がある。
 美女なら、最初は美女だったという認識があり、腐敗によって美のはかなさが見えてくる。

 しかし、自動車が権力や金や文明や進歩などというさまざまな含意をまとう「偶像」であることは、それがスクラップになった時に、その全容を表すのである。
 冒聖によって、「聖なるもの」の喪失を知る。機能や外観の魅力やいろいろなシンボルごと見る影もなく押しつぶす「冒涜」が、我々が自動車や機械に聖性を付与していたことを痛みとともに悟らせるのである。汚された時にはじめて感知される聖性だ。

 逆に、親指だの、乳房だのという、ヒューマニズム的には「聖なる」ものであり、「自然」としても「聖性」を持っていそうな「体の一部」は、全体から剥離され、拡大されることで、ある意味で同じように冒涜される。官能的である。聖なるものを否定してるはずなのに原始宗教的ですらある。

 それに比べると、どろっとした流れや垂れを固めた作品は、時の封じ込めとか、マチエールの侵犯とか、存在のとらえ方で遊んでいるので、冒聖的な感じはない。

 昨日だったか、ロンドンのサザビーズで、Damien Hirst の作品が1億ユーロを超す売り上げを見せたという。この人は、動物の死体を丸ごと薬液につけてナチュラルヒストリーとかいって作品にしている。さすがに本物ではないが、妊婦や胎児を再現したりしてるのも、「冒聖」の系譜なんだろう。

 これにも技術力が要される。

 私の近頃考えているのは、芸術における「うまいか下手か」の問題であるが、コンセプチュアル・アートを腕力的で圧倒的な技術力で完璧に呈示する、っていうのは、それなりに敬服というか、センス・オブ・ワンダーを刺激される。
 技術力というのは神への挑戦なんだか、神殺しなんだか知らないが、見るほうも腹に力が入って疲れるぞ。きっと「自分の内なる聖なるもの」を守ろうという警戒心が生まれるのかもしれない。
 やっぱり「超越」感覚をいじられるかどうかが、アートを前にしているかどうかの基準なのかもしれないな。

 
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by mariastella | 2008-09-18 06:31 | アート

Catherine Kintzler

 Kintzler女史の説には、いつも、もっともだと思う。

 フランスの18世紀においてオペラは古典演劇の隠れた部分に注目して、それを表に出した。
「隠れた部分」というのは、超現実的ディメンションの出来事だったりする。
 たとえば、古典劇では戦争があった、とセリフでは言っても、戦闘シーンは見せない。死後の冥界なんかも見せない。オペラでは全部見せる。
 言葉による魅惑の美学から、大掛かりな機械仕掛けのけれんの美学になったと言う。
 大掛かりに、全て見せるが、深さはなく、ヴァーチャルである。

 まあ、古典劇の詩想の要求にはしたがっていたので、アナロジーの法則があるらしい。

 それって、パロディとはどう違うんだろう。

 たとえば、能でシンボリックに表現するものを歌舞伎では全部見せる、って言うのがある。見せれば見せるほど、深さはなくなりヴァーチャルで人工的になるのも同じ。

 しかし、能で見せないものを別の見せ方で見せたら、狂言になる。

 フランス古典劇にも、「リリック悲劇」と呼ばれたバロック・オペラにいく前に、本流の「古典悲劇」と違って「喜劇」もあった。古典悲劇と古典喜劇の関係が、能と狂言の関係に近いんだろうか。

 隠すところが多いと深くなる、または深く見えるというのは、洋の東西を問わない感覚らしい。
 全部見せるというやり方には、笑いたくなるやり方と、存在の重みを消してしまうやり方と2種類あるらしい。

 
 

 
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by mariastella | 2008-09-17 02:15 | 演劇



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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