L'art de croire             竹下節子ブログ

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日本の世代論について

 後藤和智さんの『おまえが若者を語るな!』(角川oneテーマ21)というのを読んで驚いた。

 私は雑誌の記事を除いて、日本の内輪の文明論や社会論をほとんど読まないので、若者論や世代論の語られ方を知らなかったからだ。

 大筋では、この著者の言ってることがもっともだなあと思う。

 私は著者が批判してる論者たちよりも上の年代だけど、日本でバッシングされまくってきたらしい著者のような「若者」世代は身近に多くいるので、むしろ親近感を持っている。

 ヴァーチャルな世界では、これまでならどこでどんな生活をして何を考えてるのか想像もつかなかった人々のブログなどを読んでいるおかげで、これも、昔日本に住んでた時よりもいろんな人を身近に感じるくらいだ。

 それで、いつの時代もいろんな人がいて、でもパターンはある程度似かよっているなあ、と日頃感心しているくらいで、決して、若い人が理解できないとか、心性が変わったとか、思ったことがないのだ。ただ、昔なら直接知らなければ知らないままだったような事件とか出来事に今は具体的にアクセスできる分、「こんな変なやつがいる」とか「こんな変なことがある」とか、いわゆる「ネタ」にされやすいだけで、一般化して警報を鳴らしたり宿命論に持っていくなんて、著者の言うようにミスリードじゃないだろうか。

 それに、たとえば、ポストモダンのオタクたちが、特定の情報への関心に支えられているけれど、そこから離れる自由もまた留保している、というような(これは東洪紀さん)説明は、なんだか、ポストモダンというよりも、モダンの生んだ人間の普通の姿のような気がする。

 平成に育った若者がネットや携帯などで表現形式が先行世代と変わったから、心性が変わったというが、ツールが変わったのは私たちも同じだ。上の世代には使いこなすのが大変とかいう部分はもちろんあるけれど、大筋は、むしろ変化の恩恵を受けている。
 夜行列車で東海道を行ってたのが新幹線になったり、フランスもいつの間にか直行便ができたりとか、交通手段だって、ものすごく変わったけど、別に私が運転するだけじゃなくて座ってるだけだから困らない。ワープロができたり、パソコンが使えたり、メモリーが増えたり、便利になることの方が多い。そんなことで人格が変わると思えない。

 変わる人もいるかもしれないが、ちょっとした変化に影響される人だって昔からいた。人が多様だったのは昔から変わっていないと思う。

 地域社会やクラブ活動を離れてサブカルやヴァーチャルリアリティに浸っていると、「自分をデータベース化して管理する、解離的、多重人格的な人格」になると言っても、それも、結構普通に思える。だれだって、文脈によって対象との間にその都度異なる自己を形成するのが普通で、それが即「幼児的万能感を保ったまま歳をとる」というのは、また、別の話ではないだろうか。

 少なくとも、私自身は、昭和30年代が子供時代だったから、リアルの世界もたくさんあったが、それが、マンガや本で体験する世界よりも決定的だったとは別に思わない。

 昔も今も、自分は解離的で多重人格的だと思っていたが、それが社会の枠組みの崩壊と関係があると思ったことはない。

 ゲームやヴァーチャル世界に幼い頃からどっぷりつかっている若い人もけっこう知っているが、理解可能で、コミュニケーションもとれる。依存症になったりコミュニケーションがとれない少数の人もいるけれど、それは、昔の世代でリアルに暮らしていても、そういう人はいたし、でも目立たなかっただけだろう。

 もちろん、ネオリベラリズムの弊害で、個人が分断されたり、教育や福祉による機会や余剰の分配のシステムが崩れたために格差が生まれたり、落ちこぼれたりする人が出てくるなどの「今時の問題」は、大いに存在するわけだが、それは何も若者に限ったことではない。
 もっとも、既得権のある人は逃げ切ることができやすいので、弱い人が犠牲になりがちだから、若者が不利益を受けることはある。若い人が絶望するような世の中は誰のためにも絶対によくないので、政治や社会の構造的なところにまで踏み入って対策を立てなくてはならない。

 それを、日本はサブカルとヴァーチャルリアリティの「先進国」だから若者が変質したのだ、みたいな論議にすりかえるのはどうみてもおかしいと思う。
 その点ではこの本の趣旨に共感だ。

 だけど・・・

 この本で言われてる「ポストモダン」というのが、89年の冷戦崩壊を差してるみたいなのは不思議だ。著者は、まあ、それは誤解であるというのだが、

 元々フランスなどで「ポストモダン」が提唱されたのは、1970年-80年代の初頭である。さらにその元ネタは(・・・)「ポストモダン建築」であった。(p181)

 なんて言い切っている。

 で、今の状況を打開するためには、「科学」や「人権」や「経済」や「法」などの「普遍的基準」を基にして、経済政策や政府による生存権の保障などに向かうべきだと提唱してるのだが・・・


 この「普遍的基準」って、これこそが、モダン=近代=フランス型普遍主義 なんだけど。

 キリスト教無神論の系譜をやっているとはっきり見えてくるが、西洋近代主義は、ユニヴァーサリズムとしてのキリスト教の非宗教化から生まれたものだ。教義は捨てたが、超越理念は捨てていない。

 そして、無神論が生まれたときにポストモダンが生まれた。無神論は西洋近代が本格的に神を捨てた時に生まれた。スピノザとかヘーゲルとかはその意味では無神論者ではない。実存主義系も違う。ニーチェとかフロイトとかその延長の構造主義とかがポストモダン無神論の系譜である。

 著者が、「フランスのポストモダン」と言っているのは、構造主義のことなんだろう。そしてそれは、モダンの弊害を正そうとしたアメリカのコミュノタリア二ズムと呼応して、マイノリティ・リスペクト(これも個性重視という名の切り捨てにつながる微妙な展開にもなるんだが)の相対主義として花開いたので、もともと「親アメリカ」的な流れである。

 それでも冷戦中は共産主義革命への恐怖から、自由主義陣営でもせっせと社会政策がとられていたが、確かに冷戦が終焉したので歯止めがなくなって露骨な弱肉強食が始まった。

 ここで、しつこく「モダン=フランス革命の理念=ユニヴァーサリズム」にしがみつくフランスとアメリカの差がだんだん顕わになった。

 こういう観点は、日本にはほとんどない。

 だからこそ、

 この本の中に引かれている別の本の中で、

 欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければなりません。

 なんていう言葉が出てくるのだ。

 「欧」と「米」は対立してるんだってば。

 いや、対立してるのはフランスだけど。

 でも、欧州連合をフランスが牽引してきたから、他のヨーロッパ諸国もある程度はいやいやしたがっている。

 ドイツの Peter Sloterdijk なんて、そもそも、フランスがせっかく近代革命を成功させたのに、ナポレオンが侵略して「モダン=ユニヴァーサリズム」を押し付けたから、スペインやロシアやドイツやオーストリアなどみなその反動で、アンチ共和国になって「モダン」が数世代遅れた、と言っている。この人がフランスとドイツの愛憎についてぐちぐちとルサンチマンを並び立てるのは印象深い。アンチゲルマン主義が残ってるのはポーランドとイギリスだけだとか、ドイツは英雄主義から消費主義に改宗し、完璧に欲望至上主義へと構造が変質したから、歴史認識なんてオプションに過ぎないのさ、といいつつ、フランス文化だけがいまだに、自尊心とヒューマニズム魂と叙事的英雄的なディメンションを保ってるのさ、と、揶揄してるのか羨ましいのか分からない言い方をする。

 フランスはドイツに占領されてコラボしたくせに戦勝国となったから反省が足らない、と言いつつ、フランス人から、「レジスタンスの非神話化やヴィシー政権、植民地主義、過去の奴隷制からアルジェリアでの拷問まで、最近のフランスはどちらかというと自虐的だけど・・」と言われると、「外から見れば、フランス風の自己批判なんて、表層的な芝居で、底にある愛国心は一度も揺らいでないように見えるよ」と答える。

 もちろんその後で、サルコジ政権の見世物性を批判して、ポスト民主主義だといい、それはナポレオン三世の猿芝居の再来(まあ、サルコジをナポレオン三世と比較するのはフランスでもよく見られることだけど)だとか言っている。(以上はLe Pointの1892-3号のインタビュー記事より)

 戦争を卒業することでEUの基を築いた独仏だが、こんなふうに立場の違いと愛国心のぶつかり合いなどを見れば、大戦後の日本とアジアの国々との関係に思いを馳せずにはおれない。

 日本の場合は、他ならぬ冷戦とアメリカによる思考停止状態に追い込まれたからもっとまずかったけれど。

 いずれにせよ、ドイツでもフランスでも、少なくとも、情報化社会のせいで若者が変になった、みたいに特定世代をスケープゴートにする言説にはなっていかない。

 この問題って、けっこう深刻なんじゃないだろうか。

 

 
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by mariastella | 2008-12-24 10:55 | 雑感

L'apocalypse

Arteで12回連続の初期キリスト教史のドキュメンタリー番組の最後を見た。

 フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、アメリカ、イスラエルなどの歴史学者や文献学者や宗教学者らが次々に意見を述べるのがモザイク様に繰り出されて、非常に印象的だった。

 充分知っている内容が多いのだけど、こういう風に、いろんな立場の人がそれぞれ語るのを聞くと感慨が深い。カトリックとかプロテスタントとかユダヤ人とかいう立場も分かるので、知的誠実さのほかに感情がまじって、これは「心理的霊的仮説ですから・・」と断る人もいた。

 最後の回での、キリスト教による反ユダヤ主義の理由についての意見の時だ。

 ユダヤ人によるユダヤ人の宗教が、非ユダヤ人の間で爆発的に広まって、結局、最後まで改宗しなかったのはユダヤ人だけ、ということで、それがキリスト教のトラウマであり、パラドクスであり、アイデンティティの不安であると言うのだが、そうだなあ、と思うと同時に、私は日本人だから、インド人によるインド人の改革宗教だった釈迦の仏教も結局インドでは生き延びなかったけど、日本人らの仏教徒は別に「インド人に認めて欲しい」と密かに願ってるってことはないよなあ、と思ってしまう。民族の枠を超えてしまうのは普遍宗教の宿命だろうし。

 また、ローマ帝国の中で迫害されていた時は、堂々と「信教の自由」を主張していたキリスト教徒が、国教になってからはどうして手のひらを返したように信教の自由を認めなくなったのか、とか、質問の仕方が、ある意味素朴で、それゆえ、それぞれの専門家が「自分の言葉」で答えざるを得なくなっているのもよくできている。
 6世紀はじめに、「全員洗礼」の通達が出た時点で、アテネの学校も閉鎖され、思想が終焉した、それは同時に本当の意味でのキリスト教の終焉だったとする人もいる。

 一体、なんで、一介のローカル宗教がここまで巨大になったんだ、という素朴な疑問も出た。
 ローマ帝国が地方分権で中央官僚というものがなかったので、キリスト教の組織がローカルに根付いたのだという意見があった。4世紀末のガザ何かでは「異教徒」の方が多かったので、テオドシアヌスの通達が出ても、税金を払ってるだろう、と言って、神殿を壊したりせずに、逆に、ヘラクレス像を壊したキリスト教徒に市が弁償を求めたらしい。
 
 キリスト教徒は異教の神殿の建築的価値などは認めていたので、決して組織的に破壊しようなどとは思っていなかった、ただ、彼らに耐えられなかったのは、異教の祭壇の上に残る血を流す獣の姿だったのだという人もいる。それは、ジョゼ・ボヴェがマクドナルドを襲撃したのと基本的に同じで、「形而上的エコロジー」の感情だというのだ。

 こういう「形而上的エコロジー」とか「心理的霊的仮説」とか、あまりアカデミックでない言葉が飛び出してくる部分がおもしろい。

 後は、結局、イデオロギーの補強となるのは宗教の機能のひとつだ、ということで、それによってまた宗教の方も変質していくという宿命論も感じた。

フランスの番組っぽいと思ったのは、Alfred Loisy(1857-1940)の有名な言葉「イエスが神の国(の到来)を告げたのに、やってきたのは教会だった」というのを引いて、識者の感想を聞いたところだ。このフレーズのせいでロワズィは破門されてしまったくらいに当時は大騒ぎだったのだが、これに対する反応も微妙だ。
 
 イエスの予告したのはイスラエル王国の復活だったので、政治的だった、イエスはユダヤ教の改革者であり、司教団のことなど考えてもいなかった、という人もあれば、教会がとりあえず時間稼ぎをしているので、教会も神の国の到来を待っているのだ、という人、いろんなニュアンスがある。

 なぜコンスタンチヌス帝が改宗したかについての回も興味深かった。

 この番組はDVDになって販売されるのだろうが、ほとんどが識者コメントなので、本になって訳されれば、日本人にも非常に役に立つ参考書になると思う。多少なりとも「西洋」関係の研究とかしてる人には、「ユダヤ生まれのキリスト教がどうしてそこまでヨーロッパを形成したのか」というのが西洋人にとっても永遠の謎であることを知るのは無意味でない、と思う。

 
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by mariastella | 2008-12-21 08:06 | 宗教

クリスマスの絵

 何度見ても不思議なイエス生誕の馬小屋の絵の一つは、Hugo Van der Goes
の祭壇画だ。ぴんと来ない人のためにネット上で今一つ見つけた。


http://www.abbaye-de-leffe.be/SITES/abbaye-de-leffe.be/IMG/jpg/retable_central_compresse.jpg


 日本語ページで検索を書けたらやはり一つ出てきた。

 カタカナでは、ヒューホ・ヴァン・デル・フースと書くことが分かった。

 http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/goes_portinari.html


 このサイトで、祭壇画の拡大表示をクリックするとよく見える。こっちの方が画質がいいかも。

 左にいる聖ヨセフの手が、あまりにも写実的で年寄りくさくて、でも、この手でシナゴーグとか建ててきたんだろうなあ、という感じ、天使たちが画一的に金髪の長髪なところ、みんなあまり嬉しそうじゃないところ(これを評して、微笑とは人間の弱さの補償だから、聖人や天使には必要ないという人もいるが・・・)、高校生シングルマザーが親に隠れて産み落としちゃったのか、と言いたくなるほど、地べたにぽとんと置かれた幼子(せめてマグサ桶に入れろよ。)、とか、気になるところはいくらでも出てくる。人物のプロポーションの違いや衣装の色分けなんかは言わずもがなだけど。

 放置されてる幼子をすごく嬉しそうに見てるのは、左手のロバさんと、右手の羊飼いのおじさん。

 聖ヨセフ、この状況にあせってるのは分かるが、せめてこの羊飼いのおじさんくらいに暖かさを表わしてほしかったよ。まあ、この情けない感じも聖ヨセフの持ち味の一つだけど、ひざまずいてる髭のおじさんの方が、はるかにかっこよく見える。ま、おたおたするのも人間的なことで、聖ヨセフの祈りの手の無骨なことで、救われる。それに比べたら、天使たちの手って、どう見ても労働者の手じゃないな。

 キリスト教で神が受肉するってのは、地面に投げ出された裸の新生児という、サヴァイヴァル能力ゼロの存在としてスタートしたってことで、小さい者、弱い者を世話しなさい、って言ったイエスは、その辺のことを踏まえてたんで、ただのレトリックじゃなかったんだなあ、としんみりしてしまう。

 今日は近くの教会に寄って、ルルド型聖母像の下にしつらえられた馬小屋のセットを眺めた。小さな藁の寝床が空になってる(クリスマスイヴの深夜ミサに赤ちゃん像が置かれる)のを見たら、このヒューホ・ヴァン・デル・フースの絵で寝床も用意されてないイエスのことがすぐに思い出されてしまった、というわけだ。
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by mariastella | 2008-12-19 00:44 | 宗教

神秘体験と無神論体験は似ている

 もう30年以上も、神秘家と言われる人々の書いたものを読んできた。
 どんな文化や宗教にもある、神や絶対者や宇宙とかとの合一体験みたいなものである。
 忘我とか恍惚とかいう側面もあるし、「あっちの世界にいってしまった」ような部分もある。

 その文章が残っているような神秘家は、その体験の後から「こっちの世界」に戻ってきたり、あるいは、天と交信しっぱなしの吹き抜け状態で生きたりするが、まあ、普通の人々の救済に役立ったり属する宗教を刷新したりするものだ。

 ここ3年は、モダンやポストモダンの言説に無神論的な文脈の中で読み直す作業をしてきた。
 「眼からうろこ」状態だった。無神論、特にモダンやポストモダンを形成したキリスト教無神論は、すべて、かれらの神への強いこだわりが原動力になっていることがはっきり見えたからだ。

 今回の本(無神論についての本)では、神秘家と無神論者の比較には踏み込まないけれど、この両者は「似ている」。

 誰もそんなこと言ってないが、無神論をずっとやった後で、最近、また神秘化のテキストを読み返して、忽然と悟った。衝撃的だ。

 まだうまく言えないが、神秘家の神秘体験では、ちょうどヴァーチャル・リアリティによる神経症の治療のように、脳内の現実解析のプロセスが変わってしまう。

 多くの神秘家は、それまで自己であると思っていたものが実は幻想に過ぎないと悟り、代わりに、無限の何かに呑みこまれる。そうすれば、それまでの自己は、なんだか黒色矮星みたいになってしまうのだ。

 逆に、無神論者は、それまでの自己を外から担保していると思っていた神とか絶対とかをと突如として失う。で、残るのは、梯子を奪われた自己だったり、あるいは、神の座(神はいないのだから神の座だってほんとはないはずなのに)にちゃっかり座る自己だったりする。

 一見、後者の方が孤独で強いと思うかもしれないが、神秘家の方も実は孤独である。自己を外から担保していた神を失うという意味では神秘体験も同じようなものだからだ。

 言い換えると、神秘体験や無神論体験で、神秘家や無神論者は、世界の構造を失うのである。自己を成り立たせている対象との関係性を失う。それを成り立たせていたツールやルールや、共同体構造も、全部、まとめて、失う。

 宗教の体制が、神秘家を隠したり、抑圧したり、必死に管理したり、嫌ったり、悪魔つきにしてしまうのは、まさにそのせいだ。人間の実存的不安を手当てする救済のためのツールやルールや共同体を神秘家にスルーされたら宗教はその基盤を失うからだ。

 ここで、無神論者というのは、特に西洋近代とポストモダンの中で現れてきたまさに、「神なき神秘家」たちのことで、単に科学主義に支えられた懐疑主義や教育やイデオロギーに基づく無神論者ではない。

 日本人にはぴんとこないかもしれない。

 卑近なたとえだが、たとえば、小学校にあがるまではサンタクロースの存在を固く信じていた子供たちが、ある日、サンタクロースって両親だったんだとか、全部「子供だまし」だったんだとか、分かった衝撃を想像してほしい。クリスマスのイルミネーションも、デコレーションも、音楽も、社会全体が、共謀して自分をだましていた、と感じたとしたら。(実際そういうトラウマを語る人もいる)

 それに比べて、毎年、正月に初詣にいって、今年もいいことがありますように、と何の疑問も抱かずに賽銭を投げて手を合わせる人のことを考えてみよう。彼らは、一度として、この拝殿の後ろには実は何もない、などと考えないし、そこにいっしょにいて拝む人の中には、テロや通り魔によって死ぬ人もいれば、大事な人やものを不当に失くす人もいるかもしれない、初詣なんて気休めさ、なんてこともわざわざ考えないだろう。
 神がいるかいないかの証拠を挙げろ、なんて野暮なことで悩まないし、まあ、強い人でも、自分は「神仏に恃まず」、と言って、拝むのを控える程度だろう。それも宮本武蔵くらい強くないとなかなかできない。

 まあ、子供がサンタクロースの「子供だまし」に気づいて愕然とするのに比べて、賽銭と招福のコストパフォーマンスなんて野暮なことは言わない、初詣にいくのは風物詩だからね、という方が「大人」の態度だと考えるかもしれない。

 そしてそういうプラグマティックな「大人の態度」が、「普通」の信仰者だったり、「普通」の無神論者なのである。

 「神がいた」とか「神はいなかった」とか気づいて、自己の属する世界のストラクチュアを失うのが、神秘家だったり、無神論者だったりする。

 こんな人たちが必死に、新しい世界観を構築して、生き続けようとすることで、人類の霊的世界も、思想や哲学も豊かになった。

 私たちは、神秘家たちや無神論者たちの恩恵を受けながら、ヌルイ世界に生きている。
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by mariastella | 2008-12-18 23:53 | 宗教

チュイルリーのモアイ像

 メトロで配られるフリーペーパーに、2010年に、イースター島からモアイ像がやってくる、と書いてあった。今年の夏にパリを訪れていたラパヌイの族長ペドロ・エドムンド・パオアさんらが、ルーヴルそばのチュイルリーを訪れた時、突然、そこが強いエネルギーの場であると感じて、モアイ像がここに来たいと言っている、というような話になったらしい。

 彼らによると、モアイは、この場所に置かれることで、人類の意識を物質的なものから変革するスピリチュアルなエネルギーを放射するんだそうだ。

 パリには原始美術系のケー・ブランリー美術館などもあるのに、この話は、PSのパリ市長も1区のUMP系市長も知らないところで、イタリアの財団が金を出して、LVMHのルイ・ヴィトンのキャンペーンも絡んで実現するそうだ。

 ネットで調べたら、日本では、2007年9月に、日本とチリの修好150周年記念行事として、丸ビルの中でモアイ像が展示されたとある。ただし、世界遺産のやつではなく、現地での「新作」の一つだそうだ。
 1990年代に日本(官民どちらか知らないが)の援助で新しいモアイが15体作られたことも知った。その時のものが、1992年以来、「平和のモアイ」として世界を回っているとか。

 世界遺産って、勝手に動かせるのか?

 パリに来るってやつは「新作」なのか、古い980体の一つなのか?

 フランスのの記事によると、980体の一つらしく、その移動に関する手続きが大変で、それが2009年いっぱいかかるとある。

 ヴラマンクの頃から、プリミティヴ・アートはフランスのアーティストをかなりインスパイアしてきたけれど、ラパヌイの人から見ても今、世界人類に貢献できるようなエネルギーの場がパリにあって、そこにモアイを持ってきたら、わずか2週間でも、人類の意識が変わるんだ、と言ってもらえるなんて、けっこう「両想い」だなあ。

 こういう、「スピリチュアルなエネルギーが何たら」とかいう言説に、あまりニューエイジっぽくもなく、カルト的でもなく、トンでも風でもなく、嘲笑的でもなく、観光一辺倒や商業主義丸見えでもなく、半ば敬虔に、半ばアートの言説として、さりげなく居場所を与えて共有できるところが、この国の魅力だなあと思う。

 2010年には、チュイルリーに来たい、と言ったというモアイ像に会ってみよう。人類全部は無理でも私一人くらいの意識は変革できるかも?
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by mariastella | 2008-12-17 23:20 | 雑感

人権宣言のこと、再び

 サルコジ政権の外務大臣に任命されたベルナール・クシュネール「国境なき医師団の立役者で国民的人気の高い左派だった)は、若い黒人女性のラマ・ヤドを人権担当国務大臣に引き入れた。
 ところが、彼女は、サルコジがカダフィーを招待すると「フランスは足拭きではない」、と言うし、サルコジの北京オリンピック開会式出席にもそっぽを向くし、いつしか「やっかいなわがまま女」的存在になり、つい最近、クシュネールが、人権は、すべてのベースにあるべきで、特別に大臣職を設置したのは自分のエラーである、外交や政治は人権だけでは動かない、みたいなことを言って公的に「後悔」して見せた。

 外交とか政治とか、国益とかについて、人権だけで判断して動かせないのは自明である。

 でも、それを超えて、「人権」はフランスという国のブランドイメージの一つだから、広告塔としても、「人権担当大臣」の設置は、大きい意味では国益にかなっていた、とも言える。

 フランスのブランドイメージはユニヴァーサリズムであり、ユニヴァーサリズムというのはひとつの理想だから、必ずしも外交指針にはならない。

 つい先頃、60周年を迎えた国連の「世界人権宣言」だが、この日本語訳そのものが、フランスの思い入れを分かりにくくしている。

 これは、

Universal Declaration of Human Rights=Declaration universelle des droits de l"homme

である。世界っていうと、なんだか、ワールド、って感じがするけれど、「ユニヴァーサル」ってところに、これがフランス革命的ユニヴァーサリズムの直系だよ、というフランスの自己主張がある。

 実際、この決議が採択された時の国連58カ国だかで、承認したのは48カ国で、棄権したのが8カ国くらいあった。
 サウジアラビアは、「男と女の平等は、うちの文化と伝統に合わない」と言ったし、南アフリカは、「人種の平等はうちの政策に合わない」、と言ったのである。

 正直だ。

 南アフリカのアパルトヘイトは終了したが、世界中に「人権無視」は浜の真砂のように絶えない。
 それはフランスとて同じで、人権宣言の起草者で91歳のステファンヌ・エッセルは、フランス国内の不法移民の権利のために今日も戦っている。ユニヴァーサルに人権を擁護するなら、不法入国者だとか、外国人だとかは関係ない。誰にでも、よりよい生存を求めて移動する権利がある。

 これが、国の「移民政策」だの「安全対策」だの「失業対策」と両立しないのは明らかなのだが。

 共同体主義の国が、「うちの文化では」「うちの伝統では」というのも、ちょっと目には一理あり、
 
 たとえすごくマイナーな文化でもマイノリティをリスペクトしろ、とか、

 価値基準は相対的なのだから西洋先進国だけが自分たちの理念を押し付けるのはいかがなものか、

 などという理屈が必ず出てくる。

 「うちの文化」の中では、強制的な女性性器切除とか、マイノリティの虐殺や奴隷化が普通であるととしても、だ。

 ユニヴァーサリズムの中の人権とは、当然、「弱い立場」「搾取されている立場」の権利を守ることを前提にしている。弱者の権利は、特定共同体の文化や伝統や、一国の政治的経済的利益に優先するのである。

 これを、「西洋キリスト教文化による押し付け」と見る立場もある。

 確かに、普遍的人権は、キリスト教文化の庶子である。
 嫡子は十字軍とか異端審問とかやってたんで大きな声は出せないんだが、今は、そうだ、人権擁護が使命だったんだった、って積極的に取り組む人も多い。不法移民の駆け込み寺になってるカトリック教会とかも多い。

 でも、キリスト教だけでなく、世界の「普遍」宗教はみな、本来、「普遍的人権」とか、「人権の普遍的宣言」のルーツであるはずだ。

 なぜなら、「民族宗教」の多くは、共同体の利益を優先して、村を救うためなら龍神さまに若い娘を生贄にして・・・とか、敵の部族との戦争に勝つ(=敵を殺す)ために神に祈ったりとかするけれど、「普遍」宗教とは、「救済」を、地縁血縁から解き放つことによって「普遍」宗教になったのだから。

 「普遍宗教」は、人が、どこの生まれでも、どんな色や形でも、ただ信仰によってだけ、「普遍的」に救われるよ、と言ったのだ。

 まあ、その「普遍」の根無し草ぶりを利用して、自分の都合のいいように矯めて利用してきた権力者もたくさんあるし、「鎮護国家」の道具になってきたことだってかなり普通だった。でも、どの「普遍」宗教も、その始まりの理念においては、教えの前の、信仰の前の平等を革命的に掲げたのは確かだ。

 1948年の人権宣言の序文にはナチズムへの反省が込められている。

 アメリカの独立宣言、フランスの人権と市民権宣言、数々の平和条約とか、人はしょっちゅう反省しては初心に帰って決意を新たにしなくてはならないらしい。

 人権宣言の60年も、その間に起こった人権侵害や民族虐殺の歴史を眺めれば、「決意新たに」する以外にはない。

 しかし、実際は、なんだか、悪しき共同体主義のポストモダン主義、が、毒を振りまいてもいる。

 人権の中には、自殺する権利、安楽死の権利、子供を持つ権利(代理母制度を認めること)もあるというのである。人権宣言の中にそれらを加えよ、という。
 人権に、自己責任とか自己中心主義とか自己愛とか自己肥大が混ざってきている。

 これは、アメリカ型の「人」の概念が、「体は自己の所有物」とするのと、ヨーロッパ型の、「人は体と人権と人格の三位一体」とすることの違いに起因しているとも言われる。

 しかし、世界のマジョリティの地域では、とてもそんなどころでなく、

 人=体は、ひたすら奪われ、搾取されるものなのである。

 臓器として売られたり、使い捨て労働力だったり、性的オブジェだったり、ただ病気と飢餓にさらされる存在だったり。

 もっとも弱い部分を守らなければならない。
 
 「普遍」を信じることは、人間が相互につながりあった運命共同体であることを信じることだから、そのもっとも弱い部分を守らなければ、船は、必ず、沈むのである。

 

 
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by mariastella | 2008-12-15 00:54 | 雑感

シャルコーとフロイト

 19世紀終わりにヨーロッパ中で超有名だったシャルコーは、精神病理学のその後の発展やら精神分析学の登場によって、長い間かすんでいた。

 といっても、私のように多少なりとも、キリスト教の神秘家の言動を研究してきたものにとっては、シャルコーのヒステリー研究はほとんど出発点でもあり、信仰によってヴェールをかけられた神秘家の姿を、「医学」の名のもとに「たっぷり」見せてもらえる気がして、ずっと参照してきた。
 それは、なんというか、日頃私の標榜するフランス風のエレガンスとは対極にあるExuberanceの極地なんだけど、非常な魅力もあった。

 シャルコーは、医学を意識して見世物、と言って悪ければ演劇化した人物で、サルペトリエールにおける彼の毎火曜日の公開公演といえば、とにかく老若男女のすごい娯楽だったらしい。

 たくさんの写真が残っている。

 当時登場した写真術は、感光させる時間が必要で、ヒステリー患者のアクロバチックな「硬直」が、それにぴったりだったということもある。

 でも、では、シャルコーが、神秘のヴェールをはいで宗教を神経症や異常心理学に貶めたのかと単純に考えると、全く違う。

 19世紀後半というと、科学主義や進歩主義が席巻した時期と思うかもしれないが、同時に、フランスでは、ルルドでの聖母御出現に見られるような、「信仰」のルネサンスの時期でもあった。

 そして、シャルコーは、どんなに野心的で興行師のように悪趣味のやつかと思うかもしれないが、実は、「患者を癒したい」という臨床の人でもあった。

 実際、彼が『La foi qui guerit(癒す信仰)』(1893)で、18世紀におけるフランソワ・ド・パリスの墓の土によって、奇跡の治癒を得た31歳の女性の話を分析する時、そこには信仰の否定や揶揄はない。
開いていた潰瘍が瞬時に治ったことについても、そこで彼はルイーズ・ラトーやアッシジのフランチェスコの聖痕を引き合いに出しながら、よく読むと、奇跡譚を否定すると言うよりも、「癒しの可能性」について積極的に語っている。

ジル・ド・ラ・トゥーレットなどは、これをシャルコーの「哲学的遺言」と形容してるくらいだ。

 ただし、彼の言う、「癒す」信仰とは、実存的な救済とは関係なくて、「信ずること」と「期待すること」の二つにかかっていた。キリスト教の「信仰と愛と希望」という三つの徳でなく、「信頼と期待」という二つが生む「癒す力」に注目したわけだ。それを引き出すのが催眠術でも巡礼でも祈りでも、彼には同じことだった。「癒す情熱」を彼は持っていたと思う。

 それなのに、彼のこの「哲学的遺言」は、政治的宗教的にすごい反響を巻き起こした。
 第三共和制の批判者、反教権主義者、として、取り込まれ、賞賛されたり憎まれたりしたのだ。

 初期のヒステリー患者の研究が、ヒステリーという語源に現れているように「女性特有」のイメージだったので、彼の「神秘家」を病人として分析する姿勢は、なんだか「魔女狩り」のような印象を与えがちだ。しかし、彼が「男性ヒステリー」の研究を発表した時から、それは、神経「トラウマ」の研究だという道が開かれた。当時はパーキンソン病などもその分析に入っていたのだ。

 男性ヒステリーの病因は、子宮にあるわけではない。脳のどこかに損傷があるはずだ。その「どこか」とは、「無意識」の宿るところである。
 
 彼がそう考えて、トラウマの「場所」を探ろうとしていた時期に、20代終わりの1人の青年が、奨学金をもらって、サルペトリエールのシャルコーのもとにやってきた。1885年の秋である。

 シャルコーの講義をドイツ語に訳したこの若い神経病理学者ジグムント・フロイトは、やがて精神分析学の父となる。精神分析学は、ヨーロッパの「無神論の歴史」において、決定的な位置を占める。

 10年後のシャルコーとフロイトの道は、ずいぶん違うようにも思われるが、実は似ているのかもしれない。

どちらも一見、宗教から距離を置き、人間の無意識に踏み込むことで、一種の「冒聖」を侵した。

しかし、彼らはいずれも、患者に全体性を回復させることによって、「癒すこと」を望んだので、臨床家であり続けたし、患者との連帯によって、語のもとの意味での宗教(Religion=結びつけるもの)者であり続けた。

 キリスト教と精神医学が真に手を取り合うには、さらに100年もかかることになるのだけれども。

 
 

 
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by mariastella | 2008-12-14 23:44 | 雑感

Tony Judt のヨーロッパ

 フランスがEUの議長国だった半年もほとんど終わったこの頃、フランスでは急に、

 『Après-guerre. Une histoire de l'Europe depuis 1945』, Paris, Armand Colin,

 が話題になっている。「オバマのアメリカ」を前に、「世界が変わるかも」という気分があるんだろう。いかにもフランス人の好きそうな本だ。

 原作は 『A History of Europe since 』1945, Penguin Press, 2005』で、

 今ネットで検索したら、日本語訳も出てた。

 『ヨーロッパ戦後史 』 トニー・ジャット, 森本醇 みすず書房

 ここでは、21世紀はもうアメリカの時代でないばかりか、アジアの時代でもなくて、ヨーロッパの時代だと書いてある。冷戦は、共産主義と資本主義との戦いとかではなかった。ソ連邦によるヨーロッパの植民地化であり、それに対抗したのは、資本主義でなく、ヨーロッパ再構築のヨーロッパ主義だった。ソ連が瓦解した時アメリカはNATOによるヨーロッパの再分断を画策したが、失敗した。ヨーロッパの牽引力、ユニヴァーサリズムの理念が、アメリカの覇権主義に勝っていたからだ。

 冷戦とともに、NATOの太平洋ヴァージョンとして日米安保条約があったことを考えると、その後の展開には差がありすぎるなあ。

 著者は、1948年生まれ。無神論的自由主義者のユダヤ系リトアニア人を父にもつ英国人で、シオニズムにかられてイスラエルにも渡り、フランスのグランゼコールでも学び、今はNY大学にいる。
 彼のヴィジョンと、来歴は、切り離せられない。

 インタナショナルな人は「デラシネ=根無し草」になるとか、コスモポリタンは無国籍人だとか思うかもしれないが、実は、結構、ミュータントになる。
 私のことでも、フランス在住だから視点がユニークだと言われることもあるが、それはもう、視点や視座や視野が違うのでなく、視覚の解析の方法そのものが確実に変わってしまっているという方が近い。もちろん、出自がたとえばハーフでも精神はモノカルチュラルな人、や俺様キンダムの住民だっていっぱいいるんだけど。

  トニー・ジャットのような人も、単にヨーロッパびいきのアングロサクソン系ハイブリッドな人、というレッテルでは語れない、と思う。イスラエルにおける共同体主義の理想を過激に駆け抜けた後だからこそ、ユニヴァーサリズムのフランス型ヨーロッパ教の洗礼を受けて、新人格に到達したんだろうな。

 世界を変えるには、オプティミスティックな希望に裏打ちされた確信が必要なんだろう。
 
 思えば、今や、先進国の伝統宗教というのは、そういう無邪気な自信を失ったり封印したりしている。

 日本で買った『ジッポウ』(季刊・秋号ダイヤモンド社)という仏教雑誌に、島田裕己さんが、戦後日本の宗教シーンを俯瞰、分析していた。
 なかなか本質をついている。やはり、これも、彼の人生の果実なんだろうなあ。筆先のレトリックではない説得力がある。
 そして、これを見ていて、一体、戦後60年も、日本におけるこのような宗教的貧困の中で、「伝統宗教」は一体何をしていていたんだ、と愕然とする。

 まあ、この雑誌は、遅ればせながら、高齢化社会におけるちょっとエコで手軽な救済マーケットに仏教を注入しようとしているわけだけれど、日本の伝統仏教は、廃仏毀釈や国家神道によるトラウマが大きすぎたんだなあ、とつくづく思い知らされる。

 日本でマイナーなキリスト教は、16世紀末以来の切支丹狩りのトラウマは別として、明治以降は和魂洋才の名のもとに抑圧されたといっても、それなりに、「欧米」のオーラも享受したはずなんだから、戦後なら何とか、体制を立て直して進化するチャンスもあったろうに、何をしてたんだろう。

 法然は、「勝他(論争で他を屈服して得意になる)・利養(信者獲得による利益)・名聞(名声・名誉)」の邪道に陥るなと修行者を戒めたそうだ。その戒めが効を奏し過ぎて、なんだか、大手の伝統宗教はひたすら上品に自己規制して、必要以上におとなしくしてたみたいだ。

 カトリックなんか、戦後60年も経って、進学校やお嬢様学校のミッションスクールの実績作りは別として、ようやくイニシアティヴをとった宗教的自己主張が、4世紀前の殉教者の称揚だよ。
 前回のエントリーでも触れたが、新新宗教によるテロどころか、毎年の自殺が3万人という現在の日本の異常事態を見据えれば、他にやることがあるだろうが、と言いたくなる。

 キリスト教新宗教といえば、罪悪感や終末観をあおったり、若者をコミュノタリズムに閉じ込めたり、ペシミスティック、アナクロニックで後ろ向きなものばかり目立つ。

 確かに、今のカトリックは「福音宣教」は捨てていなくても、「信者獲得」は全然めざしていない。伝統仏教が多角経営や「ご縁のあった人に法を説く」だけで、積極的布教や折伏と縁がないのと同様だ。
 コミュニティ内の冠婚葬祭だけに専念するなよ。「普遍」宗教だろ。

 『ジッポウ』を見て、一部仏教が頑張ってるとはいっても、LOHASとか、エコとか、スローライフとか、中高年の心の健康とか、「体力が落ちた人のナルシシズムの要求に応える」っぽい仕様になってるのは、「?」だ。

 病や事故や老いや貧困などでナルシシズムやエゴイズムの維持に挫折した人には、「お手軽修業体験」だの、「仏教を楽しむ」だのは、もはや意味をなさない。老舗宗教の宗教者は、次の年の3万人の自死予備軍を1人でも救うことに心を砕いて欲しい。

 もし、「生きてる意味がない」とか、「苦しさに耐えられない」とか、「死んでしまいたい」とか思ってる人が偶然この文を読んだら、私のサイトに連絡してください。必ず、必ず、話をききます。
 
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by mariastella | 2008-12-12 22:44 | 雑感

壊れものである権利

 来年の1月24日と25日にトゥールーズで、宗教者を中心にした大会がある。

 Fragilites interdites? Plaidoyer pour un droit a la fragilite

 というものだ。 フランスでダンボールに 「fragile」と書いてあったら、「割れ物(注意)」という意味だ。人が「壊れものである権利」の擁護がテーマである。

中心となっているのはISTR(諸宗教科学と神学研究所)の創設者Bernard Ugeux神父で、彼は、ここ数年、信仰における弱さの復権、擁護に熱心だ。

 私も昨年、『弱い父ヨセフ』(講談社選書メチエ)の中で、十字軍的、アメリカ的、あるいはイスラム過激派的な「強さ」とは、よく日本で安易に言われるような「一神教的」「狩猟民族的」な文化の強さではなく、ただ、権力拡大欲や開拓移民的メンタリティや部族父権的メンタリティなどの中に現れた一面であって、本来のキリスト教は、強いものは弱いものの中に現れるという逆説に特長を持つことに触れた。

 でも、Ugeux師は、私が言い控えていたことを堂々と言ってくれる。

 彼は、アフリカの悲惨を体験する中で、神の無力さを受け入れざるを得なかった、と言い切る。シスター・エマニュエルが、カルカッタのスラムで、乳児たちが次々と破傷風で死んでいくのを見ながら「神はいなかった」、と言ったのと同じだ。

 苦しむ人は、ほとんどいつも、見捨てられた、不当に罰せられた、と感じ、どうして神は何もしてくれないのか、と呻吟する。人は最も壊れやすい時、最も神を必要とする時、神への信頼を失って神に悪の責任をとらせようとするのだ。

 Ugeux師は言う。

 「神は全能ではない、神が一度も望んだことのない力を勝手に付与したのは人間だ。神は物事をあれこれ操作するのではない、神がするのは自分を捧げることだけだ。

 そして、神が自分を捧げるのを受け取ったりそれに合意したりするのは、人間の側にかかっている。

 悪は解決しない。悪は一つの謎であり続けるし、この世も不条理であり続ける。

 それでも、あなたに自分を捧げてくる神を受けいれてその愛を信頼するかどうかは、人の選択である。」



 で、愛を受け入れるのには、コツがある。

 それは、自分の弱さを受けいれて、差し出すことだ。

 これはすごく難しい。

 多くの文化の中で、すべての教育が、逆のことを称揚するからだ。

 より強くなれ、より大きくなれ、競争に勝て、自立しろ。

 新自由主義の時代には、自己管理に自己責任に成果主義が加わる。

 「全知全能」の神が権力者のモデルであり、権力の担保であったりもする。

 聖性とは完成への道を目指すことだという誤解もある。

 もっとやっかいなものもある。

 それは強さや全能の誘惑が、孤高への誘惑と結びつくことだ。

 Dereliction の誘惑である。

 一匹狼が、ゴルゴ13が、かっこよく見える。
 彼らは、人間の期待する全能の神を投影する姿だからだ。

 苦しみや痛みや絶望も人を分断し孤独の淵に追いやるが、
 強さや勝利の志向も、こうして、人を孤立させる。

 しかも、人は、そのような孤独が精神の「自由」を保証するものだと錯覚を起こす。

 孤高で強い人間の厳しく硬い殻には、「自らを捧げる神」をとらえるレセプターがない。

 猫と触れ合う時、どうする?

 猫好きの夢は、猫が、ごろにゃんと横になり、目をつぶり、喉を鳴らし、腹を見せて愛撫させてくれることである。

 もっとも柔らかいところ、もっとも傷つきやすいところ、もっとも壊れやすいところを、差し出してくれる。そしたら、私たちは、こちらも、一番感じやすい手のひらや指先で、そっと、そっと、羽のように、壊れ物をあつかうように、猫を撫ぜるのである。
 猫の自由も、尊厳も、猫好きの自由も尊厳も、失われはしない。

 ほんとうの自由とは、これに似ている。

 互いの柔らかいところで、もっとも弱いところで、人と人は、(人と猫は、人と神は)真につながるのだ。
 壊れ物である権利とは、自分を無防備に差し出す権利でもある。
 人は弱い時、「自立」を失う。寝たきりになった人は、体を触らせる。
 自分を自分で守れなくなった人は、助けを、世話を、受け入れる。

 人は自分の最も弱く、柔らかいところに、神を住まわせることができるのである。
 
 弱い神に背を向けたら、きっと、猫にも逃げられる。

 Ugeux師のいうキリスト教の神とは、そんな神だ。
 もっとも弱い人、もっとも小さい人に寄り添うことが神と出会うことだと、イエスも言っているのだから、そうなんだろう。

 日本の自殺者数は、毎年、交通事故の死者数よりひと桁多く、殺人事件の被害者数よりふた桁多い。

 強くなれなかった人、大きくなれなかった人、勝てなかった人、有用性を失った人、自己実現できなかった人、自己管理に失敗して自己処理を選択した人、痛い人、苦しい人、絶望した人、が自死を「選択」する。逃避もあれば、それが最後の尊厳だと思う人もいる。

 これは、大変な事態だ。少子化問題どころではないのではないか。
 
 人は、最も弱いところ、最も傷つきやすいところで、やさしく自由に結びつき、支えあえるのだということを、声を大にして呼びかけなくてはならないのは、日本じゃないのか?

 死ぬまで自立してピンピンコロリだとか、アンチエイジングだとか、いじめに負けない強い心とか、ポジティヴシンキングとか、念じれば通じるとか、努力すれば成功するとか、そんな言説の一つ一つが、どこかで誰かを、確実に、少しずつ、絶望の淵へ追いやっている。

 無神論より、怖い。

 



 
 

 

 
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by mariastella | 2008-12-12 09:43 |

世界人権宣言デー

 12月10日は世界人権宣言の60周年記念日で、パリのトロカデロでは、60年前にこの宣言文を作った共同執筆者の「生き残り」である 91歳の Stephane Hessel が姿を見せた。

 アベ・ピエールが亡くなり、シスター・エマニュエルも亡くなり、ベルナール・クシュネールが「?」な言動を見せる今のフランスにおいて、ステファン・エッセルがいてくれるだけで、「理念の力」を信じられるし、彼のように、絶対に希望を捨てることなく戦うことでこの世を少しでも確実によくしてきた人と同時代にいることを喜べる。

 この人は、もとドイツ人で、トリュフォーの『ジュールとジム』(今検索してみたら、邦題は『突然炎のごとく』だった。なんて懐かしい)のジュールのモデルとなった作家の息子だった。20歳でパリのエコール・ノルマル・シュペリユールに入って、フランス国籍を取得、その後、ナチスの政策を攻撃し、フランスのレジスタンスにも参加したし、チャーチルもスターリンも手をつけなかった「世界人権宣言」を世に出し、移民労働者の人権のために戦い、人権を侵犯されている世界中の人のために奔走し続けた。こういう人がいるから、あらゆる誘惑に負けてとても人間的な展開をしてしまったフランス革命の価値ですら信じてもいい、と思えるのだ。

 そして非力ながら、私もユニヴァーサリズムの擁護に役に立ちたいと思う。

 昨日はフランスのライシテの危機についてアルテがドキュメンタリーと議論の番組をやっていたが、ドイツのムスリム女性のフェミニスト弁護士とフランス側はエリザベト・バダンテールが、そのたどった道は違うものの、異口同音に、文化の多様性の名の下に弱者を切り捨ててはならないことを強調した。なんと、国連は、たとえばアフガニスタンの女性のブルカ着用への「先進国」による批判などを「人種・文化差別」だとしているのだそうだ。考えたら、伝統を相対化して普遍理念に向かうような余裕のある「先進国」なんて、数からいうと世界のマイノリティだしな。

 フランスでも100年経って戦闘性をなくしたライシテは、本来の意味を失いつつある。「人間的に適用すべきだ」と言ってリールで公営プールに女性専用枠を設けたマルティーヌ・オーブリーのように、「マイノリティのリスペクト」がコミュノタリズムの侵食をゆるす口実にされつつあるのだ。
 人権とライシテはセットになっている。理念であるから、決して譲れない一線がないと意味をなさないのだが。
 マイノリティのコミュニティが政治ロビーとなって票田となるところに罠があるのだ。

 ドイツはババリア地方では今も公立学校の教室に十字架があるし、幼稚園からスカーフを被ってくるムスリムの女の子もいて、小中学校でも、ラマダンの時には子供たちがふらふらだから試験もできないそうだ。

 と、ここまで書いたが、その私の大好きなエリザベト・バダンテールの夫で、これもいつ聞き返してもほれぼれする死刑廃止演説

 (日本語訳がここで読める  http://kihachin.net/tips/badinter.html  )

をして見せたロベール・バダンテールが、最近、普遍的な人権問題にとって、国際刑事法廷の持つ意義を賞賛しているのを読んで、違和感を感じた。

 独裁者や虐殺者など、国際刑事法廷が執拗に追い詰める「人道に対する罪」っていうのは、時効がない。もちろん、その時々の国際的力関係によって、詰めが甘かったりお目こぼしがあったりするのだが、それでも、だんだんよく機能してきている、進歩している、と、バダンテールは言う。
 でも、たとえば、こういうのを見ると、やはりアメリカは日本に原爆を落としたことで罪に問われるのが嫌で国際刑事法廷の憲章を批准しないのかなあ、とか思ってしまい、犠牲者主義に気持ちが傾く。

 これに対して、哲学者のポール・チボーなんかは、法と政治は本来完全には切り離せないものであり、正義や公正の理念を、加害者を断罪して罰するということに収斂しては、ルサンチマンはネガティヴでアグレッシヴな方向にのみ向かう、と警告を発している。
 政治とは、国やグループの間の線引きをその都度調整していくことでもあり、常に未知の方をむいた試行錯誤である。それに対して法による制裁とは、基本的には、過去の作った基準でその後に起こったことを裁いていく。「人道に対する罪」を罰することには、何か、全能の傲慢さがつきまとう。ポール・チボーのキリスト教的な「復讐するは神にあり」という気持ちが、「人権法廷」を本能的に警戒させているのかもしれない。

 人道に対する罪から被害者や遺族を守ったり、復権させたりして、建設的なことにつなげていくのならいいけれど、人権の名の下に「過去の権力者」をなぎ倒していくのは、死刑と同じ「復讐の論理」ではないんだろうか。
 被支配者に対する生殺与奪の権を持つ権力者は、人の命にやすやすと軽重の差をつける誘惑に駆られる。そして、その芽は、きっと、誰にでもあるような気がする。
 たいていの権力者は彼らなりの「合法」の中で、人道に対する罪を犯しているわけだし。

 時代や文化を超えて広がった「普遍」宗教などには、そういう人間の法を超えたメタ基準としての「内的良心」をたてたものもあった。

 普遍を標榜する人権宣言も、そういう伝統の末裔にあると言えば言える。
 普遍的な理念とは、人間性を広げたり深めたりつなげたりするように働くならいいが、人を加害者と被害者や善と悪に分断して裁きあったり「落とし前をつける」方向に行くのはいかがなものだろうか。理念の敵は、相対主義だけではなく、教条主義でもある。
 
 死刑反対と、国際刑事法廷称揚とは、どこかそぐわないんじゃないだろうか。

 
 
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by mariastella | 2008-12-11 02:49 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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