L'art de croire             竹下節子ブログ

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フランス人と日本人の自虐の本音

 日本人は、よく「外人の見た日本人」の類が好きだといわれる。日本語は特殊だとか、日本文化は特殊だとかいうのも言われるのもわりと好きで、「ちょっとおかしいよ、世界のスタンダード(アングロサクソンのスタンダードだったりするが)とずれてるよ」、と言われるのも好きみたいだ。それと、自国文化を軽視したり、卑下したり、舶来崇拝があったりするのとは裏腹をなしている。

 フランスは日本のような「周縁文化」じゃなくて「中華思想」だから自分が偉いと見なしてるのかと思いがちだが、実は、フランス人も、「外人の見たフランス人」論が好きで、アメリカ人ジャーナリストが「フランスって変だよなあ」、なんていう本を「フランス人向け」に出すとよく売れたりする。「フランスの例外」という言葉もあって、他のヨーロッパ諸国ともずれていると認めるのが好きだ。

 そのわりに、伝統的にイタリアものを崇拝したり、アメリカ好きもいるし、中国とか日本とかチベットとか、遠い感じの文化を論じるのもスノビズムの一種になっている。

 私が、自分のトリオの最初のCDを日本語の解説入りだけで出した時に、フランス音楽なのにフランスではそれがハンディにならないかと気にした時、少なからぬフランス人にこう言われた。

 「フランスではね、情けないけど、自国レーベルのCDよりも、外国のCDとかの方がかっこいいと思われるんで、このままの方がいいよ」

 なんだか、そういう舶来志向って「日本の特徴」かと思っていたので意外だった。

 実際、フランス・バロックをやるのに、日本人の私が混ざっていることは、ハンディとされたことがなく、むしろステイタスだと扱われることもある。

 で、自国人が外国人に批判されるようなテーマをわざわざ持ち出して、自虐的に話題にするのも好きだ。

 世界の31カ国のホテルが観光客の採点(金ばなれ、マナー、服装など)をした。
 総合で圧倒的1位は日本人で、最後尾はインド人中国人フランス人の3者だそうで、この話をすると、フランス人はみな喜ぶ。日本人は結構シニックになる。

 フランス人は、

 「ははは、そうだろうな、フランス人は文句ばっかりいうからな」

 と認める。

 日本人は、

 「これは見方を変えれば、日本人はおとなしくて都合のいい客だというだけのことではないのか」

 と、ちょっと、すねたりする。

 しかし、フランス人も日本人も、本当は、自虐の本音に、自信がある。自信があるからこそ、他から批判されるのも好きという余裕がある、という感じだ。

 日本人はちょっと変、みたいな話でも、「いや、実は、これこそが世界に誇る特徴なのだ」という人も出てくる。

 たとえば、

 「日本人は無宗教だって言われるけど、宗教に深入りしないで付き合う大人の国なんだよね。一神教のやつらのように、原理主義の戦争なんかしないもんね」

 という感じだ。

 フランス人も同じで、自虐ネタの中にも、本当は、その裏返しの自信があることが多い。

 決定的に違うなあ、と思うのは、

 日本人が、

 「日本人はえてして・・・と批判される、でも、本当はね・・・日本人は正しいんだ」

 と集団的自己弁護するのに対して、フランス人は、ずばり、

 「フランス人はえてして・・・と批判される、でも、僕はね・・・ちがうんだ」

 と、個人的自己弁護をするところである。

 この辺は、日本人とフランス人が似て非なる、両極端だなあ、と、思わされる。
 でも、そのニュアンスの差がつかめれば、他のアジア人やアメリカ人よりも付き合いやすいなあと思うのは私だけだろうか。

 

 
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by mariastella | 2009-05-30 02:29 | フランス

信仰の言葉と科学の言葉-仏舎利の追っかけを終えて

 この仏舎利シリーズを興味を持って読んでいてくれた方(いるのか?)に、最終日のヴァンセンヌの森のパゴダへの行列風景のヴィデオを紹介する。

 http://www.youtube.com/watch?v=qepfo6pXhNw
 http://www.youtube.com/watch?v=r46Aj4lEohM


 何となく日本のネットを検索してたら、今年の2月に新宿文化センターで「仏舎利新宿展」というのが開催されていたことが分った。

 こういうの。

 http://www.fpmt-japan.org/japanese/relic/index_relics.htm

 日本にいたら見に行ってただろう。

 でも、解説を読んでちょっと脱力した。

 「高い精神的境地にあった方が亡くなられて荼毘に付された時に現われる、真珠のような宝石、それが仏舎利です。それはその方が智慧と慈悲を円満し、その心がこれ以上求めるもののない悟りを得た状態にあることを示しています。」

 とあり、そのような舎利は超常現象で増えるとか、見ただけで非常な幸福感に包まれるとかある。

 まあ、私が3日間も仏舎利の追っかけをしたにも関わらず、非常な好奇心を上回るほどの幸福感を得られなかったのは、信仰が足らないせいだろうから、それはいい。
 でも、見たところ、さすがに、明らかに骨ではない仏舎利を説明するのに、荼毘の後で現れる宝石、と言っちゃうだけでいいのか。聖体パンがキリストの体だと言うためのレトリックほどの努力の跡も見られない気がするのは、これも私の信仰心の欠如なんだろう。で、この新宿展では、あなたはどうしたら幸せになれるか、みたいなのがテーマのようだった。週刊誌の裏とかでよく見かける開運グッズ、や霊力を封じ込めたストーンだのとあまり変わらない。

 宝石状の仏舎利の由来については、私はすでに

 http://spinou.exblog.jp/10166766/  

 の中で触れ、そこでも引いた
 
  景山春樹『舎利信仰』その研究と史料 1986 東京美術

  『仏舎利の荘厳』奈良国立博物館編 昭和58年 同朋社出版 

 の2冊の本によって、好奇心を満足させている。

 つまりこの種の仏舎利の増え方については、解決がついているのである。
 超常的なことはない。

 それなのに、2009年の展示会の、説明には全然反映されていない。

 信仰の言葉と科学の言葉と、業界の言葉、布教の言葉、いろいろな言葉があるのだろう。
 狂信というのもあるから、あまり分け入ってはいけない危険ゾーンもあるかもしれない。

 こうなると、サレジオ会のC神父みたいに、「科学的」に執拗にこだわって、トリノの聖骸布の真偽を追って半世紀以上、という人のディスクールの厳密さと凄さにあらためて感心する。究極の信仰グッズを、聖職者が、信仰から距離を置いて実証的に追いかける、それが不可能じゃないというのがすでに奇跡的だ。

 http://www2.ocn.ne.jp/~g-compri/mpage1.html

 http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=213957X

 やっぱ、来年はトリノだなあ。

 夕べ、ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の『天使と悪魔』の映画を観にいった。
 ヴァチカンやローマの教会(大掛かりなセットだそうだけど、ヴァーチャルで見たら同じだ)を大画面で見る迫力はあるし、観光映画として刺激的だ。

 こういう浅薄な内容でこれだけ忙しくて複雑なものをよく作ってるな。

 ここでも科学と信仰が二元論的に語られていて、つまり弾圧と陰謀と復讐みたいな単純図式になっていて、ルネサンスに本当に何が起こっていたのかなんて一顧だにされない。

 地球が丸いなんて古代からずっと言われていた、というか、観察されていたことなんだけど。
 錬金術なんかでも太陽中心主義はずっと根底にあったから、地動説によって全然ぐらつかなかった。

 「異教」的なるもののとり扱いも、あいかわらずのアメリカン・テイストで、科学者や学者が神を信じるのかどうか、なんて迫られるのもアメリカンだなあと思う。

 映画でたっぷり見られるヴァチカンのアナクロニックなコスプレ・ワールドも、この3日間、仏舎利の追っかけで見たきらびやかなアジアのコスプレ・ワールドの後なんで、それなりの感慨は覚える。

 人は、きらきらと着飾り、権威を大きく見せようとし、さまざまなプロトコルの網を張り巡らせるが、その信仰の対象になっているものは、智恵とか覚醒とか愛とか希望とかいう眼に見えないものだ。その一方で、創始者のよすがとなるものも崇敬する。しかし、それはただの骨片だったり、無酵母パンに託した「肉」だったり、遺体を包んだ布に残った影のような曖昧な形だったりする。その落差のどこかに智恵が宿っていると思いたい。
 その落差が、力動を生むわけでもあるのだから、「聖遺物」は、超常的な宝石なんかじゃなくて、黒ずんだ骨とか、古い布についた血のしみだとか、宝飾を拒否する即物的なものの方がインパクトがあると思うのだが。
 その意味で、「聖体」が小麦と水だけのせんべいとか、「聖血」がワインだとか、物理的成分がはっきりしてるものも、いっそ好感が持てる。

 信仰のエッセンスって、言葉にする時と、形にする時と、どちらによく残るんだろう。いや、そもそも、言葉や形の中に残存するものなんて、すでに信仰の力が散逸した影やエコーみたいなものなのかなあ。

 


 

 
  
 
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by mariastella | 2009-05-20 19:13 | 宗教

VESAK2009 その3 雨のヴァンセンヌ

 VESAK 3日目。仏舎利の追っかけも3日目だ。

 今日は雨もよいの薄寒い日、ポルト・ドレからヴァンセンヌの森のパゴダまで、仏舎利行列。東南アジアやスリランカ系のコスチュームの人、寒そう。

 VESAKは入場フリーだが、一般の人は、正午までパゴダにはアクセスできない。途中で出会ったカンボジア人の夫婦(昨日の人とは別)はインタネットで見てきたのだが招待状を持っていなかったので、いっしょに入れてあげた。欄の花をお供えに持ってきていた。花やお香を持ってきている人がたくさんいた。パゴダはいっぱいの人で、仏舎利はほとんど見えないのに、お経をきくだけで感極まって泣いているいる人がいた。皆アジア人である。

 昨日なかよしになったカンボジア人の月寶さんと又出会った。中国人の先生とも。

 法門寺の指骨が「第九大奇跡」というのは、万里の長城を含む世界の七不思議というのは分るけど、第八はなんですか、と聞くと、「西安の兵馬抗」だと言う。

 それで、九番目が、「法門寺の指骨」か・・・

 中国の広さと歴史を考えたら、ちょっと発掘したら「不思議」はいくらでも出てきそうだな。

 でも、法門寺の指骨がバンコクのワット・サケット(パゴダ前で記念ピンスを買った)にある仏舎利よりも「不思議」度が高い理由は本当にあるのか。
 
 あの指、指にしては大きいから、今は「指状」の骨って言われてると日本のサイトで見ましたよ、というと、先生に、「釈迦の体ではなくて教えが大事なのだ、あなたは科学的過ぎる」と言われてしまった。

 私は、いや、あの中国のヴィデオの疑似科学的なもったいぶったところが私はすごく好きで、それはカトリックの聖人の遺体確認における妙な疑似科学の倒錯と似てて、日本の封印文化と違うところが興味深いんです、と答えておいた。

 セレモニーが終わって、仏舎利は一般公開されたが、押すな押すなの大盛況で、セキュリティの人が輪を作り、入場制限もあって、とても近づけない。

 日に日に遠くなる仏舎利。

 うちに帰ったら、近くの音楽院で、acousmate の実演というのをやっていた。
 音響考古学というか、音の化石というか、分子の中に刻まれた波動のキャッチというか、非常にあやしい、これも疑似科学のパロディみたいなのを観客参加型パフォーマンスにしている。

 イヤホン付ヘルメットをかぶったり、聴診器をつけたりして、音楽院の地下を調べたりする。

 革命前にはここに聖女セシル(チェチェーリア、音楽の守護聖女である)のチャペルがあったんだとか言うと、壁からかすかに歌が聴こえてきたりする。
 I pod で周囲から孤絶するのではなく、世界と交信するんです、とガイドはいう。

 ある部屋では、レコードが回っていて、それに針を当てると、音が聞こえてくるのが、一番不思議に見えた。

 ついこの前までは普通の光景だったのに、回転する円盤が音を記憶してるなんて、すごく印象的だ。
 古いレコードなんて知らないような世代の子供たちにとってはなおさらマジックのような光景だ。

 最後には、未来の「音響考古学者」に残しておく手がかりとしてみんなで手を叩いて拍手に変わる趣向だ。

 潜水艦の中で、レーダーにキャッチされた船を識別するための耳の訓練を受けたという「黄金の耳」と呼ばれるガイドもいる。

 擬似科学と「不思議」と信仰のパフォーマンス、一種のコスプレ(それが僧衣であれ、アンテナ付ヘルメットであれ)、隠れた音の記憶、焼かれた骨の記憶、「思い」だけは、時空を軽々と越えていく。

 感動して泣く信者、困惑して笑う観客、何が真実で何がパロディなのか、誰にも分らない。
 
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by mariastella | 2009-05-18 05:57 | 宗教

VESAK2009 その2 ライシテの困惑

 VESAK の2日目。

 パリ市役所は、プチ・ニコラの展示などの宣伝が大々的で、1日だけのVESAKの案内は、できるだけ目立たない様に配慮されていた。確かにポスターに聖遺物の文字はない。

 仏教2500年の文化の展示、というわけで、ギメ美術館など、パリの既存の東洋美術館、大使館が仏像などを貸し出し、仏教テーマのニューエイジっぽいフランス人アーティストの作品などとあわせて、一部屋にかき集めているが、「葉」を隠すには「森」が一番、という言葉を連想する。その部屋の中央に、タイから来た仏舎利が鎮座し、本当はそのために、そのためにだけ、この展示があるのだ。それは、この仏舎利贈与プランの発起人となったラオス僧とタイ仏教の間で、パリ市役所での公開が条件になったからだと思われる。

 公空間の非宗教性=ライシテの原則に抵触するようなこのような事態が可能になったのにはいくつかの口実もある。

 フランスがヨーロッパで最初の仏舎利所有国として選ばれたのは、フランスが「基本的人権」の祖国であるからというレトリックがあること。

 仏教は伝統的に無神論とされており、宗教でなく哲学だという見方も一般的だ。それにいわゆるフランス人の仏教徒や仏教シンパは、カトリックに失望や反発した無神論インテリ層が中心で、社会党のパリと親和性がないでもない。

 しかし、VESAKをオーガナイズするUBF(フランス仏教連合)は、いまや、宗教ロビーとして、キリスト教、イスラム、ユダヤ教などと同じように政府の諮問機関にも名を連ねている公式団体である。

 パリ市役所が明らかに「宗教行事」であるVRSAKと仏舎利展示を開催するのは無理がある。

 それを回避するために、つまり、葉を森に隠すため多くのごまかしが弄された。(これはすべて私の個人的解釈であることは言うまでもない)

 まず、文化の展覧会と銘打ったこと。

 夜は、仏陀の生涯というテーマだが、多国籍のアジアの文化(歌と踊りと音楽)をフランス人演出家がまとめるという構成のパーティを開いたこと。

 それに2000人近くを招待したこと。多すぎて、アジア人や僧衣の人々の姿は、昼間から市役所広場でパフォーマンスをやっていたインドネシアやカンボジアのダンサーらと同じような文化的コスプレのようで目立たない。(実際、階段の両側にこれらの民族衣装を来た人たちがずらっと並んで合掌して招待客を迎える趣向など、まるで、アジアのリゾート・ホテルの歓迎の演出みたいだ。)

 ヨーロッパ議会の選挙を控えた政治的に微妙なこの時期、ドラノエ市長は、目立たないように姿を消して、「残念ながら」出席できなかったこと。

 市長名代のスピーチでは視点の驚くべき転回もあった。

 このスピーチではさすがに「仏舎利」に触れないわけにはいかない。

 で、どうしたか。

 今回、はじめて仏教文化の展覧会をパリ市役所が受け入れることになって、それを記念するために、仏舎利の授与がなされたと言うのである。
 つまり、仏舎利は、フランスの自由と寛容に敬意を表するために、仏教界が展覧会に添えた花、という理屈だ。実際は、仏舎利の展示を目立たなくするために、宗教を文化にすり返る展示会が組織されたのに。

 市長代理のスピーチでは、パリは多様性のシンボル都市であり、フランス人であろうとなかろうと、パリ市民は自由と平等と友愛を等しく享受する、実際、ますます多くのアジア人が住み、日本人や中国人や、ヴェトナム人や・・・がいて、17区には初の仏中共同の保育園ができることになった・・・・ということが語られた。

 ここで日本人や中国人が言及されたのもおもしろい。
 これは、経済的、政治的には、日本人や中国人がもっともインパクトがあるからだろう。

 しかし、仏教的には、ほぼ、ゼロである。

 在パリの日本人は、仏教コミュニティを作っていない。仏教系新興宗教のコミュニティはいくつかあるが、いわゆる伝統仏教の大きなコミュニティはない。むしろ日本ではマイノリティのキリスト教徒のコミュニティの方がちゃんと活動している。
 ヨーロッパに比較的早く根付いた禅グループはあるが、いわゆる日本人の駐在員みたいな人で、実家の檀那寺が禅宗だから、お参りする、というような人はいたとしても例外だろう。禅はフランス人インテリ僧が力を持っていて、UDFの会長もしかりである。(韓国の禅宗も存在感がある。)

 日本の都会の平均的日本人が、冠婚葬祭以外には家の宗旨を気にしないのと全く同じことである。

 そして、在パリの中国人にもこれといった仏教コミュニティはない。
 在パリの中国人は商売人が多いし、儒教と道教の習合したようなものが主流であるからだ。

 仏教コミュニティが強固なのは、やはり、ヴェトナム、タイ、カンボジア、ラオス、スリランカ、チベットである。
 
 だから、VESAKの中心をなすのも彼らであり、市役所でのパーティの文化祭で演じたのも、彼らであり、中国人や日本人は不在である。
 韓国のグループは太鼓の演奏を披露し、インドネシアは、ガムランの演奏とともに、二人の女性が伝統舞踊を舞った。これは、どう見ても、バリ・テイストの、仏教とヒンズー教の習合であり、『仏陀の生涯』のプロローグがこれで始まったのは、宗教色を文化色で希釈するのには有効だった。

 ラストは、直立して胸の前で合掌した一人のブータンの僧による仏陀の賛歌であり、これは、どう見ても、それまでのエキゾチックな踊りや何かと違って、明らかに、宗教儀礼に近かった。

 パリ市役所の豪華なホールで、カトリックの聖職者やイスラムのイマームやユダヤのラビが宗教テキストを朗唱するのは考えられない。(東京都庁でも考えられないと思うが)

 しかし、市役所に仏舎利を飾り、この経を唱えるというのが、この急造成の森に隠した葉っぱなのだとしたら、理解できる。

 ところが、
 
 (多くの人にとっての)ハプニングは、その後に起こった。

 華やかな音楽や踊りの後でのブータンの僧の朗唱で、みなが目いっぱい厳粛な気分になった後で、

 フランス人のカウンターテナーのセバスチャン・フルニエが、ギタリストと共に登場、フィナーレと称して、

 Jeff Buckley (元歌はLeonad Cohen)の Hallelujahを歌い始めたのだ。

 しかも、最初に、「ハレルヤ」を皆さんも唱和してください(それをなぜか英語で言った)、と誘いながら。

 私でさえ、なんだかジョークみたいだと思った。KYとはまさにこの時のための言葉みたいだ。

 しかし、ハレルヤ、のリフレインの唱和は盛り上がらなかった。

 参加者全員が舞台に出てきた。

 ハレルヤは空しく響く。

 私は歌ったけど。(声を出すのが好きだから)

 Vitry でのセレモニーの最後の「南無仏陀」みたいなのも唱和したし。

 で、演し物が終わり、カクテル・パーティ会場に移る前に、市役所前でなかよしになったカンボジア人夫婦が顔色を変えて寄ってきた。

 ハレルヤに大ショックを受けた、フランス人は私たちをキリスト教に改宗させようとしている、というのである。

 夫人は、バニューにあるカンボジア人のパゴダの役員をしている。彼らはカンボジア僧を二人連れて来ていたので、私は、通訳してもらって、カンボジアにおける仏舎利信仰についての意見を聞いたのである。

 その後、会場に入った後、もう後ろの方の席しか空いてなかったので、夫人は、二人の僧に前方の席を譲ってもらえないかと言い出した。それで、オーガナイザーの一人である義妹に頼んでしかるべき席を用意してもらった。だから、夫人は、私たちを通して、主催者に、このハレルヤへの不満を伝えて欲しいと思ったらしい。

 彼女によると、新年の祝いなどで、ヴァンセンヌのパゴダ(仏教超宗派)に集まったりすると必ず「エホバのXX」などキリスト教セクトが待ち受けていて宣教のビラを配ったりするのだそうだ。それにすごく忌避反応があり、この「ハレルヤ」もその種の宣教だと思ったらしい。

 私は、「葉」を森に隠す演出を徹底して、その前のあまりにも仏教的な「讃」を中和するために、多様性ですよ、という感じでゴスペルっぽいのを配したのかなあと思った。

 後から聞くと、セバスチャン・フルニエは、うちの甥の空手道場の友人で、去年のトロカデロでの平和の祭典(チベット人支援のために義妹たちが主催したもの)でも歌ってくれた流れで、今回もボランティアで出演してくれたのだそうだ。別に仏教徒ではないがシンパである。
 バロックの歌手なので、教会でヘンデルとかをたくさん歌っているから、「ハレルヤ」の方に近いのは当然だが。そういえば彼の奥さんも去年トロカデロでアヴェ・マリアを歌っていた。

 市役所ホールにはフランス人の招待客も多く、その大半はいわゆる仏教徒ではなく仏教シンパである。メディテーション好き、というエコロジー派も多い。
 そんな客たちとも話し合ったが、「山に登るのにはいくつもルートがあるはずだ、仏教だろうとカトリックだろうと気にしない」という立場の彼らには、最後の「ハレルヤ」はむしろ感動的だったと言う。
 彼らに、仏教の無神論的側面や輪廻の問題などと、神の讃歌と、どう折り合いをつけるのかとか質問してみたが、そういう人たちにとっては、すでに、「神」とは、キリスト教的人格神ではなく、「教え」とか「智恵」とか「愛」なんかと同義なので、ノープロブレムらしい。

 UBFの会長の方は、スピーチで、寛容や自由や平等や非暴力のような、フランスにとっての大切な価値観は、仏教の価値観と同じで、価値観を共有する人は、共存できる、みたいなことを言っていた。

 フランスの共和国理念に「非暴力」なんて入っていないが。

 後、仏教徒はこのような倫理を日々の生活の中で実践しているのだ、というディスクールがあって、これは去年の仏教フェスティヴァルでの講演でも聞いたが、理想化しているなあと思った。

 まあ、日本で、キリスト教徒はピュアで愛を実践しているというような幻想がたまにあるのと同じで、マイナーな宗教はピュアに見えるのだろう。

 仏舎利の方は、囲いがしてあるので、2メートル以内には近づけない。それでも、アジア人はちゃんと合掌して感動してるふうだった。Vitry では、僧も尼僧も、舐めるようにして近づいて凝視していたから、機会さえ与えられればやはり好奇心というものは信心と両立するんだなあと思ったが、市役所では、立派な舎利容器をバックにして記念写真をとる、という人が主流だった。

 仏舎利は、囲われて遠くなると、私にとっては、博物館での発掘品の展示みたいに見えた。これならライシテOKだなあ。

 11時過ぎに市役所を後にすると、警備の人たちが今日はふらふらになった、とぼやいていた。
 
 
 

 
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by mariastella | 2009-05-18 04:17 | 宗教

VESAK2009 その1 仏舎利到着

 今日は待ちに待った(?)仏舎利到着セレモニー。

 バンコクから朝6時半に到着した仏舎利は、駐仏タイ国大使の車で直接 Vitry sur Seine に運ばれた。
 私がついた時には、ちょうど、仏教センターに向けて行列が始まっていて、通りは通行止めになっていた。
 50人くらいの焦げ茶の僧衣の尼僧中心のグループが歌うように先導し、色とりどりのアオザイを着た腰の細い若い4人の美女が、花びらを撒き、盛装した浄行師に続いて、金ぴかの輿に鎮座する舎利容器が運ばれ、その後には、タイ、ラオス、チベットなど、各派の僧が経を唱えながら、その後に又50人近くの黄色の僧衣の尼僧が続く。香が焚かれ、蘭の花が掲げられ、華やかだし、また、どの宗教の行列にも似ているような、デジャビュの世界でもある。

 センター入口では、結局招待状のチェックもなく、セキュリティは大丈夫なのか、とこちらが心配したくなる。
 セレモニーのあるホールに入るには靴を脱がなくてはならない。タイル張りの床の中央にモケットが引いてあってその上に座布団代わりのクッションが並べてある。

 舎利容器は4mくらいの天蓋付台の上に置かれた。金ぴかの仏像授与も行われた。

 これはプレス用の資料にもあったが、インドからタイに仏舎利が分けられたのが仏教暦の2442年で、フランスに来た今年が2552年、どちらも、逆から読んでも同じ数字ということで、因縁が深い、とされている。

 セレモニーのくわしいことについては又別のところで書く機会があると期待して、今は要約だけする。

 マジョリティはアジア人、それも旧仏領インドシナ系、ならびにタイ人という感じだが、いわゆるフランス人の僧も少なくない。スリランカ僧は精悍な感じで、インド人の釈迦もこんな感じだったかなあ、と思ってしまった。

 で、フランス人の仏教連合代表のコメントに、この出来事は、ヨーロッパに仏教が根付いた現実の反映だとあった。

 佛舎利については、「我々すべての師である仏陀の身体的臨在」という言葉が使われたのが印象的だった。
 フランスはライシテの国だから、明日の市役所での展示の時はどうか目立たないようにしてください、という注意も忘れなかった。まあ、仏教は「無神論」だとか哲学とかと言われているから、ライシテの谷間をすり抜けられるのだろう。オバマの就任演説でもオミットされてたぐらいだし、ね。
 
 釈迦の遺物の実在は、決して、過去の遺物ではない。星の光はたとえ何億年昔に放たれたものであっても今の我々を照らすのである、とコメントは続く。聖遺物の力とか、人々を一堂に集める力なのである、と。

 そして、タイ、ベトナム、ミャンマー、スリランカの合同のお経、ベトナムのパゴダのグループのお経、韓国仏教、曹洞宗、チベット仏教、と続く。仏教のインカルチャレーションの仕方って、正教に似ているなあ。国別の色が濃い。座ったままのグループが多い中でチベット仏教のグループはたって五体投地から始めた。
 曹洞宗はこの国での歴史の長さもあって、フランス人の方が多く、フランス語のお経もあった。

 確かに、仏陀の舎利を前にするとエキュメニカルになるというか、各国仏教の宗派がまとまる感じで、こういうのが聖遺物の力だと言われると、なんだか、来年に公開が決まったトリノの聖骸布を見に行こうかという気になった。

 全体としては、なんだか、私は、仰々しいセレモニーを見ていくだけで、これは偶像崇拝だよな、とか、呪術だよな、と思えてきて、しらけてくるタイプなので、終わった時はすっかりアグノスチックになって出てきた。
 感動とか、やっぱり本物はすごい、とか、名古屋の日泰寺では見られなかったものをたっぷり見られて好奇心を満足させられて嬉しいとかいう感じもしない。

 仏舎利はタイの黄金寺で10バーツで拝めるのと同じようなプレゼンテーションで、クリスタルの容器の底をよく見ると、古い歯みたいなのが数個入っているかなという感じだ。うーん。

 カトリックの聖人の聖遺骨の方が、誰の骨やらは知らないが、いかにも骨、明らかに骨、というのが多い。
 それを見慣れてる目には、この仏舎利は、まあ有機物の感じはするが、火葬された後の骨というよりやはり歯っぽいかなあ。それもあやしいものだ。タイの「本物」だって、本物の本物は、塔頂に封印してあって、舎利容器の中で開帳しているのはコピーというか、分身じゃないのかなあ。もう、「本物」という概念自体が曖昧である。カトリックのミサで、無酵母パンが、儀式の後では「キリストの体」に化体するというのと似たような感じだ。

 私の好きなのは、やはり、宗教でなく人間だ。

 リジューのテレーズもこんな感じだったかも、と思うような若くてかわいい、一途な感じのアジア人の尼僧がいて、ちょっと見には委員長タイプで額に青筋が浮かびそうなんだが、お経を聴いているうちにどんどん目がうるうるしてきて、終いには滂沱の涙を流しているのを見ると「萌え」という感じになる。また、真剣に、静かに五体投地を続ける老婦人を見ていると、これがほんとの old woman's faith なんだなあと思って、敬虔で安らかで温かい気持ちにさせられる。

 昼はおいしいビュッフェがふるまわれて、いろんな人と話せた。

 午後はメディテーションがあった。女性が「集中の中にこそ心の平穏があります」的な案内をフランス語で語り、それが不自然な気がした。こういう時には、背筋まっすぐ、座禅慣れしてるようなニューエイジ的エコロジー的な仏教シンパのフランス人が生き生きとして見える。

 一番おもしろかったのは昼休みに路士棟という中国語の先生とした話だ。

 この先生によると、中国共産党の指導者には結構「隠れ仏教徒」が多いそうで、仏舎利信仰も内部供覧として極秘になされているそうなのである。

 一番人気は、なんといっても1987年に1000年ぶりに発掘された陝西省西安市の西120kmにある法門寺の釈迦の指骨である。これがわざわざ共産党本部にも運ばれたこともあるらしい。

 史記にも記述があるなかなか由緒ある舎利なのだが、私は、釈迦火葬御の最初の8基のストゥーパはともかく、アショカ王によって再び細分された8万4千基(そのうちの19塔が法門寺をはじめとする中国にあるものらしいが、少ないといえば少なすぎないか)となると、なんだかすでに、「信じられない」と思ってしまうので、「南京の頭骨(玄奘のじゃないのか?日本にも分骨されたはず・・)」も含めて、好奇心が充分に沸いてこない。

 でも、路士棟先生によると、法門寺の「指骨」は、4つ見つかったものを鑑定して一つが本物で3つがコピーだったという。本物は100%本物だ、と強調する。台湾からも巡礼が来ると。

 で、関連のyoutubeアドレスを送ってくれた。

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#0057d73c-6d4f-4eca-9191-f1c41b787234

 とか、 

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#6e36f815-79ec-45d9-b64d-83e2d716d28d

 こういうの。

 その辺にいっぱいあるので、興味のある人はどうぞ。
 「多少奇異的故事」とか、「世界第九大奇跡」とかあって楽しそうだ。
 真骨は「真身舎利」と言うらしい。

 で、見てみると、確かに髄の溶けた後の中空の骨様のものなんだが、わざとらしい筒状で、内側に北斗七星のマークがあったり、やっぱあやしそうである。

 youtube で発掘の様子や鑑定の様子を見ていると、カトリックの聖遺物鑑定みたいで、けっこう即物的であり、日本の「聖なるもの」封印文化とはだいぶ違うぞ、これならDNAを採取しかねないな、わくわく、と期待したのだが、日本人の書いた紀行ブログを見てると、指の骨にしては大きすぎるということで今では「指状」舎利と言われているとか、他の3つも本物と一緒にあったから本物と同等なんですと言われたとか、やはり、はっきりしなくて、あやしい感じは拭えない。

 路士棟先生は、仏教の深さに比べると他の宗教は表面的だ、としきりに言っていたが、誰でも自分の極めたものが深く思えるので、表面的にしか知らないものは表面的に見えるんではないだろうか。

 彼は、普通の人間の体は殺生をして生きているので朽ちるが、完全解脱した釈迦の体は、罪を免れているから微生物からの復讐を受けずにこうやって残っているのだ、それが智恵の証明だ、と言い出したので、私はヒマラヤやアルプスの永久凍土で発掘された遺体はどうなるんだとか、エジプトのミイラはとかどうなんだ、とか、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる聖人の遺体が匂ってくる話まで繰り出した。
 彼は釈迦の慈悲を強調したが、私はもし梵天勧請がなかったら、釈迦だって自分で成仏して終わりだったんじゃないか、と言ってしまった。彼は「それも方便、これも方便」と言う。

 仏教徒にとっての懐疑主義はどういう形態をとるのかという話もした。

 キリスト教において、神の実在に懐疑を抱く「逆啓示」現象があるように、仏教において、「解脱はないとか、輪廻転生はないのではないか」という懐疑主義の伝統はないのだろうか。このことについては前に義妹と話し合い、結局、仏教には超越というものがないから、その主の懐疑論は内在しないという話になったのだが・・・

 先生には、もともと仏教は実存的苦を逃れるための智恵だから、と言われたのだが、それではやはりストア哲学と大して変わらないという気もする。キリスト教がストア哲学を凌駕してしまった理由の一つにはまさに「肉体」の問題があるのだけれど。

 そもそも、生老病死は、本当に苦なんだろうか。生老病死を「苦」とするコンセンサスによって社会のシンボル体系ができていて、それを崩されるのが最高の危機であるから、自殺者はどこでも恐れられ忌避されるのではないだろうか。「特権の放棄」は秩序にとっての罪なのである。

 フランス人は仏陀のことを、我らの父、みたいにコメントしていた。
 キリスト教的なバイアスがかかってないか?

 結論は、釈迦の偉大な教え、智恵を継承して我々も解脱を目指そうという、オーソドックスな話なのだ。
 でも、私は、釈迦の死後2500年とか、イエスの死後2000年とか、そんな何千年も、教えが星の光のように届いている存在が偉大だというよりは、何千年もそういう教えに希望を託して試行錯誤しながら生きてきた多くの人々の集合的な努力の方がすごいと思うし、いとおしくも思う。

 目の前のケースに入った粒が骨であろうと、何であろうと、とにかくそういうものに託する人々の思いの方に興味がある。
 人とつながる人はみんな神の子、という言葉を適用すれば、私もまた神の子である自信はあるんだけど。

 
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by mariastella | 2009-05-16 06:53 | 宗教

酒を飲んで裸になる話

 その人は、泥酔して、全裸になった。

 そうっと服を着せてあげるだけでいいのに、裸を見ただけで、通報した男がいた。

 この男は、裸の男から、子々孫々まで呪われよ、と言われてしまった。

 
 「その人」とは大洪水の後の人類の父(?)ノアである。

 システィナ礼拝堂の天井画の「ノアの泥酔」の場面はいつも私にとって最高に気になるものだった。

 ノアだけでなく、通報者の息子も、服を持ってきた息子たちも、全員裸だからである。

 Michel Masson『La chapelle SIXTINE-La voie NUE』 Ed.Cerf

 http://arts-cultures.cef.fr/livr/livrart/lartx53.htm

 が、これでもかこれでもかと、秘密を解明してくれる。

 まず、聖書によるとノアは、公共の場所で裸になったのではなくて天幕に入って裸になったのに、ルネサンスの絵は場面を田園風景に映す伝統があった。

 しかし、ミケランジェロの絵でのノアの体のポジションから見て、解剖学に精通していたミケランジェロが表現したのは、ノアが実は寝込んでいなくて、意識を保っているということである。その証拠に、ワインの杯もデカンターもちゃんと邪魔にならないように考えて脇に置いてある。

 ここでは、くわしいことを書くつもりはない。

 ノアの泥酔シーンは創世記のエピソードをある意図を持って慎重にパロディ化した再構成なのである。
 そこにはインセストや同性愛の香りもたたえた性的怪物の姿も顕わになる。

 Daniel Arasseの「超解釈」主義を継承したMichel Massonの驚くべき荒業が、すばらしい整合性と説得力を持って展開していくさまは、圧巻である。

 しかも、これほどに、ユニークな解釈をしても、それがヨナを通じて神が伝えたいメッセージであるという啓示的宗教的ディメンションを全く失わないどころか、全体としてはちゃんと信仰告白になっているところも、ヨーロッパのキリスト教美術とその鑑賞の歴史の底力を見せつけられる感がある。

 どんな過激なことを言っても冒涜的にもならないし、美術批評としても成立しているというすごさだ。

 天地創造のシーンで、「白髭の年寄り」の姿の神はクリシェでありパロディであり、真の神の姿は、太陽や月を創造した後で植物創造に向う神の後姿からはみ出して存在を主張する「尻」なのである、なんていう解説も、驚きだが、ミケランジェロが何一つ、偶然や無意味なものを描いていないということは納得できる。

 しかし、システィナの天井画は、ダヴィンチの絵画全作品と比べても圧倒的に情報量が多いから、壮大なストーリーができそうだ。わくわくモノの『システィナ・コード』、書けると思う。
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by mariastella | 2009-05-13 00:42 | アート

V・I  の BMI は 21,63

 このタイトルの意味がすぐ分かる人、いますか?


 V・I は、サラ・パレツキー作のハードボイルドのヒロイン、V・I ウォーショースキーことヴィックのことで、彼女は172センチで体重が64キロ前後ということで、肥満度指数(体重÷身長(m)の二乗)が21,63という意味である。

 最も病気にかかりにくい健康な標準体重のBMIは22ということで、V・I も四捨五入すると22、よかった。
 偶然ではない。他の多くの女性探偵は、痩せすぎで、いくらカラテの達人でも男との体重差は不利になる、とパレツキーは言う。社会で成功をおさめた女性たちはひたすら痩せて、男たちに、自分たちは無害な小さな女の子であるというメッセージを送っているのだ。

 日本で購入したHMM(ハヤカワミステリマガジン)で連載4回目を読んだパレツキー自伝はひたすらおもしろい。アメリカにおけるフェミニズムについてこれほど生き生きした記述を読むのははじめてだ。

 私は、『アメリカにNOといえる国』の中で、アメリカ的=コミュノタリスム的、犠牲者主義的フェミニズムとフランス的=男女平等主義、連帯主義のフェミニズムの違いについて触れたが、パレツキーはその違いをはっきり意識している。その上で、「以前のわたしは男女平等主義の信奉者だったが、一九七一年の冬にフェミニストになった」と明言している。

 中絶の権利ひとつとっても、アメリカの状況は悲惨すぎる。 

 表現の自由は、女性へのサディズム産業を助長したが、アメリカは「先進国の中で唯一、性と生殖を議論するのが、完全に不可能といわないまでも、かなり困難な国である」。政府は年間200万ドルもかけて絶対禁欲性教育を進め、中絶費用の公費負担を禁じたり、中絶医の大部分が手術をやめてしまったという現状まである。薬剤師に、避妊ピルの調剤を拒否する権利を与える州も続々増える勢いらしい。

 フランスや日本では、歴史やメンタリティはずいぶん違うが、この辺の事情の「ヌルさ」はよく似ている。

 パレツキーは博士号も持つ学者だが、フェミニズムのためにブルーカラーの女性探偵を創造し、アメリカのミステリにおけるフェミニズムの「流行が去った」今でも、戦っている。それでも、ミステリ業界で、男性作家の本が書評で取り上げられる回数は、女性作家の7倍(絶対数の比を考慮に入れても)であったり、3倍も早く絶版になったりするそうだ。日本のミステリ界では、とても、そんな印象はない。

 やっぱ、アメリカって、特殊かも。

 今朝のラジオで、フランス人ジャーナリストが、最近アメリカ国籍を取得した人はメキシコ人、インド人、中国人、フィリピン人などが多く、このままいくと2026年には白人はマイノリティになるという話題を取り上げていた。その時に、

 「あ、アメリカでは白人というと、コーカジアン(コーカソイド)ということなんです。アメリカでは、南アメリカ人は白人だとは見なされていないんですよ」

 と注釈があった。

 ヨーロッパ的には、「南アメリカ人」は漠然と白人である。というか、ラテン・アメリカ人は「ラテン系」であるからラテン人=ヨーロッパ人仲間である。ポルトガル語とスペイン語がヨーロッパ文化の継承を象徴する。

 ここでヨーロッパ的、というのは、実は、「大陸的」と言い換えることができる。

 私は、学生時代に中根ちえ先生の人類学の講義で周辺文化と中央文化のメンタリティの違いを習った。中華思想の国の代表が中国とフランスだという認識もあった。日本は島国で、中国の中華主義の周縁で、それを取り込んでカスタマイズするというか独自の文化を作っているが、あまりそれを他者に発信しないという認識も実感もあった。

 フランスに30年以上住んで、この頃、ようやく、大陸的なヨーロッパ中華主義の実感というものがどういうものか分ってきた。驚くべきことだ。

 つまり、大陸的ヨーロッパ(ケルト+ゲルマン+ギリシャ・ラテンの混合)の視線で見ると、イギリスという島国は、どんなに強大な時期を経ても、所詮「周縁文化」の国なのである。
 そして、そこから大西洋を渡ってできたアメリカも、「巨大な島国」「巨大な周縁文化」みたいなものなのである。オーストラリアもしかりである。

 それに対して、スペインやポルトガルが進出した中南米諸国は、たとえ先住民のインディオと大量に混血しても、ヨーロッパ大陸風普遍主義に連なる自分らの仲間、なのである。

 どこにもこうはっきりとは書いてないが、そしてそれは無意識な島国根性と同じような無意識な大陸ヨーロッパ中華思想なのだが、実はこういう感じなのである。

 第二次大戦後の人間が大半になった世界では、アメリカの大国ぶりが「常態」だったので、ヨーロッパの誇りはコンプレックスの裏返しだとか過去の栄光を捨てられないものだとか思いがちだが、「中央」による「周縁」差別の根は結構深いのだ。

 で、そのアメリカだが、こう「非白人化」が進むと、カルチャー的には、ますます脱ヨーロッパ化していくのだが、社会政策的にはだんだんとヨーロッパ風(福祉志向)になるという皮肉な過程に突入している。

 これが果たして、ユニヴァーサリズムの新しい突破口になるのかどうか期待したいところなのだが、パレツキーの話を読むと、まだまだ、アングロサクソン・ピューリタン的メンタリティが根強く、悲観的になる。

 「女性大統領よりは黒人大統領の方がまし」

 だとはっきり意志表示した人種差別団体のように、ピューリタン的偏見に基づく女性憎悪は、今のアメリカでも蔓延している。

 女性といえば、2026年を待たなくても、すでに、アメリカ人の半分なのだ。女性への憎悪や暴力や支配構造に踏み込んできっちり向かいあわない限り、アメリカがユニヴァーサリズムの旗手となる日は来ないだろう。

 
 
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by mariastella | 2009-05-12 19:56 | 雑感

La tragédie de Gilles de Rais

théâtre du Nord Ouest にJean-Luc Jeener の 『ジル・ド・レの悲劇』の朗読上演を見に行った。

 これまでの関連記事は以下。

 http://spinou.exblog.jp/11291357/

 http://spinou.exblog.jp/11144599/

 といっても全編朗読ではない。全部読むと4時間以上になるそうだ。
 まあ、私もあまりの長さに、完読を放棄してこの上演に期待していたわけだが。

 でも、10名以上の役者たちの朗読は熱演で、上演後に舞台でJeener のコメントも聞けた。
 その後劇場の入口でもう一度Jeenerと話し、次の機会に食事をしようと誘った。

 この戯曲は先頃出版されたばかりだが、実はJeenerの若書きで、それ以来、悪の問題の神学についても自分の研究は変化したが、今の時代にアクチュアリティがあると思った、と言っていた。

 「青髭公」ジル・ド・レの「大量犯罪」は、魔術、錬金術、小児性愛、サディズム、屍体愛が複雑にからみあい、犠牲者は140名が挙がっているが、実は1000名を越すとも言われている。
 なぜ放置されたかというと、彼が大領主だったからで、そこいらの変質者が誘拐してきた子供を自宅の地下室でこっそり飼ったり殺したりするのとはスケールが違う。

 多くの召使や「友人」たちが、彼の犯罪に積極的に手を貸し、多分、間隔を麻痺させたり、潜在的な倒錯に目覚めたりしたんだろう。数人は処刑されたが、多くは、逃げた。処刑されたイエスのもとから逃げた使徒たちと変わらない。
 ブルターニュでは「聖ユダ」の民間信仰があって、「善の成就のための悪の必要性」というコンセプトがあったというセリフがあるが、その出所を今度Jeenerに聞きたい。

 基本的には、史実に忠実であるとJeenerは言っている。フィクションを加えたものはあるが、事実を捻じ曲げた部分はないと言うことだ。

 実際、ジルの犯行のシーンは、聞いていると胸が悪くなる。

 信じられない。

 しかしこの部分は、裁判での証言によって再構成された「史実」の部分であって、Jeenerが猟奇的な脚色をしたわけではない。

 芝居の中で、ジャンヌ・ダルクは言う。

 「人間はその性向(悪、暴力)を変えることはできないが馴らすことはできるのだ」と。

 しかし、ジルの解釈は、いつの間にか、ユダのように悪の杯を汲み尽し、飲み干した時に大いなる幸福が成就すると言うことになっている。 錬金術の l'oeuvre au noir (黒の過程)ということである。

 Jeener は、それでも、悪は実は賢者の石に決して行き着けない袋小路であると言う。

 悪を極めた者は孤独地獄に陥り、その袋小路に閉じ込められる。

 で、そこにやってくるのが「神の愛」で、神の愛からは誰も逃れられない、と言うセリフになる。
 だから、ジル・ド・レは聖者のように死んだ、という結末なのだが・・・

 そんなんでいいのか?

 ジル・ド・レが悪を極めた末に聖人のように崇められて死んだのは、彼のおかれていた社会的、時代的、地域的立場とその構造とメンタリティと切り離せない。

 悪とか暴力とか倒錯の衝動は、普遍的な部分もあるし、文化的要素もあるし、個体特有の神経系のアクシデントということもあるだろう。

 人間の歴史は大きな流れとしては、それを飼い馴らし、矯めてきたと思うし、これからもその方向に迎えると信じたい。

 ジル・ド・レのケースは、興味深い。

 戦争中の残虐行為は別としたら、権力者による破壊衝動というものは、「命令」の形をとるもので、自分で手を下すことは少ないと思う。ヒトラーは自分の手でユダヤ人を殺さなかっただろうし、テロ・カルト組織のリーダーも自分では毒を撒いたり自爆したりしないだろう。

 また、悪と聖なるものとの関係も普遍的だ。ジル・ド・レが子供たちを殺したように、無垢の者、子供、清らかな者、処女などが、どこの文化でも、神々と取引するために効果的な生贄として捧げられてきた。「善の成就のために犠牲が必要」という心性は奥深い。

 その意味でジル・ド・レは、聖女ジャンヌ・ダルクの火刑の煙を絶やさず守り続けた悪の司祭だったのかもしれない。
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by mariastella | 2009-05-12 18:40 | 演劇

聖なるものの痕跡

 さっきUPした記事の中で、去年のポンピドーセンターでの『Traces du sacré』展のことに触れたのだが、今チェックしたら、このブログの中では触れていなかった。

 人体展との関連もあるので、ここにコピーしておこう。

 

 >現代美術における「聖の痕跡」をたどったポンピドーのテーマ展は、あまりにもフランス的なコンセプトである。

 この21世紀でも、アメリカで、ポーランドで、ロシアで、イタリアで、オーストラリアで、イギリスで、キリスト教の冒涜的なアート作品が、展覧会場で破壊されたり、ギャラリー閉鎖に追い込まれたりしている。日本やフランスにいるとそんなことがぴんと来ない。
 そんなことは、イスラム原理主義の話だと思う。でも、それは、キリスト教原理主義の話でなく、ある種の「善良な人々」の感受性に拒否反応を引き起こすのである。
 
 挑発というのは、拒否反応があるから挑発になるので、フランスでは平和だ。しかも、この展覧会は、モダンとポストモダンの流れにおける無神論的表現とその展開がすごく系統的に紹介されていて、加えて、演出が優れている。

 たとえば、遠近法の変遷のコーナー。
 西洋遠近法では消失点が画面の中にある。イコンの遠近法では、画面の向こうは神の世界で無限だから、消失点は、イコンを見ているこっち側に来る。その違いや、視線の向きによる、上昇遠近法の例を示しつつ、そのコーナーそのものが、遠近法の錯視を利用したつくりになっている。

 美術館の入口に、中国人アーチストの巨大な作品がある。チベットの祈りの法具(真言を書いてある筒をぐるぐる廻すやつだ)の巨大なのが突っ立っている。
 リアルで、サイズだけが巨大なんで、たとえばロン・ミュエックの新生児みたいに、そのサイズの錯誤そのもののインパクトをねらってるのかと思ったら、なんと、思想作品で、宗教が肥大化して権力的になる倒錯を告発したのだそうだ。ダライラマの政教一致の批判である。

 でも、一昔前までは、信教の自由も何も、チベットには他の宗教の情報がなかったんで、自由が迫害されてたわけではない。亡命後、外の世界を見たダライラマは率先して、民主主義体制を準備しようとしてるくらいだ。
 ま、このアーチストもその後、中国当局に追われる身だそうだけどね。こういうナンセンスも、まあ、チベットびいきのフランスだからこういうテーマ展でドンと出してもイデオロギー性が相対化されていいのかも。

 フランスに何十年もいるアングロサクソンの友人は、この展覧会は理解できないみたいで、忌避反応を示している。フランス的な感覚というのは、そう簡単にアシミレートできないのかもしれない。

 まあ、本当のテーマは、長いこと宗教組織が超越を管理してきて、それが否定された後に、では、芸術が超越を啓示できるのか、っていうことなのだが、アーティストっていうのは、別に教会やら司祭に代わって神降ろしをしようとしたのではなく、自分が神になろうとしているのである。クリエートということはそういうことで、そういう意味ではいつも冒涜の香りがする。 <

 以上である。

 本当に書きたいのは、アートの変遷と無神論と西洋近代がどう関わっているかということである。

 人やアーチストが自分で神や司祭に「なりたい」と思うのは、一種の「召命」である。
 よくないのは、自分に合わせて自分の都合で「偽の神」をでっちあげたり、「偽の神」の司祭を演じることなのだ。
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by mariastella | 2009-05-07 22:15 | アート

「Our Body展」スキャンダルのその後

  パリでやっていた人体の不思議展が禁止された。
 これまでにこのブログに書いたことをおさらいしておこう。
 まず、昨年9月22日の記事。

 >今朝のラジオで一つ驚いたことがある。

 リヨンでプラスティネーションの展覧会があり、人を集めている、という話だ。

 これはドイツの誰かのテクニックで、人間の体に樹脂を注入して常態で保存した標本で、それを輪切りにしたりして、展示する。

 私は10数年前に、横浜のみなとみらいの中でこの「人体の不思議展」を見た。
 怖いもの見たさ、ののぞき趣味もあったが、何かシュールで、あまり怖くなかった。

 その後数年前に、東京で、中国で製作したという同種の展覧会を見たが、これはアジア人なので何かリアルで、どこかの強制収用所で本人や家族の許可なしに剥製にしたんじゃないかとか思えて気分が悪かった。

 で、この展覧会、アメリカのどこかでやったときに、倫理的なクレームがついたそうで、まあ、問題ないとなったらしい。ヨーロッパでもどこの国だかで、開催中止を呼びかける運動があったそうだ。

 私が驚いたのは、それについての解説が、アートはどこまで許されるかとか、アートと倫理というの問題だったからだ。プラスティネーションについても「アーティストは」なんたらとか、作品がなんたらとか言っていた。それで引き合いに出されたのが、先日も書いたが、サザビーズで飛びきり高価な値がついた Damien Hirst の作品だった。確かに、彼のも動物のホルマリン漬けなのだが・・・

 日本で、プラスティネーションの紹介やら解説の記事を読んだ時、それはアートだなんて語られていなかった。科学見世物、というか、科学展示会、で、見本市会場というか、よくても博物館展示という感じで、「美術展」とか、美術館とか、芸術とかの枠では議論されてなかったと思う。

 まあ、人間の臓器だの死体だのを展示して見る、ということ自体が際ものというか、冒涜的な感じなので、それを正当化して罪悪感を消すためか、啓蒙的、科学教育的なテイストと、新しいテクノロジーの価値とか、ことさら散文的なバイアスがかけられていた。アートであるかないかなんて切り口は私は知らなかった。

 これは、ミュージアムという言葉が日本語では美術館と博物館の2種類の訳があることとも関係する。博物館なら「科学的(歴史的も含む)」な価値のあるもの、めずらしいもの、がOKで、美術館には芸術的価値のあるもの、という合意がある気がする。

 ルネサンスのヨーロッパでは、新大陸からの文物はもちろん、キリンでもインディアンでも黒人でも肉体的ないわゆる「奇形」者でも、みんな「珍しいもの=価値あるもの」として、展示されたり、貴族やブルジョワが「Cabinet de curiosites」というコレクションにおさめたりした。

 こういうコレクションは、後の分類学とかの基礎ともなったので、好奇心といってもただの悪趣味ではなく、科学精神もあったわけだが、これが、キリスト教的な秩序や世界観におさまりきれない部分を収容していたのだろう。

 ミュージアムもほとんどは、個人のコレクションの発展したものだ。

 昨年はじめに上野の国立博物館でエジプトのミイラ展を見て、その時も、ミイラをCTスキャンして、中まで見せよう、というので、最新のテクノロジーが強調されていた。まあ、エジプトのミイラは考古学的価値や歴史価値もあって、人類遺産って感じはするから、それでOKだけど、どこの誰か分からない現代の中国人のおじさん、なんかが樹脂を注入されて縦割りされているなんて展示会は、考えてみると、どういう理屈をつけて「見せる」んだろう。

 確かに冒涜的な感じがするこんな途方もないものは、「科学」でなくて、「アート」とした方が、欧米では通りがよいようだ。
 「倫理に反する」というクレームも、ある意味で西洋的であり、それに対抗するには、「いや、科学的展示ですから」というよりは「いや、コンテンポラリー・アートですから」と言った方が通りやすいんだろう。

 では、あれは、アートだったのか?

 この意外な発想の違いはけっこう本質的な何かを秘めている気がする。

 聖人の聖遺骨の展示やコレクションの伝統が、ルネサンス以降も、偉人(学者・アーティスト・哲学者・政治家など)の遺骨だの体の一部の保存に変わって残っているヨーロッパというコンテキストとも切り離せないと思う。


次に今年の3月26日の記事。

 >前に書いた( http://spinou.exblog.jp/9765172/ ) 人体標本展がリヨンに続いてパリで開催されている。

 「アート」ではやはり無理だったらしくパリの科学技術館や人類博物館に売り込んだらしいが、いずれも、倫理的な理由で断ったらしい。それでも私的なスポンサーはついて宣伝はしているが、その後どうなったのかと思ったら、やはりその「人体」が中国人のものであるということで、毎年6000人から7000人と言われている死刑囚の者ではないかと疑問を呈する人が出てきた。

 私も日本で見た時、最初のドイツ由来の展覧会と違って、アジア人の標本には、嫌な感じがして、チベット人じゃないのか、と思った。

 フランスでの議論に、中国人は先祖を敬う伝統が根強いから、医学の献体も少ないので、このような標本(「万全の信頼を寄せての献体」ということになっているらしい)の出所はあやしい、というのがあった。

 ドイツのプラスティネーションは今でも健在で、人体サーカスとして演出を加えている。それもグロテスクではあるが、一応「アート」とか「表現」の線を貫いているのだ。最近、自分の身体を永遠に残したいと遺言して、名前を公表してプラスティネーションの処置をしてもらったドイツ人の写真記事を見た。だから、ばらばらにされるのではなく、本人の肖像みたいなのが同定可能になっている。
 まあ、埋葬が主流の文化において、自分の身体が腐るのがいやだ、という気持ちはあっても不思議はないので、無料できれいに処理してもらえれば、と思う人も出てくるのかもしれない。

 キリスト教といえば、プラトン風の「肉体は魂の牢獄」、という身体蔑視を思い浮かべる人もいるだろうが、そして中世ヨーロッパなどでは実際そういう部分もあったのだが、実際は、その根幹が「肉体」と結びついている。神が人に受肉したというのと、死の後にキリストは肉体ごと復活したという根幹である。

 だからキリスト教では、肉体蔑視と言っても、サクス(肉)とソーマ(体)を分けて、肉の方は、人間の条件である原罪、つまり欲望に屈して神から離れるので律するべきものであり、それに対して体の方は、聖霊の働く場所であり、聖性へ、つまり神との一致へ向かう。そこでは体は魂の牢獄どころか、神を宿す「神殿」ですらある。

 プラトンのギリシャには同時に肉体賛歌の文化もあったわけだし、ヨーロッパでもルネサンス以降の社会におけるキリスト教の非宗教化の過程では、やはり、人間=肉体の称揚=神格化があったわけだ。だから、その名残がある今のフランスでも、「神を冒涜」するようなアート表現はかなり過激でも別に問題にならないのだが、人間の体の展示には倫理的問題を感じるらしい。

 これがいわゆる「聖人の体(腐らないパードレ・ピオの遺体とか)」の公開などであれば、それはまさに神格化しているのだから、崇敬であって冒涜にはならない、という論理が通るのだが、単に「教育的見世物」として人体を公開するのは非常に抵抗があるわけである。
 ヨーロッパでもたとえばムッソリーニのような独裁者を殺してその死体を「さらしもの」にするというような野蛮なシーンはついこの前まであったわけだが、そういうトラウマも含めて、「人体の不思議展」に強い嫌悪を表明する人が後を断たないのである。

 文化的文脈というのは不思議なもので、好奇心にかられて日本ではプラスティネーションも人体の不思議展も見てしまった私は、パリでは忌避感がある。

 生命活動を失った後の人間の体に向ける視線には、いつも、世界観が現れる。それは「種」としての人間観であり、自己をどう認識しているかということでもあるのだろう。


 次に、4月5日の記事の後半。


  > 同じ「体」つながりで、しつこいようだが、パリでやっている例の「人体の不思議」展は3月20日に、 「人間の遺体は尊重と尊厳と礼儀を持って扱われなければならない」というフランスの法律に違反するということで、死刑反対のNPOなどが中止を申し立てた。
 インタネットの宣伝サイトでは「アーティスティックで教育的なもの」とあり、反対派は、「センセーショナルであり、科学的ではない」と攻撃している。このへんも微妙に歯に衣着せた論点のずれがある。

 主催者側の弁護士は、展示は科学的側面が重要で、目的は人体を désacraliser (=非神聖化)することである、これによって、フランスにおける臓器ドナーが増えるのに寄与できるかもしれない、などと言っている。

 こういう風に言ってしまえるのは、フランス社会が長い間、カトリック教会の影響によって体を管理されてきたことから「解放」されたという「ポジティヴな戦い」についてのコンセンサスがあるからだろう。

 表現の自由は守られなくてはならないし、冒涜罪、冒聖罪は、あってはならない。ということで、「人体」をめぐる「モノ化」への抵抗を、人体の「神聖」化=過去の遺産という図式を使って排除しようという論理だろう。

 判決は4月9日に出るそうだ。

 この展示は、15ユーロとフランスにしては高く、結構人を集めてビジネス的には上手くいってるようだ。

 人体が開かれたり切り刻まれたり、処理されているのを見てみたいとか際物を見てみたいという気持ちは、普通の人の普通の死が家庭などから消えてしまって、若さと健康至上主義である今の世の中においては、ちょっと不思議な衝動でもある。

 他者の「遺体」を「眺める」という行為には、それなりの意味づけが必要だ。
 その意味付けのないところで、ただ、金を払えば好奇心を満たせるというだけでは、居心地の悪さが残るかもしれない。

 カトリックなどでの聖人の遺体信仰では、「神聖化」が隠す方へ向わずに、「神聖化=神聖なモノ化」になっている。それは類推呪術から受け継がれてきた「病の治癒」などという「意味」の流れの中で呈示されている。

 死を生に統合するやり方や、遺体をどう処理するかは、あまりにも人間的で、同時に文化的な指標なので、観察の興味は尽きない。<

以上である。

 というところで、その後、日本に行って、こっちに帰ってきてみたら、展覧会は4月22日の夜に仮処分で閉鎖され、その後4月30日に正式に中止命令が出たそうだ。

 4月21日の判決では「良俗に反する」ような訴えが認められた形だったようだが、30日の判決では、特に、主催者側が、展示されている遺体の身元や本人の生前の同意を証明できないというところが、人権侵害の疑いとなったらしい。本人の同意のない中国の死刑囚の死体だという訴えに反応したようだ。

 フランスで、法律が、一般の展示会を中止するのは、非常に稀なケースである。
 前衛アートへの許容が高いから、アメリカやイタリアやイギリスなどで冒涜的だとされて中止や非展示に追い込まれるような作品でも、ほぼフリーパスである。その辺のことは、以前ポンピドーセンターでの『Traces du sacré』展の記事でも書いた。

 マルセイユやリヨンではすでに公開されたこと、日本で私自身も見ていること、も含めて、けっこう複雑な気分だ。イスラムでは遺体の公開は禁じられているからパリのイスラム・ロビーが影響しているのではないか、とちょっと穿った考えも頭をよぎる。

 これに関するブログを見てみると、案の定、キリスト教の聖人のミイラの公開はどうなんだ、と書いている人がいる。
 人権という点で考えると、聖人に認定されたような人は、すでにそういった聖人の遺体や聖遺物信仰のある環境で生きていて、自分も死んだらみなさんの祈りを神に取次ぎます、と言明したり、聖人になりたい、などという積極的意識を持っているのが基本だから、遺体の公開もOKという同意があったようなものであると思われる。それでなくとも、普通は教会の決定に従順であるという意志を示しているのだから、聖堂内陳列というか、崇敬の対象になっても、まあ、信仰の問題、せいぜいフォークロアの問題だ。

 人体標本展は、教育的科学的と銘打っても、大学医学部の標本室の出来事ではなく、大宣伝をして、高い入場料もとって、関連グッズも販売したりして、完全に商業行為なんだから、人々も別に賽銭を上げたりガンをかけたり拝みに来るわけではない。で、だから、「あやしくない」=教育的というのは、確かにどこかおかしい。

 どんなものでも宗教色を消せば、ただち無味無臭で無害な商品になるのかと言えば、逆に、宗教という口実がないことでかえって突出する実存的な冒涜の香りも立ち上ってくることがある。

 きっと、人間の体というものは、生きている時も、死んでからも、自分ひとりのモノではなく、情動をともなう関係性の中でしか存在しないものなんだろう。

 開かれ、スライスされ、標本にされ展示されているモノとしての体が、いったいどこから来て、何もので、どこへ行くのかという問いを抜きにしては、見ることを共有できないというフランスの感覚は、ひょっとしたらかなりフランスらしく健全なものなのかもしれない。
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by mariastella | 2009-05-07 21:54 | 雑感



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