L'art de croire             竹下節子ブログ

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左右非対称のこと

 数日前、フランソワ・ド・サルの生前肖像画において目が左右大きさが違っていることについて書いた。

 http://spinou.exblog.jp/11831115/

 普通、人は、シンメトリーがきれいな左右対称の顔を「美しい」と感じるものだと思っていたので、美丈夫という噂の高いサレジオの目の非対称ぶりが不思議だったのだ。でも、考えてみると、イエスに最も似ているとも言われたサレジオなのだが、キリストのイコンの中でも、左右の目というか、その表情が違っているものがある。それとも、基本がそうなのだろうか。片方は優しく、慈悲=愛を、片方は厳しく、真理=正義を表現し、この世にはびこる慈悲なき正義や真理なき愛がどちらも不十分であることを示している。

 その左右の違いは決まっているのだろうか。

 フランソワ・ド・サルの肖像画における非対称はむしろ、斜視のせいか、義眼のせいのようにも見えるのだが、キリストのイコンの表現とひょっとして関係があるのだろうか。
 
 そういえば、サレジオ会の金子神父が2003年に出された『風いつも吹く日々』(ドン・ボスコ社)の表紙絵や挿画をされた池田宗弘さんも、イエスの左右の表情を変えていた。神であり人であるとか、死んだが復活したとか、逆説に満ちたイエスには左右対称ののっぺりした顔は似合わないのかもしれない。

 そういえば、能面にも、左右の表情が違うものがある。橋懸かりから出てくるときに見せる右の横顔は。まだこの世への恨みや執念で苦しんでおり、成仏して去っていく時には穏やかな左の顔を見せるしかけである。

 『左右の民俗学』という本を読んだことがあるが、左右非対称と文化の関係はさまざまである。

 次に何か見つけたときに繋げるために一応ここに覚書しておく。
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by mariastella | 2009-06-29 20:16 | 雑感

La triomphante

Feuillet の la triomphante の一部(コントルタン・アン・トゥルナンのあるページ〉を交差する形で左右を入れ替わるという風に繰り返し繋げてルイと踊っていたら、クリスチーヌから交差する時にくっつきすぎだと言われた。最初のパ・ド・ブレ・アン・トゥルナンで背中をくっつけあうようにするところが、踊りにくいけれど見た目にはきれいだと思っていたのだが、クリスチーヌが手本を見せてくれた。実際はかなり離れているのだが、illusion optique でくっついているように見せるのだそうだ。

 これはバロック・オペラの舞台つくりも同じだ。その後の演劇やバレーやオペラにも継承されてきたが、幾層もの背景の遠近法でパノラマ効果や奥行きを出す。

 バロック・バレーは、基本的に、正面にいる王と王妃にどう見えるかということが基本だ。
 だから踊りの空間の取り方にも錯視が使われるのだ。

 当然といえば当然だが、今まであまり意識化していなかったので目を開かれた気になった。
 自分が踊っていたらなかなか「王の視線」にはなれないものだ。
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by mariastella | 2009-06-29 19:53 | 踊り

William Blake

先の記事のアトス山のお宝展と同じPetit Palais でやっていたWilliam Blake展。

 陰影の多い刺繍作品と違って版画系は、立派な画集を手に入れてじっくり見ても、印象は対して変わらない気がする。これまでにさんざん見ているから既視感があるのも当然なのだが。ブレイクは、レリーフ的なテクニックをあみ出し、上からの色づけもしているから、なるほどと思うものもあったが。

 日本にいてはなかなか思いつかないことのひとつに、William Blakeのような人が、フランスではほとんど知られていないことだ。フランスの文化風景に入ってない。ジイドが詩の翻訳をしたし、熱心なファンももちろんいたわけだが、閉じられたサークルだった。日本ではなかなかメジャーでビッグ・ネームだと思うのだが。

 しかし、ブレイク自身は、フランス革命にとても影響を受けたりしている。いや、当時のヨーロッパは大々的に揺さぶられたのだから当然だが、特に彼は革命派だった。ヨーロッパの各国の歴史は共振し拮抗しあっているので、アートの発展や受容もそれとは切り離せない歴史的、心理的な出来事で、時には政治的な出来事であったりさえするのだが(現代では経済原理も大いに働いている)、それを目録的に広くキャッチしている日本の教養人などは、微妙なところが分らない。

 ブレイクは、小さい頃からの幻視者で、霊能者でもあったらしく、版画のテクニックも死んだ弟が夢で教えてくれたと言っている。ロマン派の嚆矢ともいえる表現だが、不安や恐怖を描くと迫力があり、詩作品と同様、精神構造の全体から眺めたくなる人だ。体質的とも言える幻視者や神秘家はいろいろあれど、その人たちのすべてに画や詩の表現能力があるとは限らない。
 ビンゲンのヒルデガルトとか、ウィリアム・ブレイクとか、はっきりと自分を幻視者と自覚し、カミングアウトして、しかも、それを表現する高度な能力がある人が作品を残してくれるというのは、非常に興味深いことである。

 その逆に根っからの芸術家で、表現方法を希求しているうちに次第に幻視者みたいな方向に行ってしまう人のほうは少なくないのだが。

 というよりも、芸術家などというものは、表現できないものを表現するという情熱に焼かれるものだから、そういう「あっちの世界」を向いた人でないとやっていけないんだろうが。

 先の記事で書いたジャン=イーヴ・ルルーの臨死体験に、まず、鳥がカゴから出て飛翔し始めるのだが、やがて、飛翔が鳥から出て行く、という表現があった。実に清冽だ。

 カゴの内部にいる時も、外は見えているのであって、カゴの中にいながら飛翔だけ飛ばすことのできる鳥もいるのだろう。
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by mariastella | 2009-06-27 03:19 | アート

Le Mont Athos et l'Empire byzantin など

 コンサート類が終わってほっとしたら、Petit Palaisの2つの展覧会が終わりに近づいていたのであわてて出かけた。

 まずは、Le Mont Athos et l'Empire byzantin で、あのアトス山の修道院のお宝の数々を見ることができるというので見逃せない。

 世界中の、行きたい見たいと思うところの中で、行こうと思えば行くことができるのに、後回しにしたり機会を逃している場所は多々あれど、アトス山のように、頭から女人禁制(正確には、髭のない人間は入れないとあるので、要するに「女子供」ダメ、という場所である。で、無毛症の男性が修道士になろうとした時にいろいろ大変だったとギリシャで聞いたことがある)だと言われると、それだけで、ますます行きたくなる場所もある。2005年にエーゲ海クルーズをした時に正教の古い教会はけっこう見ることができたが、やはり、アトス山ほど魅力的なところはない。
 言ってみれば、中国侵入前のラサのポタラ宮殿というイメージかなあ。

 気のせいか会場には女性の姿の方が多い。

 しかし、期待が大きかったせいか、あまり感激しなかった。

 アトス山のようなところは、場のオーラ、伝統とその継承そのものが脈づいているのだから、そこから切り離されたモノが並べられても、そこに「ないもの」の不在ばかり目立つ。

 アトス山には今でも20の修道院があるが、隠者の小屋なども数えれば、400に上るそうで、その中には、「完全におかしい、奇人変人」もいると言われている。展示されている絵の中にも、その様子を描いたものがあり、柱の上で暮らし、吊るした篭に食物を入れてもらう修道士とか、膝で歩く修道士とかライオンに乗っている修道士とかがいる。初期キリスト教の「神の狂人」などと言われた隠者や苦行者のエピソードは数々あリ、何十年も柱の上で暮らしたシメオンなどの聖人も有名だ。でも、何となく、今は、そういう奇矯な苦行者はインドのヨギなんかを連想するのだが、アトス山に行けば本当に今もいるのだろうか。

 アトス山といえば私の好きな Jean-Yves Leloup が最初にアトス山に行った時、炎天下に山を登るのに疲れ果てて、倒れそうになった時のエピソードを思い出す。道半ばで、一人の修道士に出会った。救いを求めようとしたら、その人は、指を口にあてて自分がしゃべることができないことを示した。沈黙の行なのだろう。その修道士は、Jean-Yves Leloup を座らせて、どこかに姿を消した。疲れ果てた彼がぐったりすること1時間半、その修道士が息を切らして戻ってきた。その手には、水の入った錆びた椀があり、彼はそれをJean-Yves Leloupに黙って差し出した。修道士は、その水を調達するために1時間半も炎天下を駆けたのである。
 それを飲んだ時、Jean-Yves Leloupは、もう一生喉が渇くことはないんじゃないかと思ったそうだ。  
 この瞬間に彼は正教徒になったのだろう。

  Jean-Yves Leloup は、元無神論者で、若い時に臨死体験をした後で、神秘家になる。ドミニコ会士になり、神学者になった後で、ギリシャ正教に改宗するのだ。
 臨死体験の後で超能力を獲得したというケースはよく聞くが、臨死体験のあとで回心が起こるというのはありそうでない。

 彼が正教のヘシカズムの体験や、「神化」を語る時、私は、神秘体験についてこれ以上に明晰な説明を読んだことがない。いや、もちろん、ことの性質上、説明はできないのだが、よく分かるのだ。ネットで検索すると、 「ジャン・イヴ・ルルー 著 高橋正行 訳 『アトスからの言葉』 あかし書房 1982 」というのが出てくるのだが、絶版のようで、正教会文献目録みたいなところに入っている。実にもったいない。宗教神秘主義に関心がある人には必読だと思う。この「分りやすさ」は稀有なことだ。

 そのようなアトス山美術品展示の中で気に入ったのは、epitaphios という大きな四角い布で、イエスの磔刑図が刺繍してあるのだが、その精緻さに息を呑む。イエスの髪の毛一筋一筋やそこに流れ込む血や、顔の傷など、色や形やデザインとは別の細密さだけでも圧倒される。絹と金糸銀糸だ。

 このような、偏執狂的ともいうべき細かな作品というのは、いろんな文化に見られはするが、信仰というものはやはり関係するのだろうか。アトス山の修道士が刺繍しているというのは聞いたことがないから、専門のアトリエがあったのだろう。それとも修道女の修道院で作成されたものもあるのだろうか。刺繍作業と苦行と祈りと瞑想はどういう風に連動しているのだろう。

 しかし、epitaphios は正教の典礼に使うものだから、刺繍のアトリエは東西別だったと思われる。

 私は、アトス山の刺繍の布の美しさを忘れないうちに、次の日に、la Manufacture Prelleの展示会に行ってみることにした。ヨーロッパ中の聖母訪問会の刺繍作品を発掘してMoulinsの本部に美術館が作られているが、その一部が今パリで見られるのだ。その見事さを賛美していた記事をさんざん読んでいたので、アトス山の正教世界の刺繍と比べてみよう、と思い立ったのだ。

 すばらしかった。7月下旬ごろまでやっているので今パリにいる人は必見だ。
 しかも無料である。
 宣伝もまったくしていないので、行ってベルを押すと、「何を見てここに来たんですか?」と聞かれる始末だ。

 布で秀逸なのはビロードをGaufrageというテクニックで熱で型押しして、Moiré という効果を出したものである。Moiré というのは日本語で何というのか分らないが、サテンなどで、波型とか、木目の形が一面に入っていて反射する非常に美しいものだ、しかしそれは、遠目だと、光が飛んで、効果がはっきり見えない。それを、ビロードの型押しで表現すると、くっきりした波型になるのである。刺繍とブロシェの違いやいろいろなテクニックも、布の裏側とか見せて教えてくれた。この会場はリヨンの有名な絹織物工房のショールームなのである。

 私があまりにも熱心なので、織物の研究家ですか、と聞かれてしまった。
 いや、むしろ、聖母訪問会の創立者カップルの研究をしたことがあるんです、と答えた。

 余談だが、ここで、はじめて、Moulins の美術館のカタログを買って、フランソワ・ド・サル(サレジオ)の生前の肖像画などを見て、彼の目がおかしいのに気づいた。フランソワ・ド・サルは美丈夫で有名で、イエスに似ているとされ、女性にももてて、ジャンヌ・ド・シャンタルも夢中になったのだから、こんなに左右の目の大きさが違うのは意外だった。福者や聖人になってからの肖像画は普通に描いてあるので気がつかなかったが。その普通に出回っている肖像画を見て、どこが美丈夫なんだろうと思っていたが、アネシィでデスマスクを見たときになるほどハンサムで堂々としてしかもやさしそうだと納得したことがある。でもデスマスクだから目は閉じていた。生前の姿を元にしたと思われる画像には目の異常が認められるものがいくつかあり、銅版画などのせいか、左右が入れ替わっていることもある。それが生来のものだったのか、それとも、晩年のものか、なんだったのか、とても興味がある。彼が言われていたようにハンサムで女性に人気だったこと、その信仰書の書き方、しかしその外見の美のバランスを失ったことがあるのか、関係を知りたい。(知っている方は教えてください。)
 
 聖母訪問会の刺繍作品に戻ろう。時代的には、17世紀以降なので、正教のものより新しいものが多いが、このヴィクトワール広場での展示で光っているのは、それがフランスの文化の粋と連動しているからだろう。
 アトス山の作品が、1900年のネオクラシックなプチパレ美術館とちょっとずれているのに比べて、聖母訪問会の成り立ちから考えても貴族的な趣味と刺繍作品がプレルのショールームにぴったりだ。

 たとえば、1848年革命の時にチュイルリーに会った王家の衣装などが売りに出され、修道女がマリー=アントワネットのドレスを買った。未来のルイ16世が結納品としてオーストリアに送った花柄の布である。それに刺繍やレース編みをほどこして、司教の式服や聖杯カバーに作り変えたりするのだ。

 刺繍も、刺繍効果をねらったブロシェの織りも、みな、基本的にレリーフで奥行きがあるし質感が複雑で、光の反射具合も複雑なので、これらの作品は、実際に見るのと写真で見るのとではすごい差がある。超高級な工芸と言ってしまえばそうなのだが、聖母訪問会には、下図を描く修道女もいたらしく、依頼されたものを機械的に制作していたわけではない。芸術的才能や意匠の才能豊かな集団が思い切り贅沢に作品を仕上げたという感じだ。それを内側を毛羽立てた綿のカバーの中で大切に保存してきたそうで、実に眼福である。展示作品は触れないが、見本の布を触らせてくれる。これもなかなかサンシュエルである。五感で楽しみたい。思わず、

 ここでコンサートとかしないんですか?

 ときいてしまった。

 私はバロックのオペラ・バレーを演奏していて、ダンサーとコンサートしたいんですけど、ここはぴったりだと思って、と。
 
 そしたら、そこの責任者の女性とすっかり気があってしまった。何でも口に出してみるものだ。若い頃ならとてもできなかっただろう。

 ルイ15世時代のオペラだと言うと、ではその頃の布の展示会を同時にやって、それと一緒にというのはどうだと言ってくれた。

 来年の6月初めを考えているのだが、どうなるだろう。あまり広くない空間だが、もともと商売をしているわけではないのでオープニングの出し物として招待者だけ対象でもいいし。全然「民主的」でない手続きだが、「民主的」に何かやろうとすると今や、収支計算ばかりの世の中で、「この不況だからダメ」で終わってしまうのだ。

 せっかく久しぶりにヴィクトワール広場に行ったので、ノートルダム・ド・ヴィクトワールのバジリカに寄った。
 パリで「聖母御出現」のあった2箇所のうちのひとつである。だから、けっこう巡礼者が多く、門の前には物乞いも多い。聖母に願いをきいてもらおうとして(正確には神にとりついでもらおう)やってくる人々は、物乞いに何かやらないとまずい気になるのか、門の扉に、ここの物乞いは一人一日400ユーロ稼いでいて、元締めがいます。何もやらないことをお勧めしますという趣旨の張り紙がしてあった。でも、物乞いの目を避けてそんなものをゆっくり読んでる余裕はなかなかない。

 こういう「ご利益」のある巡礼地には、願いがかなった時に奉納する感謝の大理石の板がチャペルの壁を埋めているのだが、その中に、まだ新しい大き目のがあって2006年とあり、「L'étudiant eut recours à vous, le jeune docteur remercie」(学生がお願いしました。若い博士が感謝します。)と書いてあった。論文執筆中の学生が聖母に祈りに来て、無事博士号を得た後で感謝の Ex voto を奉納したんだろう。

 神学博士? ただの、困った時の神頼みか? なんとなく気持ちは分るので親近感は持つが、こうやって奉納板まで掲げるところを見ると、親がやったのかなあ、でも、博士号に来てまでそんなことするか?この人はバカロレアや修士号の時もこういうことしたんだろうか、と無駄に想像してしまった。



 
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by mariastella | 2009-06-27 02:43 | アート

ジョニー・トゥ の『Vengeance 』

ヴァイオレントな映画のインプットはやめようと決めてるはずなのに、Johnnie To 監督の 『 Vengeance 』を観にいってしまった。 先のカンヌで、監督のJohnnie Toと主演のJohnny Hallydayの組み合わせが二人のジョニーということで話題になったこともあるし、年代的なことや、他のシチュエーションでも個人的に親近感を持つ事情があったので。

 すると、もう、バリバリのヴァイオレンス・シーン満載で、子供が殺されるというシーンまである。
 こういう「暗黒街の殺し屋どうしの対決」みたいな映画で、アジアが舞台でアジア人が出てくると、70年代にたっぷり見た東映系やくざ映画を反射的に思い出す。あそこではしょっちゅう県警とのいざこざがあったが、マカオや香港には警察いないんですか、というくらいの拳銃撃ち放題。
 新宿を舞台にしたようなマフィアの抗争ものなどは見たことがないので分らないが、こういうシチュエーションなのだろうか。(そういうのは『シティハンター』のコミックでしか見たことがない。)

 で、66歳の初老の疲れ気味のフランス男が、しなやかな肉体の中国人の殺し屋たちと組んで、夫と子供たちを惨殺された娘の願う復讐に乗り出すのだが、シナリオにいろいろひねりがあって、それこそコミック的な部分があり、つっこみどころも多く、ドラマとしては、迫力がない。街の傘のシーンやゴミ集積場の戦闘シーンなど空間の演出はさすがでシュールな感じもして綺麗なのだけれど。

 驚いたのは、英語でしゃべっていた主人公が、香港の海岸で、突然、跪いて両手を組み、フランス語で、「主の祈り」の最初の所を唱えて「私を救ってください」と神に祈るシーンだ。

 そのうちに主人公の脳内幻想のように家族の姿が海から現れて、彼を「復讐」に向わせる。

 その少し前に、彼はすべての記憶を喪失して、

 「復讐? 復讐って何?」

 と、彼のために最初の復讐を代行した殺し屋たちに言うのである。

 この手の映画で発せられるこのひと言の新鮮さが、いかにもオリジナルで、面白い。

 考えてみれば、この男は、復讐の念に燃えたとか駆り立てられたという感じではなく、最初から、それを演じているというか、頭の中で常に再構成しながら組み立てているので、その乖離ぶりが不条理である。

 そして最後は「神」まで動員して、エモーショナルではない復讐、情動のない復讐、だから当然カタルシスもない復讐を完遂するのだ。

 フランス人主演ということで、40年前のメルヴィル―アランドロンの『サムライ』のオマージュとも言われるのだが、全体に、ハードボイルドのパロディのようでもある。
 
 「憎しみと乖離した復讐劇」というオリジナルぶりで味のある作品だった。
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by mariastella | 2009-06-24 17:43 | 映画

バカロレア

 今年も、フランス最大の通過儀礼、哲学のバカロレア試験が、先週いっせいに行われた。

 テーマをひとつ選んで4時間の筆記。

 今年のテーマは『言語は思想を裏切るか?』『不可能を欲望するのは不条理か?』(理科系)
『交換することで獲得するものは何か?』(経済系)などで、大体、予測できるテーマばかりで、1年間勉強してきたから楽だったと思う、というリセの哲学教師のコメントもあった。

 ここで言いたいのは、フランスの高校生がこういうテーマを準備したり、4時間もそれについて考えて何か書こうとすることに比べて、日本の高校生は・・・なんていうことではない。そういうことは考えないようにしている。

 言いたかったのは、ヨーロッパ連合27カ国中、哲学が中等教育の必修になっているのは、10カ国もあるということで(フランスの他、ルクセンブルク、オーストリア、ポルトガル、スペイン、スロヴァキア、ルーマニア、イタリア、ブルガリア、ギリシャ)、政教分離や宗教地図と歴史とを考えるとなかなか味のある分布である。
 必修と言っても、フランスのように国家資格としての通過儀礼になっているところは他にないようで、哲学史、テキストの論評、概念の解説、などに留まるところも多い。

 他の国は課目自体が選択制=オプションが多い。

 全くないところ(市民教育、宗教教育の中に組み込まれていたりする)が4カ国ある。

 それは、イギリス、アイルランド、ベルギー、ポーランドである。

 この顔ぶれも、興味深い。

 ヨーロッパの歴史は、キリスト教やローマ・カトリックと深くかかわり、ヨーロッパ近代の歴史は、神学と葛藤し、神学を非宗教化した近代哲学と深く関わっている。
 キリスト教が発展した土壌となったギリシャ・ローマ世界の哲学も低層にある。

 哲学教育をどう扱うかということは、ヨーロッパの理念やアイデンティティにおいてかなり重大なことであり、なかなかイデオロギー的なことでもあるのだ。

 
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by mariastella | 2009-06-22 22:26 | 哲学

介護施設でコンサートをする

 昨日(火曜)は、日曜に続きコンサート。

 前から約束していた愛徳姉妹会の老人ホームのチャペル。

 オーガナイザーは、イランのファラ王妃の恩師として有名なシスター・クレールだ。彼女自身が91歳なので、私は、引退した年配のシスターたちのホームかと想像していた(愛徳姉妹会はフランスのソシアルの出発点ともなった由緒ある活動修道会である)。だから、私たちのトリオが、日本でも愛徳姉妹会の養護施設で弾いたりチャリティコンサートをした事などを、最初に話そうと思っていた。

 ところが・・・見かけたシスターは、シスター・クレールを入れてたった2人。

 後は、120人のお年寄りがいて、寝たきりの人や認知症の人も多い。
 つまり、シスターの経営する一般人向け施設だったのだ。

 ぎりぎりに着いたら、会場のチャペルには車椅子の人が何人かいたので、祈りに来ているのかと思った。

 ところがその後も続々、車椅子の人が、ピンクの制服を着たドイツ人介護士に押されて入ってくる。
 結局、舞台になる祭壇の前には、ずらっと車椅子が並び、無表情の人や頭が傾いたままの人もいて、ここはルルドですか、という雰囲気になった。後ろのベンチ席には、老夫婦なんかも座っているが。

 私がマイクで自己紹介を始めると、耳がよく聞えない人がいるからもっとマイクの近くで話すように言われる。
 えっ、耳、聞えないのか・・・? 
 演奏の時にはマイクの電源を切るのに。

 シスター・クレールが、45分で切り上げてくれ、その後寝に行く人がいるから、と言ってきた。

 曲目を少し削る。

 古いチャペルはいつもそうだが音響が良く、気分よく弾けた。

 そして、弾いていくにつれて、無表情だった人たちの顔が開いてくるような気がした。
 はっきりと微笑みが出たり、目が輝いてくる人もいた。何よりも、「開いてくる」というのがぴったりだ。
 さっきまでそこにいてもいなかった人が、だんだんと姿を現して来る感じだ。

 最後の方のダンス曲で、かすかにあえいでいるような息遣いがしたので驚いたが、それは、動けないお年寄りが、明らかに、リズムをとろうとして反応しているのだった。

 終わったら、お庭のバラをブーケにしてプレゼントしてくれた。どのバラも、可憐なつぼみはなくて、これ以上はないだろうというくらいに咲ききっていた。

 まっさきに私たちに話しにきたのは、車椅子だが活き活きとした女性で、昔は子供たちのコーラスを率いてヨーロッパ中をまわったという女性だった。もう一人は、クラシックは好きだがこれまでバロックは好きではなかった、今日はじめてバロックの新しい体験をした、と言ってくれた。

 シスター・クレールは、ルイ15世の宮廷にいるようだった、ピュアそのものだった、踊りたかった、と言ってくれた。彼女は、「実はすごく心配していたのだ」と言った。

 疲れると叫ぶ人がいるし、咳き込む人もいる。大体、チャペルまで来るかどうかも分からない人もたくさんいる、しかも、バロック音楽なんて、みんなじっと耐えられるだろうか。と心配でたまらなかったというのだ。

 そんな心配な状況だったなんて、知らなかった。

 シスター・クレールは、次回はスライドショーと組み合わせよう、とすっかり元気である。

 今回聴いた人たちが亡くなって次の人たちと入れ替わったらまたやれるし、って言う。入居待ちのリストは長いんだそうだ。

 シスター・クレールにはいつも驚かされる。

 年をとるのは、自分でそうと決めて、しかも暇のある人のすること、というのが彼女の信条である。
 彼女のように物質的な生活の心配がない人間は一生働き続ける特権があるのだそうだ。
 
 彼女は昨年転倒して大腿骨を折っている。90歳で骨折すると、さすがのシスター・クレールも、復活できないんじゃないかと懸念していたのに、手術し、リハビリに努めて、2ヵ月後には杖をついてパリに出てきた。昨日なんか、ほぼ飛び跳ねていた。
 ファラ王妃の伝記の中には、シスター・クレールはパリの商家の生まれで、その頃には珍しく、15歳まで洗礼も受けず、冒険ばかり夢見ていたとある。趣味は数学。遠くへ行きたい、数学を教えたい、という二つの夢を同時にかなえるために、宣教地の教師になったのだ。イランのミッション女子中学校ではじめてバスケットボール部を作り、未来のファラ王妃がその初代キャプテンだった。

 カンヌでグランプリを取ったアニメ映画『ペルセポリス』に、ジャンヌダルク校のシスターは厳しく、屋根裏に閉じ込められたという話が出てきたのを、屋根裏なんかはなかった、と閉口していたが、シスター・クレールは当時も今も、筋金入りの自由人であり、フェミニストである。

 シスター・クレールのファンである篤志家夫婦が持ってきたジュースやお菓子を摂りながら、明るいサロンで、イランのムサビ支持者たちのデモのニュースを眺める。彼女の状況分析は鋭い。

 いろんな時代や場所や文化や心身状態が交差した不思議なコンサートだった。
 
 
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by mariastella | 2009-06-17 22:55 | 雑感

モデムと猫

 ここのところ、コンサートがつまっていて忙しい。

 うちの雄猫スピノザは、パソコン用のモデムのところで寝るのが定位置だ。

 枕、抱き枕、全身はみ出すが無理やりベッド、と3通りでいつも寝ている。モデムの置き方をどんなに工夫してもだめ。

 今度、直接触らないようなケースを作ろうと思っているが。

 湯たんぽ気分?

 電磁波マッサージで気持ちいいのか?

 猫の体にも悪そうだし、パソコンにも悪そうだし、すごく気になるが、いかにも気持ちよさそうだ。

 無理やり追い立てると、今度はキーボードの上に寝ようとする。

 何で?

 キーボードから無理にどかせても、尻尾だけぱん、と置く。スピノザの尻尾は重いので、画面がぱぱっとめまぐるしく変わる。

 まやはプリンターの上が定位置。そこからじっとカーソルの動くのを眺めている。

 「自然の驚異」なんて感じのppfが誰かから送られてきたのを開くと喜んで見ている。
 動物ものも好きだ。

 何でみんなパソコンの周りにいるんだろう。
 引き出しに猫用おやつを入れてあるからかなあ。
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by mariastella | 2009-06-15 19:34 |

ソリプシストKのための覚書その8

 エリカがアメリカに一時帰国している今、チェコの女性と知り合った。

 私はすぐに彼女を質問攻め。

 Kの名は知っているが読んだことはない。Kが共産党政権下で禁書だったことも知っている。

 チェコのカトリシズムについて質問。

 教区はたいていみなカトリックの看板を掲げているが、内容は、カトリックとフス派に分かれている。その事実を知らない、気づかない人も多い。

 彼女の家族はずっとヤン・フスに忠実だった。カトリックのどんな教義も、批判精神なしに受け入れたことがない。共産主義政権が倒れた後、カトリックがまた勢力を増やそうとした。

 彼女(30代くらいだと思う)の両親は共産主義政治に巻き込まれないように精密科学の研究を選んだ。二人とも物理学者。そして家族はみんな自覚的フス派。カトリックは形だけ。

 とにかく、「白い山の戦い」以降、すべてが変わった。

 というのだ。

 エリカから聞いてはいたが、やはり軽く驚いた。

 共産主義の崩壊よりも「白い山の戦い」の方が画期的な出来事なのか?

 それって、1620年だ。何か、関が原の戦いの結果をずっと引きずっている、みたいな感じ?

 宗教の帰属の問題は根が深い。Kのソリプシスムが生まれたのは、そういう土壌なのだ。

 
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by mariastella | 2009-06-09 02:52 | 哲学

Harmonie と parcimonie

 脳科学者のJean-pierre Changeux の『Du vrai, du beau, du beau』(Odile Jacob)という本を読んでいる。脳神経の働きから、真善美を語ろうというすごく面白い本だ。

 最近『自己組織化に潜むリズムと同定問題』(津田一郎、『言語』6月号)を読んで、なるほど感心したことがたくさんあった。実際は脳の中の細かいことをいくら言われても、リアリティはないので、実感として何かが分るということはないのだが、たとえば、哲学的な問題で全く実感のないテーマに科学の言葉で語られると、はっと納得した気分になる。例をあげると、この論文の中では、木村敏さんの時間論の、人が、少し前の自己と今の自己を同一視することによって自己が統一されるという理論について、その同定の幅が「30ミリ秒」だと説明されるのだが、それが非常に新鮮だ。

 Changeux の本は、全編、そんな感じで、脳波のリズムなんかから、真善美の認知や必要性について語ったもので、刺激的だが、学術語などには、私の知らないものが少なくないので、すぐイメージが湧かなかったりする。だから動植物ものや科学ものはできるだけ日本語で読もうと決めているのだが。
 たとえば、遺伝子のところで、「”drosophile”の場合」、なんて出てくると、見当つけてみたりするのだが、結局、グーグルで検索することになる。それで、何のことだかは、フランス脳的では理解できるのだが、対応する日本語は分らないので、思考ツールとしてはグレイゾーンが残る(腐りかけた果物なんかにたかっている小蠅なのだが、何でもいいからそれに対応する普通名詞をあてられれば落ち着く)。
 
 私は特に音楽と踊りとの関係に興味を持って、ニューロエステティックと音楽というところのを真っ先に読んだのだが、日本語の本はまったく知らなかったので試しに「神経美学」と直訳してネットで検索したらずばりその名前で研究室ブログや研究書の紹介も出て来た。

 この本に、脳は、Harmonie と parcimonie を同時に美しいと感じると書いてあったのだが、これも、適当な日本語訳がなんなのか、日本のこの分野では普通なんと訳されているのか知りたいところである。
 ハーモニーは部分と全体との秩序ある関係で、パルシモニーは複雑なものを簡単に表わすことなのだが、内容の簡略とか簡素化ではなく、無限循環小数を点で表わすとかの、表現の簡素化なのだが、何というのだろう。決まった術語があるなら知りたい。
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by mariastella | 2009-06-08 21:49 | フランス語



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