L'art de croire             竹下節子ブログ

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聖遺物追っかけ、今度は仏舎利じゃない。

 今日は Notre Dame des Victoires で、リジューの聖女テレーズの両親の列福(昨年10月)以後初の公式典礼と聖遺物公開+崇敬というのに行ってきた。

 『ふらんす』(白水社)7月号に、知られざるフランスの自然文化遺産という連載で、リモージュの七年に一度という珍しい聖骨披露の記事が載っていた。頭蓋骨に直接接吻できるというのはなるほど珍しいと思ったが、聖遺骨そのものは、どこの教会にでもよくあるし、見えるものもあるし、半世紀前までは、どこの家庭にでもちょっとした聖遺骨が額なんかに入っていたものだ。

 「聖とグロテスクが一体になった、類まれなる儀式だった」と、ジャーナリストの羽生さんという方がコメントなさっているのだが、聖遺物好きで何十年も追っかけをやっていて、最近はネット動画でのなまなましさにかえって毒気を抜かれてしまった私には、このように「類まれなる」と形容されること自体が、何か新鮮だった。

 で、ここら辺で、どこの馬の骨?だか分らない「中世」の聖骨ではなくて、新しいだけに由緒正しい聖骨披露に行ってみよう、と思い立つ。今回の列福を可能にした奇跡の認定は、2002年に重篤の呼吸障害で生まれた新生児の奇跡の治癒に関するものだった。これからは列聖に向けて、次の奇跡が待たれているから、効験とかご利益の点では一番勢いのある(気がする)時期の旬の聖遺物なのである。

 透明ケースの中で、厨子みたいなのが開かれていて、そこに、娘である聖女テレーズのデザインによる聖遺物入れ。といっても、聖女が自分より百年遅れて両親の骨が崇敬されるなどと思ったわけではなくて、彼女の残した刺繍などからモチーフをとったもので、白百合、白薔薇、などが連なった、テレーズ好みの少女趣味である。
 その上の透明の部分にまた、二つの小さなガラスケースみたいなのが並んで、二人の骨のかけらが収まっているが、茶色っぽくて、あまり新鮮な感じではないが、全国で見られるテレーズの遺骨もこんな感じである。

 だから、聖骨に直接接吻というのは不可能で、ケースの上からでも私の見る限りさすがに誰もしていず、ケースに指をじっと当てて黙祷しているというのが基本形のようだった。

 パリの副司教によるミサは、オルガンとトランペットのソロとで、なかなか感動的なものだった。Vitryの仏教センターでの木魚と銅鑼もそれなりによかったが、幼いテレーズの信仰心の対象となり、ローマに巡礼に行く前に訪れて祈ったというこのパリのバジリカ聖堂の持つ「地」のオーラと呼応して、ユイスマンスの気分が分るくらいに審美的な満足を得た。

 驚いたのは私のすぐ前に、ベトナム人らしい母親と7,8歳の男女の子供がいたのだが、その眼鏡の男の子が、Nintendo DS を手にしていて、最初から最後まで、ずっと、画面に見入ったまま、それこそ渾身の、といった感じでゲームに熱中していたことだ。ミサでは、式次第によって、着席したり立ったり(跪く人もいるが)という姿勢の変化があるのだが、この男の子は終始、座りっぱなしである。

 これを見て、

 「なに、このおかあさん、あまりにもリスペクトというものを教えなさ過ぎじゃないか」
 「それとも、ゲームしてていいからという条件で無理に連れて来たのか」

 とか思って驚いたわけではない。(多少は思ったが)

 この子が、あまりにも、自分の世界に入っていたことに驚いたのである。

 周りには、荘重なオルガンの音、トランペットの音、香の匂い、ぎっしりと埋まった人々、なぜか分らないが泣き崩れている人までいる。ゼリー・マルタンは乳ガンで亡くなったので、ガンの人にも特別の祈りがある。それでなくともここは「不思議のメダイ」のチャペルと並んだパリの聖母御出現の巡礼スポットだから、普段から、濃密な敬虔さが垂れ込めている場所だ。特別の場所での特別の典礼で、特別な思い入れをしている人もたくさんいるだろう。

 もし、サイコ・エネルギーをキャッチする霊能者なんかがいたら、「おお」っと金縛りにあいそうな何かが漲っている。

 子供なんて特に、感受性が強そうだしな・・・・

 それが、この子は、微動だにしないで(いや、時々、ゲームの進行が上手くいったらしい時は「やったー!」みたいなガッツポーズが出ている)、ヴァーチャル世界に没入だ。
 それとも、いつもこういう場所にばかり連れられてきてもう好奇心なんか使い果たしたのか?

 感性とか感動の世界って、奥が深い。テレーズのような子供もいれば、完全に自分ワールドの子もいる。それとも、幼いテレーズがたえず対話していた聖母だの幼いイエスだのとの世界だって、ヴァーチャル世界に入り込んでで身じろぎもしない子供の世界と、通じるところがあるのだろうか。

 さて、話を戻すと、こういう普通の夫婦が「カップル」として、一組で聖化されるというのは、実は非常に珍しい。
 ルイとゼリー・マルタン夫妻の前には、2001年に列福されたイタリア人夫妻がいるだけで、その列福式には、4人の子供のうちの生存者(当時85、82、77歳)が出席したという異例のものだったが、4人とも、修道士とか司祭とか修道女とか在俗修道女とかである。だから当然孫はいない。

 マルタン夫妻はといえば、9人の子をなし、4人が早く亡くなり、残った5人の娘が全員修道女。特にカルメル会には4人がそろうなど、そこだけ見ていると、母親が早く亡くなった後で、なんだか正常な家族関係が築けないで、みんな思春期神秘熱に伝染したんじゃないかと思ってしまうが、まあ、実際はもう少し複雑である。
 そして、では、聖なるカップルというのは、「子供を神に捧げたカップル」ですか、それを模範にしていたら人類は滅びるのでは、とも考えたくなるが、この辺も、実は、いろいろおもしろい。

 ルルドのベルナデットもそうだが、若くして「聖母を見る」などという「恵み」を得た者を、聖女として認めるかどうかというのは、なかなか難しい政治的教育的判断を迫られるものである。これは「奇跡の治癒を得た者」も同様で、せっかく「神の恩寵」を得たのに、長生きして詐欺犯として捕まるとか、結婚離婚を繰り返すとか、あまりにもひどい展開があると、「恩寵」は希望でなく不条理のシンボルになりかねない。
 教育的でない、とか言う以上に、「意味の期待」としての信仰の根本を揺るがしかねないのである。

 それは子々孫々についても言えることで、せっかくの「大聖人」の五代後の子孫が大量無差別殺人犯になったというのではまずいだろう。まあ、たいていの場合は、法外な「恩寵」を得た人の多くは生涯を神に奉献する気持ちに駆られるようなので丸くおさまる。 長じて、「聖母を見たといったのは嘘でした」とカミングアウトするようなケースは非常に少ない。どんな奇跡や恩寵だって、個々の人生の文脈の中で進化していくものだから、無難におさまるところにおさまることがほとんどなのである。

 これに対して、孔子廟などでは、孔子の両親や先祖はちゃんと祀られている。さすがに親を敬う儒教の精神で、孔子を世に出したすべての祖先はそれだけで敬われるべき存在だ。だから儒教的な文脈では、聖人の「子孫」の方はどうなろうと原則的には聖人の聖性のハンディにはならない。

 キリスト教では、聖人の親といえども、別に聖性のDNAを子供に伝えたわけではなく、あらゆる命はすべて、「神からの賜物」なのである。だから、聖人の聖性を讃えるのは神を讃えることであり、特にその親に感謝して敬うということにはならない。

 そんなキリスト教が、はじめて、聖女の両親をまとめて聖人の列に加えようという試みとして、マルタン夫妻のケースはここ15年(つまり徳を認められた尊者となった後、福者となるために奇跡を待っていた間)非常に私の興味をひいていたのである。

 しかも、聖女テレーズと言えば、生前目立たずに夭折したのに関わらず、今や教会博士の称号さえ獲得した異様に評価の高いビッグ聖女で、近代カトリック界のアイドル的聖女だ。
 そしてその名は、ノルマンディはリジューのカルメル会と切っても切れず、リジューの聖テレーズと通称されるほどだ。リジューはもちろん大巡礼地として栄えている。
 父のルイ・マルタンはめでたくリジューで死んでいるので、リジューの司教区が列福手続きなどを扱ったが、問題は妻のゼリーである。彼女はアランソンで死んだし、フランシスコ会の第3会に属していて、アッシジの聖フランチェスコに特別の崇敬の念を寄せていた人だ。で、ゼリーがカルメル会の聖女に取り込まれるのはフランシスコ会が快く思わなかったとかいう噂も流れた。

 そういうカトリック教会内のいろいろな事情もあったのだが、とにかく、二人のカップルとしての(つまり、神の愛を結婚の秘蹟の愛のうちに証したものとして)列福はようやく実現した。

 二人の亡くなったのは、1877年と1894年だ。

 一方、一足先にカトリック教会初の「カップル」列福を果たしたイタリアのQuattrocchi 夫妻が亡くなったのは、1951年と1965年で、夫は社会派弁護士、妻もビジネススクールを出ながら赤十字活動をするなど、具体的ではっきりした活動記録がある。この二人が、子供たちが現役のうちに早々と列福されたことから考えても、マルタン夫妻の列福が必ずしも楽な道でなかったことは推測できる。

 まあ、子供が現役の教会関係者というのと、子供が聖人だというのは、いろいろな意味で違うが、それにしても、カップルをカップルとしてまとめて聖化しようという最近の動きは、一体、教会はそれに何を託そうとしているのか、人はそれに何を求めるのかという問いを引き出さざるを得ない。

 教会の言いたいことは比較的よく分る。

 結婚というのは、夫と妻という二人だけの愛したり愛されたりというだけの関係性だけではなくて、神の愛を地上で示すという使命を帯びたものであるべきだということだ。

 要するに、昔は、ほっておいても、結婚は「本人同士」だけのものでなく、社会的家族的経済的などのいろいろな縛りやしがらみがあったので簡単には解消できなかったが、今はそういう絆が弱くなったので、「本人同士」だけに任せておくと、あっという間に解体していく。人と人の「はれたほれた」などというものは所詮はかないものであり、簡単にエゴイズムのぶつかり合いになる。で、そこに、双方が絶対にリスペクトできる「神」のような超越価値を立てて、愛を常に更新しなくてはならない、という話である。
 
 この日の説教では、

 「我々の唯一の富というのは、地位でも金でも典礼でもありません。それは我々の生命です。そしてその生命というのは私たちに属するものではありません」

 と言う言葉があって、一見逆説的だがよくできているなあ、と思った。

 そして、

 こうしてめでたく福者の列に加えられた聖人候補たちは、

 聖遺骨ケースに並ぶのである。

 墓から掘り起こされ、

 骨を分けられ、

 茶色く、はかなく。
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by mariastella | 2009-07-13 02:43 | 宗教

Le Hérisson と Bambou

 軽くて楽しいフランス映画を見ようと思って、動物が出てくることもあって、2本選んだ。

 軽くて楽しい、というのは、意外に難しいということが分った。
 芸達者な俳優ばかり出ている割にはいかしきれていないし、いろいろ不自然だし、今ひとつ見ている間夢中になれなかった。パリが舞台、前者には小津さんという日本人も出てくるし、3つの家庭でみな猫を飼ってるし、後者は犬だが、ヒロインはピアニストだし、何となくなじみの世界でとっつきやすいかなあと思ったのだが。

 Le Hérisson( Mona Achache)はベストセラー『ハリネズミのエレガンス』の映画化だ。シックなパリのアパルトマンの住み込みの管理人のおばさんが実は、本好きのインテリだったという設定で、彼女の真の姿を知るのは、大臣の娘で、早熟で自殺願望のある11歳のパロマと、何をしてるのか分らない初老の金持ちそうなおとこやもめの日本人小津さんだけ、この3人に信頼関係や愛情が生まれる。

  ヒロインはJosiane Balaskoで、初老でぱっとしないもっさりした掃除のおばさんが実は・・・というのは『セラフィーヌ』のことも思い出す。けれど、セラフィーヌが実はシャーマニックでアーチストで絵を描くのに没頭してるのはすごいと思ったけど、このヒロインのルネは、ただつまみ食いしながら本を読んでいるだけで、正直言って、どこがすごいのかよくわからない。ドアを開けたら何だか天文学の研究をしてるとか、哲学の論文かいてるとか、古文書を解読してるとかならすごいなあと分るけど、ただ、本がいっぱいあるだけだ。
 しかも、小津さんとは、トルストイの文章なんかを応答しあうことで、「趣味の高尚さ」が通じ合うような設定なのだが、この小津さんって、フランス語が別に特に上手くもないのに、暗誦するほどの愛読書がトルストイの仏訳ですか・・・
 それならまだロンサールの詩なんかを引用しあって「おっ、趣味があいますね・・」とかいう方が自然じゃないか。モンテーニュの引用とかでもいいし。
 「本がある」のが偉いのなら、大臣の家にだって、たくさん本はあるみたいだった。でも彼らはどうしようもない俗物として描かれている。それに対して管理人のルネは、「ハリネズミ」で、人はなかなかそばに寄せつけないけれど、実は中味は繊細でエレガントであるというのである。ところが、私はルネが実は読書家だと知っても、別にエレガントだとは思えないのである。ミスティフィカシオン即エレガンスにはならないし、「小津さん」だって、変なやつだと思う。

 まあ、これを成立させているのは、パリの立派なアパルトマンの住み込みの管理人というものが、口やかましかったり、ポルトガル移民の夫婦だったり、住民の赤裸々なすべての側面を見ているのだが、住民からは実は人格を無視されているという、独特の差別構造なのである。つまり、そこにいるがいないのと同じだと思っていた「2級人間」が、実は、部屋に書架を並べるような「人間」だった、という驚きで、彼女をそういうレッテルで見ない子供とか外人だけが、真の姿を見つけるのだという、安易な寓話的枠組にこの原作や映画はのっとっているわけである。原作を読んでないから何ともいえないが、読み始めたら11歳の子の小難しい言い回しに飽きて途中でやめた、という人を知っている。この設定なら私だったらもっとましなものを書けると思う。映画のパロマちゃんは可愛いし、白黒の絵のセンスもなかなかすてきなので細かいところは楽しいのだけれど。
 愛猫としては、大臣のブルジョワ家庭にはペルシャ猫、ミステリアスな小津さんちにはシャム猫っぽいの(ロシアンブルーみたいだが、しなやかに痩せている)、管理人のうちには、テーブルの上に平気で座り込むしつけの悪い雑種猫がいて、そこんとこだけがうちと同じで、うちの猫の飼い方は、階級的にいうと最下層なんだなあと妙に納得した。
 後、通いの家政婦が、大臣のところは時給8ユーロで安いが、12ユーロのところを見つけたのでやめてやる、と言っていたが、うちの家政婦さんの時給は10ユーロなんで、まあ妥当かなあとほっとした。13ユーロ払ってる人も知っている。

 もう一つは、Bambou(Didier Bourdon)で、完全なコメディなのでもっと笑えるかと思ったが、冗長だった。
 子供が欲しいカップルのところに突然犬がやってきて、カップルの邪魔をする上に、女性の方が急に国際的なピアニストとしてのキャリアが可能になってうちを留守にし始める。
  Didier Bourdon, Anne Consigny, Pierre Arditi, Eddy Mitchell, Annie Dupereyと、個性的な人が多いし、設定ももっと楽しめるかと思ったのだが、こうなると、やはり演出が下手なのか。
 ここにはアジア人の家政婦が出てくる。支払いの場面も出てくる。ブルジョワ的なアパルトマンに住んでた主人公がいきなり屋根裏部屋に引越ししたりして、ここでも、階級とかパリの外国人の人間模様とかいろいろカリカチュアライズされている。中途半端にリアルだと笑えないなあということがよく分かった。これくらいならハリーポッターの新作を見に行った方がましだったかもしれない。

 ちょっとがっかりという点では、今読み始めたEmmanuel Carrèreの『D'autres vies que la mienne 』もやや期待はずれだった。お手軽な感動や笑いを求めている場合じゃないのかも。今ぼーっと読んでいるものでなんとか面白いと思えるのは三角関数論と、サラ・パレツキーくらいかなあ。後はB16が最近出した回勅。貧困についての考え方には根本的な新しさ(実はイエスの頃から一貫してるのだが・・)が見られて、危機感やら絶望よりも何だか希望を感じさせてくれる。悪くない。
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by mariastella | 2009-07-12 07:41 | 映画

バッハの「平均律」

 昨日の記事について、サイトの方で、

 日本では、バッハの『Das Wohltemperierte Klavier』を『平均律』クラヴィエ曲集と呼ばれているので、ピアノは音程が均等に調律されているのかと思っていた、というお話があった。

 『純正』調は(イデアの世界だけで)現実には(竹下流に云へば身体的には)在り得ないもので、皆少しづつ調子が違うからこそ美しいハーモニーが奏でられるのではないか、とも。

 そう、ピアノの調律は微妙で、まあ、自由に転調しても誤差が少ないようにできているのだ。だから、クロマチックに弾いても現代風12音音階とかにならない。
 そういうピアノの音で育って「絶対音感」のある人なんてけっこう悲劇で、バロックを弾いても聴いてもハンディになる。絶対音感って、共感覚の一種で、音の高さとその名のレッテルを連動して想起できるというだけのものなので、名前と高さの連動が歴史的に変わるし楽器によっても変わるということを想定していないからだ。

 大体バッハは、「平均律」の作曲家みたいだが、自分はしっかり純正律で弾いたり作曲していたそうだ。

 純正律の演奏は、調性と調律と音を選べば可能である。バロック音楽では不協和音も多用するが、和音が純正であるほど、不協和音の「おいしさ」が際立つし体のくすぐられ方も快感になってくるので、整数比の三度や五度をきっちり押さえておくことが「バロック人生のクオリティ」にとっては大事である。
 私たちはハイポジションでもオクターブと五度が保証されるギターを使い、三度は3台のギターの振り分けによって調整しようと思っている。知覚や認知のシステムはミステリアスだが、多くの人と気持ちよさを共有することは可能だと思っているし、場合によっては、理論と期待以上の飛躍も夢じゃないと思う。私たちにとって、純正律はアカデミックな志向でも美的イデアでもなく、美味の追求である。そうやって嵐の中で吊り橋を渡っている時に、突然、揺れのない無時間的な体験があり、野をわたる風の光だけが浮かんだりするもので、それは閉鎖的なものではなく、「分かち合っても減らない」奇跡のパンなのである。
 
 バッハの平均律に戻ろう。平均律は英語で言うと、「ウェル・テンペラメント=Well-Temperament」で、ほどよく調律された、という意味なのだが、英独仏でこの「ウェルなんとか」、という言葉は、日本語にするといつも誤解を招く。「ほどよく」というのは、「適当に」とか「良い加減に」とかいうことだが、今や日本語では「ほいじゃ適当にね」とか、「あの人はいい加減だ」などと、「不適当」を意味していることがほとんどだ。
 いい例が国連のWHOが使うWell-beingで、確か「幸福」と訳されたりしている。これについてはこれまでもいろいろ書いたからここでは繰り返さないけれど、「スピリチュアル」の訳と同様、いろいろな意味でずれが大きくなる。
 
 純正律と言えば「純」が排他的なので、それこそイデアの世界のもので、現実には不可能だと思われるし、そこで私は今のところ「正律」という中途半端な言葉を使ったのだが、ほんとうなら、ウェル・テンペラメントこそ、平均律でなく「正律」、あるいは「純」でなくて「準正律」みたいなニュアンスかもしれない。
 まあ、純正律によって引き起こされる Well-being も、複雑系の話であるから、単純な整数比だけの問題ではない。ハーモニクスとか、音「色」とか、音響とか、温度とか湿度とか、体調とか、それぞれの持っている音楽や音の体験によって刻まれた先入観によって変わってくるわけだ。だからこそ、少なくとも同じ空間を共有した者同士で Well-being を分け合えればいいのだけれど。
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by mariastella | 2009-07-08 18:21 | 音楽

正律ギターについて

 この秋に日本で予定していたトリオの公演を来年に向けて仕切りなおすことにした。

 理由はいろいろあるが、ニコラ・エスコーと協力して広く知ってもらいたい正律ギターの調整が間に合わないこともそのひとつだ。「正律」ギターというのは今のところ使うことにした私の造語だ。

 西洋音楽の音階を弾くための楽器の調律には大きく分けて二つある。

 ピアノやギターなどの平均律と、ヴァイオリンなどの純正律だ。

 「西洋音楽」といっても、音の高低や、その比率感は人間にとって普遍的で、たとえば、周波数が2倍になると、音の高さが2倍高いが同じ音に感じられるとか、他にも、周波数が整数比をなす長3度とか完全5度だとか、きれいに「ハモる」音がある。

 それは普遍的なのに、それを調律するのはなかなか難しい。ピタゴラスの昔から、いろいろな工夫がなされてきた。あっちを立てればこっちが立たず、というふうに、とても単純で明快に感じられることなのに、複雑な手続きを経ても上手くいかない。説明すると長くなるので、

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%BE%8B

 をはじめとして、音階や音律などで検索してみてほしい。

 平均律という調律つまり、オクターブを調整して、その間を12に分けるという調律法ができて以来、それまでの純正律のシェアは絶対的に少なくなった。平均律では、たとえば、長三度は純正律の長三度より音程が広くなる。こういうとかなり微妙な話だと思うだろうが、普通の人が、ドミソ、と口ずさむと、ドとミの間は自然に純正の長3度になって、ピアノのミよりも確実に低い。それくらい、純正律というのは、身体的なのだ。
 邦楽には平均律がなかったから、明治時代にはじめてヴァイオリンソナタ(平均律ピアノが純正律ヴァイオリンの伴奏をする)を聞いた日本人は、「何、これ?」とその不協和音ぶりに驚いたという記録がある。もちろん、平均律を使い始めた頃の西洋だって、その不快さ、不正確さに耐えられなかった人は多い。

 今ではそういうことを言わなくなったのは、まあ、何にでも慣れというものがあることと、人間の脳というものは上手くできていて、多少のずれは脳内微調整して聴いてしまうからである。

 私は何十年もピアノとクラシックギターを弾いてきて、平均律に慣れていた。頭の中で音を作らなくとも、楽譜の通りに鍵盤を押したりフレットを押さえたりすると平均の音が出るという安易さにも慣れていた。

 しかし、ギターは、ピアノのような完全な平均律には調律できない。
 ギターの調律の仕方にはハーモニックスを使うこともあるし、どの弦を基準にするかでいろいろな方法がある。上からや下から順番に調律していくと、後で両端の開放弦がちゃんと2オクターブの差にならないので、あれこれ組み合わせるのが普通である。それでも、フレットを上のほうで押さえるとずれてくる。
 調弦用の器械もあるのだが、それで一弦ずつ電気的に合わせても、平均律である限り、ずれてくる。ピアノなら一弦一音だが、ギターはフレットによって、同じ音を2,3本の別の弦で同時に弾くこともできるので、はっきり言って、完全に調律するのは不可能なのである。

 まあ、それでも「慣れる」し、脳による微調整もあれば、ギターの胴の中での微調整もある。ギターの音は、弦をはじいた後で木製の胴の内部で反響し増幅されてから出てくるので、たとえばドレミの和音が微妙にずれても、うなりが生じる前に、胴の中で共振、共鳴して「それなり」の「馴れた」音が出てくるのである。

 もうひとつは、弾く曲の調性や多く使う弦によって、開放弦の調律を完璧にしておくとか、その調の主要和音がきれいに響くように優先的に調弦しておくなどという手もある。

 私たちのトリオは実際そうしているし、ドミソの和音なら3人で弾き分けることもできるので、ソロでは消すことのできない濁りを消すこともできる。

 実際、純正律のチェンバロなどは、調性にあわせて調律しているから途中で転調する時は、濁る音程を回避しながら弾いたりするし、そもそも純正律時代には、作曲家がそれを熟知していてそれに見合った曲の作り方をしていた。

 さて、ニコラ・エスコーというギタリストは、ずっと自分の耳で調弦していたが、ある時 調律器械を使ってその矛盾に気づき、解決法がないかと考え始めた。

 純正律と平均律の「戦い」というのは、二者択一になりがちだ。
 (ここでいうのはもちろん鍵盤楽器とフレット楽器に関してのことである。)

 純正律なら転調があるところでは不正確になる。
 平均律は全体に不正確だが転調が自由にできる。

 というものである。

 彼はこれ以外の可能性を探った。

 それが正律フレタージュである。

 物理学を学び、試行錯誤を繰り返して、オクターブの他に完全5度を4ヶ所で作る今の形にたどりついた。
 
 注文によっては、正確な長三度を優先することもある。短三度はやらない。
 短三度は、ヴァリエーションがあり、感じ方が微妙に違うからである。

 どの人も普遍的に「ハモる」と体感するのは、オクターブと五度と長三度なのである。
 だからこそ、脳神経的な音感障害というケースは別として、普通の人は、これらの音程を外さない。

 これがなぜなのか、分らない。骨伝導の仕組みと関係があるのだろうか。

 私は15年前にビオラを習いだして以来、生まれてはじめて純正律が身体的な快感と良好感を与えてくれるのを知った。
 はじめは、たとえば、レのシャープとミのフラットが同じ場所でないことに面食らった。同じ音符でも、下降で出会う時と上昇で出会う時と、文脈によって押さえるツボが違うことも分らなかった。

 慣れてくると、蛋白質のレセプターみたいな突起だか穴だかがあって、そこにぴったりの音がすっぽりと収まることを発見した。それは本当に、パズルのかけらの両端がぱしっと合う感じで、その音程の正しさが確認できるのである。脳内微調整では味わえない身体感覚だ。

 去年、トリオの仲間がはじめてニコラのギターを持ってきた時、その揺らぐような相貌にも感動したが、ギターによって完全五度がきれいに弾けることにぞくぞくした。ハーモニーが腹におさまるあの感覚である。

 一度その可能性を知ったからには、それをもう忘れることはできなかった。トリオの仲間は、リュートやテオルブやチェンバロやオルガン弾きでもあり、純正律の身体性をよく知っている。

 私たちのトリオはルイ15世時代のフランス・バロックの舞踊管弦楽曲を専門に弾いている。
 その時代には、身体を動かすことの気持ちよさが曲を誘導したと言えるほど、身体性と曲の構成が切り離せられない。

 私たちが、ニコラのギターを使うという選択は自明だった。

 しかし、いろいろな問題がある。

 低音用の10弦ギターはアルゼンチンに注文した。バロックのピッチで弾くこともあるので、低音4弦の指定や弦の強度の選択もなかなか難しい。

 もう一つは、高音と中音部のギターの選択である。
 注文制作しても、フレットなしでニコラの手元に届くので、基本的に、弾いて試して選択することができない。

 楽器は生き物であるから、相性もあるし、抱き心地、手とのなじみ方もある。弾いてみないで選ぶことは不可能なのである。しかも、安くとも何十万円もする楽器である。運任せにはできない。

 私たちは、バロックギターによく使われていたエピセア材が表板になっているものを選ぶことにした。
 事情があってくわしくは書けないが、一応満足できるギターと出会えた。
 これが、このトリオ用の、アンサンブルのみを優先したはじめての「同時調達」である。

 問題はもう一つある。

 木の香も新しい生まれたてのギターは、一曲弾くごとに、それこそ、生まれたての赤ん坊のように、いろんなことを覚えていく。正確には木の細胞内の水の分子が振動によって微妙に移動するのだそうだが、少し経つと、本当に「私の子」という、抜き差しならない関係ができる。性格や特色も分ってきて、潜在力も見えてくる。

 そんなギターを、ニコラに渡すことができるだろうか。

 フレットを全部取り外し、その溝を埋め、新しい溝を掘り、新しいフレットを取り付けるのだ。

 すでに完璧な有機体である「うちの子」に、無理やり外科手術を施すわけである。
 性格が変わる可能性だってある。
 その子自体には無用の手術だし、よく言っても、親の勝手で優生学的手術を受けさせるか、美容整形をするようなものだ。

 剥がれたニスを塗りなおすとか反ってしまったアームの部分を削るとか、浮き上がったフレットを調整しなおすとかいうような、「治療」ではない。

 「冒涜」である。

 禁忌の観念が私たちを苛み、「この子を絶対人手に渡したくない」という気がする。
 罪悪感すらある。

 しかも、一度正律フレタージュをすれば、開放弦は別として、たとえば6弦をミからレに下げたりするのも曲によっては微妙である。ソリストとしていろいろな調性の曲を弾く時には、純正律の部分がある故に、むしろ、欠点の部分が強調されるかもしれない。全部が曖昧であれば、それはそれで気にならないのに。

 まあ、そんなこんなで、私たちのよく使う調性や、各パートのバランスも鑑みて、ニコラとじっくり話し合った上で、私たちは、新楽器との出発に踏み切ることにしたのである。

 この辺の経緯も含め、身体性と音との関係、それが精神性どう関わるのかも考えながら、『バロック音楽はなぜ癒すのか』(音楽之友社)の続編を書く予定であり、どうせなら、日本のギタリストにも、「正律」の気持ちよさを伝えたいと思うので、それができた頃にあらためてコンサートの可能性を探ることにした。

 もちろんバロック・バレーと組み合わせるつもりだ。

 エレキギターやフラメンコギターでも、ニコラとは少し別の「曲がったフレット」というのを制作している人もいるのだが、たとえばあまりにも速いパッセージなどでは意味がなくなるし、バロック音楽でこそその真価が発揮できるはずである。

 まあ、極端に言えば、たとえば2台の普通のギター(はっきり言って平均律というより、不正律)と1台の正律ギターとで弾けば、違いがはっきり分るが、3台の正律ギターでは、見た目の不思議な魅力は別として、聴いている人には違いが分らないと思う。人は物理学や生物学だけではなく心理学でも「聴く」からだ。

 でも、だからこそ、弾いている側が、身体的良好感を持って踊り手とも共振しているということが、聴いたり観たりしてくれる側の受容の良好感を高めてくれると思う。

 私たちのトリオは、正律クラシックギターを使った唯一の、最初のトリオであり、私たちのレパートリーは、これもほとんど世界で私たちだけである。(昔の演奏の一部が有料のダウンロードのサイトでいくつも挙げられているのには驚いたが・・もちろん著作権侵害である)

 新しい試みの連続、それ自体が、フランス・バロックのエスプリである。
 ほんとうに楽しみだ。

 参考  http://www.guitaretemperee.com/

 

 
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by mariastella | 2009-07-07 02:32 | 音楽

Kandinsky

 ポンピドーセンターにカンディンスキーの回顧展を観にいった。ミュンヘンの後がこのパリで、その次はNYに行くそうだ。カンディンスキーは革命後のソビエトを逃れてドイツに来て、ドイツ国籍をとったものの、今度はナチス政権のもとで剥奪されてフランス国籍をとってフランスで死んだ。ポンピドーセンターには豊富なコレクションがある。しかも、フランスでの最晩年の作品が、高齢と戦争に関わらず、活き活きと軽やかで明るいものが多いので、少し感動的である。

 私はクレーのバウハウスでの講義録は少し知っているのだが、カンディンスキーの理論派ぶりもなかなかのものである。いろいろな意味でラモーのことも連想して、ある意味、フランス・バロックの精神を持っているなあ、と思った。つまり、ある意味で近代以前であり、しかし、かなり科学的普遍的なものを志向していて、理論と芸術が一体化しているところだ。

 抽象絵画の祖だといわれているくらいだから、アヴァンギャルドで「近代的」だと思われるだろうが、なんだか本質的に貴族的で頭脳的で、それでいて、「宗教的」なのである。

 「西洋」の「近代」は宗教離れが旗印だったので、カンディンスキーの「宗教」色は、「東洋的」だと思われていた。たとえば20世紀初頭のパリなどは、アートの世界などかなり国際的だったわけだが、そして、日本人から見ると、ロシア人のカンディンスキーだろうがスペイン人のピカソだろうがスイス人のクレーだろうが、みんなヨーロッパ人、西洋人に見えてしまうが、一歩中に入ると、「ロシア人=オリエント」というレッテルがはりついていたらしい。それどころか、その頃流行ったアフリカのプリミティヴ・アートのマスクなんかさえ、「オリエント」と言われている。西欧以外はみなオリエントっぽいわけだ。

 カンディンスキーは、モスクワ生まれで、小さい頃から絵も上手かったが、経済学や法学の学位を持ち、ピアノやチェロを弾き、テニスや乗馬もよくした。30歳で、大学教授のポストがあったのを捨ててミュンヘンの画学校に入る。修道院に入るように、俗世間のキャリアを捨ててアートの世界に入ったと言われているのだが、貴族の出の修道者があまり下積みを経験せずに、自分で修道会を創立したり修道院の院長になったりしてしまうように、勉強した後でアカデミーに入れなかったら自分で美学校を創ってしまう。その後も、いろいろ挫折するたびに、親が金を送ってくれて旅行させてくれたり、落ち込むと、離婚していた父が菓子を、母がキャビアを送ってくれたと言うから、何だか基本的に幸せで恵まれた人だったのだ。女性にももてたみたいだし。アトリエでの写真もネクタイをしめてたりして、いつもなかなかダンディだ。金があったから、いつも美術協会やグループを作っては、展覧会も開けたし、理論書も世に出せた。
 24のアパルトマンのある建物を所有していたのを、第一次大戦と革命で48歳にして失い、はじめて金に困るのだが、まあ最後まで、それなりの生活ができた。彼がフェルナン・レジェを評して、「根が健全でそこからアートの力強さと構造とを引き出している」と言った言葉があるが、それはそのまま彼自身に当てはまる気がしないでもない。

 カンディンスキーの一連の作品には、

 Impressions というのと、Improvisations というのと、Compositions という三つのグループがあるのだが、 

 Impressions というのは、ある形、目に見えるものを見て、その直接の印象を描いたもの、
 Improvisations  は、無意識など、内面の事象が突然浮かんでくる印象を描いたもの、
 Compositions  は、外面や内面の事象の最初の印象を自分の中で熟成させ、合理的に、意識的に、意図的に再構成したものである。それは計算に基づいたものではあるが、感情は表出する。

 この再構成というところが、フランス・バロック的なのだが、20世紀のフランスはもうバロック時代ではない。
 19世紀末から問題になっていたのは、芸術のための芸術か、アール・デコのような実用性と関係あるアートかということであるが、カンディンスキー的に言うと、それらの「西洋的」なアートは基本的に無神論的アートであり、自分のオリエント的なものは、スピリチュアルであるという。つまり、魂の表現であり、神という言葉も平気で使う。そのへんも、フランス・バロックの科学主義における理神論などと通低している。

 「西洋」的なものは形と色重視の「メロディー」的なものであり、オリエントは内面重視の通奏低音とかポリフォニーの世界で内面重視だと言っている。

 音楽家は音楽で勝負とか、画家は絵がすべてだとか、クリエーターは作品でのみ自分を最もよく表現し、それについてあげつらうのは批評家や評論家だという場合もあるが、一流の画家や音楽家が膨大なと理論書を出したり、他の作品の批評や分析や、アートの歴史や、社会との関係などまでしっかり論じてくれるのは楽しい。文による表現力も大したもので、白いキャンパスを、生命の源の海のようなものと見なして、そこに色と形を描く時に、描かれて表出したものが自ら形を成そうとして内部から蠢くこととの緊張が生まれるというような言い方も非常におもしろい。これは、何もないのっぺりした空間に外からひとつの凝縮したエネルギーを投げ込むことによって、空間に緊張を生むという、それこそ東洋風の「余白の芸術」とは真逆の考え方である。

 このような理論家が、そのまま、色や形やアートの直感の天才でもあったことは喜ばしい。
 
 実際、具象時代の作品の色と形の美しさは息を呑むほどのものだし、スラブ風の作品もすばらしいものである。Improvisations なんかは、玉石混交だとも思うのだが、理論と経験と芯にある健全さと直感と天才が翼を得て自由の境地に飛んでいるような晩年の作品は、彼に影響を与えたと言われるワグナーだの、彼が抽象絵画を始めたのと同時期に無調性音楽を創始したことで彼と例えられるシェーンベルグだのの音楽よりも、ラモーの音楽をやはり連想させられる。

 個体発生は系統発生を繰り返すと言われるが、現代の「抽象画家」だの「前衛音楽家」だのも、そこに行き着くには、まずクラシカルな勉強や具象や調性の体験や試みを重ねてから「進化」していくのだろうか。鑑賞者はどうだろう。私には無調性音楽は身体性を裏切るように思えるので、抽象絵画とは同列にできない。いや、その性質上、もともと、絵画は、音楽が本来持っているような抽象性を希求して進化したので、メロディだとか、ポリフォニーとか通奏低音だとかいう言葉もよく使われる。クレーやカンディンスキーの絵画技法が極めて数学的や物理学的であることも、比率の学問である音楽に似ている。(彼らはそれに生物学的感性も加えているのだが。)クレーはヴァイオリニストでバッハやモーツアルトが好みだったし、特定の曲の動きを絵画に表現しようと積極的に試みたりしている。カンディンスキーにも楽器のモチーフや音楽モチーフは明らかにあるのだが、もう少し有機的な感じもする。クレーはバウハウスの学生に決して自分の作品の批評はさせなかったそうだが、カンディンスキーは、平気で自分の作品の分析をさせたそうだ。何となく、分る。近代美術の評論をやろうという人にとっては、カンディンスキーの一連の著作が必読書であるというのも、実によく分かる。
 
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by mariastella | 2009-07-06 07:53 | アート

ナウル共和国の哀しみ « L’îl’e dévastée »(La Découverte) de Luc Folliet

金さえあれば一国の繁栄と幸福は実現できるのか、というテーマについて、以前『不思議の国サウジアラビア』(文春新書)に書いたことがある。その時はまだ、9・11テロの前で、イスラム原理主義についての警告的なことは書けないという事情があったこともあるが、あるローカルな地域に、突然資本主義先進国の必要とする資源が発見され、そのことで国が豊かになり、後進国の搾取にもまわり、国民は、働くことを忘れてしまうという構図の不思議である。
労働とは、人間の自然に組み込まれた活動なのか、あるいは、その必要がなくなれば、人は、無為に突入してまうのだろうか。

サウジアラビアに行った時は、ナウル共和国のことを知らなかった。
サウジアラビアにとっての石油がナウルの燐鉱石である。
ナウルは21キロ平方のインド洋の島だが、ヴァチカン市国やモナコに次いで小さな独立国だ。

1968年に独立した後で、農薬などに必要な燐鉱石の輸出国となって、70年代には国民一人当たりの年間生産では2万ドルと世界一リッチな国になったそうだ。13000人の島民が医療を受ける時などに滞在できるように国は、オーストラリアなどに土地や建物を買い漁った。もちろん税金もなし、電気代も無料、ナウル国民の家の掃除は国が雇った中国人家政婦がする。食料輸入率は120%、調理済みの食事が家々にデリバリーされた。国の建てたビルが林立し、オペラ座ができ、TV局もできた。

島の慣習や伝統行事や伝統産業はなくなり、言葉も英語が席巻し、死亡原因の第一は糖尿病合併症となった。

しかし、20世紀末には、その燐鉱石がほぼ枯渇する。生き残りのために、オーストラリアのアフガニスタン難民を受け入れたり、税金天国にして世界の400の銀行をヴァーチャルに受け入れたりするが、国は破産状態、荒廃を極めているという。最大の問題は、誰も働いたことがないということである。燐鉱石以外の産業もない。

国はあわてて、若い女性をフィジー島に研修にやって料理や家事を習わせたり、伝統織物のノウハウを再教育したり、男性には船の作り方や、漁の仕方、耕作の仕方を教えているそうだ。

Vinci Clodumar という、国営ナウル航空、ナウル燐鉱石コーポレーションの元トップで、法務、厚生、教育、財務、労働大臣を歴任して今国連大使である人による対策は、先進国の最新のテクノロジーを用いて、より深いところにある燐鉱石の採掘を可能にすることらしく、それによると後30年分は、「過去の栄光」を再現できる埋蔵量があるらしい。

そんなのでいいのか、ナウルの人。

一度、男女の分業が消滅したこと、全員が有閑階級になったこと、人は簡単に伝統を手離すこと、長期的な展望を忘れること、そしてそれらを可能にしていた「資源」がなくなると、目指されるのは「貧しくても幸せだった」遠い過去への復帰か、「あのリッチだった」近い過去の夢をもう一度かのどちらかになるのか。

人は、得たものや失ったものを通して何かを学ばないのか。
単純労働から解放されて余暇を手に入れた時に、ここぞとばかり哲学したり精神世界を深めたり芸術的な飛躍があったりとかしないのか。

サウジアラビアがまだ何とかなっているのは国の大きさ、イスラム教の求心力、石油の力、その他の地政学的な要素のおかげなんだろうか。

ちなみにナウルは、過去にオーストラリアやニュージーランドやイギリスなどの支配を受けているので、「キリスト教国」(3分の2がプロテスタントで残りがカトリックだそうだ)である。第二次大戦中は4年ほど日本に占領されていたこともある。

ナウルには軍隊もない。

小国というのは、いろんな生存戦略があるけれど、ナウルを見ていると、なにか悲しくなる。近頃、こんな風に暗い気分にさせられたのは、ハイチと中央アフリカだ。意味はそれぞれ違うのだが。

このようなカルチャーショックの後では、日本とフランスなんか、親戚みたいなものである。
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by mariastella | 2009-07-06 00:57 | 雑感

ソリプシストKのための覚書その9


 先日エリカに会ってゆっくり話せたのでその後の経過を書いておく。

 エリカはKの手稿をいくつかは手元に持っているが、チェコから持ち出したわけではなかった。彼の手稿は、最期に暮らしていた女性に残され、Kを嫌っていた(8歳の時に母が同棲を始めたので)息子の手に渡り、その甥に譲られ、さらに彼がある収集家に売ったので、ウィーンに渡った。エリカがそれを最初に見たのはウィーンのようだ。彼女はドフトエフスキーのソリプシズムに興味を持っていたので、Kの噂に飛びつき、Kを読むためにだけチェコ語を学び〈すでにポーランド語の素養があった〉、ブキニストをめぐって、生前に刊行されていた本を漁っていた。

 やがてその収集家は、ビデオゲームの収集に宗旨替えして、Kの手稿をプラハの国立図書館に売却した。冷戦後Kの全集刊行の企画がもちあがったが、1900年以来何度かの正書法の変化のあるチェコでは、出版社は現代語表記への変更などを厭い、手稿を無視することにした。そこでエリカが、一人で、図書館に通い、手稿をまとめてその精密な注釈を施したわけである。

 彼女が最初にKを紹介し始めた時、クンデラをはじめ、チェコ人は、西側世界にKを知らせることに好意的ではなかった。パトチカはKの論理学について触れたが、Kを稀有のソリプシスト哲学者として全貌を把握した者はいなかったし、チェコ人インテリや文学者は、自分たちの売り出しとサヴァイヴァルに懸命だったからだ。 

 私は最近グレゴリウス・パラマスの神学や正教のヘシカズムとKをすり合わせようとしていた。
ラテン教会のfilioqueを考えに入れない方が、父なる太陽の光線である「神」同士の関係性が成立するのではないかと思ったからだ。

 しかし、私の考えはエリカに却下された。Kは他者との関係性を拒否していたというのだ。そして、KによるVladimir Soloviev についての膨大な批判論考の仏訳をpdfで送りつけてきた。書簡の中で正教神秘主義と自分の違いを語っているところも教えてくれた(エリカは、何年何月の書簡に何が書いてあるかをすべて暗記しているのである)。

 しかし、神秘主義と自分の差異をわざわざ分析すること自体が、Kのこだわりを示しているのではないか。

 パラマス風の太陽光線の比喩をあっさりと斥けられたので、私は次に「山の比喩」を持ち出してみた。一度山の頂に上って空や地上の光景を見たものは、たとえ下山したからといってその体験がなかったことになるわけではない。神秘体験は「体験後の世界」も変革するのである。

 すると、驚いたことにエリカは、一蹴せず、そのシェーマに従って説明してくれた。

 「自分は神である」という「山の上」体験をする前のKは、すでに、自分が孤絶した存在だと知っていた。生の苦しみを逃れるためにKが採用したのはストア派的な克己主義である。生への執着を捨て、自分を物質的なものから精神的なものへ変革しようという修行にも似ていた。

 しかし、ある日、突然、頂上に立つ自分を見る。

 「自分は神である」。

 すべてであり、全体であり、絶対である。

 これは一種の至福体験でもある。

 ところが、それは、すべての神秘体験と同様、持続しない。

 頂上の光景というのは、当然、この世では描写できない。論理や説明を超えたところにある。
 それを、詩的言語で表現する人もいれば、一筆の円や、公案の逆説で暗示する人もいる。それ以降の生き方で証ししようという人もいる。いや、地上に戻った後でも、はるか彼方の空とつながったままの吹き抜け状態で生きる人もいる。

 Kにとっての、神体験(神との合一体験ではなく、自分が神であることを知った体験)は、突然襲った啓示だった。

 彼はそれを持続するために、また、再現するためにいろいろな方法を考える。修行ではなく、意志のコントロールという方向である。しかし、そのたびに失敗する。
 Kは至福の記憶と予感と期待と失望と絶望との間をジェットコースターのように急速に上下する。緻密な論考を揺らがせるその痙攣が彼の魅力である。

 山に登ったことのある人の中には、次に来る人のために地図を書く人、アドヴァイスをする人もいるし、道の選択や方向を示す人もいる。どのへんに山があるのかを指差すだけの人もいるだろう。

 しかし、Kはそうしない。
 Kは、頂上にたどりつくまでのことは何も書かない。それは意図してなされたことではないからだ。しかし、頂上からいかに戻ったか、転落したか、という降下の過程ばかりをこれでもかこれでもかとKは執拗に書き続けるのである。彼のソリプシズムには、帰りの切符しかなかったのだ。

 こうしてみると、単に、神秘主義のヴァリエーションとしても、Kは面白い。しかも彼は根っからの哲学者で論理学者でもある。
 頭脳明晰な合理主義者が、ある日、自分が神であると気づいてしまう。まさに不条理劇でもある。

 エリカに言われたところだけでもじっくり読んでまた考えてみることにしよう。
 
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by mariastella | 2009-07-01 22:56



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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