L'art de croire             竹下節子ブログ

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無神論の系譜とジャンヌ・ダルク

 今回の日本では、「書店に行って本を眺める」というような暇がなかった。手元にある必要な情報をとりこむのも遅れているので、新しい本を読んでる暇がないので、誘惑されないですんだが。私は決して読むのが遅い方ではないので、他の人たちがいったいどうやってますます増える情報をインプットしているのか謎である。

 それでも、せっかく日本にいるのだからと移動中に読みやすい文庫本や新書を少し買ってよんだ。

 野中広務さんと辛淑玉さんの対談本『差別と日本人』角川新書

 この二人の立場の違いや世代の世代がきっちりと現れているので興味深かった。外交と人間性についての考察も大切だと思った。また、どんなに意識が高くても、差別の実態や情報を知らされていない政治家はそれに対処できない。それには被差別者自身も差別を意識してその撤廃を「運動」に結びつけなくてはならない。このへんは難しいところである。ロビーイングとか、特定の共同体への非干渉とか、ユニヴァーサリズムとか、文化相対主義とか、いろいろな要素がからむ。フランスでの差別問題の多くは肌の色など「見た目」が違う場合が多いから、ここで取り上げられている日本の被差別部落とか「在日」の被差別者は、より構造的、歴史的な「排除される他者」なのだが、だからこそ、差別する側の「暗黙の快楽(辛さんの表現)」度が大きくなるのだろうか。

 新潮新書で本郷和人さんの『天皇はなぜ生き残ったか』。これはまだよんでいる途中。
 後は、科学モノ。佐藤勝彦さんの『宇宙は我々の宇宙だけではなかった』PHP文庫とか。

 日本モノと科学モノの二つのカテゴリーは、フランス語で手に入らなかったり、フランス語では読みにくかったりするので、できるだけ日本語で読むようにしている。

 これらは駅の売店でとりあえず買ったものだが、唯一、自覚を持って購入した本が、

 大井玄さんの『環境世界と自己の系譜』(みすず書房) 。 期待通り、すごく面白そうだ。

 来春からジャンヌ・ダルクについて某雑誌に連載し、後で本にまとめる予定なのだが、今は相変わらず『無神論の系譜』をやってるので、「ジャンヌ・ダルクと無神論」をくくって考えてみたら、これはもう、フランスの近代のライシテ論争そのものだと分ってくる。

 ジャンヌ・ダルクは、左派からも右派からも、国のシンボルとして愛されたが、彼女の活動の発端にあるのは、信仰であり、「神の声」である。キリスト教的無神論の世界では、神は存在しないのだから、それはジャンヌ・ダルクと、フランスの王権神授を否定することになる。それは、必然的に、「神を否定しながらフランスを肯定できるのか」ということになるのだ。日本では、「神の国」を否定したり、「天皇」の神性を否定したり、無宗教こそ日本の宗教などといったりしても、なんだか、うやむやになって、深刻なアイデンティティの危機はそこから生まれないようになっているが、フランスでは重大問題である。西洋近代における無神論の展開におけるフランスの近代国家としてのアイデンティティの危機が、ジャンヌ・ダルクをめぐる言説に全部現れているのだ。

 で、ジャンヌ・ダルクの聞いた「お告げ=声」について調べているうちに、

 La Voix dans la culture et la littérature françaises (1713-1875)
 http://www.msh-clermont.fr/article1076.html

 という本を見つけた。

 この中には、音楽と「声」についての論考もあって、

 JAMAIN Claude – Images de la voix dans la première moitié du XVIIIe siècle.
LOUBINOUX Gérard – La voix entre âme et viscères dans les textes de la
Querelle des Bouffons.
FABIANO Andrea – Le chant italien en France à l'époque des Lumières : mythe et
réalité.
BERTHIER Patrick – Musset et la Malibran.
PEYLET Gérard – La voix et la musique dans En route : surface et intériorité de
la sensation.

 という内容もある。これはフランス・バロックにおける「歌」の身体性にも関係していそうで、楽しみだ。
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by mariastella | 2009-09-30 22:51 | 雑感

日本で見た映画のことなど

 日本から戻ってきた。こちらはもう新学期(新学年)が始まっていて、昨日、トリオの最初の練習を再開、明日からは生徒のレッスンが始まる。生徒を増やしたくないのだが、突然、小学生の時にギターを教えていた生徒の親から電話があり、今は21歳になったその生徒が、また習いに来たいという。今はグループを作って作曲もしてセミプロの音楽活動をしているが、クラシックギターと音楽理論を学びなおしたいそうだ。その他に、やはり昔ピアノを教えていた生徒が自分の息子を教えて欲しいと連れてきたので、これも、何だか感慨深くOKしてしまった。

 やらなければいけない仕事にかからなければならないのだが、忘れないうちに日本で見た映画についてメモっておこう。と言っても、暇がなかったので、映画館で見たのは『火天の城』一本だけで、後は飛行機の中で5本の映画を見ただけ。

 戦国時代モノが2本
  『火天の城』
  『Goemon』

 感動モノ2本 
  『余命一ヶ月の花嫁』
  『60歳のラブレター』

 ロマンチック・コメディー
  『De l'autre côté du lit』(フランス映画)
  『The proposal』(アメリカ映画)

 戦国モノが一番おもしろかった。
 安土桃山時代というのは、反宗教改革のカトリックのバロック・アート華やかなりし頃なので、宣教師を通じて、本格的な芝居や音楽や踊りも紹介されて、バロック・アートと日本文化の接触の刺激的なテーマがたくさんある。映画人の想像力も駆使できて、バロッキーでエキゾチックな華麗な装飾や、メガロマニアックな舞台が展開されるので楽しい。オルゴールなどの小物も彩りを添えている(ちらと見えるメカニックは18世紀っぽい感じだったけど)。火天の城の信長が椎名桔平、Goemonの信長が中村橋之介など、比べるのも楽しい。石川五右衛門が織田信長に拾われた天才忍者でいろいろな陰謀と関わったりする話もおもしろかった。
 どちらにもに寺島進が出ていて、この人は、「ナンバー2」の役どころにぴったりはまっていて、上手いなあと思う。

 『火天の城』の方は、建築そのものが興味深かった。

 今回の日本は忙しかったので、唯一、自分の希望を反映したのがこの映画と、青山のワタリウム美術館の「ルイス・バラガン邸をたずねる」という展示会だ。
 構成が妹島和世+西沢立衛のチームというところに興味を持った。バラガン邸のダイニング・ルームでお茶によばれて説明を受けるという趣向で、定員10名だが、最初にこの中で建築家はいますかと聞かれ、2人が手を挙げ、庭の十字架型の窓枠の強度やエアコンについて質問していた。私の質問したのは、寝室にあった十字架で、ある意味すごくモダンなデザイン性のあるグロテスクな一品だが、16世紀の「ウルトラ・バロック」ばりばりのもので、メキシコ国外に出すのに許可が必要だったそうだ。
 バラガン邸の色使いは、ブーゲンビリアの花だとか、メキシコの自然に依拠しているという解説だったが、あの十字架を見ても、ウルトラバロックの感性と共通しているのは確かだと思う。確か当時のスペイン系イエズス会文化はメキシコ・バロックを通過してアカプルコを経て日本に来たと、メキシコの音楽学者が言っていたから、バラガンと安土桃山の建築も、どこかで共鳴しているような気がする。実際、信長は、カテドラルのような吹き抜けの城を造りたいと最初に言ったことになっているし、メキシコ・バロックの意匠と安土桃山時代の建築や意匠の比較は面白いかもしれない。

 感動モノは、「お涙ちょうだい」モノでもあり、『余命一ヶ月の・・・』は『ある愛の詩』とか『愛と死をみつめて』とかと同じ、不治の病に侵された若い娘のラブストーリーで、何だか安易なお約束でずるいなあ、と思いながら、お約束どおりたっぷり泣いてしまった。カップルのそれぞれの親たちの方に感情移入してしまうのが昔と違う。
 『60歳の・・』の方は、逆に私とほぼ同世代のツボにはまるような設定が目白押しで、セックスレス夫婦の定年退職離婚とか、夫の糖尿病(低カロリー食で禁酒、ひたすらウォーキングという固定観念にはまいったけれど)を厳しく管理していた妻の方が脳腫瘍で大手術とか、もとグループサウンズとか、自由業キャリアウーマンの孤独とかなど、20歳の悲恋の泣かせどころの「お約束」が世界共通なのと違って、60歳となると、国民性や時代や文化、風土をたっぷり背負っているなあと思わせる。(でも、泣いたけど。)

 ラブコメの2本は、フランス映画の方がダニー・ブーンとソフィ・マルソーの人気カップルで、倦怠期の夫婦が役割をすっかり入れ替えるという、クラシックだが真実味のない設定で、たいして笑えもしなかった。もう少し何とかなってもいいのに。アメリカ映画の方は、これもカリカチュラルな男女逆転(女性が上司で昇進を条件に部下に偽装結婚を迫る)シチュエーションで、しかし実は男の実家がアラスカの大実業家で大家族で、女の方は孤独で愛を忘れているという、御伽噺のヴァリエーションだ。でも、さすがアメリカ映画の方がこういうのは上手いなあ、と思った。それにしても、けっこう裕福な人たちにおける家族、仕事、ジェンダー、恋をめぐるごたごたと女性のフラストレーションというのは、どこの国でも変わらなくて、何か根本的におかしい。『60歳の・・・』に出てくるような弱小自営業の共働きのカップルというのが、大変だけど一番人間的で幸せそうである。
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by mariastella | 2009-09-24 00:39 | 映画



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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