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L'art de croire             竹下節子ブログ

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ハイチとライシテ

 フランスでは相変わらずハイチ報道が衰えていない。カリブ海に海外県があるし、一応フランス語圏なので、メンタルな距離はかなり近い。アメリカに対するライバル意識というのもあるようで、ハイチに送られたアメリカの軍隊のことを、災害に紛れて占領しているかのように言って問題を起こした政治家もいる。

 私のところにはカトリック関係からも、ハイチ支援について複数のメールが来た。 
 カトリックはかなり活躍している。こういう時になるとドサクサに紛れて、布教に来るかなりあやしい団体もあるので、まあ、カトリックはその点安心だ。それなら、教会、カテドラル、学校など、もっと耐震構造にしておいて、避難所として機能するように造っとけばよかったのに、とも思うが・・
 
 カトリックは、理念的にはユニヴァーサルな組織だから国境はないし、移民や非定住民を支援する部署もあって、フランスの不法移民も教会に避難したりしている。ハイチに残る人口に匹敵すると言われるくらい世界中に広がるハイチ人コミュニティの多くは、カトリックの恩恵をどこかで受けながら亡命や移住を成功させてきた。軍事独裁が終わった時、荒廃した国で病院や学校を支えてきたのも、ハイチのカトリック教会だった。病院や学校というのは、もともとカトリック修道会の得意分野でもある。

 ハイチでは特にフランスのブルターニュの修道者が基礎を築いた。1804年の独立以来、1860年にローマ教会と和親条約が結ばれ、ローマは、ハイチの教会の現地人運営を望んでいたようだが、結局ブレストのカルム会司祭を大司教に任命した。1850年から1900年の半世紀に2500人のブルトン人がハイチに渡って現地の神学校で学んで聖職者となった。
 第二ヴァチカン公会議以降は、5人の司教をはじめとしてほとんどの聖職者がハイチ人である。

 統計をとると、ハイチのカトリック人口は80%で、プロテスタントが40%だそうだ。すでに数があわない。
プロテスタントは、1915年以来アメリカからどっと流入してきたもので、何百もの小教会が林立する。最近は中南米の他の国と同様、福音派の進出もめざましい。

 で、ここで書きたかったのは何かというと、ハイチには「ライシテ=政教分離」という概念はないことだ。
 
 政教分離が成り立つためには、国家が神の代わりに人々を守るシステムがなければならない。
 Etat Providenciel という言葉があるが、「神の手」を持つ強い国家が必要なのだ。入信を条件とせずに神の役割を果たせる国家が神と拮抗しないところでは政教の分離はできない。

 ハイチと言えば、貧困、独裁、ハリケーン、地震・・・ よくよく不幸にばかり見舞われる国だと思われがちだが、では、だから「神も仏もあるものか」(ハイチの人は仏とは言わないだろうが)と絶望したり神を呪ったり、あるいは不幸は神罰なのだと思って打ちのめされたり、ということは、なぜか、ない。
 不幸をもたらす負のエネルギーが彼らに作用しているので、それに対抗して正と生命のエネルギーを喚起しなくてはならない。彼らには、目に見える世界のほかに目に見えないパラレル・ワールドがあり、「不幸」が起こるたびに、「そっち」の方におうかがいをたてているのだ。

 それが何かというと、「ブードゥー教」である。

 つまりハイチには、80%のカトリックと40%のプロテスタントの他に、それと並行して、「夜の宗教」であるブードゥー教が確固として存在する。ブードゥ教は、アフリカの宗教とキリスト教、特にカトリックの聖人崇敬などが習合して形成されたもので、「見えない世界」に働きかけて、諸問題の解決を図るのである。

 現地のカトリック教会はもちろんそれを認めているわけではないが、実際問題としてそれはパラレルに機能している。

 ハイチを見ていると、ライシテとはそもそも何であったのかが分る。

 ライシテとは、誰かが「神」を信じなくても、ある特定の宗教や儀式を信じなくとも、国が貧困や病や災害援助の保障をしてくれるというシステムなのだ。

 そのような「国家」がないところには、ライシテは成立しない。

 もちろん、国家宗教を信じることや国家の首長に対する絶対服従も、保障を受ける条件にならない。王権神授や神権政治を敷くところではライシテはない。

 弱い人間の実存的危機や災害において、国や宗教とは別に唯一「保障」をしてくれるのは、家族や部族である。家族や部族の互助システムの基本には、ご先祖さまや部族の守り神のような「共同体の神」が祀られることが多い。ハイチはもともと奴隷貿易によって強制移住させられた人々の国である上、歴史的、構造的に、そのような強い共同体の守りが充分ではなかった。そこで社会的な救済活動をしてきたのがカトリックという中央集権的な「普遍宗教」だったというのは、彼らを国際社会のネットワークに繋ぐ意味でよかったと思う。

 「ある特定の神とか教祖とかを拝まなくても、困った時に最低限の保障を受けられる社会」というのは、私たちは慣れてしまっているが、非常に少ないし、新しいし、人工的でもあり、絶えず自覚して更新していかないとまたたくまに「あっちの世界」に足を救われたり、有名無実となったりしそうな脆弱なものなのだ。
 
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by mariastella | 2010-01-28 01:03 | 宗教

非平均律ギターのサロンコンサート

 昨日は非平均律=正五度ギター特に10弦バスギターを使っての最初のパリでのコンサート。
 プログラムは作っていなかったし、昨日は私の主宰するアソシエーションとも関係ないので、ほとんどが、私たちをはじめて聴く人ばかりのプライヴェートコンサートだ。
 つまり、私たちの独占レパートリーを初めて聴く、正五度ギターを初めて聴く人ばかりだ。
 だから丁寧に説明する。

 音楽とか絵画とかは、誰の目にも見え、耳に聞えるものだから、先入観なしに見たり聴いたりして自分の感受生に忠実になればいいと言われたりするが実は大違いで、事前に準備していればいるほど、感受性の幅も増すし、受容が複合的になる。たとえば、旅をしてもツアーで決められたところをまわるのと、知らない土地に知り合いがいて、知ってる店に連れて行ってくれたり、その場所の歴史やらゆかりの人について長く思いを温めていたというような場合とでは、まったく印象が違うのと同じだ。

 音楽でも、たとえば、自分が苦労して練習してきた曲を他人が弾いてるのを聴くと、聴くところや感動のしどころが選択的になるというのはよくあることだ。和声学をやっていると和声進行ばかり気になったり、オーケストラでも自分の弾ける楽器のパートばかりはっきり聞えてしまうということもある。それをもう一歩踏み込んだところで、新しく自由な受容ができる。練習を重ねた難しいパッセージが、いつか、自在に弾けるようになるのと同じである。どんなに自在に弾いていても、脳の中にはそれまで練習のフィードバックが起こるから、最初から易しかったパッセージとは全然違う。

 一回きりの聴衆にはもちろんそんな反復や成熟は期待できないわけだから、音楽のコンセプトや楽器のコンセプトや歴史的背景を説明することで、「たんに受身で音が聞こえてくるのを待っている」という状態から、脳のいろんな部分を活性化状態にしてもらう。音楽を聴いているときの脳の活動状態というのは、このような準備によって、どこまでも広がることが知られている。ミラーニューロンが働いて、自分も弾いているような気分、あるいはダンス曲では踊っている気分にもなれるし、実際に筋肉が疲れることさえある。

 招待者の顔ぶれはかなり多彩だった。場所はパリ18区の女性画家のアトリエ。彼女の娘も画家。出席した息子は音楽家だ。イギリス人、スコットランド人の美術愛好家二人、イギリス人俳優一人、アルゼンチン出身の舞台監督でヤスミナ・レザ作品を上演している女性、アメリカ人でKの翻訳家エリカ、彼女が連れてきたチェコのジャーナリスト二人。一人は昨年のパトチカの学会をまとめた人だ。でも彼らはチェコ語、英語、ドイツ語しか話せなかったので、フランス語の説明はよく分らなかったかもしれない。メンバーの中ではMのドイツ語が私の英語より上手いので相手をしてもらったが、彼らのドイツ語はあまり上手くなかったと言っていた。
 アトリエと同じ住所に住んでいるフラメンコのスペイン人と、インドのシーク人のカップル。彼らとはフラメンコの話や、シーク派の祈りの形について話せた。他にはメンバーのHの音楽教師仲間たち。
 私たちのトリオと一緒に活動したいと前から言っていたカウンターテナーのセバスチャン・フルニエもようやく私たちを生で聴けた。
 彼は6月の上海公演でジョイントできないか考えてくれるそうだ。Hはオペラ座図書館に戻って、歌のパートの歌詞と楽譜をコピーしてくると約束した。「聖霊の踊り」の歌のパートについては、私の楽譜に書き込んであったので見せた。日本ではこの部分をバロックフルートに吹いてもらえないかと考えているからだ。

 夕方に早いうちに始めたのでカクテルパーティでゆったりと話せた。 
 この時に感じたこと。

 私が20人から40人くらいのカクテルパーティをする時は、紙かプラスティック製の使い捨てコップや皿を使うのだが、この画家、ミシェル・ルメルシエ(ヴェネローゼ信奉者)は、すべて紋章入りの皿やクリスタル食器を用意していた。これは気分がいい。私もこんな風にやりたいところだが、うちのパーティでは未成年の生徒もいるし、今ひとつ気が進まない。(でも、何を隠そう。私は自分のうちでパーティをしてる時、自分だけはこっそりマイコップで飲んでたりするのだ。)
 紙コップ類だと遠慮がなくて気楽でどこにでも打ち捨てられるというメリットはあるが、クリスタルならこちらも注意を払うので実際は破損のリスクは少ないかもしれない。食器というのはメンタル面ですごく重要だとあらためて確認。

 そのアトリエには、息子がイエスとしてポーズを取った『マリアとマルタの家のキリスト』の大きな油絵がかかっている。マリアとマルタのモデルは同じ女性とかで、確かにマリアとマルタは双子のように似ている。
 このテーマの絵では、厨房や食べ物や食器の細部をいかに綿密に描くかのようなところに画家の力量が発揮される場合も多いのだが、ミシェルは、ベラスケスの作品をイメージして、それを逆転させ、前面にはイエスとマリアのみ、マルタは背景という構図を採用した。このマルタはなかなかいい。嫉妬と不安に表情を汚くして台所仕事をしているのではなく、長椅子に座っているだけだが、そこからにじみでるのは孤独である。
 霊的な知的な活動だから料理を手伝わなくともOKというマリアでなく、「師」を独り占めにしているマリアに対して「独り」であるマルタの孤独が迫ってくる。

 ミシェルとこのテーマについて話したら、その絵のオリジナリティに反して、フェミニスト的なよくある意見がかえってきた。
 キリストは無性的で、それによって女性を性的対象から開放して霊的知的な世界に招いた。そのおかげでビンゲンのヒルデガルドのような大インテリが登場した。
 女性は台所で労働するのが当たり前という時代に、キリストは、女性でも学ぶことが、最も高貴なことであると見なしたのである。

 私はこの見方にことごとく異論を唱えた。この場面でのイエスはイエスであってまだキリストではない。イエスが無性的というのは根拠がないし、このテーマにおいて意味もない。台所仕事よりも知的な仕事が価値があるというのはメーッセージでないばかりか誤っている。

 この続きは、音楽のテーマと関係ないので、また別に記事を書く。
 30日の土曜には同じ解説付きコンサートを今度は公開でやる。ロンドンからいらしてくださる湯浅さんのほかに、私のバロックバレー仲間のエマニュエル・スーラも来てくれて、翌日にこの二人とダンス付コンサートの練習を試みる。

 土曜のコンサートは、

  Récital du Trio Nitétis
  30/01/2010 à 20h30

 Lieu::Les temps du corps
 10, Rue Echiquier
 75010 Paris
 tèl : 01 48 01 68 28

 Accès : Métro Bonne Nouvelle / Strasbourg St Denis

 パリにいる人はどうぞ。解説はフランス語だけです。
 来秋の日本ではもちろん私が日本語でレクチャーします。


 ミシェルのアトリエにはネコが2匹いて、ギターケースの上で寝てくれた。かわいい。emoticon-0142-happy.gif

 

 
 
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by mariastella | 2010-01-25 20:04 | 音楽

歌え、翔べない鳥たちよ / マヤ・アンジェロウ

先日の記事 http://spinou.exblog.jp/13481666/  の中で、

 Maya Angelouの 『 I know why the caged birds sing 』を読んでると書いた。もう半分くらい読んだが他の本を読むことが必要になってちょっと中断。
 この翻訳が出ていることを教えていただいた。

 『歌え、翔べない鳥たちよ / マヤ・アンジェロウ』http://www.amazon.co.jp/gp/product/4651930166

 など。原題がすごく印象的なので、翻訳タイトルがやや平凡なのが残念。

 マヤ・アンジェロウとカタカナ表記なのだ。マヤ・アンジェロで少し出てきたので、それ以上進めなかった。よくある名前なら「・・・ではありませんか」と検索サイトが提案してくれるのだけれど。まあ、日本であまり知名度はないのかもしれない。ここで改めて紹介するとともに、情報提供してくださった方にお礼申し上げます。

 私の書く本にはカタカナ名が多く、その表記にはいつも苦労する。日本で紹介されているものはできるだけそれを採用しようとするのだが、ばらばらだったり、明らかに間違っているものもある。だから、私の採用したカタカナを読んで逆に悩む人がいては悪いので、本来ならいちいちアルファベットをつけたいが、煩雑になる。99%の人は、わざわざ原語で検索しようとは思わないだろうし、そんなことをする人なら、すでにその名を知っているか、文脈で見当がつくだろうし。

 フランス読みというのもあるし。この著者ならマヤ・アンジェルーだ。

 音楽の曲も、今弾いている組曲には Air gay というのと Air vif というのがあって、一応「陽気な踊り」、「元気な踊り」と訳してるのだが、このgay とかvif というのは、イタリア語のallegro とvivace のフランス語訳であり、まあ、速さの指示なのだ。もちろんイタリア語のアレグロやヴィヴァーチェにも、歓びとか活き活きしたという元の意味があるわけで、歓びとか活き活きには、スピード感の含意があるのだろう。18世紀の演奏ピッチは今のものより半音ほど低いのに、テンポは今より速かったと言われている。翻訳する時悩むのも演奏で悩むのも共通点がある。
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by mariastella | 2010-01-22 22:43 |

ブルカ禁止法

 フランスに亡命アフガニスタン人などが増えたせいか、いわゆるブルカという全身を隠して目のところが網目になっている服を着ている女性がたまに見られるようになった。その他に、サウジ・アラビア風の全身真っ黒のものとか、イスラム系女性が外で身にまとうものはいろいろあるのだが、フランスでは、顔を含めて全身を隠すものをブルカと総称し、これを公道で来て歩くことを制限する法律を作るかどうかでいろいろもめている。

 少し前の学校における「イスラムスカーフ禁止法」が、イスラムを特定しないように、あらゆる宗教のシンボルの目立つものは禁止と言い換えたように、宗教と結びつけた抑圧と取られるのはいかがなものかという考えもある。
 私も、どちらかといえば、もぐらたたきみたいに法律を作るよりも、ケース・バイ・ケースで、ある女性の全身ヴェールが、どういう力関係によって決められているのかをチェックして、セクト禁止法や女性差別に関する法律などで対応すればいいんじゃないかと思っていた。
 もちろん、学校に子供を迎えに行く時に、ほんとに母親なのかどうか分らないような服装でいくとか、身分証明書の写真に無帽の顔出しを拒否するとか、明らかな不都合は回避すべきだし、すでに、デモ行進などで顔を隠すことは規制されている。ヨーロッパの他の国では特定の祭り(カーニヴァルなど)をのぞいて公道での顔を隠すことを含む「変装」を禁じている地方もあるらしい。コスプレなんかはだめなわけだ。まあ、フランスにも、女性のズボンを禁止する法律がまだ残っているが、もちろん誰も罰せられない。

 しかし・・・

 ヌーヴェルオブスのジャック・ジュリアールのコラムを読んで、ブルカ禁止法もありかなあと思うようになった。
 
 女性の顔、髪、腕、脚を隠すのは、女性を性的次元に矮小化することであり、それらの部分が性的機能を持っていること=つまり、特定の男(父や夫)の私的所有物であるか「罪」であると見なすことである。
 「好きでヴェールをかぶっている」と主張する女性がいる。男に強制されたのでなく自分の選択だと。
 それには、『いやいやながら医者になり』(モリエール)のマルティーヌの「私が殴られるのが好きだとしたら?」というセリフを対応させればいい。

 それはこういうことだろう。
 世の中には殴られるのが「好き」でそれを「選択」する人もいるだろうし、それは自由だ。では、運良く「殴るのが好きな人」に頼んで、合意でプライヴェートに楽しめばいいので、公道で殴ったり殴られたりのシーンを繰り広げてはならない。ヴェールをかぶったりコスプレの好きな人は、それが合意となる空間でやればいいので、それを不快や不都合だと思う人が見ることを避けられないような場所でやってはいけない。

 ジュリアールは、1848年にラコルデール神父が労働者を守る法律を支持して言った言葉を引く。

 「強者と弱者の間、金持ちと貧乏人の間、主人と召使の間では、自由が抑圧し、法律が解放する。」

 つまり、「自由にまかす」「規制しない」というのは、平等な者たちの間では「解放」の要因になるが、すでに強弱の差異やヒエラルキーのある関係においては、弱者を守る法律が必要で、「自由」にしておくとその「自由」を享受するのは強者だけであって、支配関係はますます強まるのだ。

 ほんとだなあ、と思って、この話を友人たちとした。

 まず若い女性から異論が出た。

 全身ヴェールだけが性的含意というのはおかしい。それなら、私たちが顔を出しても、化粧したりいろいろファッションに心を砕くのも、同じ意味で、私たちが性的コードに捕らわれていてそれに呼応していることである。女性についてあらゆる化粧やファッションや体型に関するプレッシャーを取り除くのでなければ偽善である。

 というのだ。むむ・・・

 まあ、私はたとえ80代の女性でも、美容やファッションや体型やブランドが強迫観念になっていることがあることを見聞きしたし、その人たちは、確かに情報操作の犠牲者とも言えるが、「男に気に入られよう」という性的含意はなく、多くの場合は、たんに近所の人とか、たまに会う友人とかサークルとか、同年輩の親戚の女性とかの目を意識しているのだ。これは、若くない女性一般に言えることで、すごく狭い範囲の知り合いから「あの人きれいね、若いね、すてきね、違うわねえ」とか言われたいだけだったりする。
 サウジアラビアでも、外では真っ黒ヴェールだが、家の中の女たちだけの集まりでは、みんな、美しさやファッションや宝石を競い合ってたのを目撃した。異性の目がなくても競争心は健在なのだ。
普通の国でも、公道で不特定の男に見られたい、という欲望により装いに夢中になるというのは、めったにないんじゃないんだろうか。若い女性でも、せいぜい、職場で、学校で、合コンという狭い範囲で他の女性より目立ちたいだけじゃないかなあ。
 やはり、全身を隠すブルカを来て歩くのと同じくらいに、見せるファッションをすることが社会的抑圧だと言うのは、やや違うようにも思える。

 大体において、21世紀のフランスでおしゃれに金と時間を費やしているような若い女性には、19世紀における弱肉強食の中から弱者が少しずつ権利を獲得してきた歴史の重みが想像できないのだ。そして、その同じ21世紀のフランスに、構造的弱者としての女性が共存していることも。

 もう一つの証言は、ある郊外のシテ(これが移民とその子弟のゲットー化している低所得者用公営団地)のイスラム系住民を調査した人の話。

 そのシテではブルカを着用しているのはまだ若い3人の女性のみだ。マグレバン系のごく普通の「移民の2世」である。彼女らは自分で「選択して」ブルカを着用している。移民1世の親たちはせいぜいスカーフどまりだ。
 しかし、その3人というのは、「よきムスリム」ではなくて、全員が、ごく若い頃からさんざん「遊びまわって」、そのシテの多くの男たちと関係を持った女性だというのだ。

 それを皆に知られているから、彼女らはもう結婚もできない。

 で、ブルカ。

 ブルカは、改悛のシンボルであり、要するに彼女らが、過去を悔いて「尼寺に行った」「修道院に入ってしまった」のと同等らしい。つまり、もう存在しないことによって、女としての機能を担う部品(腕や顔や髪や脚)を隠すことで、「世を忍ぶ姿=もう誰でもない亡霊のような存在」になることで、シテで生き続けてるのを容認されているというのだ。ブルカとは、女性を、個性(性別も含めて)を消して、非人間的なモノとするわけである。

 この問題はやはり奥が深い。

 
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by mariastella | 2010-01-21 01:35 | フランス

Port-au-Prince

 ハイチの地震で、被害の大きかった首都のPort-au-Princeのことを、日本語のネットでも たまに見かけるのだが、ほとんどが「ポルト・プランス」という表記なのには、違和感を持っていた。日本語のユニセフのページやWikiとかでもそう書いてあったし、フランス在住の日本人のブログにもそう書いてあった。私はポール・オ・プランスだと思っていたからだ。

 まあ、普段は耳にしない固有名詞だし、私の聞き違いかと思ってたが、昨日久しぶりにTVを見たらやはり「ポール・オ・プランス」と、2種のニュースのキャスターも特派員も言っていた。近くにいたフランス人にも確認すると、やはりTのリエゾンはない。近くにポルトリコとかあるからじゃないかといわれた。Porto Rico は、プエルトリコのフランス語読みだ。プエルトは「港=ポート」のスペイン語だろう。

 フランス語の port は、最後のT を発音しないからポールとなるが、確かに、peut-être(多分)のように、母音とつながると、プテートルのようにTが出てくるというのはよくあることだ。
 もし、意識的にTを発音しないならRがリエゾンして「ポーロ・プランス」となってもいいが、R の後で僅かに休止があって「ポール・オ・プランス」と読まれている。だから意識の中で、ポールとその形容詞が分かれているのだろう。
 ハイチのハイチ人は何と発音してるんだろうか。彼らは英語圏やスペイン語圏に囲まれてるから、ポルト・プランスで慣れてるのだろうか。日本は現地読み(に近いもの)に表記するが、ニュース類は英語を通してくるから英語風になってるのかしら。

 マルチニーク人の生徒にギターを教えたことがあるが、ドレミのレ(フランス語で「Ré」)が発音できなかった。本人は聞けるし、発音してるつもりなのだが私には「リュウ」と聞えるのではじめは困った。

 リエゾンも、たとえば、pas encore (まだ・・・ない)は、「パザンコール」が「正しい」が、北の地方の人はリエゾンしないことの方が多いし、「標準語」でもリエゾンさせないで「パ・アンコール」と言えば、「まだでよかった」というニュアンスが加わったりする。南仏語も、カナダのフランス語やベルギーのフランス語もなまりや用法まで微妙に違うし、いろいろあるのだが、固有名詞って、もっと一本化していいような気もするのだが。

 まあ、日本語だって「にほん」か「にっぽん」か、Tokyo か Tokioかと、聞かれても迷うし。

 フランス語は英語と違って、大体綴りと読み方が対応してるので、仏仏辞書に発音記号はないし、逆に固有名詞などで普通と違う読み方の時は、フランス語でルビがつけられてたりする。中学生用の英語の学習テキストなんかにもフランス語読みが付記されている。これを見てはじめてなるほどと思った英語の発音もある。発音記号とカタカナだけでは分らなかった曖昧音などだ。

 もっとも普段バイリンガルで暮らしていると、聞こえ方と言うのは世界の分節の仕方で、基準になる言葉によって全く違うということがよく分かるので、あまり悩むのは不毛なんだけれど。音楽のリズムやハーモニーでさえ、「全く違いが分らない」という人から、非常に繊細な人まで驚くべきグラデーションがある。驚くのは楽しいことではあるが。
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by mariastella | 2010-01-20 22:55 | フランス語

近況(続き)

 さっき、近況とした記事をUPしたが、何だか、近況を伝えてない陰謀論の話になっていたので、もう一度。

 ようやく無神論が終わったので、仕事と関係ない本を1冊読み始めた。
  Maya Angelouの 『 I know why the caged birds sing 』の仏訳本だ。
 あのジェームス・ボールドウィンが最高に感動したと言うので、どきどき。
 最初から、胸が詰まる。
 アメリカで黒人であることとか、教会との関係とか。
 本って、いろんなことを教えてくれるなあ。

 こんなすばらしい古典だが、マヤ・アンジェロで検索したら、日本語訳が出てこない。何だか、児童虐待のサヴァイヴァーの例として挙げられてるのだけが見つかった。ほんとに訳がないのだろうか。

 年末年始は忙しかったので、娯楽は、映画は『Le concert』(Radu MIHAILEANU)を、後、フランスでは始めての上演になるミュージカル『 The sound of music 』 を観ただけ。前者の映画の舞台がモスクワのボリショイ劇場とパリのシャトレー劇場で、後者のミュージカルはそのシャトレー劇場での上演なのでおもしろかった。

 前者は、まあ話は安易な感動ものなんだが、細かいところがいろいろ笑える。
 チャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルトを延々と聴かせるラストは確かに感動させられるが、こういうのに感動したとうっかりトリオの仲間に言ったら嫌がられそうだ。

 前に、『De battre mon cœur s'est arrêté 』 ( Jacques Audiard)に感動したとトリオの仲間に言ったら、ああいう安易な映画は(音楽)教育によくないと言われた。18歳の時以来、10年もピアノを触っていない青年が、必死に練習すれば2週間でバッハのフーガを仕上げられるというストーリーが、幻想を与えるというのだ。
 それを言うなら、ブレジネフ時代から30年も弾いてないオーケストラ員たちが、新しい楽器とか急に渡されたりして、30年弾いてないチャイコフスキーをリハーサル抜きで弾けてしまうというこの映画は、まさに荒唐無稽でしかない。ソロのヴァイオリンに触発されてインスパイアされ、昔の感覚がよみがえるというのは分るけど、感覚とテクニックは別だしなあ。
 いや、あり得ない、ほんとに。指揮者は分る。30年間頭の中で指揮し続けてたんだから。ヴァイオリニスト一人とチェリストが引き続けてたので何とかいけるというのも分るが・・・

 私と室内楽トリオをやっているヴァイオリニストのジャンは、感動した、と言っていた。でもジャンは、音楽教師ではない。結局、現役の楽器教師で、若い子たちと向き合っているうちのトリオのメンバーには迷惑な映画だと言うことなんだろう。
 同じような外国で公演する音楽家グループにまつわるどたばた劇でも、フランス・イスラエル合作の『迷子の警察音楽隊 La Visite de la fanfare』(Eran Kolirin)の方が、確かに感動が深かった。

 ミュージカルの方は私のヴィオラの先生コリンヌがオーケストラで弾いていた。
 私の世代の日本人にとって、サウンド・オブ・ミュージックと言えばミュージカル映画の古典で、今回始めて舞台で見て、懐かしさに泣けてきたが、そういう歴史のないコリンヌは、5つくらいのメロディーしかなくてそれを繰り返し弾くのは飽きて疲れた、長すぎると言っていた。プログラムで、実在のマリアがどう生きてきて、ミュージカルにどう関わったかなどのエピソードが書かれていて、そんなことはすっかり忘れていたし、1960年代以降の後日談は知らなかった私には興味深かった。

 いくつかのナンバーをネットで検索すると楽譜、歌詞、コードが出てきて簡単にプリントアウトできた。ほんとに便利な時代だ。

 1月は、24日にプライヴェートのサロン・コンサート、ここではじめて私たちの非平均律ギターを披露することになる。12月半ばの生徒の発表会の前に少し弾いたのだが、今回が本格的なもの。
 30日には10区でレクチャー付コンサート。ここで、ロンドンからバロック・ダンサーの湯浅宣子さんが合流してくれるので、31日にはダンスつきで練習する。6月にダンス付き公演。基本的に同じものを10月末から11月はじめに日本で公演する。いろいろ考えたが正律ギターと言うのをやめて、非平均律、又は正五度と呼ぶことにしよう。正律は不可能だし、五度がぴたりと来るのを目的としているから。
 「西洋近代音楽」は平均律とともに成立したようなもので、「非平均律」はそれだけで、もう古典邦楽に近いものがある。音楽の受容についての本を書き上げたい。

 後は、ジャンヌ・ダルクの連載分を今月から書きはじめなくてはならない。新しい資料もたくさんあるので、何から書いていいか迷うが、これも、いわば、「無神論」と、無神論フランスの宗教となったライシテと、ローマ教会と、陰謀論とがミックスした近現代フランスの心理ドラマである。19世紀末から20世紀初頭(つまり反教権主義的ライシテとカトリックとナショナリズムとが混然となって葛藤していた時期)に復活したジャンヌダルクに関する言説の資料がほとんどすべてネット上で読めるのもすごいことだ。
 ユニヴァーサルなことと超越との関係、それとナショナリズムやアイデンティティの問題、ポスト・ポストモダンとの関係という、極めて「現在」的なさまざまなテーマを、ジャンヌ・ダルクを通して見ていくのは興味深いことである。

 バロック・バレーではムニュエにおけるエミオルの演奏とずれをやっている。
 Menuet では、123456、と2小節ずつの展開だが、急に、1 3 5 というアクセントになり、それをキャッチした後でダンサーがエミオルを始めるので、4、6、にアクセントがずれる。これがきれいに入ると非常におもしろいのだが、なかなか難しい。
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by mariastella | 2010-01-14 03:17 | 雑感

近況

 このブログにご無沙汰してたので近況を少し。

 たった今、サイトの掲示板

 http://6318.teacup.com/philosophie/bbs?

 で、認識論と存在論の違いについてお返事したところ。

 このところ、ようやく終わった(というか、一旦おわらせた)『無神論の系譜』(4月出版予定、仮題)の中で、君たち、どうしてそんなにそれにこだわるんだい、と言いたくなるくらいに強迫的な、キリスト教世界(特にヨーロッパ)の「神は存在するのか?」という問いに付き合ってきたので、それと分けて考えることができなくなっている。

 (その掲示板で触れたウィルスの論文というのはとても面白かったので、でも日本語に訳する元気がないので、もし読みたい人はお分けします。)

 でも、こういう斬新な論文を読んでると、陰謀論とかトンでも説もちょっと頭をよぎる。

 陰謀説とか世界の終わり説について、1999年のノストラダムスに続いて、2012年に向けて何か言わないかという誘いを受けたので少し読んでみたら、科学トンでも説とSFが双子のように同時に生まれたこととか、「闇の権力の陰謀」というのは、1830年ごろにアメリカで生まれたメンタリティ(その理由は連邦政府と州政府の権力関係の逆転に関係する。フランスみたいにもともと中央集権の国ではなるほど生まれないわけだ)だとか、面白いことがいろいろ分ってきた。ま、結論からいうと、2012年に、世界は今とそう変わってないと思う。私個人が死んでる確率は、歳相応に大いにあるわけだけど。

 陰謀論で言うと、12月下旬に発表されたピウス12世の尊者(福者や聖人になるのは奇跡認定待ち)決定にまつわるニュースにも、すごく複雑な思いがした。
 過去に、ピウス12世「ヒトラーの猟犬」とかいう告発本を「カトリックの反省も込めて」訳してくれと持ちかけられたことがあるので、他人事とは思えない。

 まあ、列福とか列聖というのは、カトリック内部の基準であるので、ある人物の歴史的評価とかではない。
 しかも、今でこそ、ヨーロッパ中で、ユダヤ人問題とか過去のホロコーストとかは、手を触れれば火傷しそうなデリケートな政治的テーマであるが、1940年代の初めには、ヨーロッパにおいてそれほどの優先的な関心事ではなかったという現実がある。時代によって、事項のズームのされ方というのは変わってくるので、当時必死でユダヤ人を守る言説を繰り返さなかったからといって、今の見方で軽々しく断罪はできない。

 ピウス12世は、ナチスのホロコーストを見逃したとさんざん言われているのだが、彼が1958年に亡くなったときには、当時のイスラエルのゴルダ・メイヤーを含めてユダヤ世界はその徳を讃えている。ピウス12世の采配でカステル・ガンドルフォだけでも3000人のユダヤ人が命を救われているということで、彼は、ユダヤのPave the Way 財団によって、義人としてヒューマニズムと信仰と勇気の模範とかさえ言われているのだ。ローマの大ラビもイスラエルの大ラビも認めている。
 ただし、教皇という立場だから、「どこそこの夫婦が危険を冒してユダヤ人の家族を屋根裏にかくまった」というような分りやすい義人ぶりではなくて、間接的ではある。それでも、昨年の12月8日にNYのYeshiva UV でこのテーマの資料の展示会があって、ラビになる勉強をしている学生たちもピウス12世の「義人」ぶりを認めているそうだから、コンセンサスはあるようだ。
 しかも、今サイトが見つからなかったが、ユダヤ人で、これも異様な熱心さで、ピウス12世を弁護する本を何冊も出している人がいる。不自然なくらいだ。

 それでも、怖いと思うのは、それほど、どちらかといえばユダヤ人受けしていたピウス12世なのに、1963年に Rolf Hochhuthe の戯曲ひとつで、ころりと「ヒトラーの猟犬」側へと、評価の風向きが変化してしまったことである。
 時代が大物のスケープゴートを求めていたということもあるだろう。でも、それ以来の執拗なネガティヴな意見の嵐と、「ヴァチカンが秘密資料を隠匿している」式の陰謀説の根強さは一体なんだろう。
 アメリカの陰謀論体質とヨーロッパにある強固な反教権(つまり反教皇)主義と、当時の冷戦構造と、左翼運動の高まりが混ざって大きなうねりになった?

 確かに、無神論の歴史を調べていくと、「左翼=無神論=反教権主義」は、健気なくらい、セットになって、三位一体の宗教になっているのだ。

 お前ら、トラウマ、大きすぎ、といいたくなる過剰反応をする。

 もちろん、現教皇のB16 が 「空気読めな」さ過ぎて、何もがんばってピウス12世の徳をこの時期に讃えなくとも、という意見もあるが、彼は彼の立場でやることをやっているんであって、1月17日に始めてローマのシナゴグを訪問するチャンスをこんなことで潰してはいけないと、ラビも言ってる。すごく冷静に見ると、キリスト教の敵はユダヤでなくて、キリスト教圏の人間同士だなあと思う。

 まあ、逆に、彼ら同士でしかできないようなしっかりした研究もあるんで、Pierre Blet とか Philippe Chenaux なんかは、信頼できると私は思っている。

 後は、インタネットの存在と陰謀論の流布の仕方の関係だ。

 デマ、噂、流言、ジョーク。

 ネットがあると、想像のつかない広がり方をするし、信じられないような効果を与えることもある。

 適切なマーケティングをして情報戦略をたてれば、2ヶ月あれば、世界中の人に神の存在を信じさせてみせる、と言ったのは誰だっけ?

 悪魔の存在なら、2週間で、OKだろうなあ。

 
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by mariastella | 2010-01-14 01:03 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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